※この作品はR-18です。

ヒュプシュブリューメン ~可憐なる花たち~   作:ろっくLWK

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episode 7 護り抜く者 ― アネット・ホーゼンフェルト

 

 

「――んで、リィズに続いてファム姉までもがご懐妊、と」

 

 極めて冷ややかに、強化装備姿のアネットが揶揄めいた言葉を口にする。けれどそれが全くの事実である以上、テオドールに反論の余地などは無かった。

 昨日カティアから届いた手紙。それには妊娠八ヵ月になるリィズの順調な経過に加え、ファムの妊娠判明という吉報がしたためられていた。現在ファムは妊娠十週目。およそ半年差とは言え一度に二人の妻が身籠るというこの状況。おかげでエーベルバッハ家は今、ちょっとしたベビーブームの様相を呈していた。

 

「アンタってさぁ、奥手に見えるけどいざこうなったら手が早いっていうか、まんまオオカミだよね。ひょっとしてアンタが本物の人狼(ヴェアヴォルフ)なんじゃないのぉ?」

 

「バカ言うなよ。こういうのは授かりものって言うだろ」

 

「あーあれだよね、コウノトリ(クラァパゥシュトルヒ)が運んでくる~ってやつ」

 

「そうそれだ。つまり偶然っていうか、何というか」

 

「それなら仕方ないかー、ってそんなんで誤魔化せるワケ無いでしょ。アンタは真性(マジモン)のバカか」

 

 うぐ、とテオドールは喉を詰まらせる。『妻』として共に暮らす女を片っ端から孕ませているという事実は、傍から見れば色情狂と取られたって仕方ない。

 

「かは~。まあ誰と寝るかはアンタが決めることだしとやかくは言わないけど、リィズ一人ならともかくファム姉までデキちゃったのは痛いでしょー。めでたいことだから、ちゃんと祝福はしてるけどさぁ」

 

 彼女のぼやきの発端はそこにあった。交代交代に出産することで防衛任務になるべく穴を開けないようにしよう――そうした当初の約束は、中隊第二の要であったファムが産休状態に入ったことで完全に破綻してしまったとも言える。

 現在この新生666中隊に籍を置いているのは、隊長を務めるテオドールと副官代行のアネットの他、九名の衛士たち。リィズやカティア、グレーテルらは個々の事情により軍を離れているため、彼女たちを補充要員に当て込むことも出来ない。かつて中隊で共に戦っていたヴァルターたちも、今は他部隊に所属しその任地に就いている。こうした中で自分たちの家庭的事情が中隊そのものの体制に大きな影響を与えている、という事実は否定のしがたいことだ。

 

「とは言えだ、ヒヨッコ共も最初の頃に比べたら随分腕を上げてきてるし、BETAの侵攻も散発的で前みたいにギリギリって状況でもない。この海峡要塞基地群(ドーヴァー・コンプレックス)のお陰で防衛任務も遥かにやりやすい上に、国家人民軍(NVA)がカツカツでも欧州連合から補充要員も兵装も回ってくるしな。当面は何とかなるだろ」

 

「甘い。甘いよテオドール。アンタ全ッッ然分かってない」

 

 いつになく厳しい口調でアネットが咎めてくる。何をだよ? とテオドールは思わず訊ねてしまった。

 

「あたしが言ってんのは任務じゃなくて家のことよ。アイリスディーナの子育てがようやく落ち着いてきたなーって思った頃に、リィズとファム姉が立て続けに妊娠だよ? これから出産育児もしなくちゃだし、そん時にファム姉みたく手伝ってあげられる人がいない上にアイリスディーナだって早晩原隊復帰してくるワケでさ。一家の大黒柱としてどーするつもりか、って聞いてんの」

 

「あー、まあ、それは……」

 

 実のところ、それはテオドールも薄々懸念していたことだった。グレーテルには中央官僚としての務めがあるし、カティアもカティアで国際交流や定例会議への出席などで頻繁に家を空けることが多い。そうした現状、身重であるリィズやファムのフォローが出来るだけの余力など今のエーベルバッハ家には殆ど無いと言っていいのだ。

 

「まあ、あの時みたいに一次避難だの租借地への移住だのってことが無い分、まだあの二人はマシではあるけどさ。旦那のアンタだってこうして定期的に前線に出張らなきゃいけないんだし、いざ何かあった時にあの二人についててやれんの? 面倒見れんの? ってのがどうにも心配なのよ」

 

「……現状のままだと難しいだろうな」

 

「ハイ、じゃあそーゆーワケでとっとと結論。テオドール、アンタ上層部(うえ)に後方への転属願出しなさい」

 

「――は?」

 

 思わぬ角度から放られたアネットの提案。その意図が掴み切れず、テオドールはしばし瞠目する。

 

「おいおい、何を急にとんでもないこと言ってんだよ」

 

「急でも何でも無いってば。あたし前から言ってたでしょ、アンタいつまでも前線にいていいの、って」

 

