「ん──」
朝、俺の目を覚ましたのはスマホの着信音だった。重い瞼をこじ開けると、カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいる。
「うっさいな……誰だ、朝から……」
枕元に置いてあったスマホを手に取る。画面に目をやると、後輩の黒木冬香からの着信だった。
「はい、もしもし……」
「先輩!! 今どこですか!?」
電話に出た途端、耳をつんざくほどの大音量が聞こえてきた。キーン、と頭が痛くなる。
「なんだよ黒木……朝なんだからもう少し静かにしてくれないか」
「そんなこと言ってる場合じゃないです! 先輩とさつき、行方不明ってニュースになってますよ!」
「え──」
言われて、慌ててテレビをつける。ちょうど朝のニュース番組が放送されていた。
「昨夜、──県──市の住宅から男性の遺体が発見されました。遺体は水野正幸さんと見られ、頭部を殴られて殺害された模様です。警察は殺人事件として捜査を進めています。また、正幸さんの息子の水野浩一さんと娘の水野さつきさんの行方がわからないことから、何らかの事件に巻き込まれた可能性があるとして捜索を──」
淡々とアナウンサーがそんなことを読み上げていた。画面には俺とさつきの顔写真が映し出されている。
ぼやけていた頭が一気に覚醒する。途端に蘇る、吐き気のする光景。
「先輩のお父さんも殺されたって──一体何があったんですか!?」
「それは……」
流石に言い淀む。俺が殺してさつきと逃げてる、と言葉にするのは簡単だが、それを伝えるのは別問題だ。
「んん……」
俺がそうして逡巡していると、隣からさつきの声が聞こえてきた。どうやら起こしてしまったようだ。
「んぁ……おはよ、兄さん」
眠たそうに瞼を擦りながらさつきが体を起こす。
「先輩、さつきもそこにいるんですか?」
ちら、と欠伸をしているさつきに目をやる。そういえば、さつきと黒木は同じクラスだったか。
「ああ、うん。一緒にいる」
「代わってください」
わかった、と返事をしてさつきにスマホを手渡す。
「ん、どうしたの?」
「黒木から電話。代わってくれって」
さつきはうん、と頷くと、スマホを受け取って耳に当てた。
「もしもし、冬香? ──うん、平気。──今? ラブホテル」
多少眠そうではあるが、落ち着いた様子で受け答えをしている。ここはさつきに任せた方がいいかもしれない。
そう思い、俺はベッドを出て服を着る。途端、ぶる、と寒さに体が震える。そういえば昨日は疲れきって裸のまま寝てしまったのだった。
それは、視界の隅で黒木と話しているさつきも同じ。だがさつきは露になっている体を隠そうともしない。
昨晩のせいか、その姿にやけにドキドキしてしまう。
トイレに行ってくる、とジェスチャーを送り、俺はそこから離れた。
「おかえり、兄さん。遅かったね」
俺が制服に着替えて戻ってくると、すでに黒木との電話は終わっていたようだった。
「お前な……服くらい着ろよ」
ベッドの上で座っているさつきはさっきとほとんど同じ姿だった。下着だけはつけたみたいだが。
「いいじゃん。私のハダカなら昨日いっぱい見たでしょ?」
「そういう問題じゃないだろ」
一瞬だけ昨夜の秘め事が思い起こされる。それを振り切るように目を反らす。
「もう寒くなってきてるんだし、そんな格好じゃ風邪ひくぞ。ほら、これ着ろ」
テーブルに置いてあったさつきの制服を放り投げる。受け取ったさつきは「はいはい」と適当な返事をして着替え始めた。
「それで、黒木はなんて?」
「匿ってくれるって」
「えっ」
なんでもなく放たれた一言に、俺は固まった。
「お前、俺たちの状況話したのか?」
「大雑把にだけど。そしたら、少しくらいなら家に居てもいいって言ってくれたよ」
少しの間思案する。黒木の申し出は素直に嬉しいし、助かる。
ただ、本当にそれは黒木の意思なのだろうか。警察にそう指示されて──なんてのもあり得ないことではない。
「疑ってる? 冬香のこと」
