ヒュプシュブリューメン ~可憐なる花たち~ 作:ろっくLWK
「入れ」
ノックの音に呼応したアイリスディーナの声。それに従って、テオドールはドアを開けた。
「テオドール・エーベルバッハ少尉、出頭しました」
少々広めな部屋には窓一つ無く、取調べ用のスチールデスクと奥に簡素なベッドがそれぞれ一つずつ。何の目的で使われているのかも良く分からない部屋だが、何のことは無い。自分にとってはある意味見慣れた尋問室の造りだ。通常のそれとは別に、どうして基地の一角にこんなところが設けられているか。――その答えは目の前に立つ人物、それそのものにある。
「楽にしてくれ、同志少尉」
「――は、」
命令に従いテオドールは敬礼を解く。その視線の先に立つ角ばった眼鏡が特徴的な女士官――同志グレーテル・イェッケルン中尉は、テオドールの所属する第666戦術機中隊付の政治将校である。部屋にいたのは彼女と中隊長のアイリスディーナ、この二人だけだった。……旧ポーランド領・グダンスクにおける『
「心配は無用だ。ここは
なるほど、とテオドールは相槌を打ってみせる。それはおおよそ予想の付いていたことだ。人をこんな深夜に、しかも兵舎からも遠く離れたこの場所までわざわざ呼び出すからには、そのぐらいの手は尽くされていて然るべしというものだろう。
「……それで、用件は?」
「そう畏まらなくてもいい。貴様も薄々わかっているだろうが、用件はあの娘――リィズ・ホーエンシュタインのことだ」
アイリスディーナがその長い金髪をかき上げ、薄く笑みを浮かべる。
「……内偵ならきちんと進めている。現時点では何の証拠も掴めちゃいないが」
件の人物・リィズはつい先日まで生き別れていたテオドールの義妹であり、今はこの第666中隊所属の衛士。その経緯については省くものの、彼女には現在
「だが少なくとも、中隊の連中とは割とうまくやっている。こないだの戦いを通じてカティアとも大分打ち解けていたし、アネットも一定の距離を保ちつつ同僚程度には見ているみたいだからな。シルヴィアや
溜め息混じりにテオドールは報告の一部を省略する。アイリスディーナの腹心的存在であるファムやヴァルターらはさて置くとして、シルヴィアは他人と慣れ合うような気質をしていない。アレの関心事はいかにしてBETAを殲滅するか、そしてそのために役に立つかそうでないか、それだけ。それはアイリスディーナだって十二分に把握済みの筈だ。
「だろうな。つまりは入隊以来、大きな動きは無しということか」
「そうだ。他に工作活動の痕跡も無ければ、俺に対する何らかのアプローチも今のところ特に無し。――アンタや同志中尉に楯突くつもりは全く無いが、アイツに不審な点があるとは俺にはどうしても思えない」
そう見解を述べると、アイリスディーナは「ふむ、」と口元へ拳を当て、しばし何かを考える仕草をした。グレーテルは無言でこちらを睨むようにしたままでいる。さっきの発言に何か問題があれば、融通の利かない政治将校殿は即座に口を開いたことだろう。とりあえず現状のところ、彼女に『抗命の意思あり』と受け取られてはいないらしい。
「貴様も十分理解しているとは思うが、初めのうちは中隊に馴染むことで我々を油断させようという企てであるとも考えられる。何より以前話した通り、その標的として最も狙われる恐れがあるのが義兄であるエーベルバッハ少尉、貴様だ。そしてこちらがそういう考えであることを、向こうも見透かしている可能性が高い」
「分かってる。つまりアンタたちの言いたいことはこうだろ。俺達が疑いの目を向けていると分かった上で、あえて従順な妹と職務に忠実な衛士を演じて監視役である俺を油断させ、嫌疑が晴れたところを見計らって事を実行に移すつもりかも知れない――と」
「その通りだ」
馬鹿げてる。そんな感情に内心テオドールは舌を打つ。今さらアイリスディーナへの信頼を曇らせるようなことなど無いが、それでも自分にとってリィズはたった一人の家族なのだ。例え血が繋がっていなくとも大事な存在であることに変わりは無い。そんな自分が義妹の監視役を引き受けたのも、半分は確かに疑わしさがあるからというその一方で、もう半分では無実の証拠を挙げることさえできれば大手を振ってリィズを迎えられる筈……と、そうした考えによるものである。
「無論、家族に対する貴様の心情を理解しないではない。確かに私がこの中隊のため、危険因子を極力排除したいと思っているのは事実だ。が、かと言って我々もむやみに義理の妹との骨肉の争いを貴様に演じさせたいわけでは無い。にも関わらず貴様をホーエンシュタインの傍に置いてその身辺を洗わせているのは、仮に彼女がいずれかの勢力に属するスパイであったとしてもその動きを牽制し、あわよくばこちら側へ絡め取る機会を窺うためでもある。――そうだな、政治将校殿?」
アイリスディーナが話を振ると、グレーテルはそれに仏頂面で首肯を返した。
「とは言え、連中の『
――何が言いたい? アイリスディーナの意図を測りかねたテオドールは彼女の蒼い瞳、その奥を探るように様子を窺う。もちろん彼女とて額面通りのことを言いたいわけでは無い筈だ。そもそも本当にその懸念があるのなら自分などではなく、他に適した人材をリィズの首輪とすべきだろう。そうでないのは単純に人員不足だからというのもあるだろうが、アイリスディーナが自分を信頼してくれている――少なくとも『鈴』の役割は果たせると、そう見込んでくれているからだ。であるならばこの言動も、傍で自分たちの会話を注視しているグレーテルの意に沿わせたものと見るべきである。
「さてここからが本題だ。それがいかなる内容であれ、貴様が易々と『
つかつかとアイリスディーナが奥のベッドへ向かう。そこへ腰を下ろし、おもむろにこちらを見据え、彼女はこう宣った。
「私を抱け、同志エーベルバッハ」