私は人間(倫理観)を捨てるぞ、旅人!! 作:札幌ポテト
2.煙緋
3.リサ
4.ジン
1.鍾離
「なぁ旅人、お前って何ができないの? このソーダめっちゃ美味しいんだけど」
「バンパーほどじゃないよ、逆に何が出来ないの?」
「私ってそんな万能の存在じゃないし、経験した事は出来るけどそれ以外基本できんぞ。普通の恋愛とかもした事ないから知らないよ?」
私は久しぶりに故郷でもあるモンドへ帰ってきた。ちなみにリサさんから定期的に元素エーテルや錠剤を貰っているので、その補充がメインの目的である。
しかし、一休みしようと寄った酒場(エンジェルズシェア)にて何故か旅人がバーテンダー(体験)をしていたのだ。ちなみにエンジェルズシェアとは文字通り『天使の分け前』と言い樽の中から原材料が目で見ても減るウィスキーを天使が飲んでると解釈し美味しいウィスキーができるという製造過程の縁起の良い事からついている、と思う。
だが未成年の旅人ではアルコールは扱えないのだろう、仕方ないのでソーダを貰って気分だけは酔っておきつつ、暇なので横目に客の様子を見る。
昔あったのだ、ここで目を付けた野盗やファデュイが襲いかかってくる事が。ちなみに一見して弱そうという理由で襲われてた、丸腰の時でも虚空から武器を出すタイプの人間とは思われない事が多いのだ。
ただ流石に、それは14歳の時とか事なので今では起きる事はないだろう。外見16歳ぐらいだけど、まぁそれに騎士団が常に巡回しているのだ、昔の腐った体制ならまだしも今のジンの仕切る騎士団ならばサボりも見かけるが一応安心できる。
「(最近はモンドにも人が多いし、そう簡単にファデュイにちょっかいかけられもしないか。なら気ままに……っ!?)」
そう思いソーダを飲んでいたが、背後に何かの気配を感じ取った。それは私の第六感が明らかな格上を表す時に多い感覚に近い。
「あ、鍾離先生」
「旅人、それにパイモンと……」
後ろを振り返る余裕はない、いや振り返れない。私はただバーカウンターに座る一般人、そう自分を思い込ませて息を潜めたいが、一瞬で臨戦体勢になった体とで齟齬が起きているのか左手からガラスの割れる音が聞こえる。
「お、おい? どうしたんだよバンパー、グラス割れちゃったぞ!?」
名前だけは耳にした事がある。確か往生堂の人間だ、しかしあそこの堂主はやばい人間ではあるらしいので、できるだけ近づいてない所でもある。
「大丈夫か、怪我は無いようだが」
話しかけられて振り返ると背が高く顔の整った璃月人の男性がいる、その風体から冒険者や千岩軍の兵士には見えない。見えはしないのだが、明らかに神の目を持った一般人を越える濃い岩のオーラを持つ者がいる。
「わ、悪いな旅人。割ったグラス代も含めて、ここに置いておく。今日は帰るとするよ」
私はいつも自分を何かに巻き込まれる体質があるとわかってはいたが、今日は突然の来訪で冷や汗が止まらない。モンドにとんでもない存在が現れてしまったのを恐らく、私だけが気づいている。
ただ弱者に選べるのは、その場から離れる事だけだろう。
「なんか今日のバンパー、急に顔色青くしてたな。もしかして貧血か?」
パイモンの心配の声をよそに、エンジェルズシェアを出た。途端に頭の中が冷静にはなるが、だからと言って頭は抱えたくなるものだった。
→→→
日が落ちて夕暮れに空が染まり始める、こういった景色もモンドの風景と合わせて楽しめるのも特徴的ではあるのだが、私はその空気を考える余裕はなかった。
昼にエンジェルズシェアへ赴き、その後アカツキワイナリーを見学した男を常に警戒していたからだ。そう尾行であり、監視だ。しかしこういったことは出来はしても得意ではない、向こうにも気づかれている節がある。
しかし、それは好都合でもあった。
「また会ったな」
ワイナリーからモンド城への帰路、人の通りが全くないタイミングで私はその男の前に出た。向こうはやっと現れたかという顔をしているが、現れたのが私なのを少し驚いているようだ。
そりゃ昼頃に動揺しまくっていた男が現れるとは、私だって思わない。
