くすんだ亜麻色の髪をした男を見つけた。この別荘地に来たら、とりあえずは毎年、訊ねている質問を男に投げかけよう。
「やあ、なんだかご機嫌だね」
サングラスをかけていても顔がニコニコしている。
「これは、これは、お嬢様のご学友のテソロ様ではないですか……」
男が足を止め、コチラに恭しく近付いてくる。
「あー……彼女、今年もいない……かな……?」
ニコニコ顔だった男が、申し訳なさそうに頷く。
「すみません……今年は貿易の手伝いではなく旅に出てしまったので、もう夏中……ここに立ち寄るのも未定になっております」
「ああ、いいんだ。どうせ私も、じいさんの付き合いだからね」
「ああ……テソロ=オロ氏は夏になると必ず会合に来てくたさり、ありがたいことです」
「世界随一のグループと懇意にさせてもらっている我が家こそ、ありがたいことだよ……で、まあ、それはいいんだ」
男が顔をコチラに向ける。暑い日射しの中、ニマリと口元緩め呟いてみた。
「私、今暇でさ。女の子の良いとこ眺めるのもいいけど……」
別荘地の砂浜では水着姿の客達がはしゃいでいる。あれは完全に日焼けする露出度だな。
「なんか、あんたの方が面白そうだし、きかせてよ」
筋肉質で身体つきが良い男が柄になく、ギクリッと身をひくつかす。
「冷えたシャンパン用意するからさ。ほら、客の相手をするのも仕事の一つだろ?」
苦笑いを浮かべる男を見て、 ああ、当たりだなと思った……――
*
夕暮れ時になると、この巨大港町ハラシーフは市場の活気が消え海に静けさがやってくる。茜色の日を浴びて子供達の帰時に走る足音が聴こえた。砂浜が、シャリシャリと削られる音、甲高い笑い声。街中えと向かっているのだろう、だんだんと声が遠ざかっていく。後に残る音は、さざ波の静寂。ずっと側にあった潮の香りが誰もいなくなったことで急に鼻に強く感じた。
浅瀬で座り込んだままの彼の身体を波が繰り返し通り過ぎては戻っていく。目の前に広がる景色は果てしない水平線が茜空を飲み込んでは闇を近づけている光景だ。
浸かる下半身が茜色に染まった。
焔の灯火、消える前の一時の強い光、全てが飲み込まれそうな感情が沸き起こるが、それは迫る闇夜によって消される。
彼が何時も近場の水に入りたいのは海を思い出したいからだ。海の暖かさを、縋るようなこの思いを忘れたくないから。
懐かしい、懐かしくてたまらない。母なる大地のふところ。
自分の故郷は、きっとこの海の奥底に違いない。そう確信するほどに自分は海を愛している。
愛している。
だからこそ、だからこそ、きっと感情が高ぶるのだろう。本能とは、どうしても避けれはしないのだから。
***
さめぬ、さめぬ、さめぬ。
この状態を身体の中に、はびこる乱れを一体どうすればいいのだろうか。
ドッ、ドッ、ドッ。
心臓が強く鳴っている。
気づけば衣服を着たまま冷たい水の粒を浴びていた。身体や髪に染み込んだ衣服に染みついた潮の香り。それは瞬時にフィリルトとのやりとりを思い出させる。冷水で身体が震えて仕方ないのに、この沸騰しそうな思いは一体、何だろう。
最後の言動が繰り返し繰り返し、頭の中をいっぱいにして苦しい。小さく息を吸うと震える手で水場のジャグジを閉めた。
「……おち……落ち着かなきゃ……先生が帰って来る前に……」
ジャグジを握ったまま肩で何度か息をすると、ソッと見上げた。穴の空いたホースの先、高い上にある小窓から外の茜色の空が見える。
もう、いつの間にか、一時を過ごしてしまっていた。
***
茜空が完全に消えた頃、フィリルトは自分達が借りている別荘に戻ってきた。フィリルトは鍵を持っていなかったが玄関扉は閉まっていなく、わざわざ開けていたのだと感じとれた。扉を手前に引いた瞬間、中の空気が外に漏れる。甘い香りがした。
