触手くんと科学者ネキ 作:シコ平定信
西暦2027年 日本 国立成育医療研究センター
人工胎児養育装置『エイレイテュイア』。
女性にとって負担のかかる妊娠、出産を全て人工的に作り上げた機器によって行う装置である。
プロジェクトの統括リーダーは慶應義塾大学准教授真木島柊司。
サブリーダーには理論提唱者であるロックフェラー大学病院のアルテミシア・ロスチャイルド准教授が固める。
エイレイテュイアの管理は米国の医療機器メーカーから責任者としてレイチェル・ガーナー女史、並びに技師としてシモン・ロス。エイレイテュイア原案者として慶應義塾大学研修医の三國伊織博士も機器や全体的なサポートを受け持つ。
エイレイテュイア内の胎児の生命維持と管理は米国最高の麻酔科医ロバート・カレル、並びに真木島柊司が主に執り行い、胎児成長時における体細胞の変化や異常といった対処、検診を私とマグワイア教授が行なう。
胎児が成長しきり、取り上げのタイミングに関しては国立成育医療研究センターの産科診療部長千葉倫太郎氏と新生児科NICUの平良幾生医長、そして復旦大学上海医学院産婦人科講師の
研究の監査、並びに国のお目付け役として厚生労働省医政局より2名の医科技官と教授や准教授といった多忙を極める要職を兼ねる医局員には1名、ないし2名の助手が付いた。
「慶應義塾大学病院から来ました、大塚佳代子です。専門は病理診断です」
「同じく、同大学病院より来ました
同年代かやや年上。若く意欲もある二人の助手が我々の助手に付いた。
「
「フラウンホーファー研究機構のハイディマリー・ディートリンデ・レーヴェです」
事前段階の動物実験では体細胞の異常な増殖や腫瘍となる悪性細胞の転移が多く見られた。
また、生まれた動物自体の免疫力の脆弱さなど多くの問題に苛まれたという。
「それでなんですが…」
助手であるミノルがやや申し訳無さそうに視線をソレに向ける。
そこには備え付けの仮眠用ベッドに横たわる一人の男がいた。
「……彼が例の天才博士かな」
スヤスヤと寝息を立てる一人の成人男性。身長は180センチ半ば、スポーツメーカーのジャージに丸刈りの坊主頭。目元にはアイマスクをかけたその様子は博士というより休日のスポーツ選手のようにも見える。
「すいません、一応有事の際には起きるの思うので……」
医師としては誰よりも新人。しかし、その実績と今回のプロジェクトにおける役割は非常に大きいその男の名を三國伊織といった。
三國伊織。この世界で知らない者はいないと言われる天才学者である。年齢は30歳、物理学、生物学、工学の博士号を持ち、3か月前には医師免許を取得。
永久機関の発明、放射能によって汚染された水や土地の浄化。並びに卵子同士を組み合わせた受精卵の誕生などを発見しノーベル物理学賞と生物学賞を授与。工学者としては現在自衛隊に導入された弾道ミサイルのシステムやその迎撃体制。また国内の発電所のエネルギー効率化にむけた取り組みを行い、安価かつ大量の発電を成し遂げた人物である。
停滞した日本経済を根本から覆し、経済と技術の両方の柱のうち技術において多大なる成果と貢献を持って文化勲章を授与された日本の宝ともいえる人物である。
エイレイテュイアはロスチャイルド准教授の構想でしかなかった。しかし、それを現実的なものへと落とし込んだのは三國伊織の力と言える。
彼がいなければ、ロスチャイルド准教授の論文は机上の空論と消えていただろう。
優秀であることは間違いない。天才であるということも肯定しよう。
だが、技術者や研究者として天才であろうが、それが医師として天才であるかは別の問題だ。
西暦2027年 日本 慶應義塾大学病院
「──であるからにして、抗がん剤は決して万能とは言い難く……」
どうにも違和感が拭えない。東京都新宿区にある慶應義塾大学病院にて私は壇上で講義を行っていた。
日本に渡航した私の肩書きは慶應義塾大学病院客員講師というものであった。
高等教育機関を兼ねる大学病院にも役職というものがある。教授を筆頭にその下に准教授、講師、助教、助手といったものだ。
フラウンホーファー研究機構に在籍する以前はゲッティンゲン大学にて研修医として働いていた身ではあるが国が変われば人も変わる。
ドイツの医者も日本の医者も真面目ではあるが、日本の医者は少々受け身がちで有る。黙々とペンを走らせる音と私の声だけが講義室に響く単調な空間であった。
「お疲れ様です、Dr.レーヴェ」
「……ああ、お疲れ様です。真木島
講義が終わり、教室を出るとごく自然な形で真木島准教授は声をかけてきた。この男、いつもふらりと現れてはいつの間にかふらりといなくなる。日本で言う妖怪というのはおそらくこの男のことを言うのではないだろうか?
