※この作品はR-18です。

私は人間(倫理観)を捨てるぞ、旅人!!   作:札幌ポテト

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フリーナ回(全四回を予定)

曇りのち晴れのち雨のち晴れって感じです。
※魔神任務第4章第5幕『罪人の円舞曲』のネタバレを含みます。


誓って水神はやってません

 

 彼女が気付いた時、彼女は存在していた。哲学的な物言いだが、それは間違いではない。

 ただ存在した瞬間に彼女は存在を自覚したが、何故存在しているのから分からない。自分が何なのか、どうしてここにいるのか、何故記憶が無いのか分からなかった。

 

 ただ一つ────予言をなんとかしなければならないという、焦燥を除いて。

 

 それでも、存在意義は彼女が教えてくれた。

 

『フリーナ、君は神を演じるんだ』

 

 そう言ったのは鏡の中の自分、反射した世界に映った自分ではない自分と同じ姿をした誰か。その誰かの存在を妄言やら幻を見たやら言われてしまいそうだが、現にフリーナは彼女にかけられた呪いによって不老の存在となっている。

 

『良いかいフリーナ、君は皆を騙すんだ。誰であろうと隠して、何があっても疑われずに偽っていく。それが出来れば、僕が唯一、フォンテーヌを予言から守れる方法を取ることが出来る。決して、暴かれちゃいけないよ』

 

 だからこそ、この言葉の意味を理解した。それがフォンテーヌを守れる方法なのだと。フリーナへそれが託されたのだと。その方法はいつか教えられると告げられ、彼女は己の正義に従った。

 

 そして鏡の中の自分を彼女は信じた。フリーナの存在を理解しているのが彼女だけであったのも大きいが、何の力も持たないただの人間でしか無い彼女に出来る唯一の予言への抵抗だったから。

 

 そして、その嘘を貫き彼女は500年の間を魔神フォカロルスとして。水神フリーナ・ドゥ・フォンテーヌとして君臨した。力が無いにも関わらず不遜に演じ、500年の付き合いのあるヌヴィレットすら騙して、フォンテーヌで彼女の演目は続いた。

 

 ファデュイの執行官、恐らくは『召使』に襲撃を受けた時は死を覚悟したし『こ、殺さないで……!』などと死ぬわけにもいかず情けない言葉が出てしまったが、言い訳は出来るように悩み込んだ夜もあった。

 

 しかし、偽りをこなすにも限界だった。500年も偽った役が予言に近づくにつれて剥がされそうになっている。裁判では諭示裁定カーディナルスの不調、年々増す海面の上昇、フリーナという存在そのものへの疑念が生まれ始めている。

 

 それでも、彼女は偽らなければならない。

 

「フリーナ殿、君は私に何か隠しているのは分かっている。裏で何かしら動いていることもだ。その上で、ポワソン町の近くから見つかった石板について何も知らず、先代エゲリアについても話す気にはならないのか?」

 

「隠し事? 何の事かな、僕は君に隠すような事はしてない。焦る君の気持ちは分かるが、先代には先代の秘密があったんだろ。僕は知らない」

 

「ならば正直に答えてくれ、君は周りに見せるほど『浅はか』ではない。裏で動いていた君がこの件について、先代エゲリアの調査には至っていない。この矛盾と違和感に答えてくれ、今は状況が逼迫している」

 

「君も皆も気を張りすぎだね。僕という『神』が居るんだ、君達は僕に任せて実務に励んでいれば良いのさ」

 

 ヌヴィレットが訪ねてきた、目的は彼女の秘密だ。裏で予言について調べさせていることは看破されている、ただ500年以上の付き合いがある彼であっても、フリーナは飄々として不遜な存在を演じる。

 それが、神という存在だから。神であることは貫いてみせる、それで予言は止められると信じているから。だから無理があろうとも、胸を張ると。

 

「ならば……これは、今朝届いたものだ」

 

「なんだい? 僕の賄賂は甘いケー……っ!?」

 

 ただ、それも彼女自身に限界が近かった。

 

「ポワソン町の事故における、被害者の数だ。メロピデ要塞と違い、今回は止められなかった。そしてその殆どが、行方不明者だ」

 

 ヌヴィレットから手渡され一枚の紙切れ。そこには数える事が自身の心にヒビを入れてしまうが故に数えられないほど、名前が載っていた。ポワソン町における住人なのだろう、そして行方不明とはつまり『水に溶けてしまった』から死体が無く行方不明の扱いにされているのだと。

 

「こ、こんなに……?」

 

 こんなに、無慈悲に死んでしまうのか。こんなに、悲劇がばら撒かれたのか。こんなに、神である自分を信じて死んだのか。こんなに、何も出来ないことが恐ろしかったか。

 

