獣耳で未亡人で床上手な集合住宅の管理人さんに色々あってめちゃくちゃにされる話 作:ジョク・カノサ
とある建物の部屋の一室。今まで何度もお邪魔させてもらっていたその場所で、僕は久しぶりに夕食をご馳走になっていた。
「それで、今回の事件は解決したんですか?」
「はい。犯人に気づかれる前に上手く先手を打つ事が出来ました。明日には正式な発表があると思います」
この街の衛兵である僕が任されていたとある事件。それが今日ようやく解決した。
詰所に泊まり込みで解決に当たっていたから、ここに帰って来るのも彼女と顔を合わせるのも随分と久しぶりに感じる。
「それは何よりです」
彼女はそう言って深い安堵が混じった笑顔を浮かべた。その頭上、小麦色の髪の上には獣のような二つの耳が生えている。
彼女――レナさんは獣人だ。そして現在では僕と彼女しか住んでいないこの集合住宅の管理人でもある。
「大きな事件だったのでしょう?何かトラブルがあったり、怪我をしたりはしませんでしたか?」
「いや……あっ」
「何かあったんですか?」
「あるにはあるんですけど、全然大した事じゃ――」
「教えてください」
「っ」
気づいた時には彼女の顔が目の前にあった。対面から机に手を置いて、身を乗り出すようにして僕を見ている。冗談は一切無い真剣な表情だ。
「その、犯人の関係者と少し揉め事があって。その際に胸の辺りに怪我を……」
「見せてください」
「ちょ、ちょっとレナさん!?」
止める暇も無く、レナさんは即座に席を立ち上がり僕の前へと近づいてくる。
「そこまで深い傷じゃないんです!もうほとんど塞がってるので、大丈夫です」
「でも――」
「それに塞がってなかったとしても、傷の位置的にレナさんに何かをしてもらうというのも……」
「……そう、ですね。すみません、大げさでした」
僕の言葉に納得してくれたのか、彼女は軽く頭を下げて自分の席へと戻っていった。
「……」
「……」
気まずい沈黙が続く。あの日以来、こういう事はよくある事だった。
何かを思いつめるように顔を伏せた彼女の背後、壁に掛けられた笑顔の男性――彼女の亡くなってしまった夫の肖像画を、僕は見つめていた。
☆
二ヵ月程前、僕が追っていたとある事件の犯人に僕自身が捕まってしまった事があった。それ自体は事前に危険を察知していたレナさんの手によって解決し僕も無事で済んだのだが、それ以降レナさんの僕に対する態度が少し変わった。
それまではそれなりに交流のある隣人……とはいっても、ズボラな僕を見かねて衣類の洗濯をしてくれたり、今日の様に夕食に誘ってくれたりというのはあったのだが、それは彼女が持つ親切心が前面に押し出されたものだと僕は感じていた。
ただ事件以降は……何というか、距離が近くなった気がする。食後にお茶の誘いがあったり、休日に二人でどこかに出かけようと言ってくれたり。とにかく共にする時間が増えた。
僕はこれを彼女の心配の表れだと最初は思っていた。追っていた犯人に捕まるという間抜けで危なっかしく、失敗も多くて落ち込みやすい僕を励ます為の厚意だと。
ただ先月のとある休日、観光地として有名なトラリス区に行ってみませんかと誘われ向かった先で、その考えは変わった。
眼下に広がる一面の花畑。その背景には赤い夕陽と空。
その光景に感動してしばらく眺めてると、僕の右手――レナさんが立っている側の方の手が何かに包まれた。
突然の出来事に驚き彼女の方へ振り向いた僕の顔を、手を握ったままレナさんはただ見つめていた。
何かを期待しているように見えて、その感情自体を裏では軽蔑している。そんな複雑な色が混じったように見えた。でもその顔には確かに笑顔が浮かんでいて、そこには彼女の魅力が詰まっている。
彼女は僕の事を好いてくれているのかもしれない。その時初めてそう思った。
僕の何を気に入ってくれたのかは分からない。少なくとも僕は、彼女に情けないところを見せてばかりだったからだ。
ただ、そんな推測よりも。
