商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「それで、ワタシに任せたい仕事ってなんだよ?」
「ここ最近、王都で女子を無理矢理働かせている店ができたのでございます」
アナスタシアが浮世離れした掴みどころのない声でそう言った。
「神殿が出張るんだから普通の娼館じゃないんだろうな……違法な店って感じか」
「はい、主に小さな子供を攫って働かせているようです……スラムを中心に搔き集めて、表向きは真っ当な酒場としておりますが、その地下に軟禁状態で拘束されております」
「成人前の子供が娼婦として働くなんて珍しいことでもないんだろうけど……無理矢理ってのは拙いか」
生活費を稼ぐ為、生きる為に体を売ることなど何も珍しくない、娼婦は世界最古の職業とも言われるほどに歴史のある職業なのだ、長い歴史を紐解けば子供の娼婦など星の数ほど存在するだろう。
そして娼婦神の神殿は、生きる為に体を売る者を守り保護する側面もあった、春を売る彼ら彼女らを尊敬して神聖な存在として扱い、その立場と権利を守るのだ。
娼婦が体を売って男と交わり、それをもって獣欲を鎮める、それは一つの儀式であり神聖なものであるという考えがそうさせるのかもしれない。
そういった宗教的な考えや価値観を別にしても、娼婦の存在は治安の維持にも欠かせないだろう。
もし娼館がなく娼婦という職業がなくなれば、行き場のなくなった欲望がどこへ向かうのかわかったものではない、目に見えて暴行や凌辱が増えることは間違いなく、違法な店が増えることになるのだ。
そうなれば娼婦の立場や権利を守るどころの話ではない、なので潔癖になり過ぎることなく欲望の発散場所はどこかに必要なものである。
行き過ぎず、かといって保守的になり過ぎない、バランスを守ることもまた神殿の役目であった。
そのバランスを崩そうとする者を、娼婦神の神殿は威光をもって焼き尽くすのである。
「衛生観念を徹底して、閨を整え、娼婦の権利と意志を守り、給金をしっかり払う、神殿が求めるのはこれだけでございます……ですが」
「守れない奴ってのはどこにでもいるからなぁ」
「悲しいことに……」
盲目の神官は更に顔を俯かせていく、ただでさえ俯きがちな姿勢であったので、そこまでいくと首を折ったかのような印象を与えてしまうのだった。
「よしッ!! そういうことならワタシは断らないよ、前金も貰ったからしっかり働こう」
その言葉に俯いていたアナスタシアが顔を上げた、そして眩しいものを突然に見せつけられたかのように驚くとまた俯いてしまう。
「あ、ありがとうございます、聖騎士様」
「だから聖騎士じゃないっての……はぁ、そんで違法娼館の場所はどこなんだよ?」
「王都の歓楽街でございます、そこの……あぁ、いえ、聖騎士様は王都に来られたばかりなので……そうですね、地図をお渡しします」
アナスタシアはそう言って神殿の奥に引っ込むと数分もしないうちに帰ってきた、その手には地図が握られているようだ。
「違法娼館の場所は歓楽街の……こちらでございます」
広げた地図を白い指先が撫でる、瞳が無いとは思えないほどに優雅な動作であった、もしかしたら見えているのではとシャルルは疑ったほどである。
「神殿の位置はここで……あの、聖騎士様?」
「んん、あれだ、目が見えないのに大したもんだなって思ってさ」
「あぁ……そうでございますね。はい、不思議とわかってしまうのです、何も見えないのに」
「全然全く見えないのか?」
「それはもう、無限の暗闇でございます……瞳を失ったばかりの頃はとても恐ろしく、よく転んだもので……だけど神々が同情してくださったのでしょう、深い祈りを重ねればハッキリとはしないものの、何となくわかってしまうのです」
見えないが感じ取れるということだろう、祈りによって神々の加護を降ろしたことでそれが可能になるのだとしたら、彼女は随分と神々に気に入られているらしい……いや、気に入られ過ぎているのだろう。
失った部位の代わりを神々が務めているのだとしたら、それはもう奇跡に等しいものである、ただ祈っただけでそれを為せるのなら誰も苦労しないのだから。