 言葉を詰まらせ、フリーナは羅列された名前を辿ることしか出来ない。恐らく次に飲み込まれるのは、ポワソン町どころじゃない。本当の意味で、予言に全てが飲み干されてしまうのだろう。

 

「このような事は今後起こすわけにはいかない。失礼を承知でもう一度聞く、本当に石板について、先代エゲリアについて、待ち合わせる知識は無いのか? 答えてくれ」

 

 ヌヴィレットの言葉は力強い。彼も間に合わなかった責任を感じているのだろう、間に合っていれば誰も死なないとは言わずとも被害は軽微に出来ただろう。

 

 ただ、彼女はここで彼等の死を悼む事は出来ない。それをしてしまえばヌヴィレットの質問に答える必要が、守り抜く必要のある秘密を暴露させられてしまう。それだけは避けなければならなあ。

 

「ふ、ははっ。ははは、いやーヌヴィレット……君は僕をよく調べてるんだね、感心はするけど頭が固いよ」

 

 500年で作られた役と笑顔で彼に向き合う。予言に対する焦りは同じだが、神であるなら狼狽えるわけにはいかない。

 

「僕が裏で動いているのを知っているなら、僕が予言に対して楽観的な夢想を描いているとは思わないだろう。質問の意味すら無意味になるよ。そもそも、君は詰問してくるけど最高審判官である以上は僕の部下だ。君は今まで通りに、僕を信じていれば良いのさ」

 

 適当な事を我ながら言っている、無茶苦茶だし答えになってない。そんな事は分かっている、だが今はそんなお茶を濁すような言葉で乗り切るしかない。

 

「心の奥で納得出来なくても、それで上手くいく」

 

 そう伝え、ヌヴィレットと別れる。歌劇場へ行くと言って、いつも通りを装って。ただ今から身支度の為に部屋に行く、そこで予言から守れずに多くの人が死んだという吐きそうな現実と気を少しでも紛らわせる為に。

 

 鏡に写る、自分の姿を見て。いつも通りを作り上げる。そして予告通りに歌劇場へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も、鏡の中から声は聞こえない。

 

 ☆

 

 フリーナは、このフォンテーヌを治める神だ。予言と戦い、自分と戦い続け、今日までその日を待ち望み耐えて来た。

 ただ500年揺らぐ事が無かったそれが今、揺らいでしまっている。

 

「フリーナ様が神なら、触れても溶けない」

 

「っあ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 ここは、劇場。罪人を裁くための場所、今の彼女は『神と偽っている』という嫌疑をかけられてしまい、旅人・パイモン・リネ・リネット・クロリンデ・ナヴィア・ヌヴィレットに……いや、それ以上の者達によって舞台を整えられてしまった。

 

 ヌヴィレットとの会話を無理矢理終わらせてから、気づけば裏で動かれていたらしい。自分が秘密を持っていると察せられてしまい、それを暴こうと態々裁判を仕掛けてきた。

 

 目の前には、原始胎海の水が入ってたたらいを持つナヴィア。触れたらフォンテーヌ人は溶けて死んでしまう。ポワソン町の代表として、フリーナという『神』を信じていた存在の代表として、それを突きつける。

 そしてフリーナは『神ではない』事を自覚している。もう1人の自分に『神を演じる事』が唯一予言に抗う方法だと、500年前に託されたから。呪いにより歳を取らないだけで、人と変わらず元素の力すら使えない。

 だから『召使』に襲われた時も何も出来ず、殺さないでと嘆願する事しか出来なかった。あの時は偶々助けられて生きているが、あんな都合の良い助けは来るはずがない。

 そしてまた自分が壊れそうになってしまう。今回も心の底から誰かに助けて欲しいが、今迄の役がそんな可能性を否定する。今はフォンテーヌ全てが仮面を剥がそうと躍起になってきてしまったのだ。ただ、逆に言うならばここさえ乗り越えれば乗り切れる。

 

「(だ、大丈夫。ここで死んだらナヴィアは人殺しになる、絶対に……いやでも、ナヴィアの家族を殺したのは僕も同然なら……だからと言ってここで、誤魔化すことは……!)」

 

 なら覚悟を決め、手を突っ込めば良い。もしかしたらナヴィアのそれが嘘で度胸を試しているのかもしれない、それに呪われてる自分はもしかしたら死なないかもしれない。それに、失敗したら終わりなのだ。

 だからここで、溶けるリスクを背負おうともフリーナは意を決する。

 

「っ、はぁ、はぁっ! ……え?」

 

 ただ、腕をそれに突っ込もうとした時だ。フリーナの動きが止まる。いや、止まったのはフリーナだけではない。

 

「う、そ……なんでいま、え?」

 