「ふぁ〜あ……」
「……三國博士もいらっしゃるようですね」
首もとを掻きながら気だるげに大あくびをつく長身の坊主。三國伊織博士は胡乱げな様子で睨みつけるかのような視線を私におくる。
「おぅ……」
口数は少ない。話すつもりもないとでも言うのか?
心底面倒くさそうな様子を隠すことない様子ははっきり言って癪に障った。
前の臨床研究のときだってそうだった。急に目が覚めて開口一番に言ったのは「放射線詳しいやつ誰?」だった男だ。チームワークという言葉を知らないのか三國博士はそう言うと放射線診断医のミノルを連れて何処かに消えて行った。さすがのマグワイア教授もこれには驚いてポカーンとしていた。
優秀なのは確かである。しかし、優秀にかこつけて傍若無人が過ぎるというのが私から見た三國伊織という人間だった。
「……なにか?」
「あ?」
「私を睨みつけてる様でしたので、なにかあるのかと?」
用が有るのならば言ってほしい。なにか不満があるのならば聞こうではないか。
「……飯食いに行くんだろ?」
「……は?」
「あ?」
「ブッ、くっくっくっ……」
何だこの男、コミュ障か?
真木島准教授が耐えきれないというように口元を抑えてた笑うが、私は終始困惑していた。どうやら当の三國博士も困惑しているようであった。
「先輩、この人なんか怖いっすよ。なんか怒ってます」
「怒ってないですけど?」
三國博士はバツが悪そうに真木島准教授に助けを求める。
「ブフッ、伊織ッ、お前、また誤解されてるぞ」
ケラケラと笑う真木島准教授と困ったかのような顔をする三國博士。その姿は対象的だった。
「効率厨……ですか」
「まあ、わかりやすく言えばそうなるな」
真木島准教授によって連れてこられたスイーツビュッフェの席で真木島准教授は三國伊織という男をそのように称した。
「あれは無駄を嫌う性分でな。コミュニケーションは最低限、なまじ頭が切れるぶん、話を二、三端折って話す
「……ですが、あの目は」
「生まれつきのものです。背が高くて強面でおまけに坊主頭。本人は頭髪に時間をかけてられないからあんな髪にしているんですが、白衣を着てなきゃ筋者に見えますからね」
つまり、三國博士の印象はこちらの勘違いと言うことだったのだろうか。
「モグモグ……」
皿いっぱいに乗せられたケーキの山。三國伊織は夢中になってそれらを食す。
背筋を伸ばして絶え間なく咀嚼し、何故か視線は真正面に位置する私を捉えている。
「よく食べますね……」
「あー、駄目ですよDr.レーヴェ。彼、食べるときはそれに集中して話しかけてもなにも返しませんから」
小学生かな? 食べ物に夢中になって、皿いっぱいに持ち込んでるし。
何処か天才というよりそれは純粋な子供のようにも見えた。
「子供っぽいと思いましたか?」
ギクリと思わず口元に運んだお茶を吹き出しそうになる。
私はいたずらっ子のようにニヤニヤと笑みを浮かべる
「……いたずらじゃないですよ、私もそう思っていますから」
真木島准教授は七三に分けられた髪を撫でながら言い放つ。
「伊織は優秀な研究者です。優秀な探求者であり、とても貪欲な人間です」
真木島准教授は隣で口をチョコレートまみれにしている男をそう評価する。
「──私にとって、とても都合のいい金づるだ」
同時に、ありえないことを言い放った。
「金づるって……」
「この男は生きているだけで利を生み出せます。この男の知識や発見した法則は金になります」
真木島柊司准教授は正直なことを言えば、ただのおべっか使いだと思っていた。
プロジェクトのリーダーになったのは三國伊織の先輩だったからという理由だと思っていた。
「出産っていうのは病気じゃないんです。ただ、人間に備わった機能の一つでしかない。ただ、場合によっては死と隣合わせになり得るものですがね」
「……出産にはリスクはつきものです」
