…それは晶にとっては、からかい目的の軽口だったに違いない。
冗談として軽く流しておけば…、おそらく波風すら立たなかった。
…しかし拓也にしてみれば…、"それ"が本当に晶の口から母親に伝わった時…、どんな未来が待っているか、一瞬で思い浮かべてしまう程度には恐ろしい内容だった。
(…あ…、晶ちゃんのお母さんに…、僕がお尻ペンペンされたがってる、なんて言われたら…!!?)
…拓也が昨日、"10人の母親達"全員から連続お尻ペンペンの刑を受ける事になった、そもそもの原因は…、以前、拓也が勇太の母親である奈津子に"わざと"お尻ペンペンされに行き…、それが発覚して叱られて、二度としないと誓ったにも関わらず…、綾子の母親にまで同じ悪戯をしていた、というものである。
…当然、晶の母親も含めて…、"集会"における拓也へのお尻ペンペンは、"わざと"お尻ペンペンされに行くという過ぎた悪戯への罰だと思っているはずだ。
…たとえ冗談でも…、そこへ"拓也がお尻ペンペンされたがっている"なんて話を持っていけば、晶の母親がどんな反応をするか…。
ましてや…、昨日の今日である。
…"集会"では十分に反省したとみなされ、ようやく解放して貰ったというのに…、そんな火種を投げ込まれてはたまらない。
「…あ、晶ちゃん…っ、待って…、ちょっと待って…!!?」
「…えっ…?…な、なに…っ!?」
あまりに必死な形相の拓也に、晶も少しぎょっとする。
「…そっ…、そんな話するのは止めてよ…、次に会った時、恥ずかしいから…。」
…昨日の"お尻ペンペン"を思いだし、赤面する拓也。
…それを見た晶は…、新しい"オモチャ"を見つけた時のように、ニタァ〜ッと笑った。
(…た、拓也君って…、チョ〜可愛いじゃん…。)
晶は「うんうん、ごめんね…?」などとその場を軽く流し、綾子や麻希から"やり過ぎ"だと追求されるのを避けた。
(…これ、本当に言ってみても面白いかな…?…家のお母さんだったら…たぶん、すぐに信じて…、誰が相手でも普通にお尻ペンペンするだろうし…。…まぁ、そのあとすぐ私もやられるんだけどね…。)
…そのくらいのリスクが無いと、楽しくないよね…。
晶はまだ少し痛む自分の尻を軽く撫でながら、拓也を見る。
(…でも、さっきの反応…、やっぱり試したいなぁ〜っ…。)
…晶は、たとえ自分が巻き添えで尻を叩かれる事になっても…、自分の母親に尻を叩かれる拓也を見てみたい…、という衝動に駆られていた。
(…いや、でも…、それって人としてどうなのよ、私…。)
…叱られる拓也は見てみたいが、別に嫌がらせをしたいわけではない。
…う〜ん…、と少し考えて、今回は見送ることにした。
(…まぁ、さすがに私もまだダメージあるし…、騙して叩かせたなんて知ったら、ただじゃ済まないだろうしね…。)
晶はそうやって自分自身に言い聞かせ、何とか好奇心を押し殺している。
「…あ、晶ちゃん?」
「…ふぇっ!?」
「…あのさ…、おばさんに言わないでくれる…?」
拓也が不安そうな目で晶を見ていた。
(…あぁもう…っ、そんな目で見ないでよ拓也君…、…麻希ちゃんより良いリアクションしてくれそうで、我慢できなくなるじゃない…!?)
…晶はそんな感情を一切表に出すことなく、「うん、ごめんね?やり過ぎちゃったかな…」と笑顔で返した。
(…そうだ、もし拓也君が何か本当に悪いことをした時に…、家に連れて行ってみようかな?…まぁ真面目な拓也君じゃ、そんな機会は永久に無いだろうけど…。)
晶がそんな事を考えているとはつゆ知らず…、拓也はなんとか晶を説得出来て良かった…と安堵していた。
(…よ、良かったぁ…。…晶ちゃんって本当に、何を考えているかが全く読めないから…。…綾子ちゃんもそうだけど、女の子って難しいよ…。)
…晶の母親への"告げ口"は、どうにか免れた拓也。
心配していた麻希のほうは…、晶ほどの危なっかしさは無いように思える。
…そして綾子も、尻を擦っていないところを見る限り…、"毎朝のお尻ペンペン"は無事に免除されたようだ。
(…ふぅ…っ、…と、とりあえず…、しばらくは安心かな…?)
登校する際、最も心配だった麻希と晶の件も何とかおさまり…、拓也の不安材料はほぼ無くなった…かに思えた。
(…あれ?…でも、…何か忘れてるような…?)
「…た、拓也君…っ。」
「…ゆ、勇太君…っ!?…お、おはよう…。」
「…うん、おはよ…。…拓也君…、ちょっとだけ、良いかな…?」
「…う、うん…。」
拓也は勇太に呼ばれたのを口実に、晶、麻希、綾子の3人から離れて…、廊下の隅に座り込んだのだった。