「いや……その前にまず俺の話をだな、」

 

 食い下がろうとするテオドールだったが、されど取りつく島も無しとばかり、アネットがすたすたと先を行ってしまう。強化装備を脱ぐ暇も無いままにどうにか追いすがったその先は、兵舎にあるアネットの自室だった。

 

「ちょっと待てって。俺だって、後方に居ていいってんならそうしたい。でもさすがに前線防衛を放ったらかしてまで望むことじゃない筈だ。ここに万一のことがあったらロンドンは目と鼻の先、そこが堕ちたらセントジョージ海峡を挟んで新(ノイ)ベルリンとは500キロも離れてないんだ。あの惨劇を経験してる東ドイツ国民(おれたち)が最悪の事態を避けたいと思うのは、別におかしいことじゃないだろ」

 

 テオドールは必死に力説した。そう、今の自分には守りたいものが幾つもある。そしてそれを守るための力がこの手にある。一家の長たる責任以上に己の素直な欲求に基づくものとして、自らの果たすべき務めを放棄するなど到底容認できるものでは無い。

 

「だーかーら。あたしが言ってんのは、そのやり方は一つじゃないでしょってコトよ」

 

 アネットがようやく振り返り、逆にテオドールへつかつかと歩み寄る。

 

「アンタぐらいの腕っこきなら、後方で教導やりたいって言えばほぼ百パー通る。衛士の育成は東ドイツ(ウチ)の最重要課題なんだし、ここでちまちま自分トコのヒヨッコ育ててたって数が知れてるからね。アンタは人を教えるのにも向いてるし、教導隊から優秀なのをどんどん前線に送ってくれればこっちは何とかなる、って自信もあるしさ」

 

「だけど、もし俺が不在の状況で大規模侵攻でもあったらどうするんだ。いくら合同演習を通じて技術交換を進めてるとは言え、砲撃戦主体の西側連中は近接戦に慣れてない。俺たちの光線級吶喊(レーザーヤークト)だって、絶対必要になる場面が来る筈だ」

 

 BETAの脅威はこの身に沁みて知っている。加えて当初から敗色濃厚だった欧州戦線の現状は、遂に各国の首都機能までもが大陸外へ移設されることが決定してしまったほどだ。そのことを決して楽観視は出来ない。万に一つでも大量の光線(レーザー)属種の上陸を許してしまった場合、西側の戦術だけではこのドーヴァーの海峡で侵攻を食い止めることは極めて難しいだろう。

 それに欧州各国がここに一大防衛拠点を置くのは、必ずしも連合の中心である英国の首都・ロンドンを守るためだけではない。国民こそ先んじて諸外国へ退避させているものの、軍人の目線からすれば本当の最前線は未だユーラシアに置かれている。東ドイツにしたってそれは同じ。にも関わらず欧州の切り札たる自分たちの中隊が依然としてここドーヴァーに駐留しているのは、言わばこの地が現状の欧州にとって最大最後の絶対防衛線だからこそなのだ。

 

「アンタ、さっき自分で言ったのにもう忘れてんの? 今のウチらは東ドイツ単体じゃなくて、国連指揮下の欧州連合軍なんだよ。金や人手のかかる大規模な戦術も幅広く取れるし、何より海からのそのそ上がってくるBETAを片っ端から叩けるんだから、内陸戦と比べて格段に有利な条件で戦える。その中であたしらの光線級吶喊(レーザーヤークト)は、数ある選択肢のうちの一つ。あたしらが出なきゃどうにもならない状況続きだったあの頃とは違う」

 

「……む、」

 

 事も無げに述べてみせたアネットに、テオドールは沈黙を返すことしか出来ない。実際問題、彼女の言い分は全くその通りだった。

 西側の資源や技術を大量に投入できるここドーヴァーでは、かつて米軍のジョリー・ロジャースらが運用していたフェニックスミサイルや大軍勢を率いてのアクティヴ・ディフェンスといった贅沢な防衛戦術をふんだんに用いることが出来る。加えて85年の英国本土防衛戦後の翌年、つまり今年から建設を開始されたこの海峡要塞基地群(ドーヴァー・コンプレックス)は、現状未完成ながらも防衛と攻勢の両方に対応する拠点としては既に十分機能していると言える。だからと言って絶対に盤石とまでは断じられないものの、テオドールの危惧はあくまでもごくごく稀少なケースを想定したものであり、一般論としてはアネットの主張に大きく分があると言わざるを得ないだろう。

 

「尤も、ここが大規模BETA群の再上陸を許した上に戦線をロンドン以西にまで持ってかれる事態にでもなったら、その時にはこんなこと言ってられなくなるけどね。でもそうなった時があたしらの本当の出番、でしょ?」

 

「ああ、まあ……海中のBETAに光線級吶喊(レーザーヤークト)を仕掛けるわけにはいかないからな」

 