「エイレイテュイアはそのリスクをゼロにできる。母子感染による感染症、急激な破水による未熟児の取り上げにそれによる新生児の障害、母体の健康を損なうストレスをゼロにし持病がある女性が自分の子供を手に入れるチャンスにもなる」
喜々として語る内容は紛れもなく事実である。そして、目の前の男はそれを利用してこのプロジェクトを創り上げた。
「──金持ちならいくらでも出しますよ。エイレイテュイアは莫大な金を生みます」
私は目の前の男が怪物に見える。
「金のために、このプロジェクトを遂行すると?」
「病院は慈善だけで食っていける訳じゃない。大学病院は人命と利益を両天秤にして最終的には利益を優先します。そして大学病院で頂点に立てるのは病院に多大な利益を翻した者になります」
「ヒポクラテスの誓いに唾を吐く行為ですね」
嫌悪と同時に自嘲する。
「あれを信じられるのは医師免許を取得して2年ぐらいまでですよ」
ヒポクラテスの誓いは古代ギリシャにおける医療の倫理の根幹を為す宣誓文である。
医の神アポロン、アスクレーピオス、ヒギエイア、パナケイア、及び全ての神々よ。私自身の能力と判断に従って、この誓約を守ることを誓う。
この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
依頼されても人を殺す薬を与えない。
同様に婦人を流産させる道具を与えない。
生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。
どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。
この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう!
しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。
──素晴らしい言葉と思う。同時に理想論であると思う。
「Dr.レーヴェ。医者は人間だ。そして人間は必ずしも聖人じゃあない。殆どの人間が凡庸な俗物だ」
真木島准教授は医者としては並だろう。あのステイツ最高の麻酔科医ロバート・カレルと比べればどうしょうもなく劣っている。
「私はあなたの様な一つのことを貫ける強さはない。伊織のような天才性はない。ロスチャイルド准教授のような力もない。だから全力で利用するんです。自分に足りないのならよそから持ってきて補えばいい。私は私が凡庸であることを何よりも理解している」
しかし、政治家としては傑物であると言わざるを得ない。
「貴方は何を望んでるんです? エイレイテュイアの成功ですか、それとも──」
「エイレイテュイアは過程の一つですよ。あれは間違いなく世界を変える」
強く、真木島柊司は宣する。
「強くなりたい。偉くなりたい。成し遂げたいことがあるから」
そのためならなんだってする。なんだって利用する。国だろうが他国だろうが企業だろうが、それこそ後輩だろうが……。
真木島柊司は覚悟している男だった。
「考えれば当然ね。ただの大学病院の准教授があんな人材を引っ張って来れるわけがない」
いうだけ言って真木島准教授は静かに席を立った。どうやら所用がありそのまま大学病院にとんぼ返りするらしい。
私はぬるくなったココアを口につけながら私は嘆息した。
はっきり言えば、私は真木島柊司という人間を見下していた。
腰が低く、こちらの顔色と機嫌を伺う、良くも悪くも医局によくいる腰巾着のような人間だったからだ。
「……で、貴方はいつまで食べてるのよ」
ビクッと肩を揺らしながら、三國博士は私に視線を向ける。
「……どうぞ?」
「いや、誰も貴方の食べかけなんて要らないんだけど……」
少しの逡巡の後にスッと差し出されたのはモンブランの上に飾られた一際大きい栗の砂糖煮だ。
そんなのより、もっとイチゴとかはなかったんだろうか。そもそもこの男は常に私がお腹を空かせてピリピリしているとでも思っているのか?
