「…ちょっと待っててね遥香、…いまお母さんが拓也君を怒るか怒らないか…、大事な質問をしている所なの。」
「…えっ…!?…お、お母さんが拓也君を怒るって…?…どっ、どういうこと…!?」
帰宅したばかりの遥香は、目の前の母親がクラスメイトの拓也を叱ろうとしている謎の状況に戸惑っていた。
「…遥香とお約束してたんじゃ無いんでしょう?…でも、拓也君はウチに居る。…もしかしたら、悪〜い悪戯をしに来たんじゃないかと思ってね…?」
「…え…っ、…た、拓也君は…、そんなことする人じゃないよ…!?」
「…ううん遥香。…じつはお母さんね、拓也君とは前にも会ったことがあるの。…自分の口から"今日ここへ来た理由"をお話出来るまで、こうして正座していて貰います。」
「…で、でも…、可哀想だよ…。」
…遥香は、何とかして拓也を守ろうとしてくれている様子で…、必死に母親の説得を続けている。
…それを見て拓也は、先ほどまで秋仁が話していた、"弟をお尻ペンペンの身代わりにする、とんでもないお姉ちゃん"という暴露話など…、やはり何かの誤解だと思い直すのだった。
(…はっ、遥香ちゃん…、やっぱり優しいよ…。…お尻ペンペンの"身代わり"なんて、遥香ちゃんがそんな事するわけないよね…。)
…例えばだが…、昔、母親に"お尻ペンペン"されるのをあまりに恐れた遥香が…、"自分はやってない"と嘘をつき、結果、秋仁がやったと決めつけられて、なぜか母親に叱られてしまったとか…、きっとその程度の、ありがちな"すれ違い"の話だったのだろう。
…拓也は自分にそう言い聞かせながら…、今、この場を乗り切るにはどうしたら良いかを考える。
(…このまま行けば…、僕がお尻ペンペンされるか、秋仁君がお尻ペンペンされるかって話になっちゃうよね…?…うぅっ…、痛いのは絶対に嫌だけど…、2年生の子にお尻ペンペンを押しつけるのも、何だか気が引けるなぁ…。)
…拓也は先日の"集会"によって、遥香の母親には一度お尻ペンペンされている。
…つまり、ある程度は痛みの予測がついていた。
(…は、遥香ちゃんや秋仁君の前でされちゃうかもしれないし…、死ぬほど恥ずかしいけど…、でも、このまま2年生の子が罰を受けるよりは…。)
…拓也は意を決して、秋仁を庇おうとする。
「…あっ…、あの…、おばさん、ごめんなさい…。…僕が全部、悪かったんです…。」
…その謝罪の言葉を聞いた"遥香の母親"は…、やはり拓也が"3度目の悪戯"を企んでいたのだと確信する。
「…拓也君。…自分から正直に言えたのは偉かったわ。…でも、"3度目"なんて…。自分が何をしたのかわかってる…?」
「…は、はい…っ。」
「…正直に言えたことに免じて…、お母さんに言いつけるのだけはナシにしてあげる。…けれど、その代わりに…、今からおばさんが、と〜っても痛いお尻ペンペンを────、」
"遥香の母親"がそこまで言いかけたところで、遥香の弟である秋仁が、思わず口を挟む。
「…ちょ…、ちょっと待ってよお兄さん…、何で…、そんなこと言うの…っ!?」
「…えっ…、ど、どうしたの秋仁…っ?」
「…違う、違うんだよぉ…っ、悪いのは、全部僕なのに…!…なんでぇ…、ぐずっ…!?」
「…ちょ、ちょっと秋仁…、どうしてあなたが泣いてるのよ…っ!?」
…秋仁は、罪悪感からなのか…、拓也に庇われることを頑なに拒否し、自分が悪いと名乗り出てきた。
…"遥香の母親"は、一体どういうことなのかと状況を整理しようとする。
「…とりあえず、秋仁が落ち着いたら、詳しく話を聞くことにするわ。…拓也君、あなたへの罰も一旦保留。」
「…は、はいっ!」
「…遥香、悪いんだけど…。お母さん、秋仁と2人でお話がしたいから…、拓也君と一緒に待っていてくれる?」
「…う、うん…、もちろん、それは良いんだけど…。」
「…けど?」
「…お母さん…、あまり秋仁を強く叱らないであげてね…?」
「…それは約束出来ません。…まぁ、お尻を叩くとしても…、叩く前にちゃんと遥香に言うわ?…秋仁の言い分も聞いてみないとわからないけれどね?」
「…うん…。」
…話がまとまったのか、"遥香の母親"は、秋仁を連れて部屋を出ていった。
…遥香と2人きりになり…、少しだけ気まずい空気が流れる。
(…うっ、うぅ…、さっき遥香ちゃんのお母さん…、完全に僕に、"お尻ペンペンします"って言いかけてたよね…?…遥香ちゃんにも聞かれてるし…、何となく、気まずいよ…。)
…同じクラスの女子の家で、その母親からお尻ペンペンされる…。
拓也はすでに、綾子の家でも"それ"を経験しているが…、だからと言って、恥ずかしさが和らぐわけでは無い。
…まだ"宣告"されかけただけなのだが…、耳まで真っ赤にしていた。