※この作品はR-18です。

何時か何処かの少女達の御伽噺   作:晃条由夢名

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メイドの奮闘~スラム奔走

荒くれ者の気配がしない。もし近付いてもこちらから先に気付ける所まで、一先ず安心する箇所まで戻った。さて、次の目的への思考を巡らせる。

 

(浚われたリルリさんは広場に居る。私が次にするべきことは……)

 

先ず常識的な方法は、聖騎士達に報告すること。勝手な行動を取った件で叱られるかもしれないが、情報を得た彼らなら早速部隊を作ってスラムに乗り込むだろう。ただ迅速さが必要になってくる。

 

誘拐の目的は大抵は身代金。或いは人身売買。……どうも彼らの目的は後者らしい。今朝の騒動だけであのもたつきだ。いざ犯人が分かっても調査云々で時間がかかるようだったらもう子供は何処かに移されてしまう。そして小国のベルデ内で、騎士もおいそれと手を出せないような居所についてもダイアナは心当たりがあった。

 

……或いは、わざわざスラムにまで足を赴くようなメイドの証言など信用に値するだろうか?聖騎士やジャンヌなら二の句もなく信じてくれるだろう。けれどそれ以外の兵士、特に吝嗇な貴族に近い者なら……そこで躓かされるか、最悪握り潰されるかもしれない。

 

(わざわざ流浪の犯罪者を使う辺り、貯蓄よりリスクを取ったみたいだけど)

 

ただでさえリリィ姫行方不明からの黒城出現の大異変で城内が混乱しているのだ。兵団が壊滅し聖騎士もまだ負傷中なのが犯罪者達の横行に拍車をかけている。活性化しているのはモンスターばかりではない。今まで隠れ潜んでいた何かが蠢いている。まるで放置した腫瘍が悪化し、まだ無事な細胞へと浸食を始めたように。

 

……ここまで思考して、兵団への期待や希望が薄いと改めて自覚してしまった。

 

(……かといって、私一人では、無理だ)

 

正しくは、私とモニのふたりだけど。何の変哲もないただのメイドと、普通の仔犬。誘拐を企てる犯罪者の集団を相手取るなど生まれたてのスライムが他のモンスターの群れと対峙するようなもの。その共通の顛末はあっさり踏み潰されて餌と化す。

 

(せめてスラムに詳しい人間か、兵団を動かせる心当たりがあれば……)

 

「ちょっと、きみ」

 

声がかけられた。ダイアナは思考を解く。

何処からと振り向けば、一つの家から扉が開いていた。

 

「こっちに来て」

 

扉の内側から手が現れ、こちらを招いている。

 

(ええ……?)

 

流石にダイアナは躊躇した。普通に考えて罠と思ってしまう。ここがスラムでなく治安がちゃんとしている中央であろうとも、知らない家の知らない人から急に入れと誘われても先ず入らない。

 

「あ、モニ!?」

 

だがモニはあっさり駆け寄って家の中に行ってしまった。慌てて愛犬を追いかけるように、ダイアナは誘われた家に入ってしまう。パタンと扉は閉められた。一瞬どうしようと思った。だが危機感はあっさり霧散した。

 

「どうしてこんな所に、君みたいな子が居るんだい」

 

家の中に居た人物の足元に来た犬を、優しい手付きで撫でている。モニは返事としてペロリと舌で舐めた。すっかり安心している。その理由もダイアナは一目で察した。

 

(この方たち……)

 

明らかに違う。と直感した。

 

扉を開閉してダイアナを屋内に招き入れた人物と、モニと戯れている人物。二人共若い男性だった。

 

最低限の清潔感を持つしかない服を着ているが、佇まいが確りしている。目鼻立ちの整いぶりといい、やや痛んでいるのが勿体ない金茶髪といい、何より纏う雰囲気が、こんな場所に似つかわしくない。

 

「あなた方からは、私のご主人様と同じ気品が感じられます」

「そうか、やはり何処かの貴族に仕えるメイドですか」

「なら猶更、何でこんな所まで来た。物見遊山にしては危険すぎるよ」

「……少女を探しています」

 

