外のある学校
いや、この地域の人間達はある事で持ち切りだった
それは言うまでもない、"あの人"と言うだけで伝わった
それを聞いた人物は皆が首を振る
その人物は行方不明者だ
高校に通っていたその行方不明者は白玉楼に行ったのも皆知っていた
何故なら行かせた張本人達が少しづつ他人に喋り、それが広まったからだ
警察は神隠しなんて信じる訳も無く、ただの行方不明として扱った
それが例え白玉楼のものであったとしてもだ
当たり前だった、神隠しなんて映画じゃあるまい
"普通の人間"がそんな神秘を信じるはずも無かった
警察による捜査も行われたが彼は…"雷煌"は見つからなかった
やがて警察はこの探索を中止することにした
人一人よりも大変な事件は他に大量にあったからである
そんなこんなしているうちにその事件は忘れられ、闇に葬られた
今や僅かなご老人方が…まるで別世界に行ったあとの様なことを言う老人達が覚えている
もちろん介護する者たちはそれを受け流して…子供の読み聞かせに使う
ご老人達は語る
かつての神秘が全て受け入れられた世界のことを
己がそこに迷い込み、命からがら逃げてきたことを
あるいは名残惜しくも帰ってきたことを
それを若者は戯言と笑い…いつか後悔するのだ
〇
「久しぶりじゃないか」
「おお、お前も」
あれから数年、張本人達は大人になっていた
過去のイジメを忘れ、いつも通りの生活を送っていた
彼らの記憶から"雷煌"という人物はいなくなっていた
完璧に、元からそんな人物、居なかったかのように
彼ら彼女らは、ふとしたきっかけで集まることになったのである
とてもふとしたきっかけ、何気ない一言だった
ただ、久しぶりに集まろうという言葉
それだけが、口からでなければ
友人たちとの会話
それは誰であれ必ず盛り上がるものだ
そしてそれが旧友であれば、古い話も盛り上がる
そして、かつての学校の話をしている頃だった
「そういや、覚えているか?あの屋敷のこと」
「あー、西行寺邸ね、多分」
「そう、それだ」
会話は西行寺邸についてに変わっていた
かつての友は皆が忘れかけていたが、屋敷という単語で思い出す
昔昔西行法師という名高い僧が住み、そして死んだ場所
何故か分からないが立ち入り禁止となりその前の階段のみが観光名所となっていること
しかし、西行法師という昔の存在は人々の興味には止まらなかった
ただ、春先にとても美しい桜を探すということだけで有名になっていた
西行法師は、その後ろにくっついていた
「あそこで肝試ししないか?もう休みも終わるしな!」
「お、賛成」
「あっしも」
「私も」
「俺も…だけど開いてんのか?」
1人の青年が呟く
観光名所の立ち入り禁止区域、開いてるはずがない
その疑問に対して、彼は首を大きく縦に振る
「うむ、開いている、普通にな」
「なんでだ?」
「分からん、何かそういう理由があるんだろう」
そう言って彼は話を区切った
そして、明日、西行寺邸で集合とも言った
「じゃあ、またな」
「おう」
そんな会話をしながら、帰った
その日を境に現実離れするとは思わずに
間抜けな話だ、立ち入り禁止区域に入って行方不明、間抜けな話
彼らは生きて帰れることを何も疑わなかった
そう、何も
ただ、1人
「…本当に行かせたことを忘れてるんだな
可哀想な奴だぜ、雷煌」
彼だけが…"あなた"だけが覚えていた
○
逞しい緑が西行寺邸の階段を囲っていた
その逞しい緑には明るい光…月の光が当たっていた
すでに日は落ち、月がてっぺんに昇っていた
時間は役11時を過ぎる頃、男女の若者がつどっていた
彼らは今宵の出来事を一生忘れられなくなるだろう
生きて帰れればの話だが
「ここが西行寺邸か」
「変わってべよ、何も」
