今日のジャンヌは街に留まっていた。
精霊救出を後回しにしなければならない理由が彼女にはあった。彼女を知る人程分かっている。しかし肝心の理由に纏わる質疑だけはほぼ明確な返答が来なかった。
「彼女の怪我を心配しているのは分かります。けれど残念ながら私は詳しいことを知りません。昨日も正門を守っていたので」
と、門番の兵士は証言した。
「ダイアナちゃんの怪我については、何も言えないの。というかよく分からないの……事件絡みは間違いないわ。だから、聖騎士様に聴いてね」
と、近所付き合いの深い隣人は証言した。
「あの子の怪我か。……すまないな。口止めされてしまった。幾ら交渉しても無駄だ。あの子自身がきみに話すと約束されてしまったからな」
と、先輩は証言した。
「あぁ……やっぱり聞きにきたか。すまん、幾ら騎士の頼みでも今回は。ただアイツなら……あ、しまった……目が、合っちまったな。……もうアイツから聞く気満々だね貴女も」
と、王城の警備を担当する兵士は証言した。
「私のメイドが、何か事件に巻き込まれたみたいなんです」
詰問したら、彼はとっさに自分の口を塞いだ。余計なことを決して漏らさないようにという分かり易い仕草だ。
「すいません騎士様。幾ら騎士様の
「分かってます。ダイアナに口止めされたんですね」
「すいません。けど騎士様分かって下さい。メイドさんも貴女の為を思って隠し通す所存なんですよ」
「…………そうですか」
ジャンヌは一度目を伏せて、意識した呼吸をする。
これから行うことについて、忠誠を誓うリリィ姫に向けて告解した。
ごめんなさい姫様。
けどダイアナの身に何が起こったか知りたいんです。
その為なら……ほんのちょっとだけ、ワルイことをしてしまいます。
「じゃあ交渉しましょう」
「え、ダメですよ。幾らお金を積まれても……」
「私は金銭は使いません。その代わりに……」
まだ少年の時分な兵士の手をそっと取ったジャンヌは、ある所に導いた。
ムニュウ、という擬音が付く柔らかい場所へと。
「き、騎士様!?」
揉み揉みと。自分でも柔らかみがある自覚が強い所を、握らせる。
「い、いけません騎士様!……はわわわわわわ」
可愛らしい反応。少女は艶然とした笑みが浮かべた。軽く添えているだけの手付きは乳房から離れず揉みしだいている。ちゃんとした男の子だ。
こっそり、胸元の金具を外す。服の中の支えが無くなった乳房の先端が浮き上がるのを兵士の少年は然り見た。その隙にジャンヌは彼の空いている方の手も取って、もう片方の乳房へと当てがった。
「支えて欲しいの……」
色の付いた鈴の声を鳴らしながら、少年にとって憧れの人である騎士様が胸を触らせてくれる。もにゅ、という音が聞こえそうな位に柔らかい、なのに弾力があって、押し返してくる。
ずしりとした重みがかけられて乳房の心地良い感触が強くなった。少年の指先は無意識に先端部分を摘まんでいた。
「どう……?私のおっぱい、気持ちいい……?」
「あ、あう、あ」
「もっと触りたい……?」
襟元が緩められ、ブラウスが自ら剥がされていく。外気に晒される白い巨峰。兵士の少年は生唾を飲み込んだ。
「ねえ、教えて欲しいの……お願い……」
とてつもない甘い香りがする胸に、赤子の時以来の接触をする双丘の、谷間に、吸い寄せられてしまう。
「あっ……んんっ……ふ、う……」
尊敬している騎士様の、艶やかで熱っぽい表情。鈴のような声が一際儚く、耳元に囁いていく。とてつもない甘い香りがする双丘に挟まれていて、まるで夢を見ているような気分だ。
ふとすぐ目に付く桃色の先端があった。吸い付きたいと思ったら、谷間から頭をずらして、口に入れていた。
「んっ♥…」
瞬間、騎士様の体が震えた。ここ、弱いんだろうか。
「…ああっ♥ちゅうちゅうして……♥……美味しい……?」
「は、はひっ」
「男の人って、……ん♥…赤ちゃんみたいに、ここ、吸うの、好きですね……出ない、のに♥」
こんな大きくてすべすべで柔らかいおっぱいの、綺麗な乳首になら舐めて吸ってみたいと思います。そう告げる代わりにちゅうちゅう吸っていた。
「ねえ…っ♥……ん…私が、居ない間に………はあ♥…どんな事件が……起こってたの……?」