ダイアナはここに来るまでの経緯を二人の青年にたどたどしくも丁寧に説明した。

中央で少女が一人行方不明なったこと。誘拐事件の可能性があること。

 

だがここ最近の時勢の悪さから兵士も捜索隊を組むのにあぐねいている。少女はスラムに居る目星が付いているのに。

 

「だから危険を承知で単身少女を探しに来た、と」

「私も、この近くに住んでましたので……けれどこの子が居なかったらと思うと……」

 

ダイアナは抱えたモニの頭を撫でる。この聡明な犬が居なかったとっくに悪漢の毒牙にかかっていたのかもしれない。

相対する青年二人……その内の若い、まだ少年かもしれない方が考え込んでいる……ふと、何かに気付いたようだ。

 

「そうか、あの子やっぱり中央から浚った子か」

「そうだね。そもそも幼児なんてこの一辺には一人も住んでいないよ」

 

合点が行った方に頷き合ってから二人は、ダイアナに向けて自己紹介をした。

 

「紹介が遅れました。私はシリウス。こちらは弟のレグルスです」

「……私こそ名乗りを遅れて申し訳ありません。ダイアナと呼ばれます」

 

ローブの裾を摘まんでお辞儀をすれば、ほぼ同時に恭しい紳士の一礼が返される。

……やはり、貴族の出身。けどなんでこんな所に……と浮かんだ疑問は、メイド仲間内でも有名な噂話に繋がっていった。

 

聖騎士ガラハドが仕えるある一族が居たが、疫病と震災の騒ぎで没落してしまったと聞く。特に疫病騒ぎの対応が大変な悪手だったのが原因だ。当主は世間に追い詰められての自害。奥方と二人の子息は行方知れずとなったが、国を出たという噂は聞かない。生きているならおそらくスラムに住み続けているだろう……と。

 

 

 

少し話し合ってから、彼らの申し出にダイアナは賛同した。

役立つアイテムがあれば積極的に利用したいと、レグルスの提案でダイアナのローブを貸し与えた。ローブはわざと汚くしたが、香水の残り香があった。だからレグルスが借りて男達を誘うアイテムに使う。彼を知らない者に会う際、化粧をして整えた顔だけ見せれば、大抵女と誤認させられるので。

 

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「あなただって、無縁の幼子の為にたった一人でこんな所まで来たでしょう?」

 

ダイアナの疑問にするりとシリウスが答えた。続くようにレグルスも心情を吐露する。

 

「……あいつらに一泡吹かせたいってのもある。奴らに殺された娼婦仲間が何人も居るから」

「っ!そんな……」

「身を切った相手に対して金すら払わないどころか逆に金や食べ物を奪って、尊厳を乏しめてくるだけの、そんな野犬以下の奴も居る。だがあいつらは野犬や駄馬どころかゴブリンにも劣る」

 

吐き捨てるように言ったレグルスの目が苛烈に光っていた。シリウスはと言うと冷静に丁寧な物腰だが、自分の二の腕を掴んでいる手は握り潰さんばかりに強く震えていた。

 

「今まで我慢していましたが、今日あの少女を見かけて、年端の行かない子供にまで手を出すのかと、本当にどうしようもない腐れ外道ですねと思いましたよ」

 

この兄弟は、広場を拠点にしている賊らへ、相当の怒りを腹に抱えているようである。

 

 

 

「さっきも会ったね」

 

シリウスが協力者は多い方が有利と集めてくれた娼婦の一人から、話しかけられた。ついさっき、ダイアナと軽く交わして、警告を与えてくれた人だ。ダイアナは黙ってお辞儀をする。

 

「……アンタ、変わっているわねぇ、昔こっちに住んでたと聞いたけど、仮にも貴族に仕えるメイドが娼婦如きに」

「関係ありませんよ……協力、して頂いている、のに」

 

それに、ダイアナも一つ何かが違えば彼女らと同じ者になっていたのだ。彼女達を蔑ろにする理由なんてない。同様の感情は、貴族でありながら自責を背負い春を売ってまで生きることを選択したシリウス、レグルスの兄弟にも向けている。

 

