※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第八話 彼と彼女のこれからとこれまで

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャロル! シャルルの容体は!?」

 

 

 

「……左腕が折れて、口から血を吐いてるから内臓もやられてる」

 

 

 

 それを聞いてバッグの奥から大慌てでポーションを取り出す、開拓村から逃げるように距離を取って一時間、脇目もふらず走り続けて来た彼女たちは深い森の中でようやくその身を地面に下す。

 

 

 

 もっと早くシャルルの治療をしたかったが、カムラーンから少しでも離れる為に無理をさせてしまった。

 

 

 

 小瓶の中に入っている液体はユニコーンの角から作られた非常に高価な一品だった、今は亡き冒険者が作ったそれはキャラバンの倉庫の奥に古くから眠っている品の一つであり、今回は団長の許可を得て持参したのだ。

 

 

 

 もったいない等と言う輩はいない、薬は使って初めて意味があるのだから。

 

 

 

「これを半分振りかけて、もう半分は飲ませましょう」

 

 

 

「貸して……私がやる、エミリーは休んでいて」

 

 

 

「……お願いします」

 

 

 

 強力な魔法を、それも自分のキャパシティーを超える規模で行使したあげく、一時間近く移動していたエミリーは疲れ果てているらしく、頭痛と倦怠感が彼女の体に広がっているようだ。

 

 

 

 近くの木を背もたれにして座り込むと、そのまま荒い息を繰り返す、しかし視線だけはシャルルに向いていた。

 

 

 

「ん……凄い効き目」

 

 

 

 シャルルに振りかけられたポーションの効果は凄まじい変化をもたらす、へし折れて肩からぶら下がるだけだった左腕や、脇腹に広がる青黒い内出血が雪が大地を染め上げるかのように癒されていくのだ。

 

 

 

 半分ほど使用したところでシャルルの呼吸は安定する、そしてキャロルは残りの半分を強引に飲ませて使い切るのだった。

 

 

 

「どうでしょうか?」

 

 

 

「呼吸は安定してるし発汗も少ない……ん、大丈夫」

 

 

 

「そう……良かったぁ」

 

 

 

「……念のため休んだら回復の魔法をかけてあげて」

 

 

 

「でも私の回復魔法はまだ未熟なんです」

 

 

 

 せいぜい、ちょっとした打撲や骨に入った僅かなヒビを癒すことしかできない、だからこそ重傷を負ったシャルルの治療に希少なポーションを使用したのだ。

 

 

 

 その判断は間違ってはいないとエミリーは思う、自分では癒しきれないケガをあっという間に直してくれたのだから、このポーションを作って巨万の富を得た大昔の冒険者には感謝しなくてはならないだろう。

 

 

 

「……気休めでも構わない」

 

 

 

「わかりました、念には念をいれて治療しておきます」

 

 

 

 それにしても、と二人は先ほどの戦いを、あの戦士のことを思い浮かべて身震いした。

 

 

 

「あの人がカムラーン……竜殺しの戦士ですよね?」

 

 

 

「……間違いなく、吟遊詩人が歌った姿そのもの」

 

 

 

「竜を殺したというのも事実なのかしら……」

 

 

 

 キャロルは大きく頷いた、まるで確信があるかのようだった。

 

 

 

「……あれは、たぶん半神……武神から凄い加護と寵愛を受けてる」

 

 

 

 それは三人のように神に祈りを捧げて力を貸してもらうのとは少し違う、カムラーンは神そのものを体に降ろすことができるのだ。

 

 

 

 そして武神の加護と寵愛を持って生まれたがゆえに素の力でさえシャルルを圧倒できてしまう、その体は半分は神なのでドラゴンくらい殺せたとしても不思議ではない。

 

 

 

「よく生きていられましたね私たち」

 

 

 

「ん……神々はきまぐれだから」

 

 

 

その言葉に納得するしかなかった。

 

 

 

「……勝てなかったなぁ」

 

 

 

 地面に倒れ伏していたシャルルが小さくそう呟く、どうやら意識が戻っていたらしい。

 

 

 

「起きたのですねシャルル! 気分はどうですか? 吐き気や頭痛などはありませんか?」

 