静かな間を置くのは息継ぎをする為かも。それとも、ちゃんと聞こえるようにゆっくり話しているだけかもしれない。ともあれ少年はもう障壁が崩壊していた。乳首に口を付けながらもごもごと舌を動かしてしまう。
「はあ♥……もうっ♥……おっぱい吸いながら話さない、の♥……ねぇ、教えて……」
ちゅぽん、と唾液で音が出る位舐め吸いしてた。見下ろす騎士様の目元はすっかり赤く色付いてとても蠱惑的だった。
「……ス、スラムです。子供の誘拐事件が起きました……」
成す術がないのだ、こんな状況。すっかり洗いざらい話してしまっていた。
その間の騎士様はというと、まるで母のように抱き包んで好きに乳首を吸わせてくれた、豊満で滑らかな乳房の谷間を開けて頭ごと挟んでくれたり、手だってこちらの自由な加減で触らせて揉ませてくれた。
「ありがとう。大体分かりました」
「……あ……」
「大丈夫よ。あなたが話したという件は、誰にも言わないわ」
額にキスされる。すぐに唇は右頬と左頬にも写ってそこらにもキスを。最後に唇を重ねられた。チュ、チュウと舌先から吸うような口付けに先までの乳房の感触とは別の意味で体が震えた。
そして騎士様は、聖母のように微笑んだ。
「私のダイアナを助けてくれてありがとう」
……本当に夢見心地のような時間だった。
彼女が立ち去ってから気付いたが、自分のズボンに大きな染みが出来ていた。それ含めてあの感触は一生忘れられないものだった。
♢♢♢♢♢♢
その日、スラム区域は騒然となった。
「なんだなんだ、何が起こっている?」
「剣を持った女が暴れているぞ!?」
「はあ!?!」
荒くれ者のいざこざは日常茶飯事。しかし乱闘同然の騒動は控えていた。
主な理由としては、隣の中央区まで騒ぎが伝わると兵団が出動しかねないこと、また今は外国からの筋金入りの犯罪者の集団が隠れ蓑に利用しているのだ。そんな彼らもつい先日の事件より広場から拠点を変えてほとぼりが収まるまで息を潜める心算だったが。
「なんだお前は!?」
「いいから!仲間の居所を、教えなさい!!!」
可憐な美少女がスラムに居る。普通なら飢えた野犬の縄張りに生肉を放り込むようなものだが、その美少女はそこらの荒くれ者より強かった。優れた剣技で早速手を出してきた男をいなしては転ばせて、足蹴にしてから剣先を突きかけ強引な尋問を行っていた。
「このガキっ……ぐあっ!?」
勿論急な暴行に荒事慣れしている輩がそう素直に答える筈もなく、近くに来ていた同類も剣持つ少女に襲い掛かるが、これも簡単に交わされて峰で強かに打たれ気絶させられた。
男を二人倒したジャンヌは、騒ぎを聞き付けて出てきた荒くれ者を一瞥でその数と武器を把握する。
判断も瞬時で、戦法はカウンターを重視する。
出てきた勢いのままにナイフで斬りかかってきた男にジャンヌは返し刃で応じた。相手の凶器の軌道から握り手まで止まって見える。武器を避けられ逆に腕の筋を斬られた男は苦痛の勢いのままに転げた。
ナイフより刃渡りが大きな刃物、剣でなく鉈のような凶器が続け様に降って来たがこれも冷静に刃渡らせて弾き飛ばし、持ち主ごと返り討ちにした。
背後の襲撃者も既に察していた。気配の消し方が甘い。振り向き様の回し蹴りを放つ。狙いすましたように顎を打ち上げて相手は昏倒した。
腕力そのものが武具らしい男が後方に居た。ジャンヌはその男に向かって俊足を使い突進する。男はわざわざ獲物が飛び込んできたとばかりに腕をならして踏ん張りをつけたが、予想は外れた。小さな体躯の少女を捕まえようとして、寸で空ぶったのだ。
次の瞬間側頭部に衝撃が走った。ジャンヌは男の腕が届く直前で軸回転をして後ろに回り込み、剣をやや大きく上振れさせた。刃でない平面で力だけが自慢の賊の頭を強かに打ち据えてやったのだ。
ここまででやっと一呼吸するジャンヌ。すると獣の唸り声が耳に届く。まさかと振り向けば、スラム区域とはいえ街内にモンスターが居た。
「やれ!」
飼い主の号令に合わせて『犬』が襲い掛かった。
常人なら恐怖で身が竦むだろうが、修羅の場数を踏んでいたジャンヌは一瞬も怯まなかった。地の利は慣れ親しんでいるあちらの方が上だ。『犬』は本能で相対者の実力を危険と見なした。だから正直に襲撃せず、蛇行移動をして壁や瓦礫を飛び交う。視界を攪乱させながら死角から爪か牙をかけようとする狙いだ。
