※この作品はR-18です。

獣吼の咎者   作:凰太郎

17 / 26
獣達の挽歌 Chapter.8

 

【挿絵表示】

 

「……殺しなさい」

 姉の亡骸を膝枕に、垂(しだ)れ髪の美貌が吠えた。

 その傍(かたわ)らに〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は醒めて佇(たたず)む。

「殺しなさい! 夜神冴子!」

「戦意喪失……ってワケ? どんだけ姉に依存してんのよ、アンタ……」

「姉さんが死んだ世界になんて未練は無い! 生きる意味など無い! こんな世界に! こんな歪(いびつ)な世界に!」

「歪(いびつ)……か」

 寂しくも渇いた苦笑に同調を示す冴子。

 それ(・・)を感じられるという事は、正常(・・)な精神を持っているという事だ……悲しい事に。

 そう、悲しい。

 とりわけ〈怪物〉いう身に於いては……。

 だから──「そうね」──チャキリと銃口(じゅうこう)を、こめかみへと定める。

「悪いけど、ケジメ(・・・)に死んでもらう」

 

 

 まだ旧暦だった頃──。

 スターシャは呪われた血筋に生まれた。

 アメリカはカンザス州の田舎町に潜む家族だ。

 俗世とは閉鎖的な距離を置く一族(いちぞく)である。

 代々〈獣憑(けものつ)き〉の血統──。

 黒豹の家系──。

 そして、邪淫の一族(いちぞく)──。

 情欲が欲するままに異性を求め、その興奮が眠る野生を呼び起こし、獣と化しては食い殺す。

 満たされない赤の渇き。

 だから、また求める。

 悪循環の謝肉祭(カニバリズム)。

 はたして、求め続けるのは〝愛〟か〝獲物〟か。

 幼い頃から、そうした異常をまざまざと見て育ち、そして、嫌悪した。

 とにかく逃げ出したかった……血塗られた業(ごう)から。

 ブルックリンの高校へと進学した時には、ホッとしたものだ。

 これで忌まわしい血と決別できる……と。

 この高校へ通うともなれば、都会での生活は必須となる。

 家を出て行くに格好の口実(こうじつ)であった。

 無論、両親や親族からは激しく抵抗されたが、それはスターシャの忌避感をますます意固地に反発させる。

 強行的に実現できたのは、幼い頃から溺愛してくれる姉〝シモーヌ〟の存在が大きい。

 後押しのみならず、罷(まか)り通らないとなると当面の生活費と、家族に内緒で安アパートを手配してくれていた。

「あなたは〝普通の人生〟を歩みなさい」と慈(いつく)しみが微笑(ほほえ)む……。

 そうしてスターシャは、この地〝ブルックリン〟に転居した。

 家族にも告げぬ夜逃げ同然の逃亡であった。

 

 