 ナヴィアが動揺している、その視線の先は劇場の大扉がある。ただ閉ざされていたそれが開かれ、そこには全身から滴り落ちる水を気にも留めず、こちらを見下ろす誰かがいる。

 フリーナは彼を知らない、しかしナヴィアだけでなく動揺している人間は旅人やパイモン、リネットも同様だ。

 

「んなぁっ!? バンパー!? どうしてここに!?」

 

 パイモンの驚きの声に、フリーナは心当たりを一つ思い付く。悪評のあった黒髪の旅人、その名がバンパーだったと。

 そんな彼は、どうしてここにいるのかは皆わかっていないようだ。

 

「……旅人? なんでそこにいる、お前はそういう奴じゃないだろ」

 

「バン、今迄どこに」

 

「片っ端から水源見て来たんだよ、方法思いつかなくてな。それが……ん? ああ、濡れたままだったか」

 

 登壇する勢いで歩いてきた彼は片手を少し持ち上げると、その手の先に雫が集まる。それは彼の体と、彼の歩いて濡らした階段から集めており、気付くと掌に収めてしまった。そのまま取り込んだ様子からして、繊細さならヌヴィレット並に元素を扱えるのが見て取れる。その声にどこか聞き覚えはあるのだが、記憶にはない存在だ。

 

「バンパー、さん?」

 

 ただ、動揺が大きいのはナヴィアだ。しかし、彼は彼女を流し目で見ると、そのまま彼女の手にあった水の方へと向ける。ナヴィアも釣られて目を追うが、水面に映る彼女の悲愴溢れる顔があるだけだ。

 

「ナヴィア、その水はまさか……だよね」

 

「え、いや、これは違っ……!」

 

 それだけを言うと、今度は旅人の方へ向く。その眼はこの場の誰にもない、フリーナに向けられているそれとは違うものだ。彼がここに来たのは気まぐれではない、間違いなくこの場に来たのは止めに来たからだ。

 

「それで、どうして皆であの子を虐めてるんだ。旅人の趣味か?」

 

「君ほど趣味は悪くないよ、女誑し」

 

「だったら私がこっちに立つのも分かるよな、この審判はなんだ」

 

 しかし、審判そのものを分かっていて来たわけではないらしい。止めに来たわりには、状況を分かっていない。だからこそ、全員彼が現れた事に驚いているのだろう。

 

「フリーナが、水神じゃないと証明する為に」

 

 正直言って、この審判そのものを無くす事は出来ない。この盤面に追い込まれた時点で、どうにかして勝たなければならないことは変わりない。それによって心の中で助けを呼んだ事は間違いない、しかし彼が本当に助けてくれるわけではない。

 憤って貰えるのは助かるが、相手をするのはここにいる全員だ。

 

「……君、本当にフリーナだったのか」

 

 ただ、彼がそんな事を呟く。面識を持たないはずの彼から、何故か溢れた言葉。その意味は分からない、でもその瞬間に彼は彼女と周りとの間に立つ。

 

「それで、それだけでこの子を虐める理由だっていうなら……私が敵に回るの、長い付き合いだし分かってるよな」

 

 今この場に、現れた彼を信頼して良いのかは分からない。どんな存在かも分かっていない、ただ彼がこの場で唯一欲してやまなかった彼女の味方であるのは確かなものとなった。

 

「……本当に、君は都合の悪い時だけ都合が良い男だよね」

 

 苦々しい顔をしながらも、どこか望んでいたかのような顔をする旅人の顔を前に、審判は仕切り直される。

 

 ☆

 

 旅人にとって、バンパーが現れた事は想定内における最大の誤算だ。どこで何をしていたかは分からなかったが、今までと違い明確に『面倒ごとのど真ん中に進んでいた』ことは分かっていたので、彼なりに戦っていたのは予期していた。

 

 それに、旅人も同じなのだ。予言と戦うにはフリーナの隠す秘密を暴く必要があると考え、追い込むしかないと考えて場を整えたのだ。好き好んで追い詰めている者はここには誰も居ない。

 

「最初に確認するけど」

 

 それは、バンパーも分かっている。旅人とフリーナの了承を得てヌヴィレットから正式にフリーナ側の弁護に現れた彼は、すぐに状況を理解している。

 

「ここに居る全員が『予言が起こる事』『なんとかしたい事』『どうにも出来ない事』の全部を、理解してるんだよな」

 

 ただ、彼が見るのは観客だ。ここに入ってきてから彼を見る目は険しくなっているものが多い。

 

「それで悩んだ結果が、今のフリーナを寄って集って袋叩きにする事か。ここは穏便に話し合いたいけど……」

 

 当たり前だろう、本来ならメロピデ要塞にいる筈というのもあるかもしれないが審判に割り込み、更には劣勢となったフリーナ側となり自分達を糾弾し始めたのだから。

 入り始めた時から、よく分からないずぶ濡れの男に好感を持つわけがない。

 

