私は人間(倫理観)を捨てるぞ、旅人!! 作:札幌ポテト
1.フリーナの日常
2.その後の稲妻
3.彼の知らない話
1.フリーナの日常
神座から降りたフリーナは、予言を乗り越えた後のフォンテーヌで1人の人間として過ごしていた。
バンパーの用意してくれた家には家財道具が運ばれて普通の生活が始まったり、稼ぎが無いのでパスタの限界レシピを考えたり、ヌヴィレットが熱りが冷めるまではと駐在所と駐在員を20人ぐらい派遣したり、それにやり過ぎだとフリーナが抗議をしたりと、予言と戦っていた500年とは違った平和な時間だった。
「どういう事だいこれは!!」
そんな折に、何故かヌヴィレットの元へフリーナは殴り込みに来ていた。
しかし、ヌヴィレットには思い当たる節がなかった。
「どうしたフリーナ。私の手配した水でも合わなかったか?」
「それはそれで困るけど違う!」
「…………そうか」
「あっ、ちょっと! 使ってるから! 毎日ちゃんと飲んでるから!」
外で急な大雨が降り注ぎ始めたので慌ててフォローをする。彼なりの善意なのだ、若干しょんぼりした顔をしていた。
なお各地から水龍選りすぐりの水はちびちびとフリーナが飲んでいるものの、水の違いが分かるわけでは無いので一室丸々が水専用の倉庫になっていたりもする。
ただそうなるとヌヴィレットにはフリーナが立腹しているような事案への心当たりがない。
首を傾げて考え込むがその姿に呆れたのか彼女の方から一枚の紙が突き出される。
「僕が聞きたいのはこれ!」
「……?」
「なんで分かってないんだよ!!」
ヌヴィレットは突き出された紙を見る、しかし手続きになんら不備の無いものなので余計に理解が出来ない。
対してフリーナは『本当に500年で人の心覚えたんだよね!?』という目をしている。
ただこのまま待っていても時間が過ぎるだけだ、フリーナは紙を握り締めながら更にヌヴィレットへ紙を突き出し近付ける。その紙だけが、視界に入る様に。尚且つ、1番問題の部分が見える様に、
「なんで僕が結婚してるんだい!? それもバンパーと!!」
突き出された紙は市民証。そして、そこにはフリーナとバンパーの名前が隣り合って書いてあった。俗に呼ぶ戸籍謄本と言えば分かるかもしれないが、個人を国が保証する資料だ。
しかし、ヌヴィレットは焦るフリーナとは対照的にまるで考えもしていなかった懸念かのような落ち着きがある。
「そんな事か」
「そんな事じゃないよ!?」
フリーナは気付かない内に籍が入っている事に憤慨する。思えば人として過ごすと話した時に提案をして手続きをしたのもヌヴィレットなのだ、間違いなど起きないだろうと信用していたが間違いだったらしい。
ちなみに何故今気づいたかというと、仕事を始めようとしたからだ。
今のフリーナには収入が無い。なので先ずはバイトからでも始めようかと思い、自分の市民証を取りに向かった。彼女がバイトなんて始めたら色々と問題が起きるのだが、それに気づく前に気付いてしまったのだ。
「好き合った者同士がするものだろう、なら問題は無いはずだが」
「いきなり結婚はおかしいからね!? したとしても過程が大事なの!!」
「何故だ、家庭はこれから築くのだろう?」
「そっちの家庭じゃない!!」
この水龍は人の心を理解したのではなかったのか、良いわけないだろうと顔を真っ赤にしながら抗議する。
それに、相手は獄中に居るものの新しい水神として既に名が広められているバンパーだ。既に名義人がバンパーの家にフリーナが住んでいる事は知られているし、籍が入っている事もいずれわかるだろう。
ただ、それは世間的な問題で彼女個人の問題ではない。
「そ、それも相手が新しい水神で予言の鯨を誅伐したバンパーとなんて、その、そんなの……!」
フリーナは、初対面の時に助けられて1時間以上凄い事をされてしまったがファデュイの召使の襲撃から助けられた。今でも夢で思い出しては身悶えるが、それだけじゃない。
裁判では自身を1人で庇い、嘘を信じて貰えた。あの様子だと嘘だとバレても居そうだが、フリーナを信じて守って貰えた。あそこまで尽くされて乙女心は揺らいだし、別れの口付けも拒まれなくて安心して最期を迎えられると思っていた。ただ、その後に予言の鯨や死刑執行からも守られ、抱きしめられたりした後で言伝と共に家の鍵を預けられ────