だがジャンヌは確りモンスターの動きを目で追っていた。姿を消しながらこちらを襲う者、疾風の如き素早さを持つ者とも相対してきた彼女からすればとても鈍い動きに見えた。
壁に飛び、瓦礫に飛び、屋根瓦だったものに乗って、また壁に跳ね返るような巨体が、その中心の血の塊の眼が、ジャンヌを捉えているが彼女も決して見逃していない。
痺れを切らしたのは『犬』だ。可憐な少女の肌を噛み切ってみたい衝動にも逆らえなかったのかもしれない。澄んだ空色の視界に己が入ったまま、牙を大きく開けて爪を全て立てて少女に襲い掛かる。
そして牙は、鋭くしなやかな剣によって遮られ、あうなく一部を砕かれた。
「まさか!?」
飼い主が悲鳴に近い驚愕の声を上げていた。同時に『犬』が情けない鳴き声を上げて地に転がされていた。
ジャンヌはこの瞬間だけ顔を曇らす。モンスターとはいえ、一応『犬』だ。我が家の愛犬のことも過れば心が痛んだ。……しかし、この『犬』こそが彼女の大切なダイアナを傷物にしようとした犯人だと分かれば、怒りのままにこの場で一刀両断していただろう。……と余談として付けておく。
「おいお前!こいつがどうなってもいいのか!?」
「っ!?」
一人の賊の男が、一人の娼婦を捕まえながら彼女の喉元にナイフを突き付けていた。見た感じジャンヌとそう変わらない年頃の少女だった。彼女は助けて、と言いたそうに、けれど必死に声を堪えて涙目を瞑っている。
「人質…!?なんて、卑怯な……!!」
「へ、なんとでもいいやがれ」
あっさり大人しく剣を下げたジャンヌを見て、『犬』の飼い主も留飲を下げる。
まだ動ける賊の仲間が集まって、ジャンヌの周りを囲むようにして徐々に追い詰めていく。
(まいったな……ひーちゃんを連れてれば、魔法であの子も助けられるけど)
手袋の下にある王家の指輪を握り締めながら、打開策を探すジャンヌ。
「先ずはその物騒なモノを捨てて貰おうか」
それから……へへ、と下卑な笑いと舌なめずりが男達からした。
ジャンヌは悪寒と嫌悪を感じながらも黙って賊を睨み付ける。
(剣を捨てたら、彼らに好きにされてしまう)
しかし最優先すべきは、人質の少女を助けること。一瞬でもいい、彼女が逃げれる隙を、いやあの凶刃が離れさえすれば。ジャンヌは従ったふりをする為、膝をついて剣も横にした。
恐怖がない訳ではない。これから賊にされることも、今までの辛酸たる記憶から嫌でも想像が付いてしまう。
だけど今日は彼らの慰み者にされる為にここに来たのではないのだ。
(全員が、私に注目してくれれば、きっと)
ジャンヌは人質にされている少女をちゃんと見据えていた。
必ず助けるよ、と彼女に心で呼びかけながら、微笑えむ。
「火事だ!!!」
後ろから大声が上がっていた。
賊達はつい一斉に振り返った。
「な、なに!?」
いつの間にか、周辺の木造の瓦礫から火の手が上がっていた。
ジャンヌは、この瞬間に生まれた機会を逃さなかった。
数分前に遡る。
ジャンヌが起こした騒ぎは売春窟近くのことだった。前日の事件より賊に目を付けられてしまった兄の身を隠し庇っていたレグルスも、直ぐに聞き付けた。
「一体何が起こっているんだ?」
「剣を持った女の子が、奴らと戦っているって」
「女の子が?!!」
つい驚嘆の声が上がった。昨日といいなんで中央から女の子が来るんだ。しかも前回のメイドより猪突猛進なタイプのようだ。
更に悪い情報が仲間から教えられる。賊らに一人捕まってしまったのだ。前日の作戦の退路組の顔を覚えられていた。
レグルスは放置出来なかった。兄から危険な頼み事を引き受けてくれた少女も、顔も知らないけど賊と勇敢に戦ってくれている少女も、このまま無視してしまったら彼女達が最悪の中の最悪な顛末を迎えてしまう。夢見が悪い所ではない。兄も自分の命も大事だが一生涯の後悔を抱える位なら……出来ることを。
レグルスは危険な外に飛び出した。仲間の制止の声も振り切って。