 垢抜(あかぬ)けた都会の生活は、鬱蒼(うっそう)と繁(しげ)る心の森からスターシャを解放した。

 親友ができた。

 友達ができた。

 そして、恋人ができた。

 忙(せわ)しくも晴れやかな日々が続く。

 だから、彼女は悦びを実感したのだ──「これで〝普通の青春〟が送れる」と。

 そうはならなかった。

 焦がれる恋心が……内に萌芽した性欲求(リビドー)が……血に潜む〝原始〟を覚醒させてしまったからだ。

 黒い獣と堕ちた。

 野生のままに血肉を喰らった。

 鋭い爪が裂くは、親友の肢体。

 飢えた牙が噛み千切ったのは、愛する人の喉笛。

 呪いである。

 血の呪いである。

 ようやく理解した──この一族は人間とは交われぬ(・・・・・・・・)。

 人の姿へと還れば、口元(くちもと)を滑(ぬめ)る赤が罪悪感を味合わせた。

 爪に残る肉片が悲しみの嘔吐(おうと)を強(し)いた。

 そして、慟哭に佇(たたず)む裸身を、激しい雨が糾弾に叩き濡らした。

 姿を眩(くら)ませる。

 自分の痕跡を人間社会から抹消する。

 いつからか、スターシャは掃き溜まりの路地裏で寝食を満たすまでに堕(お)ちた。

 食には困らない。

 若い躰(からだ)に魅入られた男(エサ)が、勝手に羽虫と集(たか)り来る。

 汚らわしくも惨(みじ)めな堕落(だらく)。

 最低の生。

 このまま死んでもよかった。

 いや、死にたかった(・・・・・・)。

 それでも自決に踏み切れない弱さが、苦しみに憎々しい。

 どのくらいの月日が流れたかは知らない。

 巷(ちまた)にはイルミネーションが祝福を賑(にぎ)わし、赤装束の白髭(しろひげ)が子供の笑顔を彩(いろ)と染める。

 雪だ。

 寒いと思った。

 どうでもいい。

 自分は、ただ路地裏で凍(こご)えるだけだ。

 表通りの賑(にぎ)わいとは無縁に……。

「……スターシャ?」

 懐かしい声に呼び掛けられ、久しく波紋が揺れた。

 顔を上げれば、路地裏の入口(いりぐち)には彼女が求め続けていた安堵の姿。

「姉……さん?」

「よかった……やっと見つけた」

「なん……で?」

「探していた」

 優しい苦笑が懐古を刺激する。

 幼い頃から庇(かば)ってくれた愛情だ。

 母以上に〝母〟たる慈(いつく)しみであった。

「姉さ……私……私…………!」

 それが精一杯であった。

 それ以上は涌かない……言葉も……思考も。

 だから察したか、姉は妹を抱き締めてやった。

 愛しさのままに駆け寄り、慈愛のままに抱き締めた。

 温もりの捕縛に、スターシャは初めて気付いた……自分がワナワナと震えていた事に。

 その自覚が、偽(いつわ)りに鎮めた湖面を激しく叩き乱す。

「ぅ……ぁぁ……ぁぁあああーーーーっ!」

 泣いた。

 殺していた熱さが一気に込み上げた。

 止められない。

 止められるはずもない。

「いいの……もういいのよ、スターシャ……それ以上は言わないで…………」

「あああーーーーっ! うわぁぁぁーーーーっ!」

 滲(にじ)む瞳に仰ぐ曇天は、ただひたすらに白を注ぐ。

 総てを染め清めるような白さであった。

 その罪さえも……。

 

 

 そのままブルクッリンに隠れ住んだ。

 無論、住所は変更してある。

 もっと簡素な街外れへと……。

 敢(あ)えて……だ。

 雑多な民族が入り乱れに住むブルックリンは、隠蓑(かくれみの)とするには丁度いい。

 『木を隠すなら森』というヤツである。

 警戒すべきは、警察や世間の目からだけではない。

 何よりも一族(・・)からだ。

 見つかれば連れ戻される。

 そうなれば、また精神苦の環境が強(し)いられるのは明白だ。

 姉妹だけの家庭が始まる。

 さりながら、スターシャの心は満ち足りていた。

 最愛の姉がいてくれれば、それでいい。

 それだけでいい。

 もう、何も要(い)らない。

 望まない。

 例え、世界の終焉(しゅうえん)が訪(おとず)れたとしても……。

 そんな心境を拠(よりどころ)と過ごす日々に、はたしてそれ(・・)は顕現した。

 〈終末の日(アンゴルモア・ハザード)〉──魔界の黒霧は死者を甦らせ、人々は血肉を散らす狂騒に踊り、そして、黒い月が君臨した。

 一九九九年七月の革命であった。

 

 

