私は、なんてことをしようとしているのだろう。
ここに来るまで、幾度となく繰り返した自問自答。今から行うことは、弁明の余地無く道義にもとる行為。もし、今ここにいることが彼以外の誰かに見つかってしまえば、私の立場は非常に危ういことになる。普段の私なら、こんなリスクを抱えた選択肢なんて選ばない。なのに気付けば、彼の部屋の目の前にいる。なぜと問えば理由は一つ。
『抑えきれなくなったから』
只今の時刻、午前五時。起きるにはいささか早い時間帯。
今から私は。
楽郎くんに。
夜這いならぬ――朝這いをかける。
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ドアノブに手をかける。音を立てないよう、手首を捻って鍵が掛かっているかを確かめる。
(かかって、ない…)
もし鍵が掛かっていたのなら、諦められたのに。身勝手な不満が、あぶくのように生まれて消える。
さっきに輪をかけて慎重に、ゆっくりとノブを回す。内開きの扉をおそるおそる押し込み、人一人通るだけの隙間を得たら、すかさず身体を滑り込ませる。自分が部屋の中に入ったら内側から鍵をかける。かしゃ、と小さな音が鳴るが、部屋に動きはない。空調の静かな動作音だけが、この部屋を支配していた。
照明の点いていない薄暗い部屋を見回す。一番に目立つのは、部屋のほぼ中央に鎮座した業務用チェア型VRシステム。今は見づらいが、彼専用のペイントが施されている。
右手には勉強机。何本か空き缶が立っている。後でまとめて捨てるのだろう。私が口を出すことではない。…少し、彼の健康面が不安になるけれど。
扉の反対側には窓があるが、カーテンが閉まっていて外の光は差し込まない。窓の左に棚が二つ。記憶ではあの棚にはゲームソフトか、それに関連するアイテムが並べられている。私自身、ゲームを数多く知っている訳ではないけれど、あの棚に収まっているゲームの殆どは名前も聞いたことがなかった。
総じてゲーマーの一人部屋と言うべき空間の中で、棚の手前にあるベッドで眠っている、この部屋の主――陽務楽郎くん。
私が直ぐ側に居ることなんて知る由もなく、あどけない寝顔を浮かべている。彼の気の抜けた表情は新鮮で、何時間だってその顔を眺めていたいところだが、今の私の目的はそれではない。
「わ、私、楽郎くんのお部屋におじゃましていま~す……なんて…」
小声で、前に見たテレビ番組のマネをして緊張を誤魔化してみる。あまり効果なかった。
「ふぅ……っ」
楽郎くんが起きていないことを確認し、足側からベッドに近づく。敷き布団を少しだけめくり上げ、楽郎くんの身体になるべく触れないようにしつつ、蛇のように頭から身体をねじ込む。途端、むわりとした湿度を伴う熱気が私を包み込んだ。思考を少しばかり鈍らせながらも、目当ての場所まで潜り込んでいく。
布団の中は真っ暗で、物の輪郭も朧げだけれど、そもそも間違う要素の殆どない狭さに知識と経験を併せれば、どこに何が有るかは簡単にわかる。
だから、私が夜間勃起現象――俗に朝勃ちと言われる――を迎え、薄手の生地のズボンを盛り上げる楽郎くんの男性器を目と鼻の先まで迎えるのは、程なくしてのことだった。
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「はあっ……、はぁっ……♡」
布越しでもその存在を間近に感じることで、否応なしに呼吸が乱れる。体温が上がり、汗が滲む。脳裏に思い起こされるのは、この肉の凶器が、私を貫き、私を引っ掻き回して、私を内側から作り変える記憶。頭以上に肉体に刻み込まれたその事実に、私の身体は既にそれを受け入れる準備を進めていた。下腹部は潤滑液を生産しはじめ、疼く股を持て余し、腿を我知らず擦らせる。
楽郎くんと褥を共にした回数はまだまだ多くは無いけれど、これほど身体が反応するのは、その一回の密度の凄まじさ故、なのだろう。
(は、はやく……はやく、しないと……)
高まる欲望に急かされて、楽郎くんの腰に両手を伸ばし、ズボンに…勢いで下着ごと、手をかける。
起きてしまわないことを祈り、かといって今更引き下がれず、時間を徒に消費しても得はない。焦らず、しかし止まらず、ズボンを引き下げる。
そして、『ぶるんっ』と聞こえてきそうな勢いで、雄々しく反り立つソレが、衣服の隔たりを失って――
――私の前に、まろびでる。
「きゃっ……」
眠っている間に溜め込まれていた淫臭が、布団で区切られた狭い空間の中に立ち込めて、それは避けようもなく私の呼吸に紛れ込む。そうでなくとも、淫器は私の目前にある。そんな状況で息を吸えばどうなるか。
「すん……っ!?」
匂いが鼻腔から脳へと突き抜ける。暗闇が私の視覚を奪い、代わりに聴覚、そして嗅覚を鋭敏にさせていたことも重なって、匂いは増幅され、刺激に変わる。
刺激は電撃の如く全身を駆け抜け、電撃の如く身体を痙攣させる。思考が弾け飛び、瞬間的な多幸感と解放感が満ちて、引く。
後に残るのは余韻にびくびく震える身体と、驚愕と困惑。
「っ………あ………♡」
(私、今……におい、だけで、イっちゃいそうに……?)
