…拓也は、顔をくしゃくしゃにして話す遥香の懺悔を、隣で聞き入る。
…かなりの涙声で…、正直はっきりとは聞き取れなかったが…、「うん」「そうだね」と優しく相槌を打つ拓也。
…やがて遥香は少しずつ落ち着きを取り戻し…、拓也に、"ある物"を見せようとする。
「…ずずっ…。…たぐやぐん…、…後ろの机のなが…、見でくれる…?」
「…えっ…?」
「…一番下の…、引き出し…。」
ピンク調の小物が纏められたその勉強机は、明らかに遥香のものだ。
…同級生の女子の机に触れることはやや抵抗があったが…、遥香の言う通りに、引き出しの中を覗く。
「……え…っ?」
…まず拓也の目に入ったのは、古い透明のビニール袋。
…かなり昔から引き出しに入っていたのか…、袋は透明だが、ややくすんでいて…、中身も少し汚れて見える。
…そして、袋の中に入っているのは、どう見ても…。
「……ウサギの人形の…、耳…?」
「……うん…。」
「…これってさ、向こうの部屋にあった、ウサギのぬいぐるみの耳だよね…?」
「……うん…。…そうだよ…?」
…拓也の中でも、ずっと引っ掛かっていた。
"秋仁が、お母さんにお尻ペンペンされたがっている"。
…遥香が一方的にそう勘違いしていた事を差し引いても…、毎回"身代わり"を願い出て、自分も一緒にお尻を叩かれ続ける理由になどならない。
…たとえ自分が庇ったほうが、より秋仁が手加減して貰えるとしても…、だ。
…そもそも母親から信頼されている遥香であれば…、普通に"秋仁への手加減"を願い出れば済む話である。
「…遥香ちゃん、この千切れた耳って…。」
「…秋仁に、何か聞いてる…?」
「…う、うん…。」
…厳密に言えば、秋仁の母親が遥香の母親だと知った時点で…、拓也はこの"ウサギの耳"についても、概ねの事情は把握していた。
…拓也は"集会"で、遥香の母親から"5歳の拓也ちゃん"になりきるよう言われ…、"ウサギの人形の耳を噛み千切った罰"として、ほか9人の母親達が見守るなか、剥き出しの腫れたお尻を何度も叩かれたのだ。
…あとから思えば、その時口にしていた"遥香の弟"というのは、間違いなく秋仁のことであり…、遥香の母親は、実際に昔…、秋仁におこなったお尻ペンペンを、上級生の拓也のお尻で"再現"していたことになる。
(…うっ、うぅ…っ!?あの時もめっちゃくちゃ恥ずかしかったけど…、今は秋仁君のことも知ってるし…、おばさんの"普段の怒り方"も見ちゃったから、より生々しく浮かんでくるよ…。)
…"ぬいぐるみの耳を噛み千切る"というのは…、間違いなく、"悪戯"の範疇を大きく超えている。
…"遥香の母親"は、幼い秋仁のお尻を、一体どれほどきつく叩いたのか…。
…自らも経験上、その時のことをリアルに想像出来てしまう拓也は…、無意識にお尻を両手で覆い隠していた。
(…秋仁君…、この時は、庇ってすら貰えなかったんだよね…?…うぅっ、また僕までお尻が痛くなってきた…。)
…本気で怒った時の"遥香の母親"が脳裏に浮かび…、震える拓也。
…先ほどその母親から"お尻ペンペン"された箇所が、呼応するようにジンジンと痛む。
…幼い秋仁が"あれ"を喰らったなら…、トラウマになっていてもおかしくはない。
(…でも…、"これ"が未だに、遥香ちゃんの机の中に入ってるってことは…、やっぱり…。)
…拓也が、遥香の方を見る。
…その表情は…、何かに怯えているように見えた。
「…遥香ちゃ────、」
「…待って、…拓也君。」
「…?」
「…引き出しの中…、まだ、あるから…。」
「…え?」
…言われて拓也が、ビニール袋の下敷きになっていた辺りを覗く。
…そこには、まるで園児が折り紙遊びで使うような…、ピンク色の可愛らしいハサミがぽつんと残されていた。
「…ハサミ…?」
「……。」
「…遥香ちゃん、これって───、」
「…っ。」
…そこで、拓也は確信する。
"秋仁が噛み千切った"にしては…、耳の付け根の部分が、"あまりにもキレイに"切断されている…。
…まるで事前に、"誰かがハサミで切った"かのようだ…。
「…あんなに叱られちゃうなんて、思ってなかったの…。」
「……。」
「…秋仁も、まだ小さかったし…、ケンカになって、お母さんに少しお尻ペンペンされればいいのにって思っただけで…。」
「……。」
「…そしたら、秋仁、お尻を丸出しにされて…、何回も何回もぶたれてて…、…私、怖くなって…、言い出せなくって…!!」
「……遥香ちゃ…、」
「…私、最低な"お姉ちゃん"なの…!!…お母さんや拓也君の思ってるような…、"良い子"じゃないんだよぉっ…!!?…ぐずっ…!!」