「……で、今回の依頼者さん。アタシは男を何人誘えればいい?」

 

ダイアナは困惑した。具体的な内容を提示されてしまったからだ。すると割って入ったレグルス。

 

「報酬は僕から払う。ただ相手は例の輩共だ。一人だけでいい、ただ、殺されないで」

「ハッ、相変わらずの甘ちゃんだねぇ、坊や。まあいいよ。死なない程度に相手しろ、ね」

 

レグルスの申し出に対し、気だるげに娼婦の女は返す。

 

「アタシはとっくの昔から貴族にも騎士にも期待してないよ。ただ金に見合った働きをする、それだけさ」

 

彼女の言を聞いて兄弟は静かに目を逸らすか伏せていた。ダイアナも幾らかは同感してしまっていたので、そっと瞼を伏せてこれから行うことへ、そして戦場に居る主人へと思いを馳せていた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢

 

 

 

先ずは、如何に広場に居る賊の数を何人減らせるかだ。

 

女装したレグルスと仲間の娼婦合わせて四人がさっきの広場へ続く空洞に入っていく。

 

急に娼婦が複数、春を売りに来たとなれば普通怪しまれそうだが、急に羽振りが良くなったとか、ある所で大金でも拵えるんじゃないか噂話を聞いてお零れでも……など見え透いた虚構の誘い文句を使えばいい。

 

とか言ってたが実際どうするかは彼と彼女達次第だ。その場で乱交会になるパターンだけは避ける。売春窟とか、専用の部屋に連れ出すのが序盤の目標だ。

 

祈りながら待っていたダイアナ。

 

何百秒も数えながら空洞を見張っていると……出てきた。

 

一人、二人、三人……空洞からひょっこり人が現れるのは見方によってはシュールかもしれない。しかし入って行った時から倍以上の人数がぞろぞろと広場から現れて、スラムの悪路を行進していく。

 

最初の関門は無事に突破出来た。あれだけの数をどうやって誘い出せたかは置いとこうダイアナからすれば彼ら全員が無事だっただけ御の字だ。

 

猥談をしながら進む団体が隠れているダイアナ達を通り過ぎていく。

 

その時、包み紙が放り投げられた。

 

物陰からシリウスが拾う。中身を確かめる。

 

広場の様子が大体分かったようだ。

 

「では行きましょう」

「はい」

 

二の句も告げる必要なく、賊を連れた彼らが角先へと消えるのと同時に、ダイアナ達は広場に突入した。

 

 

 

 

「件の奥まった所に少女は隠されているんでしょう。見張りは3人、『犬』と『飼い主』は残っている、と」

「元々、10人、なのですか?」

「さあ……そこまでは」

 

レグルス達は、7人連れ出していた。ダイアナの計算にシリウスは首を傾げる。彼は何かに気が付いたように、ちらりと後方を伺っていた。

 

広場への『入り口』は独特なトンネル状になっている。

空洞としての形も全体的に息詰まり易く、一番狭い幅で大人一人分くらいか。震災によって出来てしまった箇所だ。もしまた同災害が起こった時に偶々ここに居たら圧死してしまうかもしれない。奥行きも狭いのは良いことか。日の出る帯なら向こう側の光が眩しい位の主張をしている。

 

先のレグルスの伝言からして広場側の空洞周りは大丈夫。だからモニが最初に空洞を出たら、周囲を警戒しながらダイアナが、同じようにシリウスが続いた。

 

「すぐに物陰へ」

 

シリウスに指示されて咄嗟に身を縮こませるダイアナ。広場は元々公園だったので、視界が開けた途端に見渡し易い光景になる。モニもシリウスもすぐ傍の瓦礫へ身を隠した。

 

影から僅かに頭を出して覗くように全域を窺えば、残った賊は直ぐに見つけられた。

 

焚き火の近くに一人、井戸の近くに一人、瓦礫を丁度良い椅子代わりにして寛いているのが一人で。

 

「あればさっきの……」

「ええ、見えなくもない『犬』です」

 

瓦礫近くにはもう一つの生き物が居た。

作戦開始前にレグルスからも最も強く警告されていた存在。

 