しかし、動揺を塗りつぶすほどに、鼻先の魔羅は圧倒的な存在感を雄々しき臭気の形で放っていた。吸い寄せられるまま、鼻が触れるほどに蒸れた肉棒に近づける。
「すんっ……はぁっ………、すううっ…♡ はあぁ………っ♡」
お世辞にもいい香りなどではない。にもかかわらず嗅ぐことをやめられず、あまつさえ生唾を飲んで喉を鳴らしてしまうのは、匂いと快楽が強力に結びついているから。
この匂いはいわば前触れ。楽郎くんに与えられる法悦を完全に覚えてしまったこの身体が、躾けられた犬のように従順に、勝手に期待してしまう。
そして、その法悦を思えば、私の身体は鼻を鳴らすだけでは満足できない。いつかくるこの時に備えて、知識だけは蓄えていた。恐る恐る舌を伸ばし、淫臭放つ肉塊をつつく。
「ぇ、るっ」
触れた陰茎が刺激に跳ね上がり、思わず頭を引く。舌先に僅かに残る痺れが頭に伝播して、羞恥や恐怖が麻痺し欲望だけが身体を動かす。
「ぁ―――むっ」
今度は、亀頭を口に含んだ。絶対に歯を当てないよう心掛けつつ、口腔に迎え入れた肉の傘に唾液をまぶす。舌で舐め回せば、経験の無い奇妙な味が口に広がった。
(苦くて……しょっぱくて……変な、味……)
暴れる男性器を唇で押さえこむ。分厚い鉄の茎は、表面付近は柔らかく、芯の部分はとても硬い。唇から脳に送られる情報は全て未知のもので、力加減がまるでわからない。あれこれ試して塩梅を探りながら、口内では亀頭への奉仕を続ける。
(それに、すごくあつい……あたま、くらくらして、風邪引いた時みたい……)
「んぶっ……ちゅっ……ぷあ………ふ、ふぁむ……」
布団の中で籠もった熱気、熱芯が放つ匂いを伴う熱気、そして私自身の興奮による熱気の中で、頭の芯がどろどろに蕩けていく。思考力は失せ、周りの状況もよくわからなくて、意識できるものは楽郎くんのおちんちんだけ。
唯一の使命だけは頭の中に残っていて、それを止める一切合切はどこかへ行ってしまった。
(きもちよく、する………楽郎くんの、きもち、よく……)
「ちゅっ、んちゅ……むっ、むぅっ………」
啄むように竿の各所に口づけを落としながら、手も使い始める。右手は楽郎くんの肉竿を上下にしごき、左手は楽郎くんの陰嚢を刺激する。再び亀頭を口腔に迎え入れ、全体を舐り上げ、たまに鈴口や裏筋などの急所を攻める。
性欲以外の何も存在しない、精液をねだるだけの動き。楽郎くんをイかせるためだけの手管。もし目視されようものなら、まあ死にたくなるくらい淫らで浅ましい姿。悲しいかな、私の脳内もこの行為そのままのような、淫らで浅ましいものだった。
(せーえき、楽郎くんのっ♡♡♡ だして♡♡ だしてっ♡♡♡)
「ちゅぷっ、はぷっ、んぶっ! ……っ?」
奉仕に夢中になっていたのに…それとも、奉仕に夢中だったからこそ? 手の中の肉筒の暴れ方が変わったことに気づいた。私はこれを知っている。手や口よりも身体の中心に近い場所で、この動き方を数え切れないほど体験してきたから。
スパートをかけようと思った。早く出して欲しいが為に。でもそれは許されなかった。
『――ッ!』
「―――ん゛むうぅ!?」
