ヒュプシュブリューメン ~可憐なる花たち~ 作:ろっくLWK
――今、何時だろう。体の下に敷いていたBDUをがさごそと探り、その中から腕時計を取り出す。4時37分。窓も無いこの部屋では確認しようも無いが、この時期ならそろそろ空が白み始める頃だ。今から寝付いたところで、まともに眠れるのはせいぜい一時間。それならいっそ寝ない方が気持ち的には楽というものである。早めに覚悟しておいて良かった。そう思い、テオドールは傍らのアイリスを眺めた。
「ホント気持ち良さそうに寝てるな。――まあ、無理ないか」
すうすう、と穏やかに寝息を立てる彼女が果てたのはほんの数分前のこと。それまでの間、二人は覚えたてのセックスに没頭し続けていた。後背位の後は床に寝そべっての騎乗位。その次は壁面に身を委ねての立位。休憩ついでに
「――っと、うぅ、寒ぃ」
とその時、テオドールの身体がぶるりと震えた。行為中はほど良い暖房と互いの体温のお陰で寒さを感じる事こそ無かったものの、今は興奮も醒めてきたせいで、剥き出しの肌がひんやりとした室内の温度を感知し始めている。さすがにこのままだと寝冷えしかねない。どうしようか……そう思っていたところに、ベッドのシーツががさりと動く音が聞こえた。
「同志中尉」
「……グレーテル、でいい」
今起きたばかりなのか、彼女の目つきはかなり胡乱げだった。枕の脇に置いていた眼鏡を掛け、裸のグレーテルがベッドから立ち上がる。少しフラフラとしている辺り、やはりまだ半分寝ぼけているのだろう。
「いつの間にか眠ってしまっていた。貴様たちは……その様子だと、今までお盛んだったらしいな」
「お盛んというか、まあ……」
グレーテルの視線の先には、行為の痕跡にまみれたアイリスの寝姿があった。全身汗だく。膣口から溢れるおびただしい量の白濁。それが一度や二度の睦み事によるものでないことぐらい、さすがのグレーテルも一瞥で理解できたに違いない。
「――別にいい。あんなに気持ち良いことだなんて私も思っていなかったし、体力と気力が許せば一晩中……という気持ちも、その、分からなくは無いし」
頬を染めながらグレーテルがぼそぼそと呟く。辛うじて発言を聞き取ることが出来たテオドールはしかし、何だって? と彼女に尋ねるような真似はしなかった。
「そんなことはともかく、私は部屋に戻る」
「え? 戻るって……起床ラッパまではまだ一時間ぐらいあるぞ」
「いつもこの時間帯には起きるようにしているんだ。朝支度や残務処理など、色々としなければならない事があるからな。こういう事の翌朝だからといって欠かすわけにはいかない。ある意味では起床ラッパよりも前から
なるほど、とテオドールは得心する。彼女の役割と職責を鑑みれば確かに、他の兵より遅く起きていたのでは仕事にならないだろう。
「とは言え、ちゃんと睡眠は取れたのか? アイリス……じゃなくて同志大尉も言ってたが、アンタ日頃からあまり寝てないんだろ」
「心配無用だ、どんなに忙しくても三時間は眠るようにしている。全く寝ないのはさすがに頭を鈍らせるのでな。それでは務めを果たせない」
などと会話しているうちに、グレーテルは手際よく下着とBDUを身に着け、乱れた長髪も手櫛でパサパサと整え終えてしまった。ゆうべはあんなに可愛らしく喘いでいたのに、一夜明ければすっかり軍人モード、といったところか。
「同志大尉は……寝落ちて程無いのか?」
「あ――ああ、ついさっき」
「だったらベッドに運んでやれ。起床まであと一時間程度とは言え、少しは体を休められるだろう。疲労が溜まっているのは大尉も同じだろうしな」
それは確かにそうだった。先の作戦が終わってからまだ日も浅く、それ以前にもアイリスは出撃の度に無茶な吶喊や命知らずな立ち回りを繰り返している。それが全く平気などということは無いだろう。いかに常人離れした技量と知力の持ち主だとは言え、アイリスだって本質的にはただの人間、一人の女なのだから。
「この部屋は貴様たちが出るときに、鍵が掛かるようにしておく。汚れは後で掃除の手を入れるから心配しなくていい。――だが起床ラッパまでには各自、部屋に戻っておけよ。この部屋から貴様たち二人だけが出るところを誰かに見られでもしたら、色々と面倒な事になる」