「一番気を付けるのは『犬』だ。ヤツにだけは気付かれないようにしてね」

 

(あれが……)

 

『犬』だった。

ダイアナには、それがモニと同種の生物なんて、信じ難かった。

ただの四つ足系のモンスターで良いんではなかろうか。

 

全身が毛深い紺色で覆われている。白めのない赤い目は血の塊のようだ。口も殆ど閉じず、常に涎を垂らしていて牙はモニの頭の倍以上ある。遠目でも充分伝わる狂暴さだった。

 

『犬』は何処かの魔術によるものか、或いは悍ましい実験の産物か、頭部の一部に不自然な瘤があった。飼い主曰く多頭の成りそこないらしい。いっそ二つ頭があればもっとマシなナリになってたろうになぁと飼い主の男は笑いながらこの『犬』を気に入っていた。

 

飼い主への命令には忠実なようで、特殊な首輪とリンクする腕輪によって『犬』は主人を認識しているようだ。制御する為の道具がなければ人間がモンスターを使役することなど出来ない。

 

最悪なのはその飼い主の『趣味』であり、シリウス達のような売春せざる得ない立場の人々が恐れ慄きそして憎悪している理由でもある。

 

 

「まだ気付かれてませんね」

「ええ。距離がありますから。……そして件の少女は、おそらく『犬』の背後の小屋でしょう」

 

……確かに、この広場で屋内に通ずるような箇所は瓦礫のすぐ傍だけだ。玄関も無ければ明かりもない虚空のような場所だが、少女が見えなければ、後は其処しかない。その前に陣取るモンスターは正に番犬ということか。

 

ダイアナはどうやってあそこまで行くか真剣に考えた。

正面突破は論外。物陰に隠れながら近付いても、見張りの誰かに気付かれるかもしれない。

 

周辺の様子をよく見遣る。焚き火近くの男はなんだか舟を漕いでいる。深酒でもしたのか半ば眠っていた。井戸の近くの男もきょろきょろ視線を動かしているがなんでもない所ばかり見ている。……彼らは特に警戒しなくても大丈夫そうだ。

 

と、なると実質の見張りは瓦礫の犬とその飼い主だけ。

 

「この場で、使えそうな物を、探しているんですか?」

 

広場を隅々まで凝視しているダイアナを見て、シリウスが尋ねた。ただコクリと頷く。

 

「……事前に、必要になるかもしれない道具をお伝えしましたね」

 

用意できたのは、骨付き肉。ハーブ。ロープ。の三つだ。

骨付き肉はおそらくでもなく『犬』を一瞬でも気を逸らさせる為だろう。ロープは……仮に見張りが一人だったら油断してたら縛る為?ハーブに至っては何に役立つのだろうか。

 

「売春用の香なんですよね。所謂雰囲気作りの為のものですか……」

「先ず、退路を……」

 

仮にリルリさんを救出したとしても、最後まで気付かれずにいられるかも重要である。退路確保は大事だ。

 

「……そうですね。とりあえず林側は、隠れる所が多そうですね……」

 

瓦礫の山に囲われた広場だが、それでも景観用の造林はまだ残っていた。手入れがされてない分、鬱蒼とした枝葉が昼でも薄暗い闇を作っている。焚き火男の視界に入りそうだったが、彼は隙だらけだ。

 

「……先に、私とモニだけで、行ける所まで、行かせて下さい」

 

じっくり考えながら、かなり勇気のある行為を話している。レグルスは少し渋りながらも頷いた。許可を取れれば実行も早かった。反対側、詰まり瓦礫が多い所を賊らの視界を警戒しながら進んで行った。特に、『犬』と飼い主に気配を察知されないだろう距離まで。

 

半壊した建物は影が多く、小さなダイアナやモニは比較的楽に進めた。少しの石埃が舞い立つ音も不自然と受け取られない。

 

(……この辺りまで、か)

 

ダイアナ位の背丈以下しか入れないだろう瓦礫に埋もれた部屋の、小窓の部分から『犬』が見えた。これ以上近寄ったら察知させられる。モニも唸り声で警告していた。

 

 

とりあえず広場の入り口に戻ってきたダイアナ達、待っていたシリウスはホッと安堵する。

 

「大体、分かりました」

「やはり、無理そうですか」

「いえ、手順が決まりました。……成功する可能性はかなり、低いです。……とても、分が悪いです」

 

それでも、賭けますか?

