「はあ……はあっ……あっ……」
静かな夜の、ある一室で少女の淫らな声が漏れかけていた。
透き通る金糸がベットで掻き乱れる。
一人でに手足が跳ね回る。
脳裏にふと想起する官能によって、清潔に保たれた寝間着とシーツが濡れていく。
(だめ……声を上げちゃ……でも、体が、お腹の奥が熱い……♥)
少女はそれまで性的な経験は殆どなかった。然し過酷な運命によって、彼女の肉感的な肢体を相対者達は幾度も強奪した。初めてを奪われてからというもの、隙を見せ剣を落としてしまう度に少女は、陶器の肌を雄の獣たちに容赦なく食らわれていた。
「ひい、あっ、ああ、あ……♥」
その結果、安全な寝床で休息を取っていても肉体は奥から燃えては花蜜を滴らす。
堪えればやがて失せる、けれど、そうするよりもっと早く収まれる方法を少女は分かっていた。
自らの指を、秘所に触れては、根本まで差し入れて掻き回す。
(ああ、おまんこ、気持ちイイ……♥)
本当は誤魔化しでしかない。自分の指だから特に気持ちイイ部分を直接触れて刺激出来るが、雄達の容赦ない責め苦を、細い自指とは比べ物にならない質量による蹂躙の方が、屈辱と共に快楽を味合わせてくれる。
全て無理やりに体を暴かれ、弄られ、強引に奥まで貫かれたというのに。少女の中では苦痛に塗れた悪夢というより、彼女の中の淫靡さを花開かせる甘露になっていた。
特に快楽を感じられたのは、少女の初物を奪った黒騎士。彼によって与えられた、呪詛という、激しい迸りが奥まで流し込まれることまでを明晰に想起させた。
(メド、ラウド、さ……)
「あ、ああっ♥ああ~~っ♥♥♥」
少女は、一人ベットの上で甲高い声を上げて果てた。
ピクピクと、大開きにした両足を軽く痙攣させて。
「ジャンヌ様……?」
掛けられた声にジャンヌは正気を取り戻した。
現実に帰り、ここが自宅で一人住まいではないことも思い出す。
(ダイアナ……)
不味い。トイレで降りてきたのか。
必死に抑えていた心算の声も実際殆ど叫ぶような大音量だったと、冷めてきた頭と体で急に青ざめてきた。
「……お体の具合、やはり悪いと、存じます」
ダイアナの呼びかけは続いているが、返事が出来ない。
まだ、喘ぎ声が出てしまいそうだから。
「不躾ですが、お時間を少し、頂けないでしょうか……」
ダイアナはそれだけ言って、足音を遠ざけた。
部屋には入らなかったようだ。
ジャンヌは今の内にと、なんとかバレないように自慰行為の後処理をしてから、自室から出てダイアナを探した。灯りが点いていたのは、台所の方だった。
「ダイアナ……」
「ジャンヌ様」
寝間着の上からメイドのエプロンを付けている、切り揃えた黒髪の少女はいつものようにささやかに儚げに微笑んでいた。
ダイアナは、お湯を沸かして茶葉を煎じているようだった。用意しているのはティーセット。ポットとカップだけの簡素なものだった。
「……部屋にお運びしましたのに」
「紅茶を作ってたんだ」
「はい。ハーブティーです」
空けたばかりなのだろう、ポットの隣に煎じ用の茶葉の瓶があった。
ジャンヌが凝視するからだろうか、ダイアナは茶葉の説明をした。
「……これは、とある国からの輸入品で、鎮静作用があると」
「鎮静……」
「あっ……ええと、ジャンヌ様もお勤めによって、その、緊張や興奮も続いているでしょう、ので」
「ありがとう、ダイアナ」
……このメイドの少女は、いつも相手を気遣うことを考えている。
あんなはしたない声を上げていたのに、優しい子だ。
一応主人という立場なのが恥ずかしくなってしまう。
既に温めたカップに、ポットの中身が注がれる。
液体の色は青みがかった茶色だった。
頂きます。
