好き、の意味はそれぞれです。
何事も、好きだから。理由はそれだけ。
でも、それが噛み合うとは限らない。
違う意味だったりも、するものです。
「好き」って、なんだろう。
俺は最近、そんな事を考えてしまう。
あの日、体育館で泣きながら練習し続ける先輩を見て、思ったんだ。この人が、好きだと。尊敬できる立派な人で、スゴい美人で、でもそれが理由じゃない。理由なんか分からない、一つもないのかもしれない。でもあの瞬間から俺は千夏先輩を、好きになっていた。
バドに本気になったのも、あの日からかもしれない。先輩に近付きたくて、少しでも釣り合う人間になりたくて。俺はバカだから、ただ部活に励む事しか思い付かなかった。
だから先輩が栄明からいなくなると知った時は、いてもたってもいられなかった。事情も何も知らないくせに、全力で引き留めようとしたんだ。
好きだから。いなくならないで欲しいから。
そして先輩は、今――俺の家にいる。と言うか隣の部屋にいる。栄明に残るために、居候として。
先輩とひとつ屋根の下で生活するようになって、もう一ヶ月になる。
俺は毎日、悶々とするばかり。だって、だって。千夏先輩が、すぐそばにいるから。
千夏先輩は完璧に見えて、意外と隙だらけのポンコツだ。リラックスしているのは良いんだけど、同年代の男子がいるのを分かって欲しい。風呂上がりに薄着でウロウロしていたりするし、夜中に寝惚けてこっちの部屋来たりするし、なんなら誘ってるんじゃないかと思うくらいだ。
俺は千夏先輩が、好きだ。だからこそ、変な思いを向けたくない。大事な人だから、傷ひとつ付けたくない。
でも、それでも、好きだから、触れたいとも思ってしまう。そんな雑念は、悪いことなのに。
だけど「結婚したい」って思いはそういうのも含めて、なんだろうとも思う。
堂々巡りな俺の「好き」は、一体何なんだろうか。今まで考えた事もない、スゴく難しい疑問が頭の中を巡り続ける。
無い頭で何を考えたって、無駄なのに。
俺は要するに、子供なんだろう。そういう欲求から好きという感情を、切り離したいんだ。
大人になりたい、と思う。でも、悪いことを考えたくはない。難しいな、ホントに。
人を好きになるのも、大人になるのも、難しいや。
地区予選も近付き、部活に集中しなければならない時分。なのに頭の中は、千夏先輩の事でいっぱいだ。
壁に背を預けて、思う。千夏先輩が、好きだと。
地区予選くらいじゃ、足りない。だから、インターハイに行くと約束した。そうすればほんの少しでも、俺を好きになってくれるかもしれない。不純と言えば不純だろうけど。
「――」
ふと、聞きなれない音がしたような気がした。声、かもしれない。何にせよ、何だか分からないけど。
背中側からだから、壁の向こうで何かあったんだろうか。隣の部屋には、先輩しかいない筈だけどな。
壁に耳を押し当てて息を殺すと、僅かだけど音がクリアになる。ほんの僅かだけど。
――……?