どうやらエムリ、何かを作っているようだ。明かりの点いた玄関から廊下を見る。ハタリッと自分の視線が止まった。
リンゴ。
リンゴが一つ、廊下に落ちている。
赤い、赤いリンゴ。ソロリッとそれを拾い上げ、エムリがいるであろうキッチン付きのリビングに向かう。ピタリッ、また視線が止まる。リビングの扉を開けると、またリンゴが落ちていたからだ。それも、一つではなく何個も。コロコロと、リビングに散らばっている。
机に目をやると大きなカゴが倒れていて、その中からリンゴは落ちたらしい。持っていたリンゴ一つを机に置くと散らばりを片付ける前にキッチンを覗いた。
カウンターを隔てた先のキッチン。予想通りエムリはそこにいたが、しゃがみ込むフィリルト。エムリは床に寝そべっていた。
「……エムリ」
声をかけると息が荒いエムリが顔を向けた。
「……フィリルト先生」
ソッと、エムリの頬に触れる。トロンとした彼女の表情が緩んだ。
「……さっき、リンゴを昼の人にもらったんです」
頬は熱を発している。
「先生、甘いもの好きだから……アップルパイを……」
手を頬から額にずらす。掌に、しっとりとした汗がついた。
本来なら夕食時だ。が、元々デリバリーを頼む予定だったので、エムリのお菓子作りは何らかの意味があるのだろう。しかし、それよりも、この熱だ。エムリを両手で持ち上げ抱える。
「……もうすぐで、できますから……」
胸に抱えたエムリの額に自分の額を擦り寄せる。エムリが、またトロンとした瞳で微笑んだ。
「……先生、冷たくて、気持ちいい……」
瞼が閉じる。部屋に運び、エムリをベットに下ろし。小さな吐息が聴こえ、フィリルトは氷水を用意しにキッチンへと戻った。
リンゴを一口かじる。別に、なんの問題もない。やはり、さっきの海が原因か。
ヂヂヂヂ……。
焼ける音。
オーブンに入れられたアップルパイが、チリチリと焼ける様子を見る。
香ばしさと甘い香り、これをあんな状態で作ったとは。ボールに氷水を浸し、きれいなハンドタオルを浸す。
「……」
部屋に向かいながら、フィリルトは静かに微笑みを浮かべていた。
***
鍵を開けてはいたが扉のノック音を聴いて私は意を決した。服を着替えて髪はまだ乾ききってはいないけれど仕方ない。先生はきっと普通に普段どうりに戻って扉の前に立っているはずだ。
だから自分も普段どおりに対応しなければ。
急ぎ足で向かい扉を開けて一気にホッとした。立っていたのは昼間に対応してくれた愛想のいい責任者だったからだ。
責任者はサングラスごしからでも不思議と印象が良い。発している空気というものか、親近感を覚えるような。茜空に照らされながら責任者は大きなカゴに入ったリンゴを見せてきた。赤い、赤いリンゴだ。
――……美味しそう……
「ここの地方では季節外れなのですが、リンゴが他方から大量に届きましてね、今、お客様達に配っているんです」
「そうなんですか……あっじゃあ、財布を……」
慌てて部屋に向かおうとするが責任者はそれを止めた。
パシリッ。
冷えた手は責任者の温かい手の体温を感じた。少し太陽に焼けた小麦色の肌。男らしくゴツゴツした手。でも、こちらを握る力は繊細だ。
「いえ、無料ですよ」
サングラスごしだが愛想の良さが滲み出る笑顔。
「えっ……本当ですか!」
「もちろん」
リンゴに視線を落とす。
――……いいのかな……この時期じゃ食べられそうにない質の良さそうな……
首を傾げ、じぃとリンゴを眺めていて、ハッとする。手を握りぱなしだ。
「……あっ、ごめんなさい、私……」
顔を上げると背の高い責任者のサングラスごしの視線に固まる。目を逸らしぎみに手を外しながら口を開く。
「えっと……すみません、意地汚くて……」
責任者は顔を横に振った。
「いえ、可愛らしいです」
「……へっ、えっ?」
慌てるこちらを余所に、責任者はサングラスを外した。
