その言葉を聞いた遥香の母親は、一瞬ハッとした表情で口元に手をやる。
「…あっ…、すみません。…昔、似たようなことがあって、遥香の弟を叱ったものですから…、いざやり始めると、当時のことを思いだしちゃって…。」
「…あらっ、じゃあ…その弟さんと同じように、いま"拓也ちゃん"にもお尻ペンペンしてるってわけ?」
「…はい。…もう1人、下に弟がいたら…、きっとこんな感じだろうな…って。」
「…あっはっは…、やけに具体的だと思ったら…、本当に昔あったことを再現してたのね〜?」
「…じゃあ…、"拓也ちゃん"にとって、遥香ちゃんは"お姉ちゃん"で…、弟クンが"お兄ちゃん"になるのかな?」
(…ま、また…、話が変な方向にぃ…っ!!?)
拓也の頭に、再び嫌な予感が走る。
「…"拓也ちゃん"。大きな声で、遥香お姉ちゃんにごめんなさいしなさい。」
「…えっ!?」
「…お人形さん噛んでごめんなさいって、遥香お姉ちゃんにごめんなさいしなさい。…ちゃんとするまで、"お母さん"お尻ペンペンやめませんからね?」
…バチィッ!!
「…あ痛たぁっ!?…ちょっ…、ちょっと待って…!!?」
「…もうっ。"遥香お姉ちゃん、お人形さん噛んでごめんなさい"でしょう?…それに、何ですかその言葉遣いは。"待ってください、お母さん"でしょ?」
…バシィィッ!!…パァンッ!!…パァンッ!!
「…ヒィッ!!?…ヒィィィ〜ッ!!?」
…やはり、遥香の母親はひとつ前の謙太の母親に比べると…、ほとんど手加減をしてくれていない。
…それに、もともとが躾に厳しい母親であることも、今のやり取りから伝わってくる…。
「…"拓也ちゃん"?…いくら幼稚園生だからって、やっていいことと悪いことがありますよ。ちゃんと遥香お姉ちゃん、ごめんなさいって出来るまで、"お母さん"ずっとお尻ペンペンしますからね?」
…バチィィッ!!…パァァンッ!!…ピシャァァッ!!
「…ひぎぃぃぃ〜っ!!?…いだいっ!?…いだいぃぃ〜っ!!?」
「…痛いじゃなくて、"お姉ちゃんごめんなさい"でしょう?」
…バチィィンッ!!!
「…ヒィィィ〜ッ!!?」
"痛いお尻ペンペンは禁止"。
そう言っていたはずの奈津子が、まったく止めに入ってくれないということは…、今のお尻ペンペンの威力は、まだ"妥当"だと判断されているということになる。
…確かに、勇太の母親である奈津子や、綾子の母親に比べれば、本当に"ままごと"のような軽いお尻ペンペンだと言えなくはないが…、既に嫌というほど尻を叩かれている拓也にとっては、遥香の母親のお尻ペンペンは、十分に"折檻"と呼べる威力なのだった。
「…ほら"拓也ちゃん"っ、遥香お姉ちゃんにごめんなさいはっ!?」
…ピシャァァッ!!
「…ぐっ!!?…あっ…!」
「…ほら、どうしたのっ?…言うまで、本当にずっと"お母さん"、お尻ペンペンしますよっ!?」
…バッチィィッ!!
「…あぐぅぅっ…!!?」
拓也にも、なかなか素直に言えない事情があった。
遥香は、隣の席のクラスメイトなのだ。
明日も学校で会って挨拶をするだろうし…、教室で同じ班なのだから、何度も顔を合わせることになる。
そんな相手の母親から尻を叩かれ…、"遥香お姉ちゃんごめんなさい"などと連呼するのは、いくら本人不在であっても恥ずかしくてたまらないのだった。
「…"拓也ちゃん"っ、そんなにお尻痛い痛いが良いのっ!?お姉ちゃんにちゃんとごめんなさい出来ないなら、明日も同じお尻ペンペンよっ!?」
「……えっ…!?」
…バチィィッ!!!