それだけの加護を降ろしてまで彼女を守りたいのなら、神々が彼女に向ける愛情はよっぽど深いんだとシャルルは思うのだった。
「ですので何とか生活できています、苦労も多いのですが……いえ、不満を言ってしまえば神に見放されてしまいますね、現状に満足しなければ」
見えないが、感じさせて貰っているのだ、それで満足ですと言えるのは神官らしいのだろう。
「私のことは些末なことでございます……それよりも今は神殿の威光を知らしめることを優先しましょう。聖騎士様は何か疑問はありますか?」
「う~ん……店の位置は把握できたし後は用心棒の数とかだな、どうせこういう店ってヤクザ者が後ろにいたりするんだろ、何人くらいいるかおおざっぱでも良いから知りたいかな」
「それほど多くはありません、確か拘束対象は十人ほどだったかと……スラムを中心に違法取引をしている方々です」
「素人に毛が生えた程度の連中ってことか、なら問題ないか」
ここで傭兵団や兵士崩れが出てくればシャルルとしても動き辛くなってくる、だがスラム街のチンピラ程度なら何も問題はなかった、前者は殺し合いが得意で後者は喧嘩が得意な者たちである、そしてシャルルはどちらかと言えば前者寄りの存在であった。
「後、気になることと言えば……なんでワタシに依頼したってことかな」
「どういうことでございましょ?」
「いや、だってこういう違法娼館を潰すのって、神殿お抱えの騎士とかだろ。それか守衛とか引き連れての大捕り物になるっていうか……娼婦神の神殿って規模が大きいからそれくらいの戦力は引っ張ってこれそうだし、ワタシみたいなよそ者よりもずっと信頼できるし信用できるじゃないか」
「あぁ、それは、でございますね……」
そこでアナスタシアが答えてくれたのは、この国も今まさに災禍の中にあるアンデットの存在であった。
かなり広範囲に、それも大量のアンデットが出没するようになったことでこの国はもちろんのこと周辺諸国も兵士や騎士は常に監視と警戒で走り回っており、対処に追われているらしい。
余りにも忙しいので本来は町や都市の治安を守ることが職務の守衛も手伝いに駆り出されており、神殿にまで手が回らないのだ、そういった事情もあってこういった違法娼館がのさばることに繋がったのだろう。
守衛や兵士がアンデットの対処に精一杯で自分たちは見逃されている、目に見える抑止力がいなくなれば不法者が大きな顔をするものである。
「守衛も兵士も騎士も今は忙しくされています、聖都にある本殿から戦力を送って頂くこともミリア母さんは考えたのですが……あちらにもアンデットの被害が広がっており、それに加え悪魔たちの襲撃によって今だ復興途中とのことで、やはり余裕がありません」
「そんな時にワタシが来た訳か」
「はい、よもや聖騎士様がいらっしゃるとは……これも神の導きでございます」
「だから聖騎士じゃ……ああもう面倒になってきた」
否定することに疲れたのかシャルルはがっくりと項垂れた、そんな様子を感じ取ってアナスタシアはクスッと笑って見せる。
「まぁいいや……特に問題も無いようなら今から行ってくるけど、大丈夫なんだよな?」
「それは、えっと、大丈夫かと……いえ、聖騎士様は今から行かれるのですか?」
「他に戦力がいないんだし、待つだけ無駄じゃんか」
「……準備や心構えなどは必要ないのですか?」
「準備って言われても頭数はワタシ一人だし、なら剣と鎧を整えるくらいしかできないよ。そして心構えもなにも、どんな状況でも相手を倒すって努力するだけだ……そんなことは言われなくてもいつもやってるよ」
「……なるほど、常在戦場を心がけておられる聖騎士様にいらぬ心配でございましたね」
だから聖騎士じゃないっての、という言葉を飲み込んでシャルルは地図を受け取るのだった。
「ミリア母さんからもよく学べと言われています、盲目のこの身では大した力にもなれませんが、せめて聖騎士様の戦いを見守らせていただきますね」
その言葉をシャルルは正直に受け止めるのではなく監視役と解釈した、初対面の相手を全面的に信頼できないことは当たり前のことなので不満はない。
