商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
プロローグ 一人の旅路
あぁ……聖騎士様、貴女はとても勇敢なのですね……あれほどの死を乗り越えようとしている。
とても眩しいです、例え目は見えずとも……貴女様の輝きは鮮烈に過ぎるのです。
きっと、勇者様と共に戦った聖騎士様も、貴女のような人だったんでしょうね。
どうか死に負けないでください……貴女様の輝きを、希望にしている人がここには大勢います。
祈りよ届けと願っても、貴女には邪魔になるのかもしれません……ですがそれでも祈らせてください。
勇士に力を、聖剣に輝きを……。
瞳を失ってしまった私には、それぐらいしかできませんーーーー。
大きな車輪が大地を引き裂くように回転している、太く頑丈なそれは道に転がっていた小石などを踏み砕きながら車両を前へ前へと進ませていくのだが、限界を超えた回転によって悲鳴を上げているようだ。
その車両群の速度は速い、それに加えて舗装されている道ではないので凹凸もそこらじゅうにあるのだ、ガタンガタンと大きく跳ねながら軋んでおり、性能の限界まで酷使されているらしい。
危険な運転であることは間違いない、だがその危険を受け入れてでも急がねばならない理由があるのだろう。
「首領!! やばいです、馬が泡吹いてますよ、このままじゃそのうち転んじまいますって!!」
「んだとぉ!? まだ逃げきれてないってのにくたばらせてたまるかよ!! なんとか持たせやがれ!」
「無茶言わんでくださいよぉ……ッ!? ちょ、進行方向にも奴らがいます!!」
「チッ! やるしかねえってのかよ……」
荷馬車群を率いるように駆けていた先頭車両の上で男が嘆く、それでも腰にぶら下がった剣を握るあたり諦めてはいないらしい。
「てめえら覚悟を決めろ!! 死にたくなかったら敵を切り伏せるんだ!!」
集団の頭である男がそう吠えるが、それぞれの車両を預かる団員たちの士気は低いようだ。
それもそうだろう、逃げまどいながら徐々に疲労していきその上で挟み撃ちにされてしまったのだ、それに加えて彼らはそもそも輸送キャラバンであり傭兵団ではない……戦闘と殺し合いを生業とする者たちではないのだ。
本来、彼らのようなキャラバンには護衛役の傭兵が雇われていることが多いのだがそれらしい姿は確認できない、そもそもいるのならばこのような状況に陥る前に対処できていただろう。
団員たちの士気の低さに首領の男は舌打ちをしたい気分になりながらも、商人は冷静にという信条を思い出しながら鞘から剣を抜き放つ。
やれるか? この面子で勝てるのか? 最悪荷物や荷馬車を捨ててバラバラに逃げ出す必要があるかもしれない、でも馬と車両を手放すことになるのは嫌だ……物騒な顔をしていてもそこは商人なので様々な損得利益が頭の中で計算されており、それ故に動きが鈍くなってしまったようだ。
気が付けば輸送団は完全に包囲されており、前後どころか左右にも逃げ場がなくなっている。
そこまで行けば覚悟を決める他ない、うだうだ悩むことを止めて戦うしかなかった。
歳を重ねた者ほどその覚悟が顕著であり武器を握る手にも力がこもる、しかし若い者の殆どはそこまで割り切れないのか手が震えているのが確認できてしまう。
その状態では持ち場を手放して逃げ出してしまう可能性すらあった、そうなれば全員が死んでしまうことは容易に想像できる。
「車両前方の連中を優先して片づけるぞ!! 後の奴らは……」
首領の男は同じ車両にいた人物に視線を送る、深くフードを被った細身の人物は彼の助けを求める声に、露出した口元で笑顔を作って見せつけることで答えるのだった。
「後方はシャルルに任せる!! 他は進路を確保しろぉ!!」
全てを片付けるよりも一部を切り崩して逃げ出す方が楽である、しかも後ろをたった一人で受け持ってくれる存在もあってか彼らはなんとか士気を取り戻す。
「悪いな嬢ちゃん、契約外のことを任せちまって」
「気にすんなって、協力するのがキャラバンのルールだろ」
