※
各々の話をパズルのように出していきます。
複数強姦や、虐待、虐め、拷問、スカトロ要素、吸血鬼のグロ、痛々しいエロ描写も出てきます。
一応、愛はありますが、ヤンデレ的なツラいオチがいくつか出る予定です。
エロは予告無しに入ります。
私的には、トゥルーエンド、ハッピーエンド又はメリーバットエンドです。
うわ、死んだ!とかなるので苦手な人は、お勧めできません。
1、意馬心猿 前編
先生は、ネタにつまると、すぐに水の中に入りたがる。
*
照り照りとした強い日光が体を照らす。女は麦わら帽子を少し傾けて海を見た。光を反射して青い海が輝いている。
「先生、もうすぐ着きますね」
甲板上でたなびく赤銅色の髪を抑えつけながら女は呟いた。甲板上の手すりに両肘をかけて、ぼんやりと海を眺めていた先生と呼ばれた男は声に反応してグルリッと体を動かし女を見る。女の一本結びの太い三つ編み、風に煽られて、まとめからばらつく赤銅色の毛。
「その感じ、いいね。好きだなぁ僕は……」
目尻にある深い隈が笑顔と共に緩む。その途端、男は背にしていた手すり側に体重をかけ、海に身を投げ出した。
ガシリッ!
寸前の所で女は先生を捕まえていた。動く船、甲板上の手すりから海下までの距離は約三十メートルもある。普通なら自殺行為だ。
先生は残念そうにため息を吐く。女もまた疲れた様子でため息を吐いた。
「……もう、何度目ですか」
「……さぁ」
苦笑いを浮かべる先生、目尻の隈も一緒に歪んだ。
「あの港街についたら、とりあえず海に入るという約束は守ります、だからこんな所で入ろうとしないでください」
「海は癒やしだよねえ……」
蚊の鳴くような声で呟く先生。
「……もう、今だけ眺めるのは止めて部屋で休んだらどうですか。あと一時間は寝れるはずです」
先生の淡い灰色の瞳がキョロリと女に向けられる。
「……昔はね、その街は色々な名前で呼ばれていたんだ」
「先生……」
女の説得を無視して先生はものを語り出す。さっきから、それの繰り返しだ。そして隙を狙ってか無意識か、海に飛び込もうとする。まったくもって、こんな海の真ん中で飛び込むなど、たまったものではない。
***
一週間ほど前、先生がネタにつまり仕事部屋から逃げ出すという恒例事件が起きた。担当編集者として先生の原稿を手に入れなければいけない私は、いつも通り先生を探す。私は長年の慣れで先生がこの日の天候や気温なら、どこにどの場所を好むか理解しているつもりだ。
今日の天候なら簡単に予想がつく。やはり先生は裏山の小滝下の水の中にいた。ただ状況は、いつもと少し違った。そこには見かけない恋人達がいたのだ。
足首までを水に浸けて岩上に座る少女と服を着たままびしょ濡れの先生と、のんびり話す背の高い青年。
――……先生が、まともに誰かと喋るなんて珍しい……
恋人二人と目が合った私は会釈する。彼らは愛想のよい笑顔を返してくれた。二人は旅人のようで、可愛らしい少女が大きな写真機をぶら下げて此処は素敵な所だと喜んでいた。少女にそう褒められて私は少し嬉しくなった。多少、隠れたこの秘密スポットを彼らが見つけ出したことは疑問だったが喜ぶ様を見ていたら、そんなものどうでもよくなった。
そして、その日の夜だ。先生が海に行きたいと言ったのは。否、懇願じみた様になったのは。
どうやら原因は、その二人と出会ったことらしい。本来なら小説原稿を上げなきゃいけない今、他の地方に行くなどできるはすがない。けれど、なぜだろう、その懇願は胸が締め付けられて不思議と私は反対ができなかった。
受け入れてしまったのなら後はこちらの力量次第だ。上とかけあい頭を下げ説得する。『今は酷いスランプ状態で場所を気分転換をしなければ先生は書けない』などと理由を連ねて、今にいたる。
あのカップルが紹介してくれた小型の別荘地に滞在し原稿を仕上げることになったのだが、先生は今だにネタを思いつかないらしい。目の下に黒く深い隈をためる程に悩んでいる。正直、寝てくれないと先生の身体が心配だ。ただでさえ儚い容姿なのに隈や身体のフラつきで拍車をかけている。
