地上に下りてきた女神は若き王に求愛をうけました。
けれど地上を視察していただけの女神は天に帰ろうとします。
しかし王は泣いて懇願し女神にすがります。
女神は慈悲の心でもう少しだけ側にいることにしました。
けれども王は、そんな慈悲に仇を返すように女神の翼をもぎ取り隠してしまいす。
『これで女神は我のものだ』
泣く女神を離すまいと閉じ込めて、愛し、愛し続けました。
国の政治もせずに愛し続け。
国は荒れに荒れました。
その己の愚かさに気がついたのは、老いた王の首を取りに来た者達に出会った時。
王は女神を連れて必死に逃げ隠していた翼を女神に返しました。
女神が翼を広げた時、王の首を取るため男達は剣を高く振り上げます。
軽い音と共に切れたのは女神の身。
女神は言います。
男達に言います。
王は私に騙されたのだと。
私が全ての元凶なのだと。
男達の一人が首を横に振ります。
『女神様は、お優しすぎる』
王は女神の上にかぶさり女神の声もきかず王の首は跳ねられました。
王の骸を抱え、女神はホロホロと泣きます。
ホロホロと、ポロポロと。
『違うのです、違うのです』
女神の嘆きに男達は首を横に振ります。
『女神様は、お優しすぎる』
女神は恋をしました。
若き王の眼差しに。
枯れることのない愛情に。
今まで知らなかった感情に夢中になり、翼が隠された場所に気づいていても。
地上が荒れていくことに気づいていても。
気づかないふりをし続け。
最後まで、最後まで。
女神は王の愛を求め続けました。
愚か。
愚か。
なんて愚かなことか。
女神は骸に唇を合わすと神々しく輝き、消えていきます。
はらり。
はらり。
聡明と名高い若き王は、テラスから晴天を見上げます。
その日は何かに出会えそうなそんな気持ちでずっと空を眺めていましたが、白い羽が一枚落ちてきただけで何も誰にも出会うことはありませんでした。
若き王は賢明に国の為に尽くしましたが一つだけ拒み続けた事があります。
妃をけして選ばなかったことです。
役目を終えた王は王権を兄弟の子供に譲り、その後静かに息を引き取りました。
そして。
永遠の眠りについた王の手には白い羽が一枚握られていたそうです。
――作品:『女神の翼』より抜粋――
著者:『F』
11、女神の翼をもぎ取りたい 前編
*
話を聞いてわかったこと、彼女は『化け物』と呼ばれ、この教会の物置小屋で暮らしている。彼女はこんな人徳を阻害された中で乞食のように生きている。この教会に来てから約六年もの間。
そう、そんな事が黙認されているのだ。筆頭として上に立ち止めるべき否、聖職者としてありえない行動が行われている。
――……来たのが六歳頃だったなら、今は十二歳か十三歳ぐらいだろうか……
小さめな子だから、パッと見、低学年に近い子供のように見える。けれど触った感触のアレは確実に違った。アレは女だ。女の身体をしている。男を惑わす女の身体を。
ゴクリ。
可哀想な少女の事を考えると喉が鳴る。喉の奥からザワザワとした渇きが疼き少女をどうにかしたい衝動が顔を覗かせ。グッと押し込める。居場所はわかった。状況もわかった。そして今すぐにあの少女をどうにかしても咎める者がいないと知った。
土を潰し庭上に広がる芝生を潰しながら前に進む足は速い。わかったからには会いに行く。これは鉄則だろう。
小枝や溜まった落ち葉が片づけられていない木々の間を抜け分かりずらいそこに物置小屋があった。立地や作りを見て思う。
『ワザとらしい』
わざわざ、こんな見えにくく通りにくい場所に物置小屋など作る必要はあるのだろうか。
建て付けの悪そうな穴だらけの扉をノックする。中から息をひそめる怯えた空気が漂った。
オレは、けして真人間ではない。犯罪ギリギリになろうと、グレーゾーンでずる賢く生きることの旨さを知っている。だから承諾をさせていない女を抱くほど悪漢ではないはずだ。そんな将来的に不味くなるようなことは、しない。
しない、はずだ。
「いるよね? 話がしたいんだ」
穴を覗く。薄暗い小屋の中は見えにくい。見えにくかったが、ぼんやりと人の影は見えた。
