商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
戦いの始まりを告げるかのように首なしの馬が嘶いた、大きく蹄を振り上がて大地を叩くと、巨大な戦車を引っ張るのだった。
馬も首なし騎士も戦車も、黒紫色の炎を宿しながら加速しようとするのだが、それを許さないとばかりに光の斬撃が放たれる。
先ほど、首なし馬に横一文字の焦げ跡を残した時よりも強い輝きだ、それが不浄の炎を両断すると首なし騎士へと届く。
「ぐぬッ!!」
自らの存在を削り取る力に首なし騎士は僅かに足止めを食らった、その隙をシャルルは見逃すことなく踏み込むと、宣言通りに正面から切り込んでいく。
地を這うように姿勢を低くして肉薄すると視界から彼女の姿が消え去る、戦車の車高も相まってかそうやって近づかれると簡単に見失ってしまうようだ。
聖剣が煌めいた、その刃が切り裂いたのは首なし馬の分厚い足首だ、骨と肉を切ったとは思えないほどに頼りない手ごたえであったが両断されていることは間違いない。
それを証明するかのように戦車の機動力は目に見えて低下する、動けない戦車を脅威に感じることはできず、こうなれば鉄の棺桶でしかないだろう。
「うりゃぁぁぁぁあ!!」
低い姿勢からの一撃で首なし馬を、そしてそこから飛び上がった彼女は聖剣を振り下ろす。
先程とは真逆の構図である、見上げる首なし騎士と見下ろすシャルルであった、そして戦車の上に着地すると、祝福の波動が周囲に吹き荒れていく。
アンデットである首なし騎士にとってシャルルの攻撃は存在の深くまで突き刺さるものなのだ、表面的な負傷よりももっと深い部分へと干渉がしてくるのだろう。
腕や足を切ってもアンデットは滅びない、心臓を刺そうともそもそも動いていない、ならば首はどうかと思えば、そちらは小脇に抱えられているのだ。
人にはあって当然の弱点が首なし騎士には存在しない、ならばこの相手を滅ぼすには存在そのものを蒸発させる他ないとシャルルは結論を出した。
戦車の上で聖剣の切っ先が揺れ動く、それを見逃すことなく首なし騎士は腰にぶら下がっていた剣を抜き放つ。
やはり戦車と同様に黒紫色の炎を宿した武器であった、疑いようのない魔剣である。
「フッ!!」
シャルルが短く息を吐き出すのと同時に両者の刃が重なり合った、聖剣と魔剣が無数の軌跡を描きながら一瞬の硬直もなく振るわれ続けていく。
上段からの振り下ろし、そこからの切り上げ、体を捻り横なぎへ、それを首なし騎士は魔剣を小枝のように扱いながら逸らして防いで弾く、お返しとばかりに巨体を一歩進ませると同じように剣を動かす、それをシャルルも同じように防ぐ。
合計二十二回の競り合いの結果、両者は互いの力量を正確に理解することになる。
「重い」
「巧い」
それが両者の感想であった、前者はシャルルの言葉であり後者は首なし騎士の言葉だ。
つまりは互角である、力で上回っていようとも押し切れず、技量が上を行こうとも致命傷には届かないだろう。
いや、首なし騎士は自分の右手で首を抱えているので魔剣を左手だけで振り回している、その状態でシャルルを力において圧倒していることを考えれば、互角とは言い切れない。
ならば技でも力でもない部分においては、こちらはシャルルが相手を圧倒している、首なし騎士の持つ不浄の力は有効打にはならないが、シャルルの宿す祝福の力がアンデットにとって致命的なまでに相性が悪いと言えた。
既に死んでいるのだから殺せないアンデット、これを倒すには存在を消滅させるしかないのだ、大火力で焼き払うか祝福の力を使うか、代表的なのはこの二つだろう。
或いは動けないように損壊させて丁寧に埋葬するか、しかしその方法はとても手間がかかる。
そして、シャルルの目の前にいる相手は動けなくして埋葬する等という手段が通じる相手とは思えない。
相手の思惑も考えも目的もわからないがここで消滅させる、そんな決意を刃に乗せて切り合うシャルルだが、突如として足場である戦車が揺れ動いた。
「駆けよ我が騎馬よ!!」
足首を切り落としたはずの首なし馬が嘶く、頭がないのに嘶くのだから足首がなくても走れるのかもしれない、シャルルとしては納得できない現象なのだが実際に動き出しているのだから否定することができないらしい。
