※この作品はR-18です。

私は人間(倫理観)を捨てるぞ、旅人!!   作:札幌ポテト

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ナヴィア回(中編)
※過去一のシリアス回



 両親から受け継いだ棘薔薇の会やポワソン町は胎海の水に襲われ、相棒とも言えた2人が水に溶け、死してなお窮地の彼女を助けに現れたが父のように墓にも埋められない。それが取り戻せない悲しみを背負い、凋落を追及する奴が伝説任務で襲って来たりする本編のナヴィアは辛い。

 そんなナヴィアには、救われて欲しい。
 


棘薔薇の会とポワソン町が沈んだ日

 

 ナヴィアという少女を知り、どのような印象を持つか。

 

 棘薔薇の会(スピナ・ディ・ロースラ)の会長を務めている若き頭目、破天荒だがユーモアある淑女、わかりやすい肩書きもあればわかりやすい性格も見えてくる。

 

 しかし、そんな彼女の過去は誰かに仕組まれたかように────幸せから遠のいている。

 

 母親クレメンタインは、難産であった為にナヴィアを産んで死んでしまった。ナヴィアは母親の事を知らないが、仏頂面の父親とは違いユーモアのある女性だったと聞いている。

 そして組織を大きくする力を持つ父カーレスと、組織を纏める母のおかげで棘薔薇の会も栄えていたのだ。故に母親が亡くなった事で棘薔薇の会が分裂し始める、1人また1人と去っていく。

 

 ただそれでも棘薔薇の会のボスであった父に着いて行く者は多くいた。実績もさることながら、ナヴィアが産まれ育つ組織を……家族を守る為にその能力を発揮していたのだろう。ただそれでも母親が亡くなった事で少なからずバランスが取れなくなっていたのも事実であった。

 

 そして3年前、カーレスは死んだ。

 

 マーセル、本名はヴァシェであるが、彼の行うロシの販売と連続少女失踪事件の関係にカーレス気付いていた。そして暗殺を企まれてしまう。なおマーセルが人としての一線を超える経緯はあるにはあるが、それは割愛する。

 重要なのはマーセルは邪魔者だったカーレスを消す為に、先ずはナヴィアを標的に選んだ。それを察したカーレスがナヴィアが消えた瞬間に全てを公にするとして娘を守った。

 ただその結果として暗殺者を差し向けられ、人殺しの罪を着せられてしまう。娘を守る為には真実は言えず、クロリンデと決闘を行い彼は死んだ。その真意は理解されず、生前は多くの善行を積んでいた彼も不義のカーレスと蔑まれてしまった。

 

 だがその汚名は拭えた。旅人達と共に解決した、今のナヴィアはやっと父の事を胸を張って誇らしく思える。

 

 棘薔薇の会の会長、ナヴィア。彼女は守られていた棘薔薇の会で、皆を守るポワソン町の頼れるボス。両親の死を、3年もの汚名を、乗り越えた少女だ。弱い筈がない。

 

 それこそ、その()()が水に溶けてしまわなければ。

 

 ☆

 

 犯人が他にいるにも関わらず無罪であった存在の有罪、そして審議そのものの保留。

 諭示裁定カーディナルの明らかな異常について、本来の制作者である水神フリーナも明確には答えず濁していた。最高審判官であるヌヴィレットの審判と異なる結果を示し、あまつさえ間違えているとなれば前代未聞の事件である。

 

 更に2人は他国の人間、タルタリヤに至ってはファデュイというスネージナヤの組織の執行官である。これは大きな外交関係に大きな不和を入れる展開もあり得る、ただでさえ予言の対応に追われているフォンテーヌを更に問題が重なってしまっているのだから。

 

 しかしメロピデ要塞は自治区、タルタリヤの釈放は様々な点で課題が残っている。

 

 しかし、ナヴィア達『棘薔薇の会』が考えているのはそちらではない。

 

「結局、彼を助けられない。そういう事ね」

 

 バンパー・ローレンス、異国の民であり審判を保留にされるという誤審とは別の意味で不可解な結果に至ったのが彼である。

 その彼をなぜメロピデ要塞へ送るのか、一応はメロピデ要塞で再審までの間拘留という形ではあるらしいが、それでも無実の人間があそこに連れて行かれる理由にはならないだろう。

 

「メロピデ要塞は独立した自治区。そこに移送された時点で、我々には手の出しようがありません」

 

「彼自身の評判が良くはないのも事実で、市街では潜在的な犯罪者に罰が降ったと解釈されているようです」

 

「根拠の否定が出来ません。有罪にされたものと違い保留にされた人間を助け出すのはある種、不可能と言って良いかと」

 

 ナヴィアとて手を尽くしたつもりであったが、彼女達では力及ばずであったのだ。一度決まった決定を覆すにはカーディナルスそのものが欠陥品であると証明するぐらいの根拠が必要なのだ、しかしそんなものは見つからない。

 

 故に、バンパー・ローレンスは助けられない。

 

「お嬢様……」

 

「大丈夫、まだ手はあるはず」

 

 しかし、希望がないわけではない。

 

 ヌヴィレット曰く、カーディナルスから本来出された審判そのものに記入されている筈の判決、それどころかバンパーの名前すらなかったのである。

 故に保留、審判がそもそも行われなかったのだ。

 

「特にヌヴィレットさんの決定、やっぱりおかしいわ」

 

「それはそうです、本来であれば謹慎……あっても拘留程度が妥当かと」

 

「そうよ、あの人もかなりの気を回してる」

 

「お嬢様? どういう……」

 

 更に、保留というのはヌヴィレットによる『何か』への対応として決定したものと考えられる。

 審判出来なかった人間が現れる事は、証拠が不十分であったりすればあり得る。しかしその段階でメロピデ要塞に送る事などあり得ない。自宅謹慎、もしくは地上での拘留が妥当であろう。

 それは最高審判官であるヌヴィレットが一番よく分かっている。なのでメロピデ要塞へ送ったのは、予言に対した保険……前水神の隠した罪と呼ばれたものに万が一の際での助力をさせる為だと推察される。

 

「メロピデ要塞に予言に関係した何かがあると踏んでるのよ、ヌヴィレットさんは。ただ普段地上にいるあの人は下で何かあった時に対応が遅れる、その時に何かが出来る誰かがいて欲しいはず」

 

 バンパー・ローレンスとは、謎の多い存在だ。しかしその力が本物である事をナヴィアは知っているし、旅人にまつわる逸話も彼が関わっていると見ている。

 しかしヌヴィレットは違う、知ってはいない。だからこそ外れても良いような保険、いや保険の保険程度の認識なのかもしれない。

 

「つまり、予言への対策ですか。その為に態々無実の人間をメロピデ要塞に送るとは……」

 

「罪の無い人間は送れない。でも、罪が分からない人間ならルール上は拘留という措置で縛れる事は可能……いや、正確に定義された事はないのかしら。でもこれは無理ね」

 

