───一方、時はほんの少し遡る。
"遥香の母親"から3人でお尻を叩かれて、10分間の"反省の時間"が済んだ直後。
…3人は子供部屋まで移動し…、姉の遥香だけが秋仁に"おまじない"をかけた後、すぐ部屋を出ていった。
…残されたのは、"30発の本気のお仕置き"を受けた拓也と…、"加減したお尻ペンペン60発"を受けた秋仁である。
(…うぅっ…、こ…っ、これはこれで気まずいぞ…。)
…同じクラスの女子の家で、その母親からお尻ペンペンされ…、同じようにお尻を腫らして、2年生の弟と部屋に2人きりにされてしまった。
…学校の誰かに知られたら、間違いなく笑いものである。
「……あ、あの…っ、お兄さん…?」
「…えっ?…なっ、何…?」
「…ぐずっ…、本当に、ごめんなさい…。僕のせいで…。」
「…ううん、秋仁君。…遥香ちゃ…、…"遥香お姉ちゃん"も、全然怒ってないって言ってたでしょ?僕も同じだよ。」
「…だっ、だけど…。」
「…秋仁君。」
…重ねて謝罪しようとした秋仁の言葉を、拓也が制止する。
「…むしろ、謝りたいのは僕の方なんだ。…気付くのが遅くなってごめんね?」
「…えっ?」
…お兄さん、何の話───、
秋仁が聞き返すより先に、拓也は真剣な顔で秋仁に問いかける。
「…秋仁君、僕に相談したかったことって…、"本当は"何だったのかな…?」
「…えっ?」
「…"お母さんのお尻ペンペンが痛すぎる"…、たぶん、これも嘘じゃないと思うんだ。…でも秋仁君には、もっと言いたかった本当の悩みがあったんだよね…?」
「……っ。」
「…"遥香お姉ちゃん"が、関係してる…?」
「…うん…。」
「…"身代わり"も、関係あるかな…?」
「……う、うん……。」
…秋仁は、その拓也の先読み質問に、驚きと尊敬の入りまじった表情になる。
「…お兄さんって、何者…?」
「…あはは…、別にすごい人じゃないよ。…でも改めて相談に乗るから…、聞かせてくれる?」
「…うっ、うん…。」
…秋仁は、本当の悩みを少しずつ話し始めた。
…母親のお尻ペンペンは、痛い時もあるが我慢出来る。
…でも"お仕置き"のほとんどは…、姉の遥香の"告げ口"から始まる。
…なのに、"告げ口"したはずの姉は、いつも自分を庇いに来てくれる。
…そうして"お仕置き"される姉は、いつも自分より痛そうな"お尻ペンペン"を何発も受けてしまう…。
「…じゃあ、"お姉ちゃんの身代わり"っていうのは…?」
「…うん、僕がお母さんに怒られる時って、ほとんどお姉ちゃんが一緒に居るから…。」
「…"お姉ちゃんの身代わり付き"って言いたかったんだ…?」
「……うん。」
「…でも、"お母さんにお尻ペンペンされて来なさい"って秋仁君に言うのも、お姉ちゃんなんだよね…?」
「…うん…、だから僕…、お姉ちゃんの気持ちが全くわからなくって…。」
「…う~ん…。」
…今日、色々と様子はおかしかったけれど…、どうしても僕は、遥香ちゃんが自分の欲のためだけに、秋仁君を陥れているとは思えない。
…おそらくはすべて、"秋仁君のための行動"だ。
…だけど、その理由は一体何だ…?