「……セイラー、マラン、マリナーヨ、ゼーマン、マリネロ、マリャーク、ナウタ、ナフティス、バッハール、シュイショウ……」
「……? 先生……それは、何かの呪文ですか……?」
戸惑い気味に呟くと夢現といった感じでこちらを見る先生。儚く笑う。ハッとして、先生の手を掴む。また飛び込むと思ったからだ。でも違ったらしい。先生はいつものように苦笑いを浮かべなかった。こちらを静かに見上げる。淡い灰色の瞳が。
「……あっすみません……」
身体に流れる血の温度が急激に上がった様な気がした。慌てて手を離そうとする。けれど先生は儚い様からは想像できない力で手を離してくれない。
「……先生?」
「……船乗り」
「えっ」
私の手を引いて甲板上をのんびり歩く先生。戸惑いながらついて行く。船の前方部につくと先生は眼前に広がる海をまた眺めた。
「あの、先生……手を……」
キョロリと視線をこちらに向ける先生。
「あの街は昔、船乗りばかりがいる小さな町だったんだ」
「あのっ」
「だから各自の地方から船乗りと呼ばれていた」
話を続けて手を離す様子のない先生。
困った。
こんな行動をとられるとは思いもよらなくて少々辟易してしまう。だって、あたらから見たらこんなの、まるで恋人同士じゃないか。
並んだ荷物の低い木箱上に座る先生。私も促されるように隣の木箱に座り手すりに背をもたれる。小さく、ため息を吐いた。
「でも、町から街になる時、現当主は街の名を船乗りとはつけなかった」
「……なぜなんですか」
時間が経てば離すだろうと諦めて私は話に聞き入ることにした。
「それは彼なりの謝罪や償いか……思いやりや愛情か……」
先生が空いている右手で小さな鞄状の腰ポケットから細い葉巻を取り出す。風向きは私側から前方先に流れているので、こちらに煙は流れてこないだろう。吸わない私への配慮で、どうやら先生は前方にきたらしい。先生は繋いだ左手を離すことなく右手でライターをカチカチと鳴らす。だが風で上手くいかない。
帆がピンと張って船を圧している様から、風がひどく強いことがはかれた。私は苦戦している先生を少しばかり眺めて、自分の空いている片手を自分の頭上に当てる。いつの間にか脱げて首に繋がっている紐でなんとかもち堪えている麦わら帽子を取ると、それにかざした。少しばかりの風避けになるはずだ。
優し気な視線と合う。先生は目を細めて頬を緩ますと口に加えた葉巻に火をつけた。前方先に流れていく煙りは太陽の光に照らされ、すぐに散乱した。
***
巨大港街ハラシーフ。街の造りは緩やかなカーブ状に斜め上えと伸びているもので広い谷土地を使い切り崩された街の様は少々独特風情があり観光名所としても人気が高い。港市場には新鮮な魚貝類などが並び海の潮に混ざって屋台からもれる美味しそうな香りが胃をくすぐる。
貸出別荘の玄関口からも、それは感じ唾液を口内に感じた。
「説明は以上です」
くすんだ亜麻色の髪をした男が愛想よく、そう私達に言葉を向け。先生は心ここにあらずといった感じで男に視線を向ける事なく玄関内に座り靴箱に肩を預け、ぼんやりと海を眺めている。私は先生のサポート役でもあるので説明を確りと耳に入れ男に頭を下げた。
「はい、丁寧にありがとうございます。それじゃあ……しばらくお世話になりますね」
男は、サングラスをかけたまま微笑むと一度会釈して離れていった。胸の名札には責任者と書かれていたから、きっと忙しいだろうに、なんとも丁寧な接客態度だった。
「ふふ。良いところを紹介されましたね、せん……」
嬉しくなりながら振り向くと先生は上半身の上着を脱いで下半身に手をかけている所で目を見開く。
「先生っ! せ……せめて部屋まで行ってから服を着替えましょ!」
カッと頬に熱が溜まり慌てて玄関の扉を閉める。
カチャカチャ。
先生は、お構いなしだ。
「っつ……」
ベルトが外される音に瞼を閉じて玄関扉に顔を向ける。
「……水着は、キャリーカバン内の上側です」
恥ずかしさで震える手を後ろに向け指先をキャリーカバンに指す。
「……あっ着るんだね」
気づいたとばかりの小さな呟きに動揺した。
――……先生、真っ裸で行くつもりですか!?