 燃え朽ちる生家を眺めて、スターシャは一粒だけ感謝した。

「〈怪物〉に生んでくれて有難う」と……。

 だからこそ、スターシャは〝生き残る側〟であった。

 彼女達〝姉妹〟の有(あ)り様(よう)は、旧暦と何ら変わるものではない。

 否(いな)、寧(むし)ろ社会的立場は優勢になった。

 なれば、怯えて暮らす必要など無い。

 不安要素は根絶する。

 気に入らぬものは潰(つぶ)せばいい。

 生き残った者こそが〝正義〟である。

 この闇暦(あんれき)では、誰しもが準じている真理だ──底辺で喘(あえ)ぐ〝人間〟でさえ。

 だから、姉と共謀して終わらせた。

 どうせ倫理が無用の世界となった。

 家族殺しも罪ではない。

 そもそも〝家族〟の情など失せていたが……。

 

 闇に潜(ひそ)む二対(につい)の影は無敵であった。

 その連携は、血飛沫(ちしぶき)のダンスに獲物を踊らせる。

 怪物も人間も隔(へだ)たり無く──。

 ただひたすら今日の糧(かて)を得るために──。

 狩りだ。

 狩りであった。

 血飛沫(ちしぶき)散らす断末魔を歓声と奏でながらも、虐殺の輪舞(ロンド)は愉(たの)しくも感じた。

 姉がいたからだ。

 姉と一緒になって踊っているような充足感。

 そうした感覚は、その瞬間だけスターシャに鬱積(うっせき)する闇を解放感に忘れさせた。

 黒き双獣による絶対的な狩猟──その戦慄は、次第に下層の間で噂となる。

 そして、やがて〈獣妃(ベート)〉なる者が、姉妹の下(もと)へと訪れた……。

 自覚無く有名と成(な)り過(す)ぎていたらしい。

 

 

 闇暦(あんれき)という異常世界に於(お)いて──否(いな)、旧暦の青春期に於(お)いても──スターシャの心が寄り添う場所は、常に姉〝シモーヌ〟の存在だけであった。

 だから、もう何も無い。

 何も(・・)……。

「姉さん……私達、一緒だよ? ずっと……ずっと…………」

 

 ──銃声!

 

 沸き立つ憤(いきどお)りを、硝煙(しょうえん)に乗せて噛み殺す。

「ふざけんじゃないわよ……生きたくても生きられない命なんて山ほどいるのよ……この闇暦(・・)には……アンタ達が摘んだ芽(・)も含(ふく)めてね」

 この女区長が何(・)を抱(かか)えていたかは知らないし、知る気も無い。

 ただ後味の悪さだけが痼(しこり)と疼(うず)く。

 最期の涙──。

 それが伝える〝痛み〟は、夜神冴子の恩赦を刺激するに充分ではあった。

 が、勝(まさ)ったのは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としての非情。

 クイーンズ区長は見逃し、ブルックリン区長は射殺する。

 その差は、ひとつ──〈ベート(・・・)〉は見ている(・・・・・)。

 それだけ(・・・・)だ。

 たった、それだけの差(・・・・・・)だ。

 甘さ(・・)を見せてはならない。

「背負ってあげるわよ……アンタ達も」

 非情なる温情を手向(たむ)け、処刑場を後にした。

 感傷は要(い)らない。

 哀悼も要(い)らない。

 現状(いま)は、先を急がねばならない。

 

 

 

 