「…ひぅっ!!?」
…明日も同じお尻ペンペン…。
遥香の母親が、自宅でのお尻ペンペンを再現している以上…、おそらくそれは、本当に今まで遥香や弟に課してきた家庭内のルールなのだろう。
…もしかしたら、"ままごと"が終われば拓也にはもう関係のない、演技としての叱責なのかもしれないが…、奈津子がこの手段に食いついてしまう恐れを、拓也はとっさに感じた。
(…い、言わないと…、大変なことになるかも…!!?…でも…っ!!)
拓也は葛藤していた。
全てを受け入れ…、この場だけでも隣の席の女子を"お姉ちゃん"と呼び、その母親に尻を叩かれながら、"ごめんなさい"と謝るか。
…もしくは…、その母親の気が済むまで…、ひたすら尻を叩かれ続けるか…。
どちらにせよ、拓也は"5歳の拓也ちゃん"として、まだまだお尻ペンペンを受けなければいけない状況にあった。
…ピシャァァ〜ンッ!!!
「…んひぃぃぃ〜っ!!?」
「…はぁ…。"拓也ちゃん"ったら、本当に悪戯っ子で困ったものですわ…。…すみません皆さん、お騒がせして…。」
「いいえ〜。子供は腕白なくらいが丁度良いんですよ〜?…だけど、お人形さんを噛るなんていう、とっても悪い子は…、"お母さん"から一杯お尻ペンペンして貰わなきゃねぇ〜?」
「…うふふ、"拓也ちゃん"ったら…、もうお尻がこんなに真っ赤なのに、まだ"お姉ちゃん"にごめんなさい出来ないのね〜?」
「…そうなんです…、"遥香お姉ちゃん、お人形さん噛んでごめんなさい"って言うだけなのに…、ねぇ?…まったく、この子ったら───」
悪い子っ!
そう言って遥香の母親は"5歳の子供"でも叱るように、膝の上に寝かせた拓也の尻を再び打つ。
…バチィィィィッ!!!
「…ああああっ!!?」
「…あら、少し強かったかな?…でも───、」
…ピシャァァッ!!
「…ぐうぅぅっ!!?」
「…それは、"拓也ちゃん"が早くごめんなさいしないからですよ〜?」
…バシィィィッ!!…パァァァンッ!!…ピシャァァァッ!!!
「…あああああ〜っ!!?…い…、言いますっ…!!言いますからぁぁ〜っ!!?」
「…あら…っ?"拓也ちゃんのお母さん"…、"拓也ちゃん"ったら、ようやくごめんなさいする気になったみたいですよ〜?」
「…はぁ…、じゃあ"拓也ちゃん"?…"遥香お姉ちゃん"のことを考えながら…、目の前に"遥香お姉ちゃん"が居るつもりで、大きな声でごめんなさいしなさい。」
「…えっ…!?…めっ、目の前に…!?」
「…そうです。…"遥香お姉ちゃん"の大事なお人形さんを噛んじゃったんだから…、"遥香お姉ちゃん"にごめんなさいするのは当たり前でしょう?…ほらっ、ごめんなさいは?」
「…う、うぅ〜っ…!?」
拓也はつい…、隣の席の遥香のことをリアルに想像し、"遥香お姉ちゃん"と呼ぶのを躊躇ってしまう。
…バッチィィィ〜ン!!!
「…あぐぅぅ〜っ!!?」
「…"拓也ちゃん"っ!?"遥香お姉ちゃん"にごめんなさいはっ!?」
「…ひっ…、ひぃぃ〜っ…!!?」
…明らかに、"お尻ペンペン"の威力が1段階強くなった。
ここが"痛すぎるお尻ペンペン"に戻されてしまうかどうかの分岐点だと悟った拓也は…、たまらなく恥ずかしい気持ちを何とか押し殺し、いつも隣の席に座っている"遥香"のことを、"お姉ちゃん"と呼ぶことにした。
「…はっ…、遥香…お姉ちゃん…、…お人形さん噛んで…、ごめんなさい……。」