「ねぇーさん高校はどう?」
肉じゃがを食べていると弟がニコニコしながら聞いてきた。
昔から弟は俺に対して過保護で中学に上がった時もこうして学校はどうだと母親のようなことを聞いてくる。
「普通」
世間で言うところの普通なんて俺には到底理解出来ないしするつもりもないが、取り敢えず普通とだけ答える。
無愛想で無感情な受け答えに弟は満足しているようだが、こんな姉に構っていていいのだろうか。
「友達は作らないの?」
「いらない」
友達なんて俺にはいらない。ここまで友達がいなくてもなんとかなっているし、前世だって社会人になってからは友達とやらと遊ぶ暇なんて一日もなかった。おおよそ友達とやらから誘われることもなかった。
「でもいた方が便利だよ?」
便利というのは友達と言えるか弟よ。でもまあ弟のことだから上手いこと使っているのだろう。
弟の交友関係の広さは俺もよく知っている。仕事関係から友達になった人や友達の友達の友達から友達になった人に初対面の女の子を言いくるめて自身を崇拝させたり。昔から手癖というか…良くない方向で強かったりする。
「でもいらない」
例えそうだとしても。俺には友達なんかいらない。
「体育の時とかどうするつもり?」
今更体育のペアがどうこうなどと悩む理由もない。
「今更気にしない」
「そっか」
弟はそれだけ言ってテレビで流れるVtuberの雑談配信へと目を向けた。
ーーー
夕飯も食べ終わった後風呂も済ませ自身の部屋でゲームをしていた。
最近BOXイベントが始まり周回に時間を回していて、お風呂に浸かっている間や学校の隙間時間などに一回でも多く周回している。
モニターに映るアニメとVtuberのゲーム実況配信。これが俺の周回のお供だ。それとお茶。
そんな時ガチャリと扉が開いた。振り返り扉の方を見てみる。弟かと思ったが違った。俺にとっては部屋に来て欲しくない人No.2だ。
「………」
父親がこちらを一瞥し、近づくと握られた拳で左頬を殴られる。
痛みにはそれなりに慣れたが、痛いのは勘弁して欲しい。
「そんなことをしている暇があるなら勉強でもしたらどうだ」
父親に殴られた左頬がジンジンと熱を帯び、殴られた事実が俺の記憶に刻まれる。
「………」
「まただんまりか。お前は本当に出来損ないだ。少しは正樹を見習ったらどうなんだ」
正樹とは俺の弟のことだ。確かに弟は成績もトップで運動に関しても完璧。人当たりも悪くないし、近所の人とも一定以上の関係になっている。
仕事に関わっているのもあるだろうが、礼儀や作法もかなり知っていてそれを実行できる弟に対してこの俺だ。比べるのも悪とは言えないが、俺は俺なので放っておいて欲しい。
俺が何も言わないのを父親も分かっているので、これ以上は無駄だと判断したのか部屋から出て行った。
こちらは楽しく周回していたのに父親に邪魔をされ気分は最悪だ。
だからと言って周回をやめるわけもないのだが。
しばらく周回をしていると、また一人俺の部屋に入ってきた奴がいる。
今度は誰だと思いつつ振り返ると部屋に来て欲しくないNo.1が来てしまった。
「またゲーム…」
母親だ。何しに来たんだと言いたいところだが、ただでさえ面倒臭い人間の機嫌を損ねるのは得策ではない。
「ゲームするくらいならバイトでもして少しでも家にお金をいれたらどうなの?それかYouTubeで小銭稼ぎでもしたらどうなの?」
この人は事あるごとに俺に労働をさせようとしていて、昔勝手に新聞配達のバイトに応募されうっかり受かっていたことがあってしばらく新聞配達をしたことがあった。それで稼いだ金は全て母親に奪われたが。
「………」
俺は人間に期待しないし、それは今でも変わらない。だからこれからも両親に相談もしないし、頼りもしない。確かにここまで育ててもらった恩はあるかもしれない。でもその恩に報いるかどうか俺の気持ち一つだ。
それに育ててもらった恩だなんて俺は一度だって思ったことはない。
こんな両親に何故俺が返してやらなければならないのか。ただ俺を殺すことが出来ないからそうしているだけだろう。
あの人たちは結局のところ俺の安否なんかより世間体が大事なんだろう。
俺が例え心から声を上げたとしてそれを聞いているように見せて実のところ聞いてないだろうしな。
結局自分の要望を押し倒されて、あの人のいいようにされるだけ。
「一歌は見た目だけはいいのだから顔出し配信でもすればいいじゃない。そうすれば男は群がってくるわよ」
それは舐めすぎだ。顔が良くても話が面白くなければ見る人なんていないだろう。俺には二時間、三時間も喋り倒す体力も技量もない。
それに俺はこの二度目の人生殆ど喋ってない。それに人間案外見抜くもので俺がつまらない人間であることを30分もすれば見抜くだろう。