「俺の名は鍾離、璃月にある往生堂で少し厄介になっている者だが」
「知ってるよ、漓月一博識な人って噂は耳にしてる」
尾行中、常に頭の中で彼の事について記憶を掘り返していた。往生堂という璃月においての葬儀屋に居る客卿であり、先生と呼ばれるだけの見識を持つ存在。こんな事ならば、もっと注意深く情報を集めていたほうが良かっただろう。
「ならなぜ俺を尾けるんだ、何かした覚えはないのだが」
「とぼけるなよ、あんた何者だ。ファデュイの執行官か? それともアビスの幹部か、意味もなく歩き回っていい存在じゃないだろ」
私よりも圧倒的に格上だろう、その佇まいや雰囲気は上位者としか今は見えないし圧倒されている。逆に今までに何度も璃月に訪れては見落としていた自分が節穴だったとしか思えない。
「ここは私が生まれ育った故郷だ、仮に負けると分かっていても……今の8割が遠征中の騎士団には任せたくないし、好き勝手にされるのを見過ごす事は出来ない」
「ふむ、武力行使という事か」
「さっさと終わらせるのに1番都合がいい、多少の無理をしても致命傷ぐらいは負わせてやる」
だが、いくらやばい存在であっても私の目に止まってしまった。これはお互いに不幸な事だろう。私ほど私は敵に回したくない存在だ、しかしそれでも率先してモンドを守る事はない。何故なら騎士団がその責務を担っている、私がやる必要なんかないし、信頼もしてる。
だからこそ、多くの友人のいるモンドを壊されたくない。ここまでの人外を相手すれば、騎士団は壊滅的な被害が出る。修復は不可能なほどの被害が出れば、モンドの治安は壊滅し滅ぶ未来も現れる。
私の不幸は、こういう場面になるといつも戦ってしまう事だろう。逃げたくても、逃げれない性格なのだ。
「私はバンパー、ちょっと前に渦の魔神を吹っ飛ばした冒険者だ。簡単にはやられ「オセルを? 旅人ではないのか、いやなるほど」……ん?」
なのだが、ちょっと雰囲気がおかしい。いや私が戦闘体勢をしているのに向こうが微動だにしない時点で違和感はあった、でもそれは圧倒的上位者ゆえの余裕だと解釈していた。
しかし向こうに戦う意思そのものを感じないのだ、それに魔神の件を知らないのも不可解である。アレはファデュイには知られてしまってるし、アビスも何故か私がやったことを知っている。
「アビスやファデュイの関係者じゃないの?」
「違うぞ」
「なら最初に言って欲し……いや有り得ない、一般人が邪眼使った執行官以上の濃いオーラ纏ってるはずがないだろ」
だがこんな雰囲気を持つのはおかしい、少なくともただの葬儀屋の客卿程度ではない。
「なるほど、君にだけ見える『おーら』とやらが俺を避けた原因か」
なのだが、頭の中に一つの答えが湧いてくる。本来ならあり得ない存在感、岩の属性、璃月人であり1番とも呼ばれる知識人、そして何故か渦の魔神に対して戦った私よりも身近であったかのような受け応え。
そこから導かれるのは──
「まさかアンタ、岩神か?」
前回の事件で殺された筈の、事件の原因だ。
「元だ、今はただの鍾離で生きてる」
「6000年以上生きてる一般人はいないと思うけど」
どうやら神殺しは起こっていなかったようだ。いやアビスが関わらず、神ほどの存在がファデュイの知らない所で死んでるのには違和感は感じていたので偽装については考えてもいた。だが凝光さんが遺体の検分を私に任せなかった辺り、彼女も利用する気満々だったのかもしれない。
「あー、もうヒヤヒヤした。あんたみたいなのに暴れられたら、流石にモンドが消し飛んでた……」
「それでもオセルを吹き飛ばした男が、止めていたのだろう?」
「言ったらビビるかなって……心の底から戦わなくてホッとしてる最中なんですけど」
しかし、衝動的に動いたが不意打ちなどしていれば簡単に返り討ちにされていただろう。岩の槍を降らせて島を作れるような存在だ、いくら底を知らない私の許容量でも吹き飛ばしてきそうだ。
「興味深いな、神が相手であっても単身で立ち向かえる。そんな人間が旅人以外で会えるとはな」
