※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第六話 不浄の気配

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん~……んんむむむ」

 

 

 

 朝日が瞳に突き刺さる、眩しさから逃れるように毛布を深く被って枕に顔を押し付けるが、朝焼けの刺激に眠気が妨げられて二度寝の気配はやってこない。

 

 

 

 暫くそうして微睡んでいると徐々に睡魔は遠ざかっていった、最後には神殿の裏庭で飼われている鶏の鳴き声によって完全に覚醒するのだった。

 

 

 

「……もう朝か」

 

 

 

 欠伸を一つ、そしてベッドから上半身を起こすと凝り固まった体を解す。

 

 

 

 そして神殿の一室でシャルルは本日の調子を確かめていく、頭から指先まで動作確認を行うと、張り巡らされた活力に大きく頷いた。

 

 

 

「よし、絶好調」

 

 

 

 娼婦として働くことで定期的に生命力を補填できているのが大きいのだろう、体がとても軽く感じられているらしい。

 

 

 

 十分ほど体を解すと満足したのかシャルルは浴場に向かって体を清めていく、昨晩の交わりの痕跡がまだ残っていたので朝風呂も念入りに行った。

 

 

 

 路銀集めは順調である、神殿の一室を仕事場兼私室として借り受けることができたので家賃も必要ない、それに加えてこの環境での娼婦としての仕事にも慣れてきたのでとてもやりやすい。

 

 

 

 日頃の客引きと神殿の宣伝もあってか、予約も新人娼婦としては十分なほどに挟み込まれている、この調子で働いていけば半年もすれば路銀も貯まるだろうと彼女は考えているらしい。

 

 

 

 相乗りできるキャラバンも探しているのだがここ最近の小王国群の情勢もあってか結果は振るわなかった、あったとしても目的地と違ったりするので難しいのだ。

 

 

 

 いっそ路銀集めと言わず開き直って軍馬と馬車が買えるまでここで粘ろうかともシャルルは考えており、アナスタシアに渡された娼婦の予約表と睨めっこする毎日である。

 

 

 

 最悪、歩いて聖都まで進むという選択肢もあるのだが、馬が一頭でもいれば旅路は格段に楽になるものだ。

 

 

 

 それに急いでいる訳でもない、焦らずとも聖都で行われる祝祭に向けてじっくりと計画を練るくらいの考え方で良いのかもしれない、シャルルはそんなことを思うのだった。

 

 

 

 体を清めた後に着替えて身なりを整える、その頃には朝食の匂いが神殿の中に満ちており、一日の始まりを告げる鐘の音が耳に届く。

 

 

 

「おはよ~」

 

 

 

 シャルルが神殿の大食堂につくとそこでは多くの神殿娼婦が席についていた、ここに来てから顔見知りになった彼女たちに朝の挨拶をすませて席に着く。

 

 

 

「今日もまた糧を得られたことを神々に感謝いたします」

 

 

 

 アナスタシアのそんな言葉で朝食の時間は始まった、各々が同じ言葉を繰り返しながら静かに過ぎていく。

 

 

 

 とても穏やかな時間である、娼婦神の神殿は夜が本番なので昼の間はあまり忙しくはない、娼婦の仕事に備えて眠る者や個人的な趣味や副業を行う者など人によって様々なのだが、そこまで急かされることはない……しかしどうやら今日はそうもいかないらしい。

 

 

 

「お前たち、今日はちょっとこっちの仕事を手伝ってもらうよ」

 

 

 

 酒によって喉がやられているのかガラガラとした声が食堂に響く、それは神殿の代表者である老婆の声であった。

 

 

 

「ミリア母さん、何かあったんですか?」

 

 

 

「神殿長とお呼び……お隣さんから手伝ってくれって頼まれちまってね、アンタたちはそっちに行ってもらうよ」

 

 

 

「生命神の神殿からですか……ケガ人が多いのでしょうか」

 

 

 

「傭兵やら兵士やらが大勢運び込まれているそうさ、アンデットとの戦いで負傷した奴が多いらしい」

 

 

 

「では助手が必要ですね」

 

 

 

「そういうことだ、まぁアンタたちは医者でも看護師でもないんだ、主な仕事は雑用だろうけどね」

 

 

 

 シーツや包帯や服の洗浄、食事の準備に清掃、やるべきことは多いだろう、本来それらは生命神に仕えている神官たちがやっていることなのだが、こちらに手伝いを願ってきたということはまるで手が足りないのだろう。

 

 

 