「だったら、ここでのあたしらの実質的な任務がヒヨッコ共の練兵と連合軍内での技術指導ぐらいしか無い、ってのはアンタなら分かってる筈だよ。それは『アンタにしか出来ないこと』じゃない。より危機的状況を想定するんならむしろ、BETAがフランス西部(ブルターニュ)を経由して直接アイルランドに乗り込んでくることの方がずっと最悪で、絶望的よ」

 

 ――その可能性は、確かに無いわけでは無い。BETAに海洋移動能力があることが明らかとなった今、連中と人類の支配地域が海で仕切られていることは何の安全保障にもなりはしないのだ。まして現在の東ドイツの中核を成す新(ノイ)ベルリンの他、西ドイツを含む多数の租借国を擁するアイルランドの総合的な防衛力は、良く見積もってもこのドーヴァーの何分の一か程度。そこへもしもかつてのようなBETA大規模侵攻が直撃すれば、遅れてドーヴァーから派遣される欧州戦線のバックアップなど到底間に合わないことだろう。

 

「そん時にアンタがいち早く教導隊を率いて本土防衛で立ち回れるか、それともこの基地から数人のヒヨッコ連れてのこのこ出撃するかじゃ、結果は月とスッポンってぐらい変わる。欧州連合なんてどんだけ言ってたって、結局あたしらの国はあたしらで守んなくちゃいけないんだよ。だったらそのためにアンタにしか出来ないことをやるのがアンタの役目。――じゃない?」

 

「……アネット」

 

「お願いだから分かってよテオドール。あたしだって心配なんだよ。アイリスやカティアやリィズ、ファム姉にグレーテル……みんなの子供たち。せっかくみんなで掴んだ幸せなのに、それをまた何かに壊されるのなんて、あたしは耐えられない」

 

「それは……俺だってそうだ」

 

「だったらアンタがみんなを、東ドイツを守って。人を教えるのに向いてないあたしじゃ、その役目は出来ない。でもアンタが育てた衛士がこっちに回ってくれば十分戦えるし、そいつらにここを任せてあたしが本土に戻ることだって出来る。そしたらあたしらの前線はドーヴァー(ここ)じゃなくアイルランド、つまりみんなのすぐ傍になるのよ」

 

「あ――」

 

 ただただ絶句するテオドールは、けれど同時に感心もしていた。あのアネットがここまで物事を論理立てて考えられるようになるなんて。勿論それは東ドイツでの激戦を生き延び、それ以後も戦い続ける日々を通じて彼女が衛士として成長してきたからこそだろう。けれどその思索の深さは、彼女と同等かそれ以上の戦火を潜り抜けてきたと自負するテオドールですら圧倒されるほどのものがあった。

 自分は少し近視眼に陥り過ぎていたのかも知れない。守るための方法は、必ずしも自分が武器を手に取って戦う事だけでは無いのだ。後方で尽力を続けるグレーテルやカティアがそうしているように。それをテオドールは今回、改めてアネットに教えられたような心持ちだった。

 

「分かった、今回は俺の負けだ。――この任務が明けたらさっそく上層部に転属伺いを立ててみる」

 

 テオドールがそう言うと、アネットは少し間を置いた後、「っはぁー!」と大きな溜め息を吐いた。

 

「ようやく分かってくれたぁ。ったく、こういう時に頑固者は困るよ。アイリスならもっとスマートにアンタのこと納得させてやれたんだろうけど」

 

「まぁ、あいつはいろいろ特別製だからな。でもお前の言う通りだ。アイリスやみんなに頼ってばかりじゃなく、俺がもっと頭使って何をどうすべきか考えないとだよな」

 

「そーゆーコトだよ! やっといつものテオドールらしくなってきたじゃん」

 

 にひひ、とアネットが快活な笑みを浮かべる。それをこんなにも頼もしいと思うことも随分久しぶりの事のような気がした。

 

「そうと決まれば残り一週間、張り切って任務をこなさないとな。時間取らせて悪かった。また俺がおかしなこと言ってたら、今みたいにガツンとやってくれ」

 

「あっ、ちょ――テオドールっ」

 

 心機一転、という勢いそのままに部屋を出ようとしたところをアネットに呼び止められ、「何だ?」とテオドールは振り返る。

 

「あと、えっとその、……今夜は、いらない?」

 

 ――その一言でピンと来た。開きかけたドアを再び閉め、テオドールはアネットに向き直る。

 

「今日も、いいのか?」

 

「う、うん。言ったでしょ、前線に来てるときはあたしがアンタの相手したげるって。……まあ、してもらうのはあたしもなんだけど」

 

「ムラムラきてんのか?」

 

「そういう言い方しないでよっ! でも何ていうか、ファム姉も赤ちゃん出来ちゃったんだーって思ったら、あたしまでちょっと疼いちゃった……みたいな」

 

「そうか、奇遇だな。――実は俺もだ」

 