私が持つ剣を見ながら何かを想う岩神、これは仙人から貰ったものだがその元は彼の物なのかもしれない。思い返してみれば雷神もそのような事を言っていた気もするが、それはそれとして何か聞き流してはいけない言葉が流れた気がしてくる。
「雷神ほどヤバくは見えなかったからなんだけど、抑えてたらオーラが薄くできるし小さくもなるのは新しい知見として頭に入れさせて貰……待って、旅人も知ってるの?」
「あぁ、出来れば他言はあまりしないでくれると助かる」
そして、あの旅人は何故こうも神の知り合いが多いのか。これで3人目なのだが、幸か不幸か私もこれで3人目である。
「それと璃月での一件、魔神との戦いは一璃月の民として感謝する。お前が居なければ、大きな被害も出ていただろう」
「私が居なかったら凝光さんが群玉閣落としたりして撃退はしてそうですけどね……」
あの時は私がやらかしても、この様子なら彼が出て対処していたのだろう。結果としては損な役回りをしたのは報われないが、まぁ私としてはあの後でお楽しみタイムがあったので言いたい文句は心の中に留めておく。
「まぁただの観光客なら良いや、モンドを十分に楽しんどいてください」
そう言い、私は肩の力を抜き切る。先程まで散兵以来のモンドの地形を変える程度の殺し合いをすると思い全属性の手持ちエーテルを飲み切っていたので、全身に力が満ち満ちている。今日はリサさんの所で程々に元素抜いとかないとやばそうだ、副作用を分散させて何とか乗り切るしかないだろう。
「良いのか、そちらからすれば俺は『璃月の惨事を肩代わりさせた存在』ではあるんだぞ。文句の一つでも出てきそうだが」
ただ岩神は何か納得してないのか、はたまた他人の人生観に対する興味でもあるのか、私を呼び止めて答えを求める。
私としては正直今すぐにでも全身を巡る元素を発散したいのだが、答えてくれるまではモンド城内でも付き纏ってきそうな雰囲気を感じる。
「これ言って何人かに怒られた事あるんですけど……『力ある存在』に責務なんてないと思ってるんで。ないやつと違って戦うとか選択肢があるだけで、選べる自由があるだけでしょ。私からすればそういう強制される不自由は嫌いなんですよ」
神の椅子に座るのも、座らないのも自由、それを降りるのか決めるのもまた自由であると考えている。何故ならそれは個人が決める事だから。そこに座るなら座っている間の責任は持つべきだろう、しかし降りるならその責任さえ果たせばそこからは自由で良いと思っている。
「なるほどな、モンド人らしい自由な考えだ。責任は常に、自分の選択に乗るものであり他者にどうこう言われるものでないというわけか」
まぁ、これはモンド人だからどうこうというわけではないが。
こう考えるのは仮にその立場なら『私の自由はないのか?』と思ってしまうからだろう、神としての力があったとしてもなりたくないもないならやらなければ良いし、辞めたければ辞めればいい。
力ある者は選択権を持つ、そして選ばないという権利も持っていないと理不尽な責任がやってきそうだ。今回の事件で言えば神に依存する事が良いか否かを決めるような戦いだっただけで、人が勝った。その試練は与えたのは神の仕事としては十分だろうし、人が負けそうになるならこの神は席に座り直して機会を待つだろう。
言ってしまえば耐久度テスト、それをクリアしたから彼は神を降りた。最低限の責任とやらはしている筈だ。
だからあくまでも彼の選択は気にしていない、やった事もどうでも良い。
「でも勘違いしないでくださいよ。その選択はどうでもいいですけど、肩代わりさせたの普通に『岩神死ね、生き返って魔神ぶっ飛ばしてから死ね』と思ってましたからね。あんな化け物、神様以外に相手できる奴居ないでしょ」
ただ私はあの事件の解決に奔走させられた人間なので、気分としては良くはない。別にタバコを吸う人間そのものは気にはしないが、風下にいる私の呼吸に副流煙が混じると不快という話だ。
タバコを吸う吸わないは自由だが、私のいない所で吸って欲しかったので普通にイラつくのは仕方ないだろう。なお私がそこにいるのが悪いと思う人もいるかもしれないが、基本的にいつの間にか何かの風下にいるので大体当事者よりこの世界に嫌気がさす事が多い。