「母校も変わってなかったわよ」
「中が腐れ落ちてたりしてな」
「怖いな、雰囲気が重い」
合計5名の若者は会話をしながら階段を登り始める
観光名所といえど明かりはひとつもなく、手に持った懐中電灯の明かりが唯一の光だった
その唯一の光は2つ、あった
ひとつは提案者である男の手の元に…お調子者だ、彼は
ひとつは…少し後ろで辺りを見ている"あなた"の手の元に
暗がりが照らされてはまた暗闇に戻る
何回も見られているような感じに陥ってしまう
少し、気持ちが穏やかではないのかもしれない
もしかしたら、という感情が頭の中を揺さぶっている
下調べすらしていないこいつらとは違う、情報がありすぎるくらいだ
「よゆーだな、何も出てきやしねぇ」
「まだ階段だろうが」
ごもっともな意見が出ていく
そりゃそうだ、まだ幽霊共の敷地内にすら入っていない
その業界について何も知らない奴らがギャーギャー言うようなものだ
おこがましいにも程がある
「ばぁ!」
「ぎゃっー!何をするのよ!」
「ハッHAHAHA!肝試しだからな!脅かしてやったぜ」
そんな、怖がらせ合いをしていると門の前につく
異様な雰囲気だ、とても重い雰囲気をしている
「…みんないるな?」
念の為リーダー格はみんなに呼びかけた
ここで1人でも増えていたらもう既にヤバい
よくある話だが、それを実際に体験するとなれば話は別だ
「居る」
「居るわ」
「居るぜ」
「居るべ」
4人の応答
その後に続く声は無く、確実にここには5人しか居ないと分かる
それに安堵してか、もしくは期待していたのか分からないが彼はため息をつく
その様子にすかさずお調子者は声をかける
「ビビったのか?これくらいで?」
「まさか」
リーダー格は笑いながら大扉を開き、中に入っていった
それに続くように女男が入っていく
最後に入ったのは…あなた
階段の下をちらりと見た後、彼は門の中に入る
「はてさてどうなってんだか」
彼の疑問は、すぐに解消した
「すっげえぇぇ…」
思わず、誰からかそんな声がこぼれるくらいだった
こんなに月日が経とうと未だに威厳を保ち続けている屋敷
とはいえ既に庭の池から水は無くなり、底が見えていた
ただ、それでも紅い橋やこの屋敷が威厳さをずっと現している
「すげぇ豪華だ!」
お調子者は直ぐに屋敷の周りを駆け回る
余程楽しいんだろう、心霊スポットなのを忘れるくらいに
まるで子供だ、もう既に大人だと言うのに
近くの学校に通っていた頃とは、もう違うのに
「おい、離れるなよ」
もちろん、リーダー格がはしゃぎ回るお調子者に注意を飛ばす
しかし、それを聞いていればお調子者とは言われるはずがない
彼はそれを無視する
「大丈夫大丈夫!何も出ないさ!」
挙句の果てにそう言って彼は屋敷の中に駆け込んだ
見方を変えれば家に急いで帰るようにも見えたが、ここは心霊スポット
圧倒的に行動がアホのそれである
「あ、待ってよー」
それを咎めるように女も入っていく
ここに来ただけで既に2人が中に入っていった
その事実にリーダー格はため息をつく
「はぁ、もう少し風情をだな…」
「仕方ないさ、俺たちは別のところ行くか?」
「あぁ、そうしよう…」
そこでリーダー格の男は辺りを見渡した
何度か辺りを見渡した後、目を見開き、貴方に質問する
「なぁ、あいつは?田舎モンはどこいった?」
「ああ、あいつなら俺の近くにいたが…」
そういった田舎モンがいた場所を見る
しかし、そこには誰もおらず、ただ寂しい風が吹いていた
その風はやけに生暖かく、しかし妙な寒気を誘った
「…どこいった?」
「池の方か?」
リーダー格は池の方に歩いてく
貴方は門の方向を少し見た
この時間で逃げようとするのも無理だ
それ以前に彼には好奇心がかなりあった