その瞬間、僕自身が明確に彼女に惚れてしまった。彼女を好きだと感じてしまった。その事実の方が、僕にとっては一大事だった。
☆
レナさんには死別した夫がいる。そして未だに彼を想っている。時たま懐かしむように彼の肖像画を眺めている彼女を見れば、それは良く分かる。
そしてその光景を見る度に、自分の想いが許されるものではないと酷く打ちのめされたような思いになる。
仮にレナさんが多少でも僕に好意を持ってくれていたとしても、それは独り身になった寂しさを埋める意味合いが強いだろう。そんなただ弱みに付け込むような理由で、僕は彼女と彼の間にある繋がりを冒す事はしたくなかった。
情けなくても弱くても、それはしてはいけない事だと思ったから。
「……ご馳走様でした。今日はもうお暇したいと思います」
「あっ……待ってください!」
気まずい雰囲気のまま食事を終え、席を立とうとするとレナさんが慌てた声で僕を呼び止めた。
「なんです――それは……」
彼女は棚から何かを取り出し机に置いた。細長いガラス瓶、正面に貼られたラベル、飲み口に施された包装。それが何なのかは一目瞭然だった。
「お酒ですか?」
「はい。孤児院の伝手で良いモノが手に入ったから、院長からの贈り物だとシルちゃんが」
シルちゃんはレナさんと知り合いで今日は来ていないが、良くここに遊びに来ている孤児院の子だ。そしてレナさんはその孤児院の運営に関係しているらしいので、贈り物が来るという話は納得出来る。
「私一人で頂くのもどうかと思っていたので、マルクさんの事件解決のお祝いも込めてご一緒出来ればと思っていたんですが……」
「ああ、それなら――」
言葉が詰まった。これはレナさんからの純粋な祝いの気持ち。拒否する理由は無いし、すれば逆に礼を失する事になるだろう。
ただ致命的な事に僕は、お酒があまり得意とは言えなかった。
「――分かりました。そういう事であれば、ぜひ」
「本当ですかっ?あの、じゃあ少しですがお肴を用意しているので、すぐに用意しますね」
「は、はい」
彼女は声音を高くしてそう言い、台所へと向かって行った。よほどお酒が飲める事が嬉しいのだろうか。
そういえば今まで彼女がお酒を飲んでいるところを見た事が無い。禁酒でもしていたか、それとも僕と一緒にという点が――。
「違う違う。ダメだ」
これから僕はお酒を飲む事になる。少量で済ますように自制するつもりではあるが、こんな邪な考えを持って、いざお酒に呑まれでもしたら大変な事になる。
「よし……よし!大丈夫だ。落ち着いてる」
「――お待たせしました。今注ぎますね」
肴を手に満面の笑みを浮かべるレナさんを見て、僕は気を更に引き締めた。
☆
「……凄い。美味しいし飲みやすい。こんなの初めて飲みました」
「……ふう、本当ですね。聞いていた値段なだけはあります」
「あの、お幾らなんです?」
「――です」
「ほ、本当ですか?」
「ふふ、なので一人で飲むのは少しもったいないと思っていたんです。さあ、もう一杯、どうぞ」
☆
「あの、レナさんは、お酒は強いんですか」
「はい。私以外にも、獣人には強い子が多いと聞きますね。……あ、ちゃんと酔ってはいますよ?」
「そう……ですか」
「ほら、夜はまだまだ長いんです。明日は非番なんでしょう?思いっきり、いっちゃいましょう」
☆
「レナ……さん……すい……ません……僕……お酒に……弱……」
「……」
「い…………」
「……ふ、ふ」
☆
「……う」
頭が、痛い。身じろぎをしようとして、それ以上に眩暈が酷い事、柔らかいベッドの上に居る事に気づく。
思考は出来る。ただ、動こうとすると頭の中心を叩かれたような感覚が響いて、動けない。過去に何度か飲みすぎた時にも味わった感覚だ。
「飲み……すぎた?ここは……」
見覚え無い天井、という訳でも無い。ここは僕が住む集合住宅内だろう。
そこまで考えたところで、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻孔をくすぐった。