「(あれ、僕ってもしかしてプロポーズされてる!? これ受けた事になっちゃってる!?)」
なんか抱きしめられたり普通の女の子にするにはおかしい事をされている。そもそも初対面で初めてを何個か取られてるし、フリーナも庇ってくれた彼に感極まって口付けもしている。
何だか相思相愛の恋人のような行為じゃないかと気付き始めた途端に口ごもり始める。
その様子を見て、ヌヴィレットは珍しく微笑みながら雲一つ見当たらない窓の外を見る。
「私の選択は、間違ってなかったようだな」
「僕は返事をしてないだろ!?」
ただ、それはそれとして勝手に籍を入れているのは納得していない。プロポーズとセットのそれを気遣いでされてたまるものかと思うのは自然だろう。
ちなみに混じりっけなしの善意なので怒るに怒りきれない。それにフォンテーヌを過去から今まで回しているヌヴィレットには感謝もしているのだ、言葉で攻めるのも良心が痛む。
なので、これ以上言っても仕方ないだろう。逆に言い過ぎると籍が外されて意味不明なバツイチという傷がつく。
「もういい! 僕は一般人として幸せになってやるからな! 勝手にしてやる!!」
「それはこちらとしても良いが……フリーナ、君の体について話が」
フリーナは去って行く。「ばーか! ばーか!」と負け惜しみのような捨て台詞を残して。
その背中にヌヴィレットは何か話しかけるが、それは無視されて扉を閉められてしまう。こうなってしまえば、これ以上の話を今日は出来ないだろう。
ただ、ここで話すのは自分でなくても良いかという想いもある。
「いずれは気付く話ではあるが……無理に言う必要もないか」
後にここで強く引き止めなかった事を抗議される時が来るのだが、それは先の話である。
ただヌヴィレットは、いつかは必要になりそうな
☆
私ことバンパーは、フォンテーヌで無事に持ち家に帰れていた。理不尽な投獄からの帰還である、ヌヴィレットには逆らうと本気を出さざるを得ないので反抗できないが、無事に帰還したのだ。
先にポワソン町に行ったりナヴィアの家で一晩を過ごしたりはしたが、水に沈んだ街も復興がかなり進んでいて変わり無いように見えた。
私の家も無事なようで良かったが、思いの外周りからの視線を感じる。それは彼女の家でもあるからだろう。
「もう! 僕はずっーとこの家で待ってたんだからな!」
「……新妻みたいだな」
「つ、つまぁ!?」
帰ってきて出迎えてくれたのはフリーナだった。私が色々と首を突っ込んで予言と戦ったのだ、勝手をした責任として小さいかもしれないが彼女へ家を提供したのである。
ちなみに部屋数はまだまだ余裕がある、10人はいても平気な広さだ。思い切り過ぎたかもしれないが、なんか安く買えたので買ってしまった。流石にこの部屋が埋まる日は無いかもしれない。
それはそれとして久しぶりに帰宅出来た。肩の力が抜けてくれる。ポワソン町での土砂崩れを止めた疲労はないが、ナヴィアと朝までしていた疲労感はあるからね。ご馳走様でした。
その後は「と、ともかく! 今日から一緒に住むんだから、家事はお互い助け合ってやるからな! 食べた食器は自分で片付けて、自分の分の洗濯は自分でしまうんだからな!」と言っていた。
やっぱり新妻みたいだと言ったら胸を抑えて身悶えしながら「もう寝る!!」と言われてしまったが、夕食には戻って来たので仲が悪くなったわけではなさそうだ。
暫くはフォンテーヌに居るつもりだし、彼女の事は一応最後迄大丈夫なのは確認しないといけないだろう。
ただ、家にいると言っても毎日帰れるわけでもない。
メロピデ要塞に収監中にも届いていた、もう何度目かわからない書簡を手にして、私は朝早くに出掛ける準備をする。
「今日も長引きそうなの?」
「多分ね、今日は外で泊まってくるよ」
ヌヴィレットから『不穏な影か感じられる』などと彼以外が言うと鼻で笑われそうな事を言われてしまい、正式な書状まで待たされて向かう先はエリナスという地域。エリナスなる巨大な海獣の遺体がある地域で、不審な地響きの調査である。
まぁ、ただの自然現象で大した案件じゃなければ日帰り出来る。なお今日帰る場所は地下の隠し部屋で、猫を可愛がる予定なので外泊だ。楽しみである。
ちなみに出掛ける時はいつもフリーナが見送ってくれる。毎朝眠そうにしながらも、ネグリジェ姿で送ってくれる良い子だ。なんか新妻みたいだけど、それ言うと不機嫌になる時もあるので今回は言わないでおく。