「……っ」
目を見開く。責任者は、またもや微笑み。
「私の担当は、ここまでなので良かったら残り全部をどうぞ」
手に大きなカゴごと渡される。
「……えっと、悪いです」
「ああ、でも……ありすぎは困ってしまいますかね?」
困りはしない、困りはしないが。
「……正直、沢山ありすぎましてね。さて、どうしたものか……」
「……」
責任者が悩む姿を見せるのでキュッとカゴを胸に抱きしめた。
「……ありがたく、いただいても……?」
その言葉を聞き嬉しそうに笑う責任者。
「もちろん」
***
丁寧に、お礼を言い。責任者が帰った後、エムリはトボトボと廊下を歩いていた。
サングラスを外した責任者。その責任者の瞳が、あの色だった。
ソッと、左目に手を当てる。慌てすぎてこの片目を隠すことを、すっかり忘れていた。責任者は瞳の左右非対称の色に触れてこなかった。が、色の事は、サングラスを外すことによって主張された。
責任者の瞳は両目とも紅い瞳だった。
――……紅い、紅い、紅い……
ゴンッと、カゴが行き止まりでぶつかる。フラついて廊下の壁に肩をぶつける。その拍子に、ゴロンッという音がしたがエムリは気も漫ろでカゴがぶつかった場所、リビング扉をカチャリと開けた。
――……この紅い色は……見せちゃ……
もしかして責任者は、この瞳に最初から気づいていたのだろうか。だからこそ、あんなに親切なのかもしれない。複雑な心境のまま、エムリはカゴを机の上に置き、ジッとリンゴを見つめた。
「……なにか」
どうせなら先生が帰って来る前に何かしたい。何か行動を移して会話をスムーズにしておきたい。それには何が良いだろうか。
「……なに、か」
少し考えて、エムリはこの新鮮なリンゴを使ったお菓子を作ることに決めた。
「……仲直り、謝罪……に、なれるかな……」
***
紅い瞳を見て動揺していた心が余計に震えた。頭の中がグルグルする。止めようとしても色々な考えや感情が迫ってきそうになって。汗が滲む。
思い出す。
考えてはいけない。
なのに次々と思い出す。
――……怖い……
心の中で煮える、感情がそう、うったえてくる。
恐怖をうったえてくる。
駄目だ。
なぜ。
世話になっている身なのに。
違う。
そうでなくて。
違う。
考えない。
考えたら。
怖い。
――……嫌われたくない……
溢れ出てくる思考を止めたくて、せわしく動いていると周りの画面が歪むような気がした。息が荒くなり深呼吸をしようとして背筋をのばす。脳に空気が回った瞬間、クラリッと目眩がした。
「?」
カクンッと力を失う膝。机に身体がぶつかり後ろで、けたたましく物が落ちる音がする。
「……」
座り込み前を見た。
――……焼かなきゃ……焼かなきゃ……
ぺた。
ぺた、ぺた。
手を膝を床に付け這い進む。カウンターがなんだか遠い。手を伸ばし、カウンターに体重をかけて立ち上がった。後は、このパイ生地を焼けば完成だ。なんとか、オーブンに生地を入れると、タイマーをかけた。
ホッと息を吐く。
「……フィリルト先生、喜んでくれるかなあ」
トロンとした表情で、エムリはその場に座り込み、上を見上げる。
オーブンは淡い橙色の光を発していて、エムリはフゥと溜息を吐く。
その色は窓ガラスから映り込む消えかけた茜空と混ざり合って、なんだかとても綺麗だった。
***
部屋の灯りは、ベットから少し離れた場所にある照明を一つ点けた。部屋全体を灯すには頼りないが強すぎる明かりは睡眠を妨げてしまう。開けた窓から潮の香りとさざ波の音、そして涼しい風が吹いている。半分だけ閉められたカーテンが揺れていた。布の擦れる音が耳に入り、そちらを見る。もう半分からは薄い欠けらのような三日月の淡い光が映っていた。
フィリルトは、タオルを絞りなおすと、ベットに横になっているエムリに視線を向ける。エムリの額から汗が滲んでいた。また、身体全体からは熱を感じ生物特有の匂いを感じた。