俺の気持ちを見透かしたようにさつきはそう言った。
「いや、疑ってるってわけじゃないけどさ……。なんていうか、都合良すぎないか?」
普通に考えて黒木にはデメリットしかない。それを進んで申し出るだろうか。
「ううん。大丈夫。冬香はそういう子じゃないから」
「それ、なんか根拠あるのか?」
「ないけどさ。でも、冬香はそういうウソ吐くタイプじゃないよ」
なんの疑いもなく、さつきはそう言ってのけた。そのあまりの自信にちょっとだけ気圧される。
ただ、確かにさつきの言葉には俺も同意見ではある。黒木はどうでもいい嘘はよくのたまうが、真剣な場所では意外に誠実な人間だ。
「……そうだな。どっちにしろ、もう一泊する分の金もないし黒木を頼るしかないか」
正直、俺たち二人だけじゃ先行きはほとんど見えない。さつきの前だから普通にしているが、俺の胸中は不安でいっぱいだった。
時刻は午前七時。今日は土曜日だから、昼間になれば人通りも増えてしまうだろう。そうなる前に俺たちは足早にラブホテルを後にした。
「ここであってるのか?」
「うん。そのはず」
俺たちは街の中心から少し離れている、さびれた商店街に来ていた。その一角に店を構える、小さな喫茶店の前が黒木の指定した待ち合わせ場所だった。
確かにここなら人通りもまばらで、悪くない場所だ。普段の彼女の気怠そうな面とは裏腹に、よく考えてくれたんだな、と感心した。
「おかしいな、確かにここでよかったはずなんだけど」
さつきはそう言って首を傾げた。あたりを見渡してみても、茶髪が特徴的な黒木の姿は見当たらない。
もしかして俺の悪い予感が当たってしまったのだろうか。
「電話かけてみるか」
一抹の不安を拭い去るように、俺はポケットのスマホを取り出した。
「先輩っ、さつき……っ、ごめんなさい、遅く、なりました……っ」
唐突に後ろから聞きなれた声が聞こえた。さつきと一緒に振り向くと、膝に手をついて苦しそうにしている黒木冬香の姿がそこにあった。
見慣れた制服姿。片手にはなにやら買い物袋を握っている。よほど急いできたのか、いつもはきれいにウェーブがかけられている髪が乱れていた。
「良かった。待ち合わせ場所間違えたのかと思ったよ」
「ごめん、さつき……はぁ、は……ここ、あたしの家から結構、遠くってさ……」
息も絶え絶えに黒木は答えた。
「すまないな。そんな無理させちまって」
「いーんですよ……あたしが、言い出したことですし」
少しの間息を整えた黒木は、顔をあげて「それより」と一つ呟いた。
「二人ともこれ、着てください」
持っていた袋から何かを取り出すと、黒木は俺たちにそれを投げつけてきた。
受け取って広げると、それは黒いパーカーだった。さつきのほうはベージュ色のもの。
「それで少しは顔隠せますから。それ着たらあたしの家に行きますよ」
「黒木お前、わざわざ買ってきてくれたのか?」
「話はあとでしましょう。それよりほら、早くしてください。誰に見られるかもわからないんですから」
らしくない、真剣な口調でそう言われて、俺もさつきもその言葉に従った。
「フードもちゃんとかぶりましたね。それじゃついてきてください」
俺たちの準備ができたのを確認すると、黒木は踵を返して歩き始めた。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ、黒木」
「なんですか」
やや不機嫌そうに黒木は足をとめて振り向いた。
「その、ありがとう。本当に助かる」
頭を下げる。これだけは、忘れないうちに言っておかなければいけないと思った。
「私からも、ありがとう、冬香」
隣のさつきも同じように礼を言った。
黒木は俺たちに面食らったように固まった。だが少しすると、所在なさそうに目をそらして一言だけ答えた。
「……話はあとでって言ったじゃないですか」
黒木の家には特に問題なくたどり着いた。彼女の家は街中に位置しているが、なるべく人通りの少ない道を選んで連れてきてくれた。
「しかし、凄いな……。お前タワマンに住んでたのかよ」
