私は人間(倫理観)を捨てるぞ、旅人!! 作:札幌ポテト
あと今更ですが、魔法とかドラクエの呪文使ってます。
「なんだバン、よくもまぁ騎士団の周りを動き回れるな。教会で悔い改めてみるのはどうだ、捕まりたいのか?」
「いや、普通に呼ばれただけだから。あと人を犯罪者みたいに言わないでくれない?」
騎士団にはよく呼び出されているのが、リサの一件以来久しぶりに幼馴染に会った。名はジン、私が3年も先に剣を握っていたのにボコボコにしてきた騎士だ。その時は不甲斐ないが妹のバーバラに抱きついて「お前の姉ちゃんバケモンで天才じゃねぇかよ!!」と泣いた記憶がある。
そして、仲がよくない。会えば話す、と思いきやただ罵倒が飛んでくることが最近は多くなった。まぁ理由はいくつか検討がつく。
バーバラに幼馴染とは言え、不信人物を会わせるのを許さないお姉ちゃんの鑑でもある。だって毎回モンドに帰ればバーバラに会ったか聞いてくるし。たまに会うが、会っても会ってないことにしてる。
「あら、遅かったわね」
「リサさん、今日は実験とか付き合えませんよ?大団長に呼び出されてるんで」
「大丈夫よ、私は言伝を預かってるだけだから」
すると騎士団の玄関からリサさんがやってきた。あの一件以来距離感があからさまに遠くなった。ちなみに精神的には近づいてるようなのだが、物理的には向こう側からしか近づいて来ない。本当に私が何をしたのか、謝るので教えて欲しいと言ったのが答えてくれない。それどころか殴られた、げせない。
「ファルカ大団長から伝言よ『ヒルチャールが村単位で集団失踪した、アビスの仕業と推測される。よってジンとバンパーの2人で調査に向かえ』詳しい情報も分かってないわ、気をつけてね」
そしてまた厄介ごとだ、リサの件で奴隷扱いされてるので仕方ないというのもあるが、報酬だけは弾ませて欲しい。じゃないと日常的に関わりたくない組織に関わり続けて、いずれは危険人物とか抹殺対象にされてしまう。なんならもうされてると思うからやめて欲しい。
「何で私たちなんだ、私や他の騎士でも十分じゃないのか?よりによって何故部外者のバンなんだ」
「あの、私と行きたくないって言われてるみたいで普通に驚いてるんだけど。あれ?隣に当事者いるよね?」
すごいな、これ普通にジンを知る人が聞いてたら民間人は巻き込めないとかそんな理由に聞こえるかもしれないけど、普通に私と行きたくないってだけなのが分かる。
どんだけ私は嫌われているのだろうか。
「大団長は忙しいのよ、それにこれは大団長なりの気遣いなんでしょ」
「……まぁ、直談判する時間もないんだろ。あの人いつも何してるか分からないし」
「……仕方あるまい、今回だけだ」
私としてもファルカ大団長に会いたくない、だっていつも無理矢理入団させてこようとしてくるから。昔はサインが必要って聞いて書類見たけど、その後ろに騎士になる契約書隠してたりしてたから、あの人詐欺師の方が向いてるのではないか。
てか絶対これ私を騎士団に入れる為の布石だろう。私が騎士団に入らない理由の一つにジンに嫌われているというのはもちろんあるけど、そんなの正直誤差のようなものだという事を知らないし。
しかし、そんなことよりジンがあっさりと引き下がったのに違和感がある。この騎士道に生きる正義感の塊みたいな幼馴染が、自分をそう簡単に曲げるとは思えないのだが。
「それに……何かあれば現行犯で対応できるからな」
「あ、そういうことね……」
うん、予想通りだった。昔はこんな仲じゃなかったんだけどなぁ……どうしてこうなったのか。
しかし、こうなっては仕方ない。万が一の時があっても困るので静かにリサの耳元による。
「ねぇリサさん」
「ひゃっ!?」
しかし、なぜか変な声をあげてリサさんが離れた、めっちゃ顔が赤い。ちょっと耳打ちしようと思っただけなのに、てかこの流れだとまずい。
「早速か、大団長に変わりの者を用意して貰わなければ」
「何もしてないからな!?」
「ご、ごめんなさいね。驚いちゃって……」
ジンがもう手が出そうだ、私の首が社会的に飛んできそうなんだが。幼馴染なんだから少しぐらい信用とか温情とかないんですかね、ないんですね……公私を混同しない騎士の鑑で泣きそうである。
一応リサさんがフォロー入れてくれてるけど、これ適当にでっち上げられて人生ララバイするんじゃないか。ある意味大人になったのか、あの純粋だったジンはどこに行ったというのか。
「なぁリサさん、万が一の時はスメールに逃げれるように推薦状書いてくれない?」
「……その万が一、モンドにはいつ戻る気なの?」
「その……熱りが覚めるまで?」
「じゃあ、嫌だけど?」
耳打ちできそうにもないので素直に聞いておく、うんダメだった。もう私、ドラゴンスパインにでも篭っておこうかな。いっその事何もかもを忘れてファデュイにでも入った方が良いのかもしれない。
☆
私、バンパーにとってジンとの出会いは赤ん坊の頃の記憶を遡らなければ7歳の時だった。一応それまでにはちょくちょく顔を見た事はあるけど、特に話し合う仲ではなかった。