「貴方、さっきの話を聞いて不満には思わなかったの?」
真木島准教授が席を立っている状況で言うのは陰口ではあるが、私は意を決して問を投げかける。
「不満? なにが?」
しかし、三國博士は質問の意図が読めないような素振りで手元にあるプティングに手を付ける。
「さっきの真木島准教授の言葉よ。貴方、金づるって言われてたのよ?」
「どうでもいい」
「どうでもいいって……!」
利用されている。そんなことも分からないのかと私はおもむろに机を叩き、前のめりになる。
「どうでもいいよ。先輩が僕を利用してるように、僕も先輩を利用してる」
「はぁ……?」
口元まで掬いあげたプティングを少しの逡巡のあとにゆっくりとテーブルに置いて、三國博士は口を開く。
「僕はね、まだ見ぬフロンティアを見たいんだ」
揚々と三國伊織はそう呟いた。
「15世紀から17世紀の大航海時代、それに端を発するコンキスタドールによる侵略。あるいは19世紀のアメリカ・カリフォルニアのゴールドラッシュ、セシル・ローズによる南アフリカの植民地開拓」
「……人類の負の歴史ね」
「だが紛れもなく人類が積み上げてきた歴史だ。人類でなければ生み出せない歴史だ」
そして起こったのが帝国主義の勃興であり、ファシズムの到来であり──第二次世界大戦の始まりだった。
「現地人の虐殺や疫病の蔓延、戦争による多大な死。たしかに負の遺産も多い。けれどこれがあったからこそ人類は文化圏を広げた。科学技術は進歩した。世界の開拓とともに文化の開拓と技術の開拓も起きた」
「一側面でしかないわ」
技術の進歩があったから戦争や虐殺を認める? はっきり言って三國博士が言ってるのは狂気の発想だし、個人的に認められることじゃない。
「そうだね、でも僕が言いたいのはそういうことじゃない。つまりね、人間というのは大なり小なり欲得の生き物だってことさ」
人間は利益で動く生き物だ。常に自分の損得に敏感で弱く損をしたり自分の存在が害されることを嫌う。
誰もが欲得を持ち得、他者の成功を妬み、容易に悪意を募らせる、それで居ながら自己顕示欲と自己の幸福のために他者を踏みにじることに躊躇いがない。
「──それが人間だよ」
「……」
反論は出来なかった。三國博士が言っていることを正論だと言いたくはないが決して否定のできない事実であるからだ。
「貴方は、人間を露悪的に見すぎてる」
「君は人間に幻想を持ってる。僕達はそんなに高尚なモノじゃないと思うけどね」
そう言って三國博士はメロンソーダを口に含んだ。
「綺麗事だと?」
「綺麗なことは良い事さ。人間何だかんだ綺麗なものは好きだからね。大事なのは題目に惑わされないことだよ」
「……エイレイテュイアもそうですね」
三國博士は無言で頷いた。
母体と胎児を切り離し、子供を救うという題目により運営されているエイレイテュイアの臨床実験。しかし、どう繕っても人の手で人を生み出す禁忌に片足を突っ込んだ実験であることは否定できない。
「僕らが生み出し、僕らが殺すかもしれない命だ。全部が全部成功するとは限らない。──場合によってはアレは死ぬ」
人体実験とはそういうものであり、未だ戸籍にないとはいえエイレイテュイアの臨床研究はまさに命を弄ぶものと同義だ。
「国も大々的というより秘密裏に進めてることだからね。成功すれば良し、失敗すれば証拠を消して関係者は口を閉ざすように厳命するだろうね」
「けれど、成功すればメリットは大きい。ローリスクハイリターンってことですか……」
研究のために生み出された胎児はすべて匿名の精子バンクや医療関係者で不妊症などの理由を持つ女性などから得たものである。実験が成功すれば胎児たちの里親はその後の経過観察や成長の研究のため今回の実験に協力した医学士や省庁関係者、スポンサーの身内に扶養金を持たせて面倒を見てもらう事となる。