 指定のゴールへと辿り着いた。

 ゲームは勝ち(・・)だ……相手(ベート)がフェア(・・・)ならば。

 此処に到着するまでにも多くの罠(トラップ)や雑兵が出迎えたが、総て雑多な排斥作業に過ぎない。

 或(ある)いは、苛立(いらだ)ちの捌(は)け口(ぐち)だ。

 ともあれ、目的地の扉を開ける。

 室内の視界は見渡す限りに拓(ひら)ける。

 これまでの決闘場宜(よろ)しくフロア一面(いちめん)のタイル床が広がり、太い角柱が天井を支える以外に装飾は何も無い。

 高層故(ゆえ)か射(さ)し込(こ)む月光は些(いささ)か克明な強さに白く、反射に構えるタイル床の青さが仄(ほの)かな神秘性を灯して彩(いろど)った。

 否応(いやおう)なしに存在感を誇示するのは、中央に据えられた巨大な石壇(せきだん)。

 その上にて横たわる青い修道着を視認するなり、冴子は達成の第一声(だいいっせい)を叫んだ。

「ジュリザ!」

「冴子?」

 同時に返す視認が計らぬ呼応を上げる。

 それを許諾と捉えたかのように、冴子は一気に駆け寄った。

 辿り着くまでの数秒間も周囲からの奇襲に警戒心を張り巡らせながら、さりとも逸(はや)る想いは安堵の確約を強(し)いてならない。

 拍子抜けにも襲撃は無く、二人(ふたり)は数日ぶりの再会を果たしたのである。

「大丈夫? 何もされてない?」

「え……ええ、特に何も……」

「って、何よ! コレ(・・)は!」

 改めて見れば、修道女(シスター)の手首足首には鉄枷(てつかせ)が甘噛みし、その自由を阻害していた。それは厳(いか)つい鎖を蔦(つた)と生やし、件の石壇(せきだん)へとガッチリ根を張っている。

「邪神でも召喚する気か! アイツら!」

 憤慨(ふんがい)紛(まが)いの発砲!

 百発百中に鍵穴を射抜(いぬ)き壊し、小鳥の拘束を解放する!

「そうした素振りはありませんでした。おそらく逃げられないように……」

「分かってるっつーの」

 拘束痕(こうそくあと)を擦(さす)り宥(なだ)める純朴な間抜けに、呆(あき)れた抑揚の肯定を返した。

 改めて周囲を展望する冴子。

 やはり気配は無い。

「ねぇ? 〈獣妃(ベート)〉は?」

 背後の人質へと無作為に投げ掛ける。

 と、その名を耳にした途端(とたん)、ジュリザは小刻みに震えだした。

 恐怖に彩られた表情──我(わ)が身を強く抱き締め、何とか己(おのれ)を保(たも)つ。

「い……いいえ」

「そう?」

 不幸な事に、索敵(さくてき)へと傾けられた冴子の意識は、背後の異変(・・)に気付く事が出来なかった。

(奇妙だわね? てっきり最後はラスボス戦でフィナーレを飾ると思ってたんだけど……)

 腑(ふ)に落ちない。

(戦力(せんりょく)を総導入しておきながら、自分はトンズラ? 割(わ)りが合わない!)

 何処か(・・・)に居る(・・)!

 少なくとも〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の直感は警鐘を告げていた。

(何処にいる?)

 滑(すべ)る瞳が暗闇を嘗(な)める。

「さ……冴子……」

「ジュリザ?」

 縋(すが)るように震える声音で、ようやく冴子は保護対象の変化に気付いた。

「ちょっと! 青冷めてるじゃない! どうしたってのよ!」

「冴子、獣(・)を……あの獣(・)を殺して! あのおぞましくも卑劣な獣(・)を!」

「獣(・)? 〈獣妃(ベート)〉の事?」

 心配と困惑を等しく孕(はら)み、ジュリザの顔を覗(のぞ)き込んだ。

 唇まで青冷め、瞳は恐怖に潤んでいる。

 しかしながら、その奥に宿る意志力(いしりょく)は毅然(きぜん)とした拒絶を示すのであった。

「お願い、冴子! アイツ(・・・)を……あの獣(・)を殺して! 貴女(あなた)にしか殺せない! 〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉である貴女(あなた)にしか!」

「落ち着いて! ジュリザ!」

「アイツ(・・・)は狡猾(こうかつ)過ぎる! 狡賢(ずるがしこ)く、卑劣で、見下げ果てた浅ましさです!」

「ジュリザ!」

「堕ちろ! 地獄に堕ちろ! おぞましき〈獣(・)〉め! 悪魔め! 地獄に堕ちろ! 業火(ごうか)に焼かれてしまえ!」

「ジュリザッ!」

「ッ!」

 錯乱(さくらん)染(じ)みた異様な興奮を、力強(ちからづよ)い両肩掴みが鎮める!