「……なんか、外泊多くない?」
「アー、ウン。イソガシイカラネー」
なのだが、フリーナの機嫌は寝起きなのもあってか良くはなさそうだ。外泊のほとんどが誰かと一緒に寝てるからね、まぁ同居人ってだけでフリーナにそこまで気遣わなくても良いのかもしれないが、私的には予言の功労者だし庇護欲が湧いてくるというか大切にしたいのだ。
だから、家に連れ込むとかはしないし、フリーナから求めてこない限りはエロい事はしないつもりだ。
それに彼女は私にキスされたのに添い寝をほぼ毎晩してくる程悪夢に魘されてると言う、尚更私が我慢するべきだろう。
なので今日も今日とて、外で欲望を発散するのだ。
「……僕たちの家はここなんだからね?」
やっぱり新妻みたいじゃない? とは言わないでおいた。
本当に嫌がられたら嫌だし、未婚の男に言われたら嫌でもあるだろう。
私はデリカシーを知っている男なのである。
☆
バンパーと一緒に暮らし始めてから、時間が経った。経ったからと言っても、彼が自宅に帰れる日は少なかった。
仕事に追われているのだろうと、気を遣っていたフリーナも料理の練習をしながら過ごしていた。
ただ、彼女は彼女で悶々としていた。
「バ、バン……」
夜、枕を抱えて彼の部屋に向かった。扉を開けると寝る寸前なのか、灯りを消してベッドでくつろぐ彼がいる。ヌヴィレットから何もかもが寄贈されているのでパジャマまで青くて水神のものっぽい、それだけ彼に期待……いや、信頼をしている。
ただ、そんな仕事に疲れている彼に彼女は小さな我儘をしに来たのだ。
「その、一緒に寝ても良い……?」
「良くない夢でも見たのかな?」
「……うん」
時折、予言の時を思い出す。何も出来ず、バンパーも現れず、神を騙った事を罵倒され、全てのフォンテーヌ人から糾弾されてから処刑される、全てが助からなかった夢が囁いてくる。
予言から解放されても、あの悲劇が終わっても、まだ500年分の緊張が残っているのだ。
ただ、彼と居てからそれは治ってきてもいる。だから、これはそれが終わった事なのだとわかる為に、助けてもらった彼の元へ来たのだ。
「じゃあ、おいで」
彼に手を引かれ、ベッドの中に入る。同時に、そのまま彼にフリーナは抱きつく。彼も彼で少し驚いたようだが、抱きしめ返してくれる。
「わ、わぁ……」
全身が、暖かい。何かが満たされていく感覚で溢れていく。ハグはストレス解消に役立つと聞くが、それどころじゃない効力を感じられる。悪夢を見たフリーナを怖がらせないようにと優しく抱き締められてしまい、息が浅く早くなりそうだった。
「(バンの匂いがする……あの時にいっぱいされちゃった時と同じ、んあっ……ちょっと、やばいかも……♡)」
彼にあの日、あの夜に、初めてを盗られた。でも彼が初めての相手だと分かったら何度も思い出して自分の体を慰めてしまった。今も優しくじゃなく、息がギリギリ苦しくならないぐらいの力一杯に締めてもらった方が嬉しかったりもする。
互いの鼓動を胸で感じながら、あの日の事を思い出して鼻血が出そうなほど頭が熱くなって来た時だった。
「……かたい」
「え?」
彼が、何か呟いた。すると手が緩み、抱き枕にされてしまうのは終わりかと名残惜しそうに「あっ……」と呟いてしまった後だった。
「っ!?!?」
胸元が、緩んだ。正確には、女性特有の下着の締め付けが無くなった。彼が背中に回していた手が、それの留め具を外していた。寝る時は基本的に外すのだが、流石に異性と寝るのだからと今日付けていたそれが外された。
同時に、いつの間に整えたのか……脇から下着が抜き取られてしまった。
「これで良いか」
「あっ……あう……♡」
そして、また抱き締められる。今度はダイレクトに彼の胸の硬さを感じてしまう。下着が無くなり、お互いに薄い肌着一枚ずつしかないのだから、先ほどよりも密着出来てしまう。
「(これ、されちゃう奴だ……僕たちには、まだ早いのに……♡)」
フリーナは、目を閉じる。これから始まる夜に、まだまだ駆け出し始めた夫婦という関係で、いきなり過ぎるが彼なら良いかもしれないと心が許している。
そして、その時が来てしまう事を覚悟していると────
「……あれ?」
隣から、寝息が聞こえ始めた。薄目に彼を見ると、心を許し切った顔をして目を閉じていた。
つまり、下着は抱いて寝るには固かったから外されて、あの時散容赦の無く逃さなかった行為をして来たのに、据え膳なのに、何もせずに寝たという事だった。
