…待て…、待て待て待て待て…っ!?
…ウサギの人形を噛んだら、耳が千切れた…!?
…僕はそのエピソードを、よ〜く知っているぞ…っ!!?
『───幾らお姉ちゃんのお人形さんが欲しいからって、噛んで千切ったりしちゃ駄目でしょう?』
(……まっ…、まさか…、…この家の…、秋仁君の"お姉ちゃん"って…!?)
『───"拓也ちゃん"。大きな声で、"遥香お姉ちゃん"にごめんなさいしなさい。』
(…あ……っ、"あの"…、遥香ちゃんの事だったのォォォ〜っ!!?)
…衝撃の事実に気づき…、固まってしまう拓也。
…"イジワル"や"身代わり"など…、普段の大人しい遥香からは想像もつかない連想ゲームだったため、拓也はまだ信じられない。
…しかし、"お姉ちゃんのウサギの人形を噛んで耳が取れる"というエピソードが、偶然、近場で重なるとは思えない…。
「…あ、秋仁君…、その時ってさ…、お尻って叩かれた…?」
「…えっ…、う、うん…。お母さん、もうカンカンで…、…"お姉ちゃんにごめんなさいしなさい!!"って、何回も…。」
「…そっ、そう…。」
…聞けば聞くほど、"あの時のお尻ペンペン"だ…。
拓也はまだ信じたくない気持ちもあったが、もうほぼ間違いない。
…秋仁の姉は…、遥香だ。
そして、ここが遥香の家だということは…、拓也とは一切面識が無いはずだった"秋仁の母親"というのも、もちろん…。
「…ただいまぁ〜。」
「…おっ…、お母さんっ!?…お、おかえり…。」
「…な〜に秋仁、元気がないわねぇ〜?…さてはまた、お母さんに怒られるような事をして───、って…あれ?拓也君?」
「…こ、こんにちは…。」
…つい先日の"集会"では…、拓也のことを"5歳の拓也ちゃん"扱いしつつ、"お人形さんを噛んだ罰のお尻ペンペン"という生々しい設定で拓也のお尻を叩いた…、"遥香の母親"が、買い物袋を提げてそこに居た。
「ん…、遥香にご用事?」
「…いっ、いや…。」
「…え…、お母さん…、このお兄さんの事知ってるの…?」
(…あっ…、ま、まずいかも…!?)
…今この場に居る3人はそれぞれ、"持っている情報"が違う。
…秋仁に"集会"の件を知られたくない拓也と、その全てを把握している母親。
…そして、"母親のお尻ペンペン"について相談した人物が、母親の知り合いだった秋仁もまた…、かなり動揺していた。
「…えぇ。この子は拓也君。遥香お姉ちゃんのお友達よ?」
「…え…、お、お姉ちゃんの…!?」
「…でも変ねぇ。遥香にご用事じゃないなら…、おばさんに会いに来てくれたの?」
「…い、いやっ、あの…っ!?」
…予期せぬ突然の再会に、拓也はしどろもどろになる。
"遥香の母親"の顔を見るのは…、あの"集会"の日、"5歳の拓也ちゃん"として、"お人形さんを噛んだお尻ペンペン"をされた…、あの時以来である。
…恥ずかしすぎて、言葉がとっさに出てこない。
「…ふふっ…、今日"は"、拓也君の方がお兄ちゃんなのよねぇ…?」
「…っ!!?」
「…お母さん、何の話…?」
お兄さんの方が僕よりお兄さんって…、当たり前じゃないの?
…明らかに"遥香の母親"は、拓也だけにわかるように、"あの時"の話をしている…。
焦りまくる拓也に疑問を覚えて、首を傾げる息子の秋仁。
…そんな2人の様子を見て…、遥香の母親は愉しそうに、「うふふ…っ、何でもないわよ〜?」と拓也をからかい始めた。
(…おっ…、おばさんってば…、僕が秋仁君に知られたくない事をわかってて…、わざと…!?)
