※この作品はR-18です。

私は人間(倫理観)を捨てるぞ、旅人!!   作:札幌ポテト

36 / 45

ナヴィア回(後編)

 長くなってしまいました、それだけフォンテーヌが濃いので仕方ない。伝説任務のネタバレもあるからご注意を。

※街や土地の設定はゲームに準拠しますが、スケール(人の数や距離感)に関しては大きくなってます。ご了承下さい。


良い加減、お嬢様ボスにエロい事したい!

 

 ナヴィアは、あの事件を少しだけ忘れたかった。自棄にも少しなっていたのだ、だから身を賭して皆を助けたバンパーになら無茶苦茶にされても良いと思っていた。それで気が紛れてくれるならと、大切な人に取っておくもの捨てようとした。

 

 しかし、二人は同じテントに入りはしたもののそのような行為は無かった。

 ただ「今日は寝よう」「悪夢が来ても側にいる」と彼は彼女の手を握り、寝静まる時もその温もりは消えなかった。

 

 久しぶりに感じた温もりは、悪夢を遠ざけてくれたのか悪い夢は見なかった。むしろかつての父、そして記憶にも無い母が談笑し棘薔薇の会が盛り立てられている幸せな夢も見れたほどだ。

 

「……そんなわけ、無いのに」

 

 凄惨な事件から、一夜が明ける。理想が押し固められた夢から覚め、現実を見る為にナヴィアはゆっくりと起き上がり、少しだけ周りを見る。

 だが彼女しか居ない、昨晩は隣にずっと居てくれた彼は居ない。

 

 握られていた片手を見るが、もう温もりは冷めている。夢と共に霧散してしまったらしい。

 

「(朝起きた時も、居て欲しいっていうのは……我儘だよね……)」

 

 ナヴィアは今度こそ現実と向き合う。彼女の昨日しなければならない仕事は方がついたものの、まだまだ自分に出来る仕事はあるからだ。水に溶けた人も、襲われた町ももう戻らない。

 

 彼女はこれ以上、失わない為に起き上がる。すると程なくして、外から聞き覚えのある異国の来訪者達の声が聞こえてくる。軽く身嗜みを整えてから、彼女は声の元へ向かうと。

 

「ナヴィア!」

 

「パイモン、相棒も……」

 

 旅人達がいた。どうやら昨日の事件があって直ぐに来てくれたらしい、メロピデ要塞に潜入していると話も聞いていたがそれは何としたようだ。この2人のことだ、何かしらの戦果を持ち帰って来たのかもしれない。

 

「無事で良かった、一先ず何かあれば僕が抑えるから。ヌヴィレットも直ぐに来る」

 

 心強い、ヌヴィレットと彼が居ればポワソン町の皆も安心出来る。仮に水が襲いかかって来ても、この2人なら守り切れる信頼もある。

 しかし、今のナヴィアは彼らが来たことで逆に孤独感を感じてしまう。

 

 それは、パイモンも感じ取ったようで。

 

「な、なぁナヴィア。マルシラックとシルヴァはどこに……」

 

 いつも居るはずの、2人が居ないのだ。後ろから彼女を盛り立てる、ナヴィアを必ず支える2人の姿が見えない。

 故にナヴィアは、今頃ヌヴィレット達に届けられているであろう現実を呟く。

 

「10人、溶けたわ。転んだり落下したりして怪我した人は……もっと居る」

 

 ポワソン町では、行方不明者が10人出ている。皆水に溶けた、子供も溶けたし混乱の中で踏まれてしまい意識が戻らない子も居る。誰かが治療をしたらしく怪我人は皆一命を取り留めているが、それでも良いニュースとはならない。

 

 皆怯えているのだ、次は自分ではないかと。人が抗うには余りにも無謀な水というものに。

 

「私が子供を助けようとして、その時に庇われて2人は……」

 

 マルシラックとシルヴァは、ナヴィアにとって最も近しい家族であった。それは互いにそうであったからこそ、ナヴィアを助ける為に命を投げうった。

 ナヴィアとて、助からなかったかもしれない。それでもあの2人は最後に見せたのは悲痛な顔色などなく、ただ彼女の力になれた事に満足したものであった。

 

「でも、バンパーさんが居なかったらもっと酷い事になってたから。あの人には凄く感謝してる……相棒の仲間は、みんな凄いね」

 

 対して自分は、なんなのか。そんな言葉が裏に透ける。

 

「バンが、来てたの?」

 

「うん、まるで水神のように水元素を使って……色々と慰めてくれたり、彼って本当に紳士な人で……」

 

 言葉が、徐々に萎んでいく。ただそれはポワソン町を助けに現れた上で、更にナヴィアを慰める気遣いすら見せた……余りに彼女が求めていた救いであったからだ。

 そこまでの事をする彼を見て、彼女は自分を頑張ったと慰められない。元々そのような性格でなくとも、一層彼女に現実を向き合わせてくる。

 

「ナヴィア……」

 

 無理をしている。それは旅人にもわかる。

 今にも全てを吐き出させた方が良いのかもしれない、しかし彼女はそれを良しとしないだろう。何故なら彼女が棘薔薇の会の会長だから、それが今は許されないから。

 

「大丈夫、私は棘薔薇の会のボスでポワソン町の皆んなの拠り所なんだから。泣き言も泣き顔も、家族の為にしか出ないのよ?」

 

 はにかむ彼女の笑顔は眩しいが影がある。何とかして力になりたい、予言をなんとかしたいと一層旅人達が気を引き締めていると。

 

「おや、外に出たと聞いたが……君の方か」

 

 後ろから、聞き覚えのある声が響く。振り返ればそこに白と黒が印象的に映る、ファデュイの執行官がいる。

 

「召使? なんでこんなところにいるんだ?」

 

「おはよう、順調に進んでる?」

 

 パイモンとナヴィアが、ほぼ同時に反応する。「え?」とパイモンはナヴィアを見るが、それは気にせず恐らく報告のためにやって来た召使が話を始める。

 

「ナヴィア嬢からの資金援助のおかげで、予定より早く目処が立った。順調に部下達は避難の支援を進めている」

 

「うん、本当にありがとう」

 

「ポワソン町はまだ胎海の水が残っているものの、殆どが引いたようだ。しかし比較的新しい痕跡が見つかった、行方不明者の後追いが居ないかは現在点呼を取り直している」

 

「……分かった、入り口は何人か人を立てるわ」

 

 話のテンポや流れからして、今あったばかりではないだろう。そして交わされる言葉の中身も、おおよそ2人の関係を察せられる。

 

「2人は、知り合いなのか?」

 

「偶然の出会い……って言うのも少し違うかもしれないけど」

 

 ただ、予言の為に戦う者達だ。

 

 ☆

 

「なんか、ファデュイってだけで悪人と思ってたのが悪く感じて来たぞ……」

 

 パイモンが話を聞き終えると、バツが悪そうにする。しかし召使はそれを気にした様子はない。

 

「少なくとも、私は来たる予言への災いを防ぐ意思がある。私達が棘薔薇の会を支援したのはそれに対する実践の第一歩に過ぎない、負担を感じる事なくこの誠意を受け取って欲しい。

 それに、いつの日かナヴィア嬢に私が助けてもらう日が来るかもしれないからな」

 

 ファデュイは被災したポワソン町の援助に現れた。避難誘導や救助活動、食事の支援といった形でフットワークが軽い召使の部下達が動いてくれたのだ。

 その目的は予言の為とは言うものの、ポワソン町の助けになっている。

 フリーナを襲ったりバンパーを執行官へ勧誘を試みたいなど気になる事はあるが、予言に対する誠意は感じられた。

 

「あなたは予言の為に動いてくれてる。それだけで感謝してる」

 

「受け取っておこう……そろそろ避難民の確認も取れる頃だ、私は戻るとする」

 

 ナヴィアにとって、確かな力となっている。故に感謝の言葉を伝えた、一応は腹の探り合いはした後なので警戒を解いている。

 ファデュイと棘薔薇の会は関わりを持っていなかったのだから当たり前と言うが、この猫の手も欲しい棘薔薇の会でも冷静に悪手なのかを判断するナヴィアには召使は好意的に映っているらしい。

 

 そして先程の行方不明者、後追いの自殺者が居ないかの確認に戻ろうとする。二次災害は難民の心にも広がる、それを止めるのも支援の一環なのだろう。

 

 ただ、そんな去ろうとしていく彼女をパイモンが呼び止める。

 

「あ、召使! お前さっきオイラ達以外の誰かを探してたのか? 忙しそうだし、手伝ってやろうか?」

 

 それを聞くと、彼女は止まる。確かに会った時に『君の方か』と言っていたので別の誰かをナヴィアを通じて探していたように感じられる、それもナヴィアが態々時間を作って会いに行くような相手だと。

 

「そうだな……旅人、パイモン。もう一つ要件がある。ナヴィア嬢も、下がらなくて良い話だ」

 

 すると、彼女は振り返り何かしら逡巡したのか腕を組むと3人を見る。

 

