しばらく交戦を続け、ロードナイトとオニキスは息を切らしながら[異形]の群れの外側に降り立つ。
「こいつ、不死身か…?」
幾度となく当たる中で、目標である頭部をはじめ、急所とみられる部位を何度も切断し、破砕してきた。しかし[侵略者]は攻撃された箇所をいくらでも再生させ、一時的に動きが止まるもののすぐに吹き返し、何事もなかったかのようにセイバーたちへ飛びかかっていく。逆に、[侵略者]の残像に匹敵するほどの身体速度に、ロードナイトとオニキスは全てを対処はできず、鋭い爪や牙によるダメージが少しずつ蓄積していた。足止め役のエピドートも長時間の能力行使を強いられ続けていて、3人が一様に疲労を顔に表出しつつあった。
「おい、エピドート! 昨日こいつの[片割れ]やった時どうだったんだよ、急所あっただろ!!」
「ごめん、昨日のはおそらく生命力が枯渇していて…雷撃一発で自ら崩れていったんだ。…急所を探る機会は無かった」
「このままじゃジリ貧だ…消耗戦になる。『サルファー』がいる時に再戦という選択肢も――」
「ふざけんな、この量を『放逐』させる気か!? 冒頭でも無理があるぞ!!」
アズライトは、紛糾する3人の脳内会話を黙って聞いていた。
相変わらず、突っ立ったままの足は微かに震え、踏み出すこともままならない。心が恐怖に支配され、血の気は引いたままで、少しでも重心を変えれば倒れてしまいそうになる。
「……!」
しかし、戦場に注がれるアズライトの眼の中だけには、"恐怖"の感情は見当たらなかった。まっすぐに見つめる大きな二つの瞳は、新たに噴き出した感情に彩られていく。
彼の心境の変化に呼応するように、胸の前で抱えていた『水面』が再び青白い光を放ち出す。
アズライトは装具に目を落とし、手に持つとゆっくり前方へ掲げてみる。
『水面』の透き通った刀身が、向こう側に見える景色を薄青に染めていた。
「…っ!」
衰え知らずな[侵略者]の執拗な攻撃に、わずかに判断を誤ったオニキスは迫る爪を『暗虚』でなんとかガードしたものの、体当たりまでは回避できず[異形]の濁流へ落とされる。
「オニキス!」
ロードナイトは間一髪で真下に壁を張り、高速で接近し彼を退避させようとするが、追い打ちをかける[侵略者]の爪が後方から振りかぶられた。
「っぐぁ…!!」
[侵略者]の攻撃をまともに喰らい、ロードナイトは背を反らせながら苦悶の表情を晒す。
代わりにオニキスが彼を抱えて退避し、揃って着地するとロードナイトはぐらりと膝をつく。
「ロード!!」
近寄ろうとするエピドートへ頭を振って静止させるが、ロードナイトの額には玉の汗が浮かんでいた。
「…このままやっても突破口が見えない。あとは[奴]の体を一瞬で粉砕するくらいしか望みはないが…今の俺たちにそのスキルは無い…」
「……」
息切れの間にもれる彼の言に、オニキスは言い返せず、苦々しく舌打ちした。
『サルファー』がいないと、おそらく勝機は無い。
体勢を立て直し、こちらの隙を窺いながらじりじりを距離を詰めてくる[侵略者]。
迎撃姿勢を取るものの、表情を強張らせる『セイバー』たち。
「――あの」
ふいに、3人の脳内にまだ幼さの残る少年の声が降りてくる。
防御壁に護られ、後方から戦場の様子をずっと見ていたアズライトからだった。
「あの…、[侵略者]の"急所"が判ればいいんですよね…?」
「ああ。…それが?」
「…俺…、判ります」
疲労と身体の痛みで、少し投げやりな風に返したロードナイトだったが、新入りの突然の言に眉をひそめた。
「? 何言って――…いや、聞こう。どういうことだ?」
ロードナイトに促され、アズライトは先ほどのように装具をみずからの目の前へ持っていくと、透明な刀身越しにセイバーたちの方を向いた。
「こうすると、[侵略者]や[異形]の一部分が少し光って見えるんです。…あなた方相手だと、何も起こらない」
「……」
一抹の沈黙が流れる。
全員が[侵略者]へ注視し牽制しながらも、後方のアズライトへ意識をやっていた。