「バン、僕だって好き好んでこんな事をするわけじゃない」

 

「分かってるよ、分かってて選んでるから嫌になってる」

 

「なら、フリーナをどう庇うつもり?」

 

 彼とて予言に手詰まりなのだろう、それは先程言っていた『水源を回っていた』という言動からして、間違いない。だから彼はそれを中断してまでここに来たという事でもある。

 何かしらの能力か独自の情報網で察知したのかもしれない、だが盤面と風向きは変わったわけではない。

 

「関係あるのか? フリーナ様は俺達を騙してたんだぞ!? 予言に対して、何もしてくれないどころか神ですら無いのはおかしいだろ!!」

 

 フリーナが劣勢なのは、ポワソン町を見殺しにしたのが決定的だった。何もしていない、実際に動いたバンパーが居なければ全員死んでいたかもしれない。そしてフリーナを含め大衆の耳には態と情報を滞らせているので、溶けた人間が元に戻ったと知られていない。

 その上で何もしないという不安が民衆にあり、それが神でないとなってしまえば爆発して然るものだ。

 

「そうよ、私達はフリーナ様を信じてたのに! 予言だって、何とかしてくれると思っていたのに!!」

 

「フリーナ様を信じて、ポワソン町の人間は死んだんだ! 次は俺達なんだ! このまま殺されてたまるかよ!!」

 

「静粛に、弁護人は答弁を済ませていただこう」

 

 不安が収まらない、フリーナはこの民衆を味方につけられない限りは糾弾される。そして今の彼女にこれを納得させる力を見せつけることは出来ない。

 

「つまり、無責任な神はいらないって話だろ」

 

 なのに、彼女の事を知らない筈の彼は臆さない。四面楚歌でも、関係ない。

 

「それで、この国を500年守り続けたのは誰だ」

 

 旅人は、彼がニィロウを庇って教令院と論議を交わした事を知っている。彼は弁護士でもなければこの国の法に明るいわけでもない、だが単純な事に強い。何故なら、負け方と勝ち方の両方を知っているから。

 

「500年間見守り、予言と戦い続けて、今も逃げていないのは誰だ。本当の神が他に居たとして、その責務の全てを背負って来たのは誰だ」

 

 そして、彼は本気で勝ちに来ている。彼女の事を真に知っていないはずの彼が、ここに立つ理由も単純に『助けたいから』に他ならない。それ以外を選んでいないから、後先を考えずにフリーナを庇える。

 

「フォンテーヌと共にあったのは、彼女を除いて他にいない。偽りであろうとなかろうと、彼女以外に名乗れる者は居ない」

 

 ただ、ここらで皆も彼が言いたい事が分かってきただろう。観衆に思案する顔が出始めている、彼の言葉に風向きが変わろうとしている。

 

「オイラ、バンが言ってる事わからなくなって来たぞ……?」

 

「神の該当者が居ない事を指摘してるんだよ」

 

 パイモンのようにまだ飲み込めてないものも多いが、彼の言いたいことはじきにわかる。今の問題の論点である『神か否か』の問題に『神の定義』を決める事で、神の意味を広げようとしている。その上で、該当者が1人しか居ないと示したいのだろう。

 

「つまり、フリーナしか神じゃないってことか?」

 

「そうだ。フリーナ・ドゥ・フォンテーヌは紛う事なき神である、その在り方は人のそれではない」

 

 ただ、その解き方なら解は他にもある。そう思い、彼を見る。

 

「該当してるのはフリーナ以外に……ヌヴィレットの事を忘れてない?」

 

 ヌヴィレットも同じだ、むしろ力という意味でも神に……いや、元々神の力は龍のものだったのだから、当て嵌まらないわけがない。それについて、どう答えるのかと思うと。

 

「そんなこと言われてるけど『最も法を守るメリュジーヌ』であって、神じゃない……そう名乗りたくないでしょ」

 

「私は神ではない、それ以上に答える事もない」

 

 ヌヴィレットは公平な立場だ。だからこそ、ここで詰めれなくなり始めた。水の元素龍王である彼は神ではない、力を奪ったそれを嫌悪しているだろう。裁くべき対象と言う認識ならば神とは答えない、それにヌヴィレットもバンパーが自身の存在を看破しているからこそ深くは答えられなかったのだ。

 ならば、切り口は浅くなってしまう。

 

「フォンテーヌを守っていたのに代わりないけど」

 

「守り方の違いだな。法を守らせていたのは、魔神フォカロルスだ」

 