着替え終わった先生に少し恨めしい視線を向けつつ、私は貸出別荘の鍵を閉めた。私自身は海で泳ぐつもりはない。ただの先生の保護者代理だ。先生が満足するまで気になっていた屋台の食べ物でも口に入れながら待つとしよう。下半身のポケットに鍵を入れて無くさないようにボタンを確りと閉じる。もう片方のポケットにある財布を手で擦りながら屋台に、にこやかな視線を向けた。さて、気持ちを切り替えて何を食べようかと真剣に思案していたら冷たい手に握りしめられ。
「ひゃわっえっ」
一度海に飛び込んだのだろう、先生はびしょ濡れで身体が少し冷えている。
「良いところを見つけたよ」
フラつきがなくなり、妙に嬉しそうな先生が淡い灰色の瞳で私を見つめ引き寄せた。
「先生……!」
不味い。
直感的にそう感じて腕を振り払おうとするが妙に元気になった先生の力は全く、びくともしなかった。
「先生、まさかとは思いますけど……」
内心泣きそうになりながら声が震える。
「一緒に行こうか」
「!!」
サッと血の気が引く感覚がした。自分の服に視線を落とす。白くて薄いクラシックブラウスとココア色のチノパン。
「先生、水着……」
懇願するように先生を見上げるが有無を言わさず簡単に抱き上げられてしまった。
***
――……どうして、そんな弱そうな見た目から、そんな怪力じみた力が出るの……どうして、この、うったえをきいてくれないの……
海水が女に振りかかり薄茶色の瞳を瞼を閉じて隠した。海水は目に入ると痛い。
――……関係的に逆らえなくても、もう少し主張を聞いてほしい……
波に身体が揺られ完全に海に身体が浸かっている。
「あっ麦わら帽子……」
ハッと瞼を開けて女は麦わら帽子を探す。波に流されそうになっている麦わら帽子を手に取り握りしめた。
「……はぁ、後で冷水で洗って干さなくちゃ……」
そんなことを呟き女は胡乱気に腰に手を回したままの先生に目線をずらす。
「……どこへ?」
少し拗ね気味の女の様子を気にする風でもなく先生は呟いた。
「息吸って、目を瞑ってね」
「え」
少しの沈黙。ハッとして、反射的に言われたことを女がすると嬉しそうな先生は深く海に潜った。
もちろん、女ごと。
***
プクプク、ブクブクと息が漏れる。
少し温かな浮遊感。
海の中に深く深く沈んでいく。
状況が気になり思い切って薄目を開けると海中から海上を見上げている自分がいた。
外の光が海水の中に差し込んで、キラキラしている。光の粒子が辺りに漂っているような不思議な綺麗さ。
なんだろう。
頭に過ぎるは船乗りが海の怪物に足をとられ、深海へと連れていかれる物語。
――……ああ、先生の話でそんなのあったな……でも……怪物じゃなくて人魚だったけれど……
虚ろな意識で先生を見ると、とてもとても嬉しそうで、なんだかその様が人魚のように見えた。こんな状況だが、ぼんやりと思う。
――……先生、きれいだなあ……
温かい気持ちになり、また目を閉じ。瞼を閉じる前に見えたのはこちらを見て口端を上げる先生が片手で麦わら帽子を掴む姿。
――……よかった……大切な先生の……
安心すると身体は、ふっと抵抗を止めた。
***
固まった肺が、こじ開けられる感覚。温かい空気が口から肺に入り込んでいく。入った瞬間、逆流するように海水が口から溢れ出た。
喉が焼ける。苦しい痛さに、むせながら重い瞼をゆっくりと開けた。
ぼんやりとした明かりが映り片目が痛い。ユラユラする視界が収まってくると先生の顔が目の前にあることに気がついた。