汗が滲む。急いでは来たが走ったワケではないのに息が上がっていた。
この扉一枚。
ここを開けば彼女がいる。
彼女が。
『女神がいる』
どうしよう。許可をもらっていない。
もらっていないけど開けようか。
開けてから顔を見て目を合わせながら口説くなら口説きたい。
「……」
柄にもなく緊張しながら扉に手を触れる。
ガタ、ガタ、ガラリ。
予想通り建て付けの悪い音がして扉が開いた。外の光が中に差し込む。
扉の開いた隙間から見えるは縮こまった哀れという言葉が似合う少女。足を折りたたみ隅の隅で限界まで壁に顔を向け丸い背をこちらに向ける少女。
両手が両耳を塞いでいる。カタカタと震える背中。
「……こんにちは、こっち向いてくれないかな?」
できるだけ優しげな声で少女を呼ぶ。でも、こちらを向くどころか一度大きく震えた丸みはより強く身を縮めた。
「……ごめん、怖いかな……?」
足を一歩進めようとして汚らしい布地が一畳半もない小屋の中に敷き詰められているのに気が付いた。ここは少女の寝床だ。土足は不味い気がする。
靴を外側に脱ぎ置き、しゃがみ込み少女に近づく。
狭い中だ。実家のベットは三倍以上ある。あの上を膝で歩いた時より簡単な距離だった。
少女の背中にソッと手を置く。振動が、ガタガタと手の平に伝わった。
「……オレは、オロ、テソロ=オロといいます。君の名前、教えてくれないかな」
そう言った途端、少女の震えがピタリと止まる。何か戸惑いがちに両耳から両手が外された。
「……怖いとは思うけど一応、彼らよりは紳士的になれるはず……オレ、女には優しいんだよ」
虐めの内容も同室のメンバーにあらいざらい話させた。
結果、此処は拷問場か何かかと思った。
少女一人に。
知識もあまりないであろう、少女一人に。
酷すぎる。
見下げていた少女の頭がゆっくりと左右に動く。
「……オレは気軽にオロと呼んでくれればいいよ。……できれば、君の名前も気軽に呼びたいな」
背を向けたまま少女は固まり、また小さく震え、呟やいた。
「……い」
「ん」
身をかがめ少女の隣に手をついて耳を寄せる。服からは異臭が漂うが少女自身は水浴びでもしているのか髪が湿気っていて臭くなかった。
――……風呂も厠すら、まともに入れないか……
女子がやっているであろう話を思い出し眉をひそめた。少女が風呂場に途中で入ってくることを極端に嫌い。基本、拒み入れない。許されるのは大抵最後。風呂上がりには、サッサと元栓を抜き湯に浸からせることを避ける。掃除は来た時には少女にやらせ、ゆっくりとさせる隙を与えない。
厠もしかり。毎日交代で誰かしら近くで少女が入って来ないよう見張っているらしい。
理由は『汚くて臭い化け物が同じモノを使うのが不愉快だから』風呂に無理やり入らせなければ、それはどうしてもそうだろう。服だって洗濯に入れてやれなきゃ汚れ続けるに決まってる。その上で生理現象を奪うなんて悪質で悪意に満ちている。
平和的で仲が良い子供達。
社会の中で上下関係が産まれるのは自然な流れ出ではあるが周りからの賛美を受ける反面、この現状の答えはなんなのだろうか。
「わ……い」
「ごめん、もう一度」
少女の髪を撫でようとして手が止まる。
予想するに瞳の事で周りから言われ続け過剰反応になっていると思う。否、実際の所あれぐらいが丁度よいのかもしれない。逃げなければ傷つくのは少女だ。
「……わか……ない……わからない……」
「……え?」
「わからないです……」
消え入りそうな声で言葉を繰り返し聞き取れた内容。
「……わからない……名前が……?」
眼前で、ゆっくり頷く少女。
目を見開き驚愕した。驚きのあまり小屋に座り込む。
名前がわからない。
わからないなんて、そんなこと、あるのだろうか。
『バケモノ』
「……」
頭をよぎった言葉に、ヒヤリと身体の奥が冷える。
「ご、ごめんなさい……ま、前はわかったの、でも、わ、忘れて……どうしよう……ごめんなさい……」
ポロポロ、震えながら泣き始める少女。
少女ぐらいの見た目の幼い男児は虐めの中で暴力もふるうらしい。殴られると思ったのか縮こまりが強くなり頭を腕で隠している。