 今の彼の勝ち方は『彼女に神の定義を与える事』だ。恐らく彼はフリーナが神でない事など看破している、その上でそうした方が良いからあそこに立てる。

 仮にフリーナと敵対するなら容易く神でない事の証拠を並べるのだろう、旅人の目的にある『フリーナの秘密』を暴くには彼の存在は最大の障害だ。味方にできなかったのが最大の失敗とも言える。

 

「なら、バン。神の力を持たない彼女でも、神であることが許されると?」

 

「私はそこを気にしない、各々が勝手に決めたら良い。その上で、彼女が神を放棄した時の責任は私が受け持つ」

 

 あの風魔龍がモンドを襲った時ですら傍観していた彼に、ここまで言わせるのか。あの時と違い明確に死者は出ているが、それでもここまで動く決意をどこで作って来たのか。

 思い当たるのは不安気な顔でこの審判の行く末を見守るナヴィアの事だろうか、ポワソン町の為に戦った彼女に何かしら当てられたのかもしれない。

 ただ、過程が重要じゃない。今の彼は明確に、予言を止める意思がある。

 

 つまり、簡単だ。フリーナの秘密とバンパーの異能、どちらを手にして予言に挑むかと言われてしまえば答えは一つだろう。

 

「分かった、僕は君に賭ける」

 

 彼の言う責任とは、神の力の部分についての手は尽くすという意味だろう。それならば共同戦線を張れる、手段という意味で彼を手放す程愚かな事はない。

 

「旅人!? ここまで準備したのに、良いのか!?」

 

「フリーナの秘密は暴かない、それで良い」

 

 フリーナが何とか出来ていない時点で、その秘密も予言を知っただけで止められないのだろう。ならば、知らせてくれる時を待つだけだ。それまでの場は繋いでみせる。

 すると、思案していた観衆の顔が徐々に上がってくる。考えをまとめてきたのだろう、ただ先程までと違い少し晴れたような顔をしている辺りは吹っ切れてくれたのかもしれない。

 

「お、おれはフリーナ様を信じるぞ!」

 

 観衆の誰かが言った。それに呼応する様に、声が大きくなる。

 

「お、おれもだ! フリーナ様の居ない国はフォンテーヌじゃねぇ!」

 

 ただ、全員が全員彼の言葉に響かされたわけではない。彼女が神と捉えた者もいるように、神の定義が異なる者は反発する。

 

「正気か!? 神の力が無いかもしれないんだぞ!?」

 

「関係あるか! それで死ぬ時は一緒に死んでやらぁ!」

 

 だが、全員のそれを覆さずとも風向きを変えた。見るに、フリーナがいたフォンテーヌという国を支持する方が優勢か。別に予言が解決したわけでも、フリーナが力を誇示したわけでもなく、バンパーという部外者の言葉で今迄のフリーナにスポットが当たっただけだ。

 言ってしまうならば、積み重ねてきたフリーナのお陰である。それを他者が言う事で、認識をさせただけの事。ただ、それが出来るか否かでは彼ぐらいしか前には立たなかった事から察せられるだろう。

 

「ね、ねぇ……バン、であってるよね」

 

 今迄成り行きを見守っていたフリーナが彼を見る。彼女自身彼の扱いに困っていたのもあるが、今の間になんとか再起を図る策を思いつこうと思案していたからだ。しかし、その必要は無くなった。

 

「どうして、僕を守ってくれるの?」

 

「守る人ばっかで、誰にも守られないのは寂しいでしょ」

 

 彼がそう言うと未だにそこら中で議論を重ねるフォンテーヌの観衆に目を向ける。フリーナを神と信じるもの、フリーナが神でなくとも彼女が居る国こそがフォンテーヌとするもの、フリーナを追い詰めていたはずの彼らの目の半数以上が彼女を守ろうとしていた。

 ただ、そんな事だけで守ってくれるとは思えない。そんな聖人は居ない、旅人もフリーナの秘密を暴く為に非常に徹した。だが、そんな彼女の考えまで見通しているのか彼は振り向き、口元に手を当てる。

 

「それに、お代は沢山……前に貰ってるからね」

 

 お代、そう言われ指を口に当てられると記憶の引き出しが開く。それは、他の誰もが知らないフリーナだけが察せる仕草だ。初対面でここまでしてくれたのではない、もう初対面でとんでもない事をした男だ。あの時は逆光や夜という事もあり、顔は見れなかったのだが。

 

「え? いや、え? ま、まさか僕の初め……ふえええっ!?」

 

 途端に涙目で顔を真っ赤にし始める彼女だが、彼は「自衛も出来ないのに、夜に出歩く方が悪いんだよ?」と呆れた笑いをしているのはどんな神経をしているのだろうか。

 ちなみに、対面にいる旅人は耳が良くフリーナの顔色も見えるので全てを聞き取れずとも「うーわ、この男またやってるの? やば」という目を向けている。

 ただ、そのやり取りも含めてか。完全に、これ以上の追及を取りやめる。

 

