商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
武装した集団の列はとても長い、先頭から殿まで百メートルはあるだろう。
最も前で巨大な軍馬に跨り前方を注視するのは帝国三騎士の一人である獣人戦士のルールーである、その後ろに帝国国旗を持った騎馬隊が続いており、更に後ろには武装した兵士たちが一糸乱れぬ動きで行軍を行っていた。
同じ構成で隊列の後方も続いていた、その中心にあるのが極めて豪華な馬車群である、帝国皇女を乗せた馬車と嫁入り道具一式をまとめた馬車が最も重要視されているらしい。
こういった金銀が煌めく豪華な馬車は自分には遠い世界だ、そんなことを思うシャルルだが彼女は今現在、その馬車の中にいた。
しかも帝国皇女であるアリーヤと同席である、立場的にも身分的にも同じ空間にいることはまずありえない二人だが、そこを気にしているのはどうやらシャルルだけらしい。
首なし騎士、チャリオットとの戦いに巻き込んでしまった形なのだが、アリーヤから出た言葉は助けてくれたことに対する感謝であった、それが余計に心苦しくなってしまうのだが、彼女の認識を改めることができないままである。
寧ろルールーの参戦によって助けられたのはシャルル側なのだが、それは彼女の認識でしかない。
アリーヤを含む帝国側からしてみれば突如として現れた首なし騎士と巨大な戦車が立ちふさがって襲撃されたという考えなのだろう、そしてそれを光の柱をもって粉砕した聖騎士がシャルルである。
しかも見た目と力は聖騎士である、アリーヤの立場では無下に扱うことはできないだろう。
お互いの行き先が同じであったこともあり、二人は同じ馬車の中にいた。
「そうか、貴殿はかの聖アンジェリーナではないのだな、女性の聖騎士と聞けばかの者だと思ったのだが……」
「違うよ、そもそもワタシは聖騎士でもないんだし」
「だが天剣に認められて祝福の力をその身に宿しているのだろう?」
「一応な、でも聖騎士団に入った訳じゃないからなぁ……なのに聖騎士ですって自己紹介すると拙いかなって、後から詐欺だとか言われても困るんだよ」
「まぁそれもそうか……しかし聖騎士の力を宿しながら聖騎士団にいないとは、なかなか珍しい判断だろう」
「キャラバンとの契約があったんだ、そこに仲間もいるしさ……」
「それで無所属の聖騎士か、だがそのおかげでこうして我々は救われたのだ、奇妙な縁もあったものだ」
アリーヤが馬車の窓から外を眺める、王都に近づいているので人の往来が激しくなっているのだが、帝国国旗を持った列が進めば誰もが驚いて道を譲っているようだ。
ルールーを先頭に豪華な馬車が続けば指さして驚いた声をあげる民衆は、窓から顔を出したアリーヤを発見すれば歓声をあげている。
「おぉ、帝国皇女さまだ!! いよいよ輿入れか!!」
そんな風にガレス王国の民は驚くのだ。
アリーヤが淑やかに手を振れば歓声はさざ波のように広がっていき、それは王都の城門まで届いたことだろう。
「お姫様となると凄い人気だな」
「当然だ、王や貴族など人気商売な面もあるんだからな……皇女ともなればわかりやすい美しい偶像だ、笑顔で手を振れば何もしなくても人気がでるさ、単純なものだ」
「……身も蓋もない言い方すんなよ」
「民衆が見ているのは私という外見であり皇女という付加価値だ、中身でもこれまでの歩みでもない、どう言葉をこねくり回そうとそれは変わらんよ」
笑顔で手を振りながらそんなことを言うアリーヤを見て、シャルルは溜息を吐いた。
「貴殿は遠慮がないな、礼儀作法や立ち振る舞いなどは一通り教育されているようだが、私を前にしても砕けた態度をとるとは大したものだ」
「嫌だったか? 敬語は苦手だけどそっちが望むならそうするぞ」
「いや、好ましいものだ、私の周りには貴殿のような性格の者はいないのでな……公の場でなければ問題ないさ」
そう言ったアリーヤの表情はどこか優れない、皇族故の孤独を知っているのかもしれない。
「旅する聖騎士と話す機会などそうあるものでもない、なかなか得難い経験だ……うむ、無礼講も悪くはないな」
そこで彼女はクスッと笑った。
「王都まで長いようで短い時間であったが……うむ、貴殿との語らいはよい時間であったぞ」
「こっちは皇女相手にだいぶ気遣ったけどな」
「それもまたよい経験だ、王侯貴族との関係も貴殿にはこれから必要になるだろうからな」
「……なんでだよ?」
「ふッ、英雄と呼ばれる存在を、権力者が放置するなどありえないだろ」
そこで馬車の扉が開く、王都に入り中心にある王宮まで辿り着いたのだろう。
外から顔を出したのは帝国三騎士のルールーである、そして立ち上がったアリーヤの手を畏まって掬い上げると、従者として彼女の傍に立つ。