 

どうやら、作戦を思い付いたようである。

 

 

 

 

「…………ん?」

 

『犬』の飼い主に当たる男は、ある異常に気が付いた。

香の匂いがするのだ。それも嗅ぎ慣れた甘い香りが。

さっき訪れた売春婦達の置き土産か?それにしたって何処から。

 

というか、小火が起きている?

 

「ちょっと待ってろ」

 

寝椅子代わりにしていた瓦礫から立ち上がり、飼い犬には待機の指示。

このスラムでは火災もよく起こるが、自分達の拠点で発生すれば目も当てられないことになる。見えない煙による中毒死は何処の世界でも恐ろしい事故だ。

 

「おい、そっちの焚き火は?」

「ぐかー……すがー……」

「…………チッ」

 

役に立たない酒飲みである。とりあえず自分達の起こした火が発生源ではない。とすれば……と辺りを見回せば一隅から白煙が出ているではないか。賊の男は何事と小窓の方に駆け寄った。

 

 

 

「…………?」

 

一方、飼い主から待てと指示された『犬』は。

視界の端に何か妙なものを見つける。

 

彼は飼い主とその仲間以外の生き物はとりあえず噛み付けという基本的な命令を受けている。けれど『犬』としての肉食の本能で、鼻もひくついた。

 

小さな、妙な何かが林側から、弧を描いて飛んで来た。

鳥ではなかった。鼠でもない。

井戸の周りでは挙動不審な輩が相変わらずうろうろしていた。

白い、だが肉の付いている何かが動く。

 

『犬』は、基本的命令を優先し、また本能としてそれに食らいつく為に動いた。

 

ただ巨体の生物が弾丸のように飛び出した為、不幸な事故が発生する。

 

「~~……~~~……ん?………お……?」

 

如実でない言語をぼやき散漫な空想をしながらうろついていた男は、一応仲間としてカテゴライズされていたにも関わらず、この瞬間では『犬』にとっての障害物だった。

 

突進したモンスターに弾き飛ばされた角度も悪かった。彼は背中から大きく倒れ、足長だったのもあって井戸の塀も軽く超えていた。

 

反響する悲鳴が上がったと同時に、広場から一人の賊が消えた。

 

「っ?!…おいっ!?!何があった!!?」

 

小火の正体を確かめていた『犬』の飼い主は次の異常事態に振り返って、井戸の近くまで駆け寄った。『犬』はと言うと、獲物にしゃぶりついていた。焚き火前の男は相変わらず夢の中に居た。

 

そんな彼らを尻目に、すっかり空いた小屋の中に侵入する小さな人影があった。

 

 

 

(まさかここまで上手く行くなんて)

 

都合が良過ぎないだろうかとダイアナの内心は歓喜より慄きが勝る。特に一人が井戸に落ちるトラブルが功を奏してしまった。シリウスも狙ってやった訳でもないだろうに。

 

ダイアナがやったことは小窓の部屋でハーブを燃やしただけだ。これで『犬』か飼い主か両方が釣れればかなり上々。結果は飼い主だけだが想定内。

 

次に『犬』を引っ掻ける為に、ロープを釣り糸代わりに巻いた骨付き肉を持ったシリウスが林側から投げた。こちらも結果はご覧の通りだ。

 

後は完全に虚を突かれた彼らの視界を潜ってダイアナとモニが素早く小屋に入るだけだ。

 

 

少女は直ぐに見つかった。彼女は薄暗い小屋の隅で一人縮こまるように蹲っていた。良かった。これで牢屋に入れられてたり、鎖を掛けられていたりしてたら不味いことになっていた。鍵を探す時間も無いんだから。

 

「誰……?」

「リルリさん、あなたを、助けに来ました。さあ、帰りましょう」

「お母さんの所へ……?」

「そうですよ」

 