「最も、やるからには成功するつもりで行うよ。現状一番怖いのは細胞のエラーによる奇形や腫瘍が出ることだ。あのラインさえ超えれば大きな問題にはなり得ない」
「大層な自信があるみたいですね」
「対応策の2、3は用意してるさ。当然でしょ?」
そう言って三國博士は口元をおしぼりで拭った。
「そもそも、僕と真木島先輩のことなんて君には関係のないことだよ。余計なことに気を揉んでも仕方がないことじゃないか」
「仕方ないって……」
「無駄なことにパワーは使えない。人生は有限だよ?」
……これが三國伊織か。
国が変われば人も違うという。だが、真木島准教授は俗物であるというだけ理解できるがこの三國伊織という男に対しては私は理解の範疇に居なかった。
そんな様子に三國博士はため息を吐くとまた徐々に語りだす。
「世界はまだ未知に溢れている。
そういうと三國博士は人差し指を天井に向かって指し示す。
「地球は広大だが、それ以上に広大なのは宇宙さ。地球の衛生である月はいうに及ばず、火星や金星といった太陽系惑星の開拓や調査、研究に人類の足跡はまだ足を付け始めた程度さ」
「……随分と気の遠い話をし始めるのね」
「そうでもないよ、僕の作った弾道弾のシステムを使えば安全な宇宙の発射や航行に役立つだろうし、資源のほぼない月や金星でのエネルギー供給で太陽光による発電の効率化は急務だ。宇宙デブリや隕石と言った問題も多い。一つ一つ解決していくものは多い。実りはあるし、なにより楽しい」
そういって三國博士は初めてと言っていいだろう。楽し気に笑みを浮かべた。
「……そんなに好きなら宇宙飛行士になればよかったでしょうに」
「なれないさ。残念だけどね」
冗談めかして発言した私の台詞を、三國博士は強く否定した。同時に私は自分が恥ずかしくなった。
それまでどことなく無気力というか、興味なさげだったり、或いは楽し気な様子に対して、三國博士は嫌悪するかのような、低くそしてイラつきを見せた態度だったからだ。
「ごめんなさい」
「……気にしてないよ。ただ、NASAの宇宙局やJAXAの人が君のような人だったら良かったのになと、そんな風に思っただけだよ」
イラつきを振り払うかのように三國博士はコップに入っていたメロンソーダを一気に飲む。
宇宙という言葉は三國博士にとっては特別であり、同時に禁句でもあったのだろう。
「とにかく、僕にはいろんな問題があって宇宙人になれなかった。地球の重力に縛り上げられた僕はこの地球で未知を探索するしかなかったという訳だよ」
「つまり、それが博士が研究者を志した訳ですか」
三國博士は無言で首肯した。
「知らない世界を知りたい。未知なる法則を見つけたい。分からないことを解明し、現象に落とし込み。まだ誰も見たことがないものを、まだ誰も知り得ない世界を真っ先に知りたい。世界の法則を解き明かすことは、誰の足跡もついていない雪原を初めて踏みしめるような。この世界における数少ないフロンティアだ」
子供の理論だった。誰も知らないものを知りたい。何かの初めてになりたい。好奇心旺盛な純粋な少年のようだと、私は感じた。
「胎児は母体と言う存在なしに誕生できるのか? 人間は癌に打ち勝つことが出来るのか? 放射線の汚染を浄化することが出来るのか? 僕はそれを知りたいんだ。成し遂げたいんだ。まだ誰も知らない明日を見たい」
同時に研究者としてこれほど向いた人間はいないだろう。
彼は天性の研究者であり世界の法則を解き明かす開拓者だった。
《三國伊織のヒミツ》
子供の頃の将来の夢は冒険者だった