「それは例外も良いところです。地上に拘留出来る余裕が無いほど犯罪者が溢れるか、その機能が停止し……いやまさか」

 

「ええ、恐らく別の罪で立件してる」

 

 メロピデ要塞に、犯罪者以外のものが存在出来る方法はいくつかある。一つは真っ当な方法で、刑務官として務めていれば可能だ。逆に言えばこのような者達を除いて存在はしないと言える。

 だが、獄中で子供が産まれた場合はどうだろうか。犯罪者ではない、かと言って外に出す方法が定義されていない。刑期の概念がない事で、対応に困る存在になる。

 

 仮に、保留中のものをなんらかの伝手を持ってして要塞に送るとするならば。別の罪で立件しているのだろう、考えられる事としてはナヴィア達を助けた際の広場を少なからず傷つけた事だろうか。

 それを使い、バンパーを牢獄に入れる。審判は無いがヌヴィレットならそこはでっち上げられる、後は保留中である事を鑑みて引き続きメロピデ要塞に拘留するとなれば、誰かしらの匙加減で釈放されるだろう。

 

「真相はわからないわよ。でもあの人は無意味な事もしないし、ルールも破らない。なら異国の存在をどこかのタイミングでちゃんと地上に戻すはず」

 

 ただ、あくまでもナヴィアの予想に過ぎない。真相は他にあるのかもしれない、だが今のところ思い付く可能性としてあるのはそれなのだ。

 

「それは……もしや、予言の時ですか」

 

 そして、その釈放は予言を乗り越えた時だと想像に難くない。

 

「遅くとも、ね。早いならメロピデ要塞に存在する秘密を解き明かした時よ」

 

「つまり、予言さえ防げば釈放される」

 

 ナヴィア達がバンパーを釈放させる事は究極的には不可能。ならば、取れる手とはフォンテーヌへの問題だけだ。

 

「目下の私達の目標は予言、そういう事になるわ」

 

 それに対しては、皆意識は固まっている。

 

「分かりました」

 

「ボス、しかし何から……」

 

 棘薔薇の会は決して強い組織ではない、だが明確に予言に対して向き合うと決断したのである。

 人は水に溶けた、海面推移も上昇している。かと言ってどうにも出来ない、出来ていれば問題ではなかった。なら最初に手掛ける所はそこではないだろう。

 

「まずは出所ね」

 

「出所とは、予言のですか?」

 

「ええ、誰が言い始めたかよ」

 

 そもそも、予言は誰が流したのか。もしくは流れてしまったのか、そこが判れば何かしら対策を思い付けるかもしれない。

 ナヴィア達だけでなく、フォンテーヌ人は予言に対してまだまだ理解が少ないのだ。

 

「こんな予言、絶対に────」

 

 止めてやる、そんな決意を言うつもりだったのだろう。しかし、それは騒がしい足音と共に現れた部下の言葉に遮られる。

 

「ボス! 大変です! バンパー様の留置された、メロピデ要塞で!!」

 

 事態はまだまだ、彼女達の理解を追い越していく。

 

 ☆

 

 フォンテーヌに不穏な動きがある、それは入国した旅人達も感じていた。

 

 連続少女失踪事件では人が水に溶ける事が発覚し、予言にあるフォンテーヌ人が水に溶ける事を明らかにしてしまっている。

 その際には不自然な判決が起こり知り合いでもある2人がメロピデ要塞に送られるなどと言う事まで起きた。

 そしてその2人の行方が分からなくなり、それを調べに旅人とパイモンはヌヴィレットの手を借りてメロピデ要塞へと向かった。

 

 メロピデ要塞とはフォンテーヌに存在する深海の牢獄であるが、マシナリーという機械を作っているなど特殊な立ち位置の独立した国とも言える。

 中では指令を受けたリネやリネット、フレミネなども調査の為に投獄され、共に彼等を探しメロピデ要塞の秘密について調べた。

 ファデュイとしても消えたタルタリヤと連絡も取れていないらしく、調査には真剣であった。途中リネットがバンパーの使っていた部屋でゴソゴソしていたのに出くわしたが、あれは忘れた方が良いだろう。

 

 話を戻すがそこを支配する公爵、リオセスリなどの案内もあり要塞の意義や認識も出来たわけだが、そんな場所である場所を見つける事になる。

 

「これから、予言はどうなっちまうんだ?」

 

「分からないけど、アレはいつか溢れてくる」

 

「うーうう……でも、ヌヴィレットは原始胎海の水をどうやって止めたんだ?」

 

 メロピデ要塞は先代水神の隠したい何かがあると耳にし調べたが、あったのは謎の封印。金属で封じられた何かの蓋、そしてそこから抑えきれない量の人を溶かす水────原始胎海の水が溢れ出していた。

 

 幸いにもリオセスリやクロリンデが時間を稼ぎヌヴィレットが抑え込めたようだが、彼が居れば恐らく彼が止めていただろう。それだけ彼は問題の渦中にいるし、問題が目の前にあれば体が勝手に動いてしまう。

 

 だからこそ、メロピデ要塞には確実に彼は居ないと分かったのだが。

 

「わからない。でも、バンも必ず……」

 

 バンパーは意味も無く消えないし『理不尽では??』とか愚痴りながらも問題に挑んで来た冒険者だ。今もどこかで……それこそ、タルタリヤと潜伏しているのかもしれない。

 

「とりあえず、今日は休もうぜ。オイラ色々あり過ぎてクタクタだぞ……」

 

 ただ、2人は色々とあり過ぎて疲労も溜まって来ている。メロピデ要塞での調査中に胎海の水が溢れ出し、それを止める為にヌヴィレットを呼び、先程までその代わりとしてファデュイの執行官と話し合うフリーナに同席していたのだから。

 

 今日は一度帰り、体を休めようと。旅人もパイモンの申し出に頷こうとしたが。

 

「帰るというのは、メロピデ要塞にか?」

 

 それは、叶いそうにない。

 

「そうだった、オイラ達まだ……え?」

 

「さっきぶりだな、少し話をしたい。構わないな?」

 

 執行官第四位 アルレッキーノがそこにいるのだから。

 

 ☆

 

 旅人達はまだメロピデ要塞に拘留されている事になっている。今はヌヴィレットを呼ぶために一時的に外に出ているだけだ。

 そして、何らかの事情をこの召使────アルレッキーノは察している。

 

「こんにちは、旅人。一度、君とだけ顔を合わせて話したかった所だ」

 

 ファデュイの執行官。その序列は実力で選ばれているらしく、タルタリヤが末席の十一位であるのに対して彼女は四位。旅人達が過去に倒した第八位の淑女────シニョーラよりも遥かに格上である。

 

「ファデュイがオイラ達に用なんて、何が目的だ!」

 