話しながら、ダイアナは少女を抱き締めた。安心させる為にそうするべきだと思ったから。その行いが効いたのかのかもしれない。少女はダイアナを抱き返し、コクコクと頷いてから、促されるように立ち上がった。

 

 

 

「誰か潜んでいるのか……?オイ!何処に隠れてやがる!!」

 

警戒を緩めないまま小屋から出てくれば、『犬』の飼い主は林川を探していた。飼い犬が食べている品を見て侵入者の存在を察しただろう。彼らの注意がダイアナ達と反対方向だったのを良いことに、足早く、物陰を伝いながら少女を連れて行く。

 

早く、この広場から脱出しないと。

この少女を家に帰さないと。

それだけを念頭に置いておけばいいのに、ふとある想いがダイアナの足を止める。

 

(……待って、シリウス様は、無事に逃げれるの?)

 

振り返ってしまった。

『犬』は、飼い主と共に林側を探し回っている。

彼にモンスターに対抗する術はあるのか。

元は貴族階級であったとして、嗜みで剣技など心得ていたとしよう、けれど、肝心の剣が、武器を持っていないのだ。

 

(……シリウス様、まさか始めから囮になる心算だったのでは……)

 

「お姉ちゃん……?」

 

少女の声に正気が返る。

そうだ、今はこの子を安全な場所へ。

まだ彼らが気付いてない内に、スラムへ繋がる出入口の空洞まで着けた。

ここまで上手く行けた。シリウスのおかげで。

 

(…………だ、駄目だ。やっぱり……!)

 

ダイアナの足が止まった。

幾らなんでも自己犠牲者は望んでいない。

振り返って叫ぼうとしたその時。

 

「ワン!ワン!!」

 

モニが、吠えた。

 

 

 

「――――なっ!!?ガキが!!?」

 

 

 

「リルリさん!進んで!」

 

ダイアナは半ば押し込めるように少女を空洞内へ促していく。少女自身も恐怖からか空洞内を勢いよく駆けて行った。小さな子供なのでモニ並にすんなり通り抜けられた。ダイアナも後に続いていく。

 

「……っ!あなたは?!」

「彼に言われたんです早く出て!!」

 

出口には二人の娼婦が待っていた。彼女達に引きずり出されるようにスラム側へ戻ると、空洞に物置箱が押し付けられる。

 

「ちょ、何をしているんですか、シリウス様がまだ中に!」

「頼まれたんです!!女の子とメイドが出てきたらすぐに塞いでって!!」

 

そんなことダイアナは聞いてなかった。確かに作戦会議の折に色んな娼婦仲間に声を掛けている兄弟の姿は見たが、退路のことまで計画してたとは。……やはり、囮になる前提だったことも踏まえてたなんて。

 

「な、なにふざけたことを……!くそっ、こんなのぶち破ってやる!!」

 

追って来た男の怒号がする。物置箱にはそれなりの詰め物を入れたらしく重量があるが、いかんせん木箱なので耐久性がない。時間稼ぎにしてもそう頼れないだろう。

 

「行って!早く!!」

「私達も直ぐに逃げるよ!!」

 

シリウスの安否が本当に気掛かりだが、今は彼女達の言う通りにする他がない。せめて、あの瞬間まで見つかっていなくて、『犬』の牙にかかっていませんようにと祈るしかない。

 

私達は走らなきゃいけない。

走って、走って、走って、走らなきゃいけない。

息が切れる。腹が痛い。足が重い。

繋いでいる手を離してはいけない。

 

「リルリさん!」

 

転びかけた少女の手を必死に掴んで起こす。

自分にこんな力あったのかと驚いてしまった。窮地の時の膂力という代物か。

だがそんな些事に感心する余裕なんてない。

 

戻るべき道は間違えてない。昔の面影が少なくなったけれど、覚えている箇所を目印に辿っていく。モニが先導してくれたおかげかもしれない。

 

ダンジョンのように危険な区域を、私達は必死に走って、走って、走って。

 

――――やっと見えた。

 

「リルリさんここへ!早く!」

 

殆ど押し込めるように少女を隠れ路に進ませた。先に入って、彼女の服の裾を引っ張るよう噛んでいるモニもよく分かっている。

 