駿馬とはこうあれ、そう説明するかのように駆けだした二頭の死霊馬は戦車の上で切り結ぶシャルルを激走によって振り落とした。
彼女は戦車から落ちて地面を転がるが、受け身をしっかりしていたので重傷をおっていないようだ、すぐに立ち上がると遠ざかっていく戦車を鋭く睨む。
「……戦い難い相手だな」
武器をぶつけ合う戦いは彼女の得意とする領域だが、剣や槍が基本となっているので戦車を相手にするのは難しいのだろう。
どう対処すべきか、戦場兵器との戦いに慣れていないシャルルには上手い答えが思い浮かばなかった。
また加速しながら大きく旋回する戦車の槌がこちらに向けられると、まともにぶつかり合うことを不利と判断したのか彼女は駆けだす。
「落とし穴でも掘るか、それとも縄でも張るか……くそッ!! エミリーとキャロルがいてくれたらなぁ!!」
馬は狙撃して、動きを止めた所を熱線で蒸発させる、残った首なし騎士を自分で抑えつつ後衛の助けを借りて消滅させる、三人一組なら恐れるものなど何もないのだが今の彼女は一人だけなのだ。
この二年の間に学んだことは妹と友人の必要性であった、あの二人がいてくれればと何度思ったことか、たった一人で全てを成し遂げられる強者でないと何度わからせられたことか。
突っ込んでくる戦車を牽制するように光の斬撃を放つ、だが戦車は跳ね上がってそれを容易く回避した。
直接的な切り合い殴り合いならばともかく、異質異常な戦車を介した殺し合いはあまりにも不利である。
まして足の速さなど比べるまでもない、走りながら僅かばかりの抵抗とばかりに森の中にある太めの木々の間を蛇行するのだが、戦車はやはり関係ないと言わんばかりに粉砕していくだけだ。
戦車を転がりながら交わし、旋回の為に開いた距離を利用してシャルルは走る、そんなことを何度か繰り返していると、いつしか木々に阻まれた視界が晴れて平地へと移動することになった。
平地に追い込まれていたのだと気が付いた時には遅い、森の中でさえ凄まじい加速と踏破力を見せつけられたのだ、これが平地になれば手が付けられなくなるだろう。
ここは国が管理して整備している大道路、日々の移動は勿論だが有事の際には軍隊を迅速に移動させるだけの太さもある、それこそ荷馬車がすれ違ってもはみ出すことはない。
ぐっと踏ん張ってみると、凹凸のない道路はしっかりと固められているようだ、スパイク付きの車輪にとっては森よりは性能を引き出せる環境だ。
障害物が見当たらない平地、整地された大地、そこで戦車を操るアンデットと戦わなければならない状況はハッキリ言って不利であった。
そして何よりも問題なのは、ここが人の往来が激しい交易路であるという点だ。
「どれどれ、避ければどうなるか貴様に試せるかな」
戦車がシャルルに向かって駆け抜けてくる、もう何度も繰り返した突進と回避だが先程と今では大きな違いがあるのだ、シャルルの背後には連なった幾つもの馬車と人の群れがあるのだから、この場で回避は難しい。
心情的にもそうしたくはなかったのか、ありったけの声量でシャルルは叫ぶ。
「皆逃げろぉぉ!!」
戦いに巻き込むことになってしまった後ろめたさも手伝ってか、長い列の後方まで叫びは届いただろう。
連なった馬車と、それを囲む武装した男たち、並ぶ軍馬、おそらく軍隊であろうと思われる集団は、突如現れて道を塞いだ騎士と首なし馬が引く戦車に驚いていたようだが、動揺しながらもしっかりと隊列を組んで豪華な馬車を守ろうとするあたり、しっかりと訓練されているらしい。
一瞬、彼らに協力を求めることも考えたのだが、目の前に迫る戦車は束になったとしても押さえつけられる存在ではないと判断した。
回避はできない、距離的にもそうだが守護しなきゃならない場面となったからだ、迎撃するしか道がなかった。
ここで後ろの軍隊を見捨てるという考えは思い浮かばない、本人がどれだけ否定しようとも彼女は聖騎士なのだから、そんな選択肢は存在しないのだろう。
ドクンと、心臓が跳ね上がり、同時に深呼吸をして祝福の光を高まらせていく。
牽制程度の輝きでは足りない、殺すつもりでやっても届かない、迫る戦車を迎え撃つには限界すらも超えた一撃が必要であった。