 

 

「大丈、夫だと思う……うん、ちょっと怠いけど」

 

 

 

 彼女は二人を安心させる為なのか、カムラーンに挑んだ時のようにニヤリと笑う。

 

 

 

「伝説の戦士が相手だったけどさ、ワタシは勝つもりだったんだぞ……なのに手も足も出なかった、ちょっと自信がなくなりそうだ」

 

 

 

「でも……私たちは、負けてない」

 

 

 

「うん? いや、ボロ負けだと思うんだけど」

 

 

 

 どうやらそう考えているのはシャルルだけらしい、エミリーとキャロルはそんな彼女の考えを否定するかのように首を横に振っている。

 

 

 

「シャルル、私たちは生きています。半神と戦ったというのに誰も欠けていないんですから、それは誇るべきことです」

 

 

 

「そう……そして逃げ切れた」

 

 

 

 ならばそれは勝利と言っても過言ではないだろう、戦士であるためにシャルルは完全には納得していないようだが、否定することもできないらしい。

 

 

 

「もっと強くならないとなぁ、そんで魔法の武器も欲しい」

 

 

 

「あれは魔法の武器どうのこうのといった相手ではありませんが、努力は重要ですよね……日々精進、そして神々への祈りをより高めましょう」

 

 

 

「ま~た始まったよエミリーのお祈りが、別に必死に祈んなくても神様って気前よく力を貸してくれるしなぁ」

 

 

 

「ダ、メ、で、す、強く深い祈りの方がより大きな力となって答えてくださるんですからね」

 

 

 

「それってエミリーが祈ってる神様がケチなだけなんじゃね?」

 

 

 

「な、なんて失礼なことを言うんですか!? 至高神は神々の中でも寛大かつ慈悲深い存在なんですよ、それをケチだなんて言えば罰が当たります」

 

 

 

「……二人とも、それくらいにして……動けるのなら早めに動いたほうがいい」

 

 

 

 ここから東の空は赤く染まっており僅かに炎が上がっているのが確認できる、どうやらエミリーが放った魔法が周囲の森へと広がって大規模な火災が発生しているらしい。

 

 

 

「好都合だな、炎に紛れて距離を取れる」

 

 

 

「周囲への被害はどうでしょうか?」

 

 

 

「……この辺りにある人里はあの村だけ」

 

 

 

「なら急ぐか、アイツに見つかっても面倒なだけだしな、このまま一気に王都を目指そう」

 

 

 

「王都まで行っても問題になるのは潜入方法ですよね、私たちにはこの国での戸籍や身分証なんてありませんし素直に街へ入れるとは思えません」

 

 

 

「ん……とりあえず行ってから考える」

 

 

 

 二人の体調は回復したらしい、念のためエミリーはシャルルに癒しの魔法を施してから移動を開始する。

 

 

 

 月明かりだけが彼女たちの道を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には時折、半神と呼ばれる存在が生まれて一際大きな存在感を放つ。

 

 

 

 遥か昔、悪魔の軍勢と戦った天剣の英雄や、大陸の三分の一を征服して人類最大の巨大帝国を築き上げた皇帝、その圧倒的な癒しの力で死者すらも蘇らせる聖女、一騎当千の戦士や千の呪文を操る魔術師、空を駆ける竜をも打ち落とした射手。

 

 

 

 神々は気まぐれなのだ、誰を見つめて誰を寵愛するかわからない。

 

 

 

 半神たちはそんな神の気まぐれで生まれた者たちのことを指し、強く巨大な寵愛を得た彼ら彼女らは歴史にその名を深く刻みつける。

 

 

 

 半神でなくとも神に祈れば多くの状況で力を貸してくれることがあるのだが、神々の寵愛を一身に受けた半神には敵わないだろう。

 

 

 

 強く深い加護を得るということはそれだけ神に愛されているということであり、その力が大きければ大きいほど神に近いという考えや価値観が一般となっている。

 

 

 

 神々は職業の数と現象の数だけ存在するとされており、大工は仕事をする時に大工の神へと祈り、漁師は海へ出る時に当然ながら漁師や海の神へと祈りを捧げていた。

 

 

 