「いいですか、この道を出たらすぐに右手に向かって走って下さい、真っ直ぐ行けば教会が見えますその中に入って助けを求めて!!急いで!」

「お、お姉さんは」

「私もすぐ行きますから、早く「居たぞ!」……っ!」

 

我ながらとんでもない早口を使えたものだ。相手が聞き取れるかどうかが心配になってくる。また怒号もすぐ近くまで来ていた。

 

「早く行って!!!」

「なにを隠してんだこのガキ!」

 

大の男は通れないだろうけど、通すわけにはいけない。ダイアナは隠れ路を塞ぐように体を盾にした。

 

するとまもなく背中に酷い衝撃が走った。蹴りか、拳か、鈍器か。視線を隠れ路に向けている私はその正体が知れない。知っても激痛を与えられたことには変わらない。

 

「どけ!どきやがれ!!」

「…!…っ…グッ、ゲホッ!」

 

二回、三回背中にぶつけられる痛み。咄嗟に歯を食いしばっても、泣き出してしまいたい程の衝撃。壁を付く手を離した方がずっと賢いのは分かっていた。

 

視線を正面に配ると、少女はちゃんと向こう側まで走っていた。

 

良かった。例えさっきの言を覚えてなくともモニが居れば道順を間違えないだろう。

 

(リルリさん、どうか無事にあなたのお母様の下へ……)

 

「……!あのガキだ!スラムから出るぞ!」

「あっちの方だな?!」

 

後方の仲間に伝えたのだろうか、けれど、回って行ったところでもう追い付くことはない。彼女が隠れ路を通って行った時点でダイアナの目的は果たされた。

 

そしてダイアナは力が緩んだ所で、無理やり隠れ路から引き剥がされ、地べたに這いつくばされてしまう。

 

「こっちはどうする?」

「よく見ればメイドじゃねーか。なんで……つか、代品にするか?」

「依頼者はガチペドだぞ」

「いや、それよりもっと面白いことしようぜ」

 

髪を掴まれて無理やり起こされた。痛みで体が言うことを聞かない。

 

「うん、そこそこ可愛い顔だな。きっと処女だ」

 

悪漢が下衆らしい顔でダイアナを品定めしている。

これから何が起こるかは、ダイアナも想像が付いてた。

覚悟はしていた。

……せめて、あの子が無事ならば。と自己の徳行で納得しようとして。

 

「お前も美味そうだと思うだろ?ほら、久しぶりの娼婦以外のご馳走だ」

 

けれど想像以上の恥辱が彼奴から用意されていく。

唸り声を上げながらダイアナの前に現れたのは、あの、モンスターだ。

四つ足の獣、近くで見ると体躯はダイアナも軽く上回っていた。

いつ噛み砕いてもおかしくない牙に、立てている凶刃な爪に、存在の獰猛さに悪寒が止まらない。

 

(ま……さ、か……)

 

嫌な予感に最低の会話が上乗せさせていく。

 

「ここでヤッちまうのか?」

「おう。こいつもすっかり溜まっているみたいだしな」

「こんな細っこいの、一発で死ぬんじゃねーの?」

「まあいいだろ。もし生きてたらこいつに噛み殺されるまで番にしてやるよ」

「で、例のヤツへの見世物にでもするんか。お前の趣味と合うのかねぇ」

「あんなとんでもない変態だ。なんとかは類を呼ぶだろ。喜んでくれると思うぜ」

 

ダイアナの奥歯が揺れ始めていた。

言葉にならない声が喉から絞られていく。

逃げ出したいのに、動けない。

体が痛いが、それ以上に恐怖で全身が竦んでいる。

 

ただ、花を散らされるまでなら、覚悟は、出来てた。

けれど、まさか、人間相手では、なくて。

 

本物の獣が涎を垂らしている。

睨みつけている。その目に見えるのは餌ではない。雌として獲物を捉えている。

 

(ジャンヌさま……)

 

狂った犬が、ダイアナに飛び掛かった。

 