「ええ、一応。まあ、親の力ですけど」
エレベーターの中、黒木は素っ気なく答えた。
ただ、その言葉で思い出した。
「そういえば、俺たちを家にあげたりして親御さんは平気なのか?」
「あれ、兄さん知らないの? 冬香は一人暮らしだよ」
「え、そうだったのか」
「ああ、そういえば先輩には言ってませんでしたね」
さつきには言っていたのか。俺が知らないだけで、さつきと黒木は割と仲がいいのかもしれない。
そんな風に雑談をしていると、ちん、と子気味いい音とともにエレベーターが止まった。
「あーー! つっかれたあぁー!!」
部屋に入った途端、黒木は緊張の糸が切れたようにリビングのソファに飛び込んだ。いや、突っ込んだというほうが正しいか。
そのあまりの変わりように、俺はしばしあっけに取られた。
「ん。先輩なに突っ立ってるんですかぁ。その辺テキトーに座ってくださいよ」
「あ、ああ、うん」
ソファーを独占している黒木に言われて、とりあえずテーブル近くに座った。さつきはそんな俺の隣に腰を落ち着けた。テーブルをはさんで向かい側には黒木の寝転んでいるソファがある。
黒木の家はなかなかに整理整頓されていた。それに、テレビやソファ、テーブルなど、一人暮らしにはやや十分すぎる家具が揃っている。
「ていうか、お前さっきと全然違うな。外歩いてるときは殺し屋みたいなオーラ放ってたのに」
「むー。女の子に殺し屋はないんじゃないんですかぁー? 私だって好きであんなピリピリしてたんじゃないんですよ?」
「冬香、まわりにすごい警戒してくれてたよね。おかげで無事に着けたし、助かったよ。ありがとう」
黒木はさつきの言葉に、照れくさそうに顔を背けた。
「別にこれくらいヘーキ。お礼いわれるほどじゃないよ」
「いや、俺たち行く当ても無かったし、黒木のおかげで本当に助かったんだ」
「だからいーんですってば。……てか、お礼言うよりも話してくださいよ。何があったのか」
ソファから体を起こして、黒木は真剣な目でそう問うてきた。
その様子に、こちらもびく、と体が引き締まる。
「うん、そうだな。……さつき、話してもいいか?」
「いいよ。冬香には教えないといけないと思う」
そうだな、と頷く。ここまでしてくれた彼女に話さないのは道理が通らない。
それから、一つずつ、昨日あったことを話し始めた。さつきが父さんにされていたこと。俺が父さんを殺してしまったこと。そして、そこから二人で逃げ出したこと。
包み隠さず、ほぼすべて。その夜、さつきとしたこと以外は。
「……マジすか」
俺の話を聞き終えた黒木は、ただ一言そう呟いた。さすがに重い話だったせいか、表情が厳しい。
「いや、さつきから軽くは聞いてたんですけど。その、ちょっと想像してたよりやばくて驚いてます」
「ごめん。気分悪くしたかな」
隣にいるさつきがすまなそうな顔を向ける。
「いや、平気。それよりさ、さつきは平気なわけ? だって、お父さんに……」
「黒木。その、悪いんだがその理由はまた今度でもいいか?」
さすがに今の重苦しい空気の中、さつきと父さんの関係を話すのはきつい。
「まあ、はい。いろいろ事情もあるんでしょうし、今はいいです。今話してくれたのだけで十分です」
黒木はそう言うと、少し考え込むように沈黙した。
後悔しているのかもしれない。俺たちを助けてしまったことを。
今になって俺はようやく、黒木を巻き込んでしまったことを申し訳なく思った。
「なあ、黒木。やっぱり俺たち出ていくよ。ここまでで十分ありがた──」
「いいえ」
強い口調で遮られる。
「ここにいていいです。てか、いてください」
「え、いや、そんな気を遣わなくていいんだ。迷惑だろ?」
「そんなことありません」
黒木はきっぱりと否定した。その目には怒りがこもっているようにも見える。
「そんな話聞かされたらほっとけないですよ。あたし、全然迷惑なんて思ってませんから」
そして黒木は、それに、と付け足した。
「先輩には借りもありますし」
「借り? なんかあったか?」