「分かった、もう少しアイリスディーナを休ませたら引き払う。……アンタもあまり無理するなよ」
「あ、ああ。……ところでその、エーベルバッハ」
「テオドールでいい。ここではそうする、って言い出したのはグレーテルだろ」
そう返すと、「あ――、」とグレーテルは息を呑むときのように、しばし口をつぐんだ。
「じゃあ、て、テオドール。その、ゆうべの話なんだが……意識を失う前、私は何か言ってなかったか?」
「あ? いや特に……気になるようなことは何も」
息も絶え絶えにうわ言めいたことをこぼしていた気はするが、自分も絶頂の渦中にあったせいで、その内容はほとんど聞き取れていなかった。それにあの様子であれば、グレーテルもきっと我を忘れてしまっていただろう。何を口走っていたとしても、聞かなかったことにしておいた方がいい。テオドールはそう結論していた。
「そ、そう。だったらあの時……テオドールの言ったことは……」
「ん?」
「……~~ッ! い、いや別に何でもない。気にしないでくれっ!」
赤らめた顔をプイと背け、そのままグレーテルは部屋を出て行ってしまった。何だったんだ一体。彼女の奇妙なそぶりを訝しがりつつも、テオドールはひとまずアイリスをそうっと抱き起こし、彼女の身をベッドへと運ぶ。……ぬくもりの残るシーツのど真ん中には、恐らく就寝中のグレーテルから零れたと思しき赤い染みが、くっきりとこびり付いていた。
「これ、どうやって始末するつもりなんだ……まさかアイツ、自分で手洗いでもするのか?」
その光景は正直想像もつかなかった。かと言って、他人に洗わせるなど彼女の性格が許すとも思えない。まあ本人がああ言っていたことだし、自分などが心配したって仕方の無いことだろう。そう思い直したテオドールは
「んぅ……兄、様……彼なら、きっと……兄様も……認め……」
その表情は穏やかだった。きっとアイリスは今、亡き兄の夢を見ているのだろう。慎ましくとも幸せに暮らしていたであろう時分の彼女自身へと立ち返って。それこそが恐らくは、アイリスディーナという人間の本質なのだ。亡き家族への想い。この手で護りたい者たちへの想い。それら全てを抱えて戦う彼女を、自分は守ってやりたい。守って守って守り抜いて、その先にあるであろう未来という名の幸せを、この手に掴み取りたい。その思いをテオドールは新たにしたのだった。
この僅か数日後、
それからは本当に色々なことがあった。あまりにも多過ぎて、全てを語るには時間が幾らあっても足りないと思えるほどに。だから結果だけを述べることとする。
打倒
しかしその喜びも束の間。BETAの侵攻は留まることを知らず、それから数ヵ月としないうちに首都ベルリンが陥落。国土を失った東ドイツ国民は一時期難民として西側に保護される身となってしまったが、イギリス領アイルランド・ケリー州の一部を租借しての完全移住を果たし、同胞たる西ドイツと共に今もその国家体制を維持している。
果たして、それから数年の月日が過ぎた。
「――よしよし。たくさん飲むんだぞ」
「あむっあむっ、まうー」
アイリスが穏やかな表情で我が子に乳をあげている。その姿を、テオドールは優しい眼差しで眺めていた。
「見てくれテオ、このふくふくのほっぺたを。やはり赤ちゃんというのは可愛いものだな」
「そうだな。俺たちの子だし、余計にそう感じる」
その赤子、テレーズは、つい先月アイリスが出産した我が子である。生まれて間もない彼女の小さな口に、特大を誇るアイリスの乳は随分としゃぶり甲斐があるに違いない。夢中になっておっぱいにかぶり付く彼女のいたいけさが、テオドールには微笑ましく映る。
「金髪碧眼に真っ白な肌と、本当にアイリスそっくりだ。テレーズも大きくなったらママに似て、きっと美人になるだろうな」
「こら。遠回しに私を褒めても何も出ないぞ」
「いいじゃないか、事実を言ったまでだ。――ところでアイリス。その、」
