(…こ、公民館って…、ここ、だよね…?)
拓也は綾子に言われた通り、綾子の自宅からさほど離れていない、地域の公民館に来ていた。
拓也にとってはよその地区にあたるため、建物の中どころか敷地内に入るのも初めてである。
小学生の拓也にとって、それだけでも緊張する要素は満載なのだが…。
(しかも…、中に入って、お母さん達の中から綾子ちゃんのお母さんを見つけて、"お尻ペンペンしないで"ってお願いしなきゃいけないんだよね…。)
さらに、事前に得ている情報では…、勇太の母親である奈津子も、この公民館に来ているらしい。
保護者会のようなもの…とは聞いていたが、拓也を家に呼ぶつもりだったのなら、怒っている可能性はきわめて高い。
…最悪の場合、大勢の母親達の見ている前で、拓也のお尻を…。
(…う、うわぁぁぁ〜っ!!?絶対に嫌だよ、そんなの〜…っ!!?)
…ただ、奈津子は拓也や勇太の前でしか"本性"を見せない気もする。
もちろん、"集会"が終わって2人っきりになれば、嫌というほど尻を叩かれるのだろうが…、逆に言えば、そこまでは待って貰えるかもしれない。
(…だったら、綾子ちゃんのお母さんの方がある意味、危険かなぁ…?)
綾子の母親は昨日…、綾子の尻を叩く際、拓也にすぐ傍まで近寄るように言って、綾子を精神的に追い込んでいた。
拓也にそこまでするとは思えないが…、人前でもお尻ペンペンの罰を与えることに抵抗が無さそうなのは、むしろ綾子の母親である。
…万が一、"お願い"に失敗し…、そんなことのために"集会"の邪魔をしたのね、などと叱られる羽目になったら…。
(…ううっ…、や…、やっぱり…、帰ろう、かな…?)
「…あれっ?…もしかして…、"拓也君"…?」
「…は…、はいっ!?」
拓也が公民館の入口付近で彷徨っていると、それに気付いた1人の女性が声を掛けてきた。
「あはっ、やっぱり〜。中を覗いていたみたいだから、そうじゃないかと思ったの〜。」
「…は、はぁ…。」
「さ、とにかく入って?"みんな"お待ちかねよ?」
(…み、みんなって…?…一体、何を言っているの…?)
拓也は目の前に居る女性が、"集会"に参加している母親の1人であることは理解したが…、面識のない大人が、どうして自分の名前を知っているかが全くわからない。
「…みんな〜?"拓也君"、本当に来たわよ〜?」
その瞬間…、畳敷きの大部屋に居た母親達が全員、一斉にこちらを振り向く。
「…あらぁ〜、拓也君。本当に来ちゃったの〜?」
「…えっ…、この子が拓也君?…やだぁ〜、思っていたよりずっとカワイイじゃない〜。」
「…どこの子なの?…へぇぇ〜、そうなんだぁ〜。」
母親達はそれぞれ、拓也を知っていたり知らなかったり…、反応は様々だが、なぜか"拓也が今日ここへ来る"という情報を共有しているようだった。
(…えっ…、…な、何で…?僕の知らない人もいるのに…。)
ざっと見た限り…、大人の女性のみが全部で10人。
背の低い長机が3つ、畳の上に置かれていて…、それぞれの机に3人ずつが横並びで小会議をしている形らしい。
進行役らしき残り1名は、簡易式のホワイトボードの前に立っている。
…拓也は、その人物をよく知っていた。
「…ちゃんと来たのね、"拓也君"。」
(…ゆっ…、勇太君のお母さん…っ!!?)
「…おばさん達、いま大事なお話をしているから…、ちょっとの間だけ、待っていて貰える?」
「…はっ、はい…!」
勇太の母親である奈津子はそう言うと、拓也を放置して"集会"の進行に戻る。
(…や、やっぱり…、来てたんだ…!?…だけど今、"拓也君"って…!?)
奈津子が、自分のことを"拓っくん"ではなく"拓也君"と呼ぶ時は…、いつもとは違う、"よそいきの仮面"を被っているはずだ。
拓也の母親である美由紀に"お尻ペンペン"の指導をしていた時もそうだったが…、これなら万一叩かれても、ズボンの上からだけで許してくれるかもしれない…、と拓也は少しだけ安堵した。
(…で、でも…。)
見渡す限り…、誰かの母親らしき女性が10人も集合しているのだ。
こんなに大勢の母親達の前で、もしお尻ペンペンなんてされたら…。
拓也は想像しただけで、恥ずかしさで気がおかしくなりそうだった。
「…さて、今日の話し合いは以上です。…何か質問はありますか?」
拓也の焦る気持ちとは裏腹に、母親達の"集会"は終わりを迎えようとしている。
(…そ、そうだ…、もしかしたら、みんなが帰った後で、お尻ペンペンかもしれないし…。)
果たしてどちらの方がマシなのか、拓也はずっと思案していた。
…死ぬほど痛いか…、死ぬほど恥ずかしいかの違い…。
しかし、拓也の想像を軽く超えてくる罰を、奈津子は密かに用意していたのだった。