(……やっ…、やり過ぎだよ私ィィィィィ~っっ!!!?)
…廊下に出た途端、膝から崩れ落ちた遥香は頭を抱えて…、首をぶんぶんぶんと横に振った。
(…"拓也君もする?"って何…っ!!?…さっきの"おまじない"だって、秋仁が泣き止むから何度かやったことあるだけなのにぃぃ…!!?…こっ、これじゃあ私…、完全に"変な子"だよぉぉ~…っ!!?)
…じつは遥香は…、クラスメイトである拓也のことを、ずいぶん前から異性として意識していた。
…他人の目がある場所で喋るのがどうしても苦手で、学校では"大人しい"、"暗い"という印象を持たれがちな遥香だが…、会話自体は決して嫌いではなく、むしろ友達が沢山出来ることを密かに望んでいた。
(…拓也君は、こんな私でも普通に喋ってくれるし…、教室で話しているだけでも、世界がぱぁっと明るくなる人なんだよぉ~…っ。)
…ただ、遥香にとって"好き"の基準は…、全てが弟の秋仁である。
…"弟と同じくらい可愛い"は最大級の褒め言葉であり…、"弟になってほしい"は告白すら飛び越え、もはや逆プロポーズに近い覚悟があった。
…しかし、当然ながら拓也には微塵も伝わっていない…。
(…うううっ…、あんなにハッキリと伝えたのに…。拓也君、ものすごく困った顔してた…。やっぱり私なんかじゃ無理だよね…、全っ然可愛くないし…。…はぁ…っ。)
ひりひりと痛む尻をさすりながら…、階段を下りる。
…数こそ30発とはいえ、遥香がここまできつく"お仕置き"されるのは久しぶりだった。
(…"あのこと"がもしお母さんにバレたら…、きっと、こんな程度のお尻ペンペンじゃ済まないよね…?…ううん…、でも…、一生秘密にするって決めたんだから、今の無し…、今のは無しだよ…。)
…遥香は何やら思い悩んでいる様子で…、自らの尻に両手を当て、"そうなった"時のことを想像してみる。
…30秒ほど考えて、半泣きになった。
(…むっ、無理無理無理ぃぃ~っ!!?…きっと痛すぎて、40回ぐらいがもう限界だよぉ…!?…さっきのでも結構、ギリギリだったのに…!?)
…じつは遥香には、母親による"60発のお尻ペンペン"を受けた経験すらほぼない。
…家での遥香は概ね"良い子"であり…、"秋仁の身代わり"を自ら願い出て、"半分こ"のお仕置きを受ける事はあっても…、遥香自身の悪事はほぼ罰にならなかった。
…先ほど遥香の母親が苦言を呈していたのも、まさにその辺りである。
…母親が秋仁の悪さを叱ろうとして、"お尻ペンペン60発"を言い渡すと…、必ずと言っていいほど遥香が助けに入り、「自分も一緒に叱られるから許してあげて」と懇願するのだ。
…まだ幼い頃であれば…、"お仕置き"を半分に分けあって必死に耐える2人を、内心微笑ましく思っていた母親だが…、遥香も秋仁も小学生になり、秋仁が個人で勉強を怠けたり、忘れ物をして叱られるようになっても、相変わらず遥香がそれを半分庇おうとするので…、さすがにそれはどうかと思い始めていたところだった。
…ただ、今までもずっとそうしてきたため…、遥香にどうしてもと頼まれると、母親もなかなか断り切れず…、仕方なく遥香にも"半分のお仕置き"を与え、秋仁には手心を加えてやり…、"加減したお尻ペンペン"だけで済ませることも多かった。
…そうなると、もはや"お仕置き"になっているかどうかさえ怪しい。
(…だって…、秋仁が"ああなっちゃった"のは、ぜんぶ私のせいだもん…。…そうだよ…、私が一生、"秋仁の秘密"を守って、誰にもバレないように頑張るって決めたんだから…!!)
遥香は何やらブツブツと独り言を呟いては、再び考え込んでいる。
…よほど深刻な悩みなのだろうか…?
まだ子供部屋に拓也と秋仁が残っていることもすっかり忘れて、かなりの長時間、ああでもない、こうでもない…、と考えを巡らせ続けていた。
…やがて20分近くが経過し、ようやく我に返った遥香は、「…はぁぁぁ…、」と深い溜め息をついた。
(…拓也君にだけ、本当のことが言えたら…、きっと楽なんだろうなぁ…。……ううん…、いくら優しい拓也君でも…、きっと、サイテーな子だねって軽蔑されちゃう…。…そっ、それに…、)
……なぜか私…、拓也君の前で、"姉キャラ"作っちゃったもん…。
…じつは遥香には、"二面性"があったわけでも何でもなく…、ただ単に、拓也と2人きりになると緊張し過ぎて、何を話したら良いのか全くわからず…、自然体を意識するあまり、とっさに"余裕のある姉"を演じてしまっただけだった。
…今では完全に後悔しているが…、最初に学校の教室でそうしてしまったため、今さら引っ込みがつかず…、先ほどの"四つんばい"の時も、本当は片想いの拓也の隣でお尻を出すなど、死んだほうがマシというぐらい恥ずかしがっていた。
(…うううぅ…っ、…もう私、お嫁に行けないよぉぉ…。)
…"好きな男子"の隣で四つんばいになり、自分の母親から剥き出しのお尻を何度も何度も叩かれる…。
…意中の相手である拓也と、弟の秋仁も…、自分と同じようにお尻を並べて折檻されていたのだから、"恥ずかしいのは皆一緒"と言ってしまえばそれまでだが…、遥香にとっては"この世の終わり"に等しい時間だった。
…しかも"姉キャラ"のまま、拓也に協力までさせた手前…、自分は泣くわけにもいかず、母親の前では"良い子"を演じ…、弟の秋仁には普段通りの"お姉ちゃん"で居る…。
…正直、精神的にももう限界だった。
…それでも遥香にとっては、隠し通さねばならない"秘密"のほうが重要だ。
(…だって…、絶対に、言えないよ…。)
遥香が自分の胸のあたりをギュッと掴み、苦々しそうに唇を噛む。
(……あの日以来、秋仁が…、私のせいで────、)
…思いつめた表情で…、天井を見上げる。
(…お母さんに"お尻ペンペン"されて…、本当は、ずっと悦んでいるなんて…!?)