「……謝らなくていいんだよ」
ソッと少女の背中を撫で呟く。
「……でも、このままだと君を呼びにくいから……そうだな……ガールって呼んでもいい?」
「……」
少女が泣くのを止めて少しだけ顔が傾き不思議そうな雰囲気を漂わす。
「ああ……えーと、昔オレの家で暮らしてた愛犬の名前なんだけどね……白くてフワフワで可愛いやつで、オレの一歳の誕生日からずっと一緒に暮らしてたんだけどさ去年死んじゃったんだ……」
「……」
無言の少女を見て頬が染まる。
「あー……いや、オレにとって愛着のある名前だから直ぐに思いついたのがさ……思い出すまでの一時的にって思っただけなんだ。もちろん希望があるならそちらを……」
言葉多く並べて弁解じみた内容になって格好悪い。
のそりと動く少女。身を少しだけ起きあがらし猫背のような状態で目元が見えない顔がこちらを向く。
「……い、いいんですか……?」
「え」
キョトンとして、オレはその言葉の意味を探る。
「……ガールさんは怒りませんか……?」
「ガールが? まさか! 怒らないよ、怒るわけがない、天国で今尻尾を振って喜んでくれてるはずさ!」
「……喜んでくれるなら」
目が見開く逃す手はない。
「……なら、呼ぶね」
目の前の小さな頭が、コクリと縦に動いた。
小動物が従順に承諾し頷く姿。それを見て連想するは物語の中で人間の懇願をきいてしまった女神のくだり。
――……女神がオレを受け入れた……
コクリ。
――……まだ、早い……
唾を飲み込み女神に笑いかける。自然な笑顔を作ることには経験上慣れていた。平常心を保ち床に張り付く女神の、ガールの手をソッと掴み握りしめる。
「……ガール、よろしく」
「……」
「ね、オレの名前も呼んでくれないかなガール」
「…………オロさん」
たっぷりの間があってポツリ。自然に頬が染まる。
「もう一回」
「……オロさん」
「呼び捨てで」
「……オロ?」
「うん、いいね」
首を傾げて呟くガールが可愛くて流れのように近づき頬に触れ。ガールがビクッと自身の身を後ろに張り付けた。
「あ」
後退りしたくても、これ以上進まず隅っこで息が荒くなっている。思わず口元がにやけた。
「オレ、凄く綺麗だと思うな」
ガールが震えている。
「女神がいたら、きっと君みたいに美しいんだろうね」
逃げられないガールの頬を両側から手を添え。身を屈ませ囲むように壁に張り付いたガールの眼前に目線を合わせる。
「……それとも、やっぱり君が女神なのかな?」
前髪に触れる。ガールが止めようと震える手を伸ばすが力無くさ迷う。押し返すこと自体に止めること自体に怯えているようだ。
「オレは好きだよ、その瞳」
ガールの震えが止まる。髪下にある表情が唖然としている。目が見開いて二つの色がこちらを見上げていた。素朴な薄茶色の瞳と、この世と離れた印象をうける紅い瞳。
「本当、綺麗だ」
ガールの喉が鳴り瞳から透明な雫が漏れ出し静かな感情が一つ、一つと頬を伝っていく。
それがまた、なんとも綺麗で、その一つ一つの雫にオレは口付けをした。
**
冷えていく湿った髪。新しい服。久々に入ったお風呂は夢心地で気持ちが良かった。今までになく甘い花の香りがする身体に涙が出てくる。
でも、駄目だよ。こんな嬉しいこと続いたら駄目だよ。
今日も彼は私と話してくれた。化け物と呼ばずに私をガールと呼び話してくれる。
彼はどうして優しいのだろう。
どうして私なんかに優しくしてくれるの。
わからない。
わからない。
みんなから見えない場所で毎日のように来てくれては、のんびりと何かしらの物語を話してくれたりお菓子をくれる。
何故。何故なのかな。
不思議で、不思議で、彼が教会の宿舎に帰った後はそれが悩みとなって頭の中をグルグル回る。
どうしよう。
このままだと、どうしよう。
物置小屋の床に敷き詰めた布の下に隠すように埋まる二つの缶。暗い中それを取り出すと、ジッと見つめる。扉に開いた穴から外の月明かりがぼんやりと差し込み銀光がキラキラ。
怖い。
怖い。
どうしょもなく怖い。
この缶の事を知ったら。知ったら彼は、やっぱり私を、みんなと同じように?