聞こえてくるのは、息遣いに近い。それも、相当に辛そうな。
何か、あったんだろうか。部屋で筋トレしててトラブったとか、突然体調が悪くなったとか、そういう事なのかもしれない。
ゾワリ、と冷たい予感。これは、不味いんじゃないか。助けなければいけないんじゃないか。
そう考えるよりも早く、俺の身体は駆け出していた。
「先輩! なんかあったんです、……か」
バンっと開けたドアの先に、先輩はいた。
顔は赤く、服は乱れ。その手は、その。脚の間を、掻きむしるような姿勢で。指先が中に食い込み、床に水溜まりを作ったまま、止まっていた。
ギギギ、と鈍い音がしそうなぎこちなさで先輩が俺の方を向き、そして――。
「ノックくらい、しようよ。……ね、大喜くん?」
取り繕うように笑顔で、そう呟く。
そこまで俺も子供では、無い。女子だってそういう事はする、そんなのは一応知っている。
とは言え、だ。実際見たことなんか、あるわけがない。まして、千夏先輩だ。誰よりも真面目でストイックなこの人が、まさかそんな。
何かの間違いではないか、とさえ思うけど。でも、目の前にあるのは現実だ。俺が聞いたのは、千夏先輩の喘ぎ声。今見ている千夏先輩は、オナニーの真っ最中。それが、疑いようの無い真実として存在する。
僅かの間沈黙が流れ、部屋のなかに気まずい空気が満ちた頃だった。
ようやく先輩は脚を閉じ、服を着直して俺に向きあう。
「まあ、ね。私は別に悪いことをしたわけじゃないからね」
「えあ、はい」
先輩の開き直ったような口調は可愛いけど、顔は赤いまま。
うんまあ、言う通りなんだけど。みんな普通にすることなんだから。
むしろ勘違いして、ノックもせず入った俺の方が悪いよな。
なんにしても、死ぬほど気まずい。
見なかった事にするには、あまりにも衝撃的すぎる。
……ここで弱味を握ったから一気に襲っちゃえ、みたいにはなれないし。
そんなことしたら死ぬわ、俺が。良心の呵責で、四肢が爆砕してしまう。
どうしよう、マジで。
何をしてもいけない気がして、俺はただ固まるしかない。
再び気まずい沈黙が続く、かと思ったけれど。
「――大喜くんが、悪いんだよ」
小さな声で言い放った先輩の姿が、一瞬視界から掻き消えた。
低空タックルから俺の顎を掴み、そのまま相撲で言う喉輪の形で一気に身体が持ち上げられる。
タックルの時点で重心が崩されていた俺はそのまま、そのまま……先輩のベッドに叩き付けられていた。
先輩は体格こそ小柄だけど、パワーはとんでもない。と言うか女子バスケは上を見れば190越えてる選手もゴロゴロいる世界で、その中でエース張ってる先輩は正直化物レベルだ。鬼滅の乳柱さんみたいな捌倍娘とか言われても、俺はきっと信じる。
背中を打って一瞬息が止まり思考が停止する刹那、先輩は俺の身体を押さえ込んでしまう。
「何でそんなに、無防備なの。私をどれだけ惑わせるのよ」
何を言ってるのか分からない、分からないけど。非常に不味い状況だとは思う。
抵抗しようにも、力の差が歴然過ぎる。それに、この人を傷付けるわけにはいかない。大事な人だから。
「先輩、やめ……」
せめて言葉での抵抗を試みるけれど、それさえ叶わない。言葉を出しきるより先に、俺の唇は塞がれてしまった。
温かく柔らかい、千夏先輩の唇で。
キス、している。憧れの、大好きな先輩と、キスしている。なんでこんなことになっているのか、何一つ分からない。
先輩が俺にキスするという有り得ない展開が、頭をグチャグチャにしていく。更に先輩の舌が捩じ込まれ、歯列をなぞり舌をなぶり、口の中をメチャクチャにしてしまう。
抵抗の意思が、萎えていく。手足の力が、抜けていく。
先輩の唇が名残惜しげに離れても、俺は指一本動かせない。
「大喜くんはさ、自覚が無さすぎるんだよ。こんな可愛い子が傍で無防備にしてたら、我慢できなくなるに決まってるじゃない」
指先で唇をなぞりながら、先輩は薄く笑っている。言っている事は相変わらずサッパリだ、俺が可愛いとか無防備とか。
それじゃまるで、俺と同じ事を考えてるみたいじゃないか。