「うぅ……僕がバカみたいじゃないか……」
「z...zz...」
「で、でも……んっ♡」
ただ、ふと眠る彼の顔を見ていると悶々とした気持ちが更に昂っていく。今もなお、彼の熱を全身で感じながら、彼の匂いに包まれながら、無防備な顔を晒しているのだから。
「(バンが、僕をこんなにしたんだよ……? 僕は、何も知らない女の子だったのに……)」
フリーナの手が、彼の頬に当てられる。起きはしないだろう、ただそれは添えるためで狙いを外さない為のものだ。彼との距離は、吐息が掛かるほどに近づく。
「(良い、よね? 散々、僕にはしたんだから……)」
そして、その吐息の出口を自分から塞いだ。途端に、彼の匂いが頭の中を埋め尽くす。
「んぅ……んっ……♡」
優しく、起こさないように、それでいて自分の欲望を満たすように、距離をゼロのままにして熱を交換する。
「はむっ……ん、んん……ちゅ、ちゅる……♡」
そして、そのまま起きない事を確認すると更に顔を埋めて行く。
「(口の中暖かい♡バンの、柔らかい……♡)」
深く、行為が続く。自分からするのは初めてなのだが、あの日の事を思い出しながら今を感じとる。
「(これがバンの味なんだぁ……♡)」
寝ている彼へ、許可も取らずに、勝手にしてしまう背徳感と今得ている多幸感に酩酊してしまう。このまま続けてしまいたくなるのも、気付けば自分の口の中が彼の味しか感じなくなるのだから仕方ない。
「っ!?」
だが、不意に彼が身動ぎをした。名残惜しいが、このまましてしまったら起きた時に何の弁明も出来ないので、そのままゆっくりと彼の口から舌を引き抜いた。
「ぷはぁ……はぁ、はぁ、はぁ♡」
窓から差す月明かりに照らされて互いを繋ぐ糸が見えてしまう、こんな橋を繋いでしまう程に長くしてしまったのだと、少しだけ冷静になる。
「(お、思わずしちゃった……流石に起きちゃうしやめ……っ!!)」
ただ、彼の口元もまた月明かりに照らされてしまっている。自分の唾液が口元に付いたせいで妖艶に見えてしまう、それを凝視してしまうのも今のフリーナには仕方ない事だ。
「も、もうちょっとだけ……♡」
添えていた手を、今度は首に回して抱きつかせて始める。もう、躊躇いはなかった。
その後、気付いた時には朝だった。翌日彼に唾液で口周りがベタついている事を責められるかと思ったが、彼は『よくある事みたいだから』とむしろ気にしてくれたので、フリーナは胸を撫で下ろせるのであった。
☆
2.その後の稲妻
海の果てにある国、稲妻。そこの天守閣ではいつもと違い、閣僚達は居ない。雷電将軍の統制の元、神里家を始めとした各家が治世を行うのがこの国であるが、今日はその統制者の隣にいるのは人間ではない。
「とりあえず、今回に際しては友好を結ぶ為の使節団です。彼がどの程度、フォンテーヌに縛れているかの確認はできるはず」
雷電将軍の隣には2人の獣がいる。それぞれ桃色と白色の狐耳の生えた巫女であり、片方は優雅に茶を飲んでいる。一方で、桃色の方────八重神子はそうでもない。
「そろそろ納得したら如何ですか、神子」
「いくら主の言葉であっても、納得出来るものか! わ、妾がやはり行く! 行って喉元を噛みちぎる!!」
「今の彼を相手にしては無理でしょう、2人目を産み付けられるのがオチですよ」
「1人目も産んでおらんわ!!」
雷電将軍、今は本体である神格の影がでているが、呆れた顔をしながら自身の眷属を見る。ちなみに白色の狐巫女、狐斎宮もまた彼女の眷属だが落ち着いている。なお、神子が落ち着かないのは当然相応の理由がある。
「噂では璃月で10人以上へ手を出し政治的混乱すら起こっているとも耳に入っています、認知をされないと父親のいない子に育ってしまいますよ?」
「あんな変態に認知されたら妾まで変態扱いされてしまうわい!」
ここにいる3人は、全員とある男に抱かれている。神子に至っては『ショタ狩り狐』などと言う誤解しか起きない噂を勘違いした者達からばら撒かれてもいるので立腹するのも当然だった。
そして、ここまで気が立つのも『来るものが来てない』からなのだが。
逆に、他の2人は落ち着き過ぎていた。
「と言うか斎宮様は斎宮様で落ち着き過ぎてませんか!? 良いのですか、あんな男の子を孕んでしまったら……!!」
「そのこと、なんですが」
