TS勇者は取り戻したい 〜 TSFのFはふたなりのF! 〜 作:亜星
此度、魔王という形で顕れた厄災は今まさに討ち滅されんとしていた。
「ええい、女神め!災厄たる我をここまで追い詰めるものを送り込んで来ようとは!」
苛立たしげに叫ぶ魔王の激情と呼応するように、その周囲の数多の刻印が輝きを増す。しかしその輝きはこの決戦が始まった当初とは比べるべくもなく衰えていた。魔王の無敗を支えていた圧倒的な結界刻印の衰えは、すなわち魔王の限界を如実に示す。
さりとて彼は魔王、災厄が形を成したもの。存在それ自体が世界に仇なす力あるものだ。その彼が猛り吠えるその度に、全ての存在を否定するかのような呪詛が質量を伴って周囲に吹き荒れる。ただ人であればこの場に留まることすら許されない、魂をも砕く暴威である。
「邪魔な聖騎士も小癪な魔道士ももはや倒れ伏した!今度こそ貴様が我にひれ伏すのだ!」
その呪詛を一身に受け止め、猛る魔王の前に決然と立つ存在こそ此度の勇者であった。
女神の自身の象徴たる
女神の権能の象徴たる輝銀の棍を携え、
女神の加護を受けた鎧に身を包む
遠目に見ればまだしも勇ましいその出立ちも、近くに寄れば印象も変わる。可憐さのなかにあどけなさがまだ残る少し幼気な顔立ち、これから成熟を迎えるであろう華奢な肢体。およそ戦いの場など似つかわしくない可憐な少女といった趣であった。
しかし、その儚げな様子とは裏腹に闘志をみなぎらせて、勇者は決然と魔王に相対していた。静謐な湖のような翠い瞳には魔王を必ずや滅するという強い決意が浮かぶ。魔王をここまで追い詰めるために無理を重ねた魔道士と聖騎士はたしかに力を使い果たして地に伏してしまっている。しかし、彼らの奮闘のおかげで、この時、この瞬間、勇者は疲弊した魔王の前に万全の状態で立っているのだ。万に一つもしくじるわけにはいかなかった。動けない仲間を護るようにすこし立ち位置を移すと、勇者は自らを鼓舞するように携えた棍を横薙ぎに払った。
「あいつらがもういないだって? そんなことはない、オレが倒れない限りあいつらはオレとともにあるのさ。」
野卑といっても良いような男のような口調であったが、しかしその仕草は少し艶めかしい。何かを探るように自らの
少女を勇者たらしめるべく貸し与えられた女神の権能は【繁栄】。受け入れ、受け継ぎ、そして繁栄に至るその力は少女の
「やろうぜ。多分これで終いだ。存分にやろう。」
「いいだろう。我もそろそろこの闘いに飽いてきたところだ。悔いを残すなよ?」
その貌に満ちるのは勝利への確信、自信に満ちたその佇まいは正に勇者であった。呪詛が吹き荒れる暴威のただ中で、それを物ともせずに決然と放たれた終劇の宣言。それは魔王とて望むところであった。
互いの視線がぶつかり合う。それが合図だった。
なまじの手業など、この期に及んでは意味をなさない。そのことはこれまでの闘いを通じてお互い充全に理解していた。いくら勇者が渾身の力を込めて打ち込もうとも魔王の結界を一気に撃ち抜いて勝利を決することは難しい。それは魔王とて同じこと。女神の加護を受けた勇者をなまじの攻撃で討ち倒すことはとうに諦めていた。
なればこそ、魔王は自らの持つ最大の術式を発動すべく印を刻み始める。複雑な印を慣れた手付きで空に刻む。顕れつつ在るその刻印がこの闘いの中で幾度も目にしたものであることは、勇者にもすぐに見てとれた。これまでの激しい攻防において、壮麗であった魔王城を見る影もなく破壊しつくしたその威力、それは勇者を討つに足る必殺の術式だ。しかし勇者とて漫然と構えてはいない。
「これはオレを護り抜いた漢の情熱の証… 顕現せよ!誓いの祭壇!」