 先ほどの例を挙げると半神とは歴史に名を残すような活躍や偉業を成し遂げた存在ばかりだと人々は考えるが、もしかしたら中には大工や漁師の半神などもどこかに存在したのかもしれない。

 

 

 

 無数に存在する神々が誰を愛するかなど、人々の知るところではないのだ。

 

 

 

 そして大陸中央に建国された長い歴史を持った王国には、現在こんな半神が存在しているらしい。

 

 

 

 娼婦の神からの巨大な力と恩寵を与えられ、その身を半分ほど神へと近づけた女が暮らしているのだ。

 

 

 

 彼女は王国にある中規模都市のスラムで娼館の下働きとして育ち、気が付いたら奴隷商の商品として並べられていた。

 

 

 

 どこかの裕福な貴族がたまたま訪れて彼女を数ある奴隷の中から見出し、自分の情婦としたのは彼女が十三歳の頃になるだろう、その貴族はやせ衰えていた彼女を見つめて何故か驚愕したかのような表情をしており、店に金貨を投げつけるようにして買い取ったらしい。

 

 

 

 そこから彼女の人生は一変した。

 

 

 

 まず食事を貰えたのだ、それも満腹になるまで食べることができた、次は風呂に放り込まれて体の汚れを落とし、ボロ布同然の服から今まで自分には縁のなかった綺麗な服を身にまとい、そして男に抱かれる。

 

 

 

 そういう目的で自分を買ったであろうことは分かっていたし、彼女自身はそこまで不快だとは思わなかった、なぜならそこでの生活は彼女がこれまで経験した人生とは大きく異なっており、満たされたものだったからだ。

 

 

 

 食事がある、清潔な寝床がある、綺麗な服がある、それだけで彼女は満足できていた、できてしまった……スラム街での明日も知れぬ生活よりも、その貴族の屋敷での暮らしの方が何十倍も豊かで安全なのだから。

 

 

 

 男に抱かれることも、自分が生きる為ならば苦痛とは思わない、寧ろ当然の対価とさえ考えていた。

 

 

 

 それでいい、この生活がずっと続けば良い、そんな彼女の暮らしが壊れたのは半年後のことだった。

 

 

 

 自分を買い取った貴族の友人らしき男が屋敷を訪れて、驚愕した顔をしたのをよく覚えている、それから男は主人である貴族に詰め寄り、なにかしつこい交渉をしていたようなのだが失敗に終わったらしい。

 

 

 

 大量の金貨を積み上げられても主人の貴族は頷かない、寧ろその顔は優越感で誇らしげに歪み、しつこい交渉を続ける友人をバカにしているかのようだった。

 

 

 

 彼女の主人が変わったのはそれから二カ月後のことである、深夜に屋敷が暴漢に襲撃されて炎上し、気が付けば彼女は別の男に抱かれていた……何が起こっているのか理解できなかったが、一つだけわかったのはそこでの暮らしも決して悪いものではなかったということだろう。

 

 

 

 あのスラム街に比べればどこだろうと天国だ、そんな風に彼女は考える。

 

 

 

 ただ新しい主人は少しだけ変な趣味があった、彼女を抱くだけでなく、椅子に座らせて笑顔を作らせると、その姿をキャンパスに描こうとしたのだ。

 

 

 

 しかし上手くいかなかったのだろう、何度も描いては破り捨てるという行動を繰り返し大きなため息をつく。

 

 

 

 何が不満なのか、そう尋ねると「君の神々しさを表現できない」などと、訳の分からない答えが返ってくるので彼女は沈黙する、とはいえ食事も服も寝床も与えてくれるので不満はない。

 

 

 

 そこでの生活が半年ほど過ぎたころ、彼女の主人はまた変わってしまう。

 

 

 

 次の主はキャンパスに描いていた男の息子だった、自分をめぐってなにやら揉めていたことは知っていたが、どうやら彼は親を亡き者にして自分を手に入れたらしい。

 

 

 

 なぜ親を殺したのか? そんな質問には「君があの男に汚されるのが嫌だった」という言葉を返されてしまう。

 

 

 

 そして彼女は抱かれた、少しだけ不安があったが非力で学のない自分にできることはそれくらいだと言い聞かせながら。

 