『これ、図書館から借りてきたんだ。古い作品だからあるか分からなかったけれど、この街の図書館は妙に、この出版社の品揃えがいいね』
簡単な文字しか読めない私の代わりに、ポツポツと物語を語る。
『――……王は穏やかな様子で白い羽を握りしめ永遠の眠りについたそうです。わ、ポロポロだね』
彼が笑いながらハンカチを取り出し私の目元をふく。涙が零れていたらしい。
『ガールは感受性豊かだね』
彼は変な人だ。戸惑う。
『素直な子は可愛いなあ』
頭を撫でられ気づく。最近だと彼になら頭を触られても不思議と逃げ出したい気持ちはなくなった。
『うん、綺麗だ』
何故、褒めてくれるの。
何故、罵らないの。
何故、私を拒絶しないの。
『ねえ、お風呂掃除、今日オレらの部屋が当番だからさ夜に男子の方なら入れるよ』
でも、周りは違う。彼以外は違う。
隠れてなくちゃ駄目。
隠れてなくちゃ、駄目。
けど、私が嫌われる理由。私が汚くて臭いからって、よく言われるの。
彼も、オロもそのうちそう言って嫌う?みんなと同じように嫌うかな。
『大丈夫、オレが側にいるから、アイツらも悪い奴じゃないから』
悪い奴。
悪い。
悪い。
悪い……
オロは知らないんだ。私が何をしたか知らないんだ。
知らないから、この人は、この人こそ、本当は天使様や女神様じゃないだろうか。
綺麗すぎる。
眩しすぎる。
慈悲深い、美しい人。
私、怖いよ。
***
『犯したい』
一言で言うなら犯したい。彼女の知らない性的な要素を一から教えて、よがらせ無垢なまま犯してしまいたい。沸々と沸々と会う度にその感情が上がっていく。
オレは、けして正義感あって彼女に餌を与えているワケではない。美しい彼女をどうにかしたくて近付きオレが頼りになるように癒やしているのだ。
そして、あの原石を磨いて、磨いて、最高級の宝石にして、オレは側に置きたい。こんな良質素材を見逃す手は無いはずだ。
普通のこの歳頃ならわかる過剰なスキンシップを彼女は理解していない。最初に乳房を触ったのがいい例だ。その後も口付けをしても身体を撫でても彼女は不思議そうにするだけで明らかに意味合いに気づいていない。
ああ、喉が鳴る。
「じゃあ、夜時間になったら迎えにくるね」
風呂の約束を取り付けた彼女に別れを告げて部屋に戻り。予め説得していた同室のメンバーに言う。
「成功した」
「ほ、本当に……?」
ペソンが不安げにこちらを見上げてくる。
「ペソン、念願の乳房が見れるね」
オレがニマリと笑うとペソンが頬を染めた。
「ま、まあ……うん、そ、そうだよね……」
ソワソワしだすペソン。一番渋い顔をしていたはずなのに欲求にはかなわないようだ。
「まあ、向こうが大丈夫なら俺らは良いけどさー……なあ、ナダボカ」
薄黒髪をしたナダボカが椅子に座って勉強机の上の問題集を解きながらコクリと頷く。
「しっかし、ナダボカは本当数字が好きだよなー……それ、どっから用意したの?」
ブラソが後ろからナダボカを覗き込みながら文字列の並びに顔をしかめる。
「あーオレ。オレ、どこまでできるか気になってさー」
「え、なんで?」
ブラソがベットに座り、オレを興味あり気に見上げた。
「将来的な事業の為に」
「え」
「ナダボカの数学の強さは良いね。凄く面白い」
「そーいうもん?」
ブラソが不思議そうにベットに上半身を沈め横向になる。
「うん」
ブラソのベットに腰かけて頷く。
「あと、ブラソの変わった思考や対人能力も面白い」
「え、マジで?」
「ペソンも素直で真面目な所がいいね」
「え、え……ボクも?」
照れるペソン。それを見て、ニヤリと笑うブラソ。
「ペソン坊やもー?」
「ちょ、ブラソ!」
「うん、素直な子は基本オレ好きだからさ」
「わ、え、あ、ありがとう……」
また照れるペソン。ブラソがケラケラと笑う。
「そうだな、ペソン坊やは素直だよ、おっぱい一つで元気いっぱいだもんねー?」
「く、ブラソ、お前は……ほんとっ」
ベットに寝転がるブラソに近付き太股を手の平で叩こうとするペソン。しかしブラソはそんな踏み出されたペソンの足を軽々と両足で転けさせ、ベットに倒れこませる。
「そう、カッカッしないのペソン坊や! 今夜は良いもん見るんだろ?」
隣で肘を立て顎を支えながら俯せに顔からベットに突っ込んだペソンの頭を撫でるブラソ。ペソンは悔しそうにシーツを握りしめながら無言でオレ側の横を向き、こちらを見上げた。オレはその好奇心と悔しさが入り混じった表情に軽く笑い、夜の時間帯に向けて思いを寄せる。
花の香りのする石鹸も女性らしい服も他の小物も用意した。化け物。そう周りが言うならば、美しく化けさしてやろうじゃないか。