 ただ、旅人はその探し人に察しがついている。

 

「本当はバンパー殿にも顔を合わて話したかったが、私は警戒されている。都合がつけば君達から話して欲しい」

 

 召使は、予言に対する切り札と認識しているから。

 

 ☆

 

 ポワソン町から近い場所にある古い遺跡の発見、それが召使から齎された新しい情報であった。

 旅人とパイモン、そして仕事を他に回せる事が出来たナヴィアはそこに向かうことが決まる。

 最初こそバンパーも誘い皆で探索を行うつもりでもあったが、彼は昨夜から行方が分からず見つからなかった。恐らく脱獄をした事で身を隠したのだろうと言われているが、旅人としては元素の副作用を治める為にどこかで休んでいると考えている。

 

 故に、3人で向かう運びとなった。ただその中でも1人だけ、面持ちが重いものがいる。

 

「(私が、頑張らないと……私が……)」

 

 ナヴィアだ、彼女はここへ自責に駆られて来ている。ポワソン町を守る事も予言について対抗する事も出来なかった彼女は、その責任を大きく感じているのである。

 誰が居ても結果は変わらなかった、少なくともヌヴィレットでも居なければ被害は0には出来ない。そんな事を分かっていても、彼女は動かないでいる事は出来なかった。

 自分が動いた事で結果としては、自分の命と引き換えに2人が居なくなってしまったのだから。

 

「うわっ、この下……胎海の水がいっぱいだぞ!」

 

「落ちたら終わりね」

 

 それに、今休んでしまえば噛み砕けていない2人の事を考えてしまう。今はまだ考えられない、考えればナヴィアは壊れてしまう。だから自分を動かした、その間はあの2人のことを考えなくて済むから。

 マルシラックとシルヴァは居なくなってしまったのは分かっているが、それを彼女は飲み込めるのは予言と戦っている時には難しい。

 

「(ここにポワソン町の皆を安心させる……予言について近づける何かがある筈。それを持って帰れなきゃ私達以外に悲劇が起きる、そんな事をさせるわけにはいかない)」

 

 ナヴィアが今動いているのはそれを考えない為、だがそれだけではない。棘薔薇の会のナヴィアとしても、動いている理由がある。

 

「ナヴィア、足元気をつけろよ。ここ古いしグラついてて危ないからな!」

 

「そうね、気をつける。でも、本当に古い場所……500年ぐらい経ってるのかしら」

 

 3人は遺跡の奥へ奥へと向かっていく。胎海の水が広がるここをフォンテーヌ人であるナヴィアが通るには危ないのだが、見つけたのがある程度進んだ場所であったが為に逆に戻るのは危ないとして同行が続いている。

 

 ただ、自分の命がかかっているとしても彼女は歩を進める事を止めなかっただろう。あの2人のように。

 それに、次が起きればそれはナヴィアだけでなく全てのフォンテーヌ人が居なくなってしまうだろう。

 

「(フォンテーヌ邸にはポワソン町の比にならない人が居る。それにバンパーさんが必ず居るわけじゃない、誰かのピンチへ必ず助けに来る都合の良い人でも……神でもない)」

 

 それに、また彼の手を煩わせるような事をしたくないのだ。これは彼女の意地でもあり、覚悟でもある。だから彼女は歩み続ける。

 何も無い墓であっても、いずれはポワソン町を守れたと……棘薔薇の会のナヴィアとして自分は最後まで貫けたと言うために。

 

 そんな中で、旅人が中央に佇む塔を見る。

 

「あそこ、あからさまに何かありそうだけど……」

 

 しかし、言い淀んでいるのはその周りが胎海の水で満たされているからだ。

 

「行きましょ、私は気にしなくて良いから」

 

 ナヴィアはそう言うが、彼女をここまで連れて来たのは退路の判断が出来ず出口が先にあるかもしれないと考えたからだ。旅人とナヴィアではこの危険度が違う、しかし彼からしても彼女の意思を無視は出来ない。

 

「分かった、行くよ」

 

 旅人はその気持ちに応える。だが、それは彼女を死地に送り出すなどというわけではない。

 

「でもナヴィア、一言だけ」

 

 彼女を前にして、旅人はここに居ただろうもう1人のことを考えながら前を向く。

 既に戦い、守り切れずにいた彼がこのまま終わるとは思えないからだろう。アレはかなりの負けず嫌いだ、負けても良い負けや処世術としての敗北は受け入れても、本当の敗北は絶対に許さない。

 

「予言と戦ってるのは、僕も一緒だから」

 

「オイラもだぞ!」

 

 パイモンも続けて、励ますように応える。ナヴィアは1人ではないと、ここにも仲間はいるのだと。

 

「……ありがとね、2人とも」

 

 ただ、世界はこの決意を固めた3人であっても優しくはない。誰に対しても平等に、それでいて理不尽に奈落に突き落としてくる。

 

「待って、まさか……」

 

 3人が橋を渡り、その中腹まで届いた時だった。

 慈悲など運命には無い、あるのは現実に付き合わせる非常さだけだ。目の前に予言に対して、死んでいった皆を背負った彼女に容易く死を向き合わせる。

 

「あっ、橋がっ!!」

 

 橋が崩落していく。

 

 走り抜けようにも脆いそれは上手く踏み込めない。

 

 旅人とパイモンは、ギリギリ橋の崩落から逃げきれそうだ。

 

 棘薔薇の会のナヴィアは、踏み込んだ場所が今崩れた。

 

 気付き反転して旅人が彼女に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、飛沫をあげて水面に落ちた。

 

 ☆

 

 ナヴィアは、強い人間だ。しかしその強さが必ずしも良い事に働くわけではない。

 ここにいるのはその強さがあるからであり、それは危うさでもあった。

 

 彼女は崩落に巻き込まれてしまい、途端に現れた浮遊感……そして数瞬後に感じた水面の柔らかさを感じ、自分がどんな端末を辿ってしまったかを察してしまう。

 

 自分は、死ぬ……いや、もう死んでいると。

 

「私が……私が、頑張らないと……」

 

 譫言のように、彼女は霞んだ視界の中でまどろんでいる。立ち上がらなければと思いつつも、意識がはっきりとしないせいで意思だけで自分を奮い立たせようとしている。

 

 だが何故か、体の外から暖かさを感じている。

 

困りますな。お嬢様1人を拠り所にしては、カーレス様達に叱られてしまいます

 

「あはは、パパだってそうだった癖……に……」

 

 聞こえるはずのない、もう亡くなってしまった幻聴まで響いてくる。父親だって無茶をし、挙句に死んでしまったのだ。自分の最期と変わりないじゃないかと、だが……ナヴィアは辛うじて残る意識でか細く答える。

 

「大丈夫……だって私は……」

 

 こんな所で、死んでられないのだ。彼女は死神の誘いには乗らないと、必ず戻るという気を張り意識を戻していく。

 すると、少しずつ視界も回復していき遺跡の中の暗さを感じ始める。少し離れた高台には旅人らしき人掛けもあり、どうやら現実には戻れたらしい。だがこんな幻聴が耳に響いてくる程、自分は追い詰められているらしい。

 

「ちょっと疲れちゃったかな……」

 

ボスは張り切り過ぎなんです、そこが良いところですけど」

 

「……え?」

 

 しかし、何故か耳も明瞭に声が響いていく。夢から覚めたのだから、消えずとも遠のくはずのそれが聞こえる。そして漸く、今の自分がどんな状況にあるのか彼女も察し始める。

 

「ま、マルシラック……? それに……」

 

 固い地面で彼女が体を預けていたのは、父親の代から棘薔薇の会を支え、彼女にとっては右腕とも言えたマルシラックだ。

 あの時に、自分を庇い目の前で水に溶けた1人だ。

 

 そして、もう1人が隣から顔を見せている。

 

「ボス、話は後でしょう。今はポワソン町と皆んなを助ける時なんです、その為の俺たちでしょう」

 

 あの時に溶けた筈だった、居なくなってしまった。

 自分を助ける為に命を投げ打った2人が、そこにいる。

 彼女の沈んでいた心の中で彼女を鼓舞させていた2人が、そこにいる。

 

「シルヴァも? 何で? 2人とも、水に……」

 

「お嬢様の後継を目に出来る日まで、私は隣に付き添わせていただきたいですからね。向こうの土産話に、カーレス様も孫の話は聞きたいでしょうし」

 

 これが夢ではないのは近づいてくる旅人達の反応からして、間違いない。それを理解した瞬間には、彼女の体は動いている。

 

「ボス、遅れましたが今から仕事に……ちょっ!? ボス!?」

 

 確かに触れる、確かにそこにいる。離れてしまった家族、突然途切れた繋がりがそこから感じる。

 

「勝手に! 居なくなるんじゃないわよ!! 