「旅人、他に彼女へ求める事はあるか」

 

「無い、というか無くなった。後は、バンを信じる」

 

「では、審判に移らせていただこう」

 

 ヌヴィレットも同様に、今回の件での仕掛け人の1人にして中立な立場を取るからか、最後の確認をしただけで終わらせることに決める。

 

「最高審判官の名において判決を下す、被告人フリーナを除き神に該当する者は存在しない。その是非は関係無く、その責務も放棄されていないと判断される。よって、無罪だ」

 

 そして、本来なら『500年も神と嘯いていた』彼女が、許された。今後の裁判でこの事は決定した事であるので、蒸し返す事は出来ない。彼女は国民の総意として、神と認められたのだ。

 

「では諭示裁定カーディナルスによる判決を下す」

 

 そして、最後の決定事項が流れる。前回不調を起こした裁定機であるが、皆でそれを待っていると。

 

「これは……判決を下す。水神────」

 

 ヌヴィレットがフリーナの席、つまるところフリーナとバンパーの方へと顔を向けて結果を呟く。

 

「有罪、死刑」

 

「え?」

 

 それは、誰の呟きだったか。ただフォンテーヌ史上初の死刑宣告を突き付けられた彼女は、またドン底に突き落とされたと知るのであった。

 

 ☆

 

 私ことバンパーがこの劇場まで来たのは、フリーナが助けを呼んでいたからだ。それも死を選びかねないほどの覚悟の重さ、そんな言葉が届いたからである。

 ちなみに届いたのは私がフォンテーヌに来てすぐの頃にファデュイに狙われていた彼女にマーキング、もとい思いっきり私の唾液を飲ませたからである。

 交わした量で変わるが効力が残っている間は相手の気持ちが大雑把に分かるようになり、彼女とはそこそこの時間唾液を交換したのでSOSが強く伝わったのだ。

 それで予言調査の為に水源を洗っていた私は切り上げて駆けつけたら審判されていたのだ、まさか彼女が神だとは……いや正確には神によって不老にされた人間だとは思わなかったが。

 

 だからこそ、彼女を助けに来たわけなのだが。

 

「ガラクタだとは思ってたけど、そこでも『思い通り』になってくれないわけね」

 

 ただ、まだ救えてない。タルタリヤに有罪を、私に審判を行わなかった諭示裁定カーディナルスは、また私の敵になっている。

 

「させると思うなよ」

 

 それに何があるのかも、どれだけエネルギーが溜まっているかも分かっている。そんなのは見るだけで分かる、その上でそうして来るならば手段は選んでいられない。

 旅人や他の者も納得してない様子だ、死刑というのが突飛なのもあるが受け入れる気はないようだ。最悪、ぶっ壊す事も思案してしまうが。

 

「も、もう良いよ」

 

 後ろから、声が聞こえた。フリーナだ、片手で抱き寄せた彼女の体は弱々しく震えている。それにまだ効力が残っているので、彼女の中にある感情の色は隣にいればおおよそ分かる。

 不安、恐怖、そして決意。誰もが追い詰めていた時よりも、ある意味深刻だ。彼女は、抗う意思が見当たらない。

 

「ありがとう、バン。僕、最後に君に会えて良かった」

 

「諦めるな、私や旅人が必ず……何か」

 

「僕は、神様のまま終われるんだ。これ以上は求められないよね」

 

 そう言うと、彼女が顔を寄せて来る。そして数秒だけ震えた口先を頬にやると、また離れて行く。涙目の彼女は、怖さを押し殺して離れていく。

 

「だから、バイバイ」

 

 フリーナは、受け入れた。神のままというのは気掛かりだが、彼女は死刑を受け入れてしまった。死にたくないと、怖くて仕方ないと、心が震えてても彼女は笑顔を作る。

 こんな事しかさせられない、彼女を救えていない。私がここまで来たのは、ナヴィアのような悲劇をまた起こすわけにはいかないからだ。あんな想いをしたくないし、目の届くところでさせない。

 ならば、無理矢理にでも外から止めるしかない。

 

「最高審判官、龍のヌヴィレット。止められるんだよな!?」

 

「前例のない事だ。死刑の仕組みすら分からぬ以上、何とも言えない」

 

 使えない、なんて気持ちが湧いてくるがヌヴィレットとて同じ状況だ。死刑の執行が初めてのことなのだから、それがどう行われるのかも分からないのだ。

 そもそも判決もおかしい。神か否かの審判で神を有罪判決を出すのは矛盾がある、誤作動ではない。何かを見落としているのか、それが何かは分からない。

 手詰まりとは思いたくないが、最低でも彼女をここから逃さねばならないだろう。死が彼女の救いだなどと、言えるわけがない。

 