 それだけケガ人が多いということだ、アンデットによる被害も無視することにできない規模である。

 

 

 

「みんなは飯食ったらあっちの神殿に行きな、困ったときは助け合いだって今更そんなことを言わなくてもわかってるだろ」

 

 

 

 生命神の神殿から要請があり、神殿長であるミリアがそれを受諾したのならば、傘下にある娼婦たちが嫌と言う訳がない、彼女たちは素早く朝食を終えると隣の神殿へと向かうことになる。

 

 

 

 当然ながらシャルルもそれに続こうとしたのだが、彼女だけはミリアから声がかけられた。

 

 

 

「アンタはこっちさね、別の仕事があるんだ」

 

 

 

「ワタシは生命神の神殿を手伝わなくてもいいのか?」

 

 

 

「馬鹿言うんじゃない、聖騎士に包帯やシーツを洗わすなんて無駄遣いできるか、アンタは剣を振り回すのが仕事だよ」

 

 

 

「おぉ、傭兵業だな、今度はどこの違法娼館だよ?」

 

 

 

「それは問題ない、派手に制裁を加えたから残りの連中は縮こまって素直になったからね……仕事の説明するから付いてきな」

 

 

 

 そう言って案内されたのは神殿の奥にある執務室である、本来ならば書類やら本やらが収まっている筈の棚には大量の酒瓶が保管されておりワインセラーのような有様なのだが、間違いなくここがミリアの仕事場である。

 

 

 

 飲酒の激しいミリアの生活を垣間見えたので、シャルルにもアナスタシアの苦労が少しだけわかった。

 

 

 

「それで今度は何をするんだ?」

 

 

 

「そうさね、状況を詳しく説明すると……ウチの子たちが国境近くの砦に慰問に行ったんだ」

 

 

 

 娼婦神の神官が砦に慰問、つまり臨時の娼館を砦に開いたということだろう、かつて春風のキャラバンも同じことをやったので珍しいことではない、男ばかりの軍隊が娯楽の少ない砦で士気を保つ為にもそういったことはよくあるものだ。

 

 

 

 商人を招いて出店を行ったり、芸人を招いたり、娼婦を呼ぶなどは男の娯楽の最たるものだろう。

 

 

 

「でだ、予定を過ぎても帰ってこない、ちょいと伝手を使って調べてみたが砦を無事出たのは間違いないんだが……」

 

 

 

 娼婦たちは慰問先から帰る途中に何かがあって行方不明になってしまった、それが現状であった。

 

 

 

「それが二カ月前のことさね」

 

 

 

「うん、あぁ~……あれだ、なんていうかさ」

 

 

 

「わかってるよ、あの子たちはとっくに冥府に旅立ってるだろうね」

 

 

 

「夜逃げとかの可能性もないんならその可能性が高いだろうけど……」

 

 

 

「ありえないさ、そもそも娼婦神の神殿の庇護下にある子たちが他所に逃げてどうしようってのさ、ここ以上に稼げてまともな環境は滅多にないんだから……それにだ、仮に夜逃げだったとしてももっと上手くやればいいだろう、別にウチは監視や拘束をしている訳じゃないんだから」

 

 

 

 確かにそう言われると慰問先からの帰宅途中に夜逃げというのも考えにくい、個人だったならともかく幾人も固まって行動していたのだから一人で動きづらいはずだ、それならば王都に帰ってきて荷物を纏めて準備をしっかり行ってから夜逃げすればいいだろう。

 

 

 

「男と駆け落ちとかは?」

 

 

 

「だから、なんでそんなことする必要があるんだい、良い男が見つかったなら堂々と挨拶に来ればいいさね、反対なんてしないんだから」

 

 

 

「そりゃそうか、なら事故か面倒ごとに巻き込まれたか……最近の状況だとアンデットに襲われたとかもありそうだな」

 

 

 

「だろうね、こちらとしてもそれが知りたいから調査を依頼してるんだよ」

 

 

 

「それはわかったけど当てもなく調べるのは大変じゃん、何か目標があるのか?」

 

 

 

「おそらく、あの子たちが行方不明になったのはこの村だと私は考えてる……」

 

 

 

 ミリアがそう言って広げたのはガレス王国の地図であった、王都を中心に大きめの町や軍事施設などが描かれている、皺が目立つ指先が示したのは慰問先の砦から少し離れた位置にある村である。

 

 

 

「ううん、王都に帰る道から外れてるように見えるけど……」

 

 

 