ただそんな彼女の認識はアナスタシアとは大きくズレているのかもしれない、少なくとも相手側にそんな思惑はないようだ。
アナスタシアはただ眩しそうにシャルルを眺めるだけである、そこに警戒心など皆無であった。
「付いて来るのは良いけど……アンタは戦えるのか?」
「いいえ、ですので遠くから見守るだけとなります」
下手に手伝うと出しゃばられて人質とされるよりはずっとマシなので、そこをしっかりと理解して一線を引いているのなら、シャルルとしては問題はない。
「わかった、できるだけ離れておいてくれるならそれでいいよ」
「瞳のない私にできることはただ感じることだけでございます、聖騎士様の栄光ある戦いを記憶しておきますね」
太陽を眺めるかのような眩しそうな表情で、アナスタシアはそんなことを伝えて来る。
少しだけ恥ずかしくなったシャルルは、苦笑いと共にその言葉を受け入れるのだった。
やるべきことが定まったので後は行動するだけである、戦力はシャルル一人なので調整も作戦も単純なものにしかならない、正面から突っ込んで殲滅するか裏口から突っ込んで殲滅するくらいの違いしかないだろう。
一人しかいないのだからできることなどそれだけである、しかしシャルルは負けるつもりなど欠片もなかった。
「場所は歓楽街の酒場で、地下に違法娼館か……いかにもチンピラの溜まり場って感じだな」
「私は他の都市のことはよくわかりませんが、珍しくないのでございますか?」
「どこにでもあるだろそんな場所は、スラム街か歓楽街かの違いはあるだろうけど、叩けば幾らでも埃が出てくるような連中は地下に潜むもんだし」
「聖騎士様は博識でございますね」
「旅に慣れてるだけさ」
シャルルは受け取った地図を広げて目的の違法娼館を目指す、アナスタシアはその一歩後ろを従者のように付いて来る。
見えないが感じ取れるという発言は嘘ではないらしく、瞼の向こうが伽藍洞であっても彼女は転ぶこともぶつかることもなく大通りを進んで行く。
シャルルも普段通りの速度で歩くのではなく、アナスタシアとはぐれないように配慮してゆったりと歩いているのだが、どうやらそれは不要な心配であったらしい。
だが戦いを任せることはできないだろう、彼女も娼婦神の神官なのだが戦いに生きる人間ではない。
シャルルの中にある神官像の基準となっているのがエミリーである、信心深くて頭が良く巨大な力を振るう存在こそが彼女の思う神官であった。
魔術師と神官をごちゃまぜにしているが故の勘違いなのだが、一歩後ろを歩くアナスタシアはそんな想像の神官らしさはない。
儚げで浮世離れしていて折れそうな程に細く、そして脆そうな印象を与えてくるのだ、これで魔術を行使できるのならばまだ戦力として考えられるのだが、話を聞けば戦う術は全くないらしい。
「聖騎士様が仰られるのは戦う力を持った神官……神官戦士や術師でございますね」
というのがアナスタシアの弁である、そう呼ばれる戦闘力を持った神官はごく一握りらしく、滅多にいないそうだ。
つまり、エミリーやその師匠であるエミーリアのような存在は稀ということだろう。
その二人を神官の基準としていたのがシャルルだ、これでは旅慣れているといった言葉が急に恥ずかしくなっていくようだ。
なんであれ戦力としては数えない、最初からそれがわかっていれば楽なものである。
神殿街から繁華街へ、そして大通りを抜けて路地裏へ、そのまま進んで行くと色街へと繋がった。
重要なのはここからである、どの都市でもそうだが歓楽街たスラム街を支配する勢力というものが存在するのだ、軍隊ではないのでチンピラの集まりとその延長が基本となるのだが、手下や大量の子分を抱えているものである。
見慣れない傭兵が、それも女剣士など目立つことこの上ない。
「アンタはこの辺で待機しておいてくれ、ただでさえ目立つのに神官と一緒なら騒ぎになる」
まして娼婦神の神官が堂々と違法娼館に歩いていけば、周囲の人間はいよいよ粛清が始まったと考える筈だ、神殿の威光を広めるために討ち入りに入ったのだと。
突入するまで相手に準備を整える時間を与えたくない、それに加えて証拠隠滅などもさせたくないシャルルとしては、この辺りでアナスタシアとは別行動としたかった。