「ジン、今日から彼と立ち合いなさい」
今の仲になるきっかけは教会のお偉いさんであったジンの父親を通じて、彼女の母親から紹介されたのがきっかけだった。私を気にかけてのことだったのだろう。孤児院では讃美歌に興味を持たず、勉強も正直つまらな過ぎたのでサボって棒を振り回したりするヤバいやつだったのだから、孤児院では無茶苦茶に浮いていた。
ちなみにバーバラとは先に会っており、いつも怒られていた。といっても3つも歳下なのでかわいらしい怒り方だったし代わりに勉強を教えて多少懐かれたぐらいには仲が良い。
なので、その姉と聞いていたのでもう少しフワフワした乙女チックな子だと思っていたが、イメージはかなり違っていた。
「会ったことがあるだろう、バンパーくんだ。一つ年は下だが得られる物もあるはずだ」
「どうも」
「よろしくお願いします」
そしてその立ち合いであったが、結論から言えば惨敗であった。まぁしょうがないと言えばしょうがない、いくら6年も棒を振り回しても素人が振り回してるのだから、キチンとした稽古を受けているジンにはなす術もなかった。
「母様、これ以上は……」
具体的な結果を言えば一度として剣を当てる事は出来ず、逆に私は血反吐を吐いていたぐらいにボコボコにされていた。
その様子に流石のジンも同情していたのだが。
「続けなさい、少なくとも彼が辞めたいと言うまで」
母親がスパルタだった、というか私の心を完全にへし折りに来ていた。ちょっと色々サボって棒を振り回していただけだというのに、ちょっと不真面目な子だったかもしれないがそれ以外は普通だった筈なのに。
……まぁそれが理由なのだろう、無意味な時間を過ごしていたのだから勉強でもして神に仕えた方が良いと遠回しに伝えたかったのだと思う。
ただこの時すでにエウルアにボコボコにされまくっていたので何とも思わなかった、何ならこの時期は剣術の矯正で大変だったのだ。
なので気にはしなかった、負けた事は。ただそんな大人のいやらしいやり方で普通に気分が悪くなったので毎日ジンと一度、立ち合った。
騎士団を目指すつもりはカケラも無かったし、ジンに毎日ボコボコにされた事も気にはならなかったが、普通にブチギレた。しかも話を色々聞いてみればジンはこの時点で並の騎士と同等の力を付けていたらしい、ふざけている。しかも成長期という事もあり毎日強くなってる筈なのに向こうのほうがパワーアップしてくるのだ。
なので諦めた、ジンに勝つことを。ジンには勝つ事を。
あいつ天才だったから、なので変な力が目覚める少し前ぐらいの時に騎士団の衛兵と立ち合いをした。無論ジンの母親の前で立ち合った、その上で勝った。並の騎士とはいえ9歳の子供が勝ったのは衝撃だったろう、そのすぐ後に変な力が目覚めたりして大変だったのだが、私は騎士にならず冒険者となった。
そこから教会と騎士団の両方からスカウトされるようにはなったのだが、どちらも無視して今に至る。
いや、ここで終わるとジンとなぜ仲が悪いのかという話になるだろう。このままなら別に悪くなりようもないのだから、ただ彼女の耳に又聞きで『騎士なんかにはならない』的な言葉が入ったらしく普通に嫌われた。騎士にならない、がいつの間にか蔑ろにしている言葉に変わったらしいのだ。
しかも、そこから徐々に私が色々やらかしてきたので信用もクソもなかった。どこでを道を間違えたというのか、教会の暗殺者にエロい事をしたところか、ファデュイのスパイにエロい事をしたことか、モンドにダイエット効果があるというマッサージを流行らしたことか、正直どれも知られていたら間違いなく殺されてるのでこれらではないと思うが、何をしたというのか。
あ、でも決定的だった事はある。彼女が見習い騎士で15歳の時に色々と「私はもう騎士になれる、つまり大人だからな」的なこと言ったりしてボコボコにされたのだが、無理やり突進した拍子に偶々顔がぶつかってマウスとマウスがくっついて色々とあった。
まぁ私も「その反応で大人なの?」と煽ったのも良くなかっただろう、ちなみ具体的な事は省くが分からせて初めての勝ち星を挙げた。ちなみエロい事はしてない。
それ以来、さらに刺々しくなったがジンとの仲はその程度である。仲良くなる要素も特に無いのだ、逆に悪くなる要素は幾らでもある。
根っこの部分で相入れないのだとは思うのだが……。
☆
正直、道中も仲良くはなかった。一応勘違いしてほしくは無いが、私自身はジンのことを嫌いとか思った事はない。むしろ好ましい人と思っているが、彼女はそれを知れば君悪がりそうだ。
現地に行っても、どうせ互いに言葉を交わす事もないと思っていた。仕事をさっさと終わらせてこの気まずい雰囲気を変えたかったのだから。
「なぁジン、ここで何があったんだ?」
「……分からないが、騎士団の抱える案件というのに納得はいく」
ただ、流石にそんな悠長な事を言っていられない案件に子供じみたことはしていられない。
「水元素、それをこれだけの威力に範囲となると……アビスの魔術師にしては火力が違い過ぎるな」