「……あは。アンタってさ、普段は淡泊そうな顔してるクセして、けっこうヘンタイっぽいとこあるよね」

 

「らしいな。アイリスやファム姉にも似たようなことを言われた。……けど、しょうがないだろ」

 

 愛する女が自分の子を身籠る。それには他に例えようのない達成感、もしくは征服欲の充足とでも呼ぶべき満ち足りた感情を覚えてしまう。その過程で自分が成したことの意味を考えると、生命の神秘というものをどうしても意識せずにおれない。雄と雌が情を交わし、快感と共に精を放ち、それを受け止めた胎内が新しい命を宿す。連綿と紡がれる命の営み。その実に良く出来たカラクリの妙を思う時、自ずと欲求が高まってしまうのもきっと、より多くの遺伝子を残さんとする男の性というものなのだろう。

 

「じゃあ後でココ来て。あたし着替えてシャワー浴びてくるから――」

 

「いい」

 

「へ? いいって……あ、」

 

 そそくさと部屋を出ようとしたアネットの手首を掴み、スルリとこちらへ引き寄せる。こういうのも昔はなかなかスムーズに出来なかったが、女の扱いに慣れた今となっては造作も無いことだ。

 

「今日は任務後報告(デブリーフィング)も終わって後は自由時間だし、どうせ終わった後にまたシャワー浴びたくなるだろ? だったら時間の節約を兼ねて、このまましようぜ」

 

「このまま……って、強化装備で!? 汗かいてんのに?」

 

「俺はそんなの気にしない。むしろちょっと汗くさいぐらいの方が、却って興奮するだろ?」

 

「――アンタって、やっぱヘンタイ」

 

 悪態をつきながらも、アネットが求めるように身をすり寄せてくる。そのまま顎を取ってクイとこちらに向けると、やがてそっと瞳を閉じたアネットは従順な態度で唇を差し出した。

 

「んっ……」

 

 ぴちゅ、と重なり合う唇。こう見えて……というのも失礼かも知れないが、一旦スイッチの入ったアネットは性的な行為に対してやたらと貪欲だ。唇を啄むようにキスを浴びせるうち、やがて彼女の方から舌を伸ばし、テオドールの口腔侵略を開始してきた。

 

「ぅむ、あふ、ちゅっ、ちゅく……んん、あふ、ぷちゅぅぅ……」

 

 長い長いキスの時間。気付けばアネットはこちらの首に手を回し、しがみつくようにして無心に唇を貪っていた。彼女をベッドに座らせたテオドールは、やわりと彼女の胸に手を添える。強化装備の保護被膜に覆われたその胸はギュウギュウと、突っ張った音と感触を手のひらに返した。

 

「ん……やっぱ強化装備の上からだと、何かヘンな感じ……」

 

「ヘンって、具体的にどういうことだ?」

 

「ラップの上から触られてるっていうか、胸が厚ぼったい感じ。ん~~っ、やっぱ窮屈だよぉ。せめて脱がさして、ねっ」

 

 確かに、このままの恰好で行為に至るという訳にはいかなかった。衛士の強化装備は首下からつま先までをひとつなぎの保護被膜でびっしりと覆っている。となればどこかの段階でどのみち互いに強化装備を脱がなければならない。――だからという訳ではないのだが、ふとテオドールは一つの悪だくみを思いつく。

 

「分かった。――じゃ、こういうのはどうだ?」

 

「えっ、な、何? ……あっ!」

 

 キョトンとするアネットの虚をついて、テオドールは彼女の胸元にある赤いボタンをグイと押し込んだ。途端、彼女の纏う保護被膜がぐしゅぐしゅと音を立てて軟化してゆく。緊急対応時のためのレスキューボタン。これをひと押しするだけで45口径弾や刃物にも耐える防御性を誇る保護被膜はあっという間に溶解し、負傷箇所の手当てや即時脱衣を可能とするのである。

 

「こらぁ、何してんのよ~! こんなことしたら後であたしが大目玉食らうでしょうがぁっ!!」

 

「心配すんな。どうせ十回と持たず廃棄(おじゃん)になるような消耗品なんだし、その辺は俺が中隊長権限ってヤツでどうとでも書き換えておくさ。――それに、俺もこうすれば、」

 

 続けてテオドールは自分の胸にあるレスキューボタンも押下した。アネットの時と同様、ぐしゅぐしゅと溶解する保護被膜。それを手で引き裂くと己の身体の前面が露わになり、下腹部の急所をカバーしていたハードプレートがカランと床に転げ落ちた。

 

「ほら、これでおあいこだ」

 

「……アンタって時々、ホンット信じらんないことするよね」

 

「冴えてるだろ?」

 

「悪知恵が働く、っていう方が近い気がするけどー?」

 

 呆れるアネットの冷たい視線をスルーしつつ、テオドールは彼女の胸に再び手を這わせる。分解剤に溶かされた保護被膜は脆く、小ぶりながらも形の良い乳房をまさぐるうちにびりびりと剥がれ落ちてゆく。