自身のかつての師であり、戦争の最中で亡くなった筈の彼女────狐斎宮に、八重は問う。この怒りは同じ気持ちなのだろうと、共に仕返して尊厳を取り戻そうと奮起しようと言いたいのだろう。
ただ、その意気ならばもっと早くから同調している。
「この際、生まれて来る命に罪はありませんし……彼に救われた命なら、その命を背負うのも使命なのかと思いまして」
彼女はもう、手遅れだった。
事件を解決したかと思えば徐に体を安定させられ、そのまま夜通し神社での御奉仕えっちをさせられたのだ。巫女服も余計に彼の嗜虐心をそそり、情け容赦の無い行為は容易に彼女の価値観を粉々にしてしまった。
あの夜に、彼女は彼のモノにされたのだ。
「それより考える事が色々ありますからな!?」
「それに、その、あ、あんな事を2度もされてしまっては……んっ♡」
「斎宮様ぁ!?」
彼女はもう、手遅れだった。
それを認識した八重は身悶える師を前にして頭を抱える。かつての師が彼に情緒を焼かれてしまった事に。
確かに稲妻の危機を1人で解決して狐斎宮を蘇生までしたのだから、偉業ではある。それはそれとして与える褒美に限度があるだろうと叫びたいのだが。
「影を見習ってください! 忘れてはなりませんが思い出すのはやめましょう! 妾達にはやるべき事があるでしょう!」
このままでは不味いだろう、建設的な話が出来ていない。ここはまず全員の意思をマトモな方を向けるようにしようと、何故か1番の若手である八重は無理矢理声を荒げる。
「あら、私がどうかしましたか?」
「お主、最近はやけに城の拡張に拘っておるの。天守閣周りの部屋を空けたがっておるな」
「ああ、その事ですか」
今、稲妻城ではそこそこ規模の大きな改築が行われている。いや、増築作業がメインなようで、ここ数百年でも珍しい工事だ。
特にそれを発案したのが雷神である影なのは異例だろう。いつもは下から上がってくる案を通すのか彼女の仕事なのだが、直々に取り仕切っているのは珍しいものだ。
ただ、それに相応する事態ならば理解はできる。
「斎宮様の事、もう明るみに出すのか? 妾としてはまだ早い気もするが」
狐斎宮は、かつて死んだ眷属なのだ。それが生き返ったとなれば相応の役職と場所を与える必要がある。
宮司は既に八重が行なっている、2人目が出来ても良いが城にいた方が良いと考えたのだろう。
そうでなければ天守閣を開けようなどとは思わない。あんな事をされた後でも冷静に神を出来ているのは流石だ、その姿勢にはまだまだ学びが足りないなと自省をしていると。
「いえ? 子供部屋を用意しているだけですよ」
「なんじゃ、そんな事……いやいやいやいやいや」
どうやら、1番手遅れだったのは彼女かもしれない。
「お主まで出来てるのか!? いや、出来てしまうのか!?」
「言ってませんでしたか? 私も来てませんし」
「言っとらんわ!!」
たった1人の男に振り回されてるこの状況、誰が予期できたと言うのか。と言うか他の国は大丈夫なのか、フォンテーヌは陥落してるんじゃないかと頭をまた抱えたくなる。
「まぁ、次代の雷神を育てるにも相応の準備が必要ですから」
「まぁ、で流すな! 良いのか? アレが父親で良いのか!?」
抱えた頭から熱が取れる気がしない。もはや八重に打てる手立ては無いのだろう、雷神が堕ちたらお手上げだ。
この国は終わりかもしれない。
☆
3.彼の知らない話
今、璃月は動乱の時期にあった。それもそうだろう、岩神が居なくなり仙人が人知れず俗世に関わるようになりながら、その統治を人間が行っているのだから。
だが、それでも回っていた。それだけ璃月七星が、ひいてはそれに従事する璃月人達の力は治世を成していた。かの魔神の眷属すら払い退けた彼等に、憂いなどない。
ただ、個人としてはそうではない者も居た。
これはそんな最中での、海灯祭前の事件である。
「凝光様、自らですか!?」
「二言は無いわ、早くしなさい」
群玉閣の主人、璃月七星の天権である彼女は部下の静止を聞かずに支度を続ける。使者の用意を、身支度を、群玉閣の航路を、全て手配する。それの気迫は、正に最優先事項とでも言うようだ。
「お考え直し下さい、我々の方での精査は出来ています。態々群玉閣を伴ってなど!」
「そうです、海灯祭前に天権が不在など有事が起きれば!」