洞窟とその周りのヒルチャールのアジトの跡、そこには死体こそないが荒れた彼等のアジトがあった。外の家屋は木っ端微塵にされ、洞窟の中には攻撃の痕が壁に刻みつけられている。
「正直、手に負える案件じゃないぞ」
ヒルチャールがアビスに連れ去られる事はよくある、傀儡化して利用する事はよく報告もされている。しかし規模が違う、明らかに何かが起こる前兆だ。そして私達の想像のつかない何かが、その背後にいる事も間違いはない。
「なら帰れ、後は私がやる」
「ちょ、待てジン!」
しかし、ジンは辺りの痕跡を辿りここを荒らした存在のいるであろう方向に歩き始めた。
「分かるだろ、明らかにヤバい。そもそもまだ神の目も無いジンじゃ……」
「神の目が無くとも、私は騎士だ。モンドの平和を、守らねばならない」
無謀過ぎる、彼女もその存在に多少なりとも怯えがある筈だ。しかし彼女は曲げない、例え相手が魔龍であろうと引く事はないだろう。それが騎士であると考えているから。
「そもそもこれは調査だ、敵の存在を確認するのも必要な事だ」
「それは……そうだけど」
たしかに調査はまだした方が良い、騎士団を大きく動かすにはそれ相応の詳しく正しい情報が必要だからだ。彼女も別に自分で解決するとまでは考えていない、それが必要だからやっているのだ。
ただ危ないし、正直私も出来ることなら逃げ出したい。
「ついてこなくて良いんだぞ」
「最悪ぶつかっても2人なら逃げれるかもしれないだろ、行くぞ」
だが、少なくとも夢見が悪くなる結果になるぐらいな手伝う。私がどうにか出来る可能性は今の神の目を持たない彼女よりはあるだろう。
「昔から巻き込まれてきたのを見てきた身としては、むしろ不安なんだが」
「ねぇ、割と勇気を振り絞ってるんだけど。本気で見捨てて逃げるよ?」
☆
森の奥、そこに隠れた洞穴、そのさらに奥まで痕跡は続いている。そして不自然なほどに、生き物の気配がしなかった。ここだけ異空間のような、世界から切り離されたような異質さがあった。
「深いな、気配もまるでしない」
「……行くぞ、バン」
ジンが先頭を行く、ランタンを使えば敵に気取られる可能性があるので僅かな光、リサの魔道具で足元を照らしながら進んでいく。ただ5分以上歩いても何もない、異界化させているのか世界を拡張しているのか、はたまた馬鹿正直に掘り進んだのか、明らかに人工的に弄られている。
途中途中で広い空間がいくつか点在しており、そのどれもで手掛かりになるものはなかった。一体、何のためにこんな場所を準備しているというのか、分からない。
空気の不安も出てきた、ただようやく少し先に灯りが見えて来る。
「ヒルチャールか、にしてもこの数は……」
操られているのか、座り込んで静止しているヒルチャール達がいた。ただ数が多過ぎる、50体はいるのだ。仮にこの部屋に満員で入れる予定ならば、その数は5倍には膨れ上がるだろう。そして他の部屋も同様に利用するならば、計り知れない。
早急に軍を展開して潰すべきだ、まだこの規模ならば騎士団の隊長が数人いれば対応できるレベルだろう。しかし、そのヒルチャール達の様子が少しおかしい。
同時に遠く、背後から重く低い音が響いてくる。
「なぁジン、もしかして……」
ヒルチャール達は、全員こちらを向く。明らかな戦闘態勢を取り、標的の抹殺に動き始める。
「あぁ、嵌められたようだな」
「いつから気付いてたんだ、気取られるような事はしてないんだが……」
最初から罠だったのか、はたまた何かしらの防衛機構にでも気付かれてしまったのか、分からないが少なくとも今ここで戦わなければいけない事は確かなようだ。
「ジン、そっちにかなり行ったぞ!」
ヒルチャール、その力はそこまで大きくはない。一般的な成人男性より少し強い程度、訓練された騎士なら問題なく対応できる存在、しかし数が多ければ対応するにも限界がある。
仮にバンパーが剣術や身体能力のみで戦う場合、対応できるのは精々10体が限界だろう。それ以上は対応する以前に戦うことすら難しくなる。
なので彼は距離を取りながら弓兵を中心に倒していくのだが、逆に近接戦闘を行う兵隊は全て人の方へと向かっていく。
一度に約20体、どんな騎士でも押し潰されてしまう。
「はぁっ!!」
筈なのだが、ジンはその全てを切り捨てた。彼女には神の目はない、いずれは手にしてもおかしくない人間ではあるが、圧倒的だった。
「ヒルチャール程度、問題ない」
彼女がいずれ団長になると言われているのはその能力の高さがあるからだ、無論その剣才も高い。神の目があれば間違いなく一騎当千の騎士になれるだろう、それだけの天才なのである。
「どうしたバン、まだ残っているぞ」
彼女は余裕を持って、大斧を振るヒルチャールも切り捨てていく。矢は剣で弾き、一人で全てを終わらせようとしている。
「……頼りになるよ、本当に」
そして、本当に終わらせてしまったのだった。
☆
「流石は未来の騎士団長だな、神の目も無いのにこの数を一蹴するのかよ」