俺と、同じ。まさか。それは。
「大喜くん見てるとさ、疼いて仕方無いんだよ。……好きって事なんだろうな、って」
アッサリと、でも多少は照れた顔で。先輩は、とんでもない事を言い出した。
好き。でもそれは、俺とは違う向き。俺は好きだから、触れられない。先輩は好きだから、触れたいという。
きっとどっちも間違ってはいないんだろうけど、でも。こんなのは、良くないと思うんだ。
俺は好きだから、節度を持ちたい。ちゃんと段階を踏みたい。
「やめ、……て。先輩、こんなの……」
思い止まって欲しいと、懇願する。きっと届く筈だ、そう信じた。
なのに。
「いやです。大喜くんが、悪いんだよ」
先輩は悪戯っぽく笑って、また俺にキスしてきた。二度目のキスは、燃えるように熱くて。俺の意識を、溶かしてしまう。
身体の奥から、声がする。これでいいじゃないか、好き同士なんだから。いいじゃないか、このまま身を任せれば。千夏先輩に、抱かれてしまえばいい。
その声はどんどん広がり、意識を染め上げていく。身体が、意識から切り離されていく。
溢れる涙も、先輩の舌に舐め取られ。なにもかも、千夏先輩に染まってしまう。
すべてを、奪われる。そんな予感に、あるいは期待に呑まれながら、俺は身体の主導権を手放してしまった。
ただ、ぼんやりと経過を見守るだけ。千夏先輩の指が、しゅるしゅると俺を脱がせていくのを。
千夏先輩の部屋で、千夏先輩のベッドの上で、裸にされていく。有り得ない、有り得ない。こんなの、有り得ない。
有り得ないけど、でも。千夏先輩が、実際にやっている事だ。
その千夏先輩も、もうなにも着てはいない。白い肌は目が眩むほど美しくて、そして淫らだ。仰向けに転がされた俺の上に覆い被さり、唇にキスをして。そのまま、ゆっくりと唇が俺の身体を降りていく。
血管をなぞるように首を通りすぎ鎖骨を抜けて、そして胸へと到達すると小さく声が出てしまう。唇に包まれたまま、舌の先が乳首を弄び出したのだ。
思わず腰が浮き、舌の動きに合わせて喘いでしまう。止められない、止めようがない。
「大喜くん可愛いねぇ……。女の子みたいだねぇ……」
顔を上げて、嬉しそうに笑いながら。千夏先輩は、両手でそれぞれの乳首を弄っていく。
こんなにも、気持ちいいのか。こんなのが、有ったのか。
身体の芯が焼け付きそうになっていき、血が一点に集中しているのがはっきりと認識出来る。そしてそれは、先輩にも伝わったのだろう。
乳首を弄っていた右手が、俺の下半身へ滑り込みそして――そっと握りしめてきた。
自分の手とは、全てが違う。柔らかく艶かしく、指が蛇のように絡み付く。
包み込むように、いたぶるように、愛するように。予想できない動きが、俺を責め立てる。
こんなの、耐えられる筈が無い。
「うあ、……っ、ー!」
身体の奥深くが決壊し、濁流が押し寄せて。全身をガクガクと激しく震わせながら、止めどなく精液が迸っていく。先輩の、手の中で。大切な、大好きな人の前で。絶対にやってはいけないことを、してしまった。
「ぉおー、スゴいスゴい。大喜くん、元気だねー」
罪悪感に沈む俺には、はしゃぐような先輩の声が辛い。
なのに先輩は、その先へと進もうとする。許されない事を、更にしようとしている。
射精したばかりの俺に、何かが触れる。熱くしなやかなそれが、唇の感触だと気付くより早く。
「ぁ、……ぎぃ……っ!?」
猛烈な勢いで吸い上げられ、意識が飛びかける。
そしてそれと反比例するように血がたぎり、ギシギシと音がしそうな程に硬度が増していく。
萎える事を許さない、暴力的な快感を俺に押し付けて。
先輩はようやく口を離すと、膝立ちになり。
「んっ、……と」
――「そこ」を割り拡げたのだ。粘りけの強い音と、滴る水滴。先輩の、内側が露になる。誰も触れてはならない場所が、目の前に晒されている。
何をしようとしているのか、それは一つしかないだろう。
ドクン、と心臓が強く脈打つ。最後の抵抗を、する為に。
「ダメ、です……! そんなの、そんなの……!」