シャルルは気が付いていないようだが彼女は鼻血を流しているようだ、興奮と集中と内包した力の巨大さによって自損しているらしい。
それでも祝福の力を高めていくことを止めることはない、彼女という器の許容量を超えた力の流れであっても制御するしかないのだ、痛いほどに高鳴る心臓は悲鳴を訴えて視界が霞んで鼻血が流れていようと、この輝きを絶やしてはならない。
ブチっと、体の中で何かが千切れるような音が耳朶をうつ、貧血のような症状と共に意識が遠ざかりそうになるが、そんな彼女は引き留めたのは不思議な炎であった。
シャルルの手首に巻き付くアナスタシアの髪で作られたミサンガが、突如として燃え上がり光を纏ったのだ。
熱くはない、青白い炎は春の陽気のように穏やかな温もりを発しながら解れて消えていく。
その瞬間、赤く染まった視界が晴れる、破裂しそうな心臓も穏やかになり、目と鼻から流れていた血は止まった。
「戦神よッ!! 力を貸してくれ!!」
巨大な力の流れを束ねてシャルルは剣の切っ先を空へと向けた、そして圧縮していた輝きを解き放つ。
シャルルを轢き殺さんと迫る戦車を操る首なし騎士は、その光景をこのように表現した。
「光の、柱だとッ!?」
限界を超えて、己の全てを絞り出した力の形は、まさに光の柱であった。
戦車をすっぽりと覆いつくしてしまいそうな太さのそれが振り下ろされていく、熱もなく硬さもない人には無害なものだが、アンデットにとっては必殺の威力が込められている一撃である。
全てを蹴散らして踏みつぶし、引きちぎらんと激走していた戦車は進路を変えた、それは巨大な力の本流を目の前にした本能的な恐怖故だろう、手綱を引く首なし騎士にも焦りが見て取れた。
逃げるように横へと逸れた戦車だが、完全な回避は叶わず半分ほどが飲まれて消えていく、首なし馬も、戦車の半分も、纏う黒紫の炎も蒸発して消えていくのだ。
今度は首なし騎士が地面を転がる番であった、彼からしてみれば窮鼠猫を噛むような状況であり、追い詰めたはずの獲物に手痛い一撃を受けた形である。
「ぐぉッ、おおおおおぉぉおう!?」
戦車と首なし馬を半分も失ってしまったのだ、それも破壊されたのではなく蒸発させられるという圧倒的な力によってだ、アンデットである為に希薄になっていた生存本能のようなものが激しく揺さぶられたことだろう。
彼は既に死んでいる、心臓は動いておらず血の巡りも存在しない、痛みも感じないのでだからこそ危機感も足りていない。
だが、その体が恐怖に震えていた、巨大な光の柱に押しつぶされそうになって、それが直撃していれば消滅していたであろう現実が、死してなお動く彼を地面へと叩きつけたのだ。
「よもや落とされるとはなッ!!」
立ち上がりシャルルを睨む、だが鋭さはなくどこか強がっているようにも見えた。
対してシャルルは手首に宿る青白い炎を不思議に思いながらも、再び光を束ねているようだ。
警戒と恐怖で踏み込めない首なし騎士と、一撃で屠る為にタメが必要なシャルル、どちらも動けないまま睨み合いとなるのだが、そんな両者の膠着を破るかのように巨大な鉄塊が大地を打つ。
「はてさて、手前どもの前でこうも暴れられたら滾ってしまうではないか、そうは思わんか?」
巨大な鉄塊の正体はメイスである、片手で振り回すような規模ではなくシャルルの胴体ほどの太さはあるそれは、ただ鋼を固めただけの雑な作りであった。
傷と欠けが多く残されており、これまで多くの血を啜って肉を潰してきたであろうことを証明するかのように、血錆びがよく目立つ。
それで大地を叩いたのは美しい女であった、竜鱗の胴当てに手甲を身に纏い、巨大なメイスを振り回す姿は歌に聞くほどに有名なのでシャルルも知っている。
女性にしては背が高く筋肉質であり、にやりと歪んだ唇からは長い犬歯が覗いている、そして細長い尻尾と頭にある獣耳から、彼女が獣人であることを見せつけた。
柱のような鉄塊を振り回す、竜鱗の鎧を纏った獣人の女性、そこまでくればシャルルの記憶に該当する人物は一人しかいない。
「帝国三騎士……ルールーか!?」
「おうおう、手前も有名になったもんだな」
カカッ、と独特の笑い声を上げた獣人の女性は、朗らかな様子だが巨大なメイスを握る腕には力が込められている、大地を陥没させたそれを小枝のように持ち上げると、なんの予備動作もなく横なぎにする。
