※この作品はR-18です。

夕暮れ時の世界にて   作:H117147

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 俺達は、曖昧な足取りで、闇の野辺を彷徨い歩いている

 静寂に満ちた、雪と氷に閉ざされた世界

 本質的に順応など出来やしない、その冷たい世界は、人の恒常性を少しずつ蝕み、その命を凍てつかせてゆく

 凍てついた海の氷面を、白光が僅かに揺れている
 弧を淡く投射する其れは君の面影だろうか

 透き通った肌が触れる
 深海の清廉な水の様な肌が触れる
 俺の手は君を傷付ける
 僅かに君は身を震わせて、それでも俺から離れない
 
 深く深く、海の底の様に深く
 暗闇に抱かれている

 次第に君の身体は冷たくなっていく
 夜の帳の降りた静寂の様に
 幽玄な深夜の大海原の様に

 俺は耐えきれなくなって泣いた
 君は、天真爛漫な表情で笑う

 こんなに暗い夜なのに、星の光が見えないから
 道しるべを、君だけに求めている
 
 淡い炎を燃やし、君は俺の灯火となり、温もりとなる

 未来は何処にあるのだろうか?
 今と言う現実は重要ではない?

 軈て帰還不能点へと至る時

 君は其の先に来てはならない
 君は其の先に来るべきではない
 君を其の先に巻き込むことなんて

 君が居なければ、俺はどうしようもないのに

 君は俺の側に居られるなら何処でも良いと言った

 俺は君の何も分かっちゃいないんだ

 君の命を削ることで、猶予だけは、幾ばくか残されている

 優柔不断な俺の感情が先の見えない果無の旅路で如何様に紡がれるとしても

 その時は、未だ、今じゃない


 だから、今は手を繋ぎ合わせる
 互いに手を引く、引き合う

 せめぎ合う
 拮抗して、反発して
 それでも、離れる事はなく

 未だ、黎明の暗がりの中に居る

 一つ判断をすれば直ぐにでも迎える刻限の前で

 その一時の中で、今も、佇んでいる。




Sherry.

 

 

 ──夢、夢を見ていた。

 

 人として腐りきった男の、救いようのない夢を。

 

 

 モノクロの空。林立する高層ビル群。

 

 満員電車は今日も定刻通りに目的地へと男を運び、彼も、彼以外の数多の人間も吐き出して、新たな人間を飲み込んでいく。

 車両のドアが閉まる直前、人工的に調合された香水の匂いと、汗の匂いと、鉄の匂いが混ざった風が顔を撫でた。毎朝嗅ぐ匂い。此の街の匂い。

 

 栄華の象徴にも、自分を見下す監視塔にも見える摩天楼の下を、男はとぼとぼと歩く。

 靴底が均一に舗装された道を叩く音は、他の何百人の足音に紛れて消える。雑踏の中に居ると、自分という存在の輪郭が溶けていく。誰も男を見ていない。誰も男を認識していない。否、誰もが誰をも。それはある種の安堵であり、同時に、緩やかな窒息でもある。

 

 それは、何事も無い、至って何時もの日常だ。

 

 視界に広がるのは無味乾燥とした世界。

 幾万の人々は目前に在る互いには関心を持たず、電子機器の中の世界にばかり気を取られ、下ばかりを向いている。

 それなのに、すれ違い様に明らかな好奇、侮蔑的な視線を浴びた様な感覚を男は抱く。それは正しく気のせい、自意識過剰である事に気付きもせずに。

 

 行き交う雑踏の中、ビルの合間から吹き込む風だけが嫌に冷たい。

 傍らのショーウィンドウには酷く窶れた眼をした男が、その奥に設置されているマネキンが纏った華やいだ衣装の価値を殺してしまうかの様にぼんやりと映り込んでいる。

 

 

 少なくとも男にとって、その世界に感動は無く、意味も無かった。

 

 徒に自分を酷使して時間だけを貪り、表面上の付き合いを重ね、誰もその内面に立ち入ろうとしない。

 ──いや。立ち入ろうとした人間が居なかったとは言い切れない。ただ、男がその手を払い除けた。差し伸べられた手を取る方法を、男は知らなかった。教わらなかった。

 

 