思い返してみるが、借りらしきものは思い当たらない。
「……覚えてないならいいです。──とにかく、先輩も、さつきも、ここにいていいんです。遠慮なんてしないでください」
だん、と勢いよく立ち上がって黒木はそう宣言した。下から見上げるそれは、有無を言わさない迫力があった。
「冬香」
そんな中、さつきが静かに口にした。
「いいの? 後々冬香に迷惑がかかることだってあるかもしれないんだよ?」
「いいよ。そうなってもあたしは二人を恨んだりしないから」
黒木のその返答に、さつきは「そっか」と満足そうに笑った。少しだけ、寂しそうな陰りを見せながら。
「はい、決まり! それじゃあご飯でも食べますか!」
黒木はキッチンに駆けていくと、カップラーメンを三つ持って戻ってきた。それを「好きなの選んでください」とテーブルに並べられる。
「お前、まさかいつもインスタント食ってるわけじゃないだろうな」
「失礼ですね。たまには普通のご飯も食べてますよ」
「健康に悪いよ、冬香。せっかくのスタイルが崩れちゃうよ」
「もー。なんですか二人してー。あたしはまだ若いからいいんですぅー」
楽しそうに笑う黒木を見て思う。本当は、一度言い出してしまったからやめられなくなっただけなのではないか、と。
俺が思っていたより彼女は献身的だと、今日わからされた。そんな彼女だから、俺たちを見捨てられなくなったのかもしれない。
やはり、安易に黒木を巻き込むべきではなかった。いや、そもそももっと前から俺の選択は間違っていたような気もする。
夜になった。特に目立った事件が起きることもなく、一緒にご飯を食べたり、ゲームしたりと俺たちは平和な時間を過ごしていた。
「あー! もうやめやめ! もう寝ますぅー!」
全員で風呂上がりに格ゲーをしていると、十連敗目を喫した黒木がわめきたてた。
「あ、もうこんな時間か」
時計に目をやるともうすぐ日付が変わりそうだった。今日は気が休まる一日だったせいか、時間が過ぎるのが早い。
「じゃ、先輩はそのソファで寝てください。あたしとさつきはベッドで寝るんで」
「えっ。布団とかないのか?」
「普段客とか来ないんでないです。文句言わないでください」
まあ確かに仕方はないが、この季節にソファで寝るのは少し寒い気がする。いや、安心して眠れる場所があるだけありがたいというべきか。
「それともなんですか? あたしと一緒のベッドで寝たいんですかぁ?」
「ば、ばか。んなわけないだろ!」
「そーですよねぇ。先輩ドーテーですから女の子と一緒に寝るとか無理ですもんねぇー」
くすくすと非常にイラっとくる笑い方をしてくる。なぜこんなに生意気な態度ばかりとってくるのだろうか。
「兄さんは童貞じゃないよ」
いつの間にか寝室に入ろうとしているさつきが不意に口にした。
「え?」
隣の黒木はコントローラーを持ったまま一瞬硬直した。
「え、さつきそれどういう……」
「あーはいはいもう寝るんだろ。早くいったいった」
強引に黒木の手を引っ張って寝室に押し込む。今その話に突っ込まれるのは困る。
黒木は不満げな顔をしていたが、構わず寝室のドアを閉めた。
「ふぅー……」
一息つく。なんだかんだ全員でギャーギャー騒いだせいで疲れた。
だが、昨日までの神経がすり減る疲労とは全く違う。
そんな時間を作ってくれた黒木に感謝しつつ、俺も眠ることした。
「……ぱい、せーんぱい」
眠りに落ちていた頭に誰かの声が響いてきた。ちょうど気持ちのいい睡眠中なのだから邪魔しないで欲しい。
「せんぱーい? ちょっとー、無視ですかぁー?」
しかし無視を決め込んでいても、その声はなかなか諦めてくれない。そのせいでどんどん頭が覚醒していってしまう。
「んん……黒木か……?」
結局俺のほうが諦めて目を開けた。
ぼやけた視界の中、目の前ににやけている黒木の顔があった。
「あー、ようやく起きましたね。死んでるのかと思ったじゃないですか」
「まだ夜だろ……何の用だよ」
「用がなきゃ来ちゃいけないんですかぁ?」