なんでこの世界って私にここまで厳しいのだろう、女の子に手を出し過ぎてるのが理由ならぐうの音も出てこないが。お願いだから優しくして欲しい。
「今度璃月に来たら往生堂に寄ると良い、良い茶でもてなそう」
「いや、それ罰ゲームですよね。あそこの堂主と関わりたくないんでやめときます」
☆
2.煙緋
人には眠れない夜、というのがある。ストレスが溜まったなど、湿度が高いなど色々と理由はある。しかし、煙緋の場合はそのどちらでもないし、寝れない理由は外的でもあり内的なものでもあった。
「……はぁ、眠れない。これもあいつのせいか」
一応大きな分け方で言えば溜まるものがあるからだ。しかし今まではそんなものはなかった、溜まってもそんな事にまでならなかったからだ。それにそんなに溜まるものでもなかった、彼女自身そういった事が溜まりにくい性質であったというのもあるが、ここまで体が疼くような事はなかったのだ。
ちなみに何があったのかと言うと、ある友人に体を弄られたのだ。先にその友人の股間に顔を埋めてしまったのも要因ではあると思うが、その贖罪として胸を触られた、それも直接に。
その日から溜まる速度が上がった、それに比例して自分を慰める時間も増えていった。そうすれば体が落ち着いてくれたからだが、あの日以来自分の体へ新しい感覚の扉を開かれてしまったようで、今では抵抗があったこの行為も自然と胸と股に手が伸びるようになっていた。
「ん、ん……んぁ……」
ただ自分で自分を弄っても、あの時はどの衝撃は来ない。恥ずかしさと感覚で頭の中を真っ白にされた時と違い、ジワジワと自分を疼きを抑える事しか出来ない。
ただそれは、自分だけの時だ。
『ふーん、煙緋さんは自分で弄る変態なんだ』
頭の中へ現れる幻聴が、何かを満たし始める。
「へっ!? ち、違……!!」
『違くないでしょ、毎回私の声で満足してる癖に』
「いや、んっ……!!」
自分でも分かっているのだ、この声が無いと自分の体の疼きは完全には収まってくれないと。何故こんな体になってしまったのか、情けない事に感度の上がった体は疼きを発散しやすくさせてしまっている。
自分の拙い指先ではあの時の衝撃には届かない、だから頭の中に勝手に現れた友人が言って欲しく無い事を言って辱めてくるのだ。
『やっぱりここが良いんでしょ、私がやった時みたいに硬くなってるよ?』
「やめ、そんな事言っちゃ……」
自分で弄っているのに彼に見られているような、弄られている感覚が出てくる。あの時のものには及ばないが、自分の疼きを収めるには十分な感覚が押し寄せてくる。
『じゃあ何で私の声を思い出してるの? 私の事は胸を触られて殴ったけど、あれはどうして?』
「そ、それは……」
自分の恥ずかしい記憶を、埋まっていた心を引き摺り出してくる。想像とは恐ろしいものだ、それをたった一度で目覚めさせた彼の事が頭から離れなくなった。
「だって、あのまましてたら……私、変にされちゃって……あっ!」
あの時殴ったのは、自分の中に得体の知れないものが湧き出し溢れてからと言うのもあるが、いつも保っている理性が壊れて新しい本能のようなものが見えそうになったからだ。
生物の原始的な本能、それにぐちゃぐちゃにされてしまうのが怖かったのだ。
『でも、私の声でしてるって知れば「私」は軽蔑するかもね。素直に教えちゃう? どんな顔をするか知りたそうだけど』
そして、もう顔の合わせ方がわからないくらいにはぐちゃぐちゃにされている。抗えないのだ、原始的な本能はそれだけ根っこにあるものであり、分かっていても止まらないのだ。
『逝ってる声、あの時は耐えたたけど。今日も耐えれるかな』
勝手に頭の中で変換されて流れる音声、しかしそれが無ければもはや限界の近い体はまた波がやって来なくなる。だからこそ、さっさと終わらせるという意味合いもあるが彼女の指の動きは激しくなる。
「ふわぁっ、ぁ──ー……っ!!!」