 ──男が孤独だったのは、自分が捨て子であると言う身上を盾にして、八つ当たりしていたからだ。

 自分こそが悲劇の只中にあるのだと憂い、嘆き、厭世的な考えに酔い、ただそれだけ。

 

 それを踏まえて、世間はそんな彼に冷たくて。

 後ろ向きな人間に対して手を差し伸べる程、優しくなくて。

 

 自分の出自は幼い頃に施設や学校で虐げられる格好の標的であり、自分はそう言う社会的弱者なのであると深奥に刷り込まれたスキーマは最早自己修復が出来ない程に手遅れになっていて。

 

 何事も批判的に懐疑的に。人が怖くて積極的に関わろうとしない癖に、嫉妬ばかりして。自分からは何も変えようとせず、誰かの不幸をほくそ笑み、そして自己嫌悪に陥る。

 

 その時の彼は、自分から歩き出そうにも、道なんて見えていなかった。

 何処に向かい、どう行動すれば良いのか。その答えが分からないから、感情は負に呑まれ、思考は悪化の一途を辿る。

 孤独は沼の様に彼の足を捉え、其処から足掻く力さえも奪っていって。

 

 故に何も変わらない。

 何も変われない。

 何も変えようとしない。

 

 そんな日常だった。

 何の変哲も無い、ただの悪夢を見ていた。

 

 

 

 『三日月と司令官⑥』

 

 

 

 「......ぁあ」

 

 

 「...司令官?」

 

 

 

 7月の夜。

 

 雲一つ無い満天の星空を見上げる北大東島。

 

 島の灯りは基地の僅かな照明だけで、光害という概念が此処には存在しない。見上げれば、天の川が白い帯となって空を横切り、その中に無数の星が瞬いている。天蓋が降りてきたかの様な、手を伸ばせば触れられそうな星空。 

 

 そんな中にある北大東島要塞、その浴場。

 

 基地の浴場は、元は十数名が利用する事を想定した造りで、二人で使うには余りに広い。白いタイルは経年で所々が黄ばみ、目地に黒ずんだカビが生えている。天井は高く、湯気が上昇しては鉄骨の梁に纏わりつき、水滴となって時折ぽたりと落ちる。その音が、静寂の中で妙に大きく響いた。

 

 浴槽から立ち上る湯煙が、陽炎の様に揺らめいている。

 壁の上部には嵌め殺しの小窓があり、そこから夜空が切り取られて見えた。湯気の向こうに星が滲んでいる。

 

 高い湿度は多少の息苦しさを覚える程度で、疲労も相まって彼の視界を暈し、思考を微睡みへと誘う。

 

 隣に浸かる三日月がふとした顔で司令官を覗き込むと、彼は眉間に皺を寄せ、顳顬に人差し指を宛がった。

 

 

 「お疲れですか、司令官?」

 

 

 柔く包み込むように、或いは纏わりつくように。

 

 広い湯船の片隅で、三日月は司令官にすり寄って言う。

 彼女の白磁の肌は湯気の中で仄かに上気し、普段よりも柔らかく見えた。濡れた黒髪が肩から胸元にかけて張り付き、湯の中で緩やかに揺れている。

 

 

 「あ、あぁ......ごめん......」

 

 

 脱力し、覚束無い意識で反射的に返す。

 

 疲労と言うには些か足りない。身体を随意的に動かす事も出来ない。出来ないが、それを焦る思考すら、湯に溶け出していくようで。

 指先の感覚が鈍い。湯の温度が分からない。熱い筈なのに、肌の表面でその熱が弾かれている。身体の芯に届かない。

 

 

 ──酷く気味の悪い夢を見ていた。

 

 映像には雲が掛かり、まるで思い出せない。

 

 回想の様な、何かの記憶の様な、言い様の無い既視感だけが脳裏で堂々巡りをしている。

 高層ビル。満員電車。ショーウィンドウに映る自分の顔。──何だ、あれは。此処にはそんなものは無い。此の島にはビルも電車もない。なのに何故、あの夢は、あんなにも生々しかったのだ。

 

 何かを訴えかけているが、それを指し示す明確な言葉が見付からない。

 

 

 頭だけが異様に痛くて、何も考えられなくて。

 