田舎モン故にここに来るのは少しアレな筈だが…
まぁ、もう逃げれんが
そう思いながらリーダー格の後をおった
〇
屋敷の中はかなり朽ちていた
外の威厳とは裏腹に、中の威厳は崩れ果てていた
所々に穴が空いていて片足が落ちそうなくらい
「いいねぇThe和風だ」
先行したお調子者は口角を上げながら呟く
この日が待ち遠しかった訳では無いが、興奮して恐怖どころじゃない
それの前に楽しさが勝ってしまう
「ふんふん、こりゃ心霊スポットだ」
所々剥がれた障子、倒れた障子、板の剥がれた床、腐った畳
上げればキリがないがどれも恐怖を掻き立てる
こういうのは久しぶりだ
このお調子者は文字通り、調子に乗ったことを思い始める
あの時はただの墓場で、幽霊もただ友達が化けていたものだった
ここは何故封鎖されたか、ビビった大人たちの仕業だ
何故かって?こんなにずんずん進んでいるのに何も出ない
ふふん、こんなに"豪勢な屋敷"が心霊スポットになるか
…?
「なんだって…?」
豪勢な屋敷?豪勢な?
こんなボロ屋敷が?
お調子者は改めて辺りを見渡した
ぐるりと辺りを見渡して、気付く
全てが元通りになっていることに
剥がれた床の板は元通りに、床には埃ひとつ無い
剥がれ、倒れた障子は全て戻通りでどこにも開いた所は無い
その異様な状況に、お調子者は恐怖した
いつの間にか、火の明かりがついていた
いつの間にか、気付く隙もなく
「な、なんだってんだ」
あまりの異様さにキョロキョロしていると廊下の先に人影が見える
その体つきは、明らかに女性のものだ
「あ、あぁ!お前!」
お調子者は確信した、彼女だ
一緒に来てくれたあの女であると確信した
少しの安心を得ようと女に話しかける
「お、俺は少し変でな、このボロ屋敷が急に綺麗に――」
「へぇ、私の白玉楼を、ボロ屋敷と言うんですか」
「…え」
思わず、零れた声だった
その返事の声は、どう考えても一緒に来た女のものでは無かった
また別の…幼さを残した年下の声
その人影が一歩、踏み出す
やがて火の明かりがその体の全貌を移す
長袖の白いシャツに青緑色のベスト。
足元は白靴下に黒いストラップシューズを履いている
胸元には黒いリボンを付けてた、シャツと対象的だ
動きやすい膝丈のスカートに身を包んた白髪ボブカットの女性
しかし女性と言うには辺りに顔が幼い
17、16、それ程の年に感じるくらいの顔
その上、その横には人魂のようなものが付き従っていた
真っ直ぐにすれば己の身長を超えるであろう程の大きさ
火の明かりに照らされても、それはずっとツヤを出していた
それに加え、それらを圧倒的に恐怖に陥れる恐怖
彼女は二振りの刀を持ち、更にその刃、挙句の果てに体全体が血に濡れていた
白のシャツ、緑のベスト、その白い頬に至るまで
ほぼ全てが鮮血に濡れていた
それも数年前とか、そんなものじゃない
ついさっき、斬った時に飛び散った血
そんなイメージが嫌なのに思いつく程新鮮な紅
それは先程まで恐怖が無かったお調子者を恐怖で染めていく
「う、うわ、うああああ…」
あまりの恐怖に体がすくむ
そして、更に彼は気づいた
それによってさらに恐怖が煽られる
そのボブカットの女はその事に気づいたようだ
「あぁ、これですか?」
嫌なのに、お調子者とって考えたくもないのに
彼女はとても、お調子者とって不運とも言えるくらい嗜虐的だった
彼にはとても、運がなかった
その、短刀に刺さったものを突きつけるように見せつける
それは、女の頭部
瞳は既に光を失い、表情は悲痛に歪んでいた
至る所の髪がなく更に傷だらけであるのも分かる
かなり痛めつけられた上で殺されたのが考えなくてもわかる
「貴方の探している女はこれですか?