 

「んっ、あ……ところでさ、先月の話なんだけど」

 

「先月?」

 

「そう、アンタが今回の当番に入るちょっと前ぐらい」

 

 テオドールの愛撫を受けながら、アネットが益体もない話をし始める。照れ隠しなのか何なのか、前戯の際にはこうして日常会話を交わしながら……というのが彼女との行為における通例となっていた。

 

「そん時ちょうど西ドイツ軍との合同演習があって。でね、その演習中に『フッケバイン』のキルケに会ったのよ。覚えてる? あのクソ生意気な女衛士」

 

「あ、ああ。勿論覚えてる」

 

 少々どぎまぎしつつも、テオドールは努めて平静を装う。キルケ・シュタインホフ。西ドイツの衛士であり、旧大戦の英雄を祖父に持つ女傑。略歴だけを見ればカティアのそれにも通ずるものを有する彼女は、東側の人間であるテオドールたちとも『海王星(ネプトゥーン)作戦』やベルリン防衛戦など数多くの戦いを共にした、まさしく戦友の間柄だった。……だが彼女とテオドールとの関係は、実はそれだけに留まらない。

 

「ここしばらく会ってなかったが、そうか、まだ軍にいたんだな。何か話はしたのか?」

 

「話なんてもんじゃないよ。あ~、思い出しただけでもムカついてくる。東は相変わらずなのね~だの、ちょっとは西に歩調を合わせてくれないかしら~だの、もう言いたい放題。相変わらずなのはどっちよ」

 

「はは。まぁその分ならキルケも元気そうで、何よりだ」

 

 アネットの乳房を揉みながら彼女と会話を合わせる。本人は他と比較してその大きさを気にしているらしかったが、元が小柄な彼女の体躯からすれば十分なボリュームがあると言って良い、とテオドールは常々思っていた。薄い緋色の乳首をねろりと口に含んでやると「んッ――」と一瞬アネットから喘ぎの吐息がこぼれ出る。

 

「それでさ~、こっからが本題なんだけど!」

 

「何かあったのか?」

 

「アイツ、ここ何年か見かけなかったじゃん? あたしはてっきり退役したか戦死したかー、って思ってたんだけど」

 

 こらこら、とテオドールはアネットを窘める。本気で言っている訳でないのは分かるが、このご時世そういった発言は割とシャレにならない。

 

「アイツ今、子供いるんだってさ。それでここしばらく育児に専念してたんだって」

 

 ――え? テオドールの心臓がドキリと跳ねる。そうなのか。それは安堵と動揺とほんの少しの寂寥がない交ぜになった、とても複雑な心境だった。

 

「……あいつも家庭を持ったんだな。それで、子供のことは聞いたのか?」

 

「ん~、あんまり。自慢するそぶりでも無くて、写真の一つも見せなかったし。あ、けど二歳の男の子だって言ってたよ」

 

「二歳……じゃあ生まれたのは旧ベルリン陥落の翌年、ユルゲンとほぼ同い年か」

 

 テオドールは過去の記憶を振り返る。旧ベルリン陥落。それは遠い昔のことのようであり、しかし今でも鮮明に脳裏へと灼き付けられた光景だった。

 

 

*

 

 

 あの時期は本当に悲惨だった。オーデル・ナイセ絶対防衛線が完全に破綻し、今後の作戦展開においてBETAのベルリン侵攻が避けられないと分かったあの日、東西ドイツ両政府は全国民のフランスへの一次避難を決定した。

 有事の際に備えて事前に仮約定を交わしていたアイルランドまで、フランスから北と西の複数ルートを経由しての大規模避難計画。その中には当時妊娠中だったアイリスディーナや既に戦線を離れていたグレーテルとカティア、それに治療中のファムやリィズも居た。彼女たちを守るため、テオドールはアネットやキルケらと共に限られた戦力で大規模BETA群の侵攻を極力遅滞させる、という絶望的な作戦に繰り出したのだった。

 

『――これで私たちも、もうおしまいかもね』

 

 最後の出撃前。テオドールの自室を訪れたキルケとの会話は、まずその一言から始まった。

 

『いくら私たちが歴戦の勇士だって言っても、この戦いは文字通り命を削る戦いになる。それでも私たちは、例えここで死ぬことになっても、東西ドイツの人々を一人でも多く生かさなくちゃ』

 

 テオドールは黙って頷いた。ここで自分たちがBETAのベルリン侵攻を許せば、逃げ遅れた東西ドイツの国民が犠牲になる。それも何百万という単位で。その中には自分の、自分たちの愛する人もいるのだ。従って全国民の避難が完了するまでは何があっても絶対に、BETA共をここより後方へ踏み入れさせるわけにはいかない。

 

『ねえエーベルバッハ。貴方には今、守るべきものがあるのよね』

 

『……ああ』

 