「ほれ、何をしている……貴殿も傍に立て」
「はぁ? いや、ワタシは……」
「言ったはずだ、権力者は英雄を放置しないと」
この馬車にシャルルを乗せたのも、聖騎士と縁を作る為だったということだろう。
「もう国王の御前であるぞ、今更馬車から離れるのは感心せん、不敬である上にとても目立つからな」
「はぁ……わかったよもう」
逃げられないと悟ったのかシャルルはルールーを真似てアリーヤの傍に立つ、見た目は凛々しく騎士らしくあるのでそうしていれば違和感なく従者が務まっていた。
馬車から降りた先にあったのは王宮の正面玄関であった、そこには幾人もの使用人や王宮勤めの貴族などが左右に並んで道を作っており、アリーヤの顔を見た瞬間に一斉に頭を垂れる。
その人が作る道の先にいるのが、ガレス王国の国王であった。
ミリアが若造と評していたこともあってか国王の年齢は若い、シャルルよりも少し年上といったところだろう、まだ青年であり若々しい活力に満ちているのだが、目の下にある隈によってくたびれたような雰囲気を感じ取れてしまう。
あまり寝てないんだろう……初対面の者は彼を見てそう思うのかもしれない、シャルルですらそう思った。
「お久しぶりでございます、フィーリン・バレンダム・ディ・ガレス国王陛下……こうして貴女様との婚姻を幾星霜待ちわびました」
膝をおってドレスのスカートを僅かに持ち上げて女子の礼をすると、フィーリンは何故か狼狽えたように驚き、慌てて王としての佇まいを直す。
「えぇ? あ、いや、あぁ……おほん、アリーヤ殿もお久しぶりだ、帝国学院卒業式以来か、私もまたこの日が来ることを心待ちにしていたよ」
「それは良かった、兄上もきっとお喜びになるでしょう」
「……そうだね」
返答に少し間があった理由はシャルルにはわからない、少しだけフィーリンの視線が左右に泳いでいる理由もだ。
「ま、まぁ王宮の玄関で立ち話もなんですし、どうぞ中へお入りください……みんな、直ぐに場を整えてくれ」
王命を受けて従者やメイドたちが忙しそうに動き出す、王族同士の話し合いとなればそれなりの場を設ける必要があるのだろう、まして立場的にガレス王国は帝国の属国なのだ、色々と配慮をしなければならない。
「さ、さぁどうぞアリーヤ……」
ただシャルルから見てもフィーリンの態度は腰が低すぎるようにも思えた、媚びへつらっているとは違うのだが、遠慮と畏怖のようなものが混ざった結果だろう。
これから結婚して夫婦になる男女にしては、お互いに距離があるように思えた。
「……あいかわらず覇気のない男だ」
そんなアリーヤの呟きは、傍に侍るシャルルとルールーにだけ聞こえたことだろう。
王宮の中を暫く歩いて案内されたのは庭園を一望できる大きな一室であった、元々は謁見を待つ間に客人を待たせる為の客室なのだと思われるのだが、改装されて久しいのか新しい印象を与えた。
それもそのはず、この部屋は国王婦人の為に急遽改装した場所なのだから。
「ここが君の私室となるんだが……不満は無いだろうか?」
「私が不満を言うとでも?」
「い、いやぁ、帝城にあるアリーヤの部屋と間取りは一緒だと思うんだけどさ、ほら、なんていうか……急だったもんで君の意見を聞けなかったというか、何か要望があれば今からでも」
チラッとフィーリンは結婚相手の表情を盗み見る、ここまで直視するのを避けていたようにも思えていたが、実際にそうなのだろう。
「……我が夫とルールー……それとシャルル以外は退席せよ」
アリーヤが引き連れていたメイドや従者たちはその言葉に何も反論することなく退出していく、余計な口を挟むような真似はしない。
「フィーリン、そこになおれ」
「えッ……あ、いや」
「いいからそこに座らんか!!」
「は、はい!!」
フィーリンはこの国の王である、それは自他ともに認める揺るがない事実なのだが、そんな彼は項垂れながら品のある上質な椅子に渋々と座った。
助けを求めるかのようにルールーを見つめて、手ごたえがないとわかると今度はシャルルに視線を向けて来る、そんな顔をされてもどうしようもないのだが、それでも彼は誰かに縋りたかったのだろう。
「フィーリン……貴殿は相変わらずうじうじと情けない、相手の顔色ばかり窺う癖は治っていないようだな」
「いやいや、別にそれは悪いことでもないんだし……」
「只人ならばそうだろう、だが王は違う!! 他者に配慮することも必要だろう、思いを汲み取ることも重要だろう、言葉に耳を傾けることも不可欠だ……しかし相手の顔色を窺ってそれに右往左往する王がいてなるものか!!」
「あぁ~……また始まったよ、アリーヤの説教が」
「何か文句があるのか婿殿?」
「いえ!! 何もありません!!」
「ならば堂々と胸を張って覇気を漲らせよ!! 小国と言えど王は王、兄上を見習って覇者としての背中を見せぬか」