 当然、パイモンは警戒する。過去に第二位の博士、ドットーレと相対した時はナヒーダがまだ居たが今回は居ない。第六位の時でさえナヒーダだけでなくバンパーの力添えもあったのだから、十分にビビっている。

 

 タルタリヤにはこうはならないが、それは得体が知れないからだろう。ドットーレはその最たる例であり、パイモンの中では一番恐れている執行官であったりする。

 

「目的……そうだな、私の目的は予言を止める事にある。だが君達を呼んだのはそれとは別件でもある」

 

 ただ、それは彼女もわかっているのかすぐに話を始める。警戒を少しでも緩めようと気遣っているのかもしれないが、旅人の警戒心は解かれそうにないだろう。

 

「バンパー・グンヒルド……いや、今はローレンスか。モンドの有力者の後ろ盾を示すあらゆる姓を名乗る男、彼について知りたくてね」

 

 ファデュイにとって、バンパーという存在は邪魔過ぎる。それは旅人も知っており、旅人の知る限りでも璃月・稲妻・スメールで執行官の思惑を潰してきている。

 

 そんな彼について、知りたいなどというならば。

 

「殺す気なら、させないけど」

 

 旅人は目を細め、片手に岩元素と水元素を溜め始める。アルレッキーノが赤い神の目を持っているからこそ、それに対して攻撃と防御の両方が取れるその元素を構えたのだろう。

 バンパーと敵対するなら、一緒に敵対すると示していた。

 

 しかし、アルレッキーノは彼とは対照的に落ち着いている。

 

「悪いが、それは早とちりだ。結論から言えば

 ────女皇は、彼に執行官第六位の席を空けている」

 

 その落ち着き過ぎている理由は、彼の警戒する敵対という部分とはかけ離れているからだった

 

「な、なんでモンド人のバンを誘うんだよ!?」

 

「ファデュイがスネージナヤ人だけで構成されてないのは君達も知っているだろう、ファテュスとて例に漏れない。それに私の知る限り、アレほど力と名が比例しない者は居ないからな」

 

「(六位って、確か……放浪者。李景の事?)」

 

 タルタリヤはスネージナヤ人であるが、放浪者は元々稲妻の出身者。アルレッキーノも元はフォンテーヌ人と言われているのだ、ファデュイに人種は関係ない。必要なのは、女皇にとって必要な力を持つかである。

 

「ただ色々な噂もある。その上で君に尋ねたいのだ、彼はどんな存在か」

 

 バンパーは、旅人の知る中では執行官よりも強かった。今はそれより強いかもしれない、もしかすれば『本当の力を取り戻した』旅人達とも、渡り合えてしまう程の成長をした可能性もある。

 だからこそ安心できる部分もある。

 

「一つの勢力に縛られず、それでいて戦局は傾けられる。君達を嫌ってる男だよ」

 

 バンパーは、どこにも属さない。何故なら属す事そのものを避けているように感じられるから。それは彼自身が旅人と同じく外からの来訪者であるからか、この世界で彼は馴染もうという気配がないのだ。

 

 しかし、彼が手を貸さないわけじゃない。

 

「彼を甘く見たら、全員痛い目にあう」

 

 必要とあれば、彼は旅人であっても敵対する。それだけの個人であるが故に、自由を一番に取っているとも考えられる。

 しかし、アルレッキーノはそんな事も見通したような目を向けながら少し微笑む。

 

「知っているとも、私達の第六位を空けた男だからな」

 

 そんな、旅人達やナヒーダでしか知り得ない事を話して。

 

「な、なんで知って……!?」

 

 パイモンは反応する。放浪者という存在は一度この世界から、世界樹の記憶から消去されている。ファデュイにいたという情報は消え、それを知るのは世界樹の管理者である草神か、外の世界の存在である旅人やバンパー程度しか知り得ないものなのだが。

 

 パイモンはそれを旅人やナヒーダから耳にしているので、過度に反応してしまうのも仕方ないだろう。

 

「……やはり、六位は存在したか。そして彼に世界からも消された」

 

 ただ、それがブラフであったのは彼女の反応からして明らかだ。

 

「想像以上だ。アレが在野で属さずにいる事は僥倖と考えるべきだな」

 

 実はそこら辺の事にバンパーは一切関わっていないのだが、アルレッキーノは不敵に笑う。

 彼の情報にまたとんでもない事が記録された瞬間でもあった。

 

「良い事を聞けた、代わりに一つ教えよう」

 

 旅人達はそれを知られた事で、より一層警戒心を強める。仲間にするなどという話を持ちかけながら情報を引き抜こうとしているようにしか見えなかったのだから仕方ないのだが。彼女も代わりに情報を出す事で相殺したいのだろう。

 

「我々ファデュイの目的は神の心にあるのを察しているだろう。しかし、この国の神フォカロルス……フリーナ殿には神の心は無かった」

 

 あくまでも、アルレッキーノの最たる目的は神の心の確保。しかし次点にあるのは予言を防ぐ事にあるのだ。旅人とて、その力添えになると考えている。

 

「私としてもその所在を知る必要がある。それを確かめる為ではあったが……まるで餌のように無防備で、容易く近づけた」

 

「……近づけたって、まさか」

 

 彼女はまるで隠すことではないかのように、語る。旅人達の知らぬ間に起きていた大事件を。

 

「しかし少女のように怯え『殺さないで』と嘆願する始末、私には彼女が神には見えない。しかしそれに似た呪いのようなものを感じた」

 

 ただ、襲ったのは神の心を確かめる為。あわよくば簒奪する為であったが、それ以上は無い。

 

「その後のフリーナ殿が襲われたなどとと言う告発は無く、部屋ではケーキも喉を通さず、息を荒くし一睡も出来なかったらしい。そして何事も無く、過ごしている」

 

 彼女がこう話すのは、違和感を伝える為だろう。それが何らかの形で予言に結びつくことではないかと。

 

「間違いない、フリーナ殿は何かを隠している。私としては本当の水神はヌヴィレット殿かと考えたが、それも違う気がする。神にしてはどこか欠けている、そうは思わない」

 

 本当の水神が別に存在する可能性、それを彼女は推察しているのだ。だが本当の水神が居たとして、何故出てこないのか。そもそも、本当に水神はフォンテーヌに存在しているのかと。

 ただ、ここまでの事件が起きていて旅人達は噂を耳にした事すらない。

 

「水神を襲ったのか!?」

 

「どれだけ騒ごうと、この事をフリーナ殿は知らせてない。恐らく襲撃された事すら否定するだろう」

 

「そ、そうだとしても……!」

 

 そもそもフリーナが隠しているのだ。違和感がある、彼女は何かを抱えているのは間違いないだろう。しかし、何故襲われた事を誰にも言わないのか。噂にすらならないとすれば、本人は助けを誰にも求めていないのかもしれない。

 

 考えても、分からない。これは本人に聞いても答えてはくれないのだろう。

 

 ただ、アルレッキーノは付け加えるように考え込む2人に話す。

 