 ────寂し、かったんだからっ!!」

 

 抱きついた彼女がそれを実感し、落ち着くまでは時間がかかりそうだった。

 

 ☆

 

 予言について、色々と事件は起きた。

 

 ただ結果から言えば、フォンテーヌは乗り越えたのである。そこに至る経緯は色々とあるが、ナヴィアの視点としてはポワソン町が襲われた後にフリーナの隠し事を解き明かす為の審判が開かれ、その後に予言を引き起こす原因の化け物『呑星の鯨』が襲って来た。

 

 そして化け物は誅罰され、フォンテーヌ人が純水精霊から人間へ完全に変わった事で水に呑まれても滅ぶ事はなかった。

 胎海の水に溶ければ死ぬのではなく、純水に還る……と言っても人に戻れないのだから死と同義とも言える。色々と過程はあるが、呑まれた人は戻って来ている。

 

 ただ、その功労者であるバンパーは未だにフォンテーヌへ戻って来ていない。

 

「はぁ……」

 

「お嬢様、お疲れのようですね」

 

「色々な事が起き過ぎて、もうね……」

 

 予言は終わった、しかしその被害は大きかった。あのバンパーですら連続少女失踪事件の人間は取り戻せなかったし、ナヴィア達としても町が水に沈むだけで途轍もない被害だ。それはフォンテーヌ邸も同じなので未だに復興中で、それは時間がかかる。

 ただ幸いな事に資金はフォンテーヌの行政からの補填があったので棘薔薇の会の資金も合わせて復興は順調に進んでいる。

 

「バンパーさん……」

 

「ボス、それ呟くの今日で5回目です」

 

「っ!?」

 

 ただ、色々な事で彼に世話になったのだと皆知っている。特に棘薔薇の会は被害者を取り戻すという偉業を成し遂げられたおかげで被害は街だけに留まっている。

 

 しかし人的な被害が無くとも最近迄皆余裕がなく、会長であるナヴィアもその筆頭で、漸く落ち着いてきた事と2人の前である事で気が少し緩んでしまったのだろう。

 

「ボス、貴方の気持ちはわかります。たった1人でポワソン町を救い上げ、予言もほぼ1人で解決したんです。更にはフォンテーヌの全てから非難されたフリーナ様を庇うような姿を見せられたら……慕ってしまうのも仕方ないと思いますよ」

 

「べ、別に私はちょっと色々してもらったお礼を考えてるだけだから! バンパーさんに対してその、棘薔薇の会のボスとして! 私はあくまでも、棘薔薇の会のナヴィアとして感謝してるだけなんだから!!」

 

「……そのスタンス、辛くないですか?」

 

「だ、だって! 私は、予言に何も……それに、私は……」

 

 ナヴィアはあの時に比べて遥かに元気を取り戻した。しかし完全にではない、ボスとしての自信……いや自分としてしての自信を失っている。

 

「お嬢様の心遣いは棘薔薇の会を取りなしていた、クレメンタイン様を思い出させてくれます。彼はあの時、我々とは相対する立場を取られました。ですが、予言に対して動いていた気持ちは変わりませぬ。

 それにお嬢様の想うそれが、バンパー様の気持ちであるとは限らないのですよ」

 

 バンパーは、あの時を含めてナヴィアの命を三度も救った。シルヴァとマルシラックを連れて助けに来たのに顔も見せず、フリーナの裁判まで姿を現さなかったので、しっかりとしたお礼も言えていない。

 

 それに、バンパーはフリーナを守る立場を取ったのだ。あの時は確かに相対した立場、彼にとっては敵となるような立場であったのが彼女の心を曇らせている。

 

「迷惑とか、思われたら……バンパーさんに、嫌われたりしたら嫌で……こんな事、考えた事が……いや、お礼の事だからね!? その変な目やめてよ!」

 

 ちなみに、ナヴィアがどういう状態かと言えば少しぐらい彼女の人柄など知ってさえいれば分かるほどに一喜一憂が最近激しく、周りからは『棘薔薇の会の冬の時代がいきなり春になるかもしれない』などと噂になっている程度には浸透している。

 

 なお、本人はバレてないと思っている。それをマルシラックとシルヴァだけでなく、棘薔薇の会の会員が生暖かい目で見るのが最近の日常だ。

 ただ、それだけ平和となったとも言える。

 

 不義のカーレス、父親の汚名は拭えた事で今は棘薔薇の会としては追い風となる事が多く、復興と再建で難所であるこの時期も被害者がゼロという事実が皆に力を与えむしろアグレッシブなポワソン町としてより大きくなる見通しだ。

 

 それもこれも、功労者が誰かを皆知っている。

 

「カーレス様とクレメンタイン様の銅像、先の被害に対した補填が多く入った事で余裕がありましたな」

 

「ああ、少し素材も安くなってて予算に余裕がある。それに寄付も今はかなり集まってますから……一つどころか二つは増やせますよ」

 

 現在、先代達の銅像を建てる計画が始まっている。蔑まれていた彼に対する贖罪として町の皆が寄付してくれたのだ、更には棘薔薇の会へ補填された予算も潤沢と言わずとも融通が効く程度にはある。

 

 ナヴィアの気持ちをとっくに、それこそバンパーにまた助けられたと安堵した彼女を見てから察している2人は同時に彼女の方へ顔を向けると。

 

「ちょ、ちょっと!? 確かに、バンパーさんにはお世話になったけど……!」

 

 流石の彼女も「私達の町に貴方の銅像を建てるわね!」と言う勇気迄はない、最悪の場合は重い女と思われるだろう。更には少なからず隠せない気持ちが暴走しかねないので、2人に他の代案を考えてもらおうとするが。

 

「ではお嬢様、バンパー様が戻られたあかつきにはしっかりと写真に納めて頂きますよ。ポワソン町の英雄の像は皆喜んで祀って貰えますからね」

 

「私が言うの!? いや私だと思うけど!! それ頑張らないとダメ!?」

 

 結局、そのままバンパーの銅像が建てられる運びとなった。ナヴィアが戸惑いながらもそれを支える、棘薔薇の会が帰って来たのであった。

 

 ☆

 

 私の名前はバンパー、色々とあり……本当に色々とあり予言をぶっ飛ばした一般冒険者である。

 まあ、私がそんな善行積むような聖人でないことは私が1番理解している。

 

 全ては、私が『気持ち良く』気持ち良い事をしたいからだ。と言うかここまでやった理由の8割以上がナヴィアさんにえっちぃ事をする為だ。カスでもクズでも好きに言うと良い、私はあの未亡人みたいな死を待つだけの彼女から感じた色気……エロスを万全な状態で迎え入れたい。

 あの状態でエロい事をして後味が悪くならないわけがないのだ、絶対に全てを幸せで埋め尽くしてやる、その後でやる事をやる覚悟をあの時に決めたのだ。

 

 多少蔑まれても良い、私の積み重ねた聖人ポイントがマイナスになっても良い。ただ、あれ以来誰も抱けてなくてムラムラが止まらないのである。でもなけなしの良心が『フォンテーヌも修羅場ならん?』と言ってる、それには一理あるのでメロピデ要塞では処女を奪うなんて出来てない。

 

 元々フォンテーヌじゃ手を出すのは控えるつもりだったのだ。ここに来てから最後までしたのも2人しかいない、それ以外は可愛らしいセクハラ程度で済ましている。なのでそろそろ、1人は手を出したい。

 

 でも私はポワソン町の正気失って水になってる奴ら皆を殴り飛ばして人間に戻したし、胎海の水に落ちそうになってた彼女を前回の反省から超高速での水流の射出で受け止めて助けたし、呑星の鯨とか言う果てしない化け物をボコボコにしたし、やっても良いんじゃないだろうか。

 

 何なら少しぐらい私に惚れたりとか……は、ないのが残念だけど。だって私はイケメンじゃないのだ、旅人とかの方に惚れてるだろう。相棒とか呼んでるし、今頃1発やってたら浮気してるって報告して申鶴を3回はぶつけるけど。

「私のだぞ!?」とか言う気はないが、私が最初じゃないかな。旅人には是非とも順番というのを理解して欲しいが、分からなければ申鶴を何度でもぶつければ良いか。

 

 どちらにせよ雷電将軍からの伝言の件で申鶴はぶつけるのは決まってるので、彼女には前より強い媚薬を渡してあげようかな……そんな想いを持ちながら、私はメロピデ要塞のとある場所で談笑────もとい、尋問をされている。

 

「おいバンパー、頼むからもう女性看守を怒らせるなよ」

 

「手は出してないです、向こうが覗いてきたから代わりに見せて貰っただけです。等価交換です」

 

「これがフォンテーヌ救った英雄の姿か……?」

 

 目の前のリオセスリ、もとい公爵さんは何か頭を抱えてる。そこまで悪いことはしてない筈なのだが。

 

 私は現在、色々とありメロピデ要塞で囚人をしている。割と模範囚なので刑期は少しずつ短くなっていたのだが……少し発散の為のセクハラが積もったらしく問い詰められている。

 

「あ、公爵さん。刑期も長引いてきましたし、手紙とか出せますかね?」

 

「誰のせいで長引いたと思ってるんだ?」

 

「……ヌヴィレットさん?」

 

「違う」

 

 着替えてたら入ってきた時にパンツ見られたので金(メロピデ要塞での貨幣)払うかパンツ見せるかしろって言ったらパンツ見せて来たので軽く腰を抱き寄せながらベッドに押し倒して『今度間違えたら、反省させるからね?』ってお腹に手を当てて優しく撫でただけで解放してあげたのに、私が何をしたというのか。

 割とみんな! 満更でも無い顔してたのに! 

