騎士の家としてなら違和感はないけれど、少女の部屋には異質に見えるものが置かれている。巨大な一振りの剣だった。それはベルデ国の初代王に仕えていた騎士が持っていたとされる、聖剣であり、魔剣とも云われている。
ダイアナは、自分の身の丈以上もある大剣の手入れをした。脳裏には、これを購入した彼女の主人が、この剣に憂慮の面差しを向けていた。道具屋で偶然見かけては、衝動的に買ってしまったらしい。この剣はレプリカだ。本物は伝説の中に消失してしまった……と聞いている。
「ダイアナ、私……好きな人、出来たかも」
彼女の表情は憂いの中だった。けれど、喜びも確かにあった。そっと打ち明けられた秘め事に、ダイアナはそうですか。と受け止める。真摯過ぎず、けれど軽く扱わず。ただその事実を聞き入れた。
「明日、終わらせるわ」
「何を、ですか?」
「全てです。……姫様を、御助けに行きます」
真剣な眼差しをしながらの宣言だった。
それから、抱き締められる。
今までも時々あった抱擁。親愛の交流という意味ではない。
主人とメイドでなく、家族として接すると決めた時から、二人はこうして身を寄せ合っていた。
「ダイアナ、あなたのおかげよ」
「私は何もしていません……」
「そんなことない。あなたのおかげで、ここまで来れたの……」
主人の少女は、身を切るような思いだった。その感情も声を震わせていた。しかし、自ら選んだ運命だ。その路線にはもうメイドの少女が存在しないと分かっていた。故に、きちんと、本人に伝えなければならなかった。
「今まで、本当に、ありがとう」
ジャンヌ様にそう告げられた時に、私は悟ってしまった。
(ああ、これで、最後なんだ)
永遠の別れになるんだ。そう分かったのに、不思議と悲しみが沸いてこなかった。
♢♢♢♢♢♢
その日、ベルデ中が揺れる程の地震が数舜だけ起こった。
ダイアナがそれを感知した時、恐怖も混乱もしなかった。ただ、終わったんだ。と分かった。
モニを抱えて家を出る。正門に足を運ぶ。
リリィ姫を連れたジャンヌが、凱旋していた。
少女騎士に仕えた一人のメイドは、主人への功労を最大の畏敬を讃えて御辞儀をした。
♢♢♢♢♢♢
――――ベルデという国を襲った前代未聞の大異変も、幾星霜流るるばただの歴史の一頁に過ぎなくなる。
その裏で奔走した騎士の物語も、結局のところ一部の人間しか覚えていないものだ。
彼女に仕えたメイドのことなんて殊更の些事以下で。
だが名誉など考えたこともない本人からすれば、本当にどうでもいいことだ。
「ダイアナさん。お加減はどうですか」
「今日は、とても良いです。……リリィ様の、お誕生日でしたわね」
「ええ、今年で70になるのにお元気ですよ」
「ふふ。あの方は100歳まで長生きしそうですね。……後で、私も彼女の所へ遊びに行きましょう」
「そうですね」
二階から見る景色は五十年前と変わらない。安楽椅子を軽く揺らしてまどろむ。毛布を掛けなおすのは、あの日からダイアナを見守ってくれた新米だった兵士だ。…昔も今も、ダイアナの主人である人を尊敬している。
「その前に、一眠りさせて下さい……」
「……おやすみなさい。ダイアナさん」
旅立ったあの方は今、何処に居るのだろう。
私の中ではずっと、美しい少女の姿をした、最高のご主人様で騎士様。
貴女の家は、ちゃんと残してありますよ。
貴女の部屋も、当時のままに。聖剣であり魔剣と、貴女があの日まで扱っていた剣も寄り添うように並べて置いてます。
50の歳月は充分過ぎるほど穏やかなものでした。
けれど、月が2回満ち引きする程しかなかったあの頃に勝る幸福はついぞありませんでした。
……妖精よ、精霊よ。もし、この魂を導いてくれるなら。
好きな居所へと願えるならば、どうか、あの方に会いたい。
♢♢♢♢♢♢
「……ジャンヌ?」
どうした?と優しくメドラウドに呼びかけられる。
彼と永い旅路を歩む少女騎士は、ある方向の空を見ていた。
「昨夜、あれから何年経ったかお話ししましたよね」
「ああ、そうだな」
「私にとっては、つい昨日のことのように思い出せることがあります」
「例えば?」
「……騎士になったばかりの私と苦楽を共にしてくれた。ある少女のことです」
最愛の伴侶とはまた別の意味での、大切な人だった。家族だった。
彼女のおかげでベルデの騎士としての本懐をやり遂げられたと、今でもハッキリ言えるだろう。
そして、予感はしていた。
あの日を境に二人は永遠に別れることになっても、きっといつか、また会えると。
♢♢♢♢♢♢
とある世界がありました。その世界は魔法と精霊が実在する世界です。
その世界の中でも、精霊の加護を強く受けながら発展する王国がありました。
王国の名はベルデと言います。
建国から長く繁栄を保った国ですが、国というものはどんなに美しい成り立ちがあっても後々に綻びが生じてしまうもの。
ベルテも例外でなく、とある代の18歳の姫が継承の義を受ける時に、ソレは起こりました。
姫を突如襲った四つの魔の手。
散らばってしまった四元素の精霊。
姫には、儀式を行う直前に一人の騎士の少女に王家の指輪を託しておりました。
これから姫君を救うべく立ち上がる少女騎士の話をしましょう。
また、彼女の傍に仕えていた、あるメイドの少女の話をしましょう。
そのメイドの名前は――――
「ダイアナ!」
ジャンヌに呼ばれて彼女は、微笑むのであった。