「それに私は水神を襲ったが、駆け付けた彼……バンパー・ローレンスに阻まれた」

 

 さらりと落とされた爆弾発言に、水を撒くかのような声音で火薬を振り撒いている。

 

「バンが水神を助けてたのか!? そんな事一言も言ってなかったぞ!?」

 

「どうやって逃げたの?」

 

 2人の反応は異なるが、バンパーが当たり前のように執行官を退けている事にパイモンを驚いている。執行官も上3人は神と同等かそれ以上の力を持っており、四番手のアルレッキーノはそれに迫る力があるのは明らからだったからだろう。

 対して旅人の方は雷電将軍(with雷神)からの強制監禁500年修行があったのは知っているのでそこまで驚いていない。

 

 なお全く関係無いが旅人は雷電将軍より『責任を取らせたいので覚悟しろ』との言伝を預かっている。

 メロピデ要塞収監前に伝えた時は顔が青を通り越して白くなっていて久しぶりに胸がスカッとしている。後々媚薬を盛られて禁止カード(申鶴)をぶつけられるのは別の話である。

 

「フリーナ殿を守る為に現れたようだからな、私の捕縛は優先されていなかった。執行官と看破はされたようだが、少し考えれば思い当たるような事だ、大きな問題ではない。しかし……そうだな、聞く話よりは元素の扱いにはかなり長けていた印象を受ける」

 

 アルレッキーノは想像以上に手応えのある情報であったのか、それの見返りとして舌がよく回っている。それが旅人達を惑わすためのものか、はたまた自身の都合の良い方向に誘う為か、少なくとも完全な善意には見えない。

 

「そこで旅人、気に触るなら申し訳ないが……彼を頼るのは避けた方が良いだろう」

 

 だからこそ、それが忠告であると気付く。そして即座に、パイモンが反応する。

 

「バンに邪魔されたら困るからだろ!」

 

「そうではない。私も直ぐに退散できたのは彼が『魔神を討ち滅ぼす』程の力を発揮しなかったからだ、そうすれば事は盛大に露見し私も本気で相手せざるを得なかっただろう……彼は彼で何かを抱えている気がする」

 

「何かって?」

 

「力を制限していた、でなければ私も少なくない手傷を受けていただろう。あの能力もリスク……何かを削る必要があるのかもしれないな」

 

 旅人は、あの力にリスクがあるのを知っている。その反動で大きな摩耗が起きてしまう事も、見た目に分かる著しく遅れた身体の成長が反動の一つである事を。

 

 風神であるウェンティ曰く『人から一番遠い人』であるとも。

 

「言うまでもないかもしれないが、彼がメロピデ要塞から脱獄した件は我々の知るところではない。何かあれば知らせよう」

 

 そんな彼が行方不明なのだ、フォンテーヌでの予言がまた大きな事件を起こす。その直感は、確かなものだった。

 

 ☆

 

 私、バンパーはメロピデ要塞を先程脱獄した。

 

 理由はシンプルであるが、この国そのものが胡散臭いからである。

 

 考えてもみて欲しい、私が捕まる要素はゼロだったはずだ。確かに私はリリアにお仕置きをしたし、リネットを神の心とかいうもので釣って食べたが、それはバレてないはずだ。フォンテーヌ人って意味ならシャルロットにお仕置きした事はあるが、それだってバレてないのだ。

 

 そもそも連続少女失踪事件なんて、関わりがほぼ無いのだ。なのに保留扱いで牢獄にぶち込まれた、理不尽過ぎてタルタリヤは反抗して警備ロボを破壊しまくって邪眼よりもヤバい力も使おうとしていた程である。

 

 ちなみに私は無抵抗でした。なんでかって? 最高審判官のヌヴィレットって人がタルタリヤを一撃で倒したからですね。不意打ち気味とは言え一撃はヤバい、それに雰囲気がアペプ……草の元素龍とかで感じたのと似ている程の化け物なので戦いたくないし、逃げるにしてもあんなに人のいる前では使いたくもない。

 

 なので私とタルタリヤはメロピデ要塞に連れて行かれたが、私はなんか罪状が増えてた。器物損壊って旅人達をルキナの泉がある広場で多少傷つけたアレの事でぶち込み、更には保留扱いだからそのまま審判が再開するまでぶち込まれとけ的な流れになっていた。

 

 これは間違いない。私は確信し、メロピデ要塞を逃げる事にした。

 

『ヌヴィレットに、性犯罪者と看破されていたのだろう』

 

 ヌヴィレットはリネットやリリア、果てはシャルロットなどにエロい事をしたのを見抜いていたのだ。だから正式に立件出来るだけの証拠を集める為、私を逃さないように……証拠を消させないようにメロピデ要塞にぶち込んだのである。

 

 ちなみに私は性犯罪者ではない、最後は同意にしてるからセーフだろう。なお民意は考慮しないものとする。

 

 それはそれとして、私はそれ以外に考えないといけない事があるのだ。

 

「(にしても、私が神の目も無い雑魚とか思われてたのはラッキーだった)」

 

 今の私は、水中を泳ぎながらフォンテーヌ地下の自室を目指している。脱獄のルートは基本的に泳げなければ不可能だからだ、しかし普通の人間が泳ぐには潜水の装備をつけなければならない。

 ただ神の目を持つものは何故か例外で、泳ぐ事が可能なのだ。何故なのかはわからない。ただその理論で言えば私も泳げないと思われていたのだろう。

 

 ただ、私はその例外でも例外なのだ。水を分解して酸素作り出してる、電気分解した方が生まれる酸素量が多くなるが普通に泳ぐ分には水を吸収してそこから分解して酸素を取り込んでいる。

 

 ちなみにこれはフォンテーヌに入る前から出来てた。アリスさんに実験と称した拷問……湖へ重石をつけられて溺れさせられていたのだから。

 その時に編み出した技であり、水素をそのまま固めて破裂させてアリスさんを攻撃するぐらいにはブチギレた記憶がある。

 思い出すと腹が立つ思い出だ、今度『ママ! クレー、バンパーお兄ちゃんとけっこんする約束した!』とかクレーっぽく手紙を書いて送っておこう。

 

「(ただ、脱獄したは良いけどどうするか。スメールに逃げるか? いや、稲妻が国交開こうと使節団送りまくってるとか聞いてて不安だし修羅場起きかけたし……逆に戦争中のナタ行くか?)」

 

 とりあえず、脱獄はすんなりいけたのでこれからどうするかは分からない。

 しかし、ルートは出来るだけ追手が来れないルートを選びつつなので考える時間はあるだろう。ちなみそのルートとは原始胎海の水が濃いルートを選んでいる、メロピデ要塞の地下の脱獄ルートを探っていたら普通の水とは異なる光る水に触れたのだが読み込みはそこで出来た。