 8人ぐらいの看守さんしか押し倒してないのに、ちなみに皆反応が初心で可愛かった。

 

 おかしいな、制帽の会とか変なことしてる奴らは軒並みボコボコにして割と要塞内は平和に……もとい、私にちょっかい出してくる奴は居なくなるぐらいには看守さんの仕事は減らしたのに。ちなみに誰1人として一晩だけでも抱いてください的なイベントが無かった、かと言って私から言いよると看守さんに怒られるので看守さんに悪戯(セクハラ)して遊んでいただけなのに……。

 

 ただ、なんかまた刑期が伸びた。本当は数日で出れる筈だったのが、かれこれ1ヶ月超えそうになっている。解せないがここにぶち込まれたのにも色々あったし、仕方なく残りの刑期を妄想に充てるか。

 

「助かった事もあるにはあるんだが……これ以上手を出して痴情の縺れで刺されるなよ?」

 

 でも看護師長に手を出した事はバレてないな、ヨシ! 

 

 ☆

 

 中々メロピデ要塞から釈放されないバンパー、刑期が伸びに伸びている謎の現状により皆何かしら英雄に対した扱いに困っているのだろうと察しているがそんな事はなかったりしながらも噂にはならない程度に、少しずつ予言の時から時間は経ってきた。

 

 そんな折にポワソン町へやって来たのは大荷物を抱えた2人である。

 

「おーす、ナヴィア! 元気してたか?」

 

「久しぶり」

 

「パイモン、それに旅人も……」

 

 積荷を引いて来たようだ、それもフォンテーヌ邸から。道中は魔物がいたりと物資の輸送は今のフォンテーヌではかなり大変なのだが、それはこの2人ならば問題無いとヌヴィレットが配慮したのだろう。

 

「復興も目処が立って落ち着いて来たのはヌヴィレットから聞いたからな! オイラ達から差し入れを持って来たんだぞ!」

 

 パイモンが積荷を下ろしていく。まず出て来たのはボトルに入った液体、飲み物のようだ。

 

「まずこれがヌヴィレットから……えっと、璃月の水とスメールの水と……み、水しかないぞ!? フォンタかと思ってたのに……」

 

「こっちは沈玉の谷で……こっちは軽策荘、璃月だけでも5種類? こんなにいるかな……?」

 

「大丈夫よ2人とも。ヌヴィレットさんなりの気遣いね、助かるわ」

 

 水が豊富なフォンテーヌで水の贈り物は嵩張るだけではないかとパイモンは考えるが、水の中身について記され手紙を開くナヴィアはその意図を察している。

 

「うちは水に抵抗が残ってる人も居るから、あんな事件があったばかりだし……慣れるのにも、他所の水って言うのは助かるわ」

 

 ポワソン町は唯一多くの被害者が出た場所だ。その全てが戻ってきてもやはり水に対して考え方は変わる。過度に恐れるものもいるし、近づく事を拒む者もいる。しかし水がなければ生活出来ないのだ、そう意味では他国の水は段階的に水に慣れさせるのに丁度良いだろう。

 

「ヌヴィレットさんもお墨付きらしいしね」と彼女は微笑むと、手紙には水のレビューが書いてあるので自信のあるものが届けられたらしい。ちなみにその味わいが分けられるのは彼以外居ない。

 

「えーと、次はクロリンデからで……」

 

 そんな贈り物がポワソン町、ひいてはナヴィアに贈られる。概ね好評で、反応に困ったのもフリーナから来たパスタの限界レシピみたいなのがあった程度で、それに対しては苦笑いしか出来なかったがそれぐらいだ。

 

「これで全部だな! 魔物から守りながら持ってくるのは大変だったぜ!」

 

「あはは、ありがとう2人とも。やっぱり相棒達は頼りになるね」

 

 あの事件で関わったものたちだけでなく旧知の仲にあった人達から贈られるそれを見れば、いかにナヴィアに人徳があったのかが分かる。

 

「こんなに、沢山……こんな、に……」

 

 無論ナヴィアの為だけに贈られたものではないが、どれもナヴィアを想って贈られたものである。ポワソン町の復興に指揮をとり、あの事件の中では一際辛い境遇にあった彼女に対して皆気にかけている。

 

「こんなに、貰ってばかりで良いのかな」

 

 ナヴィアは、底抜けた明るさを持つ天真爛漫と言ってよい性格をしている。その明るさが今のポワソン町を照らしているのだが、少なからず彼女は考えてしまっているのだろう。

 

 結局、自分は守られていただけで守れてはいなかったと。

 

「そんな事は……」

 

 少しばかりの静寂が訪れる。ナヴィアがその気持ちが強く、それを自分自身で否定出来てないからだ。それに対して言える事は、前を向いて歩く事なのだが。

 いかんせん、彼女の前は茨で舗装された道を歩まなければならないのだ。それが棘薔薇の会の会長という皆の気持ちや生活を背負う事が彼女の責務である。

 

 それを分かっていてなお、前を向けというのは酷な事だろう。

 

 そんな時だった、側近の1人であるマルシラックが現れる。見てみれば急ぎでやってきたようで、片手には何か握られている。

 

「お嬢様、ご友人との時間に失礼致します」

 

 こちらを、どうぞ。と言い、マルシラックはそれを渡してさっていく。

 今の何かしら地雷を踏みそうな雰囲気を変えようとパイモンは声に抑揚をあげて反応する。

 

「おっ、なんだ! もしかして、すっごく美味いホテルの食事券とかか?」

 

 ナイスなタイミングだぜ! と心に思いながら、パイモンはナヴィアを見る。

 今の彼女はまだ予言の時の事が悪夢に現れる程度には傷があり、旅人達以外では基本的に元気に振る舞っているので疲れもあるのだろう。

 あの事件で心を痛めていた彼女を想うと、励ましの言葉を贈るのは旅人達では不足しているのかもしれない。

 

「(……ナヴィアの、それって)」

 

 だからだろうか、ナヴィアが少し気を落ち着かせているソレを見ると、最も励まされたい人からの贈り物だと察せる。

 

「……んーん、違う。むしろ逆かな」

 

 ナヴィアは手早く開けたのは手紙だ、しかしそこまで内容があるものではないようでパイモンは誰かからの贈り物だと思ったようだ。

 

「『ナヴィアへ、出所したら久しぶりに人の料理が恋しくなったので諸々のお礼としてポワソン町を代表した貴方の手料理が食べたいです。それまで無理せず待っててください』って……向こうは自分でご飯は作れないもんね」

 

 ナヴィアが微笑む、今度は屈託のない……それでいて少しの恥じらいがあるような。そんな彼女らしくも、乙女らしい顔がそこにあった。

 

 ☆

 

 空とバンパーは、それなりに長い付き合いになっている。それこそ始まりの地であったモンドから、付き合いの長さはパイモンの次に多い。

 今までに色々と迷惑をかけてきたし、迷惑もかけられてきた。頼りになるが、無茶振りもされてきた。

 ただ、そんな中でも互いに信頼して背中を預けられる程度の仲にはあるだろう。その上で、空は思う事がある。

 

 ──この男、モテ過ぎじゃね? 

 

 と、思うのも仕方ない。彼の知るだけでも特別な関係に至っている女性が軽く二桁を超えているのだ。

 恐らく1発やった後の志璇と顔を合わせた時は気不味かったし、明らかに惚れてるジンの隣にいるリサのうなじにキスマークを見つけた時は嫌な想像が現れ、稲妻では珊瑚宮心海に力を貸した対価で抱いているのは写真を見て知っているし、ニィロウなんか彼の家に上がり込む瞬間を目にしてしまった。

 この男は思い返せば返すほど色々な国で肉体関係を結びまくっている。それでいて悪びれている様子もない屑野郎であった。

 

 ちなみにこの世界、テイワットでは肉体関係を結ぶ=避妊の概念が存在しないので結婚となっているのも付け加えておく。

 

「て、手料理かぁ……」

 

 なので今、明らかにバンパーに対して恋慕の情を抱くナヴィアを見て複雑な気持ちなのである。

 

「ね、ねぇ相棒」

 

「……恋って盲目だよね」

 

「まだ何も言ってないけど!?」

 

「結婚してから視力が戻っても仕方ないんだよ?」

 

 全部本音である。人の好みとか恋愛について特に言うつもりもない旅人であるが、それでも明らかな地雷に乗っかろうとする彼女を相棒として忠告を促す程度には止める。

 

「結婚!? い、いきなり過ぎない!? いやそうじゃないわよ!! バンパーさん顔は普通だけど! そんなの重要じゃないんだから! でもほら、雰囲気はイケメンっぽくなったりするし!!」

 