俺は否定することも肯定することもせずただ静かに手を動かし周回を続ける。
「聞いてるの!?」
肩を強く掴まれ痛みに顔が歪む。母親は体型を保つためにもトレーニングをしていて、俺より握力もそうだが力がある。
「………」
片手でスマホを操作しつつ、顔だけは母親の顔を見る。
「放っておいてください」
そう言えばバチンと右頬をビンタされた。今度は右か、なんて思いながら母親を見る。耳がキーンとしているけど、痛み自体は父親には勝てないな。
「子供なら子供らしく親の言うことを聞いていなさい!」
「……」
面倒臭い。もう弟に頼んでどこかのアパートにでも引っ越して一人暮らしでもした方がいいんじゃないだろうか。
多分弟なら喜んで出してくれそうだ。今いくら貯め込んでいるのか知らないが前より増えているのは確実だろう。
「一歌!」
俺を縛り付けるのはやめてくれ。そんなに言うことを聞かせたいのなら機械仕掛けの人形でも作ったらどうなんだ。俺は人間で意志を持った生き物なんだ。それが例え親だろうと関係ない。俺は俺のしたいようにする。
「………」
なんて言ったとしてもこの人の心には響かないんだろう。この人にとって俺は子供で自分は大人。そもそも価値基準が違うし、見方も物差しも違う。所詮子供の戯言だと言って流されるのだろう。まともな大人でちゃんと子供を見ている親なら子供のSOSに気づくのだろうけど、俺の両親が気づくわけもない。その目が頭が腐っているのだから。
「本当にこの子は!」
またビンタをされた。今度は左で思わず鏡を探しそうになった。
「………」
母親は怒りに任せて俺をビンタし続けて十回したところで踵を返し、部屋を出て行った。
「あんたに言うことなんて何一つとしてない」
俺は一人そうシミ一つない天井を見つめながらそう吐き捨てた。
ーーーー
翌日。電車に乗って登校していると、サラリーマンが俺の背後に立った。
朝ということもあり学生と社会人が9割だ。ちらほら老人がいる程度だ。
満員電車と言うこともあり俺は窓側に張り付くように立つしかない。
流れる景色を眺めていると、ふと俺の肩に手が置かれた。
「君可愛いね」
そんな言葉が後ろから聞こえてきた。もしかしてだが、痴漢というやつだろうか。
後ろを振り返るのも面倒だし、ただ俺は外を眺めるだけだ。
「抵抗しなくていいの?」
「……」
したらしたで時間も取られるし面倒だ。やりたきゃ勝手にやればって感じだ。
「それじゃ遠慮なく」
それから男は俺の胸を執拗に触って来た。というより恐らく身長差から胸以外を触われない気がした。
痴漢はそれから胸だけを触り続け途中直に触れて来たりしたが、その程度だったので無視した。
しばらく我慢していると降りるべき駅になったので、俺は痴漢に「降りるので」と伝えて人混みに紛れるように電車を出た。
痴漢は俺に向かって手を振っていた。なんだあいつと思ったのは内緒だ。
ーーー
席に座ると前の席の山田が振り返ってニコニコし始めた。
鞄の中から教科書などを取り出して机の中へ収納していく。
2分ほどでそれが終わると、山田が俺に話しかけて来た。
「犬塚さんちょっと来てよ」
そう言って山田は席から立ち上がると俺の手を引いて五人ほど集まっているグループへと引っ張っていく。
俺がどれだけ踏ん張っても勝てそうもないので大人しく引っ張られる。
教室の中央。そこにいた男三人、女二人。なんとも派手な集まりだ。
男は金髪、茶髪、赤髪の三人で女は青髪と緑髪。なんだこれ。俺と山田は黒髪なのが普通のはずなのに、この五人を前にすると俺が普通じゃないみたいだ。
「お、きたきた〜!ちっこくて可愛いー!」
そう言って緑髪の女子に抱き上げられた。おい、やめろ。確かに俺の体重は40しかないけど、軽々持ち上げられるとちょっと凹むからやめろ。
というか胸デッカ。何カップあんだよ。
「ちょっとやめなよ明日花。明らかに嫌がってるじゃん」
そう言って俺を持ち上げ抱き寄せる緑髪こと明日花に制止するよう伝える青髪。
「えー!いいじゃん別にさぁ!減るもんじゃないんだし!」
いや減ってます。絶賛俺の心がすり減ってます。だから下ろしてくれ。
「犬塚さんグロッキーになってるから下ろしてあげな」
ありがとう青髪の人。君は今から心の友だよ(大嘘)。
明日花さんは俺をゆっくりと下ろし一歩下がった。
「明日花は勢いだけは取り柄だからな〜w」
ヘラヘラと笑いながら茶髪は俺に近づき、俺の頭に手を置いて撫で始めた。撫で方は優しいし、慣れた手つきなのはいいのだが…なんだこの状況は。
「………」
呆然と茶髪を見ていると整った顔が笑顔に変わり、ちょっとイケメンだなとか思いながら周りを見る。
ちゃんと見てなかったけど全員顔面偏差値高ぇなおい。美男美女。なんで俺呼ばれたわけ?