睡眠を妨害されて寝ぼけ眼の俺とは反対に黒木はいつもの調子だった。その態度に思わずため息が漏れる。
というか、本当に何の用だろうか。しかもソファに仰向けの俺の上に、黒木はマウントポジションを取っている。
なぜか顔がやけに近い。枝垂れる髪が顔にかかってくすぐったい。
「眠いんだから寝かせてくれよ。お前にさんざんゲーム付き合わされたせいで疲れてるんだ」
「何ですかその態度ー。せっかくあたしが夜這いしにきたっていうのにぃー」
「夜這いってお前な……」
またいつものくだらない冗談か、と呆れる。人をからかう癖は治る気配が全くない。
「──って」
そう、くだらない冗談だと思っていた。が、何気なく落とした視線に予想外の光景が飛び込んできた。
「お前、なんてカッコしてんだよ!」
寝巻は大胆にはだけられ、桃色の下着があらわになっている。制服の上からでもわかるその豊満な乳房は、今の姿ではさらに強く主張されて、まるでよく実った果実のようだ。
そして下半身はというと、寝巻すら身に着けてない。女の一番大切なところを守るものは薄いレースのショーツ一枚だけだ。
「えー? 今頃気づいたんですかぁー?」
慌てている俺を黒木は愉しそうに笑っている。だが、その声色がいつもと少し違う。
どこか酔っているような、興奮しているような妖しさがそこにはあった。それが醸し出す色気に、どくんと心臓が高鳴る。
「お、お前、イタズラするのもいい加減にしろよっ」
「イタズラ? 先輩にはそう見えるんですか」
むす、と黒木は不満そうに口を曲げた。
そして、さらに顔を近づけてそっと囁いた。
「本気、ですよ」
爆発しそうなほど鼓動が速くなる。それほど黒木の声は蠱惑的だった。
そのせいで、今まで気にもしなかった黒木の感触を感じ取ってしまう。わずかな高揚が混じった吐息、女らしい匂い、絡められた脚の熱。
「本気、って……なんでいきなりこんなことしてんだよ」
「それ、わざわざ言わせます?」
言葉を交わすたび、肌を黒木の生温かい息がくすぐってくる。すでに俺の股間には血液が集まり始めていた。
「先輩、相当辛い目にあったんですよね? ──だからあたしが、慰めてあげます」
「な──」
その言葉は、昨夜のさつきと重なる。それと同時に蘇る、さつきとの刺激的な交わり。
同じことを黒木とするのを想像してしまう。あんな気持ちのいいことを、今度は後輩の黒木となんて──
「や、やめろ黒木。そんなことしてもらわなくたって俺は……」
その思考を強引に振り切るようにそう口にする。だがそれを遮るように、彼女は俺の耳元に口を近づけて囁いた。
「へぇ。断るんですか」
ぞくん、と背筋に電気が走る。静かな声色と、耳の奥まで入り込むような艶めかしい吐息。
そのまま、黒木は言葉を続けた。
「さつきとはヤったくせに」
息を呑む。神経を直接撫でるみたいなその言葉。
さっきよりも少しだけ強い語気に、びく、と体が反応してしまった。
「黒木、なんでそれを──」
「さつきに聞いたんです。『兄さんは童貞じゃないよ』ってのが気になったんで、さつきに聞いたら教えてくれましたよ」
「え……」
確かに秘密にしろとは言ってなかったが、そんな簡単に教えるとは思っていなかった。
いや、さつきのそのあたりの認識が普通と違うのは昨日思い知らされた。口止めをしていなかった俺の落ち度か。
「それで、先輩」
再び顔を俺の正面に持ってきて、黒木は俺の瞳をまっすぐに見つめた。
「実の妹とはしたのに、ただの後輩のあたしとはエッチできないっていうんですか?」
「それ、は……」
そう言われてしまうと言い返せない。
「……わかったよ。好きに、してくれ」
黒木は俺の答えに満足そうに微笑んだ。
「最初からそう言ってくれればいいんですよ」
そのまま、ごく自然な動作で俺の唇を塞いできた。
「ん……っ」
くぐもった音が漏れる。いきなりのことで、何をされたのか一瞬理解できなかった。
だが、黒木のあまりに柔らかい唇の感触に、これが始まりの合図なのだとわからされた。