勇者は高らか宣言する。聖杯に槍を突きたて探索の終わりと誓いの成就に歓喜する伝説の騎士のように、手にした輝ける銀の棍で真っ直ぐに床に打ち鳴らし、雄々しく宣言する。ここは聖なる祭壇、祝福されし領域、決して侵されざる誓いの場であると。魔を払う絶対の刻印が勇者の足もとに刻まれ、広がり、謁見の間を侵食する。魔王はその刻印の内に八柱の御使いを侍らせた勇者が荘厳な祭壇に立つ姿を幻視した。
絶対聖域、そこに立つものを何者にも侵させぬ、不可侵の結界刻印。
それは勇者に付き従う聖騎士の切り札とも言うべき刻印術であった。勇者必殺の意をもって放たれた魔王渾身の術式は、聖騎士の展開する強固な結界に阻まれること三度。魔王がここまで疲弊させられたのはその実、聖騎士の奮闘によるものであった。必殺の術式をこうも連発させられては魔王といえどもたまったものではなかったのだ。
「貴様までこの術をつかうか!」
「いっただろう、あいつらはオレとともにあるのだと!」
誇らしげな勇者とは裏腹に、魔王は苛立った声を上げた。今まさに編み上げているこの術式は、これまで何度も聖騎士の結界に阻まれたのだ。勇者のそれが同じだけの強度を持つものか、それは魔王には知るすべもない。故にこの結界を侮ることはできなかった。半端に身を守るようでは討ち果たせぬ、魔王は決断した。
魔王を守るように浮かぶ結界刻印が次々と消えていく。刻印が消えるその度に魔王の編み上げている術式にさらなる力が流れ込んで行く。因果すら歪めそうなほどに力を注ぎ込まれた術式は必殺を超えた必滅の術式に昇華する。しかし、自身に向けられた必滅の術式を前にしても勇者は臆することはなかった。
「これはオレに道を切り開いてくれた漢から受け継いだ決意の証… 創世を奏でる古の秘術」
結界刻印の起点となる祭壇の中央に、勇者は立つ。輝く銀の棍を捧げもち、天に祈りを捧げるように。そしてつかの間の静のあと、つとつま先を静かに落とすと勇者は静かに舞い始めた。銀の棍と己の身体を巧みに廻り巡らせ、あるいは身に漲る生の躍動を弾けさせるように宙を舞い、祭壇を所狭しと勇者は舞い踊る。
初めに光あれと棍を振れば光の刻印が。根源を四大に分かつと謳えば四大の刻印が。くるくると舞い踊り
その美しさに魔王は不覚にも魅入られてしまった。
魔王城を覆う結界を強引にこじ開け、謁見の間へ安々と勇者を導く道を穿った小癪な魔道士はいま正に勇者が行使せんとしている古の秘術に通じていたと聞く。忌々しいその男を真っ先に打ち倒してしまったことを魔王は少し後悔した。彼の者が扱う秘術がこのような雅なものであったなら、少しは舞わせて見ても良かったのかもしれない、と。
だからこそ、魔王は勇者の舞を最後まで見届けたいと思ってしまったのだ。魔王の勇者必滅の術式はとうに完成していた。だから勇者の舞の終わりなど待たずに放てばよかったのに、魔王はそうしなかった。
それこそが魔王の真の敗着だったのだろう。
やがて勇者の創生を謳う舞は終わりを迎える。畏まるように祭壇にひざまずく勇者は、しかし疲労困憊の体だった。銀の棍を杖代わりにかろうじて身を起こし、息を荒げて苦しげに胎をおさえている。しかし、力を使い果たしたような勇者とは対象的に、その周囲にはありとあらゆる力ある刻印が満ち満ちていた。その全てが魔王を討ち滅ぼすべく解き放たれる瞬間を待っている。
指先一つ動かす事すら大儀な体で、しかし毅然と魔王を見据えるその瞳には未だ衰えぬ闘志をあらわにして、勇者は宣言した。
「またせたな、魔王。お互いのとびっきりで勝負しようぜ。」
ああこれは勝てないであろうな、ひどく穏やかな想いが魔王の胸の内をよぎる。ならばこそ、己の身体の一片まで魔力となれとばかりに魔力を絞り出す。そして、魔王にふさわしい不敵で酷薄で残忍な笑みを湛えて受けて立った。
「くるがよい」
そして、世界から光と音が消えた失せた。