 アレがどうしてフォンテーヌ人を溶かすのか迄は知らないが、その関係が分かれば予言とやらもなんとか出来る可能性は高くなるだろう。

 

 旅人には言っているつもりだが、私は問題を抱えたいわけでも問題を解決しに苦労もしたいわけではないのだ。ただこのままでは本当に予言をどうにか出来そうなのが私みたいな例外だけになってしまうので、旅人という主人公には是非とも世界とフォンテーヌを救って欲しい。

 

「(まだ土地勘薄いし、何かあった時に備えて休んでもおきたいし……どこかで地上出るか)」

 

 しかし、追手を気にし過ぎてか深海付近でなおかつ原始胎海の水の濃度の高い場所を泳いでおり、少し目的地を通り過ぎてしまったらしい。だがそれだけした甲斐はあり、捕まる事はおろか追手すら現れなかった。

 

 名残惜しいがフォンテーヌとはおさらばしなければならない。わざわざマイホームも買ってしまったし、前科もついてしまったが致し方ないだろう。

 

 どう逃げるかはゆっくり考えたい。とりあえずは今乗ってる海流に身を任せつつ、浮上できそうなところで浮上したいところだ。

 闘争なんかしたくない、出来れば旅人が全部片して欲しい。予言とか私関係なく終わってくれ。ついでにファデュイもアビスも爆散してくれ、そう願いながらフォンテーヌから去る決意を固めていく。

 

 ただ、その願望虚しく星海を泳ぐ鯨を相手する事になるのをこの時の私は知る由もなかったのである。

 

 ☆

 

 ポワソン町には、棘薔薇の会はある程度の調査を終えたメンバーが着々と集まって来ている。そのボスであるナヴィアは当然そこを取り仕切っているので、今は拠点で会議中であった。

 

 予言についてフォンテーヌは標高が高いのだから沈まないのではないか、そんな水が生み出されるには理解できない事象でも起きなければ有り得ない事、そんな議論が繰り広げられていた。

 これに関しては恐らくヌヴィレットなど他の予言について考える者も議論し尽くしているのだろう、現に学者や記者達ではかなりの討論会も行われているらしい。

 だがそのスタートラインに立つ為にも、これは必要な事だろう。それに殆どのもの達が予言を『対処』する考えの中で予言を『知る』事に舵を切るナヴィア達は遅れは気にしなくて良いのもある。

 

 予言の原因そのものが分かれば視点が代わり、見えないものが見えてくる。いくらかの解決策も模索できるかもしれないと。

 

「ボス、噂の出所に確からしい証言が」

 

 そんな中で、その調査に出ていた者達が戻ってきた。

 

「早かったわね。それで、誰が言い始めたの?」

 

 逸話や伝承か、研究者の論文でもあったか、はたまた魔女の戯言か。報告の速さからして国外の話ではないとは考えるが、皆がその答えを待ち望んでいると。

 

「フォンテーヌ科学院……だけでなく、執律庭など含めたフォンテーヌのほぼ全ての行政機関で話を聞けました」

 

 それは、ある意味意外な答えだった。

 

「ほぼ、全て? どこが最初なのかは……」

 

「分かりません、相当昔から噂話程度に……広まり方に差異は見受けられませんでした」

 

 噂の根元、それが予言の始まりだろう。しかしそうなると絞る為に条件は考えなければならない。

 特定の組織ではなく、フォンテーヌ全体の組織に関与できる存在でなければならないだろう。それも分野が違う、一市民には広められない筈だ。

 

「その全てに、関わっている誰かが噂を……でもそんなのは」

 

「ボス、実は予言へ最初に動いたのが誰かは分かっています」

 

「……まさか」

 

 フォンテーヌの行政機関ほぼ全てに関わり、時期が特定できない程の昔から予言を流布し、戯言とは思えないほどの時間が噂話になっている。

 

 そして、それに当たる可能性は2人ほど想像が付く。そしてナヴィアとしては────

 

「どうやら、予言について一番最初に対処していたのはフリーナ様のようです」

 

「ヌヴィレットさんじゃなくて、フリーナ様が?」

 

 最高審判官であるヌヴィレットではなく、水神フリーナの名前が出た事で予想は異なった。ヌヴィレットは500年前から最高審判官として働き続けてきた真摯な存在だ、故に大きな信頼がある。

 

 なのでナヴィアは顔を顰めた。いや、他のメンバーも顰めている。

 

 フリーナは、神というよりはスターであったからだ。仕事人ではなく、喜劇の役者だった。確かに神であった、その神としての信頼が無いわけではない。フォンテーヌのエネルギー事情を支えているのは彼女が居たからこそであり、審判も彼女の功績がある。それでも、頼りになるのはヌヴィレットの方だった。

 

「はい、フォンテーヌ科学院に500年前から水位などデータをとらせる以外に他国に派遣したエージェントに、予言……と直には言っていないようですが、それに関わる事象を昔から調べさせていたようで」

 

「フリーナ様が、いったい……いやなら彼女はどうやって……」

 

 更に言えば、表立って予言に対して動いていなかったのが彼女なのだ。むしろ予言に動かない事で不安は増長していた部分もある、ただ逆にその余裕で安心していた者も今は現実味を帯び始めた事で一転して不安が大きくなっている。

 

 それはそれとしてその報せにナヴィアは少しだけ肩を落としてしまう。

 

「私達が考えて仕方ないわね。ヌヴィレットさんなら知ってるだろうし……振り出しに戻ったわ」

 

 フリーナが動いていると棘薔薇の会が特定出来たのだ、一番近いヌヴィレットは察せないわけがない。その上で予言を対処する目処が立ってないのだから、ここは彼の通った通過点でしかなかった。少なくとも今のナヴィア達にはフリーナを問いただす事は難しいだろう。

 文字通りの振り出しだ、少なくとも予言に対してどう動いても後追いになってしまった。

 

「バンパーさんの消息は?」

 

 だからだろう、彼女は元々予言に対して動く要因であるその所在を確認する。恐らく見つかってはないだろうと思いながらも。

 

「そちらは未だに不明で……神の目も潜水服も無しに消えたとなれば、神隠しと言っても」

 

 想像通りだ、痕跡すら辿れていない。旅人の知る限りで『一番に問題を何とか出来る存在』などと呼ばれていたのだから、本気で隠れたなら追う事も出来ないのだろう。

 

「そう……仕方な……え?」

 

 ただ、ナヴィアはその報告に違和感を感じる。

 

「ちょ、ちょっと待って。彼は水の元素力を使って私達を助けたわ、無い筈が……」

 

 神の目が無いのに元素の力を使えるわけがない。いや使える存在はいるにはいるが、色々と訳ありな存在ばかりの例外達だ。

 中でも、メジャーな例外は魔神。俗世の七執政と呼ばれる神達か。

 

「(バンパーさんが、魔神? でも水元素を使ってたから水神……なわけないし、なら機械か何か? それでも使ったように見えず、それらしき装置も無しで? 無理だわ、あんな元素の操作はそもそも機械には出来ない)」