「ふふ。この子が飲み終えるまで待てない、か。仕方のないパパだな……テレーズもそう思うだろう?」
「あうぅ、ばぶ!」
アイリスが乳房を指で押し、こすこす、とテレーズの鼻先に乳首をすり付ける。そのくすぐったさにかテレーズは嬉しそうな声を上げ、それからまたお食事を再開した。
「……まあテオが欲しがるなら、別にいいのだけれど」
そう言ってアイリスはおもむろに服の裾をたくし上げ、もう片方の乳房を覗かせた。
「ほら、召し上がれ……愛しい旦那様」
甘い乳汁の匂い。それをテオドールは鼻腔いっぱいに嗅ぎながら、赤く張った乳首へと唇を寄せる。
「ん……ふぅ、」
手のひら全体で乳房をぎゅうっと圧迫しながら、授乳に傷んでいるであろう乳首を優しく舐る。そのうち口中に広がる芳醇で甘やかな液体の感触。もぐもぐと口を動かしながら吸うと、乳首から噴き出た乳汁が上顎にまで跳ね、とぷとぷと舌の上に溜まっていく。それらを飲み下すと、じんわりと腹に広がる暖かみがテオドールの喉と心を満たしてくれた。
「――どうだった?」
「……すごく美味くて、幸せだ。何度味わっても堪らない」
率直な感想を述べると、そうか、とアイリスもまた幸福そうに微笑んだ。もっと飲みたくはあったが、さすがに自分が全てを飲み尽くしてしまうわけにはいかない。名残惜しさを覚えつつもテオドールは口を離し、乳首からたらりと白く滲み出た乳汁をティッシュで優しく拭い取る。
「そろそろあの子も戻る頃だろう? 私はテレーズを寝かしつけてから行くから、テオは先に皆のところへ行っててくれ」
「分かった。それじゃあ後でな」
「ああ。――さあテレーズ、おっぱいが済んだらちゃんとゲップをしようね。よおしよし……」
ゲップを促すためにテレーズの背中を優しく叩くアイリスの母親らしさ。それを今一度目に焼き付けてから、テオドールはドアノブに手を掛けた。
「あっ、お兄ちゃん!」
部屋から出るなり、明るい声がテオドールを出迎える。そこにいたのはリィズだ。ある時期を境にしてかつてのトレードマークだったツインテールをやめ、今は金色の長い髪を大きなストライプリボンで後ろ一本に束ねる彼女は、これまた歳相応に大人びた雰囲気をその身にまとっている。
「もぉ~、ずっとアイリスさんの部屋にばっかり籠って。私を寂しがらせないって約束、忘れちゃったの?」
「悪い悪い。まあテレーズも生まれたばかりだし、ちょっとぐらいは勘弁してくれ」
「そんなこと言って、どぉ~せまたアイリスさんの
「ぐ、」
図星を突かれてテオドールは狼狽えてしまう。それを見たリィズが「むぅー」と頬を膨らませた。出産直後の『妻』に母乳をねだる、というのはテオドールの隠し難い性的嗜好の一つであり、それはある意味周知の事実ともなってしまっていた。
「ま、しょうがないかぁ。私の時だってそうだったワケだしね、ある意味お互い様ってことで」
「ゴホンッ。ま、まぁそういうことだ。――そんなことより、アイツはもう帰ってきたのか?」
「ううん、まだだよ。もうそろそろ帰ってくる頃だとは思うんだけど」
「そうか。じゃあリビングで皆と一緒に待つか」
「うん! さっきから
「本当にアイツは甘えん坊だよな。誰に似たのやら」
「えへへっ、あの子がお兄ちゃんに甘えるのは仕方ないよ。だって私の子供だもんっ」
リィズが満面の笑みを浮かべる。そんな時間を今、リィズと共に過ごせている。それもまた、あの当時には到底考えられないことだった。
1983年に発生した
戦後、リィズを始めとした
『体制を刷新するのに、これ以上無駄な血を流す必要なんてありません。何故なら
無論、それで全員めでたく無罪放免、というわけでは無かった。構成員の中には裁判を経て投獄された者も多く、あまりに看過できない罪の重さからやむなく処刑された者だっている。リィズとて一時期は逮捕拘束されていたが、彼女の場合は家族、即ちテオドールを人質に取られていたことと、恭順の過程で施された種々の薬物投与による精神操作の影響および入院加療の必要性などが酌量された結果、大幅な減刑措置が図られることとなった。――とは言えその後の治療過程で悪化した後遺症のせいで、一時期は大変危うい状態に陥ってしまったりもした訳なのだが。