「(その言葉が1番傷つけそうだけど)」

 

 ただ、今回のナヴィアは珍しく『真っ当な順序を踏んで』惚れているので旅人としても目を逸らす事しか出来ない。他が不純すぎるのだ、七星に手を出しているのも知っているが本気で死にたいのではないかと思う。

 

「もう、真面目に相談したいの! バンパーさんの好みの料理とか教えてよ!!」

 

 なので凄い言い辛いのだ、ナヴィアの相談に乗りたい気持ちと何とか彼女に目を覚ましてもらえないかと考えるが妙案は浮かばない。

 今回に関してはバンパーはフォンテーヌの英雄であるし、ナヴィアにとっては唯一の救いの手だったのだ。その事実を打ち消せる否定は中々に無い、あっても言えないだろう。

 

「何で渋るの!? 教えてよ、いつ戻って来ても良いように早く練習して……」

 

 ただ、旅人は決めた。

 

「……後悔しても、僕のせいじゃないからね?」

 

 もうなるようになれば良いやと。ナヴィアは止まらないのだから、もしボコボコにする時は手を貸すことにして今は諦めようと。

 

「バンは、ナヴィアの普段作る得意料理とかが食べたいんだと思うよ」

 

「……へ?」

 

「そうじゃなかったらご飯を奢ってとか、そんな風に書いてる。純粋にナヴィアの作ったご飯が欲しいんじゃない?」

 

「え、あ……ふぇっ!? そ、そうなんだ」

 

 ナヴィアが元気になっている、元々そのつもりで来たのだから良いだろう。彼女が前を向いて歩けるまでは、自分を信じられる迄回復するならバンの事を利用してやろうと。

 

「(バン、普通にしてれば真っ当に惚れられるのに……アレでモテたいとか言ってるの、刺されたいのかな)」

 

 ただ、それはそれとしてコイツは一度……いや、三度は痛い目にあった方が良いと思っているが。

 

 そうこうしていると、またマルシラックがやってくる。今度は何かしら荷物を持ってきたわけではないようだが。

 

「お嬢様、度々申し訳ありません」

 

「私、最近しっかりした料理とか……ど、どうしたら……」

 

「お嬢様?」

 

「あ、え……んんっ! どうしたの? 何かあった?」

 

 何やら色々と独り言を呟きまくっていた彼女であるが、マルシラックの声に気付き慌てていつもの顔色に戻している。なのだがまだ照れた跡が顔には残っているので頬が赤かったりするが、それをマルシラックは微笑みながら流している。

 ナヴィアが知らないだけで、棘薔薇の会では公認の事なのかもしれない。

 

「今、写真屋の方がいらっしゃってまして。撮影の準備をしております」

 

「う、うん。わかった、すぐ行くわ」

 

 旅人達は知らないが銅像の件だろう。彫刻をする為にも様々な角度やポーズの被写体のデータが必要だ。

 それにナヴィアの両親の銅像も彫るのだから、愛娘である彼女のデータもある方が良い。なのでこの撮影そのものは予定にあったが、思っていたより過ごしていた時間は長かったらしい。

 

「相棒、明日からみっちり私の料理練習に付き合ってもらうから。遠慮なくダメ出ししてね」

 

「……うん、わかったよ」

 

 ナヴィアは最初に比べれば遥かに軽い足取りで去っていく。マルシラックやシルヴァなどの棘薔薇の会全体が彼女のそれを見守っているのも察した。

 バンの奴、刺されても良いからここらで身を固めてくれないかなと。旅人は本気で考えるのであった。

 

 ☆

 

 旅人とパイモンはそのままポワソン町に泊まっていき、翌日は朝イチでナヴィア達の元へ向かった。

 これから味見役として付き合う事になると思い朝食も取っていない、彼女はお菓子が得意とも聞いたのでパイモンはそれを楽しみにしているのか、足取りがかなり軽いようだ。

 

「料理の手伝い、だったよね?」

 

「そうだぞ! オイラ、楽しみにしてたのに!」

 

 しかし、現地ではエプロンを付けたナヴィアなどは居らず。いつも通りの格好でマルシラック達に囲まれた彼女がいた。周りには準備された食材などは見えるが、今はそれが片付けられている。

 

「あ、あはは……ごめんね相棒。それどころじゃなくなっちゃいそうで……」

 

 ナヴィアはバツが悪そうに答えると、少しだけ後ろを見る。そこには見覚えのないマルシラックと同年代に見える棘薔薇の会の会員がいる。

 

「(見覚えがない、この人に関して何かあった?)」

 

 旅人はすぐに何かしらの事情を察し、浮かれていた気持ちを引き締める。彼女にとっては優先したいそれを皆察している中で、それを押してでも彼女が動かなければならない仕事なのは明らかだからだ。

 

「そうだわ相棒、紹介するわ。パパやマルシラックとも長い付き合いで、メロピデ要塞から戻ってきたコルターよ」

 

「おぉ、よろしく頼むぜ。まだ戻って来たばかりで色々と付き合いが悪いかもしれんがな」

 

 ナヴィアは新しいメンバー、もとい昔から棘薔薇の会に勤めていたコルターを紹介する。どうやらマーセルの陰謀によりメロピデ要塞に入れられていたらしく、漸く釈放されたらしい。

 もしかすると、後でバンパーの話も聞けるかもしれない。

 

「旅人様、申し訳ありません。しかしこちらも火急……お嬢様の花嫁修行はまた次の機会に」

 

「花嫁修行!? 違うわよ!?」

 

「何があったの?」

 

「我々棘薔薇の会は、元は1つでしたが先代の事件後にある一派が離反したのです」

 

「本当に違うからスルーしないでよ!!」

 

 かつて、ポワソン町には転機があった。巡水船のレール工事を支援するか、ポワソン町そのものの整備を行うかでだ。ナヴィアの母、クレメンタインは父のカーレスとの仲裁役で動く事が多かったがその時はカーレスに同調し、更にはナヴィアを孕った事で中立的な立場であった彼女に裏切られたと感じ、その一派が棘薔薇の会を去ったのだ。

 

 ただ、それはナヴィアが産まれる前の話だ。

 

「それで近頃、ポワソン町を襲うかもしれないって情報が手に入ったんです。かなりの爆薬……用途は不明ですが、それがロムーフの所に流れ込んだと」

 

「まさか、爆薬でポワソン町を!?」

 

 危険なワードにパイモンが反応する。旅人も、流石に聞き流せない域にまで話が進んでいる事に緊張しているようだ。

 

「……ええ、正直言って今のうちは復興中で弱ってる。フォンテーヌ邸も水害は酷かったから、どこも人手が足りないうちに狙いたいみたいね」

 

「その下手人、ロムーフを止めてこようか?」

 

「無関係のあなた方を頼るのは申し訳ありません……そのつもりではありますが、かつては棘薔薇の会に属した私達の仲間です。意見の相違により袂を分かってからは嫌厭されている関係にありますが、我々としては何とか会談を行い関係の改善を測りたいと考えています」

 

 旅人は根源を断つ事を考えたが、判断が早い。ポワソン町という多くの人たちに危険が及ぶ事を考えれば、それに越したことは無いが棘薔薇の会としてはまだ交渉の余地はあると考えているようだ。

 

 今のポワソン町は復興の名目で人の出入りは多いものの、それらしきものは確認されていない。厳戒態勢を敷いているのもあり、そう易々とポワソン町を爆破は出来ないだろう。

 それに、仮に大勢でやって来たとしても旅人がいれば軽く薙ぎ払う。ポワソン町を襲うのはそう簡単にはいかないはずだ。

 

 ただ、旅人達をナヴィアは利用したいわけではない。しかし復興などで手が足りないのも事実であり、ナヴィア達は彼に助力を願っている。

 

 しかし、ナヴィアの考えはそれだけではない。

 

「パパのいた頃のポワソン町を、私はよく知らない。でもそれを超えて皆を守れる場所にしたいの」

 

 ポワソン町を守る為に、予言と戦っていた皆に見せたいのだ。

 

「それに、皆が守ってくれたポワソン町を今度こそ守りたいから」

 

 棘薔薇の会としての、新しい会長のナヴィアを。

 

 ☆

 

 色々と納得いかないが、私の中でようやく予言の事件が終結した感じがする。そう、私が予言を片付けて収監されるという謎過ぎる結果を乗り越えたのだ。

 

「ふむ、刑期は終えたようだな」

 

「これで前科持ちになるの納得いかないんですが?」

 

「混乱の抑制の為でもあった、済まないと思う」

 

 今、私はようやく終えた刑期から解放されて地上に出ている。態々やってきたヌヴィレットに迎え入れられ、久しぶりの地上の空気は気分がスッキリしてくるし、まだ高くない日はやや眩しい。

 

 普段から当たり前にあるものがない生活をしていると、それがない事に違和感を感じていたので新鮮な気持ちになる。

 思い返せば強制監禁500年修行の時はメンタルがボロボロにされたな、あの後に一気に回復したけど。それに比べれば遥かに短い時間であったが、やはり自由が1番だろう。

 

