「先生、娘さん、いらっしゃったんですね」
現在所持している最後の細い葉巻を吸いながら庭で森林を、ぼんやりと眺めていれば何時の間にか来た編集者が、そう言ってきた。
娘と言われて一瞬、不思議に思ったが確かに、あの子は娘とも言える。普段、家の侵入を気にしていないが、あの子は幼い弱い雌だ。少しは考えた方が良いのかもしれない。
編集者が持ってきた雑貨や食糧が運ばれるのを眺めながら考える。今は絵本を読み疲れ広間のソファーで眠っているが、こうして僕は吸いに庭に出たりするし。ソファーの上、毛布に包まりながら枕に短い髪の頭を沈め眠る幼い娘。
「女の子のベリーショートって珍しいですね。やっぱり遊び盛りだからかな」
荷物を運ぶにあたって腕まくりをしていた編集者は、それを直しながら、そう呟いた。
この子が此処に来る前に出来てしまった酷い傷は知り合いの妖精を呼び寄せて治したが髪は無理だった。妖精によって能力の得意、不得意があるようだが僕の知る妖精は髪は厳しかったようだ。
ソファーの腕置きの縁に軽く腰掛けると幼い娘の頭を撫でる。撫でれば頬は薄らと朱く染まり嬉しそうな表情で手に擦り寄った。眠りながらのその様子は赤子の動物の愛くるしさに少し似ている。多分、起きてしまえば妖精が小さくなるまで怯えていたように編集者に対しても警戒するだろう。
「名前は何って言うんですか」
編集者の言葉に顔を上げる。彼は慣れた様子で、お茶を用意して机に置きながら、そう訊いた。夏が終わり秋の陽射しが幼い娘にかかり柔らかく照らしている。毛布をかけ直しながら僕は記憶で知った名前を呟く。
「……エムリ」
「へぇ。エムリちゃんかあ可愛いですね」
屈託のない笑顔で言う編集者に肩を軽く竦め口端を上げる。
「そうだ手伝ってほしい事があるんだけど良いかな?」
「何です? 料理以外の力仕事なら任せてください」
お茶を飲みながら彼はそう言い。僕は頷く。
***
「そうかあ……親御さんを亡くしてしまった遠い親戚の……」
「辺鄙な所だけど僕は経済力だけは、あるからね。大きくなるぐらいまではさ」
「俺ぇ、そーいう話弱いんですよぉ~」
編集者と共に物で、ごちゃごちゃしている二階の部屋を片付ける。今は寂しがり屋の、エムリと一緒に眠っているが専用の部屋はいるだろう。寝台も住んでいる場所が辺鄙な所なので早めに注文しなければいけない。
「エムリちゃんの好きな色ってありますか? 俺、壁紙とか塗料でも何か買ってきて仕上げますよ。あ、でも職人呼んだ方が良いかな……」
「ありがとう。色かあ……」
「女の子だからって全部、桃色にしちゃ駄目らしいですよ。俺の姉の姪っ子が前に内緒話だって俺に話してくれましたから……本人曰く気を使ってあげたらしいっす」
「そうか……まあ片付けて家具の用意もあるしカタログでも見せて好みそうなのを探ってみるよ」
「そうですね。決まり次第、俺も頑張りますんで! あ、でも先生は原稿も頑張ってくださいね!」
「そうだね。ああ……前にラブロマンスの話をしてただろう? 一つ思い付いたから軽い構想の分だけでも後で話そうか」
「ぇえ!? わぉ! よしっ! よしっ!」
喜んでガッツポーズをする編集者。
「俺、先生の文章でラブロマンスもの読んでみたかったんですよね~楽しみだなぁ!」
そうか自分が読みたくて、ああ言ったのか。少し笑えてくるな。
「うん。まあ……君の好みかは分からないけれどね。僕のは薄暗いというか……」
「そこが良いんですよ、も~!」
***
幼い子供の雌は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。あの時の傷を癒し切れてはいないが、それでも前を向き明るくなる様は愛らしい。
「先生に、こんなに大きな娘さんがいらっしゃったとは……」
新しい編集者が驚いて呟く。
カラーコンタクトをしだしてからエムリは前髪を切り顔を隠し俯くのを止め僕の前以外でも、よく笑う様になった。あの色、一つで意識が変わる。喜ばしい事ではあるが、なんだか寂しいような。
「それにしても美しい娘さんだ……あ、私にも同じぐらいの息子がいるのですが……」
「流石に早いよ」
「まぁ、そうですよね」
少し本気が入った冗談を言われ流し笑い合う。エムリは本で覚えた料理を何度も失敗しながらも作り今では僕の食生活を大きく変えてしまった。何時か、この子の手料理が食べれなくなると思うと寂しい。
――……早い……まだ早い……
人ならざる者は人に比べ成長が、ゆったりとしているが。何時か、エムリは大人の見た目まで成長し僕から離れていくのだろう。そう思う度に酷く寂しくて寂しくて身体の内側で、ぐるぐるした感情が僕に吐き気をもたらす。
――……もう少し……もう少しだけ……
「私、編集者になろうと思うの」
「編集者……」
「そうしたら側に……ううん、ご飯ちゃんと食べれるか心配だし私が管理しなきゃ。お酒と煙草だけじゃ生きていけないんだからね」
成長し若々しい果実を感じさせる年頃の娘。愛らしい僕の娘。
君は僕から離れないつもりなのか。
君は自ら、そうするのか。
「……本当に、それがエムリのしたい事なの」
「うん。フィリルトさん……んんっ、これからは先生だよね! フィリルト先生の専属の編集者になる。それが今の私の目標です」
「そうか……」
「でも、その為には一度、学ばなくちゃいけなくて……」
「ああ。そうだね。うん……」
「……あ、あの……定期的に戻って……絶対に戻って来ますから……」
「うん……待ってる。エムリを待ってるよ」
「……」
泣きそうな僕の愛らしい娘を抱きしめて頭を撫でる。撫でて撫でて彼女は僕の胸の中で静かに涙を流した。
***
「やったー! 先生! 海、行って良いって許可が出ましたよ! どうですか私もやるでしょう?」
ふふんっと自慢げな表情を見せる彼女を見て寂寥(せきりょう)感で苛まれる内側が、ぐるぐるとぐるぐると僕の感情を刺激する。僕に最大限、心を開いて愛情を愛着を見せてくる彼女の距離に物理的に届いてしまう手を伸ばしてしまいたい。
――……無防備な僕のエムリ……
でも、それは。
彼女の悲しい過去が僕の邪な感情を塞き止める。
この愛らしい子の幸福は僕で無くとも紡がれていくのだろうか。
このまま、ずっといられる自信は僕には無い。
何か一つ、何か変われば僕は。
ああ。
僕は君を手放そうとしたのに。
どうして君は逃げないのだろう。
どうして君は。
どうして。
君は。
こんなにも愛しいんだ。
『意馬心猿 前編、後編』
*エムリ(編集者)
*フィリルト(小説家)
*責任者(紅い瞳)
なんかエムリにモーションかけてる。
エムリ戸惑う。
知恵熱出すぐらい戸惑ってる。
はたして、アップルパイの行方はいかに…!?
『一幕あとがき』
この二話までの平和的ポエミー(笑)なお話、読んでいただきありがとうございます。続きからなんか濁ってきます。この状態だと風邪引き女子就寝中に変態行為をした男の話しに…!
二幕からジワジワ道徳心が腐っていきます。