それが、彼女の暫くのスケジュールを無視したものなのは明らかだった。彼女は璃月の治世を行う七星の1人だ、そのスケジュールは分単位で決められる事もある。
代わりが居ないのだ、彼女はそれだけ七星の中でも頭ひとつ抜けた璃月の知者であり権力者であり、為政者なのだ。そんな彼女が、この選択を取ったのは気が触れてしまったからではない。
「何か、勘違いをしているわね」
「っ!!」
その眼光の鋭さは、平時とは違う。今から戦場に向かうような、普段の執務でも中々に見られない覇気が伴っている。
まるで人生を、いや彼女自身の全てを賭してまで挑む勢いに流石の従者たちも気圧されている。ここまでのものは、群玉閣を捨てる覚悟をした魔神との戦い以来だろう。ならば、止められるものなどいない。
「これは、私が確かめなければならないの。いえ、私以外には任せられない」
「凝光様……!」
凝光の顔は、決まっている。絶対に曲げないという意思がある。だからこそ、彼女の周りに皆がついて来たのだろう。ただの魚を掬うところから始めた少女が世界一の富豪へと至れたのは、天運や商才だけが理由ではない。
「璃月七星『天権』としてだけではない、個人として『────』として確かめなければならない」
「行くわよ、着いてきなさい」と、そう号令を掛けた彼女は皆の目を見る。最早凝光の意思に反意を返すものは居ない、どこまでも彼女に付き従うと決めた覚悟を見せている。
一丸となり、凝光を先頭とした彼等に畏れるものなど無いだろう。
なお、別に結果が伴うという事ではない。
この後の彼等はそれを知る事になる。
☆
璃月の海灯祭の開催される前の時期、旅人がとある理由で祭りの期間をずらして璃月から旅立とうとして居た時だった。
スメールを通り真っ直ぐにナタを目指すと最悪追いかけられてしまった時にどうしようもないと、陸路よりも海路を使って向かおうと思案して居た旅人はパイモンを伴い璃月とフォンテーヌの国境近くまで向かっていた。
そんな時に、久しぶりにある知人と会ったのだ。
そして、家に招かれた。急ぎ過ぎてもない旅人は、その誘いを受けたのである。それに、かなり久しい知り合いなのだ。それこそ、1年以上も前の出会いだった。
「最初は気付きませんでしたよ、金髪じゃありませんでしたし。ちなみに何で先輩は髪が黒いんですか? イメチェンって奴ですか?」
「そういう事にしといて欲しい」
沈玉の谷のとある民家で、旅人はかつての仲間である彼女────
彼女が新米の冒険者であった時に層岩巨淵で出会い、共に最奥を目指したのは記憶に残っている。特に地図を作る能力は秀でており、今でも炭鉱夫に留まらず璃月の為政者達も参考にしているほどだ。
あれから時間は経ったのだ。少し幼さが抜けた顔付きになっている。
なお、旅人が黒髪なのは申鶴から逃げる為である。
「改めまして、お久しぶりです先輩。数々の武勇伝は私の耳にも入ってきましたよ」
あの時の夢にがむしゃらに、危うかった彼女の影はない。見るからに元気な様子で、言い方が良いのかは分からないが大人びた印象が強くなった。年齢はまだ20歳にもなって居ないはずだが、振る舞いも変わっている。
「あはは……ちなみに、どんな感じ?」
「スメールで魔鱗病なんて不治の病を無くしたり、スメール人が夢を見れるようにしたり……あと新しい神様を倒したり、砂漠で龍を治してあげたりって話も聞いてますよ」
「8割が僕じゃないね!?」
あと知りたくないことを知ってしまった。今言われた話で当て嵌まるのは神の心を使い神になろうとした放浪者を倒した事だけである。何なら龍については会ってすらいない、ナヒーダから聞いただけの奴である。
なお後日にナヒーダの姉を名乗る存在が治療を済ませたと言伝を残していたらしい、それが誰かは察しがつくし誰と治したかも分かるが……いつかは出会うのかもしれない。
「というか、それ殆どバ……あっ」
ただ、思わず言おうとした名前は途中で途切れてしまう。
その名が、彼女にどんな存在かを思い出して踏み止まったが遅かった。
「へ……? バ……って、その……や、やっぱり……」
誰の名を出そうとしたのか、彼女も察してしまったらしい。途端に、口ごもって旅人から目を離してしまう。
思いがけず、気不味くなってしまった。彼女の外された視線を右往左往させているし、頬や耳を紅潮させ始めている。
「お、おい。何か……」
それもそうだろう、パイモンは知らない故に戸惑っているが……その途切れた名前の男は、彼女に口にするのは憚れる行為をしていたのだから。