 

 

 そしてまた主人が変わる、その二週間後にはまた変化して、三年で二十三人もの男の手を離れた。

 

 

 

 怖くなかったと言えば嘘になる、男たちが自分を見る目が日に日に鋭くなり、欲望と情欲で染め上げられ理性はどこかに置き忘れたかのように暴走してしまうのだから、怖がるのも当然だ。

 

 

 

 恐ろしかった、震えが止まらなかった、どれだけ立派で強く気高い人間であろうと、彼女を知れば理性のない獣と変貌してしまう。

 

 

 

 大商人も、大貴族も、騎士も兵士も子供も王族でさえ、彼女の存在は理性を蒸発させてしまうのだ。

 

 

 

 そこで彼女はようやく実感する、今まで怖くて直視することのできなかった現実を。

 

 

 

 自分は何かがおかしいのだ、一般的な基準とは何かが逸脱してしまっている、自覚してしまえば後は転がり落ちるように恐怖が広がり、彼女は一目散に逃げ出した。

 

 

 

 しかしそれも一瞬だ、どこへ行く当てもなく頼りになる友人もいない、すぐに捕まって城の一室に軟禁されてしまうのだった。

 

 

 

「…………今日は満月なんだ」

 

 

 

 城の一室、窓の向こうにある鉄格子の隙間からわずかに覗く月明かりを感じて、彼女は静かに呟く。

 

 

 

 自分をここに閉じ込めた男はこの国の第一王子らしい、親である国王を殺してまで自分を手に入れようとしたのだ……その瞳には理性など無く、真面目で清廉潔白だという評判はどこにも存在しない。

 

 

 

「あの欲望に塗れた愚かな弟を殺して君を守ろう」そう言った彼の瞳は欲望に染まっていた。

 

 

 

 どうすれば良いのだろうか、そんな思いに答えてくれる者などいない、この一室に閉じ込められて籠の中の鳥のように過ごすことしか彼女にはできない。

 

 

 

「死ぬには良い日なのかな」

 

 

 

 いや、一つだけ彼女にもできることがあった、それは右手に持ったナイフを自分の心臓に突き立てることだ。

 

 

 

 城のメイドが決まった時間に運んでくる晩食に必要な大して切れ味もない食事用ナイフ、それが彼女の両手に包まれている。

 

 

 

何かがおかしくなって、ちっぽけな自分がその中心にいると分かった時には、既にこうなっていた。

 

 

 

 今更ここで命を絶ったところで問題は解決しないことは彼女にもわかっているのだが、今はそれしか解決方法が思い浮かばなかったのだ、せめて流れる血が少しでも減らせますようにと祈りを込めて、そのナイフを胸に当てる。

 

 

 

「ふうー……ふうー」

 

 

 

 心臓はその行動を拒否するかのように高鳴り、腕は震えて嫌な汗が流れていく。

 

 

 

 わかってはいたことだが死は恐ろしい、覚悟を決めてもこれなのだから。

 

 

 

 それでも、そうだとしても、ここでやらなければこれからも自分は様々な男の人生を狂わせることだろう、痛みなど一瞬だと念じながら力を込める。

 

 

 

 そんな時だ、内側から開けることのできない部屋の扉がノックされたのは。

 

 

 

「……え、えっと」

 

 

 

 何を返せば良いのかわからない、しかし彼女の言葉を待つことなく扉は開かれた。

 

 

 

 向こう側にいたのは一人の女性とその従者らしき老人だった、年の頃は二十台ほどだろう、長い髪を上品に纏めて暗がりでもよくわかる豪華なドレスを身にまとっている、そして両手には毛布に包まったお赤ん坊を持っていた。

 

 

 

「あなたがミカエラね……ふうん、娼婦の神の寵愛を受けているという割には普通ね、でも不思議な顔立ちをしている……男性にはどんな風に見えているのかしら」

 

 

 

「あ、あの、えっと……ボクは、その」

 

 

 

「挨拶はいらないわ、単刀直入に聞くけどこの国の現状は理解しているわよね?」

 

 

 