「そのままだったらきっと私、今頃は廃人になってたか、もうこの世にいなかったかもね」
「まあ、な。でもお前が無事に帰ってきてくれて、本当に良かった。リィズのいない人生なんて、俺には考えられない。お前はずっと、俺の家族なんだから」
「私だってそうだよ。今こんな風にいられることが信じられないぐらい……そこはお兄ちゃんとみんなに、ずうっと感謝してる」
それで自分のしたことの全てが許された、とは勿論本人だって思っていない。むしろ
「でも今度私が二人目産んだら、その時はまた私の
「分かったよ」
苦笑しつつも、テオドールは快く了承する。実のところ、第一子の子育てがひと段落し始めたここ最近、リィズとの夜伽は再び盛んになりつつあった。かつてはリィズの『
『お兄ちゃんの弱いところ、私ぜ~んぶ知っちゃってるんだからね。今夜もおちんぽがカラッポんなっちゃうまで寝かしてあげないよぉ……ふふっ』
『あんっ。どお、お兄ちゃん? まだまだアイリスさんには敵わないけど、私のおっぱいもけっこう大きくなってきたでしょ? 私の方が若い分、ハリでもツヤでももっともっとお兄ちゃん好みに仕上げるんだからっ』
『あぁっ、やっぱりお兄ちゃんの、カタくて大っきいよぉっ。もっと
……とまあこんな具合に、先日の行為を思い返すだけで股間に血が集まってしまう。加えて経年と共に肉体的にも成熟してきたことも相まって、近頃のリィズの魅力と色香――具体的には、金髪でスタイルの良い巨乳といった意味で――は以前よりも数倍増しといったところだ。この分だと、二人目を拵える日が来るのもそう遠くは無いだろう。……そんな益体も無いことを考えつつ、テオドールはリィズと共にリビングへと至る。
「――あ~! 遅いよテオドールぅ。ほらヘンディ、パパ来たよぉ」
こちらを見て開口一番、その声を浴びせてきたのはアネット・ホーゼンフェルトだった。彼女の足元にいたその子・ヘンドリックが、「パパー!」と叫びながらテオドールのところへ駆け寄る。
「よーしよしヘンドリック、いい子にしてたか?」
「うん! アネットねーちゃんとあそんでた」
「もう、ヘンディったらぁ。『遊んでもらってた』の間違いでしょー。ごめんねアネットさん、ヘンドリックの相手してもらっちゃって」
「別にいいよー、あたしも楽しかったし。ねーヘンディー?」
「うんっ。アネットねーちゃん、おもしろくてやさしくて、すき!」
「こらこらぁ、大人の女をそんな簡単に口説いたりしないのっ」
アネットに鼻づらをつつかれたヘンドリックが「ぴゃー!」と甲高いはしゃぎ声を上げる。
「うふふ。ヘンドリック君ったら、すっかりアネットちゃんに懐いてるわね」
その様子をファム・ティ・ランが微笑ましそうに語る。たっぷり十人が座れる大きなソファに腰掛けた彼女の膝の上には、二歳になる女児・ハンナがちょこんと乗っかっていた。彼女とヘンドリックは一応同い年ではあるのだが、ハンナの方が半年遅れで生まれたせいもあってか、まだ上手に言葉を喋れずにいる。
「そうなんですよぉファム姉さん。最近じゃすっかりアネットさんにべったりで、私に寄り付かなくなっちゃって。誰がママなのか、絶対勘違いしてますよー」
「リィズちゃんだって美人で優しくて、とっても良いママじゃないの。それなのにママの言うこと聞かないのはどうしてなのかなー、ヘンドリック君?」
「だってママ、おこるとこわいんだもん」
「ヘンディのために叱ってあげてるのっ。もお~、元気なのはいいけど私の手を焼かせてばっかり。姉さんからも何とか言ってやって下さいよ~」
「あらぁ、それはちょっと無理かも。うちの子も似たようなものだし、ねぇハンナー」
ファムにほっぺを引っ張られ、ハンナが「うきゃきゃぁ」とかしましい声で嬉しがる。ハンナは母親に似て人懐こい性格らしく、ファム以外の母たちに甘えかかることもしばしばだった。ちなみにハンナはなかなか乳離れが遅く、今でも事あるごとにファムに甘えてはそのお乳をねだっている。テオドールとてつい先日も頼み込んで、彼女の――いや、これはまた別の機会に語るべき事柄だろう。