武器になりそうな物はあった。いつもの所に、いつもの焚き火。その隣に壮年か老年かもしれない男が座り込んでいる。この人の焚き火は常に燃え盛っている。
「じいさん、一部借りとくよ」
レグルスはそう断ってから燃える薪木を一本拾った。白毛塗れの男は特に返事はしなかった。彼の手元にはジェムを一個置いてきた。
乱闘場になっている悪路の周囲も木造だらけだ。喧噪の後ろから特に燃え広がり易そうな、かつ被害がなさそうな箇所を探しては松明を当てる。火は容易に移っては赤い唸り声を鳴き始めた。
人質を連れた賊らは寄ってたかって一人の少女を襲おうとしていた。
その背後から火の手が迫っていることも気付かずに。
「火事だ!!!」
レグルスは渾身の喝を籠めて叫んだ。
不意打ちの事態に賊らはすっかり混乱していた。
その一瞬の隙を突いたのは剣を持った少女だ。
彼女はまるで疾風のような動きで狼狽える男達の間をすり抜け、人質を使っていた男をナイフごと弾き飛ばし、レグルスの娼婦仲間を庇い立てた。
無辜の人を守るようにして剣を構える、騎士の少女。
その姿に、レグルスはすっかり見惚れていた。
形成が逆転したことで賊は、手傷を追っている者から逃げ出した。
だが背後には放火したばかりの火の粉が舞っている。故に不利な狭道へと足を向けては散り散りになろうとする。
背中を向けたことでジャンヌの次の行動が決まる。これで人質だった少女の無事が確定したからだ。
彼女は飛ぶように疾走した。賊に次々と追い付き切り込んでいく。脳天を峰で打って気絶させるか、足の健を斬って地に伏せさせた。
最後の一人は、『犬』を叩き起こして火の手側に逃げようとした。詰まりレグルスの方へと向かっていく。
レグルスは咄嗟に松明を向けるが、『犬』はさっきの相手と比べれば弱いものだと直ぐ分かり、頭から噛み砕こうと掛けた牙のまま大口を開けて飛び掛かった。
その間にジャンヌが割り込んだ。彼女は盾で『犬』の牙を防いだ。踏ん張り、盾を越えた牙が彼女の頬を微かに傷付けたが、ジャンヌは何の問題なく剣を『犬』に突き返し、眉間を潰した。モンスターは苦悶の悲鳴を上げて転げ落ちる。一瞬の事だった。
そしてすっかり戦意喪失していた最後の賊はジャンヌの上段蹴りで沈められた。これで、スラムを巣にしていたならず者達は全滅した。
「ありがとうございます。あなたのおかげでこの人も、私も助かりました」
「いや、大したことしてないよ。……凄く強いんだな」
「そんな、騎士として研鑽を活かせただけです。……今日も勢いだけで来たんだし、もっとしっかりしないといけませんね」
あんな苛烈な立ち回りをしていた少女騎士は、レグルス達の前ですっかり穏やかな表情を見せていた。
賊は彼女の隣で纏めて縛り上げられている。全員城の牢屋に入れるそうな。ついでに『犬』も完全に大人しくなっていた。娼婦仲間も事態の解決を聞いては剛胆な者から顔を出しては彼らの拘束を念入りに行っていた。
「……あの、松明を素手で持っていましたよね。手を見せて頂けませんか?」
「えっ。いや、別に……」
「やはり、火傷をしているじゃありませんか、そっちのあなたも……」
咄嗟に後ろに隠した手を腕から取られて、レグルスは火傷を見つけられてしまった。人質にされていた少女も軽い切り傷を首筋にしていた。けれど二人共に何も言わなかった。気まずそうに目を逸らすだけだ。
「気にするなよ、この程度スラムじゃよくするもんだし」
「けれど、治療もせずに」
「わ、たし達、充分、助けられたから、もういいんですよ」
レグルス達にとっても禍根が深かったスラムに潜む賊を一掃出来た。それだけで少女騎士に甚く感謝している。たどたどしくも、娼婦仲間もこれ以上の恩義は要らないと告げている。
けれど、ジャンヌからすれば彼らの負傷は放って置けなかった。
「……みーちゃん、この人達にも癒しの水を使えますか?」
ジャンヌが誰かに呼びかけていたら、彼女の手元で何かが光った。
正体はかなり豪華な装飾を施された指輪だ。その中の水色の宝石が強く輝いて、同時に優しい冷たさがレグルスの手元や娼婦の少女の首元に与えられた。まるで優しい小雨を浴びたような安心感を得れば、レグルスの手の火傷や娼婦の少女の切り傷が消えている。ついでにジャンヌの傷も無くなっていた。