僅かに濡れている粘膜。その湿りが、信じられないほどの一体感を俺に与える。
ただ触れているだけなのに、吸いついているような感覚。ぴたり、と体の芯まで触れ合っているみたいだった。
「んっ、ん……」
そのまま軽く啄まれる。俺の唇を味見するように、控えめな動き。だがその動きだけでも十分に気持ちがいい。
それは彼女も同じなのか、ぎゅう、と身体を俺に押し付けてきた。胸板に触れる乳房の感触が否応に情欲を煽る。
下着を隔てているのに、その柔らかさと弾力が伝わる。正直、今すぐにでも揉みしだいて存分にその巨乳を堪能したい。
「ん、は……っ」
不意に唇が離れる。それに名残惜しさを感じるよりも早く、さらに強烈な刺激が俺を襲った。
「先輩──これ、当たってるんですけど」
さす、と股間のふくらみを撫でまわされる。さっきのキスと黒木の身体の感触で、俺の生殖器は痛いほど勃起していた。
「あは……びくびくして可愛いですね。今脱がせてあげます」
興奮した様子で黒木は言うと、俺の制服のベルトに手をかけた。慣れていないのか、それを外す手つきはぎこちない。
俺は抵抗する気はもうなく、黒木の好きにさせていた。
やがてベルトを外し終えると、ぐい、と強引に下着ごと脱がされた。
「わ……おっきい……」
天井を向く俺のものを見た黒木は、しばしそれを呆けた様子で見ていた。なんだか照れくさくなってしまって口を開く。
「お前、男の見るの初めてなのか?」
「当たり前じゃないですか。あたし、処女なんですから」
そうなのか、と言葉が漏れる。彼氏がいないというのは知っていたが、割と遊んでいるものだと思っていた。
「だから教えてください。どうすれば気持ちよくなって、ココから精液出せるのか」
そっと俺のものを握って黒木は言った。優しい接触だったが、自分以外の手が触れるというだけで快感が走ってしまう。
「教えろっていったって……」
「別に口で言わなくていいですよ。あたしの手、先輩ので握って動かしてください」
ほら、ともう片方の手で股間に右手が持っていかれる。促されるままに、黒木の手を包み込んだ。
「ほら……早く、動かしてください」
はぁ、と吐息が混じる黒木の言葉。その息に含まれた黒木の興奮に当てられて、考えるより早く手を動かし始めた。
しゅっ、しゅっ、と普段自分でするときのように手を動かす。違うのは、実際に俺の性器を擦っているのが黒木の手だということ。
たったそれだけの違いなのに、感じる快楽はただの自慰の数倍以上だ。滑らかで、女の子らしい細い指が肉棒を撫でるだけでぞくぞくする。
「ん……へぇ、結構速く動かすんですね。これじゃすぐ出ちゃうんじゃないんですか?」
「別に……これくらい普通だろ」
「知り、ませんよ……男の人のオナニーとか見たことないですし」
喋るたびに、ふる、と押し付けられている乳房が揺れる。そのわずかな動きですらも俺の興奮を高めて、勝手に肉棒の感度を高めていく。
だんだんと荒くなっていく黒木の吐息もそれを手伝っている。自らの手で扱かれている俺のものをぼうっと見つめているその様子にやけにドキドキしてしまう。
「ねぇ、先輩……おっぱい、揉んでいいですよ──」
「な、なんだよ急に」
「オカズ、あったほうが興奮するっていうじゃないですか。……その、それにあたしもなんか、えろい気分になってきちゃって……」
もじもじと切なそうに黒木は言った。その言葉を確証づけるように、彼女の頬は赤く火照っていた。
初めて見る色気を纏う黒木に、我慢なんかできなかった。もう片方の手でむにゅん、と思い切り豊満な乳を鷲掴みにした。
「ぁんっ……! ん、もっと、優しくしてくださいよ……びっくりしたじゃないですか」
「っ……お前がそんな誘惑してくるのが悪い」
「ん、ンっ……なんです、か……それっ……」
こんな状況で加減しろなんてほうが酷だ。こんな密着して、性器を扱かれているだけでも劣情が昂って仕方がないのだ。それも、彼女の手を道具みたいにしているなんて。