「ハンナちゃんはお利口さんだからいいんですよ。
「べつにいいもん。ぼく、おっきくなったらアネットねーちゃんとケッコンするもん」
「そう言ってくれんのは嬉しいんだけど、ざーんねん。あたしにはもうアンタのパパがいるから無理ー」
「えー。だってアネットねーちゃん、まだこどもいないんでしょ」
「そうだよ、あたしは一番最後。それまではパパの他にも、みんなを守ってあげられる人がいなくちゃだかんね」
そう言って誇らしげにアネットが胸を張る。……ここまでの流れでおおよそ察してもらえたことだろう。
『あたしとテオドールがこの国を守ってる間、みんなの産んだ子供たちがすくすく育つでしょ。そうなれば今度はみんなが前線に復帰できる。あたしはそれからで良いよ。……もちろん、夜の相手はしっかりしてもらうけど』
そんな事情で現在、アネットは子供たちのお守り役と、もっぱら前線でのテオドールの慰め相手を務めてくれている。平素は長刀を振り回してBETAとの戦いに明け暮れるアネットも、実は本質的に子煩悩であるのはこれこの通り。そんな彼女が本当は一日も早く自分の子供を欲しがっていることは、もちろんテオドールにだって分かっていた。だがそれももうすぐ解禁となる、その筈だ。
「全てはあの子の結果次第だな。まあ確かな兆候は見られたのだし、期待して帰りを待つとしよう。――さあハーラルト、お姉ちゃんが帰って来るまでママとお勉強の続きをしようか。この人が
「ふぁ、ふぁーら。む、むぁーたー」
「そうそう。上手上手」
ソファに腰掛けたグレーテルが拍手と共に褒めてあげると、ハーラルトがニコリと嬉しそうに天使の笑顔を浮かべる。彼女はこのところ、愛息子へ英才教育を施すことに躍起になっていた。こういうところは相変わらずというか何というか、とにかくグレーテルらしい。多少教育ママのきらいはあれど、長い黒髪を束ねて胸元に流している今のグレーテルは実に一児の母らしく、あの頃と比べて遥かに穏やかになったように見える。
「ちょっとちょっとグレーテルぅ。やっぱ気が早すぎんじゃないの? ハーラルト君、まだこないだ歩けるようになったばっかでしょ」
「遅くなんてない。幼児教育は早ければ早いほど効果が出るものなんだ。この子には父親に似て、教養深く知恵と勇気を併せ持つ立派な人物に育ってもらわなくては。そうなればゆくゆくは、この国を背負って立つ人材となってくれる筈よ」
「くぁ~、ビックリするほどの親バカぶり。あのグレーテルがこんなになるだなんて、中隊に居た頃は誰が想像できたことやら」
「ホントですよー。やっぱり人って変わるものなんだなーっていうの、グレーテルさんを見てるとしみじみ思います」
「それを言うなら、私はリィズちゃんが一番変わったと思うけど?」
「あー、やだなぁファム姉さん。それは言わない約束じゃないですか」
「変わったと言えばシルヴィアだよぉー。あんな殺伐としてたヤツが今じゃヴァルターとくっついて、その上甲斐甲斐しく子供の面倒まで見るようになっちゃって、まぁ」
「そう言えば、シルヴィアちゃんのところも二人目が生まれたって言ってたわねぇ。今度お祝いを兼ねてあいさつしに行かなくっちゃ」
「やめといた方がいいよぉファム姉。アイツ、私らが行くと露骨にヤな顔すんだから。そのくせ陰じゃ、自分の子供見てニッコニコだしぃ」
「え~、見てみたいなーそれ! あのシルヴィアさんがニコニコって、想像つかなーい」
きゃっきゃとかしましく談笑する一同を、テオドールは微笑ましさと共に眺める。六人の妻に、五人の子供。彼女たちとこういう関係を築くことに、当初はある種の後ろめたさもあった。社会的な体面に加えて各々の最大限の幸せを考えれば、個々に家庭を持って愛を育む方が良いのではないか、と。けれどこうする事を最初に皆へ提言したのは他ならぬ、テオドールが最も慕ったアイリスディーナその人だった。
『私は自分一人だけが幸せになることを望まないし、誰かの為に自分の幸せを諦めることもしたくない。リィズもカティアもアネットも、他に望むならその者たちとも、テオドールがくれるものを皆と一緒に分かち合いたいんだ。――そうでなければきっと、私たちは誰一人として幸せになれなくなってしまうだろう。これは妥協じゃなく、言わば幸福の最適化だ』