「いや~……どうだろうな、私にはそういうのは似合わないというか、皇帝陛下と同じようにとはいかないよ」
「これが我が夫とは、兄上は何を考えておられるのやら……無駄に貴殿の評価が高かったのも気にかかる」
「……皇帝陛下も君を持て余してたんだろうね」
ボソッと呟かれた言葉に、アリーヤは眉を上げて睨み返した。
「……なぁ、あの二人はいつもあんな感じなのか?」
「昔から変わらんとも、手前は姫さまの護衛をよく引き受けていたのでこういう光景は見飽きたものだ。かの王が留学中は、それはもうしょっちゅう説教されておったとも……やれ覇気がない、やれうじうじするなとな」
そんなやり取りを部屋の隅で見せつけられていたシャルルとルールーはそんなことを話していた。
「そもそも何でワタシはここにいるんだよ……関係ないんだけどな」
「それは姫様に目を付けられたからであろうな、あの方は権力者らしく聡い、あのままさよならと済ます筈がなかろうよ」
「あ、あぁそうだ気になってたんだが、そちらの女性はどちらかな? アリーヤの護衛はルールー卿だけだという話だったんだけど」
「おい話を逸らすな、まだ言いたいことが……あぁ、そうかシャルルの紹介がまだであったな」
「そうそう、つまらない話はもうやめて自己紹介を……」
「つまらない話とはなんだ、貴殿の王としての在り方をかたっているのだが」
「そ、それは後で聞くとも、おおいに語ろうじゃないか……だが今はそれよりも彼女だ、君の新しい近衛騎士かな?」
「うむ、そうだ」
「いや、違う、ワタシは傭兵だ……縁あって馬車に同乗したんだ」
そう言ってシャルルはフィーリンの前に優雅に跪く、胸に手を当てて深く頭を下げた状態だ。
「えっと……お初にお目にかかります、ガレス王よ……ワタシはシャルル、家名も苗字もない卑しい身分でありますが、ご挨拶させていただきたい」
「うむ、アリーヤによって結ばれた奇妙な縁ではあるが、無駄な出会いなどこの世にはないとされている、よき出会いとなるだろう」
そこからシャルルとアリーヤが話すのは、首なし騎士の存在や戦いに巻き込むことになった経緯、そして共闘したこと等だ。
特に彼が注目したのはやはりチャリオットの力や存在だろう、特にアンデットを増やすという点にわかりやすく興味を惹かれている。
「ふむ、うん?……その戦車を操る首なし騎士はアンデットを増やせるというのか?」
「あ~……実際にその場面を見た訳じゃありません、けど」
「あぁ、喋りにくいなら砕けた態度で構わないよ」
「そうか? ならそうさせてもらうよ、いやぁ~堅苦しいのはどうも苦手でさ」
「……なかなか遠慮のない女性だね」
「張り付けた笑顔で接するよりも心地よかろう」
そんなアリーヤの言葉にフィーリンは苦笑いと共に頷く。
「その、チャリオット? なる存在は厄介だな、ここ最近のアンデットの大量発生の原因だろうか、だとすれば最悪であり最高でもあるのかな」
顎に手を当てて考え込むフィーリンの横顔をアリーヤは見つめていた、少なくとも今の彼に文句はないらしい。
「強敵に違いないが、排除できれば事態も好転するのか……出口が無いよりかはマシか」
考えながら立ち上がって椅子の周りをうろうろと歩き続けるフィーリンは、暫くそうしていると思い出したかのように視線をアリーヤへと向ける。
「あ、ご、ごめん!! つい考えこんじゃって!!」
「ええい!! だから顔色ばかり気にするなと言っているだろうが!!」
また説教が始まってしまう、或いはこれがこの二人にとっての夫婦の営みなのかもしれない。
「さぁ、男と女で積もる話もあるだろうて、手前どもは空気を読んで退出するとしようじゃないか」
「えッ、良いのかよ? あの二人を放置して大丈夫なのか?」
「構わん構わん、アレは別に互いを嫌っとる訳でもないのでの、挨拶みたいなものだ」
ルールーの手がシャルルに伸びて肩に回される、筋肉質な腕によって首を拘束されたシャルルは引きずられるように部屋を出ていくしかなかった。
その状態でルールーは空いた手でシャルルの首からぶら下がっていた聖印を掬いあげて、それを興味深そうに観察していく。
「この聖印は……其方は娼婦なのか?」
「……あぁ、まぁ、今は娼婦神の神殿で働いてるけど」
「それは上々、では金を払えば相手してくれるということだな、手前でも」
「あぁ、うん……うん?」
「カカッ!! ならば閨へ行くぞ!! 初めて見た時から愛い奴だと思っておったのでの、こりゃ体を重ねるのが楽しみってもんよ!!」
「えッ、ちょ……あッ、ちょっと待ってくれ!!」
反論しようにも女性とは思えないほどの膂力に引っ張られて、シャルルの体は引きずられていく。
護衛がそれで良いのかという彼女の反論が、ルールーに届くことはないらしい。