ぐにゅ、と遠慮なんかせずに柔らかい膨らみを弄ぶ。ブラの上からだが、包み込まれるように指が沈み込んでいく。
「んっ、ぁ、あっ、ン……きもち、い……っ、あっ──」
さらに、俺が触るたびに黒木の口から初々しい嬌声が漏れている。触覚も、聴覚も官能的な色で染められていく。
これをオカズにしろ、などと、なんて贅沢だろうか。
いつの間にか、扱く速さが増していて、少しずつ快感の塊が昇ってくるのがわかる。漏れ出した先走りが黒木の手を汚し、くちゅくちゅと卑猥な音がしている。
「は、ぁ、あっ……先輩、気持ち、いいですか……?」
「あ、あ……っ、すごくいい」
はぁ、はぁ、と互いの吐息が混ざりあう。情欲にまみれたそれは、まるで媚薬の香水みたいだった。
我慢できず、ブラの下に手を滑らせて直接胸に触れた。
「んんっ!! ぁ、だめ、あっ、は、ぁんっ……」
びくんっ、と大きく彼女の身体が跳ねる。だがその可愛い反応に構ってもいられず、生の乳房の感触を堪能する。
目いっぱいに五指を広げて、ぐにゅぐにゅと形を歪める。整った形のそれをそんな風に好き勝手にすることが、ひどく背徳的だった。
だが、その刺激のせいか、黒木の手がより強く俺のものを握りしめてきた。ぎゅう、と絞られるような手淫に、睾丸の中の精液が今か今かと外に出たがっている。
「く……黒木、もうすぐ、でる……っ」
「ん、あっ、え……? あ、待って、待ってください──っ」
ぱっ、と手を離される。急に刺激が無くなって、びくびくと生殖器が暴れてしまう。
「な、どうしたんだよ、黒木」
「その、えっと……出すんなら、あたしのナカ、で……」
たどたどしく言葉をつなぐ黒木は、もうたまらない、とでも言いたげな表情をしていた。
「だ、ダメだ、黒木……それは」
「なんでっ……どうしてですか──あたし、あたし先輩と一緒に気持ちよくなりたいんです……っ」
縋るように黒木は詰め寄ってきた。潤んだ瞳は切なさとも悲しさともとれる感情を伝えている。
頬は紅潮し、色気をはらんだ吐息がとめどなくあふれている。黒木はもう発情でもしているような様子だった。
「黒木──」
その姿に心が揺らぐ。俺だってもう限界ぎりぎりまで興奮している。それに、もう少しのところでとめられたから、早く快楽が欲しくてたまらない。
「先輩──」
黒木はそんな俺の耳元に顔をうずめると、とどめの一言を口にした。
「犯して、ください……あたし、先輩にめちゃくちゃにされたいんです──」
それで完全にスイッチが切り替わった。いや、壊れた。
さっきとは反対に黒木をソファに押し倒し、俺が上になる。火が付いた俺を見上げる黒木の目は期待に満ちていた。
「黒木……俺、もう自分じゃ止まれないから、嫌だったら本気で抵抗してくれ」
「そんなのどうでもいいです──早く、はやく挿れてくださいよ……先輩のソレ──」
余計なことはいらないとばかりに、黒木はそう口にした。それにうなずき、彼女が下にはいているものを脱がす。
あらわになる黒木の秘部。うっすらと陰毛が生えているそこは、もうぐっしょりと濡れていた。
「んっ……ぁ、あっつい……」
ぴと、とそこに亀頭を触れ合わせる。それだけでも電流が走ったような感覚。
それに軽く恐怖を抱きながらも、ぐっ、と腰に力を入れて挿入を始めた。
「あっ、ア、あ、んんっ……はいって、きて……っ、あっ、おおきいっ……!」
まだ誰のものも受け入れたことがない黒木の蜜穴は、ぎちぎちと異物を拒むように締め付けてくる。それに抗いながら挿入する。
少しずつ奥に飲み込まれるたび、快楽が風船のように膨れ上がる。そうして黒木の中を割いていくだけでも射精しそうなほど気持ちよかった。
「んっ、あっ、あぅ……あ、は……おく、せんぱいの、あっ、やば、いっ……です……」
そして、ついに一番奥までたどり着いた。初めてだというから痛みで途中で止められるかと思ったが、黒木はただひたすらに俺を受け入れてくれた。
「くろ、き……っ、いたく、ないか……?」
「ん、んっ……ちょっと、痛い、ですけど……っ、あっ、平気、です……っ」