巨大な質量を持つ武器が高速で振り回されたことによって暴風が吹き抜ける、その先にあるのは首なし騎士の巨体だった。
「とりあえずアンデットはいね、臭い」
巨大な武器による凶悪な殴打によって首なし騎士の体が吹き飛ぶ……という光景をルールーと呼ばれた女性は想像したのだろうが、帰ってきた手ごたえはそこまで爽快なものではなかったらしい。
黒紫色の炎を宿した魔剣が大きなメイスを防いだ、放射状に罅割れた大地が衝撃の強さを物語るのだが、首なし騎士の体幹は崩れてはいない。
「ほう……ただのアンデットではないと思っていたが、なかなかどうして頑強ではないか」
「失せよ女、今は貴様の相手をしているような場面ではない」
「カカッ!! よもや眼中にないとはな!! 一兵卒だった頃を思い出すわい!!」
ギャリン、と甲高い音と共に重なり合っていた魔剣とメイスが離れ合う、それによって僅かに生まれた隙間に差し込まれたのは祝福の波動であった。
「これは初見だな、聖騎士の力とやらか……うむ、手前にはともかくアンデットにはよく効きそうではないか」
実際に、光のカーテンが通り過ぎた時、ルールーは温もりしか感じなかったが目の前にいる首なし騎士は明確に痛痒を感じていた。
「おうおうそこの者!! 女の聖騎士となれば歌に聴く聖アンジェリーナとやらか? よしよし、事情はわからんがアンデットが目の前におるんだ、ここは共闘といこうではないか!!」
「手伝ってくれるのなら助かるよ!!」
出会ったばかりなので相手の癖も呼吸もわからない、なので連携は拙く雑なものになるのだが、ルールーとシャルルは首なし騎士を前後から、或いは左右から挟むようにして攻めていく。
明らかな不利と判断したのだろう、彼は不浄の炎を膨張させると周囲に振りまいた。
「来い!! 我が騎馬よ!!」
助けを求めたのは戦車を引いていた首なし馬である、片方はシャルルに滅ぼされてしまったのだが健在であったもう片方を呼び寄せると、その背に飛び取って大地を踏み砕く。
そして彼は、絞り出すようにこう言った。
「……喜ぶがいい、今は貴様の勝ちだ」
まさかの敗北宣言にシャルルとルールーは驚いたのだろう、武器の切っ先が僅かにブレる。
「若い聖騎士よ、名を聞いておこうか」
「……シャルル、だ」
「ふむ、覚えておこう……いずれまた戦うことになるだろうからな」
「手前のことは聞かんのか?」
ルールーの言葉を無視して首なし騎士は死霊馬を翻す。
「我が名はチャリオット、ひき潰す騎士だ……偉大なる魔王が眷属の一体である、決して忘れるな」
彼はそう言い残してから首なし馬の腹を蹴ると凄まじい速度で大地を駆けていく、その背中が見えなくなるとようやくシャルルは緊張を解くのだった。
「お主も面倒な相手に目を付けられたようだな、よもや魔王の眷属とは……あんなものが闊歩するとはガレス王国は魔境なのかね」
ルールーも同様に緊張を解く、そして巨大なメイスを背中に担ぐと後方で固まっていた隊列へと指示を出した。
「おう!! まぁよくわからんがとりあえずは安全だろう、隊列を組み直すがいい!!」
よく通る声を聞かされて動揺していた兵士たちは隊列を組み直していく、そんな動きをどこか他人事のように眺めていたシャルルだが、そんな彼女の前に一際豪華な馬車が止まった。
商人が使っているような荷馬車とは雲泥の差がある高級品である、金銀の意匠がこれでもかと飾られており、これに乗る者の格を示しているかのようであり、周囲を守る騎士たちの姿もあってか圧倒されるばかりである。
まさに王侯貴族が乗るような馬車である、そんな彼女の予感は間違いではない。
「おう聖騎士殿、姫さんが挨拶したいそうだ」
ルールーがそう言って豪華な馬車の扉を開いていった、あまりにも突然のことだったので焦りながらも、シャルルはキャラバンで教えられた礼儀作法を思い出して流れるように跪く。
緩やかな風が通り抜けていく、それは豪華な馬車に立てられる旗を巻き上げると、そこに記された帝国国旗をさらけ出す。
「お初にお目にかかる、私は帝国第四皇女アリーヤ……歌に聴く聖騎士よ、会えて光栄だ」
シャルルの予想通り、馬車の中から顔を出したのは大陸最大の国家である帝国の現皇帝、その妹であった。