そして誰に聞かれるわけでもなく、声を抑えた。同時に頭の中にいた友人の声もなくなり、あるのは火照る体への充実感と少しの物足りなさが巡っている。
ただ毎回、彼女はこの行為に至るとすぐに頭の中がスッキリして自己嫌悪に陥っていく。
「(私、最低だな……でもこんな体にしたんだから、あっちも悪いよね……)」
あの時助けてもらった恩人でもあり友人、それをそんな行為に使っていると知られたら軽蔑されるだろう。もう頭から離れてくれない、どうすれば良いのかと相談するのも難しい内容だ、こういう時はどうしたら良いのか彼女には分からないようだ。
なお、今後会う度に食事に誘い酔ったふりをしては自宅に連れられて何もされずに朝を迎える事になるのを今の彼女は知らないのである。
☆
3.リサ
「また無茶したのね……」
「無茶したかったわけじゃ無いんですけどねー……」
「お姉さんの言うことを聞かないからよ、全くもう」
雷神と戦った、そんな事を聞く事になるとは思わなかったがリサは補充のエーテルを手渡す。最近は使用量が増えているので、そこも心配になる。
「あなたが無茶するのも、そういう悪事や思惑を見過ごせないのも知ってる。ただ……どんな後遺症が残るのかも分からないのよ」
ジンは後遺症が残れば直々に当家で介抱すると宣言してるので、依頼をするときに忌避感は持っていない。だが苦しむのは彼女も本意ではないので、騎士団でも手が足りない時しか手を貸させていない。
自発的にどこまでアビスやファデュイ、果ては魔物の脅威を払ってきたかは誰にも、それこそ本人しか知り得ないだろう。
「私だってこんな面倒な性格嫌ですよ、後遺症が出れば死ぬほど後悔もしてるでしょうし」
だからといって辞められるような人間ならば、あちこちで戦っていたりしない。全てを知らないふりができるなら、そんな性格にはならない。生きにくい性格なのは本人もよく分かっているのだ。
「少しずつ、人間辞めてる自覚もあるんで」
そして、力による代償も理解している。
「……私がいるんだから、気にするんじゃないわよ。幸いにも寿命が減ってるわけでもないんだから」
彼の背丈、実はまだ成長を続けている。緩やかにではあるが、止まり始めたのは14歳ごろからと聞いている。何でも激しく元素力を使ってから成長が遅くなったと言うのだ、最初はジンよりも高かった身長は今では追い抜かされているようで、彼が酒場にいれば少し珍妙に映るだろう。
外見上は16歳程度に見えるが、既に4年ほどのズレが起きているのだ。このまま能力を使い続ければ、どうなるかは分からない。
ただそれでも、ジンの最も信頼する『最後の手段』である事には変わらない。そしてそれを頼まれてしまえば、やりたくなくともやってしまうのが彼である。
「まぁ人間辞めても気楽に生きてきますよ、私ですし。ただ化け物になりそうだったらその前に「馬鹿な事は言わないの、ほら元素抜いといたから今日は休みなさい」……リサさんって良い女って言われません?」
だからこそ、やれる事はしなければならない。
「あら、知らなかったの?」
「体付き以外は」
「冗談が言えるなら今日は大丈夫そうね」
→→→
「……ねぇリサさん、私なんで手錠されてるの」
騎士団に一泊してたら、拘束されていた。普段なら意識の半分ぐらいは常に起きているのでこんな事にはならないのだが、ここはそういう意識も寝かせられる貴重な場所なのだ。
今後はそうならないようだが。
「今迄は私も覚悟が出来てなかったけど、決めたのよ。絶対にあなたの事を普通の人間にしてみせるって」
そして、その当人はなぜか悪びれる様子もない。
「私としては能力自体は嫌じゃないんだけど、副作用さえ無ければ」
「人間としての機能の保証が出来ないもの、だからより正確な検査が必要なの」
正確な検査、それ自体は私もお願いしている。ただ現状わかっていることなんて多くはないし、なんでそうなのかは分からない。だからこれ以上何をする気だというのか、想像できない。
「待って、何する気?」
リサさんは責任感があるのだろう、何か覚悟を決めた様子で近づいて来る。そしておもむろに、私の衣服に手をかけた。