「わかりました、こちらから見守らせていただきます」
浮世離れした雰囲気を放つ盲目の神官も同様のことを考えたのだろう、シャルルの指示に不満を言うことなく従った。
「聖騎士様、どうかお気を付けくださいませ……」
「まぁ大船に乗ったつもりでいてくれ、チンピラ相手ならそう苦戦はしないと思うからさ」
フード付きのマントを深く被り剣を隠して路地裏から歩き出したシャルルは、地図に記されていた違法娼館へと向かう、ここで間違いでしたとは言えないので何度も店名を確認しながら地図と照らし合わせていく。
いきなり突入することはしない、まずは歓楽街の通りを歩きながら違法娼館の正面を通り過ぎる、そのまま距離を取って路地裏から酒場に偽造された娼館を歩きながら観察していく。
「……見た目は完全に酒場だな」
こざかしいことだと彼女は思った、娼婦神の神殿の目を欺く為に工夫したのだろうが、結局は突き止められているので無意味な努力である。
無駄に終わらせるくらいならば、最初から神殿の威光を借りて真面目に娼館を運営すれば良いのにとシャルルは考えるのだが、そういう思考ができるのは彼女が善寄りの人間だからなのだろう。
搾取することになれてそれが手段の最初に持ってくる相手には、絶対に通じない考え方であった。
敵地の様子を観察して、拠点の規模と事前の情報から相手の戦力を考える、想像より少し多いくらいと仮定してからシャルルは酒場の正面へと戻ってくる。
さっきはそのまま通り過ぎたのだが今度は入り口を塞ぐかの様に立ち尽くす、そしてマントの内側に隠してあった剣を握りしめると躊躇なくそれを抜き放つのだった。
真昼間である、歓楽街であっても人通りは多い、剣を抜けばよく目立つのだが敵は目の前なのでここまで来れば問題はない。
寧ろ目立てば目立つほどに良い、これは喧嘩でも戦争でもなく粛清なのだ、周囲の者たちに神殿の威光を知らしめることも目的の一つである。
マントを脱ぎ、剣を構える女戦士、その姿を見た瞬間に通りを歩いていた通行人たちはぎょっとした顔になった、夜の営業に向けて準備をする娼婦や露店の主に昼間から酒を煽る酔っ払い、誰もが驚いている様子だ。
広がるざわめきは、次の瞬間には納得へと変わる、それはシャルルの首にぶら下がる聖印が視界に入ったからだろう。
聖印を持つ戦士、神殿が保有する武力の行使者が違法娼館の前に立つ、それだけで無関係な者は納得するしかない。
「……まぁ、いつかはこうなるだろうなって思ってたさ」
そんなことを言ったのは串焼き肉を調理する露店の主であった。
「はん……愚かな連中だよ」
娼婦の一人が馬鹿にしたようにそう呟き。
「おやおやこれは恐ろしい!! 神殿の威光がとうとう刃となったようだ!!」
吟遊詩人らしき男が物語のネタになるのではと、興味津々な様子で酒場を眺め。
「何度も警告されてたらしいからなぁ、だから止めとけって言ったんだよ」
チンピラは別派閥の知り合いが粛清されることを確信した。
彼ら彼女らの心の中にあるのは「神殿に逆らったから」という共通の認識であった、それはつまり神官だけでなく神に逆らうことと同義である。
道を踏み外した者が辿る末路としてはありきたりなものであった、この結果は何も珍しくはない。
神殿の威光をもって粛清された、それは古今東西どこにでもありふれた話であった。
誰もが固唾を呑んでシャルルの次の行動を眺めている、無関係な者たちにとってこれから行われるのは娯楽なのかもしれない。
「神殿の使いだ!! ここを開けろ!!」
開けろ、と言う要求と、シャルルの靴底が入口の扉を蹴り破ったのは全くの同時であった。
酒場に踏み込んだ瞬間に用心棒らしき男たちが慌てたように懐から武器を取り出すのだが、シャルルからしてみれば明らかに釣り合っていない刃である。
長さや重さの話ではない、心の問題だ。
兵士でもなく騎士でもない、暗殺者でもなければ傭兵ですらない、彼らはただのチンピラである。
彼らにとって武器は脅しの道具である、だからそれ以上の性能を引き出せない、血を流すことはできても命を刈り取るまでは届かない。
それをシャルルは、武器と心が釣り合っていないと評するのだった。