「……落ち着いて」

「ハァ……ハァ……」

「そのため(・・・・)に〈怪物抹殺者(わたし)〉がいる」

「嗚呼……ぅ……ぅぁぁああ!」

 頼もしい鼓舞に琴線が破断されたか、シスターの気丈は仮面と崩れた。一転に顔を覆って泣き伏せる姿。

 その弱々しさを見つめ、夜神冴子は傷心の共有を噛み締める。

(ベートめ、何をした? 私が来るまでに……。この恐怖心、普通(・・)じゃない)

 骨(ほね)の髄(ずい)まで〈恐怖〉を叩き込まれた──そんな破綻ぶりであった。

(散々〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉のヤツラから脅(おど)された? 外的傷害は与えなくとも、心理的に殺した……そんなところかしら)

 つくづく胸クソが悪くなる。

 これほど悪質極まりない相手は〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉として歩(あゆ)んだ人生でも初めてだ。

(……クソッタレ!)

 累積していく怒りを圧(お)し殺(ころ)す。

 と、不意に聞き慣れた声が賛辞に出迎えた。

「イヒヒヒ……どうやら辿り着けたって? さすがは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だねぇ?」

「イクトミ?」

 振り向けば、暗がりから歩き出てくる矮小な異形。

 はたして、間違いなかった。

「しかも、ほとんど無傷じゃないか? ラリィガの助力があったとはいえ、噂通りの無敵ぶりだねぇ?」

「でもないわよ。しっかりダメージは負っている」

「そうかねぇ?」

「そうよ」と、淡白な肯定に装填弾層(マガジン)をフルチャージへと入れ換える。「区長戦はもちろん、此処へ辿り着くまで雑兵相手の消耗戦……それほどの連戦でノーダメージって、どんなバケモノ(・・・・)よ?」

「闇暦(あんれき)の都市伝説」

「……殺すわよ」

 嬉しくない二(ふた)つ名(な)を指摘され、ジロリと睨(にら)みを利(き)かせた。

「んで? わざわざアンタが此処へ来たって事は、何か〝情報〟を掴(つか)んだのよね?」

「まぁな」

「……〈ベート〉の事?」

「御望みなら」と、おどけた苦笑(にがわら)いに肩を竦(すく)める蜘蛛(くも)男(おとこ)。

「聞かせて」

「まず〈ベート〉だが、未(いま)だビル内に居る。撤退も逃亡もしちゃいない」

「でしょうね」

「おや? 承知かい?」

「このままじゃ、この興業(イベント)大コケだもの」

 シラケた茶番とばかりに、不本意なゲストは乾いた苦笑を飾る。

「……で、どんな獣人(ヤツ)よ?」

「さてな? 相変わらず、そこ(・・)は掴めない」

 イクトミは不手際を悪びれるでもなく、手近な場所に座り込んだ。柱へと背凭(せもた)れると、携帯していたパイプを燻(くゆ)らせる。立ち昇る紫煙を眺める目に、はたして何(・)が見えているかは定(さだ)かにない。