 娼婦の神の半神、ミカエラは冷や汗を流しながらこくこくと頷いた、女性から発せられる上位者の雰囲気にさっそく飲まれてしまっている。

 

 

 

「なら話が早い、貴女の存在はとても邪魔なの、バカな男たちは考えもなしに争って国を割っている……ハッキリと言わせてもらえばここから出て行ってちょうだい」

 

 

 

「ボ、ボクが外に出ても……良いんですか?」

 

 

 

「構わないわよ、そのためにここに来たのだから」

 

 

 

 ドレスを纏い、赤子を抱きかかえた女性はそう言って道を譲ってくる、この人物は何者だろうと疑問に思うが、開かれた道に視線をやればそんな考えは霧散した。

 

 

 

「ほ、本当に? 本当に出ていきますからね? 後で追いかけてきて捕まえたり……」

 

 

 

「くどい、さっさと行け……貴女の存在は男にとって麻薬みたいなものなの、ここにいれば国ごと腐らせてしまうわ、私はそれを避けたいの」

 

 

 

 すると従者らしき老婆がミカエラに巾着を渡してほほ笑む、ずっしりとした感覚は貨幣の重みだろう。

 

 

 

「可能な限り遠くへ逃げなさい……といっても貴女一人ではこの王都から抜け出せるとも思えないから、少しだけ手助けしてあげる」

 

 

 

「手助けですか? そ、それはどんな?」

 

 

 

「脱出の手引きね、偽装した身分証と護衛を手配したからまずはその連中と合流なさい、彼女に付いていけば案内してくれるから」

 

 

 

 従者らしき老婆は変わらず微笑んでいる、どうやら彼女が案内役のようだ。

 

 

 

「ミカエラ、貴女の力は大きな厄災を招く、もしその力を持て余しているのなら神の膝元へと向かうことをお勧めする」

 

 

 

「神の膝元、ですか?」

 

 

 

「……知らないのかしら?」

 

 

 

「は、はい、ボクは今までまともに外に出れなくて……ええっと、教会とかですか?」

 

 

 

 そこでドレスの女性は眉をひそめて難しい顔を見せる、どうやらミカエラが神の膝元を知らないとは思ってもなかったらしい。

 

 

 

「神の膝元というのは、この地上で神々に最も近寄れる場所のことを指すの、そこでは直接神々と話すことができて、時には交渉することも可能なのよ……例えば力をお返しします、なんてこともね」

 

 

 

 ミカエラの目が驚きで開かれ、ドレス姿の女性を見つめた。

 

 

 

「そ、そんな場所が……そこならボクの力も」

 

 

 

「えぇ、だから早く行きなさい、貴女自身の為にも、そしてこの国の為にもね」

 

 

 

 その段階でミカエラの警戒心は完全に消えてしまっていた、相手が女性であるというのも理由だが、それ以上に提示された状況が彼女の思考を停止させる、そこへ行けば全てが上手くいく……そんな考えが頭に生まれたので信じることができる。

 

 

 

「え、えっと、あの、ありがとうございます! ボク、頑張ります!」

 

 

 

「……早くいきなさい」

 

 

 

 救世主でも見るかのような瞳でミカエラは何度もドレスの女性に頭を下げた、自分はこの出会いを一生忘れないだろうと思い、神々の気まぐれに感謝を捧げて老婆と共にその場を後にした。

 

 

 

 その場に残されたドレスの女性は、両手で抱えていた赤ん坊の顔を覗き込み、こんなことを呟いた。

 

 

 

「もうすぐこの国は貴方の物になるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カムラーンもまた半神だった、しかし彼はミカエラと違って自らの力と寵愛を忌まわしい物とは考えていない。

 

 

 

 己の身に宿る神格は、弱肉強食が全てだと証明してくれるのだから文句がでるはずもなかった。

 

 

 

 彼の人生は戦いと略奪の連続だと言えるだろう、ミカエラと同じようにスラムで生まれ育ち親の名前も顔も知らない。

 

 

 

 しかしそれの何が問題なのだろうか、彼にとって親の有無はどうでもよく、そこに拘ったことなど一度も無いとさえ言える。

 

 

 

 物心ついた頃には世界の真理を理解していたのだ、すなわち力が全てだという絶対の法則を。

 