時間にして10分も経っていないだろう、ジンは周りを見回すと剣を地面に下げて脱力する、警戒はとかない。少なくとも何かの意思によってこの攻撃は仕掛けられているのだから当然だ、だがその何かは姿を見せていない。
「神の目が全てではない、それを言うならお前の場合神の目があっても変わるのか?」
「私を煽らない方が良いぞ、泣き喚くことにおいて他の追随を許さない。メンタルの打たれ弱さは誰にも負けないぞ」
「知っている、何年の付き合いだと思っているんだ」
そう軽口を叩き合ってはいるが、互いに周囲の警戒は怠らない。背中を合わせて出入り口となる前と後ろの道を見る。何かが来るとしてもどちらから来てもおかしくはない。
前は奥、つまりこのような倉庫ではない所に続いていると考えられるので現れてもおかしくはないのだが、逆に後ろは道を塞いできた可能性もある。ずっと一本道なのは侵入者が現れた時の対処なのかもしれない、しかしその姿は現れない。
「……来ないな」
「あぁ、留守なのかもな」
ならさっさと帰ろう、とでも続けるつもりだったのか二人は気を緩ませた。標的は見つからなかったが、それ相応の脅威の確認はできたので斥候としての調査は十分だろう。唯一不満点があるとすれば、その存在を目視できなかった事だろう。
しかし二人が警戒レベルを下げた瞬間、妙な悪寒が襲いかかる。同時に、低い声が響く。
「しぶといネズミだな」
「「……っ!?」」
瞬間、二人は飛び退いた。反射的な行動だ、しかし警戒していたどちらの道からもこれは現れなかった。
いつの間にか、いたのである。瞬間移動か、超高速での移動か、しかし騎士や冒険者としてある程度の経験と技量を持つ2人の意識の外から、その存在が現れたのは確かである。
「こいつが、アレをやった奴か」
間違いない、確信できる。立ち合って分かる得体の知れなさが2人の本能が警報を大音量で流している、これがヒルチャールの村を単独で破壊した怪物であると。
「アビスの秘奥、何人たりとも覗いてはならぬ」
アビス、目の前のそれはアビス教団の一派を口にする。前情報でアビスの仕業ではないかと思われたのはヒルチャールの集団失踪があったからであり、それ以外に影も形もわかっていなかったので漸く敵の存在把握が出来たのだが、目の前にいるそれは相当高位な存在なのだろう。
最大警戒をする2人を前にしても、余裕の態度を崩さない。
「その割には、簡単に招き入れてくれたみたいだけど……」
「ネズミの駆除は、早い方が良い」
「成る程、見られても消せばいいって事かよ」
そう簡単にやられる程、2人は弱い人間ではない。むしろ数多の魔獣やアビスの魔術師を屠っている実力者だ。互いに横目で連携して様子を見ようとアイコンタクトを取っていると。
「っ!?」
バンパーが水飛沫と共に吹き飛んだ。
「バン!!」
反応出来なかったのだろう、それだけ力の差があったという事でもある。一応ジンはギリギリ見極められてはいる、しかし防げるかは難しいラインである。そしてそのジンより劣る元素力を使わないバンパーが防げるはずもなかった。
どれだけの威力があったのか、壁にめり込み水浸しになったバンパーがそこにいた。
「西風騎士団員として、貴様の蛮行を許しておけん!」
彼の性質上、生きている可能性はある。しかし目の前のそれを何とか出来なければその命は彼女の命と共に消え去るだろう。逃げるという選択を最初からしていれば、まだどちらかを見捨てるという選択をしていれば、片方の犠牲で済んだかもしれないが、もう後悔しても遅い。
2人とも実力者であった故に、対応できるかもしれないと少しでも考えてしまった故に、今の絶望があるのだ。
「ただの人間にしては、やるようだが」
その怪物に、ジンは果敢に剣を振るった。西風騎士団専用の片手剣、その鋭い一撃は鉄を穿つ事も出来るが、その剣は届かない。その剣をいなされているからだ、圧倒的な存在はその技量すら上をいっていたという事である。
「無駄だ、所詮は神の目すら持たぬ人間に何が出来る」
「っ!!!」
そして、ジンにも水流が襲いかかる。だがギリギリで防御をする事には成功する、一度攻撃を見ていたので対応できたのだろう。しかしその防御は剣が折れる事で崩壊する。
「かはぁっ!」
水飛沫と共に、バンパーの近くまで吹き飛ばされた。威力は殺したので壁にめり込まず、彼の目の前に転がる程度で済んではいるが、特殊な体質の彼と違い彼女は立ち上がる事もできないほどのダメージを負ってしまう。それだけの力で吹き飛ばされていたのだ。
「(右、腕がやられたか……まず、い)」
もはや、抵抗する手はない。刃折れの剣を扱う事も難しいが、彼女自身が甚大なダメージを負っている。そして目の前の存在にはまだまだ余裕が見えている、どう足掻いても死期を数秒遅らせるしか出来ないだろう。
そしてそれはアビスの怪物も理解しているので、睨みつける以外に抵抗の出来ないジンへ歩むよっていく。
「さらばだ」
そして、その凶刃が彼女に振り下ろされる。先程までと違いゼロ距離で、何の防御も出来ずに行われる。後ろのバンパーごとやられるだろう、薄れていく視界の端に水流が迫って来る。
「
だが、その水流は逆方向から噴出していた。
