一段と重たい瞼を上げて世界を見る。今頃まで性行為をしていたのか分からないが臭いが大変なことになっている。
いるだけでクラクラしそうなくらいの性臭。だいぶ嗅ぎ慣れたと思っていたが、臭いものは臭いな。
とにかく時間だ。今日は二人と買い物の予定がある。急がねば。
なんとか立ち上がり制服のポケットからスマホを取り出し時間を確認する。時刻は午前8時を表示している。
待ち合わせは12時なのでまだ余裕があるが、ちゃっちゃと家に帰って風呂で洗い流して着替えないと…。
ぱぱっと服を着て未だに眠る遠坂さんを起こさないように慎重に部屋を出た。
ーーー
家に帰りシャワーを済ませて自身の部屋に戻ると、ベッドの上で胡座をしてスマホをいじる一香がいる。
俺が入ってきたことに気づいた一香は笑いながら言う。
「おかえり。セックス気持ちよかった?」
「………別に」
「風呂上がりの一歌もいいねぇ〜。写真一枚どう?」
「嫌」
「即答…。あ、そう。明日私の荷物届くからさ荷解き手伝って欲しいなあ〜…」
「空いていれば手伝う」
「え?手伝ってくれるの?」
「何か問題でも?」
「え、あ…いや…ないけどさ。…うん。断られるかと思ってたからさ…」
別に断る理由もない。ただそれだけだ。
「そ、そう言えば今日は用事あるんだよね。私もついて行きたいな〜…チラッ」
「邪魔」
「えー!そこはOKの流れだったじゃん!」
「そうはならない」
「ケチ!無愛想!でも好き!」
取り敢えずここにいても疲れそうなので先に向かって適当なカフェでも入って時間潰すか…。
アプリコット色のAラインワンピースを着て、黒のハンドバッグに必要なモノを入れていざ出陣。
部屋を出てリビングへ行き、冷蔵庫の中身を確認し後日必要な食材たちをラインで送ってから家を出る。
温かな陽気を感じつつ、一歩を踏み出した。
ーーー
電車に揺られ人混みに酔いそうになりながら待ち合わせ場所であるショッピングモールに着いた。時刻は10時41分。かなーりゆっくりめに来たのだが、やはり時間は余ってしまったようだ。
折角だし、先にショッピングモールを見回るのはどうだろうか。
だが、無駄に体力を消費するのはよろしくない。夜にはまた遠坂さんの所へ行かないといけないし、体力はあることに越したことないのだ。
となればゲームセンターへ行くべきだ。まずはゲームセンターへ行って下見、視察をするべきだ。
よし、行こう。ゲームセンターでクレーンゲームの景品を確認してからでもカフェに行くのは遅くないだろう。
2階にあるゲームセンターを目指して俺は歩き出す。
まずはエスカレーターを使って2階へ進む。土曜日ということもあり、ショッピングモールは人だらけだ。だがまだお昼前なのでこれでも人は少ない方だろう。
俺の前には部活帰りの中学生と思われる男子が四人。服は着替えているようだが、丸刈りの時点で野球部だと思う。
日焼けもしているし、多分野球部。これ偏見かな。
そして後ろにはふくよかな男性が二人。多分痩せたらカッコいいと思うのだが…。他人がとやかく言うことじゃないな。
おや、目の前にいた中学生男子たちもどうやら俺と目的地は同じらしい。
会話を盗み聞きしてしまって申し訳ないが、クレーンゲームにて今話題のアニメのフィギュアがあるらしい。
それを彼らは取りに来たそうだ。にしても楽しそうで何よりだ。
これが若さか…。
ゲームセンターに向かう途中様々な人に見られる。人に見られるのもだいぶ慣れた。さてさて今は何が置いてあるのかな。
「あれ?犬塚さん?」
ん?誰だ。足を止めて振り返ると、先程すれ違った少年?が俺を見ていた。金髪ミディアムさんとでも言うべきだろうか。白のパーカーに黒のパンツ。俺の記憶にこんなチャラい男子はいない。
「…誰」
「あ、ごめん。俺だよ。俺」
いや、ほんとに誰。
「
「……覚えてない」
「酷くね…俺ら小中ずっと同じクラスだったじゃん」
ごめん覚えない。それにこんな派手だったら覚えてると思うので多分イメチェンしてるはずだ。
「イメチェンした?」
「ん、あーそっか。俺容姿変わってるもんな。昔は黒髪黒目で眼鏡かけてたんだけどそれなら覚えてるかな?」
「……記憶にない」
「ははっ、まあいいや。犬塚さんここで会ったのも何かの縁だし、ちょっと俺と遊ばね?」
「嫌だけど」
「よしじゃあ…え?今なんて?」
「嫌だけど」
「その続きは?」
「ない」
「まあまあ、いいからいいから」
そう言って田口君は俺の手を取って無理やり移動を始める。歳は同じでも力の差が圧倒的で、抵抗は無駄に思える。
「離して」
「嫌だね。久しぶりに同級生と会えたんだし遊ばなきゃダメでしょ」
なんだその自論は。俺に押し付けるな。
結局どうすることもできず、田口君に連れてこられたのは俺の目的地でもあったゲームセンターであった。