剣を戦いではなく脅しの道具とする彼らが、剣を戦いの手段とするシャルルに勝てる理由がないだろう。
酒場の内部で屯っていた男は五人、入口付近にいた二人は既に倒れ伏している、残った三人は慌てて武器を握りながら構えるのだがやはり遅い。
互いに視線で「お前が行け」と牽制している様子から、やはり兵士や騎士には遠く及ばないチンピラでしかないようだ。
「て、てめえどこの組織の奴だこらぁぁ!! ここが俺らの縄張りだってわかってんだろうなぁ!? あぁん!?」
苦し紛れに脅すように叫ぶ男に向けて、シャルルは近くにあった木製の椅子を掴んで投げ飛ばす、そしてカウンターの下に引っ込むようにそれを逃れた男を無視して、残りの二人に向かって距離を詰めていく。
「お、おい、あれって聖印か?」
「嘘だろ……なら神官戦士ってことかよ」
首にぶら下がる聖印を発見して男たちが慄いた、同時にこれが神殿による粛清だと理解したようだ。
「び、ビビるんじゃね!! 相手は女一人だ、どうにでもできらぁ!!」
男が釣り合っていない武器を片手に突っ込んだ……そして何の抵抗もできずに倒れ伏す。
大ぶりの一撃を半身になって躱したシャルルが膝蹴りを男のみぞおちに叩き込んだのだ、それだけで相手は意識を失ってしまったらしい。
これで三人、残りはカウンターの奥に隠れている男と武器を構えながら震える男である。
「ま、待てよ! 神殿の使いなんだろ……わかってる、わかってるって、経営改善はやろうと思ってたんだ」
その言葉をシャルルは無視して近づいていく、話し合いが無駄だと悟ったのか男は震える手で剣を振り上げるのだが、やはり大振りであった。
「ぐへえ!?」
剣を弾いてシャルルは相手の股間を蹴り上げる、そして倒れ伏した相手の顔面をまたも蹴り上げる、これで四人が戦闘不能になる、残りはカウンターの裏に引っ込んで震えている男だけだ、既に戦意が無いのか頭を抱えて出てくる様子はない。
「ほら、出てこい」
扉を蹴り破った時と同様に要求と行動が同時であった、カウンターの下で震えていた男の襟首を掴んで引っ張り上げるとそのまま地面へと叩きつけてしまう。
「ま、待ってくれ……ごはッ!?」
何かを言おうとした男の頭を踏みつける、これで五人だ。
喧嘩が得意であることと戦闘が得意であることの違いは顕著であった、特に大きな抵抗もできないまま彼らは制圧されていくだけである。
「さてと、本命は地下だったか」
シャルルの視線が酒場の内部を注意深く走った、並べられている酒や椅子などを見る限りどこにでもある酒場だ、実際に経営も行われているのだろう。
「聞きたいんだけど、この酒場の下に違法娼館があるって話じゃないか、入口はどこなんだよ?」
踏みつけていた男にそう尋ねるが、まだ反抗心が残っているのか彼は何も答えない。
その態度も予想通りだったのでシャルルは答えを急かすかのように踏みつけていた足を上げた、そして勢いを付けて踵から振り下ろす。
床を踏み砕くかのような勢いで叩きつけられた足裏は丁度男の両足の間である、数センチ上に行けば股間を踏み潰していただろう。
「もう一度聞くぞ、入口はどこだ?」
「カ、カウンターの裏だ……裏です」
その答えを聞いてからシャルルは男を昏倒させた、そしてカウンターの裏を覗き込むと確かに地下へと続く入口らしき蓋があった。
床下収納に偽装しているようだが、すり減らされた蓋を開くとそこにあるのは階段である。
「おい、なんか騒がしいぞ、何があった?」
「神殿の使いだ」
地下へと続く階段の蓋を外した瞬間、地上の異変を感じ取ったチンピラの一人が階段を上がって来ていたので鉢合わせてしまうが、シャルルは特に焦った様子もなくやはり蹴り飛ばす。
顔面を靴裏で押されて階段を転げ落ちていく男は仲間を何人か巻き込みながら暗闇へと消えていった。
シャルルはその後を追いかけるかのように地下への階段を下りていく、そして違法娼館の本命である地下室へたどり着くと眉間に皺を作ってしまう。
階段から転がり落ちてうめき声をこぼしていた男たちを丁寧に踏みつけて完全に意識を奪う、そして改めて地下室を見渡すとそこに広がっていたのは娼館と言うよりは牢獄と表現すべき空間であった。