涙で滲んだ画面の中、先生は顔を近づけ。
「……?」
反射的に先生の胸を手のひらで押し返し、その温かさに一瞬固まる。喉が痛くて呼吸が整うまで喋れない。視線だけで先生を睨みつける。
数秒の沈黙。
「コンタクトさ……」
ボソッと呟く先生。動揺した。
「……っ!」
先生が力任せに近づく。無理やり押し返し続けると両手を片手で掴まれ地面に押しやられた。目を見開く。先生の片手の指先が頬に触れる。そのまま薄い唇が瞳に近付き。
「……やめっ」
ようやく出た声は喉に張り付いて、もう一度まぶたを瞑ろうとし手で止めらた。
「……動かないで」
舌が、片方の瞳に入れられる。
体が固まる。
一瞬の痛さ。先生は顔を持ち上げると手を離し私は呆然とした。
先生の舌上には、コンタクトが乗っていた。
「いきなり、なんてことするんですか!!」
カッと上がった熱のまま怒るが。指先に乗せたカラーコンタクトを眺めながら先生は呟く。
「……ズレて、痛そうだったしさ」
「……! そ……それは……」
一瞬ひるむが、ぐっとこらえて言い放つ。
「……心配してくれたのは嬉しいですけど……そーいうことは……わ……私が判断して、自分で治します」
もごもごと言い返せば、キョロリと向いた先生の淡い灰色の瞳と視線が合った。口には笑みを浮かべている。
「な……なにが、おかしいんですか……」
「いや……久々に見たなって思って……僕は、そのほうが好きだなあ……」
ハッとして、カラーコンタクトが外れた片目を両手で塞ぐ。泣きそう。
「……先生っ、か、返してください……」
恐る恐る片手を伸ばして手の平を見せた。キョロリとした瞳を向けたまま先生は、ゆっくりと立ち上がる。
「でも、ここは肉眼で見たほうがいいよ」
先生は天井を見上げている。そんな先生を見上げて私は目を見開いた。あんまりのことが起きすぎて、まったく此処がどこか気がつかなかった。
洞窟、洞窟だ。
高い天井の先には小さい外への穴が光として見える。強い一本の光の線が暗い洞窟内を照らし下の水面に光りの円を映している。
「……」
先生がポンッと私の肩に手を置き後ろを見るように促す。後ろを振り向くと、そこには広がる洞窟があった。奥まで届く淡い光に照らされて、ツルツルとした尖った石が輝いている。
「鍾乳石、石筍、石柱、石幔、石花……」
先生が、ツルツルとした石の名前を呟く。手をのばすと、ピチャリッと冷たい水滴が落ちてきて指に触れて、なんだかそれは、ひどく感動的だった。
「この天井から落ちる水には鉱物が含まれていて、それが水と共に落ち下に石筍ができる」
語る先生を後目に顔を向けず、私は下から角を上げる石筍を触る。
「ぶら下がるのは鍾乳石」
奥の方の上には、ずらりと並んだ鍾乳石があり。大きさは様々。水滴がキラキラしている。
「ただの個体の炭酸カルシウムが並んでいるだけだけど良いところだ」
先生が後ろで呟く。その呟きに私は静かに口を緩ました。
先生の言葉は何時も、どこかズレていて変わっている。でも私はそれが妙に好きで不思議と心惹かれる。
慣れてきた目の視線を動かす。ユラリと私から見える画面は洞窟内を映し。揺れて、揺れて、瞼を塞ぐ。
ただ。
ただ、そんな気持ち。
本人に伝えることはないが。
「くしゅ……っ!」
そんなことを考えていたら、くしゃみをして音が洞窟内に大きく響きわたった。反響が耳につく。頭の中が一瞬真っ白になり床面にしゃがみこむ。
「……っつ」
反射的な蹲りは、より自身の混乱を促した。これは女としての羞恥行動だ。だからこそ恥ずかしい。