「バンパー、君に問いたい事がある。偽らずに答えて欲しい」

 

 無理矢理にでもフリーナを連れて行こうかと考えた時だ、ヌヴィレットは問い掛けてくる。最初は神かと思った彼だが、今は何なのか分かっている。

 

「ポワソン町で水に溶けた人々を助けたのは、君だな」

 

「それがどうした」

 

 途端に周りが大きく騒つき始める、死刑の話もそうだが『ポワソン町が救われた』という事実すらこの時点で公表されてないようだ。それが私個人によるものとなれば困惑も大きなものとなる、本来なら言わない事だしはぐらかすが時間が惜しかった。

 

「何故、フォンテーヌ人が溶ける。原因は?」

 

「フォンテーヌ人が全員、元は純水精霊だから。正確に言うなら溶けるじゃなく、人から純水精霊に戻されている」

 

 そして、ヌヴィレットを含めた全ての人が目を開いた。恐らくは、私しかまだ気づけていない事だから。

 過去に純水精霊に囚われた事もあり、尚且つリネットやシャルロットといった純粋なフォンテーヌ人と肌を重ねたから分かる。元は人間ではなかったのだと。

 

「それは、君以外に戻せるか?」

 

「出来ない、アンタに出来ないなら」

 

「そこまで知る君は、水神か?」

 

「フリーナ以外に水神を名乗れる子は居ないよ」

 

 目の前のヌヴィレット、元素龍王の1人である彼が出来ないなら私以外出来る奴はいない。神でないが神に匹敵する存在感を持っているのは神すら超える上位存在だからだった。

 ただ、ヌヴィレットも気になったから聞いたというわけでもない。私の言葉が、何かのピースと噛み合ったのだろう。そういう顔をしている。

 

「……なるほど、理解出来た」

 

「何が?」

 

「初代水神エゲリアは天理に裁かれた。その罪が『人を創った事』だろう」

 

 もはや観衆の声は驚きが連発してるおかげで絶句している、フリーナが神でないかもしれないと話が始まり今度は自分達が人間じゃないとなれば、言葉を失うには十分だ。

 初代水神、恐らくは砂漠で果てたアレは死んでいるが『原始胎海の力』を使い純水精霊を人にしたのだろう。だからこそ、彼らの中なら特有の元素力を感じられる。

 そして、それを天空の島の支配者、神々の上に立つ天理は許さなかったのだろう。

 

「つまり、予言がそれを帳消しにする裁き。元よりフォンテーヌ人は滅ぶ運命にあった」

 

「そ、そんなのあんまりすぎるぞ!?」

 

 事態は想像していたが、言葉にするのは重い内容だ。滅ぶべくして滅ぶと決められていたのだ、生まれたことが間違いだとされて。全てを純粋精霊に戻す、それが描かれた筋書きだ。

 なら、水が溢れてくるのも本当に時間の問題だ。彼女だけを守るのは難しくないが、死刑と予言の両方から守るとなるとキツイ。

 

「旅人、こっちに来てくれ。ヌヴィレットも!」

 

 ここから去らねばならない、ならばこれだけは伝えるべきだろう。リネットには交換条件としてふんわりとしか伝えた事はないが、必要な情報だ。

 

「(小声の方が良い?)」

 

「(それだけ、急も要するのか)」

 

 正直言って、伝えるのも悩むものだ。これを伝えたからといって事態が変わるわけじゃない、しかしこの後にアレをどうにかするなら必要な事なのは確かなのだ。

 

「(私やタルタリヤ、フリーナに審判を下したあれにはフォンテーヌを一撃で消し炭に出来るぐらいのエネルギーが溜まってる)」

 

「「っ!!」」

 

 2人は声を出さないが、顔は雄弁だ。今の私の言葉を信じられる信頼は置いておくにしても、これは個人がどうにかできる段階じゃない。

 

「(神の心もある、絶対にフリーナの死刑はおかしい。直に触れてないけど、アレには何らかの意思が宿ってる)」

 

 諭示裁定カーディナルスの考えがわからないせいで事態が転がり方が分からないのだ。どうして死刑を下したのか、タルタリヤや私を何らかの形に誘導をしたかったのか、分からないし読み込む時間も恐らく無い。

 

「……タルタリヤ」

 

 ただ、旅人が思案し始めた。私からタルタリヤの名前が出た事で何かの引っ掛かりを感じたのか。少なくとも私には無い、彼がどこにいるかも分からないのだから。

 

「『タルタリヤの夢』『胎海を遊泳する鯨』水が溢れてくるのはテイワット全体の水嵩が増えたからじゃない、水を押し出すバケモノが居るから。なら、それさえ何とかすれば」

 