☆
冒険者として、彼が道を進むと決めた時、ジンはやめた方が良いと善意から警告していた。
「死んじゃうぞ、危ない魔物はいっぱいいるんだぞ!」
「無理、行かないと逆に死ぬし周りにそれで迷惑かけたくない」
よく分からない理由をもって、彼はそのまま特例措置を受けて冒険者になった。当時アビスやファデュイといった組織についての知識がなかった彼女には、その真意は汲み取れなかったのである。
だがそれは別にしても、外の世界が危険な事をまだ11歳のジンでも分かっていたのだ。だが、彼は行ったのである。
そして彼がモンド城にいる日常は無くなっていた、彼の家である孤児院に帰らなくなったのだから当然だ、本当に生きているかすら怪しくなった程で心配にはなっていた。
だがそれは杞憂に終わる。
12歳の時に奔狼領にて現れた邪悪な狼の群れを、単独で撃退
13歳の時にドラゴンスパインにて魔龍復活を目論むファデュイを撃退
14歳の時に璃月近郊にて起きた洪水を解決
16歳の時にエンシェントビシャップが活性化したが、これを撃退
ジンの知るだけでも、これだけの戦果を上げている。このどれもを本人は知らぬ存ぜぬで通そうとしているが、彼がやっていた証拠や証言があるので間違いはないだろう。
彼女から見ると、あまり目立ちたくないように見えた。だからこそ栄誉騎士という立場も拒んでいる。
だが、ジンが気に喰わないのはこれら戦果をあげている事ではない。騎士を蔑ろにした言葉を使ったと耳にした事もあるが、彼がそのようなことを言わないことぐらいはわかっている。
では何故か。
バーバラを悲しませている事だ、彼はモンドには帰ってこないのである。
バーバラはジンの4歳下の妹であるが、両親の関係により他人の様に装っている複雑な状態だ。そしてその幼い頃から妹と関係を持ち、心の支えとして存在していた彼は、教会へ帰って来なかった。
モンド城すら、殆ど顔を見せなかった。最近になって帰ってくる機会は増えたが、目的はリサとその研究であり、それが終わればさっさと外へ出ていた。
ジン自身が歯痒く見守る事しかできない妹を、彼だけが支えられるというのに。
「バンって、いつ帰ってくるかご存知ですか?」そう他人行儀に、健気に聞いてくる妹を見て胸が苦しくなっていた。ただそう怒鳴りつける事もできない、そうする資格は彼女には無いから。
バーバラとバンパーの再開に1年以上間を空けた事もあった、教会への冒険者協会を通じた寄付だけが、彼の生存を知る唯一の時だった。
それだけで「帰っきたら良いのに、戻ってきたら色んな話したいなぁ…」と遠い空を見ながら呟く妹を見て、更に苦しくなる。
妹は恋をしているのだろう、身近な異性が彼だったというのもあるとは思うが、彼女にとって考え方や知性がなぜか大人で、彼女にとって必要な言葉を投げかけては信頼関係を築いていたからなのだろう。ジンの前では言えない「お姉ちゃん」を彼の前でだけは言えていた。
だからこそ、彼がジンは嫌いなのである。妹の気持ちも知らずに、外へ出て行く彼が。
ただただ、不甲斐ない自分を嫌いになってしまうから。
☆
「……こ、こは?」
「起きたか、大丈夫……ではなさそうだな。無理に喋らなくて良いぞ」
気づいた時、彼女は支えながら揺れていた。それが背負われているというのにはすぐに気づく、先程までの非日常は夢なのではとも考えてしまうが、残念ながら体の痛みがそれを否定する。
「お前こそ、大丈夫なのか?」
「咄嗟に水で威力殺したからほぼ無傷、ただ頭が揺れて暫く動けなかっただけで今は大丈夫だ」
そして一撃をもらった彼が走れている理由も分かる、記憶の最後に不意打ちで水元素での一撃を放ちその隙に逃げたという事だろう。そのぐらいのことなら出来てもおかしくはない、剣術での勝負も奇策による実戦に近いものに勝手にしてきた男でもあるのだから。
「……私を、置いていけ」
だからこそ、今の状況は理解しているだろう。
「無理に喋るなって言っただろ、黙って背負われとけ」
だが、彼はそれを分かった上で無視をしている。
「後ろに、奴がいるんだぞ」
「……そうだな」
背後から、気配が消えないのだ。しかも意図的に思える、すぐに追いつけるという意思表明でもあるのだろう。もはや2人して助かる道はない、このまま2人とも殺されてしまうだろう。
「次の広場で降ろせ……時間は、稼ぐ」
「断る、頭でも打ったなら黙って」
「最後の頼みだ!!」
だからこそ、ここでどちらが捨て石となるべきか、騎士としてジンは言った。もう逃げるには片方が時間を稼ぐしかない、囮として、その役目は守るべき市井の1人でもある彼ではない。
「……わかってくれ」
絞り出すように、ジンは言う。正直足は無事なので走ることはできるだろう、だが徒手空拳でどこまで時間を稼げるかは分からない。しかし彼は手負いのジンよりは早く走れる、その上でジンには彼を必要とする妹がいる。
その言葉に、覚悟が伝わったのか次の広場に到着するとバンパーは減速する。ただ名残惜しいのか、まだ覚悟が決めかねているのか、さらに奥へと続く道にまで背負い続けた。