 というわけで、理不尽な投獄から無事に脱し。恋しくもない囚人服を脱ぎ、いつもの目立たない冒険者の格好が用意されていると思ったのだが。

 

「というか、この格好は何です? 何かヒラヒラしてるし目立つんですけど」

 

「仕立て屋の千織殿に頼んだものだ。じきに慣れるだろう」

 

 これは私を投獄したヌヴィレットなりの気遣いなのかもしれないが、なんか水を司ってそうな感じがして目立つ。司ってるのは目の前の水龍なのだが、私もなんか司れちゃったから間違ってはないので否定できない。もうエーテル無しで使えるのは便利だけど人外側に寄って来た気がする。

 ちなみに草と雷も使えるぞ♪ なんでやろなぁ……そっちの心当たりは人に言えないね♪ 

 

「(こうヒラヒラしたのは慣れるか? 悪いけどこういうのは苦手で……いや待てよ。これ相手に着せる分にはありか?)」

 

 とりあえず思い付いたが、ヌヴィレットが言ってた千織って人に衣装を依頼するのはありかもしれない。コスプレしながらのエッチ、リネットとか喜んでやってくれそうだし。

 

 そうと決まれば早く帰ろう、そう思い彼に別れを告げようと思ったが。

 

「君はこれからどうするつもりだ。どこへ行き、何を目指す」

 

 これは暗に水龍と敵対する意思があるのかの確認であったのだろう。水龍は神の敵、天理の敵対者だ。私としては殺し合いをするなら止める、平和的な話し合いならいくらでもどうぞって感じだ。

 なお本音としては魔神戦争よりヤバそうなバトルされても困るし割り込むの凄い嫌だけど、マールとか襲うなら流石にヌヴィレットをボコボコにするだろう。

 その水の権能、不本意ながらあの化け物との戦いで覚えちまったからな! 

 

「自宅が最初……いや、やっぱ後で」

 

 ただ、私はそんな事は気付かずに帰ろうと思ったが足を止める。何かゾワっとしたのだ、これまた元素大量に使って得た能力だなと思いつつ……仕方ないのでそちらの方を見る。

 

 どうやらポワソン町の方で、何かが起きる……もしくは起きてるらしい。

 

「君の帰りを待つ者を置いてか?」

 

 とりあえず水元素を扱えるおかげで水面を走れるので、私はかける事にした。一応能力の誤爆とかかもしれないので、何もなければ良いのだが。

 

「……行ってしまったか」

 

 後ろではヌヴィレットが何か言っているが、何が起きてるかも分からないので多忙な彼を置いていくのは申し訳ない気持ちもある。

 

新しい水神になるからには、相談もあったのだがな

 

 最後の言葉は、聞こえなかった。

 

 ☆

 

 ポワソン町に敷かれた厳戒態勢は、爆薬に意識を割いていた。それがあれば容易くポワソン町は崩されてしまい、予言の時とは比べ物にならない被害が出る。

 ポワソン町という場所が、地図から消えてしまいかねない。なのでナヴィア達棘薔薇の会は町の中に意識を割いた警戒をしていた、それが1番被害が大きくなるものだったから。

 

 だが、それでも話し合いを行うための親書をナヴィアはロムーフに出していた。杞憂で終われば良い、話し合える事はあるはずだと。

 

「ボス! 大変です! ロムーフ達一派が見つかりました!」

 

 しかし、向こうは交渉のテーブルに着く気すらなかった。

 

「どこに!?」

 

「ポワソン町の東側の丘、クレメンタイン線の近くです!」

 

 クレメンタイン線、それはナヴィアの母親の名前がつけられた水路だ。棘薔薇の会からロムーフ達が離反した要因でもあり、クレメンタイン最後の意思としてカーレスが成し遂げた実績の一つ。

 

 それの近くに集まっていると聞き、皆が嫌な想像をする。

 

「奴らはどうやら、巡水船のレールを爆破するつもりです!」

 

 クレメンタイン線が爆破されてしまえば、丘を転がり無数の破片がポワソン町に降り注ぐだろう。あくまでもロムーフ達の狙いは棘薔薇の会の筈だが、爆薬の準備など考えればこのチャンスを逃したくはない筈だ。一般人が多く居たとしても、それを実行される可能性は高い。

 

「僕が行く、ナヴィアはこっちを任せて良い?」

 

 だからだろう、旅人は即座に手を挙げる。この中で1番フットワークが軽く、それでいて1人で敵を制圧出来る存在だ。ここで最適な行動は、多くの人を動員して止めるのではなく、その数を避難の支援に充てること。

 

「任せたわよ、相棒!」

 

 もとより、ナヴィア達はその考えがあった。ポワソン町周辺を警戒している会員達は旅人の支援に充てれる、それ以外はポワソン町から万が一の被害を出さない為に動き出すべきだと。

 

 直ぐにただの人間には出来ない跳躍をしながら、旅人はクレメンタイン線へ向かう。爆弾はセットしてから被害が出ないところまで退避してから発破するものなので多少は時間がかかるだろう。それまでに蹴りはつけられる、それが旅人なのだ。

 

「まさか、奴らの狙いが巡水船のレールとは……」

 

「避難を急ぐわよ、船の上なら大丈夫な筈だわ」

 

「はい、直ぐに総動員し取り掛かります!」

 

 旅人が去るのと同時に、皆が方々に散らばる。予言を乗り越えてまた困難がやって来たが、今度は棘薔薇の会で乗り越えてやると意識している。

 実際に先手は取られたものの、その後の対応で挽回している。旅人が邪魔をするだけでも発破までの時間は避難を終えるまでは行われないだろう。

 

 それこそ、絶対に棘薔薇の会を────ナヴィアを殺そうと、別の手立てでも無ければ。

 

「シルヴァ!?」

 

「ボス、離れて下さい!」

 

 ナヴィアが周りを指揮し、直ぐに避難を始めさせた時だった。シルヴァがナヴィアと、彼女に殺意を持って突撃した者の間に入り彼女を守った。

 幸いにも手傷は受けずに弾いたようだが、ナヴィアはそれが誰によるものか振り向くと驚愕する。

 

「コルター、そのナイフはなんだ!」

 

「マルシラック、老いても変わらねえな。そのバカみたいな忠誠心、今は少しぐらい分かるよ」

 

 マルシラックは、コルターとの間に立つ。今は皆避難を始めようとして手薄になった瞬間だったので仕掛けて来たのだろう。

 しかし、分からないのは何故彼が裏切ったかだ。それもこの瞬間、待ち望んでいたかのように狙っていた。

 

「まさか、ロムーフ達のスパイをしてるとはな」

 

 つまり、これを仕掛けて来たロムーフとは繋がっていたのだろう。

 

「少し違うな、俺はロムーフ達の過激なやり方は好まない。俺はポワソン町を襲うなんて事はしないさ」

 

「なら、なぜだ!?」

 

「ここにいる奴らは、誰も棘薔薇の会の栄光の時代を知らない。それこそマルシラック、覚えてるのは俺たちぐらいだ」

 

 マルシラックとしてもコルターは長い付き合いだ、しかしそれが何故こうも拗れた考え方をしているのかは見当がつかない。ロムーフにつき、あまつさえカーレスやクレメンタインの忘形見とも言えるナヴィアへ刃を向けたのだから。

 

「釈放されて、驚いたぜ。ポワソン町が水に襲われてお前が死んだ後、生き返ったとはな。だが次もそうなると思うか?」

 

「何が言いたい、コルター!」

 

「俺はな、ナヴィアさえ殺せたら良いんだ。棘薔薇の会凋落の象徴たるお前が、憎くて仕方ない!」

 

 要領を得ない、だが間違いない事はその殺意が本物である事だろう。ナヴィアを殺したいと、報いを受けさせたいと、己の快楽ではなく義憤という名前の逆上をしている。

 

「俺だって、棘薔薇の会を愛していたさ。だが目の前にある光景は何だ? あの時代の棘薔薇の会は、もうどこにもありゃしない!」

 

 しかし、それは悲観的な現実があるからこそだ。

 今の棘薔薇の会は過去の栄光、民に慕われ敬われながら牽引していた姿はない。薄暗く、発展もせず、金回りも悪い貧乏人が集まる町、そう解釈されても仕方ない場所になっている。

 

「それも全て、ナヴィア……貴様のせいだ! お前が居たから、クレメンタインもカーレスさんも死んだ。ポワソン町じゃ予言で何人も一度死んだだろ、運が良かっただけだ!!」

 

 だからこそ、更に最悪な状態にまで落とそうとした彼女をコルターは許せないのだ。あの栄光の時代が見る影も無く、それどころかより輝きが曇っていく現状に絶望している。

 

「アンタに、ボスの何が分かる!」

 

「シルヴァ、お前は命懸けでコイツを助けたな。なら逆はあると思うか?」

 

「ボスが守るのは俺たちじゃなくポワソン町だ!」

 