 

 

 「...司令官。そろそろ限界なのでは?」

 

 

 「ああ、ああ......上がろうか」

 

 

 「いいえ。違いますよ、ほら」

 

 

 三日月は静かに司令官の腕を取って、自身の胸へと添わせた。

 芸術的なまでにきめ細やかな柔肌に触れる。

 絹の様に嬋媛な感触をその肌から覚える。

 

 しかし、彼に反応は無く。

 ただ、力無く三日月を見詰めるだけ。

 

 彼女の肌の温もりが、掌を通して伝わってくる筈だった。けれど、何も感じない。自分の手が、自分のものではない様な。

 

 

 「...こんなにも冷たい。ずっとご無理をなされていたから」

 

 その手は。身体は。氷の様に冷え切っていた。

 熱い湯舟に浸かっているのにも関わらず。

 眼に光を灯さず、まるで幽鬼の如く生気が無い。

 

 しかしそれは摂理的なものだった。

 彼の、人間としての欠陥だった。

 

 

 「......無理なんかじゃない」

 

 「じゃあ、強がりですか?」

 

 「そんなんじゃないんだ...」

 

 

 ──そんなんじゃない。無理をしているのでも、強がっているのでもない。ただ、踏み出せないだけだ。一歩を踏み出せば楽になる事を知っていて、それでもその一歩が、人としての最後の一線を越える事だと分かっているから。

 

 ...ああ、既にその一線は超えているのに。

 

 霞掛かった視界は眼前の少女を曖昧に映す。

 虚ろな瞳で捉えたのは三日月の無表情。ただ、普段は雪の様に白けた肌が、仄かに紅潮している。それが湯の暑さに由るものか、感情に伴うものなのか、彼には考えられなかった。

 

 

 「...俺は、ただ......

 「司令官」

 

 

 それでも口を紡ごうとした矢先、三日月は全身を司令官に寄せ、預ける。

 その胸元から彼を見上げて、小さな手で戴白を撫で、白い肌に触れ、余りに冷え切った両頬を包み込む。

 

 密接する距離。柔い吐息の音が、彼女の律動が、静かに聴こえる。

 

 尚も近付く。近付く。近付いて。

 唇が、触れた。

 

 「チュプ......んっ、ぁむ......」

 

 小さな舌が口を歯をすり抜ける様に彼の口腔へと入り込み、互いの白黒の前髪から滴る湯の混じった唾液を送る。

 

 喉が二度三度と動き、水分を嚥下する。

 それはまるで、子に施しを与える行いのようで。

 

 ......長い時間、そうしていた。

 

 静寂の環境で一途にする行為は1分程度のものだったが、彼には、そう思わせた。

 唇が離れた後も、三日月の体温の残り香が口の中に留まっていた。それだけで、少しだけ、指先の感覚が戻ってくる。身体が思い出す。──ああ、これだ。この感覚だ。俺の身体が求めているのは。

 

 

 「ふふ、司令官...。ごめんなさい、私も意地悪が過ぎましたね」

 

 

 ───その声は妖艶で、蠱惑的だった。

 その声は正に言霊の如く、奥深くへと浸透する。

 

 言おうとする前に、彼女は言う。

 想いを言葉にする。恰も知っていたかの様に、

 

 

 「司令官は私の身体を案じて下さっているのですよね」

 

 斯くも、心へと訴え掛ける。

 その一言一句は彼の思考の暗雲を掻き分け、事実だけを痛烈に知らしめる。

 

 そうじゃない。そうじゃないんだと、それが言えない。言えない、行動に移せないから、彼女は促す。

 

 それは安易で、都合が良く、そして、優しい嘘。

 優柔不断な彼を誤魔化す、曖昧な言葉。

 

 

 「司令官。ですが、葛藤も悩みも憂いも嘆きも鬱屈も無力をも押し込めて、それでも最後に私を傷付けてくれる貴方の心が、私は嬉しいのですよ?」

 

 

 

 ──その身体には生命活動を維持するにあたって、一点の異常があった。

 

 

 

 「私を削いで、私というものを取り込んで、私の身体を、私の存在を、司令官の生きる糧として頂けるのは...」

 

 

 

