「…ふふっ…、拓也君…、危なかったね…?」
「…えっ…!?…う、うん…。」
「…でもどうして…、家の秋仁を庇ってくれたの?」
「…う…。」
…今ごろ秋仁は、きっと母親から"詰問"されている最中だ。
どうせ後で全部バレるのなら…、遥香にだけは、先に真実を話しておいた方が良いかもしれない。
「…じ、実は…。」
「うん。」
「…秋仁君が、お母さんのお尻ペンペンが痛くて我慢出来ないって、僕に相談をしてくれて…。」
「…えっ?」
…何で…、拓也君に?
…しまった。
拓也は直感的に…、"自分の学校でのイメージとかけ離れた説明"をしている事を察する。
「…拓也君って…、秋仁とお友達だったの?」
「…あ、いや…、それはね…。」
「…何で私じゃなくって…、拓也君に相談?…ねぇ拓也君、何か心当たりはある…?」
「…な、無いよ…。」
「…無いはず、無いよね…?だって拓也君、私に弟が居ることも、つい最近まで知らなかったし──、」
「…は…、遥香ちゃん…っ!?」
「…あ…っ、ご、ごめんなさい拓也君…、つい…。」
(…な、何だ今のは…?遥香ちゃんの表情が一瞬…、氷のように冷たくなったような…!?)
…拓也は、大人しいはずの遥香が見せた"一瞬の変化"に驚き…、見間違いではないのかと、自身の中で繰り返し問答する。
…しかし、あれは紛れもなく"怒り"…、いや…、"敵意"とさえ呼べるかもしれない、強過ぎる感情の表れだった。
(…あ…、あの遥香ちゃんがこんなにムキになってる所なんて、初めて見た…。)
遥香にとって…、やはり弟の秋仁は"特別"なのだろうか?
…しかし…、だとすると…、秋仁が言っていた"身代わり"の話がどうしても引っかかる。
…これほど弟のことを気にかけている"優しいお姉ちゃん"が…、自分が叱られたくないからといって、弟を"身代わり"にして…、母親から"お尻ペンペン"されるよう強要している…?
…そんな話、とても信じられない。
(…や、やっぱり何かの間違いだよね…?…カーペットの染みの話だって、どこまで本当なのかわからないし…。)
…そう考えながら、つい拓也は床のカーペットに目をやる。
…本当は、部屋に入った時からずっと気になっていた。
…テーブルの近くにある、こすって禿げたような跡が…、おそらく染みのあった場所だろう。
…拓也の視線の先に気付いたのか…、遥香が口を開く。
「…あぁ、これ…?…ふふっ…、前に、ジュースをこぼしちゃってね…?」
「…あっ…、そ、そうなんだ…?」
「…うん。…すぐ正直に言えば良かったんだけど…、拭いたり水吸ったりしてたら、そのまま染みになっちゃって…。」
…拓也は、遥香の"説明"にどこか違和感を覚えた。
「…もう、お母さんったらカンカンで…。…"お尻出しなさ〜い!!"って、鬼みたいな顔してたわ。」
「…は、はは…っ。」
…それって、"どっちが"、叩かれたの…?
…質問は喉まで出かかっているのに、聞くに聞けない。
…遥香はわざと主語を伏せているのか…、それとも、偶然か…?
疑心暗鬼に陥る拓也に、今度は遥香の方から質問が飛ぶ。
「…ねぇ拓也君…、2人きりの間に…、もう1つだけ聞いていい?」
「…えっ…、なっ、何…?」
「…"弟のことが大好きなお姉ちゃん"って…、やっぱり、気持ち悪いと思う…?」
「…えっ?」
…遥香が、どこか悲し気な目で拓也を見る。
「…そっ、そんな事は…、ないと思うけど…。」
「…ほんと?…拓也君、私のこと…気持ち悪くない?」
「…う、うん…。」
…何だ?遥香ちゃんは一体、何が言いたいんだ…?
本人の口ぶりからすれば、弟の秋仁が大好きでたまらないようだが…、もしそうならば、秋仁の言っていた"身代わり"の件は一体…?
…遥香がカーペットに染みを作って、なぜか秋仁が母親にお尻を叩かれたという、あの話は…?
「…あぁ〜、良かったぁ〜、…拓也君に引かれちゃったらどうしようかと思って、ずっと不安だったの…。」
「…ひ、引かないよ…。弟と仲が良いって、羨ましいぐらいだもん…。」
「…ほんと?…嬉しいなぁ…、拓也君がそう言ってくれて…。」
…どうやら、遥香が"弟大好き"なのは嘘ではないようだ。
…話し方、表情…、秋仁について語っている時の遥香は、学校の教室では見たことも無いぐらい生き生きとしている。
…やはり、"身代わり"なんて何かの間違いだろう。
そう安心した拓也だったが…。
「…たっ、拓也君になら…、全部言ってもいいかな…?」
「…えっ、何、何…?」
「…秋仁ってね、昔から本当に可愛くってぇ…、寝顔も、拗ねてる所も可愛いんだけど…、やっぱり一番はぁ…、」
…続く遥香の言葉が、拓也を凍り付かせる。
「…家のお母さんにお尻ペンペンされて、えんえん泣いてる秋仁が…、世界一可愛いんだぁ〜。」