「ここはあの子たちの故郷さね、出発前にここに寄ってから帰るって言ってたのさ、王都で土産なんかを買ってたりもしてね……仕事が終わって砦から出ていったのならここに向かっただろう」

 

 

 

 砦を出発してからの足取りはそこで途絶えているのなら、この村で何かがあったと考えるのが普通だろう。

 

 

 

「お前さんが言ったように砦から王都に続く国道からは外れている、ここは開拓村の一種だね……道沿いにある訳じゃないからある意味閉ざされている場所さ、そんで今はアンデットがそこら中に現れて被害が大きくなっている……つまりはそういうことなんだろう」

 

 

 

「やっぱり兵士とかにも頼めないんだよな」

 

 

 

「行方不明になって、おそらく死んでるだろう娼婦たちを調べるほど、今のこの国に余裕はないさね」

 

 

 

 とにかく手が足りないのだろう、それこそ流れの傭兵であるシャルルにこういった仕事が回ってくるあたり、とても深刻である。

 

 

 

「私が知りたいのは確証だ、死んでるにせよどこかで生きてるにせよ、宙ぶらりんのままじゃ我らが娼婦神に報告もできやしない、葬式だって開けないからさ……それに加えてアンデットの被害なんかも報告してくれると嬉しいね、どうせ村ごと滅んでるだろうからその報告書を王様に渡しておこう」

 

 

 

「道沿いの村や拠点だけを守るなってか?」

 

 

 

「人手が足りない中で無茶を言ってるのは私にもわかってるさ、あの若造はよくやってるとも評価しているが……ウチの子が被害にあってるんだ、愚痴くらいは言わせてもらいたいもんだね」

 

 

 

 僅かにミリアの視線が伏せられる、そして暫く床を彷徨った後に酒瓶を視界にいれた。

 

 

 

「まぁ兵士や騎士は頼れない、ウチの神官たちは色事は得意でも戦士じゃない……その点、お前さんなら危険があるとわかってる場所に送っても平然と帰って来そうだから私としても安心できる」

 

 

 

「こっちとしても拒否する理由はないかな、仕事内容は村と行方不明者の調査で良いんだよな?」

 

 

 

「あぁ、もしあの子たちが持っていた聖印なんかが見つかれば持って帰ってきておくれよ、邪な者が見つけて悪用されたら神殿の評価が落ちるもんでね」

 

 

 

「わかった、だけどあまり期待はしないでくれよな、その村にあるって決まった訳じゃないんだから」

 

 

 

「そんなことはわかってるよ、何も収穫がなかったとしても、奥深くにある村が健在かそうでないかわかっただけでも十分だ」

 

 

 

「この地図は持って行っていいかな?」

 

 

 

「構わないよ……まぁ、無茶はしないこったね」

 

 

 

 そんな言葉に送り出されてシャルルはミリアの執務室を後にした、神殿の廊下を歩きながら腰にぶら下げている剣を撫でると、それを合図したかのように思考が戦闘へと切り替わっていく。

 

 

 

 調査と行方不明者の捜索、どちらかと言えば前者寄りの仕事だが、おそらく戦闘は避けられないだろうと彼女は考えている。

 

 

 

 この国に辿り着くときに便乗したキャラバンでもアンデットの群れに襲われたのだ、王都から離れれば離れるほど、整備された大道路から逸れれば逸れるほど、軍隊の目や力は届き難くなるものである、今回の目的地が辺境の開拓村であるというのならまずアンデットの被害があるだろう。

 

 

 

 炎に誘われる蛾のように、命という輝きをアンデットは探すものなのだから。

 

 

 

 そして大きな街や軍事施設でもないのだ、駐屯している兵士がいる筈もなく、まともに戦える者など片手で数えられるくらいだろう、そんな村がアンデットの群れに襲われればおそらくひとたまりもない。

 

 

 

 故郷の村に顔を出した娼婦たちは、そうやって行方不明となったのだ。

 

 

 

「聖騎士様、ご出陣でございますね」

 

 

 

「アナスタシア、生命神の神殿に行かなくていいのかよ?」

 

 

 

「これより参ります、ただミリア母さんが聖騎士様を呼ばれていたので、また荒事でも頼んだのかと……」

 

 

 

「間違ってないよ、行方不明になった娼婦の調査をしてくれってさ」

 

 

 

「あぁ……はい、彼女たちの安否はずっと不明でしたので……神殿の者たちは不安に思っていました、ミリア母さんは特に心労が多く、それもあってかお酒の量も増えてしまいましたね」

