(…はぁ〜っ、やっぱり…、今日は学校に来たくなかったなぁ〜…。)
…時刻はまだ、朝の8時前。
普段より早く教室前に着いてしまった拓也は、これからの事を考え、ため息をつく。
…結局、晶と麻希は昨日…、母親からお尻を叩かれたのだろうか…?
…それ次第で、対応の難しさが決まると言ってもいい。
綾子や勇太の事ももちろん気掛かりだが…、晶と麻希の2人に比べれば、拓也にとっては天地の差である。
…綾子や勇太なら、大声で"犯人探し"などしないからだ。
(…晶ちゃんと麻希ちゃんって、いつもどっちが先に来てたっけ…?…この時間なら、まだ誰も居ないだろうけど…、出来れば人の少ないうちに、"されたのかどうか"だけでも知りたいなぁ…。)
…拓也が誰もいないと思い、一番乗りのつもりで教室へ入ると…。
「…あ…っ、拓也君…、おはよ…。」
(…は…、遥香ちゃん…っ!?)
…そのタイミングで出会ってしまうのは、拓也にとって予定外だった。
昨日の"集会"で、拓也のお尻をペンペンした母親達の中に、この少女の母親もいた…、拓也の隣の席の、遥香である。
…真面目で大人しいタイプの彼女ならば、早くに登校していても何ら不思議は無いのだが…、拓也は出会った途端、昨日の"お尻ペンペン"のことを思いだしてしまう。
(…そ…っ、そうだ、挨拶…っ、普段通りの挨拶を返さなきゃ…!?)
…意表をつかれた形となり、慌てた拓也は、つい…、絶対に言ってはならない呼び間違いをしてしまう。
「…お、おはよう…、遥香お姉ちゃ…、」
「…えっ…?」
(…あ…、あああああ〜っ!!?…し、しまったぁぁ〜っ!!?)
なんと拓也は…、昨日、遥香の母親に何度もお尻を叩かれながら、"遥香お姉ちゃんごめんなさい"と連呼したことが災いし…、つい遥香のことを"遥香お姉ちゃん"と呼んでしまった。
…拓也の顔から、冷や汗がだらだらと流れる。
「…は、遥香ちゃん…、違うんだ、今のは…っ!?」
…すっかり取り乱している拓也。
しかし遥香はそんな拓也を見て、楽しそうにくすくすと笑った。
「…拓也君、そんなに慌てなくても…、まだ私しか来てないから、大丈夫だよ?」
「…へっ?」
「…先生を、間違えて"お母さん"って呼んじゃうやつだよね…?…私もつい言っちゃいそうになって、ギリギリで我慢した事あるんだぁ〜…。」
「…そっ、そう…、なんだ…?」
拓也は人生の終わりだというぐらい焦ったが…、遥香の方は気にしていないらしい。
…相手が大人しい遥香で本当に良かったと…、拓也は心から思った。
…しかし、ここで遥香がいつもとは少し違う"顔"を見せる。
「…は、遥香ちゃん…、今の、内緒にしてね…?」
「…え〜っ、どうしよっかなぁ〜…?」
「…は、遥香ちゃん…?」
拓也の知っている遥香は…、たとえ冗談でもこんな風に人をからかったりはしない。
…拓也以外は、数人の女子としかほとんど会話すらしない、控えめな子なのだ。
…そんな大人しい遥香が、自分のことを"お姉ちゃん"と呼び間違えた拓也を、品定めするような雰囲気を見せてくる…。
「…ねぇ、拓也君。」
「…なっ、なに…?」
「…今の、黙っておく代わりに…、私の"お願い"、聞いてくれる…?」
「…えっ…?」
…まさか遥香がそんなことを言ってくるとは、夢にも思っていなかった。
…晶や麻希ならば、拓也が"原因"だと発覚すれば、何かしらの要求をして来そうだが…。
「…お…、"お願い"って…?」
「…ふふ…っ、じゃあ、今度はちゃんと…、私の顔を見て"お姉ちゃん"って呼んでみて?」
「…えっ!?」
「…"遥香お姉ちゃん"ってもう一度、ちゃんと呼んで欲しいなぁ…。…ほら、早くしないと…、他の子が来ちゃうよ?」
(…い、いつもの遥香ちゃんじゃない…!?…ど、どうしたら…っ!?)
拓也は散々迷ったが…、こんな言い間違いをキッカケに、遥香との関係が悪くなることだけは避けたい。
…拓也は猛烈に赤面しながら、「…は…、遥香…、お姉…ちゃん…。」と、遥香の顔を見ながら何とか口にする。
「…は〜い、私がお姉ちゃんですよ〜?…ふふっ、拓也君ごめんね…?変なこと言って…。…じつは私ね、本当に弟がいるの。」
「…え…、…あっ…、そ…、そうなんだ…。」
「…うん。…もうね…、すっごく可愛くってぇ…。それでね、さっき拓也君が私に"お姉ちゃん"って言いかけた時に…、同じくらい可愛いなって思っちゃったの。」
…遥香に弟が居ることは、拓也はすでに知っている。
なぜなら昨日…、"悪戯でお人形さんを噛んだお尻ペンペン"を再現させられ、遥香の母親の手のひらで、その弟に実際にした時のようにお尻ペンペンされたからである。
…しかし拓也は、それを悟られてはならない。