しかし、何かが葛藤しているのか立ち止まる。その間に、ジンは背中から降りて行く。
「済まないが母やバーバラ、皆に伝えてくれないか……西風騎士団として、私は最後まで気高く生きたと。そして……愛していたと」
彼の顔は見えない、いや見ない。覚悟が揺らいでしまいそうだから、付き合いの長い彼に、最後の顔を見せたくなかったというのもあるかもしれない。だが、もう決めたのだ。自分のために、騎士として、最後まで生き抜くと。
しかし、振り向こうとした時にジンの片腕が掴まれる。今更諦めきれないというのか、女々しいぞと最後の叱咤をしようとした時。
「ジン、済まんな」
その腕は引っ張られ、投げられる。無論、逃走ルートの方向に。同時に天井へ斬撃を放ち、退路も断ち切った。
「ま、待て……まさか貴様!」
投げられる瞬間、彼の顔が見えた。冴えなく、いつも飄々とし、日常生活をしていれば意識もしないような顔をしていた彼の顔が、全く違ったものに見えた。
「その言葉で覚悟が決まった……絶対に生きろ。死んでもバーバラ泣かすんじゃないぞ」
「ふざけるな!お前を待つ人間も居るんだぞ!?」
「それはそっちも同じだからな、何ならジンの方が多いだろうが」
だが、震えているのか言葉の端々に覚悟の揺らぎが感じられる。そんな自分をわかっているのだろう、だからわざと退路を塞いだ。力技にもほどがある、そんな身勝手な奴なのだ。
「絶対に、絶対に応援を呼んでくる。死ぬんじゃないぞ!!」
そんな身勝手な奴だからこそ、死なせるわけにはいかなかった。ジンにできる事はもはや、祈りながら逃げることだけであった。
☆
彼自身、命の価値を考えた事は多少なりともある。言ってしまえば2度目の人生を歩む彼は他の人間に比べて長く生きている事が多い。少なくとも、ジンよりはかなり長く生きている。
死は誰よりも怖いものという事を理解しているし、苦しいものというものも分かっている。だが、あそこで殿を務めるべきは自分であるというのも分かっていた。
「しぶといネズミだな、別れの言葉は済ませたのか?すぐに会う事にはなるが」
だからこそ、ここで対峙する。
己の全てを賭けて、人智を尽くして迎え撃つのである。
「生憎と天寿を全うする予定なんで、その言葉はしばらく必要ないな」
「そうか、ならば審判を下そう。この使徒が」
そして、使徒が斬撃を放つ。先程2人が受けたものと全く同じ、斬撃だ。しかしそれは、同じ水の斬撃を放ち相殺される。
「驚いたな、本気ではないとは言えこの使徒の一撃と張り合うとは。だが、次はそうも行かんぞ」
水元素が使える事は、使徒も既に分かっている。そしてその火力についても何となくであるが上限が見えている、次の一撃で間違いなく決まるだろう。
「アビスの潮鳴り!!」
高速で移動し、斬りかかる。対応出来るはずもない、その速度では。格が違うのだ、高速回転をしながら切り刻まれるのは今まで見た彼の情報からして抗えない未来だ。
「馬鹿な、貴様……何をした」
しかし、回避された。あり得ない方向への高速移動、いや出来る人間もいるが水元素の神の目を持つものには出来ないことが圧倒的に多い。
「
そして、さも当たり前のように風元素による竜巻攻撃が放たれる。水を巻き上げ追尾してくるそれは斬撃によって打ち消せはするが、異様過ぎる光景に使徒が唖然としているのがわかる。
そしてその隙に間髪入れず、炎元素による攻撃も行われて行く。だが先程までに比べて低威力なので、片腕で薙ぎ払う。
「貴様、まさか水・炎・風の三元素が使えるというのか。いや、貴様……私の元素を吸収したのか」
「(もうバレたか)」
使徒はすぐに見破る、明らかに水元素の攻撃による威力だけが高いのだ。自身の攻撃を吸収しているからに他ならない、あたりに飛び散る水すら吸収して力にしているのだ。だからこそ初撃もまともに喰らって生きている。
「だが剣技は甘いぞ、その程度ではな!!」
「がはっ!?」
しかし、動きに差があるのは変わらない。速度だけは風元素で補っているようだが、細部の動きで差が大き過ぎるのだ。そしてパワーも違う、斬撃は剣で受けきれず、崩れた体制へそのまま使徒の蹴りで吹き飛ばされる。風元素で緩和されてはいるようだが、初めて彼は血を吐く。
「成る程、物理攻撃のみを受け付けるのか。厄介な体質を持っているようだ」
「
そしてあっさりと弱点を見抜く。戦闘能力と経験値に大きな差があるのだ、普通に戦って勝てる相手ではない。現にバンパーの放つ水元素攻撃も、小手先でいなしてくる。
「まだ勝ち目があると思っているのか、確かに貴様は私の力を吸っていたが……」
しかし、攻め手が水元素しかない事を見抜いているようだ。水元素による攻撃が最も威力が高いから当たり前ではあるのだが、相手の力量に依存する性質というのを見抜いたのだろう。
だからこそ、それすら潰しにいく。
「さて、これで勝ち目は潰えたぞ」
使徒の体に水の鎧が纏わられいく。全ての元素攻撃を吸収する鎧だ、一応耐久力はあるが水元素の攻撃はむしろ使徒のアーマーを強化する事になるだろう。