カップの縁をつまみ、熱い内に口付けて、啜る。
じんわりとした温かさが喉から全身に渡っていった。
「……美味しい。味も爽やかですっきりするわね」
メイドの少女は穏やかに微笑む。
敬愛する主人の状態はとりあえず安定していた。
一先ずの安堵をする一方で。
ダイアナは、暗い決意を燻ぶらせていた。
♢♢♢♢♢♢
ダイアナは薄々でなくとも察してはいた。ジャンヌの身に起こっていることを。
女がただ敗走するだけで済む筈がない、命だけ助かるならその代償はなんなのか分からないほど世間知らずでもない。
現実を受け止めるのは、辛い。けれど夜中のジャンヌの様子からしてこれ以上見て見ぬふりだけは出来なかった。
ダイアナに出来ることはないか考えた。ジャンヌはいつも後一歩でと言っていた。任務の具体的なことは知らない。主人のやることを詮索するのはメイドとして無粋だ。
しかし、装備がもっとちゃんと整っていれば、優秀な傷薬など備えていれば上手く運べることは分かる。……詰まり、必要なのは資金だ。
リリィ姫が居なくなり、宰相が遠征中、聖騎士も負傷し、ただでさえ暗雲立ち込めている国内で兵団も猫の手が借りたい程人員を割いている。
貴族は相変わらず吝嗇家ばかりだ。そんな彼らから資金を引き出す方法をダイアナは知っていた。……正しくは、自分の欲の為にしか金を撒かない、一部の貴族の娯楽のことを。
新品のメイド服を着た。
化粧も、いつもより濃い目に。
香水を予めかけたローブを纏う。
頭に描いた地図を確認する。
城内でも、スラムでも噂として耳にはしていた。
華やかな市場の脇にありつつも、影に刺されても鮮やかな青い扉が目印。
王城の傍でありながら点在する、一部の貴族が経営するふしだらな遊戯がある店。
スラムなど苦境に立たされた苦役人から、ただの淫蕩者まで春を売り買いする場所。
私がこれから行く戦場。或いは地獄。
(ジャンヌ様の為に出来ることはないか)
怪しい勧誘はダイアナにも掛けられていた。その折に厳しくも優しい年長のメイドが助けてくれた。城住まいを移ってからはとんと遭っていない……買い物中のダイアナに、知り合いを装って、挨拶に並べた宣伝をかけない限りは。
メイドという職だから狙う輩も居るのだ。応じて、件の店に行ったらしい同僚は、不潔。と年長者を中心に避けられ爪弾きにされていた。
(……私も明日から、彼女のように軽蔑されることになるでしょうね……)
最後の身支度の確認をしていると、足元から心細い鳴き声が。一瞥すればこの家の可愛い飼い犬だった。
「……モニ……」
引き留めようとしてくれているのね。
ありがとう。でも、いいの。
これは私が決めたことだから。
愚かな人間の営みに、普通の犬は介入してはいけないよ。
あなたは、もし私が留守の時にジャンヌ様が帰ってきたら、代わりに出迎えてあげてね。本当に純粋に無垢に、主人を愛でられて、癒してね。
身支度は済ませた。覚悟は決めた。
そして、ダイアナは、扉を開けようとしていた。
――――それだけは、駄目だよ。……と、誰かが叫んだような気がした。
扉は開いた。
ダイアナの手がかかる前に、ひとりでに、外側から。
開けたのは彼女が今も思いを馳せていた、大切な主人である少女騎士だった。
「やったよ!ダイアナ、私やったよ!!」
彼女は、出会い頭にそう言ってはダイアナを抱き締めた。
ダイアナはすっかり呆気に取られてしまう。
「ジャ、ンヌ、さま……?」
「あ、ああごめんただいま!!つい興奮しちゃって……でも嬉しくて!!」
ジャンヌはまた装飾がボロボロになって帰ってきていた。傷や埃もあちこちに付いている。だけどいつもと違うのは、快勝を誇るような笑顔だった。
