シャワーを浴びる中でさっきしでかした行いの全容に気付き、膝を屈して蹲ったりしながらも、なんとか立ち直って汚れを洗い落とすことができた。
いつの間にか洗濯されていた昨日の服をもう一度身に纏い、リビングに向かう。
もし、聞かれたりしていたのなら。
(死…っ!)
「おはよう」
「おっ、おはよう…ございます!」
リビングに入ると、私達以外は既に全員揃っていた。
「おう、おはよう! もう少しで出来上がるぞ!」
「はい、おはよう。玲ちゃん、よく眠れたかしら?」
「ん」
仙次さんは明るい雰囲気で調理していて。
永華さんは穏やかに、ケージの中の虫――カブトムシ…でいいのかな――に餌を与えている。
瑠美ちゃんは少し不機嫌そうにファッション誌を眺めている。永華さんの方を露骨に見ないようにしていた。
昨日と比べて、特段変わった様子はなさそうだった。どうやら、私の心配は杞憂だったらしい。
「はっ、はい! それはもう、ぐっすり! でした!」
早起きして楽郎くんに朝這いかけましたなどと言えるわけもなく、嘘をついてごまかす。
「楽郎、配膳お願いね」
「えー…まあいいけど。玲さんは――」
「わ、わたしもやります!」
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「「「「「いただきます」」」」」
暖かい食卓を、五人で囲む。もしかしたら、いつかの未来にはこれが当たり前になるのかもしれない。そんな期待を胸に抱きながら、どこか遠い視点で陽務家の食事風景を眺める―――
―――とはいかなかった。
「玲ちゃんは海と川、どっちで釣りたいかな?」
「玲ちゃん、この子モーレンカンプオオカブトって種だけど、見てこの三本角、かっこよくないかしら!?」
「おとーさんもおかーさんもやめてったら! 特におかーさん! 食事中に虫出さないでよ!! ――それより斎賀さん! この服、買ってみませんか!? 斎賀さんに絶対似合うと思うんです!」
助けて楽郎くん! 私の視線を感じ取り、楽郎くんは口の中のものをごくんと飲み込んで、そっと両手に持っていた茶碗と箸を置く。
「玲さん、時には…はっきり断る事も優しさだと俺は思う。…『私の趣味はとっくにVRMMOに決まってるので全部お断りです』ってなぁーっ!」
これが同年代の男子高校生同士であったならば、まず間違いなく取っ組み合いに発展するであろう勢いの論戦が、目の前で繰り広げられる。
「あ、はは……」
もう笑うしか無い。
傍観者になどさせてはくれない。エネルギッシュ極まる一家のパワーに私は圧倒され、苦笑いを浮かべる。
けれど、やっぱり思う。
この家は、本当に、素敵なご家族である、と。
最終的に、楽郎くんの発言をマイルドにしてお茶を濁しました。
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皆さんに挨拶してから、私は楽郎くんの家を発つ。『そこまで見送ってくる』と、楽郎くんもついてきていた。
「あの、楽郎くん……」
「ん?」
私の家までの道のりを並んで歩く。ちらほらと人が出歩いたり車が走る町並みを、並んで歩く。
「今朝のこと、なんですけど…」
「ん゛ぬっ」
楽郎くんが変な声を上げ、私も言ってて恥ずかしくなってきた。思い返す度に、羞恥に倒れそうになってしまう。
「………」
「………」
アスファルトで舗装された、雨上がりの道路を歩く音が、しばし続いた。
「あっ、あの!」
「う、おう」
「その、あまり…深く考えなくて、欲しくて……」
「……お、う?」
「そ、そのぅ、一つの思い出と言いますか…尾を引かせるべきではないと思いますし…お、お互い、忘れるつもりでですね…!」
「それは…難しくない?」
「はうっ」
言い出した分際ではあるが、図星だった。私だって忘れられる気がしない。
「まあ、尾を引かせるべきでないってのは、わかるよ。色々と危ないし…。玲さん、マジで気をつけてね」