言葉は出てこない、取り繕う事もできない。ただ、全身で懇願する。こんなことをしてはいけない、と。ここで止まらなければならない、と。
でも、そんな俺の願いを。
「ダメだから、だよ。悪いことするから、楽しいんだよ?」
先輩は笑顔で却下して、天使のような顔のまま。俺の上に、自身を振り降ろす。
一瞬のうちに、それは終わり。先輩の内側が、俺を呑み込んでいた。
「んー……、入ったよ、大喜くんの。どうかな、私のなか。気持ちいい?」
意識したことが、無いわけじゃない。でもそれは、現実になってはいけない筈だったんだ。
なのに。俺は今、先輩と繋がっている。セックスを、している。特別な関係でなければ許されない事を、こんなにも躊躇いなく、している。
恐怖と甘い快感が混ざりあいながら襲ってきて、頭の中を掻き回して、俺を蹂躙していく。
「私はずっと、さ。こうしたかったんだよ。大喜くんと、こうなりたかったんだよ」
甘く蕩けるようなその声が、心までドロドロに擂り潰してしまう。
「だって大喜くん、可愛いもん。可愛いから、大好き」
キスをしながら、先輩は腰を揺らし出す。柔らかく熱い肉の中で、激しく擦りあげられ。何もかも、遠くへと消えていく。俺の全てが、塗り潰されていく。
先輩の身体が、声が、息遣いが。逃げ場を奪い、俺を追い込み続ける。
このまま、快楽に身を任せてしまいたい。
それでも、最後に残った理性の欠片がそれをギリギリで食い止める。
俺だって、そこまで子供じゃない。このまま果てたらどうなるか、それは知っている。
先輩が、取り返しが付かない状態になるかもしれない。俺自身がどうなろうと構わない、でもそれだけは避けなければならない。先輩が、好きだから。
叶わぬ身体を僅かに動かして、喉になんとか自由を与え。決死の思いで、言葉を絞り出す。
「ダメ、です……出ちゃ……う、から……! あ……っ、出来……ちゃぅ……」
届いてくれ、伝わってくれ、と微かな希望にすがる。でもそれは、意にも介されず。
「大喜くん。そういうのはね、女の子が言うことだよ?」
けらけら笑いながら先輩は、更に腰を加速させていく。
その締め付けは痛いほど強まり、俺に致命傷を与えんと躍起になっている。
堪える意思なんて、すぐ粉々に打ち砕かれてしまった。
「あ、ぁあー……っ」
繋がったまま、その時は来てしまった。先輩の中で、俺は爆発してしまう。
一度始まった射精は、どうやっても止まらない。頭の中に浮かんだイメージは、最悪の光景。先輩の内側が、俺の精液で満ちていく。
その先に起こること。妊娠、という余りにも大きすぎる現実。
でも先輩は、それが幸福であるかのように満足げな顔をしている。将来も何もかも、どうでもいいかのように。
俺は先輩が好きだから、こうなってほしくなかった。でもきっと先輩はこうなりたいから、俺を好きだと言った。
俺たちの「好き」は、余りにも違いすぎる。
もっとしようよ、とキスしてくれる先輩に応える事もできないまま。俺は何もかも諦めて、目を閉じた。
あの夜から、少し経って。俺は県大会をストレートで落とし、先輩はインターハイを決めた。
正反対の結果になって尚、俺たちの関係は変わっていない。
そう、なにも変われていない。
毎晩のように先輩は俺を求め、俺は複雑な思いのまま先輩に抱かれる。
先輩は口癖のように好きだよとか愛してるよと言うから、強く拒絶も出来ない。
そう言われるのは心地いいし、先輩に抱かれれば気持ちもいいから。
それに溺れてはいけない、と知ってはいるけれど。千夏先輩には、逆らえない。
やがて来る避けられない破滅へ、じりじりと近付きながら。俺たちはお互いを理解出来ないまま、お互いを好きで居続けている。
「好き」って、なんだろう。
答えは出ないまま、俺はそればかり考えている。
熱を帯びていく季節の中、もがきながら。足掻きながら、それでも。
何処かに出口があるんじゃないかと、期待してしまう。
無いと分かっていながら、期待してしまう。
ああ、本当に――なんなんだろう。
好きの意味なんか、通じないもんですよ。
扇町さんだって若い頃は(ry