突然、布団越しに圧力がかかり、私の頭が強制的に押し込まれる。口どころか喉まで肉槍に支配され、えずきを覚えて涙が滲む。何が起きたのか理解するよりも先に、ねじ込まれた砲身が一際強く震える。
(あ、来る――)
びゅぐっ!どぷっ!びゅるっびゅぐっびゅくっ……
「ふむうっっ!」
肉の筒を駆け上って、精液が迸る。
息苦しさで視界が裏返る。なんとか鼻で呼吸してちぎれかけた糸を保とうとするも、濃厚過ぎる楽郎くんの匂いが肺と脳になだれ込み、短時間に二度意識を失いかけてしまった。
食道に直接注ぎ込まれた精液の殆どは胃に流れ込んだが、一部は重力に負けて口の中まで戻ってくる。このままだと口の端から溢れてしまう。一度口に含んだものをこぼして、その上楽郎くんやベッドを汚すなんて、あまりにもみっともない。
(そう、だからこれは仕方のないこと――!)
「んっ…んっ……じゅっ、じゅるるるるっ」
半ば自分に言い聞かせながら、唇を窄めて溢れを防ぎ、さらに尿道に残った分まで吸い上げる。じゅるじゅると音を立て、一滴残さず口内まで引き込みながら頭を引き上げる。私の頭を押さえつけていた力は、いつの間にか無くなっていた。
最後にちゅぽっ、と名残惜しげな音を残して、肉棒と私の口がついに離れる。暗くて目には見えないけれど、私の唇と楽郎くんの亀頭をつないでいる銀糸の感触が、今起きたことを確かに物語る。
「んくっ……ん……ぉ………」
舌を焼く熱情のマグマを、苦心して飲み込もうとする。液と言うには粘っこすぎるソレは、胃酸に溶かされるのを恐れているかのように喉に絡みつき、中々流れ落ちてくれない。歯や頬の内側の残滓を舌で舐め取りながら唾液を増産し、頭を上向けて何度も喉を鳴らして、ようやく全てをお腹に収める。
「ぷは、あぁ……♡」
さぞ恍惚とした表情を浮かべていたことだろう。
命の源を、その本来の役目を無視して快楽のために無為に消費する
眠ったままとはいえ、楽郎くんを絶頂させることが出来た
そして、危険な橋を渡りながらの性的行為を一つ終えて、より一層昂ぶる
「ふふ、ふふふっ…」
口角が緩んでしまうのを止められない。複数の感情が共鳴して形成された、天にも昇るような心地にしばし浸る。全てが夢のような体験だけど、しかしこれは現実。そう、現実! 私自身の手練手管を以て、楽郎くんを気持ちよくさせることが出来たのだ!
その達成感は信じられないほどに甘美で、今までの人生の全てが、この時の為にあったかのようにすら感じてしまう。
「よかっ、たぁ…♪」
「うんまぁ……良かったよ、凄く。最後、その…ごめんね。つい押さえてしまって…」
「あ、いえ、そんな」
…あれ?
私以外の声の存在に対する疑問が浮かんだ直後、隔離空間を形成していた掛け布団が、外からの力でべろりとめくられる。
彼と。目が、合う。
「あの、いつから…?」
「…割と最初から。知ってどうこうって程でもないけど、寝てる間に
では、私は楽郎くんが起きていることに気付きもせずに、最初から最後まで…?
「まぁそれはそうと…朝っぱらから何シてくれてんのかなぁ玲さーん?」
「あ…ぁ……」
私、終わった。