意識を。
先生を意識しているようで恥ずかしい。
恥ずかしさに、ギュッと唇を結ぶ。言い訳を口にできず、ただただ頭の中で弁解がはじまる。
――……場所が密閉された洞窟だから……
違う。
それこそ意識じゃない。
――……先程の先生の言動で……
違う。
何を先生に責任転嫁しているのか。
――……え、ええっと、この感動的な感情が心を変に……
否。解決の兆しが見られない。
――……ああ、ばかっ。もう……恥ずかしい……
ペタリッ、ペタリッ。
近づく素足の足音。薄暗い洞窟の中でも影がかかる。後ろに先生がいる。
これこそが意識しすぎだというのに。
心臓が震える。
「……」
無言でしゃがみ込む先生。気配が触れる。
先生の手が私の海水で固まった三つ編みをほどいて、ゆっくりとしぼり。海水がボタボタと滴る音がした。
***
洞窟の、こういった中は大抵ひんやりとしていて涼しい。その上で海水で冷えて弱った身体に湿った衣服を着ていれば体温が奪われていくのは必然的だった。
彼女は両手で自分の肩をさすりながら顔を僕に向けず呟く。
「その、先生……そろそろ返してもらえませんか……コンタクト……」
「……」
反応を返さないことに戸惑いながら彼女は必死に顔を向けないようにしている。
「せ……先生……」
僕は海水で透けた白いクラッシックブラウスを眺める。背中越しから肌の色が肉眼で確認できた。僕の手は彼女の髪を、ゆっくりと梳く。背中に時折、手の甲が当たり彼女に触れる度にやはり冷えてるなっと思った。
――……初めて会った時は長さはバラバラだったな……
感慨深い思い出にふと、クセになった苦い笑みが零れる。寒いのに、朱く染まった彼女の顔は熱気立っていて。
「ぅ、う……」
彼女は身じろぎ、この状況から逃げ出したいのかと思案する。雰囲気に焦りを感じたから。
「せ……先生、帰りましょう……もう……泳ぎましたし……帰りましょう」
透けた白いクラシックブラウスの前を握りしめて懇願する。その様が可愛らしいと思う反面。胸奥でギジギジと動く鼓動。自分の心臓の鼓動の速さに眉を潜める。
速い。
ひどく、ひどく速い。
***
僕は前に引っ張られて背中で引き伸ばされたブラウスがピッチリと彼女の皮膚にくっついているのを眺める。水を含み透けているブラウスの下の一つのライン。横に伸びるそれは前を包みこむように伸びている。縦には二本の紐。色は薄い水色だ。無意識に手を髪から離し、それに触れる。
彼女の背中が、ビクリッと反応した。
「……」
手を一度止めたが固まっている彼女の様をみて、次はそれを指先でなぞる。冷えた皮膚から熱を感じた。
手の平を、ゆっくりと彼女の背中にあてる。手の平には乱れたリズムの響きが伝わった。
手の平の下。冷えがそこだけ、瞬時に消えていく。
熱い。
彼女の息づかいが小さく耳に入る。
洞窟内に響くは二人のソレだけ。
熱を感じるまま指平をソッと脊髄をなぞるように下げ彼女の喉奥からヒュッとした声が上がった。目に見えて彼女の肩が震えている。
まるで固まって動けなくなった小動物のように愛しく震えている。
コレは、なんだろう。
煽られてしまう。
喉奥が小さく鳴った。
コクリッ。
もう片手で彼女の肩を掴み背中に近づく。首筋に頭を下げそこに。
ザリッ。
彼女は頭を振った。彼女は震える身体で腰を抜かしそうな産まれたばかりの動物のように必死で立ち上がり、その空間から動きだす。