「は、はい」
「とにかく、当面あーゆーのはナシね! ナシ! 俺達にはまだ早い!」
「は、はい! そうですね! ……えっと、当面というのは…?」
「…あっ」
楽郎くんから失言の気配を感じ取る。ここは、聞かないわけにはいかなかった。
「いつか…また、したいんですか…?」
いけない。まるで期待しているかのような言い方をしてしまった。
胸がどきどきする。顔が赤くなって、つい緩く握った手で口元を隠してしまう。
「っ……、岩巻さんの教えは身についているようで…!」
「?」
「…ごほん。まぁ、そのー、何だ? そういう事も気軽に…は言い方悪いな。えっと…結果がどうなろうとも、十全に対応できるようになったら、とか…?」
「それは、」
大分、先の話だ。今後何がどうなるかは、誰にもわからない。
けれど、そのくらいのハードルを乗り越えられなければ、軽々にするべきではない行い…ということでもある。
私達は、随分と酷い先取りをしてしまった。
で、あれば。
「それなら、やっぱり今朝のことは思い出にするべきですよね」
「まあ、それはそう――」
「今朝は、色々と制約のある中での行いでした」
ここは天下の往来。言葉は時と場所と状況に応じてきちんと選ぶ必要がある。
「だったら、そういう制約を、全て取り払って」
それでも、いつかの未来に向けた約束がしたい。
「何一つ気兼ねなく、行えるようになったのなら」
私の心も、身体も、もう既に、貴方に捧げているのだと。
時来たらば、もう戻れないくらいに私の全てを征服して欲しい、と。
「きっと、思い出すら越えるくらいに――」
楽郎くんを手招きして、そっと耳打ち。
「――
「っ…!!」
楽郎くんの顔がぼっと火を吹く。視線をさまよわせて、天を仰いで、やがてため息一つ。
「玲さん、随分吹っ切れたね…」
「そ、そうですか?」
「自覚がないのが末恐ろしいよホント…」
肩を一度がっくりと落としてから、楽郎くんは自分の頬を両手で挟むように叩く。
「っつ…ま、まあとにかく、その時に向けて学生の本分を全うしましょう! …以上解散! また明日!」
楽郎くんが大げさに腕を振り上げて来た道を引き返す。いつの間にか、私の家が見える距離まで来てしまっていた。
「は、はい! また、明日!」
私の気分は、今の抜けるような青空の如く晴れやかだった。
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「うーん…玲さん、マジでヤバイ級にエッr……こ、これ俺のせい、なのか…?」
今後に一抹の不安を抱えつつ、玄関扉を開ける。
「おかえり、お兄ちゃん」
「うおっ、バイト行ったんじゃないのかよ」
「もうすぐ行くよ。その前にお兄ちゃんに言いたいことがあって」
「言いたい…こと…?」
「私、寝不足気味なんだよね…。
表情がみしりと固まって、全身から嫌な汗がどっと吹き出した。
「ッッッスゥー……。――何をお望みで?」
「するなとは言わないであげるから時と場所と状況選んで」
「…猛省します」
これにて完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
良いお年を。
子供部屋ってだいたいまとめて二階に…みたいなイメージ。
おまけ(その時の妹)
壁の向こうから漏れ聞こえてくる声『はあぁっ♡ 来てっ、だしてくださいぃッ! あっ♡ んぅっ♡♡ ふぁあああーーーーっっ♡♡♡』
ベッドの中で耳をふさいで現実逃避を試みる妹(永遠様の魅力がその抜群のプロポーションに起因する事は当然のことながら、そのプロポーションを輝かせる上で、永遠様の『私が一番』と言わんばかりの強力に強固な自信の影響は非常に大きい。その自信とタフネスは写真の一枚一枚に現れていて―――)
『さっさと1階に降りれば聞かずに済むんじゃない?』という閃きを得るまであと10分。