…"集会"の時に会った"遥香の母親"の第一印象は…、確かに気が強そうではあったが、今のような、冗談を言って拓也を困らせるようなタイプには見えなかった。
(…お、おばさんも…、家だとこういう感じなのかなぁ…?…ある意味、遥香ちゃんに似ているかも…。)
…拓也はずっと、娘の遥香のことを"非常に真面目で大人しい子"だと思ってきたが…、先日、学校で2人きりの時、"お姉ちゃん"と呼び間違えた拓也に対し…、反応を試すような言動をとってきた。
…プラスに考えれば…、拓也に心から気を許している証拠かもしれないが…、それにしても"別人"のようだったと、あの時の事を思い起こす。
(…女の人ってやっぱり、それが"普通"なのかなぁ…?…うぅっ、何だかまた怖くなってきたよ…。)
"遥香の母親"が何を喋るかによって、拓也の命運が握られてしまう今の状況…。
…"遥香の母親"は、そんな風に焦る拓也を見て…、本当に可愛いらしい子だと思っているのだった。
(…うふふっ…、悪戯をして、"怒られる…!"って思ってる時の子供って…、本当にと〜っても可愛いけれど…、拓也君って、それが輪をかけてわかりやすいのよねぇ〜…。)
…ほんの少し、虐めたくなっちゃう…。
娘の同級生を相手に、そんな"イケナイ願望"を抱きながら…、"遥香の母親"は、なぜこの家に拓也が来たのかを、あらためて問いただす。
「…拓也君。今日は本当にどうしたの?…ちゃんとおばさんの目を見て答えて?」
「…あっ…、あの…っ、僕…。」
…拓也は今回、本当に秋仁に呼ばれて来ただけで、ここが"遥香の家"である事さえ知らなかった。
…しかし、突然目の前に現れた"遥香の母親"に加えて…、秋仁と拓也が交わしたそもそもの約束は、"お尻ペンペンが痛すぎて我慢できないので、アドバイスが欲しい"という、絶対に母親本人には言えない内容である。
「…拓也君?」
「…え…、えっと…。」
「…まさか…、"また"、とってもイケナイ悪戯を企んでいた訳じゃないでしょうね…?」
「…ヒ…、ヒィッ!!?」
…さらに拓也には、決して言い訳の出来ない"前科"がある。
勇太の母親である奈津子に対し、"わざと"お尻ペンペンされに行ったあと…、それを叱られた僅か数日後に、今度は綾子の母親に同じ悪戯をしていたというものだ。
…拓也の中では、その2つを"同じ悪戯"として括られるのは正直納得いかない部分もあるが…、現に、この2つの悪戯が発覚したことにより、拓也は公民館の大きな畳部屋で、"10人もの母親達"全員から"お尻ペンペンの刑"を受ける羽目になったのである。
…しかも今の発言からすると…、"遥香の母親"は、拓也が今日、"3度目の悪戯"をしに来たのではないかと疑っている…!?
「…ち…、違います違いますっ!?全然違いますっ!!?」
「…じゃあ、何?…違うなら、おばさんに言えるはずよね?」
「…え、えぇ〜っと…!?」
…拓也は、窮地に追い込まれていた。
秋仁の、"アドバイスが欲しい"という相談を正直に話せば…、この場ですぐ秋仁が、お尻ペンペンされてしまうかもしれない。
…かと言って、拓也の"3度目の悪戯"だと判断されれば…、今後、どんな恐ろしい目に遭わされるかわからない…。
(…ぼっ、僕は…、どうしたら…!?)
「…ただいま…。」
(…あ…っ!!?)
…パニックを起こしかけている拓也の前に…、新たな"不安要素"が現れてしまう。
「…えっ…、拓也…、君…?」
…なんで、家に…?
明らかに困惑している遥香が最後のピースとなり…、遂に役者が全員揃ってしまった。