「馬鹿なのか、貴様は少々知性に乏しいようだな」
しかし、その状態にも関わらず水元素の攻撃を仕掛け続ける。近接戦では分が悪いと感じているのか、一定の距離感で風元素を使った立体的な攻撃を仕掛ける。
だが、避けるまでもない。逆に高起動で動いている影響か狙いが定まっていない、避けなくても攻撃は外れている。しかもその動きが単調だ、立体的に動いても読める動きだ。
「もういい、終わらせ……っ!?」
そして、その単調な動きに合わせて属性を纏わない斬撃を放とうとした時、動きを変えた。地面ばら撒いた水の上を、滑るように直進してきたのだ。
たしかに所々の練度で彼は負けている、剣術なぞ雲泥の差だ。しかし、だからこそ単調な攻撃に唯一同等に至っている速度を利用してきたのだろう。
そして、攻撃体制に入っていた使徒は迎撃体制に移るが、間に合わない。そして、すれ違いざまにその速度のまま切り裂いた。
「今のが狙いか、しかし残念ながら……これが格の違いだ」
だが、届かない。精々、鎧に傷をつけた程度である。風元素で切りかかったというのもあるが、鎧が堅すぎたのである。力の差が大きく出過ぎているのだ、火力が全く足りていない。
そして全身全霊をもってして放たれたであろう攻撃をした彼は今、地べたに倒れている。力を使い切ったのか、反撃の様子も見えない。
「さらばだ」
そして、使徒は斬撃を放った。属性のない攻撃、もはや防ぐ事は出来ない。
「……まだ争うか」
だが、突如として壁が現れて防がれる。その壁は岩の壁だ、岩元素が使える事を隠していたのだろう。しかし寿命が少し伸びた程度である、時間をかければまた同じ事である。
だが、使徒にはいくつか誤算があった。
「っ、何だ……これは」
彼の布石も、隠し札も、見抜けていなかった事だ。
「貴様、まさか……全ての属性を扱えるというのか。それではまるで」
左足が凍り、右腕が雷の鎖によって動きを止められたのである。地面にばら撒いた水を伝って届かせたのだろう、恐らく突撃した時に予め準備を済ませて。
足の氷を破壊したいが、体は帯電によって鈍くなっている。水の鎧の弱点だ、弱点となる属性に対して不利がついてしまう。だからこそ氷も硬くなっている。
「だが、貴様に私は殺せんぞ。この鎧を破壊できぬ限り」
だが、まだこれでも寿命が伸びただけだ。時間が経てば拘束も解ける、しかしこの時間こそが彼の求めていたものである。
「やっと狙える」
そう彼は呟くと、弓を射るような構えを取る。そして手に炎元素と氷元素を、ぶつけ合わせるように纏い始める。
「正直、これを使う気はなかった。でもこれを使う以外で勝つの無理、ここまでヤバくなったのは
そして、それが閃光を放ち始める。元素量としてはそこまで大きくはないが、明らかに異質な雰囲気を出している。アビスの実力者である使徒は全く感じた事のない、何かが飛んでくるという確信がある。
己の鎧すら貫通する、何かを。
「き、貴様何を……っ!?」
使徒が雷の鎖を断ち切った瞬間。
「
極光が、全てを消し去った。
☆
放たれた光が全てを消滅させた。技の名をメドローア、私が真似して出来てしまった物理的な防御が不可能と言われる最強候補の呪文だ。そして私の所有する最強の技であり、過去に氾濫を起こした純粋精霊に放ち処理した事がある。
だが対消滅の処理中は動く余裕もないし、狙うにも敵に動かれていては当たる事は出来ない。
純水精霊に放てた時も操っていたアビスの氷と炎の元素を無理矢理奪い、その上で精霊の体内から放った事で処理できたのだ。
なので自分の中では使えるだけで、使えない技だったのだが。
「ちっ、足と腕を捨てたか」
目の前のそれは、それを使わなければ勝てなかった。手持ちに雷元素が殆ど無く副作用が日常生活に影響しない水元素ばっかりであったので、今回に限っては使わなければ一方的になぶり殺されたいただろう。
だが、それは雷の鎖をちぎって自身の手足を断ち切って避けていた。だがその状態であれば、もう終わりである。
まだ残っている最後の炎元素と氷元素を、また両手に溜める。今度こそ、トドメを刺す。
「許さん、貴様は……貴様だけはいずれ、この使徒が裁く!!」
だが、使徒は自力で逃げていった。瞬間移動ができるようで、私達の前に現れた時もそれで現れたのだろう。
「逃げられたか」
瞬間、全身にダルさを感じ始める。アドレナリンが切れたのか、全身から強烈な痛みが溢れ出してくる。いくら風元素で弾けたといっても何箇所か骨も折れているだろう、もしもう1段階先の強さにあった敵なら負けていただろう。
「あぁ、しかも恨みかったし……何で私ってこんなのばっかなんだよ……」
お手紙を届けるという簡単な以来から純水精霊と戦ったり、高跳び候補地を探して各所を回ってはアビスやファデュイとやりあったり、化け物と戦ったりしてきたのだ、もう懲り懲りである。
そう思ってると、何か別の音が聞こえてくる。まだ厄介ごとが残っているのかと、音源の方へ目をやると。
「バン!!」
崩落させた岩の壁を破壊しながら、ここから逃したはずの幼馴染がいた?