 

 

 それを悟ったとしても悲しみは無い、悔しさも無い、理不尽だと思うこともなく、不平不満を訴えて愚痴を零すことすらしない、それら全てに意味はなく綺麗な言葉で塗り固めた説教や法なども何の役にも立ちはしない。

 

 

 

 空腹なら食糧のある場所から奪えばいい、金が無いのなら持っている物から奪えばいい、幸いにも自分には力があるのだから、それが彼のこれまでだ。

 

 

 

 スラムで彼に敵う者は一人もいなかった、子供は勿論のこと大人や衛兵すら彼を目にすれば逃げ出すしまつだ、そしてその状況でカムラーンは寂しさや孤独を感じるのではなく、息苦しさを感じるのだった。

 

 

 

 空を見上げると無限とさえ思えるような青空が広がっており、視線を戻すと牢獄のようなスラム街が広がっている。

 

 

 

 ここは狭い、そう考えたカムラーンは生まれ育ったスラムを飛び出した。

 

 

 

 とはいえ何をするにしても食べていかなければならない、なので街から出てすぐに視界に入った集団に襲い掛かり食糧と金目の物を奪う。

 

 

 

 どうやらその連中は賊の類だったらしく、捕まっていた女性から多くの感謝を貰うことになるのだが、やはりカムラーンには意味をなさなかったらしい。

 

 

 

 何かお礼をと言う女性を置き去りにして、彼は賊から奪ったボロボロの槍を片手に次の獲物を探す。

 

 

 

 そして街から街へ、国から国へ移動して、行く先々で力を振りかざし、立ちふさがる全てを薙ぎ払った。

 

 

 

 彼を邪悪な竜から人々を救った英雄だと称える国もあれば、王殺しの犯罪者だと罵る国もある、それら全ての評価がカムラーンには何の意味もなさなかったようだ。

 

 

 

 ただ一つ、この世界に広がる唯一絶対の法則、力と言う真理だけが意味をなした。

 

 

 

「良いケツしてやがったなぁ……」

 

 

 

 しみじみと、呟かれたカムラーンの言葉を隣にいた戦士が拾う。

 

 

 

「首領、どのケツですかい?」

 

 

 

「あれじゃないすっか? この前殺した貴族の野郎が飼ってた奴隷」

 

 

 

「いや、この前に占領した街の女領主じゃないかな」

 

 

 

「どれでもねえよ、なんとなく目についた村で俺に襲い掛かってきた女がいてな、戦士と弓兵と魔術師なんだが、そいつらが逃げる時に見せたケツがいい感じでなぁ……まだ青臭さが抜けてねえんだが、小ぶりなケツが揺れて誘ってくんだよ」

 

 

 

 彼がそう言うと、周囲の戦士たちは感心したような表情で頷く。

 

 

 

「ほ~んそりゃ大したもんだ、首領と戦って生きて帰れたってことは……随分と神々に可愛がってもらってるみたいですね」

 

 

 

「だろ? この辺の戦いもそろそろ終いだしよ、次はそいつらを追いかけようかなと思ってな」

 

 

 

「暇なんで俺らも付いていきますぜ」

 

 

 

「勝手にすりゃあ良い、てめえの人生なんだからな、俺がとやかく言っても意味がねえ」

 

 

 

 彼に仲間……いや、手下は多い。

 

 

 

 粗雑で乱暴で、およそ人を率いるような器は持ち合わせていないのだが、その圧倒的な力に酔いしれたかのように無数の戦士が彼の下に集うのだ。

 

 

 

 戦場で輝く圧倒的な光は過程や結果はどうあれ、戦士にとっての一等星なのだろう、薪の光や熱に群がる虫のように戦士が群がる。

 

 

 

 カムラーンはそんな彼らに意味は見出していなかった、付いて来るのなら好きにすればいいし、去るのならそれもまた自由だ。

 

 

 

「でもまぁ、まずはあの街をさっさと落としちゃいましょうよ、後ろで第一王子がキャンキャン喚いてますぜ」

 

 

 

 そこでカムラーンは視線を戦場へと向ける、そこでは二つの派閥に別れて苛烈な戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