『そのためになら命を懸けられる?』

 

『勿論だ。そして、ここで死ぬつもりもない』

 

 テオドールには生涯を賭しても守らねばならないものがあった。それを成し遂げるために、この命は簡単に投げ捨てていいものではない。その意味でも今回の大規模遅滞戦は大義と私情を両立するための、極めて重要な戦いとなる。全てを満たすことがどれほど難しかろうとも、いかに低確率であろうとも、テオドールはそれを諦めるわけにはいかなかった。

 

『そう。……それなら私にもちょうだい』

 

 何を? そう訊ねようとしたテオドールの口を、キルケの柔らかい唇がそっと塞いだ。

 

『……命懸けでも守りたいと思えるものを。私が想いを寄せる貴方の情けを、この私に』

 

 

*

 

 

 あの一夜の交わりを最後にキルケとはずっと会っていない。この事実をテオドールは今日に至るまで、アイリスも含め誰にも話してはいなかった。それが浮気に相当する行為だから……という訳では決して無い。当時の自分たちの目的は東西両国民を一人でも多く生かすこと。それを遂げるには今ここでキルケの想いに応えることが最良。あの時あの場でそう判断すればこそ、テオドールは迷うことなく彼女を抱いたのだった。かつて部隊全員に疑われたリィズの求めに応じて彼女を抱いたのと同じように。

 無論、だからと言って彼女に一片の情も抱いていなかったという事も無い。作戦を成功させた後のキルケが自分たちと同じように撤退し、転戦を繰り返しながらアイルランドまで無事逃げ延びた――という事までは軍の照会情報で確認し、こっそりと胸を撫で下ろしてもいた。

 

「キルケもいい男を見つけたんだな。で、旦那はどんなヤツだって?」

 

「ううん、旦那はいないんだって」

 

 は? 思いがけぬ返答のせいで、テオドールの目が点になる。

 

「旦那がいない、ってどういうことだよ。相手が軍人で結婚前に討ち死にしたとか、そういう話か?」

 

「それがさぁアイツ、ワケ分かんないことばっか言うのよ。『父親のことを喋るわけにはいかない』とか、『そもそも結婚はおろか誰とも付き合ってないし別れてもいない』とか何とかさ」

 

 テオドールはしばし呼吸を忘れていた。代々軍に貢献してきた家系であるキルケの家は一般的に言うところの名家と呼んで良い。となれば当然、彼女の身籠る子が私生児であるなどという事態はその家柄が許さない筈だ。それなのに旦那も恋人もなくしてキルケが身籠り子を産んだというのは、それは、まさか。

 

『――んっ、あ、……ふぅん、そんな風におっぱい弄るんだ。手慣れてる感じがして、何だかすごくエッチ』

 

『やぁぁぁっ、これが、男の人の……っ。太くて逞しくて、まるで貴方みたい……っ!』

 

『ああっいいっ! キスと一緒にお尻もみもみされながら突かれるの、気持ち良すぎて脳みそ弾けちゃうぅっ! お願いテオドール、そのまま出して……中に出してぇぇぇえぇっっ!!』

 

 キルケと関係したのは本当にただその一度きり。そのたった一度で……というのは確率論的に考えにくいことだがしかし、今にして思えば死線を前にした高揚感も手伝って避妊も何もしていなかったわけであり、確率上ゼロでない以上はそ(・)う(・)で(・)あ(・)る(・)と思わざるを得ない。よくよく考えれば時期も符合している。次から次へと浮上してきた様々な傍証はむしろ、彼女の子がそ(・)う(・)で(・)は(・)無(・)い(・)可能性を見繕うことの難しさをテオドールの脳裏に訴えかけていた。

 

「ほ、他に何か言ってなかったか?」

 

「別に何にも。――あぁ、そう言やアイツってば、何でか知らないけどしきりにアンタに会いたがってたよ。合同演習終わったらすぐ国に帰るけど、機会があれば時間作って戦友と語り合いたいわーって。勿論、そんなのあたしがアンタに代わってキッパリ断っといてやったけどさ」

 

「……そうか」

 

 これはどうにも、キルケとは一度会って話をする必要がありそうだ。それもじっくりと。まだ漠然とした予感でしかないものの、そう遠くないうちにアイリスやリィズから『テオドール~』『お兄ちゃ~ん』とジト目で責められることになりそうな予感に苛まれ、テオドールはずきずきと痛む胃を密かに撫でさするばかりだった。

 

「――ん、あっ。そろそろ準備、いいかも」

 

 などと考えているうちにいつの間にか、半ば無意識のままに進めていた愛撫はアネットを十分に濡らすところまで辿り着いていたらしい。破けた保護被膜の奥に見える花弁からもツウと透明な愛液が垂れている。このまま挿れてしまいたいのは山々だが、この上アネットまで産休入りというのはさすがに拙(まず)い。ここでしくじったら自分は、それこそ人狼(ヴェアヴォルフ)もいいところだ。

