「…だからね拓也君、演技だとは思わなくて良いわよ?…おばさん普通に拓也君にお仕置きをするから…、痛いなら痛いって言ってくれて良いし、思ったほど痛くなくっても、きっと家の卓哉は怖がるだろうから…、黙っていればわからないと思うわ。」
「…う、うん…、わかった…。」
…たぶん、"痛くない"なんて感想は期待できない。
昨日は、"集会"が進むにつれて"痛くないお尻ペンペン"が始まり…、母親役と子供役の"ままごと"のようなお尻ペンペンが代替の罰になった。
…しかし今回は、口裏を合わせた上での演技とはいえ…、2年生の卓哉への"見せしめ"という形でお尻ペンペンを行うのである。
…"見ているだけでも痛そう…"という気持ちにさせる事が出来なければ、拓也が叩かれる意味は全く無い。
(…うぅっ…、だったら最低でも、昨日と同じくらいの威力では叩かれちゃうよね…?…まだお尻も治りきってないし、あんまり痛くないと良いんだけど…。)
拓也は昨日…、事前に"卓哉の母親"の平手による痛いお尻ペンペンも経験しているため…、その痛みが生々しく想像出来てしまう。
「…あとは…、そうだ、大事なことを言うのを忘れてた。」
「えっ?」
「…あのね…さっき、家の卓哉が昨日…、悪い事をしたって言ったでしょう?…その流れで、拓也君のお尻を叩く前にまずは、家の卓哉にお仕置きをする事にしたの。」
「…あっ、あぁ〜…、その後に、僕が怒られるってこと…?」
「…そうなの。…あの子ったらね、もう少し大きくなったらお尻ペンペンされなくても良くなる〜…なんて思ってるみたいだから…、拓也君ぐらい大きくなっても、まだまだ痛〜いお尻ペンペンするわよ〜、って目に物見せてやろうかなと思って…。」
「…あ、あはは…。」
"卓哉の母親"は基本的には優しいが…、今は息子を叱るのをだいぶ我慢していた様子だ。
…先に息子の"卓哉"にお尻ペンペンをしてから…、その後で、"お兄ちゃん"と慕う上級生の拓也がお尻ペンペンされている姿を見せつけてやる…。
…なるほど、やはり…、あの"集会"に参加していた母親の1人だけあって、優しそうに見えても"強い母"の部分があるらしい。
拓也は苦笑いしながら、「…だ、大体わかった…」と返事をした。
…その時、ちょうど昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。
「…あっ!?…ぼ、僕…、もう戻らないと…!?」
「…あ…、待って拓也君、あと1つ…、大事なことをまだ決めてないわよ?」
「…えっ?」
「…拓也君が、おばさんの家に呼ばれてまで"叱られちゃう理由"よ。…まさか、家の卓哉に"集会"のことを話すわけにもいかないし…。」
(…あ、そ…、そうかっ、言われてみれば…!?)
…"2年生の卓哉"は、昨日すでに何か悪い事をしたらしく…、母親からお尻ペンペンされる理由は十分にある。
…しかし…、"上級生の拓也お兄ちゃん"をいきなり家に連れてきて、なぜか卓哉の母親がお尻を叩くというのは…、何かそれなりの理由が無いと、まだ2年生の卓哉はちんぷんかんぷんである。
…下手をすれば、拓也はただの"叩かれ損"になってしまう。
「…そ、そっかぁ…、確かに、僕がどうしておばさんに叱られるのかを決めておかないと、何の意味も無いよね…?」
「…そうなのよぉ…。でも、どうする…?予鈴のチャイム鳴っちゃったし…。」
「…う〜ん…。」
…急がないと、もう昼休みは終わってしまう。
…だからと言って、"理由"を決めないままで放課後を迎えるのは、少し怖い気もする…。
…拓也は悩んだ末…、"卓哉の母親"にこう切り出した。
「…おばさん…、僕、"卓哉君"と同じで良いよ。」
「…えっ…?」
「…卓哉君って昨日…、何か悪いことをしたせいで、おばさんに叱られちゃうんでしょ?…僕、それと同じ理由で良い。…その方が、話も合わせやすいだろうし…。」
「…お、同じって…、…あのね拓也君、家の卓哉は…、」
…まずい、もう本当に時間が無い…。
これ以上話し込むのは危険だと判断した拓也は、"卓哉の母親"の忠告を最後まで聞くことなく…、「…ううん、僕は大丈夫だよ」と言い切った。
「…家のお母さんから、僕が"卓哉君"と同じ悪さをして困ってるから…、おばさんが、お尻を叩いてって頼まれちゃった、って言えば納得してくれると思う…。」
「…で、でもね拓也君…、おばさんやっぱり、今回は…。」
「…大丈夫だよ。…昨日の"集会"に比べたら、どんな風にお尻ペンペンされてもへっちゃらだし…。」
「…あ…。」
…確かに、昨日の"10人の母親達"による連続お尻ペンペンに比べれば…、自分1人が多少きつく叩くくらい、拓也君は平気なのかもしれない。
"卓哉の母親"も、そう自身に言い聞かせて納得する。
「…わ、わかったわ。…拓也君…、おばさん、家の卓哉には勘付かれないように、頑張ってお仕置きをするからね?」
「…うん、その意気だよ…、って…、ほ、本当に時間がもう無い…それじゃっ!!」
「…あ…、拓也君…、本当にありがとう〜っ!!…また後でね〜っ!?」
校舎へ駆け戻ってゆく拓也の背中に、卓哉の母親は精一杯の感謝の声を振り絞った。
(…そうよね。…拓也君があんなに…、頑張るって言ってくれてるんだもの…。ここで私が変に気を回して、全部バレちゃったら…、それこそ拓也君に申し訳が立たないわよね…。)
拓也への過剰な気遣いは、反対に拓也へ迷惑をかける事になる…、とお仕置きの決意を新たにした卓哉の母親。
…このやり取りによって、拓也の命運がほぼ決まってしまったことを、拓也本人はまだ知らない。
(…でも…、家の卓哉と同じ理由なんて…、っと、いけないいけない…、せっかく拓也君が協力してくれるのに、私がこれじゃいけないわね…。)
変に真面目で、天然なところがある"卓哉の母親"は…、拓也が予鈴に気を取られて適当に答えたなどとは一切気付かず、今回の"見せしめの演技"のことで頭が一杯になっていた。
(…私、うまくやれるかしら…?ううん、やらなきゃいけないの…。家の卓哉もずっとあのままで良いはずが無いし、私が母親なんだもの。…いつか通る道だわ…。)
卓哉の母親は、自分に何度もそう言い聞かせ…、"本当は手をあげたくない"という気持ちを必死に押し殺している。
…時刻は、13時半を回ろうとしていた。
まだ2年生の卓哉は、あと2時間もしないうちに家に帰って来るだろう。
…"拓也お兄ちゃん"が来てくれるまで…、息子の卓哉を引き止めておかなくてはならない…。
「…さぁ〜…っ、私も帰りますかぁ…。"怖〜いお母さん"に変身しないといけないものね…。」
卓哉の母親は、我が子を叱るのにも気持ちの切り替えが必要なのか…、う〜ん、と伸びをしてから、気合を入れるように自分の頬を両手でパン、パンと2回叩いた。
「…さぁ〜っ…、帰って、たっぷりお尻ペンペンするわよぉ〜っ!?…待ってなさいよ、2人ともっ!!」
…厳密には、まだ拓也も卓哉も学校内に居るのだが…、卓哉の母親は敢えて自身を鼓舞するように、そう声に出した。
…拓也と卓哉の"長い長い放課後"が、もうすぐ始まる…。