 攻めるのは第一王子派閥、巨大な城塞都市で迎撃するのが第二王子派閥だ。

 

 

 

 戦力的には前者の方が有利なのだが、大きく高い城壁に阻まれて攻めあぐねているのが現状である。

 

 

 

「だなぁ、一番乗りしたほうが旨味もある、前に出るとするか」

 

 

 

 巨大な光に導かれて戦士たちが雄たけびを上げて前進を開始する、自分たちがその先で死ぬことになろうともお構いなしにがむしゃらな突進だった。

 

 

 

 これでは傷を負うだろう、そして死ぬかもしれない、だが止まることはない。

 

 

 

 戦士が戦場で死ぬことは当然であり、避けられぬ宿命である、ならばせめて最後の瞬間は華々しくあろうとしているのだ、勇敢に戦った戦士は死後に戦神の下へと導かれるのだから恐れもない。

 

 

 

 何人かは死ぬだろう、だがそれでよかった。

 

 

 

「うっし、射線開けろ、とりあえず一発でかいのをぶち込んで街に入るぞ! 後は好きに奪え、あの王子様からも許可が出てるからよ」

 

 

 

 まぁ、許可がなかったとしてもカムラーンとその手下たちは、悪びれもせずに略奪を開始するのだが、それは意味のない仮定だろう。

 

 

 

 カムラーンは槍を持ったままグルグルと肩を回して、先にある強大かつ頑丈な城門へと視線をやった。

 

 

 

「武神よこの身に降り給え」

 

 

 

 その言葉を発した瞬間、彼の体に宿る力が爆発したかのように発せられ、槍にまで神格が流れ込む。

 

 

 

 勢いよく投擲された豪槍は大気を破裂させたかのような音を奏で、雷の如き勢いで城門へと到達すると、そこに何も存在しなかったかのように障害物を通過した。

 

 

 

 弾かれたのではない、めり込んだのでもない、ただ通過したのだ。

 

 

 

 あれだけ堅く、多くの将兵を弾き返した城門はあっさりと粉砕されてしまう、そして次の瞬間には槍が地面に刺さったのであろう激震と衝撃が広がり、この戦いは事実上の決着となった。

 

 

 

 粉砕された城門から一斉に兵士が街へと侵入を始める、その先頭に立つのはカムラーンとその手下たちであり、死に物狂いで抵抗する相手を簡単に切り伏せるのだった。

 

 

 

「俺の槍は……あぁ、あったあった」

 

 

 

 投擲された槍は地面を蜘蛛の巣状に割って突き刺さっている、それを掴むとカムラーンは切りつけようと近づいて来た騎士を貫く。

 

 

 

 その段階で手下の行動は二分される、金となる財産や女を求めて街を襲う者と、酔っぱらったかのように戦いを続ける者の二つに、ただどちらもこの状況を楽しんでいるのは間違いない。

 

 

 

 カムラーンはどちらかと言うと前者だ、略奪は後でもできると考えているのだろう。

 

 

 

「さてと、第二王子の顔でも拝みにいくとするか」

 

 

 

 戦いの最終的な目標はそこにある、一応の雇い主である第一王子がカムラーンへ直々に命令したのだから、そこまでやらねば意味がない。

 

 

 

 立ちふさがる兵士や騎士をなぎ倒しながら目指すのはこの街の中心にある指令室だった、そでは第二王子を中心とした貴族たちが指揮を執っているはずなので本丸と言えるだろう。

 

 

 

「首領、なんか妙ですね、えらい静かだ」

 

 

 

「とっくに逃げ出しちまったんじゃねえか……そうなると残党狩りが面倒だな」

 

 

 

「大勢はもう決してますから、そんなもんはこの国の兵士にでも任しときゃ……首領、どうやらその心配はないみたいですぜ」

 

 

 

 あまりにも静かな敵本陣を進み、その最奥のある部屋へと辿り着くと、そこには貴族と第二王子、その護衛たちであろう騎士の死体が散乱していたのだ、生きている者など一人もいない。

 

 

 