でしたら残念です、もう死にましたよ
本当にうざったい女でした、えぇ、最後までうるさかった」
彼女は吐き捨てるようにそう言って頭部は遠心力で投げ捨てる
投げ捨てた先は、お調子者以外なかった
お調子者の足元に生首が転がる
未だに鮮血を滲み出しながら、それはお調子者を見つめる形で止まる
その瞳はまるで、恨みを込めたような視線だった
何故助けなかったのか
何故勝手に先行したのか
お前が先行しなければ死ななかったのに
お前が提案にしなかったら死ななかったのに
「ぁ、あああ…」
限界だった
お調子者の心は既に割れて、正気を失っていた
既に言えるのは人語では無いナニカ
あまりの恐怖に手元から懐中電灯が落ちる
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「五月蝿い」
「あぐあつ」
男の絶叫は刀の一刺しで止まった
それは肺を貫き、簡単に骨おも貫いていく
また、飛び散った血が彼女を汚していく
「あ、あああ。?」
既に発狂していた彼は、自身が死んだことおも忘れていた
やがてそれに気づく頃にはその魂は心の中には存在しなかった
ましてや、その身体にも
「邪魔」
ゴミを見るように、その死体を彼女は切り捨てる
その身体は胸から裂けるように2つとなり、床に落ちていく
ぐしゃり
鈍い音がしてその体が落ちていく
彼女は廊下の先に切っ先を向ける
「さぁ、次はお前たちだ」
「!!!!」
その先にいた、光を向ける2人に対して宣言した
…ここから生きて帰れるなど思わないことだと
〇
足が止まっていた
お調子者の悲鳴を聞いて、屋敷の中に急いで入った
外と変わらず中も威厳があるものだと思いながらずんずん進んで行った
庭先から入ったのに、割と近くに彼は居た
既に死んだ状態で
目の前で真っ二つになって死んだ
その女が…俺たちに刀を向けてきた
そこからの死刑宣告
俺たちに戦うという選択肢はどこにもなかった
なぜならこの2人に武器は一つもないのだから
ナイフの一本すら持ってきていない
「逃げろ!」
思わず叫んだ
このような現実とは思えない空間から逃げろ
意味がわからないところだ、なんで人がいる
男の声に反応して、リーダー格はかけ出す
「人殺し!」
今までの冷静さを掻き乱しながら走り出す
一直線の廊下を駆け出していく
「あー、待って下さいよ…」
後ろから気だるそうな声が聞こえる
もちろん命の危機を感じた2人が待つはずも無かった
彼らはただの人間だ
そこの人物とは違う
彼らを追いかけるあの"化け物"とは
あまりの恐怖で、いつの間にか懐中電灯を落としていた
何か筒状のものが転がる音がする
多分、あの化け物が懐中電灯を蹴り上げた音だろうか
「こっちだ」
障子のひとつを開けその中にリーダー格を誘導する
火の明かりがあるが、この辺りにそんなものは無かった
ただあの人の形をした化け物の周りの部屋にある
顔の半分を映し出し、その瞳がずっとこちらを向いている
リーダー格は恐怖か、部屋に急いで駆け込む
そして先入れた彼に礼を入れようと振り向いた
「あっ」
リーダー格が思わず声を零してしまう
振り向いたその先、その先では男がたっていた
彼はずっと廊下の先を見ていた
「…ぅぐ」
その胸には長刀が刺さっていた
痛みに耐えかねてか、彼は膝を崩す
「ひ、ひぃ!」
リーダー格は既に落ち着きを無くし、部屋の中をかけ出す
そのまま彼は仲間を置いて、その屋敷から飛び出たのだ
今まで、仲間として笑いあっていたもの達を置いて
すぐ後ろで、耳を塞ぎたくなる程の悲鳴
そして、下劣なくらいの笑い声
まるで、あっちでお遊びでもしてるみたいだった
その悲鳴に更に耐えきれなくなって、庭先を駆け出した
〇
「…っー…」
痛い
胸に明らかな異物が突き刺さっている
今までこんな痛みを感じたことはなかった