「ちょ、リサさん!? 何でズボン脱がしに……!!」
「こ、これは必要な事、これは必要、だから大丈夫。ちょっと体液を貰うだけだから大丈夫」
目がやばい、何か早口で言い訳をしているが顔色もちょっとやばい。何が彼女をそこまでさせるのか、というかこのまま私はどうなってしまうのか。
「血液とか唾液とかはもう提供したよね!? どこから何を搾り取る気??!!」
「大丈夫、このビーカーに溜まれば十分だから」
ここは騎士団だ、そして彼女も騎士団員。街の治安なら色々守る存在であり、皆の手本となる存在だ。そんな人にビーカーに溜まるまで何をして来るとか迫られているのだ、手首の関節を外すのも最近はしていなかったので手間取る。
「それ私がやっても良いんじゃ……ちょ」
なお、この後何がとは言わないが搾り取られた。ただそのお返しを300倍返しぐらいで前回とは比べ物にならない位やり返してしまったので暫くモンドには帰れないかもしれない、いや本当に。先に仕掛けてきたのはリサさんなので私は知らないフリをしよう、この日は何も無かったことにしておきたい。
☆
4.ジン
ジン・グンヒルドは人生の中でいくつか過ちをおかして来たとは感じている。
それは、3年以上前にアビスの使徒を撃退し満身創痍となった彼を騎士団で介抱していた時に起きた。3日も眠り続けた時は医師から命に別状は無いと言われても、あれだけ煩くなる男が静かになっているのは不安しかなかった。
だがそれは目覚めた後に、別の不安に塗りつぶされる。
起きてすぐ、彼は苦しみだしたのだ。常に騎士団で彼の目覚めを待っていた彼女はその異変に医師を呼ぼうとしたのだが、彼はその手を止め、「こんな事、ジンにしか頼めない」とある事を頼まれてしまったのである。そして懇願されたとは言え、本人の意識が朦朧とした中で、友人の、ましてや妹の想い人のものを処理した事が1番かもしれない。
あんな事になってるとは思わなかったし、友人の友人にあんな事をするなんて思いもしたなかった彼女は、今でもたまに夢の中に出てきては思い出してしまう。
向こうは知らないのに、自分だけが知ってしまっている事を、いまだに忘れる事が出来ていない。
「どうかしたのかジン、また目眩か?」
そしてそんな彼だが、モンドに帰ってくるようになってからよくジンの執務を手伝うようになっていた。激務である代理団長、ただでさえ人の足りない騎士団、そんな状況で疲労も溜まるジンに過去には騎士団で仕事もしていたバンパーが仕事の大半を処理してくれている。帰ってきた時だけであるが、その時だけは彼女も執務に体力を残したまま仕事を終える事が出来ている。
信頼ゆえに任せる事の出来る数少ない友人であり、騎士団に入ってもらえるなら右腕として奉仕して欲しいと願ってしまう存在。
先に起こったトワリンを操りモンドが襲われた事件でも、トワリンの根城での脅威の事前排除、疲労考慮しアビスの援軍介入に対する警戒をさせていた時もアビスの根城の殲滅排除を単独で行なっている。
栄誉騎士の位を今すぐにでも授与したいぐらいだが、残念ながらその位を受け取らないのもよく知っている。
「あ、あぁ。だが気にしないでくれ」
「そうはいくか、昔から無茶して倒れるのまでセットなのがお前だろ。バーバラからもよく見張っとけと言われてるんだ、後はやれるやつだけ私がやっとく」
「そうもいくか、私は代理団長だぞ」
ただ代理団長にしか出来ない仕事もあるので、全てを任せるわけにもいかない。疲労の溜まりもあるが、ここで仕事をしなければ他にする者もいないのだ。
「なら良い所で切り上げるぞ、明日も私が手伝えばとりあえず乗り切れるだろ」
だが最後まで付き合うようだ、本当に騎士団にいてもらえればどれだけ助かるのか。冒険者よりも間違いなく優遇して逃したくないほどに、彼という存在は大きいものになっている。
「と、ところで……この後は暇だったりするのか?」
だからこそ、これは欲なのかもしれない。
「その、良ければ一緒に……しょ、食事でもどうだ?」
→→→