 旅人は私に持ってないピースを集める、私から集めたものもあるのかもしれないが、何らかの答えを掴んだ顔をする。

 

「分かった、かもしれない。バン、僕たちの敵は」

 

 旅人が何かを呟こうとする、その瞬間だった。劇場が異様な空気と共に、空間が割れた。

 

『ぶおおおおおおんんん!!!』

 

 そして、鯨が現れた。

 

 ☆

 

 フォンテーヌは水の国だ。だからこそ、皆はその異様さをより顕著に感じる。

 様々な衝撃を与えてきていた事件が、佳境に入って来た。人々はもう、予言が確かな事は揺らがない事実と認識していた。

 ナヴィアやシャルロットも、それは分かっていたのだが。

 

「なんだよ! なんだよこれは!?」

 

「きゃあああ!!」

 

 巨大な怪物『呑星の鯨』が、エピクレシス歌劇場に現れるなどとは思っていなかった。

 途端に皆パニックになる、頭が情報で埋められて居た中での怪物の襲撃は最後のダメ押しだった。

 

「早く、みんなを早く!!」

 

 ナヴィアは周りに呼びかける、鯨はヌヴィレットに襲い掛かり動きを止めているがあんなのに巻き込まれて無事に済むわけがない。

 ただ、皆が皆逃げられているわけじゃない。

 

「こ、こんなの……」

 

「早く、立って! 逃げますよ!!」

 

 シャルロットが転んで呆けている人を引っ張っている。あまりに巨大な絶望が、悠々と歌劇場にすら収まりきらないそれがヌヴィレットと弾き合うと、その口先を別の目標に据える。

 

『ぶおおおおおおおおおお!!』

 

 それは、シャルロット達の方だった。

 

「シャルロット!!」

 

 ナヴィアの視線の先には今にも突撃をしようと鯨が迫る。クロリンデが避難を支援していたが、彼女の速さでも間に合わない距離だ。

 

 だから、そこに彼が間に入る。

 

「重っ……!!」

 

「バ、バン……!?」

 

「早く行け、長くは……!!」

 

 2人を庇い前に出た彼が水の鎖と障壁を持ってして受け止めた。普通の神の目の使い手ではこれは止められない、目を疑う光景にシャルロットは目を見張るが一本ずつ鎖は千切れている。

 だが、その間にクロリンデが間に合った。

 

「こちらはお任せを」

 

「助かる」

 

 そして、2人を連れて離脱する。周りを見るにもう逃げ遅れたものは見当たらない、無事に皆を外に連れ出せている。残っているのは最低限の自衛が出来るものたちだけだ。

 

「バン!!」

 

 そして、それを確認したバンパーは一度鯨を大きく弾く。ただ、参戦しようとする旅人を見ると同時に、紫紺の刀を取り出す。

 

「フリーナを守れ!!」

 

 今度は、雷の元素を彼は纏い始める。先程までの水元素と異なり、濃密に練り上げられたそれが刀に集中する。対して鯨も、再度攻撃体制を取り彼の後ろまで貫こうとツノが光り始めるが。

 

「集中……後先無しの、集中」

 

『おおおおおおおんんん!!』

 

 接触の瞬間、光が瞬く。刹那の後に轟音と、鯨を貫く雷撃がかけめぐる。

 

「『無我(むが)境地(きょうち)』」

 

 本来ならば、彼程度の人間が使える筈もない練り上げられた一撃は鯨に直撃した。その衝撃は射程圏内にあった障害物を切り裂き、雷元素の残存エネルギーが漂う程の一振り。ただの生物なら、いや並の怪物でも即死の一撃が放たれたのだが。

 

「痛っ……効いてない!?」

 

 減速し静態したものの、再加速しバンパーにツノを突き立てた。それを辛うじて刀で受け止めるものの、その勢いは止められずに壁際まで追い詰められる。あと少し力を加えられたら潰される、そんな危機的な状況。

 

「どこ行ってんだ!!」

 

『ぶおおおおっっ!?』

 

 そのタイミングで、虚空を破り黒い騎士が現れ鯨を貫いた。先程のバンパーの放ったものとは異なるが雷を纏ったそれに切り裂かれ、また動きが鈍る。

 

「タルタリヤ!?」

 

 絶体絶命のピンチを救ったのは、行方不明だったタルタリヤだ。同時に鯨も不意打ちでヌヴィレットから放たれた水流に貫かれる。幾度となく本来の生物なら致命傷を受けたそれは漸く、虚空の中へと消えていった。

 ただタルタリヤも限界だったのか、肩で息をしながらも力尽き同様に落ちて行った。

 





曇る描写は本編の方が遥かにキツイんで本編を見て下さい。

それとフリーナへ初対面でとんでも無い事をした話は短編を挟んで紹介する予定です。処女なんでセーフです。
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