「……レナさん」
レナさんとのすれ違いざま、もしくは距離が近い時に感じるあの自然と柔和さを感じさせる匂い。
多分ここはレナさんの部屋だ。酔い潰れた僕を自分の部屋で寝かせてくれたのか。
「また、迷惑を」
情けない自分が嫌になりつつも何とか動こうとして、止めた。どうやっても動ける状態じゃない。
どうすればいいのか、レナさんはどこに行ったのか。ボヤけた頭でそんな事を考えていると、部屋の扉が開く音がした。
「レナ、さん?」
「……目が覚めたんですね」
聞き間違えようのないレナさんの声。僕は頭を動かして視線を扉の方向へと向けようとした。
「すいません、飲みすぎ……え」
空気が抜けたような声で僕は呟いていた。それだけ目の前の光景がおかしかったから。
窓から薄く漏れた月明かりがレナさんを照らしている。濡れているように見える髪の毛を結わえ、その身に纏っているのはいつも着ているようなエプロンドレスじゃない。布としか言いようがない……お風呂上りに身体を拭くのに使うような、薄手の布。
当然それで身体の全てが隠せる訳が無く、肩から首下にかけてが露出してしまっている。
「あ、え?」
「先に謝らせてください。……勇気が、欲しかったんです」
言葉が出ない僕に構わずゆっくりとこちらに近づいてくるレナさんの顔は、直前の記憶のレナさんと同じように火照っていた。
「ごめんなさい。気分が優れないですよね。お酒をたくさん飲ませたのはわざとです」
「な、んで」
「……ごめんなさい。その償いに――」
尽くさせてください。レナさんはそう言って、自身の身体に巻かれた布を何の迷いも無く取り払った。
奇麗、だった。しなやかさが伝わって来る腕と足が。彼女の身体の線に完璧に合わさったような慎ましい胸が。傷一つ無く薄い腹筋の浮き出た腹部が。下腹部と太腿が作る三角形と、そこにある小さな茂みが。
見てはいけない。目を閉じなければいけない。僕はそういう決心をした筈だったのに。
目の前に現れた女体に、目を閉じる事が出来ない。
そんな僕を見て彼女は結われていた髪を解きなが
ら、とても淑やかとは言えない――妖艶としか言いようない笑みを浮かべていた。
「私に全てを任せてください。きっと、幸せにしてみせます」
☆
「灯りを用意しますね」
部屋の脇にある小さな机、彼女はその上にあった蝋燭に近づき火を点けた。
小さな灯りが部屋に広がる。薄く届いた光が彼女の肢体がより鮮明に映し出す。さっきよりも妙に艶めかしく見える。
まだ見ていたい。その気持ちを押し殺して僕は彼女の反対側へと頭を動かした。酔いのせいなのか、軽い眩暈のような感覚を目頭に感じる。
「やめて、ください」
「今夜は月夜のようですね。月を見ながらお酒を嗜む、というのも良かったかもしれません」
僕の言葉が届いていない。いや、聞き入れる気が無い。
ベッドの木枠が軋む感触がする。次に肌と布が擦れ合う音がする。そして、その音は僕の方へ。
「私の肌は、お気に召しませんでしたか?」
「い、いえっ、そんな」
「では、こっちを向いてください」
「ダメ、です。早く、早く服を――」
「……弁償しますね?」
僕の言葉を中断し、彼女は申し訳なさそうにそう言って、僕が着ている服へと指を沿わせた。
腕、首回り、脇、腹。彼女が指を動かす度に、まるでハサミで裁断されているかのように布と布が剥がれていく。
全ての工程を終えた後、彼女は切り離された服の前面を手に取った。
「ふふ、貝のようですね」
彼女は愉快そうに笑い、それを捲り上げた。自分の肌がいきなり外気に晒される感覚に少しだけ身震いする。
そうじゃない。僕は彼女に服を着てほしいと言おうとしたのだ。ともかく、これ以上は本当にマズイ。
「レナさん、落ち着いてください。こんなこと、ダメです」
「……」
「だって、レナさんにはクロードさんが……ちょっ、レナさ――!?」
初め、何が起こったのか分からなかった。気づけばレナさんの顔が目の前にあって、唇をふわりとした感触が覆う。