「…、ー……ヒュー…」
「苦しい?苦しいですよね」
彼女は長刀の持ち手を使う
そのまま顔を俺の顔に近づける
その口から漏れ出た息は、明らかに人より冷たかった
「…痛い」
「いたい、そう、痛いですよね、もっと、もっと欲しいですよね」
そのままグリンと長刀を回した
抉られる痛みが胸から広がる
あまりの痛みに悲鳴を止めることが出来なかった
「あぐああああああっ、ああああああ!!!!」
「あぁ、良い悲鳴、久しぶり聞いたわ、男の悲鳴なんて」
そのまま嗜虐的な笑みで何度も抉る
驚いたことに、何度抉られてもまだ、立っていた
まだ、命の炎は燃え続けていた
「…あいつは、どうした」
命絶える前に聞きたいことがあった
だからこそ死にかけた状態でも、声を出した
「…?誰のこと?皆同じすぎて分からないわ」
しかし彼女は誰のことか分からなかった
女と男、その区別すら付いてなかった
「…あの、田舎者は」
「あぁ、彼か」
彼女は今気づいたような口調で言った
今の今までそんな人物なんて会ってすらないかのように
「彼なら幽々子様の手元に居るわ、良いわよね彼は。
貴方達と違って眠るように死ねるもの」
「…ゆゆ、こ?」
誰かの名前か?
しかしそんなことすら分からない程意識は朦朧としていた
そこで、まるで何かを思いついたような顔を彼女がした
嫌な予感がした
「そうだわ、彼女に…"彼"にも会わせてあげる」
「彼…?ぐあっつ」
誰のことか理解する前に鋭い痛みが体を襲う
長刀で持ち上げられた、腕を使われず、そのまま持ち上げた
ゴミのように、先程の女の頭部のように
俺はそのまま運ばれて行った
〇
「はっ、はぁっ、はぁっ!」
走る
ずっと、足を止めない
もう残っているのは俺一人だろう
田舎者も、お調子者も、女も、最後の男も
もう誰もいない
「…!?」
外に飛び出すと、外の景色が入る前と変わっていることに気付く
枯れ木には何故か全てに桜が咲いており、干からびた池には水が戻っている
ふと振り返れば、色薄れた屋敷はいつの間に幽玄な屋敷に変わっていた
どこかしら儚さを持ちながら威厳を感じさせる屋敷
「ひぃ、ひぃ」
それに対して疑問を飛ばす程の正気は保っていなかった
ただ、この場から逃げ出したいという気持ちだけがあった
庭を駆け出し、大扉に急ぐ
石畳からカツカツと規則的で変則的な音が響く
どれも落ち着きを無くした、正気を失った者の足音
「つ、ついた…」
大扉の前で思わず一息ついてしまう
あれだけ短かった石畳がなぜだかかかなり長く見えてしまった
おかしかった、距離は長くないはずなのに
ため息のように一息を着く
「と、取り敢えず」
安堵に包まれながら大扉を押す
ギチギチと軋む音が響く
それでも
「あれ」
扉は開かなかった
何度押そうとも扉は開かず
どれだけ力強く押そうとも開かず
「開け、開けよ!」
何度も扉を叩く
それでも扉は開かない
「開けって!開けてくれよ!」
しまいには扉にタックルをするほどになる
しかしどれだけ扉を開けようとして扉は開くことは無かった
「あ、ああ…」
思わず、大扉の前で膝をついてしまう
開かない、その事実が重く肩にのしかかる
ここから出られないという絶望が心を襲った
そして、後ろから響く足音
石畳からカツンカツンと特有の音が響いてくる
体を座り込んだ状態で、後ろをむく
「ああ、見つけた」
今更、既に見つけていたはずなのに、彼女はそんなこと言った
その両手に持った刀が、鈍い輝きを放つ
「ああ、あああ…」
恐怖のあまり、後ろに下がるどころか足が動かない
いやいやするように首を振ることしか出来ない
「意気地無し、主人の方がまだ意地はあった」
目の前まで立った彼女はそんなことを呟いた
あまりの恐怖に聞き逃すところだったが、確かにそういった
「な、なんだよ、主人って」
「おや、御知り合いではなかったのですか?