 マルシラックとシルヴァは一度死んでいる。バンパーなどと言う例外が現れなければ確実に助からなかった、水から人には戻れなかっただろう。

 だがそれでも良かった、棘薔薇の会のメンバーとしてナヴィアを救う事が結果としてポワソン町を守る事につながる。あの行動にシルヴァは後悔などない。

 

「コイツはもう一度、お前達を殺すぞ。ポワソン町の皆もだ、また殺す!」

 

「っ、言わせておけば……!」

 

 しかし、今生きているのはバンパーが居たからなのだ。その事自体は運が良かったと言えてしまい、少し言葉に詰まる。

 

 コルターの口からはナヴィアが目を逸らして……いや、向き合っていた事を暴いているのだ。その答えを彼女は探していた最中でのこの事件、それはまだ見つかっているわけじゃない。

 ナヴィアは予言と戦えたと言える程の事は出来てないし、予言には完膚無きまでに打ちのめされて敗北している。

 

 棘薔薇の会のナヴィアとしては、何も出来なかった。それを彼は追及し、責め立てる。だが無茶苦茶なのだ、難産であったが故に死んだ母とマーセルから守る為に死を選んだ父、その責任のどこにナヴィアが背負うものがあるのか。

 

 しかし、それの全てにナヴィアが。棘薔薇の会が失墜する要因として関わっているのも、事実であった。

 

「ロムーフは約束してくれた、ナヴィアさえ殺せばポワソン町には手を出さないと。俺もマルシラック達を二度も殺したくはないからな」

 

 しかし、コルターも察しているだろう。もう自分の手でナヴィアを殺す事は不可能であろうと。

 今はマルシラックとシルヴァの2人に阻まれ、ナヴィアも不意打ちでないなら手間取る相手だ。更には方々に散っている棘薔薇の会のメンバーも少しずつ集まってくる、もはや彼は詰んでいる。最後の悪あがきとも言えない悪態を吐いている、その程度の認識だった。

 

「だがマルシラックやシルヴァ、あの厄介な異邦人のせいで手を出せなかった……この手で殺せないのが残念でならない」

 

 不意に、諦めたようにコルターが笑う。しかし、それはナヴィアを殺せない事に自嘲したのではない。むしろ、逆に取れる。

 

「この手でって……まさか!!」

 

 瞬間、察したナヴィアであったが他の者は直後に唸るように響く振動と爆音で気付く。

 コルターは初めからナヴィアさえ死ねば良いのだ、自分の命に執着をしていない、それが出来るなら、ここで生き埋めにされる事も構っていない。

 

「お前が居るぐらいなら棘薔薇の会の栄光、ソレはあの時代で幕引くべきだったんだよ!」

 

 だからこそ、会話で時間を稼いだのだろう。ナヴィア達を逃さないよう、間接的には自分の手で殺す為に。

 

「この音は……土石流か!?」

 

「音からして数が……!」

 

 更に気付くだろう、これはクレメンタイン線のとは別働隊のものだと。元からクレメンタイン線すら陽動、このポワソン町を襲い確実にナヴィア達を亡き者にしたいのだ。

 

「クレメンタイン線の爆破はあの旅人が居たら無理だ、ロムーフにはそう教えてやった。だが、まさか土石流起こすのに全部使うとはな」

 

 旅人は、期待出来ない。クレメンタイン線の爆破を警戒していた彼に、この突発的な災害へ対応は難しいはずだ。それも込んで仕掛けているのだろう、ならばこれを止めれるのは1人しかいない。

 

「絶対に止める!!」

 

「間に合わねぇよ! 俺もお前も、生き埋めだ!」

 

 ナヴィアは瞬間駆けようとするが、コルターに投擲されたナイフで足を止められる。殺す事が出来ないと分かれば邪魔の為に凶器を捨てた、もはや時間稼ぎの意味も無くなったのだから今更捕まっても仲良く埋まるだけだ。

 

 ナヴィアの誤算はロムーフが話し合いすら挟まない過激派だった事、コルターが裏切った事、この行為が自身を仕留めても必ずヌヴィレットに裁かれるのに勘定に入れたような行動をしてない事、どれも予想を裏切られる可能性は疑っていても全てが裏切るとは思わなかった事だ。

 

「っ、何の音!?」

 

 対して、コルターにも誤算があった。

 

「……何故だ、あの旅人の力か? それでも抑え切るなんて事は」

 

 土石流の音が止んだのだ、その前に一際大きな飛沫を上げるような音は響いていたのでそれによるものだとは察している。

 しかし、間に合う筈がないのだ。そもそも間に合わないように陽動をし、間に合ってもどうしようもない量の土石流を降り注ぐようにした。

 

 概ね予想通り、コルターの思い描く中継地点を通り結末まで届くはずだった。ただ、予想出来るはずもない誤差があっただけだ。

 

「一つ、聞きたいんだけど」

 

 コルターは、身震いした。突然現れたその雰囲気が人とは思えず、更にはその視線が、意識が、一挙手一投足が、自分に対して向けられていると察してしまった。

 

「ここは私が本気で守った場所なわけで、それを壊そうとするって事は。

 それ即ち────水神ぐらいは敵に回しても良いって覚悟してるんだよね?」

 

 予言という災害を止め、メロピデ要塞に収監されている筈の男がそこにいる。土石流を止められる例外が現れる事は、誤算の中でも予想など出来る筈がないものであった。

 

 ☆

 

 ナヴィアの前に立つのは、バンパーだ。装いは過去に見た普通の冒険者のような格好でもなければ目立たないものでもない、青と白が印象的なまるで何かを意識したかのような格好をしている。

 

「お前は……バンパー・ドゥ・フォンテーヌ!? 何故ここに、メロピデ要塞から態々土石流を止めに来たのか!?」

 

 コルターの困惑は大きい。計画が確実に頓挫した事、そしてここで現れた最悪の手合いに、勝ち目も無ければ目的に達する糸口すら捩じ切られたのだから仕方ない。

 ただ、そんな彼に対して興味もなさそうに彼はナヴィアを見る。

 

「ナヴィアさん久しぶり。上にいた奴らは旅人が相手してる、もう瓦礫や岩が降ってくる事は無いよ」

 

 上では既にクレメンタイン線の陽動を粉砕し、そのまま土石流を発生させた本隊を旅人と哨戒していた棘薔薇の会のメンバーが取り押さえている。

 爆弾は使い切り、手足は動きを止められ、更には急所を守るのはフォンテーヌを救ったバンパーが居る、完全な詰みを作られているのは誰の目にも明らかだ。

 故にバンパーに余裕がある、目の前の男が何をしようともいくらでもいなせる自信もあるからだ。

 

「貴様が予言を止めた水神か、運が悪い……ここまで来てナヴィア、お前を殺し損ねるとはな……!」

 

「……は?」

 

 だが、その警戒はしつつもどこか緩んでいた雰囲気が完全に変わる。

 

「今あんた、なんて言った」

 

「この女は不幸の元凶だ、殺さなきゃならなかった! それが貴様のような存在が居たせいで、偶々救われやがった!」

 

 コルターはもう達する事が出来ないナヴィアの殺害に、やり切れない気持ちを吐き出している。ナヴィアにとって目の前にいる男が、よほど大切らしいので少しでも失望させようと悪足掻きをしているのだろう。

 

「この女はポワソン町の復興という大事な時期で色恋に現を抜かし、挙句誰もそれを指摘しない! 腑抜けた組織に成り下がったよ、棘薔薇の会は!」

 

 ただ、余りにヒートアップしているお陰かコルターは気付いていない。逆に冷静になり、見下ろす瞳の温度が急激に冷えている事を。彼にはその言葉が、まるで響いていない事を。

 

「ぶん殴ってやりたいけど……兎に角あれか、彼女が居たから今の不幸があるって言いたいのか」

 

「慕える器か? こいつは、ただカーレスさんの娘ってだけだ。考えた事ないか? それだけが理由で皆お前を見てる、ナヴィアとしてなんて誰も見てないとな!」

 

 バンパーは、もう手が出る寸前だろう。この口を黙らせてやりたいが、二度と喋らせないのにどこまでやれば良いかと冷静な殺意を滾らせている。

 次に同じ事を言うならば、彼女を助けた事すら否定していたとして首を持ち上げてやろうと。そう、思い始めていた時だ。

 

「もう、やめなさいよ! コルター!」

 

「お嬢様、このような言葉に耳を貸す必要など……!!」

 

 ナヴィアが、叫んだ。それにバンパーは気付くと、途端に非道な考え方が落ち着いてくる。

 マルシラックは静止を促しているが、これは彼女の戦いなのだ。バンパーという部外者が割り込むのは、今ではない。

 

「貴方の言う通り、悪いニュースにはいつも私はいるかもしれない。不幸を運ぶなんて思うのも仕方ない、でもそんなの私には関係無い。皆が、私を愛してくれたのを感じた。私の事を、ナヴィアとして見ていた!」

 

 ナヴィアの事を、皆愛していた。過去の棘薔薇の会、その思い出を手放したなかったからではない。その優しさが、気持ちが、彼女に確かなものであると信じさせてくれる。

 

 そしてコルターは知らないのだ。ナヴィアが今、どれだけの覚悟を持っているのかを。

 

「私は棘薔薇の会のナヴィア・カスパール! パパと、ママに託されたここが家族で居場所! 