ジンの仕事をよく手伝うようになったのは、彼女とは幼少からの付き合いというのもあるが、やはり彼女に色々と融通されて来たからでもある。
モンドで散兵と会って死闘を繰り広げてしまった時に起きた後始末の処理やドラゴンスパインでの後始末など誤魔化してもらっただけでなく、モンド領内で何か事件があった時に当事者に私の名前が出るだけで内容の精査の段階で騎士団を送って貰えるようになっている。
と言っても斥候程度で、内容が明らかになれば控えさせている本隊を送ってくれる。大抵は私が解決した後に来るが、それでものたれ死なない安心感はある。
それと普段から手助けしておかないと無茶振りをされづらいかもしれないという情けない打算もあったりする。そんな事はしないとは思うが、騎士団に入れと言われるよりはマシだろう。
入ったら終わる、たぶんどこかで抑えきれなくなった欲望をジンにぶつける。そんな事はしてくないし、それで追われる身にもなりたくない。現在進行形でヤバい組織に追われる身なのだ、表側からも追われる身にはなりたくない。
「あれ、ジン団長……だよな?」
「その、雰囲気が……騎士団の部下というよりはまさか」
そんなジンと珍しく食事に来ている。周りから少しざわつきが聴こえるがジンは代理団長なので有名だから、だけではない。その格好が普通の少女を思わせる乙女な雰囲気を出しているからだ、普段の騎士の礼服と立ち振る舞いとは真逆ゆえにざわついているのだろう。
対して私はモンドではあまり知られていない冒険者だ。騎士団や一部の冒険者には名が知れてはいるが、そんな大した事ない男なのだ注目はされづらい。
なのだが、何故か視線を感じる。ジンと一緒にいるせいだろうか、ただその視線の雰囲気もどこか違和感は感じる。
ただ大したことではないので私は運ばれて来た食事を黙々と食べる。一応身長は伸び続けてはいるのだ、10年後にはジンを追い抜く為にもしっかり育てなければならない。
「どうしたジン、食べないと体は休まらないぞ」
しかしジンはフォークの進みが遅い。騎士団や冒険者は胃袋が強い人は多いし彼女も私も強い方なのだが、今日のジンは調子がいつもと違う。体調でも悪いのだろうか。
それとも他に理由でもあるのか。するとジンは中々開かなかった口を開く。
「その……今日の私は、どうだ?」
格好、という意味だろう。仕事ぶりとか私に聞くまでもないのだからそうなのだろうが、私を食事に誘って来た理由も何となくわかってきた。騎士としていつも過ごしているから自分の審美眼が間違っていないかの確認をしたかったのだろう、だから普段あまり見ない格好で私と食事にきたのだろう。
何かあった時に恥ずかしい目に合わないように、中途半端な距離感にいる知り合いの男なんて私ぐらいしかいないし、ある意味適任なのかもしれない。
「似合ってるんじゃないか、何着ても良いけど青と白はよく似合うと思う」
「そ、そうか? それは良かった」
すると少し満足そうに照れた顔をする。やはり年頃の女の子でもあるのだろう、ただ何故か周りからのザワつきが大きくなった気がする。私のコメントってそんな良くなかったのだろうか、ファッションとかには疎いので分からない。
「そうだ、実は相談したい事があってな」
だがこの食事会が催されたのは、他にも理由がありそうだ。
「私も良い歳をしてきて、その……そろそろ相手を探せと母様にせっつかれていてな」
「ジンなら選り取り見取りだろ」
「その、バンも良い歳じゃないか。もし相手が居ないなら形式的なその、見合い的なものでもしてみないか?」
なるほど、偽装彼氏役的なものを頼みたかったのか。しかし個人的にはそんな事はしないほうが良いと思うのだが。
「まぁ相手は居ないけど、そんな小細工で時間稼がない方が良いだろ。ジンは立場もあるし良い相手は私が紹介しようか? ディルックとか間を取り持って良いし」
すると遠くでガラスが割れた音が聞こえた、横目に見ると遠くで何かに狼狽した少女がいる。何かあったのかとも思ったが、大した事はなさそうなので視線をジンに戻す。
「そ、そうではなくて……その……私としても、普段も執務も支えてくれる理解のある伴侶を探していてな……」