 

 

 

「いや、あの人が酒漬けなのはたぶん関係ないと思うけど……」

 

 

 

 アナスタシアは暫く考え込むように言葉を閉ざし、納得したかのように頷いて見せる。

 

 

 

「確かに、よく考えればいつもとあまり変わっていないような気もします……」

 

 

 

「まぁいい年齢なんだからさ、控えさせた方が良いとワタシも思うけど……て、そんな話は今は関係ないか」

 

 

 

「はい、聖騎士様のご出陣であるのならば、お守りを私から送りたいのですが……少々お持ちください」

 

 

 

 アナスタシアは少しだけ祈るようなしぐさをすると、何かに気が付いたかのように周囲を見渡してから、神殿の受付の棚を開く。

 

 

 

 まるで最初からそこにあると確信していたかのように鋏を取り出すと、その刃を自らの髪に差し込んだ。

 

 

 

 ジョキンと、切れ味の良い鋏の音が静謐な神殿に響いた、切り落としたのは当然ながらアナスタシアの髪である。

 

 

 

 そして彼女は切断した一房の髪を盲目であるというのに器用に束ねて三つ編みにすると、それをシャルルの手首に巻き付けた。

 

 

 

「いや、髪で作ったお守りって……出征前の兵士に妻が渡すようなもんじゃんか、別にワタシは戦場に行くわけじゃないんだけど」

 

 

 

「そうでなかったとしても、危険な場所であることはかわらないのでございます、戦えないこの身にできるのは祈りだけでございますので……無事であれと、幸運であれと、念を込めることしかできないのです」

 

 

 

「重く考えすぎじゃないか?」

 

 

 

「そうは思いません、聖騎士様はこれから戦いの場に行かれるのですから……せめて祈りをお傍に置いてくださいませ」

 

 

 

 自分の手首に巻き付いた髪のミサンガは女性の毛髪が主原料なので美しい光沢を纏っている、神殿の窓から差し込む朝焼けにかざしてみると淡く輝いてさえ見えてしまう。

 

 

 

 不思議な輝きである、アナスタシアの髪はとても丁寧に手入れされているので美しくはあるのだが、こんなぼんやりとした光を放ってなどいない。

 

 

 

 神官の髪をお守りの形にしたことで何らかの神性が宿ったのかもしれない、しかし神官ではないシャルルにはわからなかった。

 

 

 

「まぁ、くれるって言うんならありがたく受け取っておくよ、神官の髪で作ったお守りならご利益も多そうだからな」

 

 

 

「そうあってくれたのならば、私も嬉しくございます」

 

 

 

 不思議な輝きを宿したミサンガを受け取ったシャルルは、アナスタシアに見送られながら神殿の外へと出るのだった。

 

 

 

 娼婦神の神殿の隣には生命神の神殿があるのだが、そちらはやはり忙しいらしい、大勢のケガ人が押し寄せているらしいので忙しそうに神官たちが働いていた、その中にいた知り合いの娼婦たちに事情を説明してから挨拶を済ませると、彼女のつま先は都市の外へと向けられる。

 

 

 

 ガレス王国は小王国群の一つなのでそこまで大きな国土を持っていない、しかし端っこにある開拓村に向かうとなると軽くとはいかない、おそらく整備された国道から外れており便乗できる馬車なども見つからないだろう。

 

 

 

「んん~……徒歩しかないか」

 

 

 

 ならば必要な物がある、食料と水だ。

 

 

 

 王都の中にある店で干し肉の束を買うと腰の雑嚢に押し込む、そして革袋一杯の水も購入するとそれも腰にぶら下げた。

 

 

 

 可能ならば薬なども揃えたいのだが、神殿に請求できるとはいえあまり大きな金額を使えないとシャルルは考えていた。

 

 

 

 剣と鎧も整備したばかりなので問題ない、マントも長く使っているがまだ問題ない、食料と水は揃えたばかり、それらを一つ一つ確認して不備がないことを確信すると、シャルルは地図を片手に城壁門をくぐって外へと出る。

 

 

 

 彼女と同様に都市の内外に移動する者は多いのだが、その中でもやはり目立つのは兵士や傭兵たちだろう。

 

 

 

 アンデットが徘徊しているのでこれから警邏に向かうのだろう、そんな彼らを横目にシャルルも地図を片手に歩き出す。

 

 

 

 穏やかな風が彼女の前髪を撫でる、そんな風に乗っていたのかシャルルの鼻先を僅かながら不浄の匂いが擽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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