冷たい布で、ゆっくり押し当てるように汗を拭くと苦しそうなエムリの表情が少し和らぐ。折りたたんだ布をエムリの額に置き、フィリルトは立ち上がって部屋のクローゼットへと身体を向けた。
別荘に用意されている簡素なパジャマ。それを手にとると、フィリルトはエムリに視線を落とす。
淡い薄三日月の光と頼りない照明の灯火。毛布をはがした先に映るエムリの服は汗でしっとりとしていた。海の時ほどではないが布は空気に触れると、ひんやりと冷えていく。
ひやひや。
ひやひや。
このままだと状態が悪化するのは一目瞭然だ。エムリの頬に手をゆっくりと乗せる。汗の冷たさと熱の温かさ。そっと首に手をずらし首筋を伝い胸元の布に手をかける。ボタンを一つ外すと中に、こもっていた熱気が掌にぶつかった。
ギシリッ。
体重を乗せたベットが海の静寂の中、軋み音を立てる。
タオルをもう一度、氷水で冷やし強く絞ると額の時と同じ様に、ゆっくりと肌に押し当て汗を拭き取った。エムリの膝は海の時の怪我の痣が残っていて少し黒ずんでいる。
白い脚。生々しい傷痕が白い脚に。
手を伸ばし膝を持ち上げると、フィリルトはそれに唇をあてた。
カシャン。
氷水の氷が溶けて音を立てた。ゆらゆらと揺らめく水は周りの儚い光に照らされて、ぼんやりと煌めく。フィリルトは同じ様に儚い光に照らされて、ぼんやり白く煌めく眼前の姿を真剣な眼差しで見つめた。
汗をかき眠るエムリは気づかない。きっと今なら目覚めることなく、これを知られないだろう。
飽きることのない白い艶やかなもの。
もう一度そこにキスを。
痛む白い膝に生まれる小さな痣。
何処までならエムリは気づき、コレを意識するだろうか。
舌を這わす。
膝に舌が触れると、エムリからの息づかいが聴こえた。ふくらはぎに触れるキスを脚を撫でるようにして手を下に伝い足首をさする。屈み込み、エムリの足裏を舌で這う。足裏でさえ冷えていて土踏まずの窪みを舌で撫で上げると、エムリの身体は反応した。
ピクンッ。
足先の指先も目に見えて、ワナワナと動く。ソレを一つ口に含み反応を見る。くすぐたいっのか、力無く身をよじるエムリ。足先の間を刺激すると、エムリの息づかいが強く上がった。
一本、一本、丁寧に口に含みながら、エムリの脚を上から下の股近くまで温めるように撫でる。両脚を撫で上げ足の指先を全て濡らした頃、エムリの股の間から、ぼんやりと淡い光に反射するものが見えた。
フィリルトは目をすぼめて愛おしそうにソレに指先を触れる。エムリの息づかいは先ほどから上がり続けていて風を引いた時は汗をできるだけ、かかした方がいいと言うが、はたしてコレは。フィリルトは自分の上着を脱ぐと床に捨て、エムリに被さった。布団の下、エムリの肌に密着する。
「エムリ……」
両手で、エムリの頭を優しく撫で上げ。ソッと、唇にキスをする。そして、そのまま布団の中の柔らかいモノにフィリルトは身を少しばかり揺らす。
「ぁ……ふっ」
胸先がこすれ、エムリから小さな声が上がった。フィリルトは喉を鳴らす。
「これを知ったら……離れてしまうのかな……」
フィリルトは、エムリの耳元にそう囁き、ジッと見つめる。眠るエムリは、それに気づくことなく、ただただ甘い声色を漏らす。フィリルトはズボンの下で痛いほど膨れ上がるモノを感じつつ。エムリを抱きしめる。
「君が温まったら、直ぐに退くから……」
ソッと首筋にキスをして、フィリルトはズボンを下ろす。懇願するように首筋に、ゆっくりとした口付けを何度もして切羽詰まったように、フィリルトは呟く。
「……離れないで、僕から離れないで……」
最後の一枚は脱がずに、エムリの身体を撫で続ける。でも我慢するのには限界があったらしい。
「……っは」