「ジン、何で戻……って、遅いぞ騎士団」
そしてその後ろに騎士団がいる。確かガイアという男だ、氷元素の神の目を持っている。彼がいればどれだけ楽に使徒と戦えたというのだろうか。
「酷い有様だな、敵は見当たらないが…」
「逃げられた、転移能力があるから追う事は出来ないぞ」
だがこれで安心だろう、少なくとも私が直ぐに何かと戦う事はない。正直全元素を使ったのも初めてだし、容量も総合で言えば過去一番なので副作用が今からでも怖い。
「まぁ良いよ、私の仕事は終わ……わ……」
と考えていると、思考が暗く染まって行く。
「バ、バン!?ガイア、すぐに彼を……!!」
最後にジンの声を聞こえたが、浮遊感を感じながら意識は飛んでいった。
☆
目が覚めて、気づいたら3日経っていたらしい。らしいというのは3日目の記憶が殆どないからだ、今は騎士団の医務室のベットで横になっている。
ちなみに後遺症はバリバリに出ている、ほとんど使わなかった雷と岩の元素による麻痺や痛みはいつ起きている程度であるが味覚と嗅覚が完全に消え、視界からは色を失い、温度感覚も薄い。
だが命に別状はない、骨折などの傷は寝てる間に治療を受けもう回復している。
それと聞いた話によるとアビスの拠点から何か新しい情報は得られなかったらしい。あの存在、アビスの使徒が何なのかは分からないままであるが、最上位の警戒対象として騎士団で情報が回っている。
なので今の騎士団は大忙しなのだが。
「なぁジン、私って君に何かしたっけ?」
「な、なんだ?私は何も知らないぞ!?」
ジンがずっといる、気づいた時に手を握ってたりしてたので実はここで寝ているんじゃないかと思うほどだ。彼女も負傷していたのでそれで暇つぶしにいるのかとも思っていたが、様子がおかしい。
私の顔を見て来ない、確かに過去で目を逸らした方が負けという勝負で唯一無理矢理勝った記憶はあるが、それにしてもおかしい。チラチラと私の腰の辺りを見てるのも何故かは分からない。
「いや、昨日起きた時から記憶が無くてさ……ジンに会った気はするんだけど……」
「……なら、思い出すな。絶対に、知らなくていい事だ」
あれだけ私を毛嫌いしていた彼女がこうも優しくなるのは何故だろうか、吊り橋効果にしては効きすぎてる気もするのだが。
「ただその……いつもこうなるのか?」
「こうって、何が?」
あと何故腰の辺りをチラチラ見るのか、そこに致命的な傷を負った記憶はないんだが。
「その……本気で戦った後だ」
「まぁこのレベルの敵ならなる時はあるけど……リサから聞いたのか?」
「いや、なら良い。ただ長生きしたいなら無茶は程々にした方がいいぞ」
「……そうするよ」
本当に何でだ、ただ心配してくれてるみたいなので素直に受け取っておく。私としても無茶をしたくてしてるわけではないのだ、神の目があればここまで悩まないと思うが、逆にここまで色々してきて貰えない方が稀有な気がする。
するとジンは何かを考え込む、何かを口に出そうとするが、意を決したのか口にする。
「君はもっと……バーバラに、もっと会ってやれ。いつも君を待っているんだぞ」
するとなんか唐突に、話が変わった。本当に言いたかった言葉のように聞こえてくるが、ふと頭の中にまさかという考えが浮かんできた。
「……なぁ、もしかして私がジンに嫌われてたのって……帰省してないからだったりする?」
「き、気づいてなかったのか……?女性に対して手を出し過ぎというのもあるが」
「女性関係はその……色々、理由があるので」
いや、普通に嫌われててもおかしくなさそうだとは思ってたから。どこかで私の悪評が気をつけてはいるが流れてきてもおかしくないし、怖いし。
「私としても言える立場じゃないからな、察してるものだと思っていたよ」
「いや、毎年寄付してるから大丈夫かなぁ……って」
教会にはただでさえ使い道もなく溜まっていくモラを寄付に回している。何故なら頻繁に帰れば教会の人間やモンドの知人に何が起きてもおかしくないからだ、ファデュイに人質にとられてもおかしくないし、アビスに恨みで傷つけられる可能性もある。
だから意図的に帰らないし、特に自衛ができるような騎士といった人以外ではあまり会わないようにしていた。なのでバーバラにも会っていなかったのだが。
「……なら、ジンもバーバラを『お姉ちゃん』って呼ばせてやれよ」
そう言うとジンは困ったように微笑む、やはりこいつは美人だ。この世界で最初に尊敬した相手でもあるが、いつかは騎士団を背負える人間になるだろう。
だからこそ、本当に彼女の前ではやらかさないようにしよう。
次回、未定。
凝光・甘雨・ロサリアは書くかもです。
Q.主人公が記憶の抜け落ちた所で何があったんですか?
A.炎元素を使ったのに副作用が起きてないですよね、それが答えです。