どこまでしたのかも、どのくらいしたのかも、最初の1回目らしき時とその後の気づかないふりをしていた数回で察する事が出来てしまう。彼女にとっては、思い出したくない事だろう。
「い、いやー! ま、まさか志璇が『沈玉の谷』に居るなんて思わなかったぞ! 冒険者の仕事……じゃないよなこの感じは」
いつもはノーテンキなパイモンがフォローに回っている珍しい状況だが、旅人は下手な事が喋れなかったので助かった。
その助け舟には、志璇も苦笑いをしながらも乗ってくれそうだ。
「あはは……はい、冒険者は辞めました。大冒険なんて、もう何度も出来ない体でしたし」
ただ、それはそれで触れづらい話だ。彼女に何があったかを、旅人は知っているのだから。彼女と共に、あの地下を潜っていたのだから。
「それは……」
あの層岩巨淵に広がる黒い泥は、神の目を持つ存在であっても汚染された。アレが何なのかは分かっていないが、当時共に潜っていた彼曰くは『アビスの残留物、石鹸で洗った後の汚れた泡みたいなのかな?』と言っていた。
普通の人間でしかなかった彼女は、泥の汚染で生命の危機にも陥っていたのだ、後遺症が全くないとは考えられない。ただ、彼ならそれも治せている気もするので、旅人は何か引っかかる。
「でも、良いの?」
「良いんです、私の生きる記録は残せましたから」
ただ、志璇の顔付きは変わらない。むしろ、晴々とした顔でこちらを見ている。
「踏破者なんて大層な肩書きは不相応でも、私と……皆で書けた地図は後世に受け継がれて行きます。継承されて行く事で、私も次の時代でも生きていけるんです」
彼女の夢であった歴史に名を遺す事、凡人として辿り着けるところまで進むと生きていた。それこそ、死んでしまっても構わないと泥に侵された体に鞭を打っていたほどなのだ。
ただ、彼女はその名前を遺しやり遂げた。過程は色々とあったが、結果として生きて帰り、地図は書き上げたのだ。
ただ、彼女はどこかその事を誇っていない。自分だけで成し遂げたと思っていないからとも感じられたが、少し違う気もする。
それは
「────それに、授かっちゃいましたから」
彼女が話した視線の先には橙色の宝珠がある。岩元素の神の目、腰にアクセサリーのように付けられたそれはレプリカでもなく、旅人の目にも本物である事が分かる。
「地下から出たらいつの間にか……と言っても、これを使う事はありませんけどね」
「……あの旅の勲章だよ。認められたんだね」
「私は別に認められなくても良かったんですけど……まぁ、有り難く御守りにしてます」
柔らかく微笑む彼女には、冒険者としての憂いは見えない。文字通り冒険者は卒業できたのだろう、だから今は別の道で生きている。だからこそ、あの旅の思い出に浸っていても、あれだけが人生の全てでは無いという達観が出来たような顔付きなのだ。
少なくとも、彼女にとっては良い旅路を済ませられたのだから、それ以上は無いだろう。
「それと、もう一つの方が……」
「ただいまー……あれ、お邪魔しちゃった?」
ただ、話を何か続けようとした志璇の言葉が遮られる。扉を開けて少女が現れたのだ、それと一緒に抱えられた子供もいる。
どうやら志璇の知り合いのようだが、姉妹にしては気さくじゃない。
「ありがとう藍硯、海灯祭前の忙しい時期なのに……」
「良いの良いの、志慶ちゃんと楽しく遊べたし!」
そう言って、藍硯と呼ばれた少女は子供を下ろす。幼い……まだ一才程度に見える、その子は志璇のような黒髪と淡い青色の瞳をした女の子のようで、藍硯から移ると力一杯引っ付く姿は微笑ましいだろう。
まるで────と、旅人が感じた時だった。
「ま、ま……おやつ……」
「あら、もう? じゃあ、おやつにしようね〜♪」
「え、あ、え??」
「すいません先輩、ちょっと席外しますね」
まま、と呼んだ少女を志璇は連れて行った。おやつを食べるのだろう、そうなのだろう。ただ、色々と頭の中が凝り固まってるのか冷や汗が流れ始める。
志璇と出会ったのは具体的にはいつだったか、2年はギリギリ経ってないか、その間に何も話を聞いてないのであり得ないというかあり得ちゃ不味いだろという思考で埋め尽くされる。
そんな、時だった。
「お姉ちゃん、私はちょっーとこの人とお話しても良いかな??」
「……ん?」