「そうなると確かに中々難しいな、その条件に合う相手か……分かった、ジンの悩みだ。その相手探し手伝うぞ」
「いや、その……そうでもなくてだな?」
なるほど、ジンは真剣に探したいが時間がないという事を話したかったのか。執務を支えが出来る人間というのは少ない、私のような事務仕事に長けた者か騎士団で彼女の手足になれる程の実力がなければならないだろう、それだけでも候補者は少なくなる。その上で普段から支えるとなれば本当に該当者などいるのだろうか、今のところディルックぐらいしか思いつかないが彼はまだそんな事が出来る状態ではない、是非とも彼等にはアビスやファデュイを滅ぼして欲しい。
「ぅぅ……ならその、どうだ。酔いもあるだろうし今日はウチに泊まっては、ちょうど屋敷は皆出払って部屋は余っているし……」
するとジンは相談が長引き、まだ話し足りていないのか家に来ないかと誘ってくる。
「いや、教会に行く約束あるし。そこまでは迷惑もかけられない」
ただ明日も会うし、そこまでやらなくとも良いだろう。私としてもジンの候補者のリストアップは帰ってしておきたいし、わざわざ2人きりでそんな事を話したのだからしっかりと探しておかなければならない。
「ええい焦ったい! バン、私の「あ、お姉ちゃんとバンだ!」……ぅん」
と何か思う事があるのか、ジンが勢いよく私の肩を掴んだがその勢いは最愛の妹の登場で消沈していく。
「どうしたバーバラ、まさか寝床が無くなったとかじゃないよな」
「大丈夫だよ、そうなっても私の部屋で寝たら良いし」
バーバラだ、今日は教会に泊まる事になっていたので来たのだろう。仕事や夕食で確かに時間も長引いてしまったが、心配でやってきたなら本当に心優しい少女だ。
「バーバラ、もう良い歳してるんだからそんなこと言ったらダメだぞ。周りに勘違いする人も出てきたら大変だし」
「バンにしかこんな事言わないから大丈夫だもん」
「こら抱き着くな、せめて食べ終わってからにしてくれ」
そして昔から抱き着く癖がある、昔は私より小さかったからそこまで気にしなかったが、今はちょっと抱きつかれると色々と当たるし私との距離感も物理的にも精神的にも近くなっているので咎めはしないが時は選んで欲しい。
「むぅ……昔みたいに撫でてくれないのはなんで? 私いつも頑張ってるんだよ?」
「はいはい、バーバラはいつも頑張ってるよ。流石はモンドで1番可愛い牧師さんだね」
「えへへ……ありがとう!」
昔から甘えん坊だとは思っていたが、それは変わらない。一度酔った勢いで抱き着いてまぁまぁ深めで長いキスを数回した事もあったが、その程度じゃ揺らがない信頼があるらしい。いや本当、あれ以来酒は嗜む程度に控えてる。しかもその時の記憶全部あるんだよなぁ……うん、ある意味ぜったい忘れられない記憶だ。
「こほん。バーバラ、食事中だから控えなさい」
「あ、ごめんなさい。でも久しぶりだったから……」
するといつの間にか目の前にはお姉ちゃんモードのジンがいる。まぁ妹の前で結婚がどうとかそんな話とか出来ないしな。昔はジンをお姉ちゃんと呼べない関係だったが、プライベートでは気兼ねなく呼び合えるようになっていてそこは嬉しい。
「明日もいるから、仕事終わったら久しぶりに出かけるか?」
「良いの? ならお姉ちゃんも一緒がいい!」
「……そうだな、なら星拾いの崖へピクニックにでも出かけるか」
ただ何となく、この姉妹との付き合いはまだまだ長くなりそうだ。
しかし、真なる意味で長い付き合いはできない。ファデュイやらアビスやらに付き纏われているのだ、2人やモンドに危険は晒せない。
「(こういった平和を、何とか守らないとな……)」
私はまたモンドを出るだろう、次はどこに行くのかはわからない。ただ1人のモンド人として、この地を見守り続けていく。
いつか人をやめてしまったら、ここにはもういられないのだから。
次回キャラ候補
刻晴
神里綾華
夜蘭
バーバラ
あたりです、月一ぐらいのペースでゆっくり更新するんでよろしくです。