「驚いた。アンタ魔法も使えるのか」
「いいえ、この国に祀られる精霊様の御力です」
『……ジャンヌの魔法でも、合っているんですけどね』
え、とレグルスはあらぬ方向を振り返る。
この場にない鈴の音が聞こえたからだ。……幻聴かな。
それからもジャンヌと色々と話し合い、彼女がスラムに来た理由と目的を聞いたことで、レグルスにとってもう一つの気掛かりだったことも解決するのであった。
♢♢♢♢♢♢
その時、ダイアナはぼんやりしながら自室の机の前で書き物をしていた。彼女の中では今日もジャンヌは任務の続きとして霊地に行っていたからだ。
主人から大切な家を預かる者としての最低限の仕事を行ったら、後は待機するだけ。彼女は久しぶりに余った時間を日常外の試行錯誤に使った。
(この地図の意味は……やっぱり……)
調べてたのは先ほど、誘拐事件の被害者だった娘から謝礼として貰った『宝物』だ。一見すると子供の落書きにしか見えないだろう。けれどダイアナは目にした瞬間から強く好奇心を刺激された。こうして吟味し始めたのも事件の影を早く払拭する材料か、所謂暇潰しでもある。
ベルデ自体の地図と比べたり模写を何度かする内にある個所が見えてきた。
緩やかな世界の中で、日が暮れるか階下から主人の少女の快活な声と足音が来るまでの間、彼女は地図から導き出される空想に浸っていた。
(その場所は……妖し塚……)
突然、後ろから抱き着かれた。
驚きこそあれ恐怖は全くなかった。柔らかな温もりと安心する匂いはダイアナにとって大切な人のものだとすぐ知れたから。
「……ジャンヌ様?」
「昨日のこと、全部知ったよ」
「……!」
やはり、知られてしまいましたか。誰が口を割ってしまったかは知らないけれどちょっと早過ぎる。……結局自分では話せなかったろうから、責めはしないけど。
「どうして、あんな無茶をしたの?」
ダイアナは、言い訳や誤魔化しは通用しないと分かっていたし、自分自身それは違うと分かっていた。だからあの時の想いを正直に教えた。
「……ジャンヌ様の代わりに出来ることなら」
「あなたは、私じゃないのよ。剣を扱える訳でもない」
「……はい」
「人を助けるには力が要ります。身の丈に合わない役柄が無理を押して出てきても、無意味に砕け散ってしまうだけです」
「……はい」
「あなたは、浚われた子供の母親を悲しませない為に動いた。でも、その行いは一歩間違えたら私を悲しませる所だったのよ?」
「……はい……」
正面を向き合わされた。
殴られる。そう思った。叩かれてもおかしくないことをしでかしたんだから。
優しいジャンヌ様に、手を上げられても、仕方ないことをした。ダイアナはその事を心から申し訳なく思いながら、覚悟して目を瞑った。
額にガツンと衝撃が走った。一瞬星が飛んで、脳からグラグラと痛みを伴いながら揺れていた。
「痛み分けね」
赤くなったのは互いの額だ。
互いに別に石頭ではないだろう。固い頭ではあるが。
それは置いておくとして、再度、強く抱き締められた。
「よく頑張りましたね。怖い思いもしたよね。無事で良かった」
痛みとは違う意味で涙が浮かんできた。
褒められることではないし、褒めるようなことはしない。
ただ息災たればこそ。
「私にとって、大切な、家族なんだから」
「――――はい」
ここからは余談。
「ダイアナ、紹介したい人達が居るの。と言っても、あなたも知っている方々よ」
「……シリウス様、レグルス様!」
階下の応接室には、二人の客人が待っていた。
「シリウス様、よくぞご無事で……」
「ええ、おかげさまで」
「兄さんも無理すんなよ、あの後大変だったんだから」
モニが吠えてくれたおかげで、あのモンスターも飼い主ごと翻してくれた。
見つかる寸前だったのだ。彼らが慌ててダイアナを追いかけ空洞を入って行った折に焚き火近くの賊が意識を戻し始めたが、まだ酒が抜けきってなかったのもあったので、近くの椅子で殴って気絶させてから、頃合いを見て逃げた。
「…………椅子で?」
「あ、まあはい背もたれのない台椅子ですけど」
「いや、それは分かります………………椅子で?」
「ええ、椅子で殴りました」
……何とも言えなくなった。