車両の上から飛び上がるようにシャルルは後方へと移動していく、最後尾の車両に着地すると包囲している敵の存在が広がった。
「おぉ! うじゃうじゃといるな、これは切りごたえがありそうだ!」
危機を前にしているというのに、彼女はニカッと笑って見せる、戦士らしい笑みは眼前に広がる無数のアンデットたちに向けられているようだ。
全てを打ち倒すことは出来ないだろうが、前方を他に任せているので時間稼ぎくらいは容易い。
生ある者を妬むかのようにうめき声をあげるゾンビが群れとなり、そこに眼窩に悍ましい光を宿した骸骨が味方して、腐臭を放つ獣の姿も確認できてしまう。
生命神の力が濃い真昼間にこれだけのアンデットが群れをなすなど異常事態である、常人ならば恐怖に屈して心を閉ざしてしまうような状況であっても彼女には関係ないらしい。
「戦神よ! なんか凄い力を与えたまえ!!」
戦神に気に入られているからなのか雑な祈りであっても加護は降りて来た、その身に宿った祝福の輝きは一際強力になってアンデットたちに突き刺さっていく。
恐れを捻じ伏せてシャルルは一歩踏み込む、最も近くにいたゾンビを切り捨てるとそのまま祝福の輝きを纏いながらアンデットの群れへとその身を滑り込ませていった。
その輝きは大きい。
その剣技は鋭い。
その力は大きい。
キャラバンと離れ離れになった二年前のあの時よりも、彼女は成長しているのだった。
「わははははは!! 見たかアンデットどもめ、蹴散らしてやったわ!」
機嫌の良い声が夜に広がった、昼間にアンデットに囲まれた時は決して出すことのできなかった陽気な声であり、それは危機を乗り越えた者だけが出せるさっぱりとしたものであった。
首領の男が命を拾ったことに感謝しながら酒の入ったコップを掲げれば、同じように生き残った団員たちも笑顔でコップを打ち鳴らす。
アンデットの群れを退けて荷馬車の群れは限界まで走り抜け、ようやく危機が去った頃には辺りは暗くなっていた、また目的地である都市までもう少しと言う場所まで近づけたのが幸いしたのか、軍や守衛の警戒網に入ることもできた、少なくともアンデットに囲まれるような状況にはならないという安心感が彼らの手を酒へと伸ばしたのだろう。
都市と街を繋ぐ道から少し離れた位置で、彼らは篝火を中心に野営を行っているようだ。
「いやぁ~、勝った勝った! 囲まれた時はどうなるかと思ったもんだが、死ぬ気になればなんとかなるもんだな!」
「俺はもう駄目かと思いましたけどね!」
「若い衆はビビりすぎなんだよ、だがまぁ今回のことで箔が付いたんじゃないか?」
「いやいや、あんなのは二度とごめんですから!」
「情けないことを自信満々に言うんじゃねぇよ! もう少しシャルル嬢ちゃんを見習ったらどうだ?」
「俺らくらいが普通ですって、アイツみたいにアンデットの群れに突っ込んで平然としてる奴の方がおかしいんですよ」
「まぁ……あの子は腕も立つし根性もあるからなぁ」
キャラバンでも最古参である幹部の呟きに全員が「確かに」と同意した。
「強いし器量よしだし、しかも祝福の力も宿してる……あんな子は探したってそうそう見つからないだろうなぁ」
「それに加えて床上手でアソコの具合も最高だしな!」
「わははは! 違いねぇ!!」
また上機嫌に酒の入ったコップをぶつけ合う男たちは、酔いに顔を赤くしながら笑いあう。
「アンデットの群れに追われたのは不運だが、シャルルに出会えたのは幸運としか言いようがない、運命神の導きに感謝しようじゃないか!」
「それが良い女だってんだから感謝しかないわな!」
「確かにな、一時期はどうなることかと思ったが……おかげで明日には都市に辿り着けるだろう、そんで積み荷を金に換えたらようやく一息つけそうだ」
「……最近は戦争ばかりで不景気ですけどちゃんと資金になりますかね?」
「なぁに、保存食と武器の纏め売りなんだ、こんなご時世だからこそ需要が高い」