 ある過去の致命傷から、人体構成の一部を三日月の臓器で補っている彼の身体は、その日を境に服薬的な"食"を要するようになった。

 

 

 

 「嗚呼...それは大変に、幸福なんです......」

 

 

 

 彼女、三日月の血を、肉を、定期的に摂取しなければならなくなった。

 

 怠れば、身体は次第に活動を鈍らせた。

 最初は指先の痺れから始まる。次に味覚が鈍くなる。食べ物の味が薄くなり、やがて何を食べても砂を噛んでいる様になる。

 ここ暫くの食事について、もう随分と味が分からなくなっていた。

 

 やがて体温が下がる。湯に浸かっても温まらない。夏の島で、汗を掻かなくなる。

 

 

 そして最後に──恐るべき飢餓感に、自我が支配される。

 

 

 断食は既に通常の間隔から更に一ヶ月を超過していた。

 

 少しずつ、身体は緩慢なる死へと向かっていた。

 

 

 艦娘の身体と言うものは、ヒトよりも頑強に構成されている。骨密度、筋量、血中濃度、あらゆる数値が平均に比べて異常に高い。それは端的に怪我や病気に強いとも換言出来る。

 

 三日月の身体は中でも特異であった。膨大なる彼女の過去、艦娘としてのキャリア、人となり、その肉体的特徴は。例えば不可逆的に思える損傷に対して、人外な治癒力を発揮する。

 それは艦娘ならではの特徴ではあり、実際のところ医学に実用化もされてはいるが、その度合いは彼女の場合、再生と表現するに足るものであり、故に、余りの遺伝子優位性により、人の側が投与に対して拒絶反応を起こしてしまうもの程のでもあった。

 

 しかし前述の通り──彼のみが唯一、三日月の臓器移植に耐えうる身体を持っていた。持っていたと言うには当時の状況は余りに切迫しており、それしか方法が無かった。結果として功を奏したものの、それは偶然、運が良かっただけに過ぎない。

 何れにしても一命を取り止めた次第ではあったが──しかし、それは劇薬に変わりなく。ただ一度の移植の後、強烈な麻薬依存の如く、今度は彼女の身体を取り込むと言う人倫に反する行いで以てしか、身体が生命を維持しなくなってしまった。

 

 作用には、等しく副作用が存在する。

 その身は、肉体的に三日月を求めてしまう。

 

 

 「三日月......」

 「司令官」

 

 それを、彼女は。

 本当に、天恵を得たかの様に、喜んで、悦んで、歓んで、受け入れるのだ。

 

 

 故に、幾度と無く、それは交わされた遣り取りだった。

 

 普遍的な道義や倫理と言った観念、変わりたくないと思う感情、人間としての信念等、ただ目前の死には一片の意味も為さない。彼にもまた、死ねない理由があった。たった1つの願いの為に、倫理観など捨て置けば良い。

 

 だがそれは、最早それは、人として逸脱している事もまた確かで。 

 尋常ではない。人が人を食すなど、あってはならない。惨い。悍しい。グロテスクで、凄惨で、恐ろしい。

 

 だから自らそれが出来ない。決して三日月を案じてなどという高尚な理由でなく、ただ臆病で、惨めで、死にたくないと思いながらも、生きようと足掻くことすら出来ない堕落した男。

 

 ああ、なんて、どうしようもない。

 それでも、自分ではとても選択出来ない。

 自ら彼女の身体を欲してしまえば、それはもう人でなしになってしまうから。

 

 それを男は自覚し、また彼女も把握して。

 把握しているから、三日月はそっと彼に提言する。

 その罪の意識こそが、自身にとっての幸福であると。

 

 

 「司令官......きて」

 

 

 ──三日月は自身の願いをこそ、男の生に重ねた。

 自身の在り方を、生きている意味を、司令官に委ねた。

 

 その願いは偏に純粋だった。

 

 人に関わりあいたい。人と同じ様に生きたい。愛が欲しい。愛が恋しい。人間が持つ愛しい感情。強い感情。人を愛したい。人に愛されたい。それは深く深く骨の髄まで魂の最奥にまで刻まれた純然なる願い。

 