「使えない〝情報屋〟だわね」

「周到なんだよ。殊(こと)、そこ(・・)に関してはな」

 相変わらず煙にだけ意識を傾けていた。

 冴子の事は〝おまけ〟とばかりに、簡素な対応だけが返ってくる。

 正直、少々ムカつきはしたが、どうでもいい些事だ。

 そもそも、それほど心を開いてなどいない……ラリィガには悪いが。

 単に〝貴重な情報源(ソース)〟としか価値を見出だしてはいない。

 利用できるものは利用する……それだけだ。

「ま、いいわ。んで? ヤツ(・・)は何処(・・)にいる?」

「……アンタ、筋金入りに悪運が強いみたいだな?」

「は? 何よ、いきなり?」

「此処での戦闘もそうだが……渡米時の奇襲も、それ以前の〈ジャポン〉とかいう島国に居た時からも、逆境から〈生〉を拾える宿星(しゅくせい)に在(あ)る。だから〈終末の日(アンゴルモア・ハザード)〉さえも生き残れた」

「宿星(しゅくせい)?」

 思わず怪訝(けげん)が浮かべたが、はたと過去に学習した雑学を思い起こした。

(確か〈インディアン〉は、パイプを〈チャヌンパ〉と称して信託具にする風習があった。その煙の在(あ)り方(かた)にて、吉凶や未来を占(うらな)うという。つまりは、そういう事(・・・・・)か……)

 イクトミは嗜好に一息(ひといき)ついているワケではなく、即興的に信託を仰(あお)いで見定めているのだ。

 見定める?

 何を?

 この決戦の結末か?

 と、含(ふく)まれていた違和を嗅ぎ取り、冴子の表情は一転に引き締まる!

 両手構えに据える銃口(じゅうこう)!

 狙いは、情報屋(イクトミ)!

「……物騒だねぇ?」

 嘯(うそぶ)きつつも焦燥は無い。

 ただ白い不定形にだけ意識を投げていた。

「何故、知っているの……ヘリコプターでの奇襲を! 私が〈終末の日(アンゴルモア・ハザード)〉の生存者だと!」

「オイラは〝情報屋〟……そんな情報を得るにワケないさ」

「はぐらかすな!」

 鼻先を掠める威嚇発砲!

「度々(たびたび)、不可解には思っていたのよ。あの区長達に〈ベート〉……時折、事前情報を得ていた節(ふし)を臭わせていた!」

 殺気を帯びた訊問(じんもん)を浴びながらも、やはりイクトミに動揺は見られない。

 ただ悠長に紫煙を眺めるだけだ。

「ジュリザを拉致したのもアナタだったのね! あの置き手紙も!」

「いいのかねぇ?」

「何?」

「いや、オイラ(・・・)なんかに銃口(じゅうこう)を向けていて? 向ける相手(・・・・・)が違うんじゃないかねぇ?」

「……どういう意味よ」

 他人事(ひとごと)めいた忠告に、意味深な示唆(しさ)──優位性を確信しているかのような態度が、夜神冴子に柄でもない緊迫を強(し)いた!

「ウォォオオーーーーン!」

 遠吠え!

 唐突にして聞こえた獣の叫び!

 慄然に呼ばれた冴子は、直感的に背後へと振り返る!

「な……何ですって? 戌(いぬ)もり──うああぁぁぁーーーーっ!」

 間に合わない!

 予測外の奇襲は、あまりにも至近であった!

 完全に虚(きょ)を突かれた!

 威圧的な獣影が押し倒さんとばかりに覆(おお)い被(かぶ)さり、血の色をした口腔(こうこう)が眼界を呑み沈める!

 熱い!

 身体(からだ)に走る!

 鼻腔(びくう)を曇らせる刺激臭から、それ(・・)が何(・)かは悟れた!

 猛烈な熱さに蝕(むしば)まれ、致命箇所が認識できない!

 ただ、熱い!

 その熱さに呑まれるまま、冴子は闇へと落とされた。

 深い闇へと……。

 自我さえもボヤけさせる深淵(しんえん)へと……。

 ひたすらに熱かった。

 己(おのれ)の赤が熱かった。

 霞(かす)む意識の中で朧気(おぼろげ)に見た餓獣は……裂け崩れた修道衣を纏(まと)っていた。

 

 

 ──お願い、冴子! 早く殺して! あの恐ろしい〈獣(・)〉を!

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。