「なら纏まった金が入ったら今度は聖都にでも行ってみましょうよぉ……俺はアンデットに追い掛け回される商売なんてもう嫌ですよ」
「そうさなぁ……いや、待て、確か聖都は星降りの夜の少し前くらいに悪魔に襲われて大きな被害が出たって話だ」
「マジですか……どこもかしこも物騒ですね」
「帝国がアンデットを処理してくれたらなぁ……」
「やってはいるんだろうが手が足りないんだろう、最近はそこら中を彷徨ってるみたいだしな……」
盛り上がっていた気分が少しだけ沈んでいく、それを飲み込むかのように男たちは酒を胃に落としていった。
「アンデットの大量発生に、西じゃ疫病が流行ってるらしいし、季節外れの台風も多い……おまけに戦火は広がるばかり、やだやだ不景気な話ばかりだ」
「まぁまぁ、暗い話はやめましょうよ! 良い気分になりたいですね俺は!」
そう言ってキャラバンの下っ端である若い男は、両手を前に出して柔らかな何かを弄ぶかのように開いて閉じてを繰り返す。
「そう言えばシャルル嬢ちゃんはどこいったんだ?」
「近くの川で体を洗ってくるって言ってたぞ」
「そろそろ帰って来るんじゃないか……あッ、ほら、噂をすればって奴だ」
一人の団員が指差した先には髪を濡らしたシャルルの姿があった、彼女は篝火を囲む男たちに近寄っていくと、だらしない表情を浮かべる彼らに呆れたような視線を向けるのだった。
「おいおいアンタたち、もう酔ってんのかよ」
「わはは、アンデットから逃げ回ったんだ、素面でいられるかっての!」
「さぁさぁ嬢ちゃん、こっちだこっち!」
男たちが取り囲む篝火の近くにはシートが引かれていた、大きめの寝床よりも少し広いくらいだろうか。
シャルルがそこに腰を下ろすと、キャラバンの男たちは興奮しながら彼女を取り囲む。
「ん、しょ……よ~し、今日は誰からだ? 言っとくけど喧嘩だけはすんなよ」
十人程の男たちに囲まれてもシャルルは動揺した様子はない、それどころから自ら服を脱ぎだして裸体を露わにするほどである。
そもそも彼女はこのキャラバンに傭兵として雇われている訳ではない、正式な団員という訳でもなく正確には巡礼娼婦として一団に引っ付いているだけであった。
食い物と目的地までの運搬を願う代わりに男たちの相手をしているのだ、星降りの夜に孤立してからというものの、それがシャルルの生き方なのだろう。
女が一人、家族も後援者もなければ知人もおらず、キャラバンの看板も存在しない、おまけに手持ちは殆ど存在しない、そんな状況で死なないようにするのはどうすれば良いのかと考えた時、シャルルはそれほど迷うことなく自分の体を売ることにしたらしい。
元々娼婦として働いていたのだから抵抗も少ない、そうやって彼女は貿易キャラバンを見つけては自らを売り込み、街から街へと移動しながら暮らしているのだった。
目的地は聖都、そしてキャラバンとの合流である。
聖都に春風のキャラバンが存在する保証はないのだが、毎年行われる祝祭に合わせて立ち寄っていることを知っているので、彼女はそこを目的地としているのだろう。
旅の娼婦と言う生き方を、シャルルは思いのほか楽しんでいるようだ。
衣服を脱ぎ捨て、惜しげも無く裸体を男たちに晒すと歓声があがる、月明かりと篝火に照らされる彼女の体はこの二年で大きく成長したのか、腰は引き締まり胸と臀部は滑らかな曲線を描いている。
二年前は少女と女の中間であった肉体は、男の欲望を大きく刺激する美しさと色気を発していた。
「あはは、そんなに大きくして……昨日もあんなにしたってのに元気な奴らだなぁ」
自身を取り囲む男たちの股間は既に熱くたぎっていた、そんな彼らを笑顔で眺めた彼女は手招きしながらシートに寝ころぶ。
そして男を迎え入れながら満天の星空を眺める、思い出すのは離れ離れになってしまった仲間たちの存在であった。
元気にしているだろうか、腹を空かしていないだろうか、心配ではあるが自分と同様にしぶとい奴らばかりなので悩んでも仕方がないと言い聞かす。
シャルルは今日もまた男たちの相手をしながら、遠くにいる仲間の顔を思い浮かべているようだ。