 人によって造られた船体。人によって育まれた心。この身体に宿る様々な想いは1つの原動力になって、今こうして人の身を得た彼女を突き動かす。

 短くない闘いの日々。"自身の特異性により"孤立していった中で見付けた寄り添える人。

 彼のその異端な経歴──或いは特別な境遇。身寄りの無い孤独で、都合の良い人。瀕死に際して三日月によって生き、三日月に生かされ、そして三日月に"囚われない"人。

 

 ───故に彼を求める。求めて、放す事など出来ない。

 いつ如何なる時でも干渉し知覚し共有し依存して、他の誰にも立ち入る隙は無く、互いに心身を委ね、生も死をも重ね、その尽くを一蓮托生として、漸く隣あえる人を得た。

 彼には私が居ないといけない。私にも───。

 

 もう、私達は1つのようではありませんか。

 

 この身体は貴方のもの。私の心も身体も骨肉の一片まで残さず、既に"3人分"くらいは貴方の中に居るのだから。

 

 やがて、触れる。触れる。

 虚ろな眼が閉じ、意を決した様に見開けば、その口は三日月の元へと向かう。

 

 自分の意志で。湯の中で、鉛の様に重い腕を、三日月の華奢な肩に伸ばし、抑えつけ──

 

 

 「...痛ッ......」

 

 

 小さい肩口の生々しい紫斑に口許を這わせて、歯を立てる。

 

 ──もはや再生しきらず痕が残りだした彼女の傷口。その上に、新しい傷を刻む。

 肉に食い込む鈍い痛みは、しかし三日月の表情を恍惚なものへとさせる。

 

 益々噛む力は強く、厚く、鋭く......

 

 

 ブチ......ブチ......メリッ...

 

 

 「......っ、ふっ、ふっ...」

 

 

 肉を裂き、傷口から流れる血が胸に垂れ、腕や太股までを紅く染める。

 湯の表面に、紅い筋が広がる。三日月の血が、湯に溶けて、薄い桜色に変わっていく。

 痛みは熱を伴い、珠のような汗が額から滲み吹き出して、涙と合わさり司令官の首根へと滴り落ちた。

 

 「ふ、ふふふ......司令官、司令官...」

 

 口の中に広がるのは、鉄の味。そして、その奥に、微かに甘い何か。三日月の血は、甘い。初めてそれを口にした時から、ずっと。その甘さが、身体の隅々に染み渡っていく。指先に感覚が戻る。視界の霞が晴れていく。身体が温まっていく。──生きている、と、細胞の一つ一つが叫ぶ。

 

 

 「三日月、ごめん......ごめん......」

 

 儀式めいた異常な行為は、ある種の神秘で以て不可思議な様相を呈していた。

 混ざる。交ざる。混ざって溶け合って、身も心も一つになる。

 

 少女の血と肉が取り込まれ、男の生命活動を維持させる。

 

 

 ──ああ、なんて素晴らしいのだろう!

 

 

 三日月が司令官の中で循環し、満たされ、充足され、命を繋ぐ。私の命が司令官を生かしている。その事実が細胞を震わせ、脳を弾く。嬉しい、嬉しい、嬉しい!司令官に受け入れられている、司令官が私を必要としてくれている。皆が疎む私を、その罪の意識に苛まれながら、司令官が!司令官だけが!

 

 これは愛とは違うのだろう。必要と愛は同じではない。

 でも構わない。

 この人が私を噛む時、この人の中で私の血が巡る時、私は確かに──確かに此の世界に存在している。

 

 何にも替え難い至高の感覚。

 

 この身が生きていると実感出来る貴重な一時。

 

 司令官が私で染まっていく。

 ああ、どうかこの私の全てをも取り込む程に、奪いさるように、力強く、その逞しい腕で、その繊細な心で、私を。私を。私を。私を!

 

 

 「あぁ、司令官...。愛しています......」

 

 

 湯はますます朱に染まり、浴場には鉄の匂いと湯気が充満する。

 窓の向こうには、変わらず星が瞬いている。

 何も知らない夜空が、何も問わない静寂が、二人を包みこむ。

 

 

 凪いだ海の様に物音の無い環境の下、誰も知らない、見ていない、その遣り取りは、半刻程、続けられた。

 

 

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