いやはやあの方から聞いた時はご友人と聞きましたが」
何故か落胆したような声を目の前の人物はこぼした
それの意味が分からず、がたがたと震えてしまう
「本当に?雷煌様をご存知ない?」
「ら、雷煌?誰だよ!知らねぇよそんな人物!」
がたがたと震えながらそんなことを零してしまう
実際彼はもう雷煌のことは覚えておらず、そう答えるのは自然だった
その答えに、更に落胆したようだった
「残念です、本当に」
長刀の切っ先をその顔に向け、ゆっくりと上にあげていく
全く動かない月から放たれる月光が、切っ先を照らす
そして、それが簡単に振り下ろされた
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!、!!!」
斬られたことによる激痛により悲鳴が響く
致命傷により、簡単に、実に簡単に意識は喪失した
「そうそう、扉は引き戸です、こちらからはね
普通、考えたら分かるでしょう?」
最後に、聞こえたか定かでは無い言葉が投げかけられた
それに答える者はいなかった
〇
「幽々子様、全員…いえ、一名以外"掃除"が終わりました」
「ありがとう…最後の一人は」
意識が朦朧とする
常に瞼が閉じようとしていて、それを何かが無理やり開けていた
胸の痛みはいつの間にか少しだけマシになっていた
体は動かなかった、動く気力すらなかった
少しだけ視界を見てみれば、どこかの障子の前だ
ボブカットの女が横にいて障子の先に誰かがいるらしい
火の明かりが影を映し出していた
しかし、その影はなぜだか肥大化していた
所々がおかしい、何かが"絡み合っている"ようだ
「居ます、真横に」
「中に入れて」
そんなことをぼんやりと思っていると会話が進んでいた
ぐっとした浮遊感を感じたかと思えば地面に打ち付けられた
投げられたのだと思うのに時間はかからなかった
「では私はもう1人を」
「お願いね」
シュタンといつの間にか開けられていた障子が閉まる
俺はできる限りの力を使って顔を上げた
この妖艶な声が誰から出されているか気になったからだ
目が合った
桃色髪にドアキャップのような帽子
水色を基調とした少し幽玄的な衣服
生き人とは思えない、既に死んだと思えるくらい白い肌
それらが異性を引き込む魅力を持ってあった
「こんばんは、初めまして
私、西行寺幽々子と言います」
しかし、この場でそれらに対して欲情は出来なかった
だって
彼女と"彼"は絡み合っていたのだから
一人の男が彼女とまぐわっていた状態だった
顔は整って、青年と言えるほどの顔つき
しかしその肌は絡みついた女性と同じくらい白い
その上来ている服は2人ともはだけていた
男からは一物が、女性からはふっくらとした乳房と鼠径部が
しかし男の一物は既に女性の鼠径部にあり、白い液体を滴らせる
ぼんやりとした視界でも分かるくらい、女性は濡れていた
服や肌の上に白くぬめった液体がそこかしこに付着している
顔も、乳房の谷間も、惜しみなく濡れていた
男の瞳に生気は無く、どこかをぼーっと見つめていた
生きているかも怪しかったが、どうも生きているとは思えない
「そんなに怖がって、私が怖い?」
芋虫のようにモゾモゾとしか動けない俺に彼女はそういった
怖い、という感情はどこにもなかった
ただ今から死ぬのかという感情だけがあった
「そこにいる彼も同じだったわ
でも最後は死を受けいれ、懇願した」
彼女が向けた目線の方向に目を向けた