遅れて何が起こったのか理解した頃には遅かった。柔らかさを感じていたのは束の間で、開いたままの隙間からぬるりとそれが侵入してくる。
静止の意味を込めて彼女の手首を掴んだ僕の手を意にも介さず、それは僕自身の舌を捕食するように絡みついた。彼女の甘い酒味の混じった唾液が口内に広がっていく。そして、代わり僕の唾液が取り込まれていく。
ぴちゅ、ちゅぷ、と粘着質な水音が頭の中に響く。何もかもが未知の感覚に、思考が麻痺する。彼女の手首掴んだ手の力が抜けていくのを感じた。
「――っぁ。……しー」
息苦しさを感じ始めた頃、彼女が顔を上げた。小さく舌舐めずりをするように溢れた唾液を口内へ収めた後、騒ぐ子供を宥めるように人差し指を口の前に置いて、困ったような表情を浮かべた。
「何も、考える必要はありません。……全部私のせいなんですよ。だから」
気持ち良くなりましょう?軽い酸欠も相まって、ますます働かない頭に耳元で囁かれたその文言。
思考が霧に覆われて、全身の強張りが解けていく。
抵抗という二文字が、脳内から消えかかっていた。
「……胸に負った傷というのはこれですね。他にも、傷だらけ」
慈しむような、何かに怒っているような声音。ぼやけた意識のままそれを聞いていると、目の前からレナさんの顔が消失し、胸の辺りに生暖かさが広がった。
「っ」
その奇妙な感触に思わず声が漏れ、息が止まる。感触の先に視線を向けると、レナさんの大きな耳の毛が鼻をくすぐったのと同時に、何をされているのかを理解する。
舐められている。ぴちゃ、ぴちゃと、先程より控えめな水音を発しながら、数日前に負った傷の跡を。
「こっちも……」
そのまま彼女は顔を動かして、同じようにいくつもの古傷を舐めていく。
子供の頃、スラムの悪ガキから盗品を取り返そうとした際に出来た小さな刺し傷を。友人と一緒に幼馴染を守る為に野犬から受けた爪痕を。衛兵の訓練中の事故で出来た切り傷を。
当然全て完治済みで、残っているのは跡しかない。
でも、レナさんは全てを余さず舌で撫でていく。獣が同胞の傷を癒そうとする時のように。
慰められている。そう感じた。
「これは、マルクさんが受けてきた苦難の歴史そのもの。痛かったでしょう。辛かったでしょう。頑張ってきたのでしょう」
その言葉にはただ深い慈愛が込められている……ようには聞こえなかった。
「はぁ……愛おしいですね……」
熱い吐息が混ざった声音と粘つくような視線。口角が上がり、目は獲物を見るかのように細められている。
『お疲れ様です、マルクさん』
庭先で箒を、時には洗濯物を手に。目にするだけで癒される、朗らかで貞淑さを象ったような笑顔はそこには無い。
欲を隠そうとしない淫らな女の
「では、そろそろ」
「!」
その言葉が何を示しているのかすぐに分かった。彼女の目線は僕の下半身……明らかに盛り上がった一転に向けられている。
それ以上は本当にまずい。その心情が声に出る事は無かった。
そもそも僕は力でこの人に勝つ事が出来ない。彼女は獣人で、僕なんかよりも余程腕が立つ。
かといって言葉で止める事も最早出来そうに無い。クロードさんの名前が抑止にならない以上、麻痺しきった今の思考で上手い言葉が浮かぶ気もしない。
諦観、そしてその裏にある確かな期待が、僕の喉を詰まらせた。
「ちょき、ちょき」
彼女は僕の下半身の側へと移動し、愉しげな幼子のように指をズボンに沿わせて始めた。今さっき上半身の服にした時と同じように、音も無く丈夫な筈の生地と生地とが別たれていく。
「えい」
自分を覆っていたモノを取り払われ、文字通り丸裸へと近づいていく感覚。太腿から足首が少しばかり冷えた空気に触れる。そして、その程度ではどうしようもない程に熱を持った箇所。
残るは見るからに頼りない、盛り上がりを覆う薄布が一枚。
「ふふふ」
わざとらしい笑い声と共に、レナさんの視線はその一点に。
思わず唾を呑む。脇にある机から手を伸ばして何かを取り、僕の心情を見透かしたような表情で彼女はそれを告げた。
「マッサージをしましょう」