その主張が正しかったことを、今となっては認めざるを得ない。こうしなければきっと、リィズが心から笑って暮らせる日は訪れなかった。アイリスとも幸福を共有できなかった。カティアを守り切れなかったかも知れなかった。グレーテルやアネットと共に暮らせる日々だって、勿論送れなかったに違いない。
勿論、良いことばかりではない。この世情を鑑みてもなお一夫多妻が認められていないこの国において、自分たちのそれはあくまで内縁の関係。子供たちの認知はしてあるので親子の繋がりこそ保たれているものの、それでも世間から見ればありきたりな夫婦としてのそれでは無い。それによって生じる弊害はこれまでにもこの先にも、恐らく数多あることだろう。それを今後、自分たちは乗り越えていかなくてはならないのだ。
全てを手にするのは欲張りなことで、その結果別の何かを失ってしまうこともある。だがそれらを代償としてでも得たいと思うものが、ここにはあった。自分たちはそれで良いのだと、テオドールは心からそう思っている。
「待たせたな皆。やっとテレーズも寝ついてくれた」
「お疲れさまです、アイリスディーナ」
ちょうどそこに、すやすやと眠るテレーズを抱えたアイリスが戻ってきた。優しく出迎えたファムに首肯を返し、それからアイリスはリビングをぐるりと一望する。
「どうにか間に合ったみたいで良かった。――ところで、うちのいたずらっ子は?」
「あぁ、それならさっきからずっとあそこに。ほーら出ておいで、ユルゲン!」
アネットが階段の方へと声を掛ける。それに応じて階段の影からぴょこりと飛び出した男児……ユルゲンはニンマリとした笑みを浮かべた後、ぱたぱたとアイリスの元へ駆け寄ってきた。
「また一人でかくれんぼか? 全く、あまりママたちを心配させないでくれよ」
「はーい」
「
アイリスに連れられリビングのソファへと向かうユルゲン。彼のその名は、今は亡きアイリスの兄から授かったものだ。妹を守るため、自らを
「やれやれ、いたずら好きで悪知恵ばかり良く回る……今からこんなじゃ、将来が思いやられるな」
苦い顔でそうこぼしたアイリスに、大丈夫だよぉー、とアネットが鷹揚な声を上げる。
「そんな心配しなくてもちゃんと真っすぐに育つって。あたしの見る限り、こん中じゃユルゲンが一番賢いんだから」
「それは当然だろう。何せ私とテオの子供なんだから」
「ここにも親バカ発見。てゆーか、賢いのはユルゲンが一番年長だからってのもあるんですけどー」
心持ちからかうようなアネットの言に、今度はテオドールが苦笑を浮かべる番だった。ユルゲンが生まれたのは今からおよそ五年前、東ドイツの首都・ベルリンがBETAの侵攻によって陥落した年の暮れの事だ。その当時、テオドールは全国民の避難完了までの時間稼ぎとしてBETA侵攻遅滞作戦に参加していたが為に、西ドイツを経てフランスへ疎開していたアイリスの元を離れざるを得なかった。そんな彼女と自分を親身に支え、あらゆる手を尽くしてくれた他の面々には、本当に感謝してもし切れない。
「言っておくがアイリスディーナ、地頭の賢さならば
今のは聞き捨てならぬとばかり、そこへ割って入るようにしてグレーテルが我が子自慢をしだした。それを見て、また始まったか、とテオドールは額を押さえ嘆息する。
「ほう? それは楽しみなことだ。尤も英才教育が行き過ぎて頭でっかちな子に育たぬよう、くれぐれも注意した方がいいぞ。せっかくの才能も水の与え過ぎで枯らしてしまっては元も子も無い」
「その余裕ぶりも今のうちだ。私とテオドールの子が貴様の子よりも秀でていると必ず証明してみせよう、アイリスディーナ・ベルンハルト」
「それは私のセリフだよ、同志グレーテル・イェッケルン」