そこには既に事切れた田舎者の死体があった
瞳は生気を完全に無くし、胸元は動かず、身動ぎもしない
見た目から死んでいることは確定だった
「貴方は…そうでもなさそう」
彼女は軽い口付けをまぐわっている男に対してする
男の瞳に生気が少しだけ戻った気がする
実を言えば彼女の言う通り、死を受けて入れていなかった
目の前の男
雷煌が、まぐわっていることに否定感を覚えていた
どうして、お前が、こんな美人と
劣等感と羨望、嫉妬が混じっていた
「…気に入ったわ」
そんな瞳を彼に向けていると、突拍子も無く幽々子が言う
何が気に入ったのか、分からなかった
その時、外から絶叫が響いた
リーダー格の男のものだ、ダメだったらしい
それを聞いて、更に幽々子の笑みが深まった
「お前、運が良いわ」
彼女は実に楽しそうにそう言った
なぜ楽しいのか分からなかった
しかし、ただ、無感情が心を支配した
「幽々子様、終わりました
コイツはどうしますか?」
障子の向こうからボブカットの声がした
酷く無機質で、ゴミの処分方法を聞いているかのようだった
それに対して、幽々子は
「外に送り返してやりなさい」
それだけ、ボブカットに伝えた
それに対して何も疑問を持たずにボブカットは「御意」と言う
どこにも否定的な態度はなく、ただ主に従う従者だった
ずるりと部屋から引き摺られる
幽々子の冷たい瞳がずっとこちらを見ていた
対して俺はずっと、雷煌を見ていた
羨ましい、あの男を
ふと、生気が彼に戻ったかと思えば彼は片腕をこちらに突き出す
それが白い何かを纏ったかと思えば、俺はたちどころに意識を失った
〇
「…、……」
再び、意識を取り戻した時の景色は白い天井だった
柔らかいベッドと、布団が確かな感触として伝わる
辺りを見渡しても、誰もいなかった
そもそも、ここは個室だった
俺はいつの間にか別県の病院に隔離されていた
答えは単純で、あの場所の設備では到底治療出来なかったから
胸を刀で突き刺され、抉られたのだ、当たり前な話だ
医師からは死亡を宣告されたが、しぶとく生きていた
世話をしていた看護婦ですら驚いていたらしい
しかし、覚醒して三日程した時、俺はノイローゼに陥りかけた
それは俺が眠っていた期間
その期間、実に九年
数日見ていた窓からの景色
それが少し先進的だなぁと思っていたら九年進んでいる訳だ
そりゃ技術は進歩する
「ですが余命はそれほどありませんよ」
そう言われた
そりゃ当たり前だった
左肺と心臓に大きな傷がある、余命がある訳が無い
しかしどういう訳か、俺は生きた
まるで、俺が生きる未来があって、それを今歩んでいるかのように
俺は、一生あの屋敷を忘れない
そして、二度とあの場所には近づかない
あんな場所は二度とごめんだ
〇
何とか社会復帰してから数日
とあるメールが届いた
差出人は職場の後輩
『こんど、花見なんてどうっすか』
後輩からのメールだ、断る気はあまりなかった
しかし、"花"という単語がとてもきにいらなかった
『どこでやるんだ?』
俺は素朴な疑問を投げかけた
少しだけテレビを見ていると、すぐに帰ってくる
若者らしい、そう思った
あぁ、本当に若者らしいと思った
『西行寺邸ってところらしいっすよ』
「ねぇ、なんで彼を生かしたの?」
まぐわっている最中、そんな言葉が聞こえた
私は何も躊躇うことなく言った
「何、彼は良くしてくれたからね、良い奴だよ」
「未来を変えるくらい?」
「あぁ、未来を変えるくらい」