僕は起き上がった彼女を唖然と眺める。反動で小さく浮き上がる赤銅色の髪から水滴が滴った。外に出れる海面に向かう彼女の脚。張り付いたチノパンから脚を滴る水滴。まるで、小さな漏らしの様。
無意識に僕の手は上に伸びていた。中腰になり彼女の腕を掴む。彼女も自分も突然の行動で、バランスを崩した。
寸前で片手を地面に付き彼女の胸元を腕で抑える。顔は、ぶつけなかったが膝は、ぶつけたようだ。後ろから覆い被さった状態で覗くように彼女を見ると顔を真っ赤にして泣いていた。
ポロポロ。
音が聴こえそうだ。これは膝が痛いのだろうか。それとも違う理由だろうか。
体制を少しズラし、地面に触れていた手を膝にもっていく。
「……か……かえ……」
手が彼女の膝につく。僕の胸下の彼女の背中が熱さを放ち、心音を伝える。彼女の胸元を支える腕を彼女ごと持ち上げ。柔らかい感触と生き物の重さ、ひどく乱れたリズムを片腕に感じた。
自分の前面と彼女の背中の熱が混ざり、腕の力を強くする。さっきよりも熱を感じた。
「か、帰りましょう……」
ひやりとした白い膝は上と同じで柔らかい。彼女の脚奥から滴る水滴は海水だろうか。それとも。
疼く好奇心と欲情にもう一度、彼女の首筋に唇を近づけた。彼女の背中が反応を見せる。
もう、いっそのこと脱がしてしまったほうが、この熱を全て感じられるのでは、ないだろうか。
手の平の位置が包みが、ズレる。程よく包むは、二つの丸みの一つ。彼女の乳房。それが支えている手なのか違うのか。その境界線で彼女の泣きそうな声が上がった。
「……フィリルト先生!!」
***
声を張り上げて自分の名前を叫ばれ、フィリルトは手を止めた。彼女の肩が震えている。震えたまま彼女は胸元を抑えていた腕を掴むと、ゆっくりと引き剥がし前えと身体を進ませる。
「……」
力を入れれば止められたが、フィリルトは腕の力を抜いて止めなかった。起き上がり、フラフラと歩き、海面に足首までを沈める彼女。行きは突然で気を失ったが、戻りは多分戻れるはずだ。
「……エムリ」
名前を呼ばれて、ハッとしたように、エムリは振り返る。洞窟の天井の、わずかな穴から漏れる一筋の光。
それに照らされるエムリは欲情を姿にしたような美しさだ。
真っ赤な泣き顔。
深めに擦りむけた膝。
透けたブラウスと張りついたチノパン。
肉眼でも知れる、ハッキリとした身体のライン。
湿って水滴をたらし、ほどかれて揺れる赤銅色の長い髪。
コンタクトで隠されていた紅い瞳。
彼女が気にしていた左右非対称の薄茶とは違う、燃えるような紅い瞳。
フィリルトはそれを見て微笑む。
「僕は、そのままの君が好きだよ」
彼女の髪から水が滴る。浸かった足首をそのままに、エムリはフィリルトになんともいえない表情をした。
その表情を言葉にするならば、途方にくれたような顔。
エムリは数秒経つと顔を背け両手で顔を隠し、そのまま海の深くへと飛び込んだ。
「……」
エムリがいなくなり、フィリルトは置いていた麦わら帽子を拾い上げ小さく口付けをした。古臭い麦わら帽子。どこかほつれる度に直される麦わら帽子。
笑ってしまう。大事、大事な何か。
その大切さは、どんなものなのか。
感じるが、わからない。
わからないまま。
――……僕は……
ふと、どこかの国の欲に溺れる者を皮肉って表す言葉を思い出した。思い出すと、なんだか自分を嘲りたくなる。
「……僕は凡人ゆえに、意馬心猿から逃れられない」
洞窟の中で、その言葉は空しく響いた。
意馬心猿(いばしんえん)
意味:
本能による乱れ、煩悩や欲情を抑えられず、心がおだやかでないこと