 

 ナヴィアには分かる、神の目を持つからと言って元素を扱う力量は本人のセンスや努力量に依存すると。いくら彼女でも一度に全ての敵をああをも容易く制止させてから粉砕するという芸当が神がかったものであると見抜くまでもなく。

 

「(凡人には100年じゃ辿り着けないでしょうね。彼が長命種には見えなかった、それらしき外的な特徴が無い。なら、いやこの考えは有り得ないわよ。フリーナ様が水神である以上は、絶対に……)」

 

 片手間で水元素を扱い制圧する程の力量、旅人からの絶大な信頼、過去に旅人の持つ逸話には魔神を倒した璃月の事件、神の目を持たずにメロピデ要塞を脱出する違和感、一組織を超える資金力、様々な断片がナヴィアの思考を惑わせる。

 

 

『ナヴィア、お前に水神の加護さえなければ!!』

 

 

「っ……」

 

 頭の中に、声が聞こえる。これはマーセルの声だ、父が死ぬ原因となった存在の悪事が露見し、ナヴィア達を襲った時に邪魔された事を法廷で嘆いていた時に出た言葉だ。

 

『加護? バンパーさんが水神なわけないでしょ? フリーナ様が居るんだから』

 

『あれを見て、何を言う! あの出会いが私にあれば、私は彼女を……! ヴェ、ニールを……』

 

 過去に、最愛の彼女を失ったマーセルの恨み言が弱々しくなり彼は裁かれた。しかし、その事を思い出したのはその言葉が印象的だったからだ。

 

 確かに、考えれば考える程にバンパーという存在がおかしい。同じテイワットの人間とは思えない。ヌヴィレットを前にしてファデュイの執行官が一撃で倒されても、まるで反応もしていなかった、当たり前の事実と受け止めていた。

 

 故に、荒唐無稽な可能性が出てくる。

 

「(……水神エゲリア、なんて有り得ないわよね)」

 

 初代水神などという、ありえない推測が出る程だった。

 それだけ彼が謎であり、知ろうともしていなかったのだから仕方ない。予言について調べても仕方ないとまでは言わないが実りは少ないと思われるので、バンパーという存在についてもう少し踏み込んだ調査に舵を切るべきか。

 

 そう、考え始めた時だった。

 

 ポワソン町の底よりも下から、何かが破裂したような音が鳴った。

 

 ☆

 

 突然の爆音に、ナヴィアや棘薔薇の会の皆も思考が飛んでしまう。

 

「何の音だ?」

 

「海底から……何かパイプでも破裂したか?」

 

 ポワソン町の下には海に繋がる洞穴がある、だがそれ以外にら何もない。そもそも管が破裂したとしても、ここまで大きな音が響いてしまう程に大きいものなど無い。

 

 しかし、周りを見ればポワソン町の人々は少し驚いたもののそのまま普段通りの生活を続けていた。

 そんな時だろう、水飛沫と共に何かが現れたのは。

 

「何だ!? 何か飛び出てきたぞ!!」

 

「魔獣……いや、人か?」

 

 それは、ポワソン町にかかる吊り橋へ勢いよく着地した。あまりの勢いに橋がしなるように揺れ、そこに姿勢を崩さずにいる何かが人型であるのも分かる。

 

「はぁ、はぁ? 海底から水が湧くって、フォンテーヌはどうなって……」

 

 何か悪態をついているようだが、その顔は一点を……飛び出てきた場所のみを見据えている。まるで周りの反応を気にしていない、いや集中して聞こえていないのだろう。距離離れていても、その圧をナヴィアは少なからず感じられる。

 

 そして、それが自分達の探していた存在であったのにも気付く。

 

「あれは、行方不明だったバンパー・ローレンスじゃないか!?」

 

 バンパー・ローレンス、メロピデ要塞から消えた囚人。何故ここで、それも急に現れた理由は誰もわからない。そもそも要塞からここは離れている、それを鑑みればなおここに居る理由はわからない。

 

 ただ、当の本人は名前が聞こえた事でようやく周りに目を向ける。

 

「棘薔薇の会? なら、ここはポワソン町って事で……!」

 

 途端に、彼は両手で生み出した大量の水元素を浮遊させる。それも人が生み出すには、水の神の目を待った程度では生成できない量を操作している。

 

「ローレンス殿!? 貴方何を……!!」

 

 その意図はわからないだろう、ただ本人は至って真剣なのが分かる。その理由が誰もわからない、それは次に紡がれた言葉を耳にしてもだろう。

 

 

「全員、上に行け!  

────水から離れろ!!」

 

 

 上に、まるで下から何かが来るかのように。

 離れろ、まるで水が牙を剥いてくるかのように。

 

 その言葉の意図を瞬時に、正しく読み取れたのは。

 

「水って、まさか……!!」

 

 恐らく、ナヴィアだけだっただろう。

 

「早くしっ……!」

 

 彼がまだ緊張感を持たない町民に檄を飛ばそうとしたが、それは叶わなかった。

 その脅威が上がってくる、鉄砲水のように溢れ出してくる。普通とは違う、光る水が全てを飲み込もうとしていた。

 

「きゃあああ!!」

 

「早く上がれ! 胎海の水だ!!」

 

 原始胎海の水、フォンテーヌ人が触れれば溶けてしまう死の水。一応薄ければ発作程度で済むが、煌々と光り輝くそれであれば一瞬で人の形など失われてしまうだろう。

 

「これ、全部は無理か……!」

 

 バンパーの操る水が胎海の水とぶつかり合う。そのおかげでいくらか勢いは殺せたようだが、次に溢れ出る勢いまで同じには出来ない。バンパーの操れるのは自分の生み出した水だけで、溢れ出る胎海の水は逆流させて勢いを殺すぐらいが関の山に見える。

 

「胎海の水……っ!?」

 

「ボス!!」

 

「分かってる! 皆を、早く安全な所に!」

 

 ナヴィア達の拠点、その下から溢れ出す水。すぐに皆が上に行く為に吊り橋を渡り、混乱が始まる。

 

「ボス、急ぎ避難を!」

 

「そんなの後よ!」

 

 棘薔薇の会はポワソン町の皆を救う為に動き始める。鉄砲水はバンパーが橋を水のカーテンで覆っている事で侵入させていないので何とか渡れそうだ。

 しかし、それに対処できていたのは下からしか水が出ていなかったからだ。

 

「原始胎海の水だ! 触れれば溶かされるぞ!!」

 

「うわぁぁぁ!? と、溶けっ!!」

 

「はぁっ!? そっちからもかよ!!」

 

 ポワソン町の外壁からも水が飛び出してくる。ナヴィアが見ただけで3人は溶けた、一瞬であった。

 

「走れ! 走るんだ!」

 