田口君は俺の腕を引きながらクレーンゲームの景品をチェックしている。かく言う俺もチェックは欠かさない。
取り敢えず全ての台を見終わったのだが、田口君は俺の腕を引きながらまた歩き出した。
「どこ行くの」
「カフェ」
そしてゲームセンターの近くにあるお店へと連れ込まれ店員さんに案内され席に座ることに。念のために時間を確認し、後50分で約束の時間であることを把握した。ていうか遊ぶのではなかったのか。クレーンゲーム…。
対面する形で座る田口君は店員さんを呼び手早く注文を済ませた。
「犬塚さんは?」
「ミルクティー」
「ミルクティーですね。かしこまりました」
店員さんが去って行った瞬間に田口君は口を開いた。
「ねぇ、犬塚さん。犬塚さんは高校でもいじめられてるの?」
田口君の顔は歪んでいて、笑ってるけど笑ってない。そんな顔だ。
「別に」
「小学生の時も、中学生の時もあんなバリエーション豊富にいじめられてたのに高校じゃ誰も犬塚さんをいじめてないの?」
「されてない」
「俺は今でも鮮明に思い出せるよ。犬塚さんが殴られ蹴られ水をかけられ
髪を切られシャーペンで刺された時も。全部、ぜ〜んぶ」
「………」
「血を流しても君はなんでもないと言って保健室で手当てを受けたよね。君の綺麗な黒髪を切られても君は自分でやったって言い張った。ずっと前から聞きたかったんだ。犬塚さんはどうしてそんなにイカれてるの?」
「………」
「正直言って君をいじめていた奴らは人じゃない。あんな奴らを庇っていたのはどうして?何か理由があった?それとも脅されてた?教えてくれないか、犬塚さん」
今でもよく覚えてる。俺をいじめていた奴らの言葉。
『死ね』『さっさと死ねよクズッ!』『カス!グズ!ノロマ!」
『ブサイクの癖になんで生きてんのよ!』『早く死ねよクズ』『死ね』
『しーね、しーね』
と言っても彼らの知っている罵倒の程度なんて前世に比べたら可愛いものではないだろうか。所詮は子供だ。まだ社会を知らない雛鳥がどれだけの罵倒を並べられると言うのか。まあ俺は人生二度目だから余裕があったが、普通の子なら心に一生の傷を負わされていただろうな。
「……田口君に教える必要はない」
俺が君に聞きたいことがあるとすれば、どうして君はこんなにも歪なのかということだろうか。そんなことを知ってどうすると言うのか。
「…何、それ。なんで俺には教えられない訳?」
「君にとって私は何なの?」
「それは…。大事な……同級生だよ」
「……そう」
「お待たせしました。ミルクティーとコーヒーです」
店員さんが商品をそれぞれの前に置いて去って行き、再び田口君が口を開いた。
「犬塚さんはさ、覚える?」
「何を?」
「中学2年の時、君は他校の生徒を助けたことがあったよね」
どうした急に。ていうかそんなことあったっけ?中学2年の頃は確かミル○ークにハマって毎日牛乳飲んでたことしか覚えてないんだが。
「不良が十数人いる中でも君は平然と割って中に行って防犯ブザーを5個鳴らして警察を呼んだよね」
んん??そんなことあったっけ??作り話とか容姿が似てる人とかではなくて?
「そんなことをする犬塚さんに腹を立てた不良グループのボスらしき奴が君を蹴り飛ばしたよね」
え、俺蹴り飛ばされたの?
「そしたら君が守ろうとしていたボロボロ人たちが立ち上がってその不良グループをやっつけちゃったよね」
え、それ俺が割って入った意味あるか?ただ蹴られただけじゃね?蹴られ損じゃね?
「犬塚さんはケロッとしてて、君が守った不良グループは君を連れてトンズラしたよね」
え、トンズラしたの?というかさっきから君はどこから見てたの?
「そしたらそこそこ問題になってたよね。君はいつも通りいじめられてたけど」
いじめを日常扱いするな。
「あー…ほんと犬塚さんをストーキングするのは楽しかったなぁ…」
おい、こいつとんでもねぇこと暴露したぞ。過去形だけど罪は消えないぞそれ。ていうか俺つけられてたの?嘘でしょ?ていうか俺何を聞かされてるの?
「でもある日から君はいじめられなくなった。君をいじめてた主犯格さんにそれとなく探りを入れてみたんだけど全然教えてくれないし」
いや、よく話しかけたな。ていうか主犯格とかいたんだ。
「主犯格を含めた君をいじめてた奴らは突然全員海外に移住するし、中々面白かったけどなぁ。君がどうして訴えなかったのかだけは絶対に知りたいんだけど、教えてくれないの?」
「答えは変わらない」
「それは残念だ。ならまた聞けばいいってね。何度でも」
そう言って田口君はコーヒーを飲み干して千円札を置いて立ち上がった。
「これはお詫びを含めて犬塚さんにあげるよ。それと連絡先教えてよ」
「絶対に嫌」
この人には正直関わりたくない。そう思った。