「…お、お兄さん…。…わざわざ、ごめんなさい…。」
「…ううん。頼ってくれて嬉しいよ。…それで、今日なの…?」
「…はい…。」
次にお尻ペンペンされそうになったら僕を呼んで、と秋仁に声を掛けていた拓也は…、休み時間に呼び止められ、その日の放課後、学校帰りに秋仁の家へ寄っていた。
「…お母さんは?」
「…た、たぶん夕飯の買い物…。」
「…例の…、"お姉ちゃん"は…?」
「…ま、まだ帰って来てない…。」
…これから"お尻ペンペン"が待っている事実に緊張しているのか、秋仁は自室に居るというのに落ち着きがない。
「…秋仁君、大丈夫…?」
「…えっ!?…はっ、はい…。」
「…そんなに緊張しなくても良いよ。僕がきっと、もうお尻ペンペンされないようにしてあげるから…。」
「……えっ?」
それを聞いて、秋仁の顔色が一変する。
「…ちょっと待ってよお兄さん…、何の話…っ!?」
「…え、だから僕が秋仁君のお母さんと話して、"身代わりのお尻ペンペン"をされないように…。」
「…ちがう…、ちがう、ちがうっ!?…僕、そんなこと頼んでないっ!!!」
「…あ…、秋仁君っ!?」
今まで大人しかった秋仁が、急に声を荒げて強く否定する。
「…僕、お尻ペンペンを止めて欲しいだなんて全然言ってない!!…痛みを我慢する方法を聞いただけなのにぃ…っ!!」
「…で、でも秋仁君さ…、」
「…絶対にダメだよ、お兄さん…っ!!…もし言ったら、僕もお母さん達に、"お漏らし"のこと全部言うからねっ!?」
「…う…!?」
「…卓哉君ちで、お兄さんが"お漏らし"をして…、卓哉君のお母さんにお尻ペンペンされたこと…、みんなに言うからねっ!?それでも良いのっ!!?」
「…まっ…、待って秋仁君っ!?それだけはっ!?」
…なんと拓也は、助けに来たはずの秋仁本人から…、弱みを握られ、脅されてしまう。
(…うぅ…っ、…な、何でなのぉ…!?…でも秋仁君は、2年生の小っちゃい子だし…、あんまり僕が刺激したら、本当に喋っちゃうかも…!!?)
「…もう黙っててよ…、僕がお尻ペンペンされた後で、あんまり痛くない方法を教えてくれればいいから…。」
「…わ、わかった…。」
…一体、何がどうなっているんだ…?
…秋仁は、母親のお尻ペンペンそのものを止められるのは嫌らしい。
…しかし、痛くて我慢出来ないというのも本音のようで…。
「…秋仁君…、もしかしてさ…、お姉ちゃんに仕返しされるのが怖いの…?」
「…えっ?」
「…僕がお母さんのお尻ペンペンを止めたら、秋仁君のお姉ちゃんの、今までの悪事がバレるかもしれないし…、その時に、仕返しされるのが怖くて────、」
「…ちがうよ、お兄さん…。全然ちがう。…お兄さんは、僕やお姉ちゃんのこと何にも知らないから、そんなことが言えるんだ…。」
「…あ、秋仁君…。」
秋仁は、寂しそうに俯き、そう呟いた。
…姉の仕返しを恐れて、強がりを言っているのかと思った拓也だが…、どうやらそうではないらしい。
…では一体、秋仁はなぜ"自分がお尻ペンペンを受ける"ことにこだわっているのか…?
(…う〜ん…、やっぱりこの子、"お姉ちゃん"からそうしなさいって命令されてるのかなぁ…?…でも、嫌ってる感じは全然しないんだよね…。)
…秋仁の言動からも、"お姉ちゃん"が大好きな事は伝わる。
…もしもその姉が…、秋仁の純粋な気持ちを利用して、自分が叱られまいと罰を押し付けているのなら…、拓也にもそれなりの"覚悟"がある。
(…どんなお姉ちゃんなのか知らないけど…、こんな良い子の気持ちを踏みにじっているのなら…、僕がハッキリ言ってあげないと…!)
鼻息を荒くして、秋仁の母と姉の帰りを待つ拓也。
…いつでも来い、と険しい顔で室内を見回していると…。
(…ん…?)
不意に、ある物が拓也の目にとまった。
…ずいぶん古そうな、ボロボロのぬいぐるみだ。
…元はウサギだったようだが…、耳の部分が、付け根から取れてしまっている。
(…ウサギの…、人形?…耳が取れて…?)
拓也はなぜか、それが無性に気になってしまう。
…何か、とんでもない物を見つけてしまったような胸騒ぎが…。
「…あ、秋仁君…、…この人形って…?」
「…あっ…、お兄さん、それ…お姉ちゃんのやつだから、絶対に触らないでよ?」
「…あ…、ご、ごめん…。」
…しかし、どうしても気になる拓也は、秋仁に直接尋ねてみた。
「…ねぇ秋仁君…、この人形ってさ…、何で耳が無いの?」
「…あっ…、え〜っと…、それはね…、」
…どうか、自分の思い過ごしであって欲しいと拓也は願う。
…だって、そんな偶然、あるわけが────、
「…僕が昔…、お姉ちゃんとケンカしててね?…そのウサギをガブッて噛んだら、耳が千切れちゃったんだ…。」