 テオドールはベッドの枕元に用意されていた正方形の包装を手に取って千切り、ウォッチキャップのような形をしたラテックス製の避妊具(コンドーム)を慎重な手つきでくるくると肉竿に巻き付ける。全貌を覆った文字通りの保護被膜(スキン)はパツパツで、今にも張り裂けそうですらあった。

 

「それじゃ、行くぞ」

 

「うんっ、来てぇ……テオドールぅ……」

 

 ずぶずぶと肉竿を挿入すると、アネットの柔らかなひだひだがテオドールを出迎えてくれた。彼女の膣内は実にむっちりとしていて、収縮無しでも隙間を感じさせない密着感に優れている。その感触を例えるならば、蜂蜜を塗りたくったふわふわのマシュマロに包まれるようなものだ。リィズのそれとは別の意味で名器。避妊具のせいで生の感触を味わえないのが、返す返すも口惜しい。そこを舐るように腰をグラインドさせると、肉竿に引きずられたアネットの身体が面白いほど容易く上下に動く。

 

「あァっ、やぁんっ。今日テオドール、うごき、はげしい……っ」

 

「悪い。今夜はちょっと、抑えが利かないかもだっ」

 

「そんなにファム姉の懐妊(おめでた)でコーフンしちゃってんの? ふふ……」

 

 それもあるし、先述のキルケのこともある。ほんの少しの罪悪感と、それを補って余りある男としての自信。それを意識すればするほどますますいきり立ってしまう。今宵は性欲解消の一発だけでは済みそうにない。そんな予感を胸に抱きつつ、テオドールは腰の前後運動を加速させていった。

 

「んあっ、あっあっ、はぁあっ、はぁ、あああ~~~っ!」

 

 口の端から涎を垂らしてだらしなく喘ぐアネット。その乳房に唇をすり寄せ、赤く膨れた乳首をぴちゅぴちゅと啄む。快感を受けて鋭敏に反応する媚肉に竿をきつく締められるのがまた気持ち良くて、開きっ放しの尿道口から先走りが垂れまくりなのが見るまでもなく分かるほどだ。

 

「はっ、はあ、はあ、ねえテオドールぅぅっ。おく、疼いてるの。アンタの硬いペニスで、ずこずこって、してっ」

 

「分かった。ここだな、お前の欲しいトコ」

 

「んやぁぁぁあ、それ、それっ。背中にジンジン響いて、すごくいいっ……!」

 

 細い肩を掴んで最奥まで亀頭をねじ込むと、アネットは快感に大きく身を震わせた。竿の根元までみちゅりと埋め尽くす粘膜の感触がテオドールにも強烈な官能と興奮をもたらす。ぱんぱん、と打ち付ける腰を高鳴りさせる度、互いの性感は階段をせり上がるかの如く高まっていった。

 

「て、テオドールぅ……だめぇ、声出ちゃう。周りの部屋に、あたしのはしたない声、聞こえちゃうよぉおぉ~~っ!」

 

「だったら聞かせてやればいいさ。あの同志ホーゼンフェルトがこんなに乱れるなんて、ってさ」

 

「やだぁ、やだぁ! こんな声、アンタ以外に聞かせたくないぃ。こんな感じてるトコ、アンタ以外に見せたくないのぉ! んあ、あ、はぁぁぁあぁん……! あ、ああぁあぁ~~ッッ!」

 

 その言とはまるで裏腹に、だんだん声量を大きくするアネット。ギシギシとベッドを軋ませながら、テオドールは己の抽挿で淫らによがる彼女の痴態をひたすらに愛で続けた。髪を撫でてキスを注ぎ、胸を揉みしだいて乳首を摘まむ。片方のふとももを持ち上げて腰をぐりんと90度横へ捻らせると、さっきまでとはまた異なる挿入感を得たアネットの身体がびくびくと痙攣を始めた。

 

「あうんっ! あ、このカッコ、ずりゅずりゅって奥までくるっ。はぁ、はっ、はっ……あ、ダメもうあたし、イっちゃうかもっ」

 

「俺もそろそろだアネットっ。中と外、どっちがいい?」

 

「中でっ。プクーってなるの欲しいっ。あれ気持ちいいのぉぉっ」

 

「分かった。それじゃこのままいくぞっ」

 

「あんっ、あっ、うやぁっ。ん、あ、テオドールっ、それしながら胸揉むのだめっ。感じすぎるから、だめだってばぁっ!」

 

 乳房をぎゅうっと鷲掴みにし、近付く絶頂を感じながら痺れる肉竿をアネットの最奥に穿つ。アネットはもはや完全に視線を宙に泳がせよがり狂っていた。貪欲なくせに性感にはからきし弱いのもまた彼女の可愛いところだ。

 

「んぁぁ、イク、イク、おねがいテオドールっ、早くプクーって、プクーってしてっ。あれでイクの、いちばん気持ちいいからぁぁあっ。あ、あ、あ、あっ、あああぁぁあぁぁあ……!」