 棘薔薇の会も、フォンテーヌ人だ。避難誘導や怪我人の移送などしているが触れれば死ぬ、消えてしまう。横から漏れたものは慌ててバンパーが防いだ事でその次の犠牲者は出ていない。

 ただ、あくまでもそこから溢れたものにはだ。

 

「もう、至る所から……っ!!」

 

 逃げ遅れたものが、防ぎきれなくなった水飛沫で溶けていく。バンパーは四方から飛び出す水を抑えることに手一杯であり、相殺する余裕も無くなりつつある。

 無理もないだろう。吸収をする事で水位を下げようとしているがその吸収量を上回る量が溢れ出し、常人には不可能とも思える元素の操作能力を持ってしても新たな犠牲者を出さないのが限界だった。

 

「お嬢様! 上へ、皆既に上がっています!」

 

「分かった、行くわよ!」

 

 そんな状況なのだ、ナヴィア達も限界だ。むしろここまで抑え込むバンパーが異常なのだ、街が沈んでいくのを皆見る事しか出来ない。

 ただ殆どのものは何とか間に合ったようで、今は上に上がるためのリフトを待ちナヴィア達が混雑を抑えている。

 

「まさか、ポワソン町を飲み込むまで来るなんて」

 

「俺たちの、町が……」

 

 これが、予言の始まりなのか。

 ポワソン町を飲み込むのは、一瞬だった。フォンテーヌを飲み込むのは現実に起きるのは有り得ない話なんかではない。

 

 それを目の当たりにしてしまい、命の危機が収まったことで皆消沈している。ナヴィアとてその1人だ、しかし今はまだ自分達が避難するまでの時間を稼いでいるバンパーを見てまだ根をあげる時でないと分かっている。

 

 だからだろう、一番冷静で、周りの声がよく聞こえる。

 

「お願いです、下に行かせてください!」

 

「ダメだ、もう下は無理だ!」

 

 忘れ物をしたとは思えない声が、後ろから聞こえる。リフトには乗らず、死の水が溢れ出すそこに向かおうとする声が聞こえてくる。

 

「アデルが! 娘が、まだ下に!!」

 

「アデルって……まさか!!」

 

 ナヴィアは即座に、下に降りた。ポワソン町を一望出来る場所から、即座に最短で駆け抜ける。

 まだ、水の及んでいない場所に1人の少女を見つけたからだ。

 

「見落とした!? あっちを任せたナズリは何を……!!」

 

 マルシラックとシルヴァも遅れてやってくる。棘薔薇の会も緊急であるが故に即座に展開し人命救助に動いたのだ、最優先は如何に早く町の人々を上に逃がせるかどうか。その過程で町の皆や仲間の誰が消えたかなど把握していなかったし、自分の命を考えるのに精一杯だっただろう。

 本来なら落ち着いた瞬間に確認をするのが最善だったのかもしれないが、あの状況で誰が生きていて死んでいるかなど把握している時間など殆どなかった。

 

「何やって……?! 待て待て、こっちは余裕が……!!」

 

 結果としては、変わらない。ただナヴィアはまだ助かる命の為に、死の水が飛び回る町を駆け抜けている。

 

「ボス、いけません!!」

 

「アデル!!」

 

 ナヴィアはアデルを抱え上げた、逃げる時に転び踏まれてしまったのか足は青い跡があり走れそうにないだろう。気を失い、今の今迄誰にも気づけていなかった。

 

「お嬢様!!」

 

 マルシラックとシルヴァにはナヴィア程の身体能力は無いし、神の目も無い。ギリギリ追える所まで2人は追ってきたが、その判断は正しいだろう。ナヴィアが抱えたのとほぼ同時に、その場を胎海の水が浸水している。

 

「私が保たせる! さっさと行け!」

 

「ありがとう! バンパーさん!」

 

 だが、それには飲み込まれない。辛うじて意識を割いているバンパーが回避出来ない水飛沫を水のバリアを貼る事で防いでいるからだ。しかしそのリソースの殆どは上への守りと暴れ回る水の制御であり、よくナヴィア達に力を裂けていると褒められるべき事だ。

 

 その間に、ナヴィアは岩元素を使いながら上に向かっていく。少女1人抱えていても、大斧を振り回す事も出来る彼女にはこの程度造作もないだろう。

 直ぐに、マルシラック達の居る安全圏まで近づけた。

 

 その時だった。

 

「うぐっ、やっば……!!」

 

 ナヴィア達よりも限界なのは彼の方だろう、自分を守るのではなく誰かを守る……それも多くの人を、慣れていない彼の負担は大きかった。

 最初に勢いよく着地した吊り橋を足場にしていたのも災いだった、そこにナヴィア達を庇う為着地していた。

 そして、鉄砲水が斜め上から噴き出して来た時に対応出来ずそれを喰らい水に落ちていく。

 

「バンパーさん!!」

 

 ナヴィアが振り返る、そこには当たり前のように空中に浮遊して新しい脅威にリソースを割いているバンパーがいる。しかし、彼はこの程度では致命傷など負わない。仮にも雷神と500年戦った男である、長期の水中の潜水の影響があるが故に吸収しきれず抑え込むに至らないものの、魔神に最も近い人間だ。

 

「止まるな! こっちの心配は……っ!!」

 

 しかし、そんな事をナヴィア達が知る由など無いのだ。

 

「やだ、嘘っ……きゃあああ!?」

 

 反射的に振り返り、足を止めるまでは行かずとも駆ける速度が緩み集中が散ってしまった。その瞬間、彼女の足場が崩れ落ちて行く。ただでさえ水が侵食して至る所で土砂崩れのようなものまで起きているのだ、彼女が勢いよく掛けていた踏み場も脆くなっている。

 

 故に、そのまま彼女は水面に落ちて行った。

 

 それを目にしてバンパーも即座に水元素を構える。己の防御も削って救おうと動き出している。だが、それが手遅れなのは本人が1番気付いている。

 

「(最悪だ、私は間に合わない……っ!!)」

 

 バンパーは瞬間移動する能力はあるが、アレは結界の展開時間がかかり瞬時の回避や救出が出来ない。至る所に展開している水元素も胎海の水と混ざり合っているので拾いには行けず、自身から生成した元素で拾うかそのまま自分の速さを最大にして拾い上げるのが最速の救助行動だろう、それが間に合わない。

 

 彼にまだ周りを把握するリソースが残っていれば、彼女が彼を信頼しきり背を向けて駆け抜けていれば、落下の保険として無理をしてでも純水を展開していれば、この悲劇は防げたかもしれない。

 

 ただ、そうはならないのだ。結果として2人の人間がまた、新たな被害者となる。

 

「ボス、離さないでくださいよ!」

 

 ただし、それはこの場にナヴィアとバンパーしか居なければの話だ。彼女付き人であるシルヴァとマルシラックは、足場が崩れた瞬間にはナヴィアの方に飛び込んでいた。

 そして、最初にシルヴァがナヴィア達を掴み力の限り落下の速度を落とすように投げる。

 