装具の向こうに見えるアズライトは、水面に映る人影のように揺らめきながら、彼らへ真剣な眼差しを送り続けていた。
「…エピドート」
ロードナイトから判断を委ねられ、頷くエピドートはアズライトへしっかりと振り返った。
「…どこに光が見える?」
「5か所です。首と両手・両足の付け根辺りに」
「5…!?」
「しかもそれら全て、一度は破壊してるじゃないか…」
年長者二人はざわめいたが、オニキスは沈黙し、[侵略者]を睨みながらぼそりとつぶやく。
「…全部同時じゃねぇと、意味無いんじゃねぇか…?」
「……!」
「…なるほど、まとめて
オニキスの言に得心したロードナイトは、攻撃姿勢を取る。
「――やってみるしかない。エピドート、[異形]どもに隙をくれてやってもいい。お前も加わってくれ」
「わかった。部位は?」
「首だ。俺とオニキスは左右から行く。…オニキス、いいな?」
「了解」
身構える3人の背中を見つめるアズライトへ、前方を向いたままエピドートが声をかけた。
「[異形]がフリーになる…アズライト、そこから絶対に動かないで」
「はい…!」
エピドートが先んじて動く。装具を構え、[侵略者]へ真正面から突撃していき、それに反応した[侵略者]は迎え撃つようにエピドートへ照準を合わせていく。
「願ってもねぇ…まずはてめぇからだ!!」
[侵略者]の振り被った爪と斧槍が激突し、目と鼻の先に迫る鋭い牙がエピドートの顔面を襲う。
エピドートはそれが咬合する寸前で回避し、土色の胴体を足蹴にして距離を取る。
「……っ…、舐めた真似を…!!」
[侵略者]の激昂に呼応するように、周囲にうごめく無数の[異形]たちが地を揺らすような雄たけびをあげ、
雷撃で抑えられなくなった[異形]の群れが、ロードナイトの造った防御壁へ押し寄せて重なるように貼り付き、後続の圧に潰れていく。
「……っ!!」
高熱に焼かれて煙をあげながらも口を割き、鮫のような歯列を向ける人ならざるものたちを前に、壁に護られているアズライトの目が恐怖で震える。
エピドートは、身体が離れた一瞬の隙に『雷嵐』を振りあげた。一筋の雷撃が[侵略者]の脳天に落ちる。
「――!」
一瞬[侵略者]の動きは止まったが、すぐに意識を取り戻してエピドートの方へ目を向ける。が、彼の姿は無い。
「ちぃっ…ちょこまかと…、…」
悪態をつき、首を左右へ振って確認しようとするが、その動作へ動くことはなく、言いかけた言葉がそれきり続かなくなる。
首元からは槍の先端が、喉から突き出るようにその眼下に伸びていた。四肢は気付く間もなく左右から切り落とされ、機動性と思考する力を失った胴体が[異形]の海に消えていく。
「…ア゛…ァァ…」
背後から貫かれ、首から上だけになった[侵略者]は、『雷嵐』の先端でどろどろと溶けて降下していった。同じように[異形]たちも一様に動かなくなり、混ざり合いながら崩れ、地に吸われるように無くなっていった。
『転異空間』のすべての[脅威]が消え去った。
「……」
防御壁が解除され、極度の緊張と恐怖に晒されていたアズライトは、その糸が切れたのかその場に座りこんでしまった。装具を収め、3人が彼のもとへ集まる。
「大丈夫だな? アズライト」
「…は…い…」
冷や汗を流し、返答するのに精一杯といった感じのアズライトへ、ロードナイトが手を差し伸べる。
「ありがとう、助かった。君がいなかったら…いや、どうなっていたか想像したくないな」
支えられながら立ちあがる彼に、ロードナイトは口元に笑みを浮かべてみせた。
「正直…『君』のことはよくわからないところが多いが、とりあえず『特殊な能力』を持つセイバーだということはわかった。かなりの戦力強化になる…今後に期待するよ」
何も言い返せず、彼を見上げたまま固まるアズライトの肩に、後ろから優しく手が乗せられた。振り返ると柔らかな笑顔に戻ったエピドートがいて、その後方からオニキスも、遠目から見守るように自分を見やっていた。
「――お疲れ様、戻ろう。『セイバー』の役目は、今日はこれで終わりだよ」