…悪事を黙っていれば、秋仁君はそもそもお尻ペンペンされないはずだ。
…なぜか遥香ちゃんは、秋仁君にお母さんの所へ行くよう促し…、結果、いざ"お仕置き"が始まると、秋仁君を庇って一緒に叱られる…。
…まるで意味のわからないマッチポンプだ。
(…遥香ちゃんが…、"可愛い可愛い秋仁君"に嫌がらせしているとも思えないし…。…いや、でもこれって…、むしろ…。)
「…ねぇ…、秋仁君。」
「……?」
「…秋仁君がお母さんにお尻ペンペンされる時ってさ…、もしも、お姉ちゃんが来なかった場合は…、どうなるの?」
「…えっ?」
「ほら、"ほとんど"お姉ちゃんの身代わりってことはさ…、庇って貰えなかった日もあるんじゃない?」
「…あっ…、うっ、うん…。」
「…その時のことって、憶えてる…?」
…秋仁は、無言で拓也の表情をじっと見たあとで…、少し言い辛そうに、目を逸らしながら頷いた。
「…憶えてる…。…って言うか、あんなに痛いの忘れるワケないもん…。」
「…そ、そんなに…?」
「…うん…。…ほら、さっき言ってた"ウサギの耳"のケンカの日。…あの日もそうだったよ…。…お母さん、"お姉ちゃんにごめんなさいしなさい!"って、僕が何を言っても聞いてくれなくって…。」
「…そっ……、そう…、なんだ…?」
…秋仁が詳しく説明せずとも、拓也はその時の雰囲気を、一度自らも体験している。
…"ままごと"とはいえ…、同じように、"遥香の母親"から何度もお尻を叩かれながら、"遥香お姉ちゃんごめんなさい"と繰り返し叫んだのだ。
…聞いていて、拓也は"あの時のこと"を思いださずには居られない。
(…うぅ~っ…!!?…ぜっ、絶対に秋仁君には言えないけれど…、僕もおばさんが、その時どんな風にお尻を叩いたか…、よ~く知ってるんだよぉぉ~…っ!!?)
「…お兄さん…?」
「…え…、な、なに…!?」
「…なんかさっきより顔が赤いけど…、大丈夫?」
「…えっ!?…うっ、うん!…全然大丈夫っ!!」
…"集会"で自分がされた事を思いだし、つい赤面してしまう拓也。
そして秋仁は、何気なくこんな言葉を口にする。
「…でもそれさ…、ちょっと変なんだよね…。」
「…変って…、何が?」
「…今さらこんなことを言っても…、お姉ちゃんもお母さんも、きっと信じてくれないだろうし、別にもういいんだけど…。」
…秋仁は"ウサギの耳"の件に関して、ずっと納得がいかない部分があるようだ。
「…あのウサギ…、最初から耳が取れてた気がするんだよ…。」
「…え?」
「…取れてたっていうか、取れかかってた…って感じかな?…だって僕…、千切るつもりなんて全然無かったし…。」
「…だっ、だけど…、秋仁君がお姉ちゃんとケンカして、怒って噛んだんでしょ?」
「…う、うん…、そうなんだけど…。…僕はただ、お姉ちゃんが大事にしてる人形だから…、軽~く噛んで、ビックリさせようと思っただけなんだ…。」
…考えてみれば…、確かに変だ。
…いや…、仮にもしも秋仁君に、最初から人形を噛み千切るつもりがあったとしても…、当時まだ小学生にすらなっていない子供が多少噛んだ程度で、そんなにあっさり千切れるものか…?
…例えば、最初から切込みでも入っていれば話は別だが───、
(……あ…っ!?…も、もしかして…、遥香ちゃんが弟の秋仁君を庇い続けてる理由って……。)
「…お兄さん…?」
「…秋仁君、ごめん…。…僕も、ちょっと勘違いしてたかも…。」
「…え?」
「…秋仁君は、"遥香お姉ちゃん"のこと…、本当に好き?」
「…えっ…、う、うん…。」
「…お姉ちゃんの"告げ口"のせいで、何度もお尻ペンペンされてるみたいだけど…、それでも、好き?」
「…そんなの…、全然関係ない。…優しい時のほうがずっと多いもん…。」
「…そっか…。」
拓也の中で、遥香と秋仁の関係性がようやく噛み合った。
…そして拓也は、秋仁に"最後の質問"をする。
「…秋仁君…、正直に答えてね?…"お母さんのお尻ペンペン"って…、秋仁君にとっては────、」