咄嗟に腕で庇ったが何の意味もない、牙が、爪が、容赦なく彼女の衣服を肌ごと裂いていく。

 

「ああああああぁぁ……!!!」

 

痛い 怖い 嫌だ 嫌だ 嫌だ 痛い 痛い 怖い 痛い 嫌だ

 

これから始まる凌辱の猛威に成す術なく被られるだろう少女は、頭の片隅でこんなことを考えていた。

 

 

 

(……ジャンヌ様も、こんな気持ちだったのかな……)

 

 

 

 

 

「何してるんだあああ!!!」

 

第三者の怒声が聞こえた。

ほぼ同時に、ダイアナの傍で何かが薙ぐ音がする。

直後に獣が退いた。

 

「っち!ずらかるぞ!!」

 

舌打ちと共に悪漢らも足早く去った。

 

 

 

 

 

「………………?」

 

痛みは残っている。

けれど、恐怖が去っていったらしい。

ダイアナは自分の血と涙を微かに拭いながら、視界を開ける。

覗き込んでいたのは、知らない人間だった。

けれど、何故かホッとした。

 

「ご、ご無事、ですか……?」

「あ……なた、は?」

「ただの一兵士です。あの子が、メイドさんが危ないって聞いて……」

 

彼の言を聞いて安堵が深まった。

 

「そう……リルリさん、が……」

「はい。あの子は無事保護されましたよ」

「よか……た…………」

 

さっきまでの暴行と、これまでの緊張感が一緒に解けたから、ダイアナは気絶した。

 

「あ、ああ、早く救護班!ここに負傷者が!メイドさんが!!」

 

 

 

ダイアナを助けたのは、ある兵士で、まだ少年と言っていい年頃の若者だった。彼は兵団用の槍を持って、スラム街に飛び込んで、悲鳴が聞こえた所に駆け付けてはダイアナの上に居たモンスターを薙ぎ払ったのだ。

 

それから相手方を睨みつけながら槍を持ち構えていた。モンスターを連れた悪党が完全にこの場から去ったと分かるまで、その手は震えていた。実戦を殆ど知らない新米だと丸わかりだった。仮に彼一人だったら返り討ちにされていたかもしれない。犯罪慣れしている輩は、こうなった流れによる状況を嗅ぎ分けられる。メイドでなく兵士が来た以上、兵団そのものも既に近くに来ているということを。

 

本人の証言曰く、先走ってしまったのはダイアナのことがどうしても心配だったからだ。彼女がジャンヌに仕えるメイドだということは存知だった。彼にとって、ベルデ初の女性騎士であるジャンヌは憧れの人物でもあったから。

 

元々ダイアナが先走っただけで少女救出部隊は作られていた。

情勢が悪化しガラハドはまだ負傷中で人手不足の兵団だったが、見捨てるつもりは無かった。スラムの地理に詳しい人材を呼ぶのに時間がかかっただけである。しかし結成し作戦を立案してから行動するまでやはり更に時間を要した。兵団の損失を避ける為とはいえ慎重を重ねすぎていれば誘拐された少女の『売買』は進んでしまっただろう。

 

誘拐された当人が救出部隊と出会ったおかげで一気にスラム突入まで話は進んで行った。ダイアナ達の行動はちゃんと功を奏したのだ。だが件の広場まで来た時にはもむけの殻だった。流石に隠れ慣れ逃げ慣れている犯罪者達だ。いずれ彼らの捕縛に本腰を入れることになるだろうが、今の時勢では未だ放置せざるを得ない現実だった。

 

ダイアナ自身も最悪の事態は避けられた。

女としては勿論のこと、狂犬と聞いて病気に罹っているかもと診察も受けたがそちらも問題はなかった。容体は打撲等の裂傷のみ。聖騎士のお墨付きの確かな効用がある軟膏を加えた治療を施したので数日で癒えて傷痕も残らないだろう。

 

ただ、彼女から一つ大きな釘が、今回の事件の関係者全員に刺された。

 

「……ジャンヌ様には私の怪我のこと……事件のことを……聞かれても、話さないでください。……私からお話しますので」

 

結局は彼女自身は話せないでいたのだけれど。

 

 

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