ふふふ、と両者が笑顔で睨み合う。互いに子を儲けてからというもの、この二人はずっとこんな調子だ。中隊に居た頃からして丁々発止のやり取りを繰り広げていた辺り、好敵手と呼ぶべきか何というか。いずれにしても双方の間に立つ身として、我が子を代理に妻同士がぶつかり合うのは実にヒヤヒヤさせられる。尤も彼女たちが本気でいがみ合っているわけじゃない、というのは勿論分かってはいるのだが。
「戻りました!」
とその時、玄関から元気な声がした。ようやく来たか。パタパタとリビングに姿を現した彼女を、一同が揃って出迎える。
「お帰りカティア。どうだった、検査結果は?」
テオドールのその問いに、照れながらも「えへへ」と満面の笑みを湛え、カティア・ヴァルトハイムは答えた。
「はいっ。結果は――」
この家にまた一つ、歓喜の花が咲いた。その幸せを、守り通したいと思ったものを、テオドールはこれからもずっと守り続けてゆく。
「……あっ、やぁっ。テオドールさんっ」
「ここ弱いもんな、カティア。そろそろか?」
「だめっ、ダメなんですっ。そこ、それされると私、我慢できなくなっちゃって……あぁあぁぁっ!」
カティアの背後に坐したテオドールが指先でぱたぱたと
「気にするな。後でちゃんと掃除するから、思いっきり出しちまえ」
「ああダメっ。力……入らなくて……もう出ちゃうっ、出ちゃ……あ、ああぁああ~~~……っ」
――しょわああぁぁ。
カティアの割れ目から噴き出る黄金色の液体。ベッドの端から放物線を描いて迸ったそれは、びちょびちょと音を立ててフローリングに降り注いだ。室内に漂う薄めたワインのような匂いがテオドールの劣情をくすぐる。しゅび、ちょろろっ、と体を震わせて放出を終えたカティアもまた、真っ赤な顔をとろとろに崩していた。
「あっ、あ、あ――もう、なんで毎回こんなことさせるんですかぁ……テオドールさんのヘンタイ……」
「だって、カティアと言えば『お漏らし』だろ? 初めは冗談のつもりだったけど、いざこういう関係になってからは本当に興奮するようになったっていうか」
指先で花弁を撫でてやると、「はうっ、」とカティアは息を詰まらせた。熱を持ったサラサラの液体ですっかりびしょ濡れになったそこをぐちょぐちょと、テオドールは揉み込むようにしてほぐしていく。
「皆さんにもバレちゃってるんですよぉ。『カティアちゃんは
「イヤか?」
「……イヤですけど……イヤじゃない、っていうか……」
ぼそぼそと呟きつつ、カティアがおもむろにこちらへ顔を向ける。
「……あなたにされるのは、ホント言うとその、すごく……ぞくぞくしますけど」
恥じらいを全開にしたその表情がたまらなく色っぽい。お礼を兼ねてキスをしてやると、カティアは喜ぶような困るような、複雑な形に顔の端々を歪めた。
「んむ、ちゅ――で、でも、出来たらこういうことはせめて、お風呂場でして欲しいです。部屋がおしっこくさいなんて皆さんに思われるの、色々堪えられないですし……うぅぅ」
「分かった、その辺はちゃんと考えておくよ」
「……こないだもそう言ってましたよ?」
「今度は本当だ。でもカティアが感じ過ぎて失禁するのはノーカンな。ただでさえ潮吹きしまくる体質なんだし」
「ひゃ! も、もおっ、言わないで下さいよおっ……!!」
まだ聖水の滲む秘所をティッシュで軽く拭き取って、それからテオドールはカティアを組み敷く。それまでの前戯のお陰で、花弁はすっかり粘り気の強い愛液に塗れていた。そこを肉竿で撫でつけ、テオドールは濡れそぼる膣口に亀頭の先を嵌め込ませる。
「それじゃ……今日こそ、作ろう」
「……はい。下さい、あなたの赤ちゃん」
今日辺りが排卵日。それを知っていて、二人は今宵の行為に及んでいた。もうすぐ二人目の出産を控えているアイリスディーナとは対照的に、なかなか子を授かれなかったカティア。彼女は当初から人一倍、テオドールの子を身籠ることを熱望していた。二人の愛の結晶となるその子がきっと、新しい時代の象徴になってくれる。そのことを信じて疑わぬかのように。
「愛してます、テオドールさん」
繋がり合う二人。愛を注ぎ、受け止める二人。後から振り返ってみるに、この夜カティアは新しい命をそのお腹に宿したのだった。テオドールが命を懸けても守りたいと思う、もう一つの存在を。