 

「アネットっ……――っうぁ、」

 

 どくん、と亀頭の先から快感の塊が迸る。薄膜一枚を隔ててぶくぶくと膨れ上がる感触を受け、アネットが最後の啼泣を部屋いっぱいに響かせた。

 

「あっあっあ、くぁあぁぁぁあ~~~……っ!! ……あぁ、すご。奥んトコで、アンタの、ぷにぷにいってる……」

 

 ぜえぜえと息を涸らしつつ、アネットが満足げに顔を綻ばせる。ひとしきり射精を終えて肉竿を引き抜くと、避妊具(コンドーム)の先端に設けられた袋状の精液溜まりには、大粒のビー玉かと見紛うほど大量な白濁液がとぷりとたゆたっていた。

 

「……うっわ~、ホント何回見てもヤバいくらい出るよねぇ、アンタの精液(ザーメン)。こんだけ大量に出されたらそりゃあ、危険日なら一発だわ」

 

 這いずるように近寄ってきたアネットが避妊具(コンドーム)をずるりと引き剥がす。周辺へ広がる精漿の青臭さと避妊具(コンドーム)特有のゴム臭さ。窮屈さから解放された肉竿は未だビクビクと、快感の余韻に浸っていた。

 

「じっとしてな。あたしがおそーじしてあげるから……ん、ちゅく、」

 

 アネットは唇を寄せて亀頭をひと舐めし、それから白濁まみれの肉竿を口いっぱいに頬張った。ぬめぬめとうねる舌に裏筋をこすられ、その快感のせいで竿の中に残っていた精の残滓がぴゅるぴゅると彼女の口腔へ飛び出す。それがひとしきり収まるまで、事後の口淫はしばらくの間続けられた。

 

「――ん、じゅぽ、ずりゅりゅぅっ。……ハイおしまい。そんじゃいつも通り、よろしくね」

 

「ああ」

 

 アネットを膝の上へと跨がせて、テオドールは彼女の身体にねんごろな愛撫を施していく。アネットは何故か本番よりも後戯の方に精神的満足を覚える性質らしく、本番の後にはこうして濃密な愛撫をねだってくるのが半ば通例となっていた。時にはそのまま二回戦、三回戦へと発展してしまうこともあるのだが、自分とアネットの覚めやらぬ興奮ぶりから察するに、恐らくは今夜もそのパターンとなることだろう。

 

「ぅん、ふぅ、ああっ、気持ちいぃ……んふ。何か今日のテオドール、やさし」

 

「何だよ。それじゃまるでいつもは違うみたいじゃないか」

 

「普段のアンタはもっと激しいっていうか、こう、好き放題弄くり回すって感じだもん。まあ、それはそれで嫌いじゃないけどさぁ」

 

「だったら次はそうしてみるか?」

 

「んー。別にしたかったらしてもいいけど、どっちかって言ったらあたしは今みたいなのがいいかな。テオドールのこと好きー! って気持ち、いっぱい感じられるから」

 

「……アネット」

 

「あは、今のはあたしの愛の告白。……んぁっ、こら、ソコにペニス擦っちゃだめだってばぁ。愛汁(カウパー)にだって精子含まれてるんだし、出来ちゃっても知らないよ」

 

 アネットが腰をよじって花弁からテオドールの肉竿を引き離す。一見すればまるで妊娠を嫌がるかのような反応だが、けれど実のところはそうでは無い。たまに生でする時、彼女が普段以上に感じ入って悦んでいるのを、テオドールはとうに見抜いていた。

 

「なあアネット。ごめんな」

 

「うぇ? どしたの急に」

 

「ずっと待たせっ放しで。お前との約束を果たせるまであとちょっとだから、それまで辛抱しててくれ」

 

「……うん。あたしは大丈夫。今はこうしてテオドールに愛されるだけで、十分幸せだし」

 

 アネットの乳房をしゃぶるテオドールの頭を、彼女は愛おしそうな手つきでギュウと抱き締めた。

 

「アンタの赤ちゃん作る日を楽しみに、あたしいっぱい戦うから」

 

 いつかはその願望を叶えてやりたい。そんな思いでテオドールもまた、アネットの背中を強く抱き締める。

 

「ところでさ、このまま二回目するのはいいとして」

 

「どうした?」

 

「アンタこの後、どうやって自分の部屋に帰るつもり?」

 

「…………あ、」

 

 ひゅるる、と密室の筈の部屋にからっ風が吹くような錯覚。強化装備をダメにしてしまった現状、この部屋には自分の着替えとなりそうなものは何も無かった。結局その夜、皆が寝静まる頃合いになってようやくアネットの部屋を出たテオドールは誰にも出くわさぬよう神経を尖らせつつ、前をしっかり手で覆って自分の部屋まで戻ることを余儀なくされたのだった。

 

 

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