ここ最近は見なかった繕いでない笑顔で、もしかして初めて、こんなに間近で歓喜の感情を露わにされたかもしれない。ダイアナの中で澱みが溶けていく。黒いものが萎んでいく。
「精霊を助けられたの!これで姫様をお助けする道に一歩進めたの!!」
ほら!と煌めく王家の指輪を突き付けているが、ダイアナからすれば早く彼女を清めなければとい思った。
「湯を沸かしてきます。傷のお手当も、あ、早いですが夕餉も用意しましょうか?」
「そうね、すっかりお腹空いちゃった!アップルパイが欲しいな!」
「……はい。ただ今お作りします」
流れるように食卓が彩った。ダイアナが林檎の焼き菓子を作っている間にジャンヌは湯浴みを済ませ、寛ぐ姿に整えていた。途中、応接室で誰かと相談してるようだった。客人らしい。先の話が本当なら、もしかしてベルデ国が祀る精霊なのかもしれない。
食卓についたジャンヌはよく食べた。ダイアナが自分用の野菜スープを啜り終えた頃にアップルパイを軽く平らげてしまった。ちゃんと彼女用のスープの器も空になっている。
「ご馳走さまでした。……ところでダイアナ、あなたのその恰好……」
(……あ)
ジャンヌに指摘されて、ダイアナはついさっきまでの自分が何処に向かおうとしていたか思い出した。普段のダイアナを知れば今の恰好は裏があると思われるだろう。ローブは外したが厚い化粧は落としてないし香水はそもそも拭えるものではない。
「もしかして……」
ダイアナは言い訳を必死に考えた。然しどう弁明しても、通じないんだろうなと冷静な部分が告げている。ジャンヌ様は烈火の如く怒るのだろうか、失望してしまうのだろうか。どちらにせよ彼女の努力を裏切りかけたのだ。その報いは受ける心算だ。
ダイアナは強く目を瞑った。
「……デート?」
(……え)
「まさか、好きな人でも出来たの?!……やだ、じゃあ私ったら、とんだタイミングで!えー、なんで言わなかったのー!!?」
……どうやら、ジャンヌは勝手な推測を立ててしまったようだ。
そうだ。きっと彼女の中では、ダイアナが売春に行くなんて、あり得ないんだ。思い付きもしないんだろう。
(…………ああ、私は)
なんて、愚かなことをしようとしてたのだろうか。
「落ち着いて下さいジャンヌ様。相手方とは約束してません」
「へ?」
「……私が、勝手に、気合を入れただけで」
「……告白!?!」
「そういうことに、なります」
また素っ頓狂な悲鳴が上がっていた。
「そ、それじゃあ私ったら、どっちにしろとんだ水を差したってことじゃないの!?」
「はい、次の機会にします……ふ」
「なんで笑っているの!?!」
「笑って……ふふ……そう、ですね、笑っちゃいますね、こんなタイミング……」
きっと、貴女に永遠に言わないだろう影を勝手に作って背負う所でした。
後ろめたい想いは、すっかり萎んでしまいました。
貴女が、そんな風に勝利の笑顔を見せてくれたから。
そしてやはり何も気が付いてない貴女は、申し訳なさそうに頬を掻いていた。
「……ダイアナ……私、応援しているから。でもって、もし、告白が上手く行ったら、紹介してね」
「――――はい」
あれから、ジャンヌ様の任務は順調のようだ。
異変はまだ解決してないし、日にちが進む毎に街に事件が増えていくのも気のせいではないけれど。
前日も表通りで白昼堂々の殺人事件が起きた。犯人はまだ捕まっていない。
だけど、心は平静を保っている。まるで凪のように穏やかで、潮が満ちるのを待っている。
(私がすべきことは、この家を守ること。ジャンヌ様が、いつ帰ってきても良い場所を)
戦いで傷を負ったならば手当を施し癒す。
勝って凱旋すれば心から持て成して労う。
とても単純で、大切な、私の役目だから。