鉄格子で遮られた部屋が連なっておりその中を覗き込んでみると情報通り幼い子供がいる、娼館と言う場所なので最低限の身だしなみを整えられているようだが、それでも清潔とは言葉にできない部屋だろう。
雑な作りのベッドに薄い布団、そこに座るのは虚ろな瞳をした少女たちである、誰もかれもが成人を超えていないであろう容姿をしており酷く痩せている、そんな少女たちを発見してシャルルは盛大にため息を吐いている。
娼婦神の神殿がどれだけ目を光らせようともこういった違法娼館は後を絶たない、しっかりと経営すれば良いだけの話なのだがそんな常識が通じない相手はどこにでもいるのだ。
娼婦を従業員ではなく、搾取の対象としているが故の環境なのだろう。
壊れたならまたどこかで補充すればいい、それこそ親のいない子供なんてどこにでもいるのだから、そういった考えと価値観が形となったのがこの場所である。
「よ~し、皆外に出ていいからな!!」
鉄格子を閉ざしている雑な作りの南京錠を叩き壊して子供たちを解放するのだが、多くの者が怯えたように体を震わせるだけで外へ出ようとはしない。
「……お姉さん、誰?」
「ワタシは神殿の使いさ、お前たちを助けに来たんだ……あぁ~……とりあえず外に出ないか?」
「……いや……いや……いや……外は怖いもん」
なるほど、しっかり教育されているものだと、シャルルは嫌な気分で納得するのだった。
鉄格子が開かれても怯えて外に出ようとしない少女たちを見て、どうしたものかと悩んでいると地下室へと続く階段から足音が聞こえてくる。
敵かと思って剣を構えるが、姿を現したのは盲目の神官であるアナスタシアであった。
「聖騎士様……お見事でございます」
「あぁ、依頼通りチンピラは片づけたし、働かされていた子供たちも確保できた……できたんだけど」
怯えて外に出てこない様子を説明すると、アナスタシアは納得したかのように頷く。
「恐ろしいことです……このような暗闇に安寧を求めるなど」
彼女の両手が伽藍洞の眼窩を覆う、暗闇に人一倍の不安と絶望を感じる彼女には理解できない考えなのだろう。
「人は、輝きを求めるものでございます……子供たちを外へ連れていきましょう」
「でもどうするんだよ、無理やり連れていくのか?」
この地下室が世界の全てだと教育されて心を捻じ曲げられている少女たちだ、担ぎ上げて地上に連れていけば不安で泣き叫ぶかもしれない。
それはそれで良いのかもしれないが、心にどのような影響があるのかシャルルには図れなかった。
「不安を取り除けばよいのですよ、幸いにも聖騎士様がいらっしゃいます」
「うん? 自慢じゃないけどワタシは説得とか苦手だぞ」
「いいえ、言葉ではなくその在り方で雄弁に語ればよいのでございます……聖騎士様の宿す祝福の輝きは希望そのもの、闇を切り裂く光であり勇気を生み出す灯でございます……世界を照らす尊ぶべき熱なのです」
「お、おう……アンタはいったい何を言ってるんだ」
「聖騎士様の輝きは闇を払うことができるのですよ」
「この地下室が明るくなっても意味はないけどな」
「明暗の話ではありません、心の問題でございます」
アナスタシアが覆い隠していた伽藍洞の両目から手を放す。
存在しないはずの視線は、暗闇を切り裂くかのような光を見つめていた。
「かつて勇者様と共に戦った始まりの聖騎士様は、その輝きをもって人々に安寧をもたらしていました……彼の者がいれば安心だと、また奮い立てるのだと、そう思ったそうです」
「……」
シャルルが思い出したのは悪魔に襲われて半壊した聖都の様子であった、ボロボロになった街並みであっても絶望することなく復興に向けて進んでいこうとしている住人たちの姿である。
そんな彼らが立ち上がることができたのは、やはり聖騎士の存在が大きいのだろう。
その戦いをもって勇気として、その輝きをもって未来を創る、祝福の輝きは邪悪を払う為だけではなく心を奮い立たせるものなのだ。
「聖騎士様の持つ祝福の輝きは、再起の光……心を癒すのでございます」
アナスタシアがシャルルに向けて白い指先をかざす。
太陽に手を伸ばすかのようだ、シャルルはそんなことを思った。