 私にとっての棘薔薇の会は、どれだけ大事なのかも分かってない! 

 これから先、お釣りが出るぐらいポワソン町を幸せで埋め尽くしてあげるわよ!」

 

 ナヴィアはもう、ボスとして生きている。皆を幸せに、ポワソン町や棘薔薇の会を守る決意を済ませている。愛されてきた分を、必ず返すと決めている。

 それを宣言した、もう不幸など起こさせない。何故なら棘薔薇の会の現会長、ナヴィアは蔑まれた時代だけでなく予言すら乗り越えたのだから。

 

「そ、そんな開き直りが……!!」

 

 たが、コルターもそれで折れるわけがない。ナヴィアの意思を見せつけられ、かつてのカーレスやクレメンタインの面影を見てしまったが、何かを彼女は成し遂げてはいないからだ。

 過去と現実を悲観し語るコルターと、理想と未来を信じて歩むと言うナヴィア、それは平行線なのだから交わらない。

 

「コルター、とか言ったか。納得してないみたいだから、一応言うぞ」

 

 ただ、そんな平行線を折り曲げる方法を彼だけが知っている。いや、そもそも彼しか知らない言うつもりはなかったものがある。

 

「私は、ナヴィアさんが居なかったら予言と戦う覚悟なんて決めてない」

 

「えっ!?」

 

「は、はぁっ!?」

 

 途端に、ナヴィアとコルターが驚愕する。マルシラックとシルヴァも声は出ずとも、目を見開き警戒していたコルターよりもバンパーを見ている。

 それもそのはずだ、あの大事件を大立ち回りをして解決したのがバンパーだ。それがたった1人、ナヴィアの為に救ったというのだから。

 

「ナヴィアさんが居なかったらとっくにフォンテーヌなんて出て行ってる。予言を相手しようなんて考えない、その覚悟を決めさせてくれたのは彼女だ」

 

 バンパーは、保身に走る冒険者だ。命が危なかったら逃げるし、近寄らない、助けはしても渦中には飛び込まない。

 それが今回は、違う。ナヴィアが泣いていたから、彼女が全てに手を伸ばした上で届かない事を自分なら届かせることが出来るかもしれないから。

 自分の手で、救いたいと思わせたからだ。彼が得た賞賛は、彼女を救った副産物でしかないと。

 

「ふざけた事を! なら何だ、ナヴィアに何がある! お前はそいつから何を感じた!」

 

「黄金の精神、私には無いもの」

 

「なっ!?」

 

 即答したバンパーに、コルターはたじろぐ。ボスとしての器、そこに魅せられたと言われたのだから。

 彼の言う言葉は重い、何故なら誰もが成し遂げられなかった予言に対処したから。それに噂が全て真実だとすれば実績という点において、文句などつけられない。

 

 そんなバンパーが、ナヴィアへ信頼以上の気持ちを寄せている。

 

「親が死に、非難に晒され、家族を失っても、墓標の前で涙を流しても前に進んだのがナヴィアさんだ。幸も不幸も他人から降ると勘違いしたアンタじゃ、はなから分かるわけないだろ」

 

 ナヴィアの頑張りを、打ちのめされた彼女を、目の前で見ている。それが自分には耐えられない事だと分かっているから、認めるなんて言い方よりも敬っていると言った方が正しいだろう、そんな彼女を否定する事は彼を否定する事と同じである。

 

「ナヴィアは私を変えた人だ、彼女の為なら神でも龍でも相手してやるよ」

 

 コルターを前に、堂々と言い放つ。それが彼にとっての事実なのだから。

 なお、彼は後ろを全く見ていないのでどんな反応をしているのかはまるで察していないのだが。

 

 ☆

 

 旅人は無事に、クレメンタイン線を守り全てのロムーフ派の人間を捕まえる事に成功した。棘薔薇の会から離反したと聞くが、数はそこまで多くなかったので対応しきれた。

 

 しかし、土石流を起こされた時は間に合うか怪しく範囲の広さからして岩元素の壁を張っても防げたのは一部であった。ただそれを展開する前にどこからか現れたバンパーが土石流の前に水を逆噴射した事で岩を破壊し災害を止めていた。

 昔に比べて明らかに能力の規模も扱いも違う、呑星の鯨と戦った事が影響しているのかもしれない。昔はヒルチャールの群れに襲われて泣き付いて来たが、もはや魔神と遜色ないところまで成長している。

 

 だが召使も言っていた、彼の能力には何かがあると。それは旅人も感じている事なのだ、英雄と持て囃されている裏で何が起きているかは知る必要がある。同じ降臨者、旅人、仲間としてだ。

 

 そして彼が駆けつけたポワソン町の方へ、やっと戻れた彼が目にしたのは。

 

「ナヴィアさん?」

 

「ふえっ!? な、ななな、何ですか!?」

 

「いや、その……本心とはいえ泣いてた事とか言って悪かったなぁって」

 

「い、いいから! そんな事!」

 

「……でも、さっきから顔合わせてくれないじゃん?」

 

「それはその、ちょっと……今は、その……!?」

 

 完全にバンパーに焼かれてしまい、真っ赤に照れた顔を隠そうと彼から距離を取り帽子を深く被るナヴィアの姿があった。

 分かってはいたが、バンパーがまた惚れさせるような事をしたのだろう。何かしら赤裸々に語ったのかもしれない、それをストレートに全部受け止めたナヴィアは可愛らしい反応をしている。

 

 ただ、ようやく旅人達が戻って来たのに気付いたらしい。

「(あ、あいぼう!? 助けて……!!)」という涙目の視線が飛んでくる。しかし、旅人は考える。ここまでどうしようもなく惚れさせたバンパーにも責任があるのではないかと。

 旅人が知るだけでも出会ってすぐの違法マシナリーの軍団を颯爽と現れて破壊し、ポワソン町が胎海の水から襲われた時に身体を張って被害を抑え、その後は彼女が胎海の水に落ちそうな時に助けただけでなく水に溶けた人達迄助けている。そして今も、またポワソン町を助けに来た。

 3,4回ナヴィアの命を救って、なおかつ棘薔薇の会を助けている。逆にここまでやって惚れないとか思ってるこの男を理解せた方が良い気がする。能力のリスクとか考えていたのがアホらしくなってきた。

 

 なので、旅人はナヴィアを助ける為に話しかける。

 

「久しぶり、お勤めご苦労様」

 

「旅人、久しぶりだけどあの理不尽な投獄をお勤めとか言うのやめて」

 

「ところでバン、ナヴィアの手料理だけど凄く美味しかったよ。お菓子なんか特に」

 

「相棒!?」

 

 ところでで無理矢理話を変える流れじゃなかったが、関係無いとばかりに旅人は話を続ける。キラーパスを渡されたナヴィアが凄い顔をしてるが、これは彼女達が始めた物語なので知らない。

 

「お前、順番守れよ! 私が先だろ!?」

 

「美味しかったよね、パイモン」

 

「おう、最高だったぜ!」

 

「こ……これが、NTR?」

 

 よくわからない事を呟くバンパーを他所に、ナヴィアはいきなり話の流れがお礼の件に流れていきそうなので冷や汗がダラダラと出てくる。

 一応、料理の練習は限られた時間であったが旅人監修の元お願いした。しかし家庭的な料理を久しぶりに思い出した程度のもの、店で人に出す料理ではない。それで良いと旅人は言っていたが、流石に心の準備は伴っていない。

 

 それを察してか否か、マルシラックがこっそりとやってくる。

 

 何かしら理由をつけてお礼の時間を稼いで欲しい、そんか妙案が欲しい。ナヴィアが縋るような目を向けると、微笑みながらバンパーに少し顔を向けながら話し始める。

 

「お嬢様、後片付けは我々が。それに働き詰めのお嬢様には申し訳ありませんが、多大な御恩のあるバンパー様の歓待をお任せ出来ないでしょうか。無論、今日明日はこちらに顔を出さなくとも問題ありません」

 

 こっちもキラーパスだった。マルシラックは察した上で投げて来た、シルヴァを見てもサムズアップして励ますようにしてるが逆効果である。ただ、ここまでお膳立てをされてしまったのでナヴィアは引くに引けない。

 

「う、ううう──!!」

 

 その後、ナヴィアが顔を真っ赤にしながら彼を自宅に誘う事になるのは言うまでもないだろう。




 
 女の子を惚れさせるのって難しいよね(6万字超えてるのマジ……?)。
 長引き過ぎたので次回にエロいだけの回を書きます。

 予言についてはフリーナ回で触れます、この主人公エロを抜きにしたら真っ当にシリアスするの書いてて不安です。
 それはそれとしてフォンテーヌで上がったこの屑の株だけは必ず落とす、というか勝手に落ちます。
 
 次回のナヴィア回(♡)をお待ち下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。