「此処か……」
エルマと別れた俺達は本来の目的であるこの街の領主がいると言われている屋敷へとたどり着いていた。
屋敷自体は特におかしな物ではなく、金持ちが住んでいそうな所だ。
ただ一つ、扉に霧がかかっている事を除けば。
「……」
「アイリス。不安なら」
「いえ、大丈夫です……」
エルマから領主が女好きと聞いてからアイリスは不安な表情をしており、もし自分が襲われたら、と考えているのだろう。
俺としてはアイリスに安全な所にいて欲しいと思っているのだが、そう言う事を強要しても彼女は後からこっそりついて来るかもしれない。
(何ともいかないものだな……)
ヤーナムでは俺を含む狩人達は良くも悪くも単独で活動していた者が多く、協力と言ってもその場の状況的判断で一時的に協力していたに過ぎなかった。
それに比べ、今の俺は一人じゃないから出来る限りアイリスとの仲は険悪な雰囲気にしたくはない。
お互いの意見の擦れ違いで別れ、後に彼女が魔獣化した状態で再開するなんて御免だ。
「分かった。だが、危なくなったらすぐにこれを使って退避してくれ」
「……はい」
俺はアイリスに黒兎から受けっていた透明になる粉とは違う粉が入った袋を手渡す。
あいつによればこの粉は最後に休んだ篝火に戻ることができるらしい。
言うなればこの世界における狩人の確かな徴と言った所だろう。
アイリスはそれを拒むことなく受け取ったが、その表情は納得しているようではなかった。
(何事もなく終わるのが理想だが……)
そんな事を考えながら俺はアイリスと共に屋敷へ近づき、警戒しながら霧のかかった扉に手をかけそっと押してみる。
「むっ、鍵は開いているな」
どうやらこの屋敷の領主はエルマとは違い、鍵をかけないタイプだったらしく扉は何の抵抗もなく開き、中に入れるようになった。
とは言え、何の警戒もせずに中に入るわけにもいかない。
こういう場合、中に入った途端に罠が発動したり、突然どこからか敵が襲い掛かってきたりなど、油断していると痛い目をみる事が多いので、まずは中の安全を確認することが大切だ。
扉の前に霧がかかっていたのだから尚更である。
「えっと、どうします?」
「中で敵が待ち構えているか、罠があるかもしれん。まずは安全を確認してから入るぞ」
「分かりました」
アイリスに屋敷の中へ入る前に安全の確認をする事を伝えた俺は開いた扉からそっと中を覗き込む。
見える範囲では特に変わった所はなく、よく有る(と言っていいのか分からないが)金持ちの屋敷と言った感じのエントランスが広がっており、更には二階へ上がれるデカい階段が見える。
一見何の問題もないように見えるが、もしかしたら見えない所に伏兵がいるかもしれないし、少しでも隙を見せれば一瞬で命を奪われかねない。
幾ら俺が不死の存在ですぐに生き返れるから何度死んでもやり直せるからと言って、そう簡単に死ねるかと言われれば答えはノーだ。
「どうですか?」
「パッと見た感じだと魔獣はいないようだな」
「それでしたら……」
「いや、目に見える範囲にはいないだけかもしれない。気を抜くな」
「はい」
兎に角、中に入らないと領主には会えないと判断した俺はアイリスに注意を促し、二人で霧を潜り抜け屋敷の中へと入る。
お互いに慎重に周囲を見渡し、不意打ちされてもすぐに対処できるように俺は剣を抜いて警戒しながらゆっくりと進む。
「敵は出てきませんね」
「……のようだな」
しばらく二人で周囲の警戒をしていたが、どうやら今自分たちがいる場所の近くには敵はいない様なので、改めて周りを見渡してみる。
そこにはいかにも高級そうな物がいくつも並んでおり、まさに金持ちの屋敷といった印象だ。
(それにしても、魔獣どころか人の気配も感じないとは……)
幾ら外の魔獣が入ってこないようにしているとは言え、屋敷の中は本当に人が住んでいるのか疑うほど人の気配を感じず、だからと言って荒れていたり廃墟になっている様子がない。
普通、こう言うデカい屋敷には使用人がいてもおかしくないのに、そう言った人物もいない。
此処まで人の気配がないとなると……
「なんだか不気味ですね……」
「ああ……」
とは言え、この街を抜ければ目的地であるロストエンパイヤにたどり着ける筈だから、今は兎に角この街の領主を探さないと。
「とりあえず、二階に上がるぞ」
「はい」
一階では大した情報を得られないと思った俺達は屋敷に入ってから特に目を惹いた二階に上がる為のデカい階段を上がっていく。
その間にも俺は敵から奇襲を受けないように周囲に注意を払う。
上っている最中に笑いながらガトリングを乱射されてハチの巣になるのはもうコリゴリだからな。
(っ! なんだ?この感じ……)
先ほどまで何も感じていなかった俺は、二階に上がっていく度に嫌な気配を感じて行き、この先に待ち構えているのはまともな存在ではない事は理解できた。
(まぁ、わかっていた事だがな)
この街の領主は娼館や売春を公にしていたとエルマから聞いた時から普通じゃないと予想していた俺は、今感じている気配からして間違いなく話し合いでは解決できないだろうと考え、何時でも戦えるようにする。
たとえ相手がこちらと会話できるとしても、会話が成り立たなかったり、騙し討ちをしてくるかもしれない。
もちろん全員が全員そうじゃないと言うのも理解しているが、これから会う領主は恐らく話が通じないだろうな。
「ひぃ……ああっ……やめ……」
「ゼロさん……」
「……」
階段を上がりきり、二階の部屋の前までやってきた俺達はそこでようやく人の気配を感じる事ができた。
しかし、その先から聞こえてきた悲鳴とグチャっと何かが潰れたような音と部屋の中から血の臭いを感じて、やはりこの街の領主はまともな存在ではなかったと確信する。
「アイリス」
「……はい」
先ほどの出来事でこの先で何が起きるのか理解したのか、アイリスは俺から一歩下がり、俺は剣を構えてアイリスを庇いながら部屋へと突入した。
「ちっ、こいつもダメではないか。全く、どの女も使い物にならん」
部屋の中に入ると、底に居たのは俺の身長を遥かに超えている領主と思われる全裸の大男で、その周りにはこの男の犠牲になったと思われる女性たちの屍が転がっており、その様子に俺は顔を顰める。
「ひっ……!」
その悍ましい光景を見たアイリスは思わず小さな悲鳴を上げてしまい、その声が聞こえてしまったのか、領主の大男は俺達の方へと振り返ってしまった。
「何ぞ貴様は……余の寝室に入ってこようなどと、愚か者め。万死に値するぞ!まして男など……ん?」
領主は最初に目についた俺に対して明らかな不快感と敵意を向けて来たが、俺の背後にいるアイリスに視線を向けるとその表情が一気に俺でも不快に感じる程いやらしいものへと変わる。
「ほぉ、これはこれは……なんとも可愛らしい娘だ。是非とも余の相手をしてもらおうか」
その言葉を聞いた瞬間、俺は殺意をむき出しにして領主の元へと駆けて行くのだった。
次回戦闘回ですが、長くなりそうなので2回に分けるかもです…