 彼女達の代わりに、水面へ大きな波紋が一つ出来る。

 

「バンパー殿、お嬢様を頼みます!」

 

「っ、分かってる!」

 

 次いで、マルシラックも掴み力の限り投げた。ただそれは落下の速度を落とす、死を瞬き程度遠のかせる抵抗だった。マルシラックもまた、水面に飛沫をあげて飛び込むんだのと同時にバンパーがナヴィアを拾い上げて上昇する。

 途端に、バンパーが抑えていた噴き出し口から流入した水によって先程までの足場が完全に水面に沈んでいく。

 

「だめ! 嫌っ! 嫌よ! 2人とも!!」

 

 ナヴィアと少女を抱えたバンパーは、振り返らない。彼女は自分の故郷が、家族が、思い出が、予言に沈んで行くのを見る事しか出来なかった。

 

 ☆

 

 正直言って、ここまで気分が最悪なのは久しぶりだった。

 

 私の力不足でポワソン町は沈み、気の張りようでは救えたかもしれない命まで溢れ落ちた。水を抑えるのに手一杯だった、棘薔薇の会に人命救助のリソースを完全に任せ、人の気配を疎かにしたが故にナヴィアさんを危険な場所にまで走らせ、更に2人が死んだ。

 

 いつも何やかんや言いながらも、どこか自分が後先考えないぐらいに力を使えば救える、問題を解決出来ると心のどこかで思っていたらしい。だから、思っているよりダメージが大きい。

 

 しかし、それは私が1番じゃない。本来なら喚き散らして恨み辛みを延々に唱えていたいが、それをするのは苦しさが1番じゃない私のして良い事じゃない。

 

「あ、ああ……バンパーさん。アレだけのことをしたんだから、まだ休んでてよかったのに……」

 

 目の前には、ナヴィアさんがいる。ポワソン町が水に沈み、その水は引いたとは言え飲み込まれたものは帰ってこない事を1番に理解している人がいる。

 いつまた水が襲ってくるかは分からない、皆の故郷には戻れない事を。そして、その供養すらままならない事も。

 

「ポワソン町の人は、皆とりあえず……避難の目処はたったわ。バンパーさんからのモラは全部使っちゃったけどね」

 

 ナヴィアは今、ファデュイの力を借りて避難民達を鼓舞しながら様々な手続きをほぼ1人でこなしてここにいる。既に日は沈み、彼女の顔は影がありよく見えない。

 

「水は引いたけど、今のポワソン町は戻れないしね。それに、戻れても……」

 

 目の前に、故郷がある。でも届かないのだ、もしかすれば二度と訪れることのできない別れでもあるかもしれない。

 

「それに、溶けた皆んなは……もう……」

 

 彼女は今、墓地にいる。私が色々と副作用でやられていた間に、彼女は全てを済ませてここにいる。その意味を、わからないわけではない。だが、今ここにいても気が沈んでいくだけなのもわかっている。

 

「私達、予言を何とかしようと思って打ちのめされた。バンパーさんを助けようと思って、助けられた恩を返そうと思った矢先に……また、助けられちゃった」

 

 途端に、彼女の声が震えだす。抑えきれない濁流が、皆の前では出せなかった感情が溢れ出す。

 

「ねえ、パパ。私、どうしたら良いの?! 私を守るために2人が居なくなって! ポワソン町やみんなも守れなくて! もう、どうしたら良いのか……!!」

 

 彼女の前に、誰が眠っているのかは察せる。彼女の家族を見たわけではなかったし、彼女を見る目がボスというよりはそれ以外にも混じった眼差しが多かったのにも気付いている。

 審判の時に、父親を奪われたのを知っているのだ。そこには棘薔薇の会を率いた栄光の時代を知る父親がいる。

 

 だが、予言に打ちのめされた。今の彼女はそんな家族をまた失ったのだ。

 

「私だって、守りたかった! でも、私1人じゃ誰も救えなくて! あの2人を、パパの隣に埋める事すら出来ない!!」

 

 旅人なら、救えたんじゃないか。そんな気持ちが私にもある。10人も犠牲者を出さずに、旅人ならば全て救えたのではないかと。

 だから彼女にかける言葉が分からない、慰めるような言葉は吐けない。

 

「ナヴィアさん、ここに居たら冷える。先ずは仮住居に……」

 

 逃げだ、この言葉を吐く私の弱さがよく分かる。時間以外に痛みを和らげる方法を知らないから、こんな言葉しか言えない。優しさで傷に触らないんじゃない、拙さで傷に触れないのだ。

 

「……ナヴィアさん」

 

 私は、弱いと思う。ただ弱いからそれを勘定に入れた打ちのめされ方をしてる。辛いが、死にたい程じゃない。

 逆に彼女は強かったから打ちのめされている。全てを投げ捨てたくても出来ず、死すら救済に感じるような絶望が彼女を覆っているのだ。

 

 そこから、暫く時間が過ぎる。彼女の啜り泣く声だけが響き、ただ私はその隣で立っている事しか出来ない。今の彼女を一人にしてはいけないが、隣で何をして良いのか分からず何も出来ない。

 

 このままじゃ、埒が開かない。このまま彼女をどうにかするのは私なんていう他人には出来なかったのだ。彼女が居ないと気付き直ぐに探したが、その前に彼女を慰められる誰かを探すべきだった。

 

「何か、腹に入れよう。少し探してくるから」

 

 私はスープか何かあったまる物を探しに行くついでに、彼女と気心を知れた誰かを探しに向かう。

 私なんていう災いの種が居たせいでポワソン町が襲われたなら最悪だ、いつもは否定するそれすら今は噛み砕けない。そんな弱い私が立ち去りたいのだが、何故か去れない。

 遂に足まで思い通りに動かないか、などと思ったが違う。袖を引っ張られている。

 

「バンパーさん、お願い……」

 

 啜り泣いていた彼女の声が、か細く響く。それでも鈴を転がしたような声だ、こんな精神状態じゃなきゃ彼女に欲情していたかもしれない。でも、私はそこまで人間を辞めていないらしい。

 

「今日を、今日だけ忘れたい……明日からはまた、棘薔薇の会のナヴィアになるから……もう、忘れたりなんかしないから。だから、今日は……今日だけ……」

 

 彼女が立ち上がり、私の胸に頭を預ける。身嗜みを整える時間なんかなく、忙しなく動いていた筈の彼女だが花のような透き通る匂いがしてくる。

 こんな時であるが、ナヴィアさんが魅力ある美女である事を実感しているらしい。ただ、だからと言って心は冷めている。

 傷心中の彼女に、今日を忘れさせるような方法は一つ思いつく。ただ、私がそれを実行することは無いだろう。

 

 仮にするとしたら、予言を粉砕した後である。

 





次回 ナヴィア回(後編)



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