「…拓っくん。…もうしない?」
「…し…、しま、ぜん…っ!!」
「…そう…。」
奈津子はようやく拓也の尻を叩く手を止め、今度は脇の下からその手を差し入れるようにして優しく抱き起こす。
正面を向かせ、顔を近付けた。
つい先程までは自分の尻を叩いていた手が、かなりの熱を帯びているのが伝わり、拓也は急激に恥ずかしくなる。
そんな状況で拓也は奈津子と向かい合い、強制的に目線を合わせられてしまう。
「…拓っくん、よく聞いてね?…これからは、こうやっておばさんの家でお尻ペンペンすることが多くなると思うの。…少しの悪さだったら、お尻が赤くなる程度で許してあげるけど…、今回みたいに嘘をついたり、自分から言えなかった時は…、毎回これくらいは叩くからね?」
「…はっ、はいぃ…、ぐすっ…。」
「…それから…。勇太と同じようにお仕置きするって言った以上、おばさん本当にするからね?…明日からは、連絡帳もちゃんと見せに来ること。」
「…えっ…!?…れ、連絡帳…っ!?」
「…もちろん、遊びに来た時だけで良いけれど…。…そうだ、1年生から今までの連絡帳って、まだお家にある?」
「…え…?…ぐすっ、…た、多分…、探せば家に…。」
「…そう、じゃあ、見つかった分だけで良いから、おばさんに貸してくれる?」
「…な、何に使うの…?」
「…ふふっ、拓っくんの怠け癖を治す、おまじないよ?…さっ、今日はもうこれで許してあげるから…、ズボンを上げて、勇太と遊んでいらっしゃい。」
「…あ…っ。」
すっかり失念していたが、拓也は先程、友達の勇太の母親である奈津子に尻を叩かれている最中…、無様に泣いている姿をその勇太に見られてしまったのだ。
先日、同じように奈津子から尻を叩かれている勇太を見たとはいえ…、自分の母親に尻を叩かれただけの勇太と、友達の母親に尻を叩かれてしまった拓也とでは、心情的に大きな差があった。
(…ま、前は終わった後だったから、まだ良かったけど…。)
自分の母親が、友達を膝にのせ、尻が真っ赤になるまで折檻している最中に帰宅してしまった勇太は…、ある意味、一番の"被害者"とも言える。
「…拓っくん?」
「…は、はいっ!?」
「…どうしたの?…少し、きつくペンペンし過ぎた?」
「…い、いや…。」
「…あら、違うの?…なら安心ね。じゃあ次からも…今日と同じぐらいか、もう少し沢山叩くわね?」
拓也はとっさに否定してしまったことを一瞬、後悔し、言い直そうかと思ったが…。
「…やっぱり、拓っくんは良い子ね。今のが勇太だったら…、きつく叩き過ぎだよって文句を言ってきて、もう一度お尻ペンペンになってる気がするわ。」
「…えっ…?…も、もう一度…?」
「えぇ。本当はあまり反省していないのに、お尻が痛いから反省した振りをしているだけだったりするとね…?今みたいな質問をした時に、つい本音が出ちゃうのよ。…拓っくんも、反省が足りないようなら、もう少し泣かせてあげようと思ったんだけど…。」
その必要はないみたいね、と。
奈津子は優しそうに笑っていたが、拓也は寒気がするような状況に、ただ苦笑いするしかなかった。
(…い、今…、もし何か言い返していたら…、もう一度"お仕置き"だったんだ…。)
"今日はもう許してあげる"、そう言って許してくれたはずの奈津子は…、拓也が本当に心から反省しているかどうか、試すための質問を投げかけていたのだ。
返答次第ではまた膝の上に戻され、ごめんなさい、ごめんなさい…、と何度も尻を叩かれて、泣き叫ぶ羽目になっていたに違いない。
想像するだけで、拓也は背筋が凍った。
「…ふふっ、拓っくん、今度は本当に合格よ?お尻しまって、勇太と遊んであげてね?」
「…は、はい…。」
奈津子と会話をしているだけで、恐さの入り混じった緊張が走るのは初めてのことだった。
今まで、誰よりも拓也には優しく、叱ったり手を上げたことなど一度もなかった奈津子。
拓也が自ら、そんな優しい奈津子に叱られ、尻をぶたれる勇太のことを羨ましく思ってしまい…、つい自分も同じようにして欲しいと望んでしまった。
…その結果、叶ったはずの拓也の願いは、思っていた程度を遥かに超える痛みと恥ずかしさが伴う、地獄の始まりなのであった。
(…勇太君と…、同じ歳、まで…。)
今さら、嫌だと言ってももう後戻りはできない。
友達の母親にされる尻叩きと、当面の間、付き合っていくしかない現実に…、拓也は強烈な後悔を覚えていた。