エムリの身体が温まる頃、フィリルトのモノは染みを生んでいた。頬を染め荒く息を吐き、苦笑するフィリルト。
「……君は、無防備すぎるんだ」
そして最後にフィリルトは乳房の真ん中部分に強い吸い尽く口付けを落とした。
小さな赤い花を、只の痣と見るか否か。
***
淡い光の部屋の中で目を開けたエムリは、ふっと自分の片手の温かさに気がついた。そちらを向くと誰かの手が自分の手を握っている。よくよく見ると、ベットの隣下、カーペットに座っている者がいた。ベットに横肩を預けて頭を乗せ両手をエムリの片手を挟む形で乗せている。ベット横、下にいる人物を覗けば案の定フィリルトだった。
「……先生」
吐息を立てている。フィリルトが寝ている姿を見るのは何時ぶりだろうか。ようやく寝てくれたことに安堵するエムリだったが、ハタッと、この状況の奇妙さに気づき固まる。
「……あ……あれ……?」
今は、あきらかに夜だ。静けさ漂う夜だ。起きたばかりで少しばかり、クラクラする頭を片手で押さえて考える。
考える。
考えるが、よくわからない。
確か、リンゴを貰った辺りまでは覚えている。が、その後の事がぼやぼやとしている。
――……リンゴ……
――……リンゴで、何か作ろうと……
――……あっ……アップルパイだ……
――……先生と、仲直りしたくて……
「……」
首を傾げるエムリ。その後、自分はアップルパイを作ったのだろうか。
淡い光に照らされるフィリルトの寝顔を眺めつつ、エムリは毛布を持ち上げた。フィリルトにかぶせようとしてハタリッ。一枚しかないことに気づく。
片手がガッシリと握られたこの状態。予備の毛布を取りに動けない。否、手を離したら、せっかく寝てくれたフィリルトが起きそうで動きたくない。
さて、どうしたものかと考える。ここで自分が毛布無しになっても良いのだが、フィリルトに変な負担をかけさせてしまうのも、困る。負担をかけて、これ以上寝てくれなくなったらどうしよう。
困った挙げ句、エムリはベットの下に座った。カーペットの上、フィリルトの隣。ソワソワと近づき毛布をかける。心臓が激しく音を立てるが、これは緊急事態だと自分に言い聞かせるエムリ。
枕をソッと二人の間に置き、せめてもの距離を確保し、エムリはベットに肩と頭と手を預けた。まどろげな眠たさの中、エムリはぼんやりとフィリルトを見つめ。頭の中に言葉を並べる。
――……儚い容姿、力強い手、謎めいた会話、予想外な行動、水が好き、海が好き、気まぐれに気をつかう、煙草を吸う仕草が哀愁を感じる、気取らないが少しズレてる、そんな所が愛くるしい、困ってしまうけど……なんだか愛くるしい……
夢か現実か、夢現は、ほどよく温かい。
――……きっと……昼間にあったことで……疲れて私……着替えて……先に寝てたんだ……それで……先生が……様子を見にきて……
瞼を閉じた先は暗闇ではなく、ユラユラと海の中を漂う世界。気持ちがよくて心がポカポカする。
――……ああ……起きたら……アップルパイを作ろう……きっと……先生……フィリルト……せん……せい……よろこ……ん……で……
***
エムリの吐息を聴いて、フィリルトは瞼を開けた。ソッと彼女に近づくと片手を外して流れている髪の毛を耳にかける。手を額に当てると随分と熱が下がっていて、フィリルトは微笑んだ。
そのまま、おでこに軽い口付けをして、フィリルトはエムリを胸に引き寄せる。枕の防護は二人のクッションとなり、安らぎを増やす。ベットに持ち上げようとも思ったが、フィリルトは、エムリが行動に移した状況が嬉しくて、あえてもう少し、このままでいることを決めた。
キュッと抱きしめると、エムリが気持ち良さそうに微笑んだ。フィリルトも嬉しそうに微笑み。そして、それをしばし眺めて、もう一度瞼を閉じた。
夢の世界は海の中を一緒にユラユラと漂うもので。
ポカポカとポカポカと心を温めてくれた。