びくびくと体を痙攣させながら黒木は言った。正直、それが強がりなのか本当のことなのか俺にはわからなかった。
だがここまで来てしまった俺に、ここで休むなんてことはできなかった。だから、俺はその言葉を信じて腰を動かし始めた。
ぬぷ、と浅く引いて、ゆっくりと打ち付ける。黒木のなかは奥までどろどろに濡れているからか、きつくはあれどその動きに妨げはない。
ずぷ、ずぷ、と勝手に腰がリズムを刻んでいく。そのたびに、勃起した俺のものを絡みつくように膣壁が擦りつけてくる。
「あっ、ぁんっ、は、ぁっ、せん、ぱいっ……あっ、すご、いっ、あっ、なか、いっぱい、に、されてっ……」
俺が奥まで突き入れると、押し上げられるように黒木の口から喘ぎ声が漏れる。隣の寝室にさつきがいるから声は抑えているが、いけないことをしているみたいでそれがかえって興奮する。
最初に痛いと言っていたものの、その声に痛がる様子はなく、ただ快楽に悶えているように見えた。それが益々俺の情欲に油を注ぐ。
このままもっと狂わせてしまいたい。黒木本人が言ったように、彼女を犯して、めちゃくちゃにしたいという欲望がせりあがってくる。
「んっ、ひゃっ、あっ……! はげし、いっ、ぁんっ、あっ、おっ──だ、めっ……おかしく、なる……っ!」
黒木の腰をがっちりと両手で掴み、そこに激しく腰を叩きつける。まるで黒木の身体を性処理用の道具のように、快楽への欲望のためだけに腰を振り続ける。
だがそれでも彼女は嫌がる様子一つも見せない。むしろ、口からこぼれる声はどんどん高まっていくようだった。
さつきに聞こえるかもしれないという不安なんかどこかへ消し飛び、ただ本能にしたがって黒木の身体を犯し続ける。それに応えるみたいに、きゅう、と蜜壺が締め付けてくる。
快楽はとどまることを知らず、絶頂に向けて一直線に向かっていく。
「あんっ、あっ、せん、ぱぁいっ、は、おっ……! あた、しっ、なんかっ、あっ、はぁ、あっ、なんか、きちゃい、ます……っ!」
「ぐ……っ、はぁっ、くろ、きっ……俺も、もう、イク……!」
どろどろに煮えたぎった欲望が、尿道を昇ってくるのがわかる。それがあふれて果てるところを自然と想像すると、それだけでも気持ちがいい。
そしてその時を急かすように、黒木の膣内がうねって俺のものを責め立てる。そして奥まで突き刺すと、精液を迎え入れるように子宮口が亀頭にキスをしてくる。
「黒木、く、出る、イクっ……くろきっ──!」
「んっ、あっ、あ、ア、あたし、もっ、あんっ、イク、イク、い、っくう……っ!」
ずぷん、と思い切り奥まで突き刺した瞬間、限界が来た。抑えきれない白い塊が、どぷ、と一気に外にあふれ出た。
「あっ、ぁ、う……ぁん、おっ……あ、せいえき……なか、すご……いっ、あ──」
黒木も一緒に絶頂を迎えたようで、壊れたように体を痙攣させている。その動きが心地いい刺激になって、さらに精が吐き出されていく。
びゅる、びゅる、と塊になった白濁が何度も脈を打って出ていくのが、死んでしまいそうなほど気持ちいい。
頭の中は真っ白で、射精の快感以外なにも感じられない。多幸感に全身が包まれて、何もかもがどうでもいい。
「ん、ぁ……あ、全部、でちゃい、ました……?」
陶然としたまま射精を続け、その黒木の言葉で精が止まっていることに気づいた。だが、まだ余韻が全身を包んでいて、このまま寝てしまいたいくらいだ。
「ん……先輩……キス──」
気持ちがいいのは黒木も同じなのか、うっとりとした声で俺に口づけを求めてきた。俺はそれに素直にうなずき、唇を塞いだ。
そのまましばし唇を愛し合う。交わったことを確かめ合うように、俺たちはただその戯れに没頭した。
その後、余韻も冷めたころ、ようやく俺たちは体のつながりをほどいた。ソファが大変なことになっていたが、それをどうにかするほどの元気は俺達にはなかった。
黒木は気恥ずかしいのか、そそくさと服を着て寝室に戻った。ただその時、一言だけを残して。
「今日のことは秘密ですよ。先輩」