藍硯が、旅人の前に座り込む。先程まで志璇が座っていた場所で、対面する場所だ。正直なところ、今は考え事をしないとまずいと感じているので話は後でゆっくりとしたいのだが、無碍にも出来ない。
璃月には知人も多いのだ、その友人なんかで顔見知りなのかもと思っていると。
「初めまして……いや、ある意味半分は会った事あるから初めてじゃないのかもしれませんね?」
どこか、剣呑とした語気で微笑んでくる彼女。しかし目は笑ってない、冷え切ったそれはエウルアなんかが偶に
「えっ、えっと……会った事は無いと思うんだけど? 僕、何かしたかな……?」
「何を、したか……ですか」
何もしてないはずだ、少なくとも彼女の知り合いに怪我をさせるだとか再起不能にさせるだとか、そんな事はしてないはずだ。悪人ならいざ知らず、そうじゃないなら有り得ない。
自分の身は潔白だろうと、何がそうじゃないのだと戸惑いつつも目を合わせると。
「右も左も分からない駆け出しの女の子に赤ちゃん産ませて1年以上ほったらかしにした人に今更父親面されるとね……ね?」
……。
……。
…………。
「人違いですけど!?」
自分の身は潔白だった。あまりに言葉の衝撃が強過ぎて頭が固まるほどだった。何から何まで無関係だった。
「た、旅人……お前、バンみたいな事してたのか!?」
「パイモン!?」
なのだが先ほど気不味かった空気を有耶無耶にしてくれた味方からナイフが向けられる。別に申鶴にされまくっても思想まで歪んでいるわけじゃないのだ、あんな女の敵と同じ扱いなのは訴訟が起きる罵倒である。
「僕な訳ないじゃん、見た目からしてさ! 髪色も……」
「黒いし、同じですね?」
「(あっ、申鶴から逃げる為に染めてたんだった!!)」
ただ問題は誤解の方だ、これは解かないといけない。というか本当に無関係なのだ、誰の子供なのかはもう察しがついている。
それはそれとして、どう話しても角が立ちそうなので難しい。どうしたものかと止まらない冷や汗を拭っていると。
「……まぁ、顔付きはあまり似てないですし。確かに間違いかもしれませんね、驚き過ぎですし」
肩の力を抜き、藍硯は鋭かった瞳を緩ませる。どうやら本気の殺意は向けていたようだが、それでどう反応するのかを見ていたらしい。
「よ、良かった……本当の本当に誤解だからね?」
心の底から安堵する。自分の実績として吹聴されるものであれば過度な期待だとかを向けられるだけなのでやり遂げたら良いが、悪評に関しては個々での弁明が必要になるので焦ってしまった。
理解のある人で良かったと、藍硯に対していくらか肩の力が抜く事が出来た。
「じゃあ、一つだけ聞いても良いですか?」
「うん、僕に答えられる事なら何でも」
ならば、彼女の知りたい事なら何でも教えよう。正直言うと関わりたくないし、関わるとロクデモナイ光景が各国で見えてしまうので困るのだが、彼女の向けてくれる信頼には裏切らないようにしようと。
旅人は真っ直ぐに彼女の目を見た。
「貴方は神の目無しで元素を扱えますか?」
「え?」
「……」
「……」
……。
「…………使え、ます」
旅人は、彼女から目を逸らした。
同時に、2人の向かった台所の方から声が聞こえる。
「こら志慶! お花さんから元素を抜いちゃいけません! 可哀想でしょ!」
なんか、どこかからか答え合わせみたいにお母さんをしてる志璇の声が聞こえて来た。
間違いなく彼の子供なんだと分かる、でも前にいる藍硯はそう思ってない。そう思うわけがないだろう。
余談だが数日前に璃月の一団が現れた時、先頭にいた美女はその親子を見て膝から崩れ落ちて半刻以上呆然としていたし、その後にやってきた別の七星や法律家やらも同じ顔をしながら同じ時間項垂れていたりもする。
しかし、彼女にとって神の眼を持たずに元素の力が使えるのは志璇の子供とその父親だけである。そして、そんな父親は早々居ないのだ。
「最低です! この場に来てシラを切るつもりなんて!!」
「僕はやってない!!」
「私がお姉さんに変わって断罪してやります!!」
藍硯は躊躇なく風元素を放って旅人を追い回した、旅人は旅人で戦うと話が拗れそうなので逃げ続けた。
とりあえず喧嘩は志璇から本当の父親の名前を伝えられる事で収束したが、藍硯の怒りは真っ当なものとしてその父親に向けられるのであった。
フォンテーヌの新妻
vs
稲妻のヤリ捨て淑女達
vs
璃月の勝ち確少女
……互角といったところか?