「自分らで最後を飾ったって感じじゃねえな、どいつもこいつも急所を一突きにされてる……見ろよ此奴の間抜け面、死ぬ間際まで何が起こったのかわかりませんって顔してやがる」

 

 

 

「あぁ、首領、どうやらそいつが第二王子っぽいぞ」

 

 

 

「じゃあこれで仕事は終いか、なんか消化不良感があるな」

 

 

 

「この惨状を作った奴は相当な腕前ですね……でも誰がやったんだ?」

 

 

 

「そりゃ第一王子派閥が雇った奴だろうさ」

 

 

 

「暗殺者を雇って? わざわざそんな回りくどいことしますかね、それこそ首領が暴れるだけで決着が着くんですから」

 

 

 

「知らねえよそんなこと、まぁ、これで仕事は終わったんだ後は好きにさせてもらおう」

 

 

 

 略奪は勝者の特権である、それは当たり前のことだった。

 

 

 

 だがカムラーンが街へ繰り出そうとすると、その行動を止めるかのようにある人物が顔を出す。

 

 

 

 実用性皆無の豪華な鎧を身に着け、複数の近衛兵に身を守られた人物、この国の第一王子その人だ。

 

 

 

「ミカエラが姿を消した!!」

 

 

 

「誰だそいつは……あぁ、いや、確かアンタがご執心の女だったか、娼婦の神の半神だとかなんとか」

 

 

 

「そうだ! 城の一室で私の帰りを待っているところを賊に攫われたと報告があった、すぐに探し出せ!」

 

 

 

「そんなもんてめえでやれよ、女を手に入れたいんだろう? ならてめえの力でものにしな」

 

 

 

「貴様はこの状況が分かっているのか!?」

 

 

 

 王子は濁った瞳でカムラーンを睨みつける、圧倒的強者を前にしようとも恐れはない……いや、恐れを抱けるだけの理性が残っていないのだ。

 

 

 

「ミカエラがいないのだぞ! きっと今頃、賊に怯えながら私の助けを待っているに違いない!」

 

 

 

「ああはいはい、そうかもしれないな」

 

 

 

「その態度はなんだ!? 今、貴様の目の前にいるのはこの国の王であるぞ! 本来なら貴様のような成り上がり者が対等な口を-ーー」

 

 

 

 最後まで言い終える前にカムラーンの槍が振り下ろされて地面を叩き割る、その行動と衝撃に第一王子は勿論、護衛の騎士たちまでみっともなく尻もちをつくのだった。

 

 

 

「続けろ、お前は一応は雇い主だ……契約は神々の名のもとにまだ続いている。しかし舐めた口はきくな、俺はお前が思っているほど寛大ではない、それで何をして欲しい?」

 

 

 

「ミ、ミカエラだ……彼女を、彼女を守らなければ」

 

 

 

「そいつはどこにいんだよ、賊に攫われたんだろ? なら今頃は国の外だろうさ」

 

 

 

「行先はわかっているんだ! 城からの報告では彼女は神の膝元へ向かって……いや、私の手を離れるわけは無いから賊に騙されてそこへ強引に連れていかれたのだ!」

 

 

 

「神の膝元ぉ? 確かここから一番近いのは……東の海にある孤島だったか?」

 

 

 

「そ、そうだ! すぐにそこへ向かってくれ! 彼女の神格が消えてしまう前に!」

 

 

 

 彼にとってそこは重要な点なのだろう、女神を手で触れて自分の精液で汚す感覚が忘れられないのだ。

 

 

 

「金でも地位でも爵位でも好きな物をくれてやる! 頼むから急いでくれ!」

 

 

 

「地位と爵位はいらねえが、手下どもを養うのに金は必要だ……いいだろう、幾ら払える?」

 

 

 

 第一王子が提示した金額はこの街で手下が略奪した財産を大きく超える額だった、たった一人の女を手に入れる為にそこまでの金額を提示する第一王子を憐みの視線で見下ろしながらも、カムラーンは契約更新を受け入れるのだった。

 

 

 

 言葉にはしなかったが、自分と同じように半神であり、娼婦の神の力を宿した女に少しだけ興味があったのも事実だ。

 

 

 

 そこまでいい女なら自分も抱いてみよう、彼はそんな風に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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