「海斗〜。あんまり犬塚さんの頭撫でるようならセクハラで訴えるぞー」
そう言って青髪さんが牽制してくれたお陰か海斗と呼ばれた茶髪さんは俺の頭から手を離して元いた位置に戻った。
「ごめんごめん。妹によく似ててさ」
妹は一体幾つなんだろうか。まさか小学生とかないよな?…もし小学生なら俺凹むぞ。色んな意味で。
「海斗は可愛い女の子にはすぐ手を出すもんなーw」
カラカラと笑いパンッ、パンッと茶髪さんの肩を叩く金髪さん。
ちょっと痛そうだ。というかそんなヤリチンなのだろうか。とてもそんな人の手つきには思えなかったが。
「おいおいwやめてやれってw犬塚さんいるんだぞw」
赤髪は笑いを堪えるように腹を抱えて茶髪の肩に手を置く。
「俺のイメージを下げるのはやめてくれよ…」
茶髪さんはどこか悲しいような呆れたような笑顔でそう言った。
「犬塚ちゃん、安心して。友希と海斗と瑠衣はこんなんだけど真面目な奴らだから」
友希は金髪、瑠衣は赤髪のようだ。わざわざ名前を言う時それぞれ指差しをしてくれて分かりやすかった。青髪さんはとっても優しい人なのだろう。山田ハブられてるけどいいのか山田。さっきから存在感消してるけどいいのか山田。
「……」
俺はコクリと頷き返事をする。それを見て全員が笑ってくれた。特に青髪さんなんて俺の頭を優しく撫でてくれた。
「結もなんだかんだで犬塚ちゃんの頭撫でてるじゃん」
結と言うのがこの青髪さんの名前なのだろう。いい名前じゃん。
「だって可愛いし」
青髪さんの撫で方は心地よく眠くなってきた。あれ?俺高校生としてマズイのでは…?同級生に撫でられて心地よくなって眠くなる…。精神的には俺は同級生とは言えないけど。大人としてそれはいかんでしょう。…なんか別にそれもいいかなって思い始めてるけどな。
「犬塚さんそのままでもいいから聞いてよ」
ここに来てようやく山田が口を開いた。おうおう聞こうじゃないか。
「犬塚さんさえ良ければなんだけどさ、俺たちと友達にならないか?」
そう言って山田は俺に右手を差し出してくる。恐らく普通の人ならこの話を受けるのだろう。
確かに雰囲気は悪くないし、青髪さんは確実にいい人なんだろう。緑髪の子も悪意みたいなのは一切感じなかったし、純粋なのかもしれない。
男子の方もノリが軽いだけで特にこれといって強調して指摘するような部分はない。山田は…まぁ…うん。
このグループにしばらく所属して合わなければ抜ければいい。ただそれだけのことだろう。
でもそれでも俺は拒絶を選択するのだ。これが俺と言う人間が出した選択肢だ。これは間違った選択肢だと誰が言っても俺は曲げるつもりはない。
だって俺は極力人と関わらないことが信条だからだ。
「ごめんなさい」
俺はその手を取らずただそう告げた。これで俺はこの人たちと余程のことがなければ関わることはないだろうなと思いつつ山田を見た。
山田を始め青髪さん以外は全員ちょっと驚いている。この手の勧誘を断られたことがないのかそれとも俺が初めてなのかは判断しかねるが。
「どうして?」
優しい声でそう聞いて来たのは青髪さんだった。
「その…」
「うん」
「怖いから…」
俺がそう言えば全員が笑い始めた。そんな面白いこと言っただろうか。
しばらく笑ったところで青髪さんが口を開いた。
「大丈夫。私たちは犬塚さんに危害を加えることはないよ」
そう言ってまた頭を撫でられた。…とても卑怯だと思う。この心地よい状態にするのは。夜中にベットの上で通信販売を見る位危険だ。
「なら少しずつ慣れていこうね」
そう言って青髪さんに抱きしめられて悪い気はしなかった。